最強以外ありえない   作:てんぞー

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やってみろ

「現実に突然の覚醒なんて事はありません。勝負とは事前にどれだけ準備したかによって決まります。これはルールの決まっている戦いであり、声を荒げて感情を昂らせる事で有利になる事は一つもありません。最初から最後まで冷徹を貫けた者が勝ちます……失礼、横に座っても?」

 

「解説してくれるなら良いぞ。私は見るのは好きだが別に詳しくはないからな」

 

 そう言って葉月は久遠の横に座った。観客席、主役となった2人が良く見える場所に。お互いに違う相手を応援しながら戦いを眺める。

 

「先ほどの言葉だが」

 

「はい」

 

「それが確かなら勝つのは尊になるぞ」

 

「そうでしょうね……鴉羽様に勝つのは難しいです。つけ入る隙は確かにあります。ですがこの場においてその隙も……本当に、か細いものとなっていますね。坊ちゃまが勝つ為にはか細い綱渡りの上を行く必要があるでしょう」

 

 それでも、と葉月は続ける。

 

「奇跡を求めるのです、ありえないと解っていても」

 

「……」

 

 その言葉に久遠は応えず、視線は戦闘へと向けられる。

 

 とてつもない熱狂が客席を包んでいた。

 

 柊一族の少年が、尊を身内と呼んだ。その意味を理解できない者はこの場に存在しなかった。自然と感情を荒げた雅人の口から出た言葉はその背後にいるものが狙った通りか、或いは面倒ごとを持ち込んだと認識するか。

 

 何にせよ、もはや尊の背景は今、この瞬間、メディアの前で割られていた。

 

 彼の母がどうやって柊の名を捨てたか、なんて事も後数時間もすれば回り始めるかもしれない。

 

 だがその事実を気にするものはこのアリーナに於いて存在しなかった。鴉羽尊はDランク最強のマスターで、柊雅人は彼に相対する最強のチャレンジャーだった。駆間市は良くも悪くも純粋だ。力を求めるものは認め、それ以上の事を求めない。

 

 だからそのステージの上で向き合い、本気で殺し合うのであれば―――そこにいるのは柊でも鴉羽でもなく、雅人と尊だけだ。

 

 だから。

 

 

 

「削っていくぞ」

 

「やってみろ」

 

 

 

 頭の冷静さを保つために感情を熱として吐き出す。脳を全力で回転しながら戦場を俯瞰して相手の思考スピードに追い付く。いや、無理だ。相手の思考スピードは化け物だ、追いつけない。こっちは何十何百という想定を葉月と組んできた。その中から状況に合致するプランに順次切り替えながら進んで行く―――!

 

 《平和の歌》が途切れた。

 

「さあ、どう来る」

 

「ファイター! 庇うんだ!」

 

 尊の指示に声が出ない。全て仕草か視線で完結している。圧倒的な情報秘匿アドバンテージ。試合直前にスキルカードでの調整を行っているのも見えた。事前想定は幾つかあるが、状態異常を差し込んできた以上リーサルプランは1種類か2種類ぐらい用意しているだろう。

 

 その場合、差し込んで来る状態異常は1つだけではない。

 

 死神の周囲に人魂の様な炎が浮かび、マーメイドの指先に氷の結晶を生み出して吹き付けて来る。火傷と凍傷、それぞれ火属性と水属性の継続ダメージの状態異常(DoT)だ。火傷は追加効果で攻撃力を下げ、凍傷は追加効果で素早さを下げる。

 

 毒を素通しすればそのまま3種類のDoTで体力を2割から3割削られ続ける。

 

 ファイターが全ての被害を請け負いながら防御し、《深呼吸》で再び1つ解除する。だが2つ同時に付与された影響で1つは絶対に残る。それを能動的に回復する手段もあるが、ゴブリンメイジは継続して《詠唱》による蓄積を継続する。

 

 その選択肢が正しいかどうかは判別がつかない。だが致命傷になるデバフが来ない限りは回復は《深呼吸》と防御時、HP回復効果のある《集気法》、自動回復効果を肉体に与える《再生力》の3つを軸とする。

 

 2対2というフィールドで能動的に回復する事に行動リソースを割いた場合、行動を1つ消費する影響で絶対に後手に回る事になる。

 

『坊ちゃま、相手は確実に此方の手番を消費させに来ます。もし1手でも回復する為に足を止めた場合、その瞬間一気に攻め切られるでしょう。メイジは絶対に行動を中断させてはなりません。間に合わなくなります』

 

「守れ! 絶対に守り切るんだ!」

 

「……ぶっ!」

 

 力強いファイターの返答を頼りに、マーメイドと死神からの攻撃を庇わせる。メイジが詠唱し、スタックしている間に歌を止めたマーメイドが再び凍傷を付与してくる。そして死神が能力低下の付与をメイジへと向ける。

 

「ごぶぶっ……!」

 

「耐えろ、耐えてくれよっ……!」

 

 デバフが付与されてメイジの体力が削られる。嫌らしい死神のコンボが綺麗に刺さる。状態異常の付与や攻撃魔法は庇えるが、能力低下は庇えない。メイジの能力を下げながら直接メイジの体力を削りに来る。

 

 だがそこに回復リソースを割かない。

 

 マーメイドの付与を庇わせ、防御させて、体力を満タンラインまで戻して火傷を解除する。これで残るは凍傷のみ。ざっとした計算ではまだまだメイジは持つ筈だ。

 

 だから続行させる。

 

 付与。低下。防御。詠唱。

 

 付与。付与。防御。詠唱。

 

 付与。付与。防御。詠唱。

 

 戦闘の展開はループしていて盤面に大きな変更はない。だからと言って油断したらその瞬間に食いつかれるのを想像出来て汗が滴り落ちる。こんな塩試合、放送するようであれば間違いなくブーイングとバッシングの嵐に違いないだろう。だというのになぜ、このアリーナは、ステージは、こんなにも楽しそうな声で満ちているのか。

 

「楽しいなあ、兄弟。いいねえ、しっかりとランプの基本を押さえてる。そろそろ中位魔法を放てる所だろ? 来いよ、撃たせてやる」

 

 挑発的な物言いに、応えない。

 

「詠唱を続けるんだ、死んでも止まるなよっっ!!」

 

「ごぶっ!」

 

 

 

「成程、柊氏が取ろうとしているリーサルプランが見えてきましたな」

 

「ほほう? 教えて教えて?」

 

 久遠の耳にそんな声が届く。

 

「柊氏が勝利するにはまず死神によるパフェキャンから入る忘却を躱さないとならない……恐らく忘却を解除する手段は事前に用意しているでしょう。問題はパフェキャンから連鎖して致死性のコンボが入る事になる事実ですな」

 

「それは……まあ、そうだけど。それが超えられないからこうやって俺達は負けてる訳で」

 

「うむ。逆に考えれば妨害された状態で相手を倒す事が出来るなら問題がない、という事ですな。ズバリ、《ダブルマジック》によって1回に2回魔法を使えるようにして、中位魔法を1度に2連射する事で妨害されながらも1撃通して確実に落とす作戦ですな」

 

「あー、成程。詠唱消費するからあんまり強く感じないけど、1回止められる事前提で使うなら妨害貫通して殴れる訳か」

 

「もしくは2連射できるだけ詠唱をスタックして、そこから連射するか……どちらにせよ、1回分の中位魔法では確実に鴉羽氏には勝てますまい。最低で2発打ち込む必要がある。妨害を撃たれた後にもう1スタック貯める余裕はない……」

 

「……となると妨害される前に限界までスタックするしかないのか」

 

「見た所、鴉羽氏は付与ループでタンクの足止めを行いつつ浮き手でメイジに回避不可の削りを差し込んでいる様子。ここでメイジが回復に手番を割いた瞬間、私でしたらパフェキャンで回復阻害を入れてそのまま一気に落としに行くでしょうなあ」

 

「そうなると柊は―――」

 

「―――そうですね、坊ちゃまはひたすら耐えるしかありません」

 

 それがランプの戦い方だと葉月は拾った言葉を続ける。

 

「耐えて耐えて耐えて、最後に逆転の1撃を入れる。それで逆転できるのだと信じるしかないのです。それで勝てるのだとひたすら耐え続けるしかないのです。そう信じて、僅かな勝機だけを求めてひたすら耐えて力を付けるしかないのです……坊ちゃまには、その限界に挑む事しか許されません」

 

 それがバトルの事のようには久遠には聞こえなかった。

 

 だがそれを態々口にするほど野暮な女でもなく、成程と頷いた。

 

「気力勝負か。貴様の所のお坊ちゃまが私の男の圧に耐えられるのかどうか……そういう勝負だな?」

 

「えぇ、そして坊ちゃまがもしこの盤面を終盤まで維持し、リーサル用の手札を揃える事が出来たら……そこからは完全にお互いの手札をフルオープンにした決戦が始まるでしょう」

 

 

 

「屈しないか。ならこれはどうだ?」

 

「ッ、流れを変えた?」

 

 2体同時で行っていた付与がファイターへの2体同時の能力低下へと切り替わる。既に攻撃、素早さが下がっていたのに対して、今度は魔法防御と防御力が下げられる。そもそもの攻撃性能が高くない2体のモンスターから防御デバフを受けてもあまりダメージに変化はない。

 

 ファイターの体力が直接削られ、多少下がる。だが《深呼吸》を含めて継続回復コンボで状態異常は全て除去され、体力は戻された。リソースだけ見るならファイターはほぼ無傷だ。だというのに嫌な予感が収まらない。

 

 詠唱のスタックは終わっていない。状態異常の付与がなくなって直接の削りに入った分体力は大きく減ったが、直ぐに枯渇するレベルではない。だけど大きな一撃が来る。直感し、直前の相談や想定内容を思い出す。

 

「《センチネル》、《ブロッキング》!!」

 

「切ったな?」

 

 瞬間的に防御力を上げるスキルを2種類撃つ。ここで1種類だけだと《パーフェクトキャンセラー》によって防御行動自体が不発に終わらせられる。2つ同時に使えば片方が死んでももう片方が残る。同時発動タイミングで片方がキャンセルされた場合、もう片方だけは残る―――!

 

「《コラプション》」

 

 無慈悲に告げられた魔法は()()()()()()だ。相手にかかっている弱体化数の数だけ威力を上昇させるデバッファーで火力を出す攻撃手段。死神と最も相性の良い攻撃手段だとマークしていた魔法が唐突に差し込まれてくる。

 

 《パーフェクトキャンセラー》は切られなかった。その影響でダメージは最小限に減らせた。だがこれはダメージを減らせた、というだけだ。リーサルへと移行する前に防御札を切らされたと言った方が正しい。

 

 削られた体力は3割。防御札を切らなければ追撃込みでワンチャンこのまま即死するのもあり得た。

 

「はあ、はあ、はあ、ふぅ―――」

 

 メイジが詠唱する。1スタック溜まる。ゴールが見えてきた。リーサル圏内が近づいて来る。だがそれは相手も同じだ。手札を全て見せてない。今のでプランの1つが見えたが、あれが全てだとは思えない。次の手で弱体化を除去できなければ《コラプション》連打で殺される。

 

「そろそろ回復したくなった?」

 

「……まさか」

 

 辛い。苦しい。

 

 だというのに……なんで……こうも、人生で最も楽しいと思える瞬間に立ち会えているのだろうか。

 

「覚悟しろ。今日、お前は本気を出して負けるんだ」

 

「やってみろ」

 

 ―――勝つための一手を繰り出す。

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