イギリスの地に降り立つ。
一歩目からしてもはや異国の香りが空気に混じってるように感じる。こうやって海外にやってくるのは前世ぶりの出来事になるが、何度やってきても旅行というものは良いものだと思える。
東吾と一緒だから当然のようにVIP待遇。入国審査はスムーズに進み、楽々と税関を通ってイギリス側に入ることが出来た。空港から一歩外に出ればそこはもうロンドンの目と鼻の先だ。
「イギリス……!」
「おー、普段はあんなにハイライトの薄い目が輝いてるな」
「そりゃあそうだろ! だって海外だぞ、海外!」
前世通してもほぼ経験のなかったことだ、そりゃあワクワクするのも当然というやつだ。でも、ちょっとした不安もある。久々すぎる海外旅行に馴染めるかどうかという不安だ。言葉の問題もあるが、ノリとか空気の問題もある。
普段アレとしか表現できない実家の空気に慣れすぎてしまった。海外に来てあのノリということもないだろ、果たして俺は海外の空気に馴染めるのだろうか? 渡航者の中にはそれが無理でホームシックを患い爆速で日本に帰るやつもいるし。
とか思ってると見知らぬ女がやってきた。知り合い? と東吾に視線を向けると知らないと頭を振られた。じゃあ不審者か。安心した。海外でも唐突な不審者って湧くんだな、実家の空気に近づいたぞ。
「おおぉ、あぁぁ……ぉぉぉ……」
唐突に不審者女が泣き崩れた。
「モンスターマスターの気配……貴方達はモンスターマスターね!? なんてこと……モンスターマスターがこの国に増えるなんて……!?」
「あ、英語が解る。事前に翻訳用にバイリンガルの霊を調達しておいて良かった」
「ずるっ」
ズルくないです。ただの特殊技能なだけです。言い訳してると泣き崩れる女が道路に転がった。
「あぁ、あ、貴方達モンスターマスターがいるから!! モンスター達の自由と人権が!!! 守られてないのです!!! 人権侵害!! 人権侵害!!! この人でなし!!!!」
「わぁ……」
地面に転がりながら泣きわめくモンスター達の不幸を嘆く女を指差す。
「見てみて東吾!! 新種のモンスターだよ!!」
「あぁ、モンスターはモンスターでもポリコレモンスターだがな」
マジモンの化け物じゃん。イギリスの大地を踏んで最初のモンスターがポリコレモンスターなの、この世界がモンスターマスターものだとして出してくるのコレなの、どういう理屈で許されてるの?
見ろよ、お空に浮かぶララのシルエットを。
『知らないんすか? モンスターは人間じゃないすから人権なんてないんすよ』
悟った顔でこんなこと言うんだぞ。
俺たちは駆けつけてきた警備員たちが迷惑行為を働くポリコレモンスターをスタンガンで制圧するのを見届けながら、リムジンでやってきたホテルからの迎えに従う。
リムジンなんて初めて乗るが、ポリコレモンスターの衝撃で感動は薄れてた。なんか損した気分だ。
「驚いたか、尊。欧州はモンスターの人権……? 問題の本場だ。人型モンスターの権利等を声高に主張する連中が多く、過激な行動も多々見られる」
「実家の味になってきたな」
リムジンがヒースロー空港からの道を出て、ロンドンへと入ってゆく。モンスター達は専用のトレーラーで運送されており、俺たちとは別ルートで進んでる。こういう都市部ではモンスターをなるべく人目に付かないように移動させないとならないのだ。
そうやって気を遣いながらロンドンに入ると、なんか道路が炎上してた。
「政府を許すなー!」
「モンスター達の権利を許すな!!」
「撤回しろ無能政府!」
「人の権利は人の物だ!! 奴隷のものじゃない!!」
窓の外の光景を見てから一度目を閉じ、目頭を揉んでからもう一度確認する。
「モンスターを自由にしろ!!」
「人の傲慢にモンスターを巻き込むな!!!」
「モンスター達をすぐに解放しろ!!」
なんか主張が変わってた。え、何あれ。
「欧州はモンスターの権利や主張、人権問題の議論が活発なんだが、その大半が暴徒化する。その上で異なる主張のポリコレモンスターは結託して政府が悪いと攻撃し始めるからな……」
「モンスターと人間の結婚を認めるな!!!」
「撤回しろ!! 出生率がやばいんだぞ!?」
「男が皆マスターになって美少女モンスターを追いかけたら国の未来がやばいわ!!」
何か所々悲痛な叫びも聞こえる。最初は海外の空気に慣れるのに不安もあったけど、だいぶ治安の悪さが駆間を思い出す。これなら馴染めそうで良かった。
「しかし国がこれで大丈夫なの?」
「尊、先頭を行く三輪車の男が見えるか?」
「スーツ姿の小太りの人?」
「ああ、この国の首相だ」
思わず目を剥いて見てしまった。
「クソ共が! 俺の仕事はクレーム処理じゃねぇんだぞ!!! クレーム処理以外の仕事はねぇのか!? そろそろ俺の次のやつ準備した方がいいんじゃないかなぁ!!」
中指を突き立てながら三輪車をきこきこしてる。
「クレーム処理はもちろん後ろの行列のことな?」
「クソ度胸すぎるだろ」
イギリスって怖いなぁ。日本が恋しくなってきた。
三輪車できこきこ煽るように運転してる発狂寸前の首相にリムジンの中からばいばいをし、そこからホテルへと軽く市内を見回るコースを取ってから向かう。
リムジンから降りて広がるのは前世含めて経験した事がないほど高そうに見えるホテル。完全に未知の世界に突入してるのを感じるが、来てしまった以上もう止められはしない。逆に完全に慣れた様子で荷物をホテルマンに渡している辺り、東吾は来るのも利用するのも初めてじゃないのだろう。
ちょっとだけ住んでる世界の違いを感じた。
「お前も慣れるぞ」
「いやあ、どうだろう……世界観が違いすぎるわ」
「慣れる慣れる。試合で飛ぶ度に高級ホテルに通されるからな。歓待やら何やらで死ぬほど利用する事になるぞ」
上の世界の話は良く解らないなあ、と言って誤魔化しておく。高級ホテルの利用が普通になる日常、あんまり解りたくないブルジョワの世界だ。アンナとか雅人はもしかしてもう既に慣れてるかもしれないが。
ホテルの中に入ると直ぐにロビーでチェックイン―――なんて事にはならず、直ぐにホテルマンから鍵を渡され、部屋の方へと案内される。まるでSランク様を一々チェックインなどで足止めするなんて……みたいな感じで気づけばエレベーターに乗って部屋に案内されていた。
「ではどうぞごゆっくり当ホテルのロイヤルスイートをご堪能ください」
余計な邪魔をせず。余計な言葉を残さず。必要な仕事だけを完遂して部屋からホテルマンが消えた。
「1フロア丸々部屋になってんのかすげー」
「良くあるだろ」
「ないない」
スマホを取り出して写真を撮る。横から東吾がクソ観光客みたいなポーズでスライドインしてくるので一緒に写真を撮り、それを家族や久遠に送る。これでとりあえず生存報告にはなっただろう―――爆速で返答が来た。
「愛されてるみたいだな」
「まあな」
無事な事に安心する両親、土産物を催促しつつウェルギリウスは牧場に戻った事を伝えて来る妹、そしてスタンプで返答してくる久遠。どうやら全員俺からの連絡を待っていたらしい。少しだけそれにぽちぽちと返答していると、トランクを開けて中身を取り出していた東吾が聞いて来る。
「ベッドルームはどっちを使う?」
「どっちでも良いよ。どっちでも落ち着かなそうだし」
「成程な。じゃあ風呂場が近いこっちにするか……お前はあっちな」
「本当に慣れてるんだな……」
周りの調度品の類も凄く高そうでちょっと緊張するんだけどなあ。慣れるしかないのだろうか? なるべくどれぐらいかかるのかを考えないようにしつつ自分の荷物をベッドルームへと運び、詰みこんできた着替えの類を取り出す。
トランクの中に入っているララ用の蘇生アイテムを見て思い出した。
「モンスター達は?」
「地下にいる。地下にモンスター用の大きなスペースがあってそこでのびのびとやってるよ」
「モンスター協会のバトルフロアみたいなもんか」
まあ、だったら特に様子を見に行く必要もないか。歯ブラシの類を取り出して洗面所に設置しつつ、とりあえずの荷解きを完了させる。そこで東吾の方も終わらせたらしく、こっちのベッドルームに顔を突っ込んでくる。
「そっちも終わったみたいだな?」
「まあ、そんなに荷物ないしな」
「旅慣れてるのか?」
「いや、旅行するのは初めてだけど」
「そうか……まあ、着替えの類が足りなくなったら遠慮なく言え。連れて来てるのは俺だからな、必要なものは揃える。それはそれとしてフライトの間は襲撃警戒してそこまで休めていなかっただろう? 今日の予定は何もないからそのままひと眠りするか休んでおけ」
「あいよ」
「それじゃあ、俺は協力者に連絡入れたりする事があるから出て来るぞ」
軽く手を振って東吾を送り出し、そのままベッドに背中から倒れ込む。異様な柔らかさと心地よさから油断すれば一瞬で睡魔に負けてしまいそうになる。ただ折角ここまで来たのに直ぐに眠るのも芸がないな、なんて思える。
「えーと、こっちが9時だとすると日本は大体18時か」
どうするか、ちょっと話そうか。そう思うと久遠からメッセージが入って来る。
『イギリスはどうだ?』
『まだ到着したばかり。ホテルも対応も全部VIP扱いで正直落ち着かない』
『貴様はそういう想定外とか理解できないものに弱いな』
『誰だってそんなもんだろ』
『それはそう』
「ふふ」
こうやってメッセージを打っているとちょっとだけ日本が恋しくなってくる。こうやって寝転んでいると腹の上に頭を乗せて来るチビとか、静かに歌ってくれるエデとか、すっかりと日常の一部になっていたそれがここにはない。
『私が恋しくはならないか?』
『調子に乗るな』
『強がって……』
『どんだけ自信満々なんだ』
『客観的に見て美少女だからな、私は』
「それはそうなんだが……認めるのは癪なんだよなあ」
ヒースロー空港に着く前に軽く食事を取ったとはいえ、まだ小腹が空いてる感じがする。あまり部屋から出歩くのは怖いな、という気持ちと折角海外に来たのだから部屋に居座っているのは正直どうだろうという気持ちと、意外と疲れてて起きたくないなあ、という気持ちが争う。
最終的にベッドが心地よいから起きたくない気持ちが勝つ。頑張るのは明日からにしよう。
そう、頑張る。
この図書館―――幻想図書館には非常に重要な意味がある。
DLCダンジョンとしては機能改善系に当たるが、このダンジョンはDLCシナリオの中で、DLC中のシナリオ進行で訪れる事になるシナリオとして意味のあるダンジョンなのだ。
だがその中でも最も重要なのはこの図書館の館長が、ラスボスと敵対状態にあるという事だ。
この地上でほんの数名しか存在しない、ラスボスを知り、認識している人物なのだ。ラスボスと戦う為の道を提供できるのもこの人だけだ。だから今回の遠征は非常に重要なものとなる。
アイテムの回収、将来に向けた仲間の確保、そしてラスボス対策。
それが今回、イギリスで目指すべき事だ。
「はあ―――ふぁ……ぁ……少し寝るか」
目を閉じればフライト中のロクでもない襲撃を思い出す。
襲撃……モンスター……柊家……Sランク……。
「ジジイは……どうしてSランクなんて指定したんだ……」
睡魔が直ぐに襲い掛かって来る。
「Sランクになる頃には……遺産はもう……」
要らなくなるだろうに。言葉が欠伸で掻き消える。
「それと……も……」
他に何か意味があるのだろうか? Sランクになる事が? それとも何か、知らない遺産が? それともジジイの悪ふざけか? 考えは浮かび上がって直ぐに睡魔によって掻き消される。それから何かを考えようとして、その続きが出て来る前に―――眠りに落ちた。