絶望の王が汚泥の涙を流しながら沈んで行く。焼かれ、切り刻まれた肉体はもう二度と神を目指し己の領土を襲う事はないだろう。冒涜された神性はここに潰えた。残されたのはバッドエンドがここで終わったという事実だけだ。
そうやって崩れ消える姿に中指を突き立てる。
「たったの5ターンか……ゴミが……」
「5ターンぐらいかけて成立させる量のバフを事前に全部用意してから戦闘に入ったら普通蒸発するんですよ。寧ろ5ターンも良く持ちましたね……」
「体力が異様に高かったな」
「寧ろこれでも低い方だよ。オーバークリティカル込みだったら1ターンで沈められてたよコイツ」
最下層にいるアレと比べるとやっぱり脆い。いや、あらゆるモンスターが最下層のアレと比べればだいぶ脆い。アイツは超生存特化のパンチングマシンみたいな奴だしな。殺せないと永遠に戦闘が終わらずどうしようもないというタイプ。
全滅ではなく、戦闘が永遠に終わらなくて勝てない。そういうタイプのクソボスだ。ある意味全滅攻撃よりも酷い。
「と、雑談している間にも時間が動いてるぞ」
「そうだそうだ……はい、叡智の書回収!」
「魔法陣出現確認……良し! 一旦脱出します」
そのまま出現した地上行きの魔法陣に乗って脱出。禁書庫から再び本館の地下にある禁書庫の入り口まで戻って来る。ここまで来れば時間の流れは既に外と同期されている状態だ。安心して休む事が出来る。スマホを使って時間を確認すれば既に攻略開始前から2日が経過している。
「現在時刻12月16日……このペースどう見ます?」
「20層のボスも同じスピードで出オチさせられるならギリギリ23日か24日に間に合うと思う」
「最悪イヴは捨てられる。クリスマス本番にさえ間に合えばな」
禁書庫から出て漸く足を止めて一息が吐ける。帰還を待っていたのか、カイルが出口付近に立って此方を迎えてくれる。
「休憩室までご案内します」
必要以上に無駄口を叩く事はなく、カイルに案内されて休憩室へと向かい、中に入ったら靴を脱いでソファの上に寝転がる。流石に2時間ぶっ通しで走っていると足が疲れる。とはいえ、また潜ったらノンストップで走り続ける事になる。
「尊、足は大丈夫か? 違和感や疲れを感じたら迷わずに言え。あの禁書庫を走って解った、お前がいないと10倍以上攻略難易度が上がるからな」
「ララさんもお疲れ様です、八面六臂の活躍ですね」
むふー、と胸を張るララは他のモンスター達から人参を渡されていた。モンスター達の間でもオンリーワンな活躍をし続けるララの存在は輝いているらしい。俺も今のところは大丈夫だ、と東吾に告げる。
「ちょっとだけ息が切れる所もあるけど、移動中はちょくちょくハーデスとかラファエラに抱えられてるからな。そこまで疲れちゃいないよ」
「なら良い。この先も同じようなペースでかっ飛ぶとなると疲労が溜まる事になる。固形物は避けてエネルギー補給して、トイレは済ませておけ」
「了解」
禁書庫内で突然トイレ行きたい! とか言い出せるわけないしね。ゼリー系飲料を食事代わりにしてさっとエネルギー補給をし、その後トイレに行って腹の中を空っぽにする。ダンジョンでの長期探索や超短期決戦を挑む場合、なるべく固形物を取らない事が推奨されてる。
マスター生活、上に行けば行くほどお金がもらえてウハウハだぜという実態から離れてる気がする。
高レベルダンジョン程環境が過酷になる影響で人生のハードモード加速してねぇか?
そんな事を考えながらすっきりしてトイレから出てくると、アーサーと東吾が持ち込んだタブレットで禁書庫の映像を見返していた。持ち込んだ小型カメラとスマホを固定して二重に撮影して映像記録を残しているのだ。
特にこういう世界初のダンジョン、映像としての記録を残す価値は計り知れない。ついでに政府の方からも映像資料を残せとせっつかれているらしい。
「先手取って始末出来てるからいいが、後手に回ると絶対に嫌な事になりそうだな」
「そもそも向こう側はデフォルトで合体魔法が使えますからね、魔法型4体並べて全員で魔法使うだけで被害は出ますよ」
「そう考えると魔法アグロ型は雑に強いな……考える事が少なくて確実な結果が出るならそれだけでアドだからな」
「ですが頭角を現すのはそのケアが出来てる者でしょうね。間違いなく環境は変わりますが……その結果、どれだけの混乱が起きるかは未知数です。場合によっては暴動になりますよ」
「まあ、なるだろうな……これまで使っていたモンスターやメインパーティーが一瞬で産廃扱いされる可能性があるからな。特に入れ替わりが激しいBからA辺りは地獄になるだろうな、これは」
「逆にSまで来れば冷静に対応するでしょうね。しばらく公式戦は控えめにして、模擬戦を通して練度を上げて……とりあえず200時間ほど打ち込んでから大会で……って感じでしょうか」
「だなぁ」
かなり真面目な話をしていた。人参食ってるララを抱えながら2人に近づく。
「やっぱ合体魔法とOC解禁しようぜー。さっきの戦闘、OC解禁してればワンパンで終わらせられてたよー」
「政府にストップかけられてるので無理ですよ」
「俺もなぁ、個人解禁だったら迷いなく使ってるんだけどなぁ」
「まあ……だよね……」
当然だが今回の探索、バックにはイギリス政府の存在がある。交渉は全部アーサーが引き受けており、図書館内部での出来事は全部報告されている。急に現れたワールドイーターとかいう存在の話も、モンスターの起源の話も既に報告されているらしい。
この話を聞いた一部の学者は既に絶頂しながら発狂してる辺り、俺達以外にとってはかなりヤバイ情報なのだ。
俺達はまるで興味ないけど。
そして合体魔法とオーバークリティカルも政府の方から各国と協議を重ねてどうするか、という話が出ている。東吾が言った通り、これを解禁すると今環境にいる強いモンスターや弱いモンスターが大きく変わって来る。これまでは産廃だったモンスターにスポットライトが当たり、逆に強かったモンスターが環境から追い出される。
その影響で国家間のパワーバランスは崩れるし、モンスターという戦力を持った人間が暴れるかもしれない。そんな危険性を孕んだ劇薬なのだ。
俺や東吾たちSランカーからすれば新しい可能性の塊だ。
だが多くの国々からすればこれはこれまで有用だった兵器のスイッチがもしかして起動不可になるかもしれない爆弾なのだ。
そりゃあ上からストップがかかる。とはいえ、合体魔法とオーバークリティカルが使えないとなると最下層にいるアレの相手が相当難しくなる。
「最下層ボスが最適行動取っても難しいぞお、火力の問題で」
「火力か……火力がこれからはインフレする環境になるんだな?」
「うん、そして俺の記憶が正しければインフレ火力を前提にした環境になるよ。特にオーバークリティカルは準備が整えば1ターンに1800%ダメージ叩き出す事が出来るようになるからね」
「聞いた事のないダメージ単位、来ましたね」
「オメガを10回ぐらい殺せそうな火力だな……」
これは凄いゲームあるあるなのだが、対人戦はともかくストーリーやシナリオに出て来るボスは環境に合わせて強化されて行く。そしてプレイヤー側に火力のインフレが実装されると、ボスモンスターのHPもそれに合わせて調整される。
初期は1万だったHPが後期では10万とか100万になってるというのは長寿のゲーム程良くある事だ。そして合体魔法とオーバークリティカルは明確なインフレ要素だ。今後実装される耐久力を底上げされたボスに対処する為の手段でもある。
ちなみに仕様上会心が発生すると200%ダメージ+防御無視という仕様になる。オーバークリティカルになると更に2倍になるので400%+防御無視という数値になる。
ここにクリティカルダメージバフが入り、ダメージ+50%している場合、クリティカルで250%、オーバークリティカルで500%という風に増える。
ここでエグゼリアの《聖剣技》みたいに全体多段スキルを使うとどうなるの? オーバークリティカルが確定しているとして計算し、4ヒット攻撃として想定する。400%を4回で1回で合計1600%ダメージになるって事だ。
馬鹿だろ?
でもこれ、今後必要になるんだわ。
「最下層のカスを殺すのに必要なんだけどなあ……」
「ですが必須ではない」
「うん、まあ、やり方次第……3人いるなら負担分担してマスタースキルで限界まで火力詰みして……クリティカルダメージも盛れば結構苦戦するけど行けるかな」
だいぶキツくなるから絶対に解禁した方が楽になるけど、少なくとも2人は政府の方針に従うつもりでいるらしい。それもしょうがないと言えばしょうがない話だけど、俺個人はちょっとつまらないなー、と思わなくもない。
前遊んでた環境で遊びたーい。
ララをふり被って駄々っ子アピールするが、ダメ。通らない。当然の事である。解ってた事なのでそこまで落胆はない。本格的にこのアップデートが適応されるのは一体何年後の話になるのだろうか? 何にせよ、今心配する話は別だ。
「今のうちに20層と30層の予習をしておきますか……」
「合体魔法とオーバークリティカルが使えない以上戦術を詰めて倒す必要があるからな、キルルートを何重にも想定するのは悪い話じゃない……少し整理するか……」
タブレットをテーブルの上に置いて頭を突き合わせる2人。探索のメインは2人なんだ、簡単に勝つ方法が使えない分頭を使ってもらおう。その間に先程手に入れた叡智の書にスキルカードをぶち込んでおく。
これでスキルの付け替えがだいぶ楽になった。カードの再獲得が一番めんどいから助かる。
「しかし……なんだろう、なんか違和感あるな……?」
探索も攻略も順調に進んでいる。
上手く行けばクリスマスイヴにも参加できるだろう。20層と最下層の攻略には確かに手間取るかもしれないが、バニラ環境で攻略する方法が別に無いってわけじゃない。
既にデータは割れている。それをベースに最適な戦術とスキルを今、2人が組んでいる。盗み聞く分には問題はない。また20層ボスの黄昏の精霊も最速で処理出来るだろう。
それなのに、何か……何かが抜けてる、足りない。或いは忘れているような気がする。
「……なんだ? この違和感は」
「あ、マスター、こ、ここでしたか……し、失礼します……」
「ん、メリー?」
ソファの上で胡座をかきながら考えていると先日仲間にしたばかりのメリーが休憩室に入ってきた。確かにマリアゲルダが日本の牧場へともう送ってた筈だが。
「その、マスターの家の方からこれを、と……」
そう言ってメリーは包みを取り出した。見覚えのあるものは弁当を入れておくための風呂敷だ。それを両手で抱えて運んできた。
「……弁当?」
「は、はい……お母様と、その婚約者様が持っていって欲しい、って……」
「へえ」
「ほお」
何時の間にか作戦会議を止めた二人が物凄いニヤニヤ顔で横に座っていた。うわぁ、という声が出る前にメリーは弁当を置くと一瞬で距離を開けるように隠れた。ちらり、と物陰から伺う様な視線を向けて、魔女帽を深くかぶり直した。
「そ、そそ、それだけです! じゃ、じゃあそれでは! しばらくは自分の部屋にいるのでなんでもお申し付けください!!!」
言うだけ言うとメリーは走って逃げて行った。力になりたいけど力になれない、そんな低レベルモンスターのちょっとした葛藤がその動きには見て取れた。メリーの置いて行った弁当箱の風呂敷を広げると、その中には手紙が入っていた。
「……好きなもんばかり食べて栄養偏ってないか、だってさ」
「良い母親じゃないか」
「婚約者の手料理も入っているんでしょう? 早速食べましょうよ」
「じゃあな、固形物禁止ルール。愛情弁当の前ではお前はゴミだ」
本当はゼリー飲料とかだけのが良いんだけどなー、お弁当にはなー、勝てないからなー。
うっきうっき気分でお弁当箱を開けると、野菜とか魚とか絶対に1人だったら食わなそうなものばかりが詰め込んであって、流石マイ・マミー、息子の事を良く解ってらっしゃるというラインナップになっていた。
その中、弁当の隅の方にちょっと形は歪な卵焼きがあった。それを素手で摘まんでひょい、ぱくっ。
「美味しいか?」
んー、と東吾の疑問に笑顔で応える。
「普通!」