飯食って元気になったら再び禁書庫の攻略へと戻る。
1層から10層までは本棚の迷路という別館とそう変わらない景色だった。だがこの姿は11層からは大きく変わる。その変化に初見では戸惑う事になるだろう。予め2人にはその内容を既に伝えてある。それでも、聞くのと見るのでは大きく違う。
「ここが……11層」
「まるで異世界ですね」
「そりゃそうだ。ここは異世界の景色そのものだからな」
辺り一面広がるのは石畳の王都の姿だ。日本でもイギリスでもない、馬車が走り、車も走る、走竜も通る大通り、異種族が共に暮らし、人々が魔法を使って暮らしている完全なる異世界の光景だ。俺達の様な科学の上にある文明ではなく、魔法と信仰をベースとした違う発展を遂げた文明。
それが目の前に広がっている。
人々は穏やかに暮らし、生き、そして生活している。色鮮やかな晴天が頭上には広がり―――青い空が一瞬で黄昏色に染まった。王都に生きる人々は混乱し、困惑した。何らかの祝祭でも始まったのだろうか? 何らかの宴か、或いは神々の悪戯か?
『それはまだ穏やかな日だった。黄昏が訪れるその瞬間まで本当に予兆なんてものはなかったのだから。あぁ、黄昏が訪れても誰もそれには気づきはしなかったよ。誰だって天父は零落したなどと信じられないからね……』
どこからともなく男の声がする。若くはない、どこか疲れのある声だ。それでもはっきりと響いて聞こえてくる。
「館長」
ゲーム時代はCVなしだったんだけど、良い声してますね!
周りの景色は加速し始める。黄昏が続き、人は巡らない時間に首を傾げ、やがてこれが宴ではなく絶望の始まりだと気づいた。普通に生活を続ける者、原因を調べる者……旅立つ者。だが時と共に王都の姿は少しずつ、少しずつ壊れて行く。建物ではなく、そこに住まう者達の心が。
『ようこそ、僕の自慢の幻想図書館へ。さあ、最下層へとおいで。そしてその目と耳で知って欲しい。僕達の世界はどうやって滅びたのかを』
声は遠ざかり、消えた。その代わりに近くの家の扉が開き、そこから焦燥した男の姿が現れた。
「ふふふ、ははは、神が……神が亡くなった……うふふふ……あははは……もう、おしまいだ……この世界は終わりだ……」
絶望する男に向かって美しい、黄昏色の怪物が近づく。半透明で浮かび上がる姿は精霊系のモンスターに非常に良く似ている。だが美しすぎる姿はまるで醜悪な本性を隠すかのようにさえ見え……空と同じ色のそれは、あまりにも不吉が過ぎた。
「あぁ……俺はこうやって消えるんだ……」
やって来た黄昏の精霊が翼を広げて男を抱きしめると、1人と1体はそのまま融合し、黄昏色の怪物へと変貌した。美しい姿をした怪物が王都のあちらこちらで発生し、慟哭を上げながら暴れ出す。
『人々は天父が零落した空の色を恐れた。そして黄昏への恐れが新たな精霊を生んだ。黄昏の精霊、その美しさは天父の死を悼み、そして同時に終末を表す絶望の精霊だった。人々の絶望と終わりを求める声に応じる本能しか持たない、哀れな命だった』
「クソ、久しぶりに胸糞悪いもん見るぜ」
「王都オースティアですね……懐かしい……後に残されたのは瓦礫だけでした」
最前線で戦っていたエグゼリアとオメガがかつての戦争を思い出すように呟いている。思えばこの2人は死ぬ瞬間まで戦い続けていた生粋の戦士だった。ラファエラとかハーデスとか前線に立たなかった奴が今ではモンスターとなって競技の最前線に立っているのは中々面白い話だ。
「良し、次のフロアの魔法陣はこの王都のどこかにある。つっても王都全体じゃなくて今いる区画のどこか、って感じだけど」
「探索範囲が広がるって訳じゃないんですね? ならこれまで通りミコト、索敵を頼みます。どうやらこれまで以上に相手の動きが自由になるみたいなのでそっちの対処の方が難しそうですが」
「それは俺とアーサーで何とかする所だ。進むぞ!」
「了解、寧ろ目が多い分こっちのが楽かもしれない」
「今雑魚が増えてるって言った?」
「言った。罠も増えてるよ」
見てごらん、ララの死体が死んだまま次の罠へとスライドしてるでしょ? 死んだ瞬間の慣性で次の罠まで移動してるプロ根性だよ。
普通に気持ち悪いしそんな動き教えてないしオメガが爆笑してて最悪なのなにこれ。
「茶番はそこまでだ! やるぞ!」
「茶番を続けている間にも時間は過ぎ去って行くしなぁ」
動き出して王都を調べ始めれば、その瞬間感知範囲に入って来た黄昏の怪物や精霊が襲い掛かって来る。先手を取って殴れば問題なく倒せる程度のモンスターでしかないが、その元となった人々の事を考えると気持ち良く戦えるという所からは程遠い。
ずっと喉の奥に嫌なものが詰まったような感覚がする。果たして怪物になってしまった人々は、そうなるだけの理由があったのだろうか? そうするだけの罪があったのだろうか? 黄昏色の騎士の様な怪物、元はエルフだったのは黄昏色の弓使いに、中には数人の人間が纏めて融合した、多腕の天使の様な怪物までいる。
どれも、倒されて消える瞬間は穏やかな表情をしていた。
「胸糞悪ぃ」
「ですが絶望を責める事は出来ません。誰だって信じるものがあって、それは絶対であるという保証はないのです。心配はしてませんが戦闘は躊躇なく、お願いします。ここに出てくるのは恐らく過去の再現だけでしょう。本物はもう……存在しませんから」
雑魚を倒して魔法陣を発見する。最初の魔法陣は公園の中心に刻まれてた。
その後ろには首の折れた神の像が倒れていた。
12層。
似たような王都の景色。モンスターも変わりはしない。だが王都の荒廃は進んでいた。冒険者、戦士、騎士、或いは義人。そう呼べる勇気ある者達が王都の中にいて黄昏の怪物と戦っていた。
『絶望を抱え、黄昏へと転じた者達は少なくない……だが抗った者達も少なくはない。彼らは少しでもこの状況を好転させようと抗った勇者たちだ。問題があるとすれば……この変化は不可逆で、救える存在は1人もいなかったという事だろうね』
声が消える。進めばモンスターが襲い掛かって来る。此方と交わる事はないが、背景とも言えるエリアでは戦っている騎士たちや戦士達の姿もある。中には英雄クラスの、一振りで薙ぎ払う姿もあり、屋根から屋根の上を飛んで移動している姿もある。
そういう景色を横に、崩壊して行く都市の中を駆ける。オメガの言う通りだ。胸糞が悪い。これは既に変えられない悲劇だ。起こってしまった事実であり、その記憶だ。
『誰も……救えなかった……!』
膝を折った騎士は黄昏の精霊に抱きしめられながら美しい異形へと変貌して行く。
「……末期だな」
「えぇ、末期でした。それでも私達は抗いました」
「次の魔法陣を見つけたよ。移動しよう」
次の魔法陣は王宮の前に設置されていた。それに乗って次のフロアへと移動する。
13層。
白く、職人の手によって魂を込められたと解る荘厳な造りの大神殿だった。神々が実在する世にとって神殿は祭るだけの場所ではない。信仰を捧げ、交流する為の場所である。魔法と信仰が文明の中心となったこの地においてはこれこそが発展の象徴であり主柱だ。
『司祭たちは必死に祈った。これは嘘だ、何かの間違いだと。だが交流のある天使たちや女神たちが事実を肯定した……裏切者が出たのだと。我らの天父は殺められたのだと。さあ、進むと良い。その目で彼らはどう墜落して行くのかを見て欲しい』
言葉はない。最低限の、攻略に必要な言葉だけを交わしながら進む。
荘厳な神殿……それも空が黄昏色に染まると精霊たちが出現し、異形になった者が出現する。それをかき分けながら進んで行けば神殿の入り口に魔法陣を見つける。それを踏めば今度は神殿の内部へと移動した。
14層。
『彼らは協議した。これからの世をどうするべきなのか。だがまだ多くの神々が残っている。慈愛の神が、風来の神が、戦神が、姫神が……まだまだ多くの神々が天上に残されている。心配はない。不安に思う事もない。座を継承する後継者候補は多くいるのだ……最初はそう思っていた』
神殿内部も少しずつ荒廃して行く。罠やモンスター達を退ければ1人の神官が神像の前で膝を折るのが見えた。
『祈りが……届かない……? まさか……!?』
『そう、気づく者が現れてしまった。天上の神々が減っている事に。少しずつ、少しずつ……狩られているという事実に。心に絶望の毒が差し込んだ』
慟哭を上げながら異形に果てる。その苦しみは一瞬で広がり、伝播する。空気が段々と重くなって行く。東吾もアーサーも察している。この出来事は決して他人事ではないのだと。モンスターが、そして概念がこの地球に来ているのだ。
この絶望もまた、顔を見せていないだけで地球の持った危険な未来の一つだと。
15層。
『この状況に便乗した者達が存在した。西方大陸をまとめ上げた女帝リ・ロウは故意に絶望する者を生み出す事で強力な異形を……黄昏の堕落者を生み出す事に成功していた。制御不能ではあるが、戦場へと投入するだけならそう苦労するでもない……星の終末期に戦乱が広がる』
『続け勇士たちよ! 庇護する邪魔な神々もいなくなった今! 世界を統一する宿願を果たす時だ!』
次に辿り着いたのは西方帝国の軍事基地。黄昏の異形と帝国の飼いならす巨大なトラ型モンスター、そしてそれを率いる人間が徘徊する中を抜けて行く。トラップの殺意や設置数も上昇し、探索範囲も広がる。
とはいえ、ゲーム時代で何度も攻略しているマップだ。俺は見飽きているほどに通った。落ちているアイテムを回収しつつ、ララにトラップを踏ませて踏破する。
16層、17層、18層。
それは戦う人たちの記憶だった。
『世界は混沌と絶望に包まれつつあった……黄昏への恐怖から生まれた黄昏の精霊たちとの戦いは人類の今後の生存の為に必要な事だった。神々の零落、天の園からの追放……天使たちは逃げるように地上へと降りて行く。だがそれでも未来を諦めない者達はいた』
黄昏色に染まる森の中、幻想的としか表現できない場所に腕利きの勇士たちが揃っていた。先頭に立つのは白銀の鎧に身を包んだ1人の騎士だった。太陽色の剣を鞘から抜き放つと、それを真っすぐと深部へと向けた。
『これより黄昏の精霊たちを討伐する!』
『黄昏を統べる大精霊を討てば、今のむやみやたらに同化融合する連中の動きは抑えられる! 人類の存亡この一戦にありと心得るのだ!』
『おぉぉおお―――!!』
「あ、生前のエグゼリアだ」
「懐かしいですね……我が愛剣ソルグラントも当時は手にありました……今はちょっと手元が寂しいですね」
たはは、と懐かしそうに兜の下で笑うエグゼリアの言葉を補足する。
「ちなみにスキルとしての《陽剣ソルグラント》は存在するよ」
「そのはなしを」
「くわしく」
エグゼリアとアーサー両方から肩を押さえられてぶんぶんシェイクされる。うーあーうーあーと呻き声を上げながら答える。
「そもそも最終世代のモンスターってほぼ専用スキルみたいなものが用意されてるから特定のダンジョンに潜るか特定のスキルを揃えてスキルを継承合体させると専用スキルが生えるか変異するから特定のレシピを作る時に入力しないと駄目だよ」
2人が一瞬で崩れ落ちた。こうなるとエグゼリアは習得の為に再合体必須だと理解してしまったのだろう。最終世代モンスターの再合体に伴う種族変更から元へと戻す為の労力……レベリング込みで考えるとあんまり考えたくない話だ。
崩れ落ちたアーサーの肩にぽん、と東吾の手が置かれる。
「ようこそ、此方側の世界へ」
「君も……!」
専用スキルが事実上このままでは習得不可能だと知った者同士、一瞬で共感を覚えて仲を深めてた。良い話だなー。
そんな事はさておき、周囲の戦団は森の奥へと進んで行く。
それに合わせて俺達も16層から順に攻略する。と言っても今まで通りのランダムダンジョン形式である事には変わりがない。時折背景で自分たちとは違う過去の残像たちが戦っているという事を抜きにすればそうそう変化のある状況ではないのだ。
だからこれまでの様に効率的に攻略し、過去の出来事を踏み越えて19層にたどり着く。
19層。
森が震える。
『く、西方の女帝か……!』
『怯むな! 女帝に先を越されたらどうなるか解ったものではないぞ!』
『討伐隊の前に征服者が現れる。西方大陸の覇者は全てを手に入れるまでは満足するつもりがない。黄昏の大精霊を誰が討つのか、或いは手に入れるのか……その戦いが始まった』
館長のナレーションは状況を告げると再び消えて行く。残された俺達が出来るのは攻略する事だけだ。過去の残像を通り抜けながら再び奥へ、19層の一番奥へとやって来る。そして到達する魔法陣の前には過去のエグゼリアの姿があった。
『目標はこの先だ……行くぞ!』
そう言って過去の残像は魔法陣の向こう側へと消えた。
『さあ……時間の事は気にする必要はない。ゆっくりでも良い。君たちの実力を……過去を乗り越える事で見せて欲しいんだ』
魔法陣の前で足を止める。スマホを取り出して時間の流れを確認すれば確かに、時の流れが緩やかになっている。かなりギリギリの予定だったから余裕が出来るのは良いのだが、館長のこの態度は明らかに此方に何らかの期待を向けている様子だった。
「ミコト、館長はどういう人物なのですか?」
「あっちの世界出身で生き残っている唯一の人間だよ。今のモンスターとダンジョンの存在する地球を作り上げた張本人で、ずっと反撃と自分の世界の復興を求めてる我慢強い人。ずっとずっと、反撃と勝利を待ち望んでるお辛い人だよ」
「成程なぁ」
「そういう事ですか」
2人して腕を組みながらこっちを見てうんうん頷いている。なんすか、その表情は。言いたい事は口で言うべきっすよ。視線で語るべきじゃないっすよ。
「ま、尊のあれこれは今はどうでもいいとして……いよいよ20層のボスだな」
「えぇ、色々と期待されている様ですし……ほどほどに頑張りましょうか」
「殺るぞ殺るぞー」
気合を入れてバフを掛け合いながら。
俺達はそっと……ララを先に投げ込んだ。