……ビジュアルが元とは違う。
元は金髪だし、年齢ももっと上の姿だった。だけど今の■■■はどう見ても俺と同年代の少女にしか見えない……髪の色の銀髪も、久遠をどことなく思わせる光沢をしている。なんなんだコイツ、という言葉が口に出そうになる。
「なんなんだこいつ」
出た。我慢したかったけど無理だった。もう詰みだろこれ。
「なんなんだ、とは心外ね。私はこんなにも焦がれて貴方に逢いに来たというのに」
楽しそうに、嬉しそうに自分の胸を抱いて、微笑んだ―――この女の本質を知らなければそれを美しく、可憐だと思えただろう。だが実際は世界を丸一つ滅ぼした最悪の女だ。実の父である創造神を殺し、その座を奪い、そして継承した世界をそのまま滅ぼした女なのだ。
知ってしまえばもう、見た目がどうとか話せる段階を通り越している。
ただただ死んでくれ、としか言えない。
―――探るか。
「じゃあなんだ、負けたのかお前」
後ろで館長がそれジャブじゃなくてストレートパンチじゃない!? みたいな顔で振り返った気がする。■■■は微笑みながら自分の頬を押さえ、えぇ、と呟いた。
「素晴らしい時間だったわ……長く長く続いた物語が少しずつヒートアップして、そして最後に大きな輝きを見せながらエンディングを迎えたの。忘れられない時間だったわ……尊、その中で一番輝いてたのは貴方なのよ? はあ、私とした事がもっと、この素敵な時間を味わいたいと思ってしまったわ……」
でもね、と続く。
「あらゆる物語はエンディングが存在するから美しいのよ。ちゃんと物語にはピリオドを打たないとならないの。そういう意味ではあの娘は本当に良く出来たラストページだったわ。あんなもの見せられたらどう足掻いても自分のエンディングを悟ってしまうわ」
「だったらそのまま死んでいてくれ。特技だろ、そういうの」
エグゼリア、オメガ、ラファエラ、ハーデス……全員過去の死を再現されて死んでしまった。それはそう■■■が認知して覚えているからだ。だから彼女がそう観測した通り、4人は死に戻った。目覚めない死の世界へと戻ってしまった。
「ふふ、そうね」
楽しそうに■■■は笑い、それから同意するように頷いた。
「本当にそう思うわ。でもね? 本当に楽しかったの……楽しくて、楽しくて、本当に楽しくて―――思ったわ、この素敵な物語を何度でも読み直したいって」
そう言って両手をぽん、と合わせた。
「気が付いたら歴史に私の影を刻み込んでいたわ。でも我ながらナイスアイデアよね。これなら本体が死のうが歴史が存在する限り私も物語の一部として存在し続けられるもの。私と貴方の縁は私達のラストページから始まったのだから、ここを起点にするのは当然の事でしょう?」
「―――」
絶句。言葉が出て来ない。それを代弁するように館長が声を零す。
「つまり、君は復讐でもなんでもなく、単に思いつきで過去へと跳んだのか……!?」
「えーと、うん、大体そんな感じね? こう、客観的に自分の所業を口にされると少し恥ずかしいわね。あぁ、でも心配しないで! ちゃんと貴方と対峙する気はあるから! また私達のラストページでエンディングを綴りましょう!」
楽しそうに未来を語る。
「本気で向き合って、全てを出し切って、ぼろぼろになって、ちゃぁーんと限界まで輝いて……そしてエンディングを迎えるの。そう、そういうものなの。それが良いわ。また、そうしましょうね? 大丈夫、心配しないで、貴方はただ前に進むだけでいいから―――私は一生、このループを楽しむだけだから」
理解出来ない。
この女の行動を、何一つ理解出来ない。邪悪で、醜悪で、そして最悪だ。自分の性癖と趣味の為だけに世界を一つ滅ぼした生粋の混沌。生まれるべきではなかった、こんなもの。だからこそ絶対に殺さないとならない。存在してはならないのだ、こんな奴。
矜持も誇りもない。衝動と情動だけで生きてる。こんな奴が力を持つ事が間違いなのだ。
だけど同時に希望も出てきた。■■■は結末に満足している。それは間違いない。だったらその時まで干渉されない可能性が―――。
「さて」
彼女のその言葉と共にどろり、と彼女の背後の空間が溶けた。黒い不定形が滲み出る様に溢れた。それはべちゃり、と不快な音を立てると大量の口を生み出した。黒い粘液の中に溢れかえる口。それは音を発する事もなく、ただ食事の時を待って唇を舐めている。
「尊……私、貴方の事をもっと知りたいわ」
「そうか、俺はお前の事なんて全然知りたくもないけどな。その時を迎えるまで大人しくしてればいいんじゃないか?」
「ダメよ、それじゃあ勿体ないわ。それにラストページがいる間の貴方は隙がないじゃない。それじゃあ最後の戦いの繰り返しで芸がないわ。あの戦い以上の事が私は知りたいの……ね? だから貴方の事をもっと教えて?」
口。
ワールドイーターが生み出す無数の眷属の中でも最も巨大なもの。当時はこれが大量に氾濫し、地表を覆いつくして星を蹂躙していたらしい。成程、話してみれば解る。この女は明確な悪役を用意してぶつけたのだ。人類が団結して戦う姿を見る為に。
その結果、人類が滅んだらそれはそれで素晴らしい輝きを見せた後のエンディングと言って満足する。
「これは貴方が持つ、最も原始的で最も情熱的なコミュニケーションツールでしょう? だから……さあ……貴方が最も信頼するラストページがいないこの場でどうやって切り抜けるのか、私に見せて―――」
「1人でやってろ!」
言葉と共に■■■が右手を持ち上げた。口に対する動き出しの命令が見えた。その瞬間、強く死を想起し、影からウェルギリウスを呼び出す。《パーフェクトキャンセラー》、■■■が上げようとした手の動きを止めようとして、その視線がウェルギリウスへと向けられた。
■■■の《上位観測》!
上位存在の立場からウェルギリウスの末路が観測された!
ウェルギリウスの末路は旧世界に存在しない!
「あら、その子」
走る。走る。走る。
全力疾走―――■■■へと向かって走る。エグゼリアもオメガも止められた。だが俺の事は絶対に止めないだろう。因果的に彼女は俺に殺されているのだとしたら、俺の事を拒否する事が出来ない筈だ。だから接近する。殺す為に。懐に忍ばせている素材採取用のナイフを逆手に握って駆ける。
「あぁ、あの戦いにいた子ね? 姿が違うから気づけなかったわ。貴方自身の命を分ける事で対策したのね……面白いわ」
「……!」
ウェルギリウスの元となった素材、告死蝶は根の国で出会った死という概念そのものから来ている。それが死神というモンスターを構築する為の隠し味だからだ。そしてその中でも俺の死の概念そのものを活用している以上、ウェルギリウスは俺の死の半身という立場に近い。
特に影響がある訳じゃない。だが単純にこいつに対しては大きなノイズになる。
前々からコイツ対策に仕込んでいた1手だ。
「思ってた通り……貴方はどんな時でも諦めず、勝利を求めて飛び込んでくるのね。そしてか細い道だろうと勝機を通してくる」
腕が振り下ろされ、床に広がっていた口が圧縮され、巨大なワームドラゴンの様な形状を取ると全身に口を生やして吠えながら頭上へと飛び上がる。
それを遮るようにここまでずっと静かにして隠れていたララが飛び出す。
「ボクがバトル活用される日が来るなんて思わなかったっす」
「耐えろ」
間に挟み込まれたララが1撃目を受ける。強制的に耐える。だが1撃では終わらず、連撃が入る。間髪入れずに入る3連撃にララは食いしばって耐え、追加行動が3回分残っている。
「耐えろ」
「これもしかして何時も罠踏んで耐えるのと違いがないんじゃないすか?」
「耐えろ」
「これ! 何時ものっす!」
「耐えろ」
「これならボクでもやれる気がするっすよ! 戦闘で初活躍! 激熱っす!」
ばくん。《捕食》が発動。攻撃完了後、一定以下のHPのモンスターを即死させ、その分追加ライフを得る。口は超HP増強、耐久捕食特化モンスターだ。ララを盾に使ったのは《上位観測》を使わせる程ではない上に、《捕食》による影響が微々たるものだからだ。
《ルアー》。ウェルギリウスが攻撃対象になる。口の挙動が切り替えられ、強制的に攻撃対象がウェルギリウスへと向けられる。
その間に接近する。背後で衝突する音と共にウェルギリウスの命が途切れるのを感じる。これで事前に仕込んでおいた耐久札は全部切った。図書館のペナルティを館長が強化し、《捕食》を使った口の命を削る―――が、食えば食う程命をストックして行く奴にはライフをキープするぐらいの効果しかない。
それでもララとウェルギリウスをデコイに、■■■にまで近づけた。
真正面、目の前まで迫った。
「があああ―――!!」
咆哮しながら振り上げたナイフを首に突き刺す。突き刺し、抉り、引き倒しながら首に何度も突き刺す。それを楽しそうに■■■は受け入れた。広げた腕は、倒れながら俺の背に回され―――抱きしめる。
「この程度じゃない、そうでしょ? ―――もっと貴方を見せて」
血が、一滴も流れてない。
ナイフが欠けてる。
殺せていない、殺せない。そもそもからして生物としてのスペックが違う。人間の姿をしているが、本質的には上位存在なのだ。俺の様に人の肉に縛られる事はない、自由な存在だ。物理法則でさえコイツには大した意味はない。
影が覆う。
頭上に口の影が現れる。ウェルギリウスを食って次は此方へと向かっている。巨大質量が迫って来る。
腕の力が強くて引き剥がせない。ナイフを首に再び突き刺そうとするも、刺さらない。力を込めるが駄目だ。
逃げられない。
「おおおおぉぉぉぉぉおお―――!!」
叫びながら押し込もうとしても1ミリも食い込まない。ナイフが弾かれ、手から抜ける。
■■■に頬を押さえられ、視線を合わせられる。
「貴方をもっと見せて。あのエンディング以外のものを。もっと、もっと見せて」
真っすぐ向けられる視線に悪意なんてものは欠片もない。本当に心の底から、この時間を楽しんでいるのが解る。俺を殺す気なんてない。俺ならこの状況を乗り越えて当然だとさえ信じている。そしてそれが裏切られるとは思っていない。
でも現実はそんなに優しくない。
少しでも抵抗する為、無理矢理■■■にシンクロして意識を繋げる。東吾には禁じられたがこの際手段は択ばない。脳か精神を破壊する為に最も根源的な死のイメージを自爆覚悟で流し込もうとして、それよりも早く漆黒が落ちてきた。
そして全てが黒く染まった。