―――鼻血が止まらない。
チェック。
右目、視力喪失。
左肺壊死。
左耳、聴覚停止。
「まあ、これぐらいで済んでるなら軽い方か……」
《メタ観測》は■■■の《上位観測》に便乗するように発動させるスキルだ、あの女の褌を掴んで使っているようなもの。人類であれば問答無用で発狂する様な事が出来るのは、単に俺の精神性が異常で、彼女の視点を理解し、そして受け入れられるからに過ぎない。
それでも彼女と俺ではスペックに絶望的な差がある。それが原因で《メタ観測》を使えば使う程、自分の体を破壊して行く事になる。それでもこれを使わないとならない。そうしなければ勝てないから。
と、そこまで考えた所で、接触してくる意識がある。
「尊くん……私と、図書館の皆で負担を軽減する、使ってくれ……!」
「ありがとうございます……!」
少し息がしやすくなる。思考はブレない。手の震えはない―――寧ろ高揚している。
「解るわ。本気が出せるのよね? 心が躍るわよね? そう、対等な相手よ……漸く本気を出せる相手を見つけられたのよ? それは恋にも等しい感情だと思わないかしら?」
「思わないから死んでくれ」
視力、肺、聴覚、戻らず。戦いが終わって治療して戻る事を祈ろう。今は自分の肉体を消耗させてでも勝利する為のリソースを確保し、捻出する。その為にはどれだけ過酷だろうがこの体を使い潰す必要がある。最大の敵は《上位観測》だ。口? こんな雑魚が俺の相手になる筈がない。
両手でフレームを作り、その中に口の怪物を収める。ワームドラゴン体へと変化し、全身から口を生やした怪物。その殺し方は組み終わっている。
「リーサルは見えている」
「殺してみて」
誘う■■■に応えるように指示を飛ばす。先に踏み出すのはエグゼリア。先鋒、先陣、誰よりも早く戦場を駆け抜ける騎士。その姿で後に続く者達を率いた騎士の中の騎士。その雄姿は永劫色あせる事がないだろう英雄。
―――が、それに割り込む意思がある。
■■■の《上位観測》!
■■■はマスターとして必要な技能を全て習得した!
■■■はマスタースキル《全能の采配》を振るった!
“口”の全ステータスが最大まで強化された!
「通す」
「あら」
「こっちのが早いからな」
先制取得だったら考えたが、これなら介入する必要はない。全てのステータスが強化された口の怪物よりも、エグゼリアの方が早いからだ。そう、敵のステータスも数値的なデータとして存在するのだ。ゲーマーであれば図鑑を通してボスのデータも1度ぐらいは確認した事があるだろう。俺もある。
だから実数値を比べればどっちが先手を取れるかなんて解る。
《焔の先刃》が戦場を駆け抜ける!
エグゼリアの素早さが永続的に上昇した!
エグゼリアの炎属性攻撃力が永続的に上昇した!
エグゼリアの素早さが上回る分だけダメージ倍率が上昇する!
オメガは《リミットカット》し超過駆動状態に入った!
オメガは3ターン後に死亡し、それまでステータスが3倍となる!
ハーデスの《嘆きの大河》が呼び起こされた!
冥府の底から嘆きが響く……。
“口”の強化状態が解除された!
図書館の床に薄く水が張る。何時の間にか大河が流れる様になり、その果てから嘆く亡者たちの声が聞こえてくる。そこから伸びる怨嗟の声が“口”にかかる強化状態を解除する。
「素人が。ケアもなしに強化すれば解除されるに決まってるだろ」
「成程、勉強になったわ」
■■■はマスタースキル《全能の采配》を振るった!
“口”の全ステータスが最大まで強化された!
尊の《メタ観測》!
これは1試合に対するマスタースキル使用回数の超過に当たる。
振るわれる無法なマスタースキルの即時使用によるリカバリーを、《メタ観測》で封じて切り裂く。だがそれで掛かった負荷が図書館で負担を軽減している何割かのモンスターに直撃し、ノックアウトする。それによって構築されたネットワークが僅かにだが揺らぐ。
「ぐっ」
「ふふ」
あまり乱用は出来ない。彼女の手の全てに《メタ観測》で対応したらこっちが潰れる……だから本当に潰す価値のあるものだけを選んで切り返す必要がある。軽く息を吸い込みながら……差配する。
エグゼリアが長きに渡り失っていた陽剣を引き抜き、それで切り込む。元々炎に対する無効化能力を持つ“口”はそれを受けて一切のダメージを受けない。だが攻撃が終わると同時に体に残った炎がそのまま亀裂を刻み込み、耐性を削る。《陽剣ソルグラント》は250%ダメージの単体4回攻撃だが、何よりも狂っているのは攻撃後に相手の炎耐性を1段階下げるという事実にある。
しかも累積する。
「やはり、これが最も馴染む……!」
エグゼリアが先陣を切って亀裂を叩き込み、続くようにオメガが接近する。巨大な鋼の決戦機構が口の怪物と衝突し、衝撃波を巻き起こしながら咆哮を上げる。巻き上げられた水が雨の様に降り注ぐ中で拳が口を殴り飛ばし、距離を生む。
その間にハーデスとラファエラが動く。大河から溢れだす無数の亡者の手が集まって巨大化し、それが口へと殺到しながら力を奪う。同時に放たれるラファエラの新しいスキルが全ての味方のHPとMPを限界を超えて回復する。
「ふむふむ、次の一手はこんな感じにしようかしら?」
■■■はマスタースキル《全能の采配》を振るった!
■■■はマスタースキル《破城命令》を振るった!
■■■はマスタースキル《デモリッション》を振るった!
■■■はマスタースキル《デッドバック》を振るった!
無法。強力なマスタースキルだけを選別し、それを複数同時に振るってくる。どれもこれも習得難易度が高く、一つだけでも習得してれば十分Sランクで戦う事が出来ると言われるマスタースキルだ。全能力上昇、防御無視、バフ消去、そして後攻倍化。
全てを付与された口がオメガへと襲い掛かる。ボス特有の4回行動、その全てが守護神へと向かって殺到する。
「まずは削ぎ落す」
ハーデスの号令に合わせて大河から伸びる手が能力強化を全て嘆きの中へと洗い流した。これで強化値は0になる。残されたのは防御無視、バフの消去、そして倍化されるダメージ。
それがオメガを襲う。
空間を震わせる程の怪物の咆哮、そしてそれに対抗するオメガの咆哮。超巨大質量同士が駆け寄ると漆黒の肉体から拳を作り出し、叩き込む。オメガに付与されていた余剰HPが消し飛び―――《天空の慈悲》の効果で即座にHP最大値が増強された。
2撃目、HPが消し飛び残り8割。増強される。
3撃目、残り6割、最大値を超えて回復して増強される。
4撃目、残り3割まで減らされ、HPが最大値まで戻される。
《大天使の再動》が発動する。回復されたHPの割合が100%を超えた時、再行動を味方に付与する事が出来る。軋む鋼の音を飛び越えて炎が時を駆け抜けた。
「我が半身よ……かつての様に駆け抜けるぞ!」
《陽剣ソルグラント》が駆け抜ける。無効化から耐性へと落ちていた炎耐性が半減まで弱体化する。それを見て■■■が目を細める。
■■■の《上位観測》!
尊の《メタ観測》!
■■■がマスタースキルで不利を帳消しにしようとした瞬間、《メタ観測》で介入してその行動をキャンセルする。火力の下準備としてエグゼリアによる属性耐性のデバフは必須だ。これは超火力を出す為の事前準備で必要な段階なのでリセットされるわけにはいかない。
それを■■■も理解しているのだろう、にやにやしながら此方を見ている。
「ふーん、そこが弱いのね? 虐めちゃおうかしら」
「やってみろ、やれるもんならな」
視線が交差する。彼女はやろうと思えば《上位観測》によるごり押しも、此方からの接続も切る事が出来る筈だ。だけどしない―――この状況そのものを愛おしみ、楽しんでいるからだ。それを最大限利用する。
「2ターン目……!」
再びエグゼリアが無法としか呼べない速度で駆ける。ここまで2度叩き込んだ影響で漸く、陽剣はダメージを発生させる事に成功する。だがそれは“口”が持つ膨大なHPからすれば1割にも満たない数字で、実数値で見れば1%程度のダメージだ。
そう、“口”のHPは膨大だ。凄まじく高く、そして硬い。殴った所でまともにダメージが通らず、此方を殴る度にHPが回復し、《捕食》によって更に増強してくる。
「そんな火力じゃ永遠に倒せないわよ? ふふ、それとも私ともっと一緒に過ごしたい……って事かしら?」
このボスはプレイヤーで人気だった第1期構築に非常に近い性能をしている。つまり異様に硬く、死なない事。後はサブに火力かバーンを詰め込んだ超要塞型にすると攻略面では非常に安定する。それが図書館という環境レベルにまで強化されたボスだ。
だからこの“口”というボスは異様なタフネスで殴って来る―――そう、プレイヤーを倒すボスではないのだ。
戦闘を終わらせないボスなのだ。プレイヤーを倒して詰むのではない、倒せなくて戦闘が終わらないタイプの詰みを持ち込むボスなのだ。だから今削った1%のHPダメージも、此方が盤面を整えてからオメガへの4連続攻撃で当然のように回復する。
回復し、《大天使の再動》が発動し、4度目のエグゼリアの攻撃が入る。
目前、■■■諸共焼き払う陽剣がついに“口”の耐性を下限まで削る。これで最初の仕込みは終わった。リーサルに使うのは《陽剣ソルグラント》だ。これが今、最大の火力を出せるスキルになっている。
これで“口”のHPを全部ふっ飛ばす。必要なのは限界までバフとデバフを重ね、ダメージ倍率を稼ぐことだ。そしてそれを可能にするシステムがある。
オーバークリティカルだ。
「3ターン目」
■■■の《上位観測》!
■■■は2体目の“口”が存在する可能性を観測した!
介入・《メタ観測》
反証:このイベントにおいて2体目のボスが出現した記録はない。
よって2体目の“口”が出現する可能性は存在しない。
Q.E.D.
「あんっ、残念」
「死ね」
中指を突き立てながら《メタ観測》で可能性を切り飛ばす。今のは通してたら間違いなく負けてたタイプの干渉だった。冷や汗がおちるのを感じ取りながらも、計算されたリーサルへと向けて手を打つ。
エグゼリアの《陽剣ソルグラント》!
“口”の耐性はこれ以上下がらない!
オメガの超過駆動に限界が来る!
《リミットカット》の反動でオメガの肉体が崩壊する!
《明日に死す》発動!
限界を超えた先にオメガが踏み出す!
《リミットカット》による反動即死をハーデスのHP0を踏み倒すスキルでコンボし、代償を無視して限界突破状態を維持する。反動は3ターン目に発動し、死亡してリセットされるタイプのスキルだから死ななければ代償を踏み倒して永続化が出来るのだ。
そのまま《オーバークロック》が発動する。オメガの全ステータスが最大状態まで強化される。純粋ステータスの暴力がエグゼリアの後を追う様に”口”へと向かい、衝突する。
「うっ、ぐっ」
発生する衝撃に体が浮かび上がる。床から伸びて来る亡者の手が飛びあがる体を引っ張り、引きずり戻す。その間に後ろへと振り返り、館長たちを見つける。ララ、館長、東吾、アーサーを見て確認する。アイコンタクトも、言葉も不要。
着地し、片手を振るってラファエラ、ハーデスへの指示を続ける。
ラファエラがHPを増強してセーフラインを維持し、ハーデスからのデバフが飛んで“口”の火力を削る。
「そうやって相手の殺意の上限を引き下げて、リーサルラインを遠ざけるのが貴方の十八番よね。知ってるわ、だってそれで私の体はズタズタにされたのだもの」
楽しそうに手を後ろに組み、微笑んでくる。
「相手の最大火力を計測し、それを削ぎ、防御を固め、相手の火力を受けきれるラインで維持したら自分の攻撃手段を積み込んで削り殺す……はあ、思い出すだけで興奮してきちゃう」
「……」
3ターン目終了。想定されたラインは通せている。問題は相手の動きが薄い事で、もっと攻めてくると思っていたがそうでもないという事だ。
「私知っているわよ? 最初の3ターンは序盤で、4ターン目からが本番。互いの様子を見ながら下準備をして、4ターン目の中盤戦から手札を切ってリーサルに備えるか入るって事を」
「コイツ……」
■■■の《上位観測》!
■■■はマスターとしての経験をインストールした!
「さあ、ドキドキワクワクの4ターン目よ尊……楽しみましょう?」
「1人で楽しんでろ。何度も言わせるな」
計測し、計算し、そして想定し、構築する。
「リーサルは見えている」