それに最初に気がついたのは他県へ認定戦の為に蹂躙遠征していた七海だった。
「あれ、尊くん配信してる。珍しー」
なんか、配信されてた。滅多に、どころか基本配信なんてしない。興味すらない人間だ。妹の灯が牧場の宣伝の為に配信して、それに映り込むレアキャラ扱いなぐらいだ。
それがSNSのアカウントで配信してる。非常に珍しい事だった。他の参加者を極悪ロックで封殺して全員泣かして故郷に帰ってくれと懇願されてる七海はそのすべてを無視して配信をリツイートした。配信してるなら少しの足しにはなるだろう、と。
懇願? ロックされる方が悪いねん。それが地元の共通認識だった。
無論、この配信を見ているのは七海だけではない。同時に多数の知り合いがこの配信を見ていた。そして最近、若手の中で名を挙げつつある尊に注目している者たちもまた見始めていた。
まだマイナー。
メジャーではない。
だが着実に注目されつつあった。柊剛三の孫、その偉業と功績を継げる者として。
そう、ララの誤タップによって。
アイツ、後で締めるか。
シンクロによって構築された意識のネットワークでしっかりとララのやらかしをキャッチしてる。アイツマジで許さねぇ。流出していい映像といけない映像があるんだぞ!!
戦闘処理でヒートアップしてた脳味噌が茶番で少し落ち着く。
この手の茶番は過熱気味な脳の回転を程よく落ち着かせてくれる。戦闘中、戦闘に集中しすぎるとどこかで見落としが出てくる。程よい緊張が欲しいのだ。程よい、集中し過ぎは駄目だ。
だからちょっとだけ脳内で茶番を挟んで―――戦闘を続行する。
「さあ、私達の
「行くぞ」
■■■の《上位観測》!
《全能者の憂鬱》を振るった!
尊達のステータスが最低レベルまで低下した!
尊の《メタ観測》!
同一時間軸に割り込んだ!
尊は《全能者の采配》を振るった!
あらゆる憂鬱は薙ぎ払われた!
「ふふ、使えるんだ」
「マスタースキルで、お前に出来て俺に出来ない訳がないだろ」
尊は《デモリッション》を振るった!
「チェンジプラン」
尊は《バインドオペレーション》を命じた!
「チェンジプラン」
尊は《クリティカルコンバット》を立案した!
「チェンジプラン」
尊は《決戦存在》を呼び起こした!
負荷で脳が焼けそうになる。本来なら出来ない戦闘中のマスタースキル切り替えというものを、精神状態をリセット、脳をシャットダウンしてから再起動させる事で無理矢理対応させる。
ゲーム内にも存在していた最強クラスのマスタースキルを連続起動させる。
「あは、素敵」
■■■の《上位観測》!
このターン発動されたマスタースキルをなかった事にした!
「これで差し引き0だな」
「あっ」
―――このバトルの肝は■■■からの干渉を差し引き0にする事だ。
“口”そのものはオーバークリティカルを解禁した時点で敵ではない。だからコイツは多少時間がかかっても殺しきれるだけの敵だ。問題はその裏から法外なバフを連打してくる■■■の方だ。彼女の存在が最大のノイズであり、壁だ。
彼女による干渉を0にする事が出来れば、そのターンは通常の戦闘処理が行える。
「つまり、君たちが活躍する舞台へと変わるって事だ―――!」
音を超えた、炎の線が流星の様に戦場を駆け抜けた。
一直線に口へと到達した騎士は陽剣を突き刺すと、炎を噴出しながら弱点へと切り替わったその肉体に炎と斬撃を刻む。目算、1㎞程の距離を1秒もかけずに引きずるように駆け抜け、床にたたきつけて跳ねあげた姿に下から掬い上げる様に斬撃を放った。
果ての見えない天井へと炎の斬撃が抜けて行く―――空が、天蓋が炎に包まれる。自己バフによるエンジンがフル回転に入ったエグゼリアは自分のみで到達できる最高の状態へと入り込んだ。灼熱をワームドラゴンの体へと刻み込み、蝕む火傷を残しながらオメガへと繋げる。
鋼の咆哮は決戦体となって声を放てなくなったオメガの代わりにその全てを語る音だった。打ち上げられた口を掴み、それをダンクするように再び数百メートル下の床へと叩きつける。そのまま《グラビティカノン》の砲台を突き刺し、押さえつける様に発射―――その肉体からバフを破壊しながら傷口を抉って行く。
それでこの怪物が怯むか? 否、怯まない。超重力の砲撃を受けながらも食欲を旺盛にする怪物は触手の様に体を伸ばすと、それをオメガへと伸ばし、齧りつく。奪われる命を補填するように、更に多くの命を求める様に。
「口ちゃん、もっと激しく」
《渾身撃》の指示が飛ぶ。口に対して渾身能力が付与され、体力が高ければ高い程大ダメージを叩き出せるバフが付与された。それに対抗して《嘆きの大河》が自動的にバフの解除に走る。大河の亡者たちは嘆き、苦しみ、嫉妬するから奪うのではない―――この怪物と、神を、許せないから戦っている。
「でも所詮は脇役、その程度よね」
そうして剥がれたバフを塗り直すように《渾身撃》が再び入る―――ラファエラが手番外でバリアを差し込む。ハーデスから即時発動なデバフが飛ぶ。口の能力とオメガの耐久力が引き上げられ……破砕音。
オメガの片腕が吹っ飛ぶ。
超重量の金属が宙を舞い、落ちて、落下の衝撃で体が打ち上げられる。飛び上がる体のバランスを取りながら、不動の■■■を睨んだ。
「……」
「ほら、何もしないと死んじゃうわよ?」
ラファエラの支援が入ってもなお2撃目でオメガが半壊まで持ち込まれ、3撃目、オメガがかろうじて生き残る―――計算通りだ。
「ハーデス」
「通さないわ」
「いいや、通すね」
ハーデスの《パーフェクトキャンセラー》!
■■■は《インタラプト》を持っていると宣告した!
ハーデスの《インタラプト》!
「あら、両方とも使っちゃっていいの?」
打ち消し2枚を使って4撃目を止める。口の攻撃が停止し、オメガが崩壊前に生き延びる。ラファエラによるヒールでその損傷が回復し、再行動を得てエグゼリアが駆ける。再び流星となって戦場を蹂躙し、怪物の体力を合計2割削る。
3秒にも満たない時間が経過し、ターンが回る。
「ふーん、こうやって戦闘処理をループさせる事で盤面を支配してるのね」
「これはRPGにおける奥義だ」
ダメージを受け、計測し、軽減し、受けきれるレベルに落として受け続ける。削られた分を回復し、そして相手を削る。これを延々と続けるのがあらゆるRPGにおいて最も信頼される古来からの戦術だ。これが通じる相手であればどんな相手でも勝てる。
無論、と■■■は笑みを浮かべて前かがみに此方を覗き込んでくる。
「―――それは相手が回復してこなければ、という前提が成り立たない?」
■■■の《上位観測》!
ジ―――ジジッ―――
時間軸―――ジッ―――乱れ―――
■■■は戦闘開始前の状態の“口”を観測した!
“口”は戦闘開始前の状態まで回帰した!
「さあ、削った分も、デバフも全部やり直し! 頑張れ、がーんばれっ!」
楽しそうにやり直しと告げる■■■は期待の視線を向けて来る。だから続ける、これまでのターンと同じことを。エグゼリアを走らせ、オメガで受けて、ラファエラで癒して、ハーデスで付与する。オメガが削られ、ラファエラの再行動でエグゼリアを動かす。ソルグラントが2回刺さって耐性は無効化から半減まで落ちる。
ターンが回る。
「あら? 静かね……元気がなくなったかしら?」
両手をポケットに入れて着地しつつ、素早く指示を出す。
ループ処理に入る。エグゼリアで殴り、オメガで受け、ラファエラで癒し、ハーデスで付与する。口がオメガを削り、削った分の戻した合計値で得た再行動をエグゼリアに渡してソルグラントをぶっ放す。耐性が弱点まで落ちる。
「……」
「……」
時間遡行。口がリセットされる。
エグゼリアで殴り、オメガで受け、ラファエラで治し、ハーデスで付与し、エグゼリア再行動。
■■■の《上位観測》!
尊の《メタ観測》!
《上位観測》に《メタ観測》を合わせる。エグゼリアで殴り、オメガで受け、ラファエラで治し、ハーデスで付与し、エグゼリア再行動。ループ処理に入る。再びエグゼリアで殴り、オメガで受け、ラファエラで治し、ハーデスで付与し、エグゼリア再行動。
変化のない盤面、此方のリソースだけが削れて行く。即時スキルを使えば此方の使える手が減り、《上位観測》を使えば此方の《メタ観測》の残り回数が減る。俺も、図書館も無限に負荷に耐えられる訳じゃない。使えば使う程損耗していく。
だが、この状況で追い込まれているのは他でもない、■■■の方だった。
「―――ふふ、あははは、凄い……!」
「で? 次はなんだ。何で来るつもりだ? 何でもいいぞ。
オメガの砕けた腕の残骸の上から女を見下ろす。
確かに、《上位観測》は脅威だ。何でもありだし、やろうとすればルール違反を幾らでも起こす事が出来る。だけどこいつは自分から制限を仕掛けた。マスタースキル、そしてマスターの経験をインストールするという自分の能力に型を付けるという愚行に出た。
舐めてるのか。それとも馬鹿なのか。或いは行き過ぎた愛情なのか。
どちらにしろ、コイツは立ってしまった。俺と同じステージに。
降りなければ絶対に勝てるバトルだったのに、こいつは最初から最後まで勝ち負けもない、遊びのつもりでいるから。だから同じフィールドに降りてきてしまった。状況は別に飛びぬけて良い訳じゃない。
だけどこいつはマスター同士の戦いというフィールドに立ってしまった。
つまり対処できるゲームへと舞台が変化したという事でもある。これは戦闘開始直後の《上位観測》を乱用している状態よりも弱い。だから戦闘のループ処理で捌き切れる。無意識的にマスタースキルを使う回数が減っている……インストールした技能に引っ張られているからだ。
「回復? 無意味だ。経験を取得? 化け物が人のフリをするなよ。マスタースキル? ごっこ遊びでお前が本業に勝てるわけないだろ」
お前は。
「何にも縛られない状態が一番強くて、面白かった。乗って来た時点でつまらないんだよ。いい加減、終わらせよう」
「そう言う貴方だから本当に好きなの」
妖しく瞳が光る。
■■■の《上位観測》!
”口”のレベルが+50された!
《全能者の采配》が振るわれた! 最大まで強化された!
レベル50分の強化。それは単純ステータスの暴力。150から200レベルまで上昇すればレベルだけでなら竜王を超える数字になる。純粋な強さでアレを超える事はないだろうが、HP、防御力、あらゆる面においてより極悪と呼ぶに相応しい能力を見せるだろう。
その上で全ステータス2段階強化、これは単純にステータス2倍だ。これが襲い掛かって来る。だが火耐性は既に下限まで落とされている。一番恐ろしかったのは最初の時の様に無節操に《上位観測》を連打して来る事だが、もはや彼方はリーサルを期待する状態に入った。
そうするように戦闘中に意識を誘導させた。そういう風に言葉を向けた。
そう、戦いとは決してスキルの選択だけではない。リアルとなった今、相手への自分の姿の見せ方、言葉遣い、立ち位置、そしてその中にある好意や意識さえも武器の一つとなる。
―――特に、異様に意識してくる相手であれば余計に刺さる。
「さあ、魅せて」
エグゼリアが駆け―――ない。行動順を調整して順番を後に回す。その代わりにオメガが前に出る。正面から口とぶつかり合い、攻撃が入る。口を怯ませ、そして殴り返される。1撃、圧倒的なステータス差にオメガの体が半壊する。
2撃目。オメガがかろうじて生き延びる。
3撃目。オメガが崩壊する。
これまで1度も朽ちる事無く戦い続けた鋼の守護神がその役割を完全に完遂させて崩壊する。吹き飛ぶ鉄の破片が辺りを飛び、直ぐ横に装甲版が突き刺さる。鋼の暴風の中動じることなくラスト、4撃目が守られる事のなくなったラファエラへと向けられるのを見た。
「庇え、エグゼリア」
エグゼリアが庇いに入った。ラファエラへと向けられる筈だった致命の一撃がエグゼリアへと叩き込まれ、一瞬でHPを全て粉砕し、1ドットだけ残す。元から搭載されていた食いしばり系スキルによってギリギリ生存し、それが相手の行動をトリガーする。
“口”が弱った獲物を察知する!
“口”は《捕食》に入った!
エグゼリアは捕食される!
ハーデスの《冥神の誘い》!
このターンの間“口”の魂が肉体から分離された!
《パーフェクトキャンセラー》から変化する上位の専用スキル、《冥神の誘い》はモンスター単位でアクションをキャンセルさせ、そのターン中のリアクションを封じるスキルだ。つまり発動してしまえば攻撃行動も、それに対応するオートスキルの発動も出来なくなる。
これで“口”による食いしばりの発動や、回避行動を封じる事が出来る。事実上、■■■からの《耐えろ》の発動を封じた事になる……恐らく、もう使う事はないが。
「えぇ、それでそれで? それだけじゃないのでしょう? そこでソルグラントを使っても決して倒せるだけの火力は出ないわよ?」
当然の事実として語られるそれにこう、応える。
「最初からリーサルは見えていた。この勝負はどう決めるのかもな……ラファエラ」
「はい、これで……!」
ラファエラからスキルが飛ぶ。それによってエグゼリアのターン中のクリティカル率が100%上昇する。エグゼリアの再構築の際に素の会心が100%になるように調整を施したから、これでオーバークリティカルの条件は整った。
「所で」
「うん?」
俺の背後を差す。
「これが実はチーム戦だって事忘れてないか?」
俺がそう言うのと同時に、背後、これまで倒れていた2人が立ち上がった。
東吾は《背水の陣》を唱えた!
エグゼリアに逆境効果が付与された!
アーサーは《斬首作戦》を命じた!
エグゼリアのクリティカルダメージが100%上がった!
東吾とアーサーからマスタースキルによるバフが飛ぶ。そして最後に、俺からのマスタースキルがエグゼリアへと飛ぶ。
「《斬首作戦》、実行」
《無限覚醒》、発動。ここまで温存されていた決戦用スキルが入る。エグゼリアの行動回数が今回に限り4回に増加する。使用するスキルは勿論《陽剣ソルグラント》。4回攻撃の250%ダメージ攻撃。相手の火属性耐性が弱点化しているので2倍ダメージの500%攻撃になっている。
ここにHP1での逆境補正で5倍の2500%、ここにクリティカル化で現在のクリティカル補正が4倍、オーバークリティカルで8倍にまで上昇する。つまり20000%ダメージが4回行われる。
これが今から4回繰り返してぶち込まれる。
自分以外にもマスタースキルを使う人がいる関係上少し数字がデカくなったが、ゲーム時代でもお馴染みの馬鹿火力コンボである。
「リーサルだ」
「―――!」
その1歩目は音を置き去りにした。鎧は焼け付き、焦げ、砕け、そして裸の半身が露わになった。傷だらけの勇士の肉体には炎が走ったような跡が刻まれている。それは彼が時代を駆け抜けた勲章。彼の一生が炎と共にあったという証。
その姿が消えて、口を吹き飛ばした。
地平線の果てまで覆う炎。1撃目から一瞬で炎の海が顕現する。地上で放てばロンドンどころかイギリスを焼き尽くす勢いの炎、それが口を薙ぎ払い、打ち上げ、そして追撃する。最初の4連撃を叩き込むのには1秒もかからなかった。
次の4連撃は視界に映る事さえなく、炎の嵐の様にしか見えなかった。
3度目の《陽剣ソルグラント》は小型の太陽の様な爆裂を後から発生させ、斬撃を攻撃が終わった後に発生させた。
そして最後、炎の嵐を生み出してからそれを突っ切り、炎の中に閉じ込めてから強襲するように放たれた斬撃は怪物を影も残す事無く蒸発させるように消し飛ばした。
ほぼ全盛期に近い力を見せつけ、エグゼリアはその怪物を滅ぼした。
「俺の―――俺達の勝ちだ」
燃え盛る炎の中、無傷で立っている■■■へと視線を向ける。
「えぇ、えぇ! 思わず手を止めて見てしまったわ! 最初からこのコンボを決めたくてずっと準備してたのでしょう? 私も最後の方は炎がきらきらと輝いてとてもきれいでついつい見入ってしまったわ……勝負のつもりだったのにね?」
少し恥ずかしそうに、申し訳なさそうに俯いて、それから後ろに手を回して、はにかんだ。
「おめでとう、尊。貴方の勝ちよ」
そう、微塵も勝利を感じさせないでその化け物は祝った。