人生とはスポットライトだ。
生と死に彼、我の境界線などない。そこにあるのは混沌だけだ。そこからスポットライトを浴びたものがたまたま新たな個我として立つことができるだけだ。それを知ると我にも彼にも違いはないのだと理解できる。
我も、彼も、私も、僕も、貴方も貴女も、全てに違いなんてない。
違うのは何にスポットライトが当たっているのか、それだけだ。
スポットライトを浴びる。
深い闇の中にある。自我が溶けてゆく境界線の上に立っている。死の淵、その深淵の前にいるのを感じる。懐かしさと心地よさに光の方から遠ざかり、闇の中へと進んでゆく。
段々とスポットライトの光が消え始める。
闇の中へと溶けてゆく。記憶が。意識が。存在意義が。何もかも原初の無へと回帰―――。
消える寸前で手のひらが種火を掬い上げる。消える寸前の火種は徐々に深淵から引き剥がされ、その炎が戻り始める。
「良かった。まだ溶けてなかった」
少女が両手で大事に火種を抱え、光の方へと歩みだす。
水の音。いつの間にか川が流れている。骸骨の船頭が小舟に乗って流れてくる。
「おぉ、なんとか見つけたかぁ。いやぁ、この世界の冥界の雑多さよぉ。あっちは一種類しかなかったのに、よりどりみどりで困っちまう困っちまう」
たははと笑う船頭が船を少女に寄せる。
「で、それが?」
「うん、お兄ちゃん」
「ははあ、奇特な兄ちゃんだ。あらゆる命には死後の理想があらぁな。なのにこの兄ちゃんにはそれがねぇ。どの形の冥界にも流れず、そのまま無へと向かって一直線たぁ剛毅だ」
船に乗り川を遡ってゆく。光がさす世界の方へ。
「私は何も知らずに産まれたから。だから生も死もあるがまま受け入れたけど……お兄ちゃんは色々と覚えてたから。だから今もずっと引っ張られてるんだと思う」
それは未だに世界を己の居場所と認知できてない証である。だがその認知も変わりつつあると少女は理解していた。家族では駄目なのだ、生まれが近すぎる。自分では理解し過ぎていて駄目だ。
その役目は何も知らないけど寄り添える他人じゃなければ果たせない。
縁もゆかりも無いただの第三者からの特大の愛だけが救いを齎すのだ。そしてそれは果たされつつある。
「難儀な事でさぁ。と、ここまで来れば後はハーデスの旦那の管轄だな」
完全だった暗闇の中に光が見える。天から降り注ぐ光に火種を掲げる。
「ちゃんと家に帰って来るまでが旅行だよ、お兄ちゃん。お土産忘れないでね」
頭が痛い。だがこの痛みが生きていると教えてくれる。態々彼岸まで迎えに来てくれた妹にはなんかいい感じのお土産を用意しなくちゃな。
左肺、蘇生。
聴覚、復帰。
右目……視力反応なし。戻らなかったか。
ゆっくりと目を開き、右目の感覚はあっても、視力がない。どうやら戻らなかったのか、或いは時間がかかっているのか。どちらにせよ、右目はしばらく使い物にならないだろう。それを自覚してから焦る。
「ヤバい、今いつだ!?」
体を持ち上げようとして体に痛みが走る。まだ完全に回復してないのがそれだけで解る。痛みに呻きながら頭を抱える。近くに視界を借りられる誰かがいれば助かるのだが。何時だ? 倒れてから何日経った?
「帰らなきゃ……!」
「どこにだ?」
「家にだ! クリスマスまでに帰るって約束したんだよ!」
「誰とだ?」
「それは勿……論……くお……ん……?」
「そうだな、私とだな」
うん!?
目を擦ってからもう一度確認する―――やっぱり、ベッドの隣に久遠がいる。いや、そもそもここどこだ? 日本に戻って来た? いや、空気がイギリスのそれだ。というかどれだけ眠ってた? 全部ちゃんと終わったのか? 図書館はどうなった? そうだ、ララを殺さないと。あのクソボケ兎配信者マジで殺すぞ。
「落ち着け、ミコト」
そう言って彼女は片手を持ち上げると、迷わずデコピンで額を弾いてきた。
「痛ッ!」
「落ち着いたな?」
デコピンしてきて当然落ち着いたな? みたいな事ができるのは間違いなく久遠だ。この絶妙な辛辣さの中に隠れた優しさを見せるのは久遠以外にありえない。弾かれた額を擦りながら頷く。
「あぁ……まだ混乱してるけど」
「そうだな……少しだけ状況を話そう。と言っても私はあまり詳しい事を知らないから後で大人たちから詳しい話を聞いてくれ」
頷く。
「まず、ここはイギリスのロンドンだ。今、ロンドンは厳戒態勢中で、市民のほとんどはロンドンの外へと避難している。政府の発表は複数のダンジョン発生に付き調査と対処と言っているが……実際の所は何が原因なのか、貴様のが詳しいだろう」
「■■■の出現か……」
「大変な目にあったらしいな? その上手く聞き取れない名前の存在がまだロンドンにいるかどうかを確認する為に封鎖しているらしい。その為、今のロンドンには100を超えるAランクマスターと、50を超えるSランクマスターが集まっているらしい」
「……ほとんどイギリスの総力じゃん」
「らしいな。問題があるとすればトウゴが“まあ、たぶん誰も相対資格がないから全滅するだろうがな、がっはっはっは”とか言ってた事だな」
「まあ……」
東吾とアーサーがしばらく耐えた後、認知フィルターを使ってあの女を認知せず、戦闘情報だけで戦況と状況を把握する事で対処してたが、アレが誰にでも出来るとは思わないし、初見では不可能だろう。そもそもそんな手段で戦う時点で勝てない。
というか人類では勝てない。どれだけ戦力を集めても勝負にはならないだろう。
「その関係で今、私1人ぐらいなら紛れ込んでも責任は全部押し付けられるから問題ないだろう……という風に連れて来てもらった」
「誰に?」
「館長とかいう男だ。これぐらいの役得は必要だろう、と」
窓の外を見る。夜空に浮かび上がる館長のシルエットがサムズアップしながらメリークリスマスと言っている気がする。そうだね。ダンジョンが出現したらカス女のせいにすればいいもんね。マスターがそこら辺徘徊してるから対処も早いだろうし。
いや、待て、今クリスマスなのか?
「今日は24日、クリスマスイヴだ。それも既に6時過ぎのな」
「うぉぉぅ……」
頭を抱える。結局クリスマスを家で過ごす事は出来なさそうだ。家族全員そろってクリスマス、という約束はどうやら守れないみたいだ。頭を抱えるとくすり、と久遠が笑い声を零す。顔を上げると、どことなく楽しそうにしている姿があった。
服装も……普段よりは少し上等な、デートの時に着る様な服になっているのに気づいた。そう言えば彼女は誘因体質が原因で駆間からは出られない筈だ。そんな彼女が人生で初めて海外に来ているのだ。俺がこんな恰好をしているのがちょっと悔しい。
「久遠」
「どうした」
「服、似合ってる」
「褒めるのが遅い」
そう言いながらも嬉しそうだ。そうやって嬉しそうな彼女の姿を見ていると、俺も嬉しい……幸せな気持ちになって来る。最近、徐々に気づきつつあるが、もしかしてこの娘に俺は本気で惹かれているのかもしれない。まだ好きだとか愛しているとか断言する所まではいかないが。
たぶん、きっと、この世界に俺を最も深く繋ぎ止めてくれているのは……彼女の様な気がする。
「体は大丈夫か?」
「まだちょっと苦しい。右目は見えないなあ」
「天使が右目が治るには少し時間がかかると言っていたな」
「あ、治るんだ」
「それまでは私が横にいてやるさ」
「そりゃあ安心だ」
お前と一緒ならまあ、何とかなるだろう。そんな気持ちを口にするべきかどうかを考えていると病室の扉が開き、ぴょんぴょん跳ねながらララが病室に入って来た。
「あ、マスター、やっと起きたんすね! というか起きたのなら早く呼んで欲しいっすよー! 皆病室の前で待ってたんすよ?」
「……」
ララの背後の扉を見ると、横からアーサーと東吾がスライドするように現れた。その後ろからオメガ、ハーデス、ラファエラ、エグゼリアのフルメンバーまで登場してきて久遠と合わせて2人でジト目で大人たちを見る羽目になった。
「いい歳した大人が何やってんの?」
「いや、ほら、その……ね? ははっ」
「まあまあ」
「まあまあじゃねぇよ」
完全にスタンバイしてたじゃん。盗み聞きしてた奴じゃん。久遠なんか恥ずかし……がってないな。寧ろ胸を張ってるな。凄い、このシチュエーションでここまで堂々と胸を張ってる人初めて見た。普通恥ずかしがったり隠れたりするもんじゃないの?
それとララは戦犯なので皆で病室の天井から吊るした。
「まあまあ、家に帰れなくなってしまったものでイヴを楽しみましょうよ」
「市内のケーキ屋からケーキやチキンを調達してきたぞ」
「シャンメリーもありますよ」
「やったあ」
少し前までは2人きりでちょっといい雰囲気だったのに、ダメな大人たちがやってくると一瞬でわいわいがやがやとした雰囲気へと変わってしまう。クリスマスオーナメント化されたララを中心に皆が飾り始めて、一瞬で病室がクリスマスムードに突入する。
ベッドサイドのテーブルにケーキ、チキン、チーズ、スープ、シャンメリー、雑多なクリスマスメニューやパーティーグッズが並べられて即席のクリスマスパーティーが始まる。子機に戻ったオメガが口を開くと口の中からクリスマスソングが流れだすのが滅茶苦茶シュールだった。
大人たちはワインを、俺達子供はシャンメリーをコップに注ぐ。家に帰れずロンドンに閉じ込められるような形になってしまったのが残念だが、こうやって生きて次の日を迎える事が出来た。あれを相手に生き延びたのだ、それだけで大金星だ。
「チキンちょっと冷めちゃったな……良し、少し炎を貸せハーデス」
「この体の炎はチキンを温める為にある訳じゃないんだが?」
「ではエグゼリア」
「ロンドン市内の温度を40度まで上げて良いのなら」
「チキン温める為に背水クリバフ要求するつもりなのかお前……?」
「誰かー。下ろして欲しいっすー。あっ、叩かないで。ピニャータじゃないっす。そういう玩具じゃないっす」
「このジングルオメガ段々と煩くなってきたな」
「ヘイ! ここにヒーローボーイがいるって聞いて仕事から逃げて来たぜ! 俺の分のケーキはある?」
「首相! ここは病室ですよ! 早く残業に戻ってください」
「今の文前後で繋がってない気がするんだけど? 残業は主に君たちが原因なんだけど? 見てみて、これ、辞表。今日の分」
「ゴミを持ち込まないでください」
「ゴミではないが? ところでクリスマスプレゼントはイギリス永住権でいいか?」
「お、戦争か? やるならやるぞ」
増々病室の中が騒がしくなり、即席のカラオケセットが用意され、ジングルオメガが解雇される。増々賑やかになる病室に、日本に戻れないのはちょっと残念だけど……まあ、こんなクリスマスも偶には良いのかもしれない。
そう思いながら今回の大冒険は終わった。
……ヴヴヴ―――。
「綺麗に終わらせてくれないなぁ。どれどれ、父さん母さんからかな? 生存報告は……灯がしてるか」
両親からのメールかな? と思ってマナーモードで震えてたスマホを手に取り、そこに表示されてる名前に顔をメチャクチャ顰める。
「どうした、ミコト。死人からメール貰ったような顔をして」
「アンデッドにスマホ持たせたら再現性あるな……」
「……ジジイからのメールだ。継承レースが始まってから一定期間経つと自動的に送られてくるタイプの奴だな」
柊剛三から、クリスマスイヴを台無しにするためのメールが来た。勘弁して欲しい、折角図書館攻略の打ち上げしてるというのに。東吾が頭を掻く。
「席を外すか?」
「いや、いいよ。どうせ世界の危機を知ってるんだし。それよりも酷い内容はありえないでしょ」
せやな、と首相が頷いてる。お前はほんとなんでここにいるんだよ!! という言葉を飲み込んで、ジジイのメールを読み上げる。
「えーと……よう、俺の出来損ないの孫ども! 未だにSランクにあがれてないのか? 雑魚にもほどがあんだろ! 初手愚弄か? クソジジイめ……」
続きを読む。
『まあ、そろそろ俺の遺産が本当に継承する価値があるかどうか疑うやつもいるだろ。金はもうあるし、権力もある、中にはそこそこの会社や地位についたやつも居るだろ。その中で本当に俺の遺産は必要なのか? そう考えるやつもいるんじゃねぇか? ん? どうだ?』
「確かに、遺産つっても前々からSランクまで自力で上がれるなら不要だって思ってたんだよな」
「自力で上がれるなら不要になる遺産ってのは確かに妙だな。こういう時は大体見えてるもんが釣り餌で、本命が見えてなくて隠れてるもんだ。恐らく本命は出し渋って隠してるぞ」
『だからそろそろお前らに俺の本当の遺産がなんなのかを教えてやる』
「ほらな?」
ドヤ顔なのはいいが、なんで一国の首相がチキン片手にこの病室にいるんだよ。
『俺の遺産は金か? モンスターの情報か? それとも俺が築き上げたコネクションか? 違う、そんなしょっぱいもんが本当に俺の遺産だとでも思ったのか? 馬鹿だなぁ、本当に愚かで救いようがない。何も見えてないんだなぁ……可哀想に……』
「殺してぇ……!」
「もう死んでますよ」
静かに病室内のジジイへのヘイトが上がってゆくのを感じつつ、続きを読む。
『いいか、俺がどうして一代でこれほどに上り詰めたのか。どうしてこれほど強くなれたのか。何故俺が全てを手に入れたのか、それにはカラクリがある』
死ぬほど嫌な予感がしてきた。読みたくなくなってきた。
『人生をリセットしたいと思ったことはないか? 間違いを正したいと考えたことはあるか? 俺はあるさ、女のナンパの仕方を間違えたときとかな。だけどお前ら凡人にはもっと沢山あるに違いない。そして俺はそれを解決する手段を持ってる』
「おいおいおい」
「これは……」
「酔った勢いで忘れられるように今のうちにワイン一気飲みしておこうぜー」
大人が3人、それぞれボトルを手に取ると急性アルコール中毒狙いでラッパ飲みし始めるのをラファエラにキレられてる。
『俺は時を巻き戻した。未来を知っている。そうなれば人生は実にイージーなゲームになると思わないか? はは、結果は見ての通りさ。しかもまだこの契約は生きてる。俺の後継者になれば、望んで世界の時計を巻き戻せるようになる』
頭が痛くなってきた。だが一番恐ろしいのはこの後だ。
『次元城というダンジョンがある』
『100を超えるモンスターしか出現しない奈落だ』
『俺はその主と契約してる』
『次の当主がその契約を継ぐ』
『そうだ、これこそが俺の遺産だ』
『世界を自由にする権利だ』
『今は閉ざされてる入口も、当主のみが開けられる』
『さあ、争え凡愚共』
『世界の未来と覇権を賭けて殺し合え』
『お前たちは、この魅力から逃げられない』
「クソジジイ……!」
怒りのあまりスマホを壁に投げつけて叩き壊す。震える手が何よりもの怒りを表す。それに呼応するのは決して俺一人だけではない。
モンスター達もまた、隠せない怒りの色を見せていた。それまで満ちていた祝いのムードは完全に霧散してた。
それもそのはずだ。次元城、それは現実においては超高難易度ダンジョンの名であり、ゲームにおいてはクリア後に探索するエンドコンテンツの為のダンジョンだ。
出現する裏ボスは設定上の強さはともかく、単純な戦闘難易度はラスボスを余裕で超える。邪神族、それは旧世界を荒らし回った最悪の種族の事であり、次元城は坩堝であり、悪影響が外へと出ない為に封印隔離が行われてる場所だ。
それをジジイがすでに開けてる。
これまで欠片もやる気のなかった継承レースの意味が変わってくる。勝たなくてはならない。このレースに。そして必ず、次元城の扉を閉ざさなくてはならない。
図書館で得た達成感と、その後の楽しかった空気は完全に消え去った。
残されたのは新たな戦いの予感だけだった。