「―――ふんっ」
「あ」
ぺいっ、っと憑依させてたウェルギリウスを久遠はデコピンで弾き飛ばした。その瞬間、ウェルギリウスを重ねてシンクロする事で復活させていた右目の視力は再び消えてしまった。しょんぼりしていると久遠が腕を組み、満足げに頷いた。
「さ、それではお前の目で見た感想を言って貰おうか」
そう言って久遠は腕を広げた。
―――そう、振袖姿だ。
白髪を今日はストレートに下ろし、藍色の振袖姿をくるっと回って披露した。
時は年始。病院からそろそろ外に出ても良いよという声があり、三が日はギリギリでの参戦となった。一日と二日はまだ外が危ないから片目オンリーでは出歩かせないという院長のありがたい言葉もありお正月を病室で過ごす事となったが、晴れてゴーサインを貰ったので駆間神社へと向かう事になった。
そして神社前の長い階段の前で合流し、披露される久遠の振袖姿。的確に視界を借りている事を見抜いた彼女は、それを叩き出す技術まで身に付けたらしい。どうやって?
「どう足掻いても似合っていると言わせたい、と」
「あぁ、貴様の口で言わなきゃ満足できない」
「去年よりも背が伸びたのもあって増々着物の似合う美人になったな。普段の姿も嫌いじゃないけど、こうやって着飾るのを見るのも悪くないな」
「うむ」
満足げに久遠は腕を組んで頷いた。こういう事でこいつ、あんまり照れないからちょっと悔しいよなあ。そう思いながら自然と彼女は見えない右目側に回って腕を取った。見えない目の代わりに支えてくれる、という事らしい。
邪魔しないように少し離れた所から見ている両親達がカメラで撮影している。灯は既に階段を駆け上がってしまった。俺は大人しく久遠に支えられながら階段を登る事にした。右目が見えない代わりに支えてくれるのは嬉しいのだが、そのせいで姿が見えないのは少し残念だ。
「漸く家に帰れるそうだな」
「イギリスからずっとごたごたが続いてたからな。モンスターの合体も後回しだし。あ、トレーニングの指示、代わりに出してくれてありがとう」
「内助の功という奴だ、気にするな」
君、結構結婚する気満々だよね。昔は見定める! とか言ってたけどあの発言はどうなったんだろう? いや、俺もアレを蒸し返すつもりはないが。今更久遠なしの生活……と言っても違和感あるし。完全に彼女と一緒の日常が普通になってしまったし。
階段を一段一段と上がって行く。手を握られているから焦る必要はない。ゆっくりと階段を登る。時折振り返り、両親たちが追っているのを見るが、向こうは向こうで二家で話しながらゆっくりと登っている。気にする必要はないだろう。
そう思っていると上の方から灯が手を振って来た。
「お兄ちゃん! お義姉ちゃん! 早く早く!」
灯の久遠の呼び方に凄い勢いで視線を向けるが、灯はそれをガン無視する。こっちを呼ぶだけ呼ぶとそのまま神社の方へと走って行く。それを追いかけるように階段を登り切ると、年に1度しか向かわない駆間神社の姿が見えた。
今年もクレーターが出来てる。
上半身の白衣を脱いで晒しを巻いた巫女さんが祓い串を片手にドラゴンを横の林の中に沈めてた。人類はフル装備でCランク程度の戦闘力を相手するのが限界だと一般的には言われている。
だが駆間神社の巫女さんは違う。今年も無法を働く参拝客とモンスターを拳と祓い串で沈めている駆間の年始チャンピオンだった。マナーの悪い、或いは酔っぱらっている参拝客をアイアンクローで掴むと、それを神社の外へと向かって大きく投げて……捨てる。
「ふぅー、毎年毎年学習しないわねぇ。あら、いらっしゃい」
「うす! あけましておめでとうございます! うすっ!」
「あけましておめでとうございます」
「うむ、年始から仲の良いカップルで良し。アンタらそのままでいなさいよ。こうなっちゃ駄目だからね」
そう言って巫女さんは境内で屍を晒してるモンスター達を捨てに行った。もしかして年始の間は無敵みたいなルールが働いている人なのかもしれない。三日目ということもあり初日と比べれば参拝客も減っているが、それでもまだまばらに数が見える。
というのも人が集中すればするだけ危険度が上がるという駆間独自のルールが存在する。
なぜこんなルールが存在するのかは不明なのだが、このルールを感じる度にあぁ、ここは駆間なんだなぁ……という諦めにも似た感情が湧き上がってくる。イギリスは凄い平和だったのになぁ。いや、ロンドンは結局出国するまでずっと厳戒態勢だったわ。平和じゃねぇよ。
朝から駆間の治安の悪さを堪能しつつぱっぱと並び、横で殴り飛ばされる参拝客を避けて参拝を終わらせる。なんでも毎年、巫女チャレンジと称して勝負を挑みに来る人が絶えないらしい。狂ってるのか?
頭上を飛び越えるチャレンジャーを回避したら戦闘エリアから逃れる様に社務所の方へと移動する。
「お兄ちゃんおみくじ引こー」
「いーいーよー」
「相変わらず緩い兄妹だな」
見えてるものが多すぎるとこうなるんですよ。社務所の巫女さんからおみくじを引いて確認する。
「当然の大凶なんだよなぁ」
「私もー」
「兄妹揃って大凶!」
「おっそろーい!」
灯と一緒に引いたおみくじが見事大凶だった事に久遠が目を丸くしてる。
「去年も大凶じゃなかったか?」
「うん」
「私もお兄ちゃんも大凶だったよ」
巫女さんに頭を下げてもう1回引かせて貰うと当然のように大凶が出て来るし、灯も大凶。またやっても大凶になる。ここまで来ると流石に巫女さん側も真剣な表情になっておみくじの中身をチェックし始める。その間に出来た大凶の山を結びに行く。
一般的にはこれを神社の木に結ぶと厄を祓えるらしい。しかし、俺と灯がこれを木に結ぶと逆に木の方が侵食されて禍々しくなってしまう。結び終わって禍々しくなってしまった木を前に、兄妹でわぁ、と声を零しながら見上げる。
それをチャレンジャー迎撃帰りの巫女さんが目撃しビシ、っと指差してくる。
「アンタら厄い! 厄すぎっ! どんだけ穢れを溜め込んでるのよ!! 年末黄泉の国ででも過ごしてたの!? 黄泉でバーベキューでもやってなきゃこんなにならないわよ!! オラ! この厄児童共、祓ってるやるからこっち来い!」
「お兄ちゃん、この前のアウトだったみたい」
「そうだね、何をどう見てもアウトだったね。9割9分死んでたし」
巫女さんに黄泉の国でたっぷりチャージされた穢れを祓って貰って再チャレンジしたら相変わらず兄妹揃って大凶が出た。運命はそう簡単に変わらないらしい。そもそも■■■に狙われている時点でアレが死ぬまではずっと大凶のまま固定だよなあ……みたいな認識は確かにある。ざけんな。
とりあえず今年はノーダメージで参拝に成功、少し離れた所で甘酒を貰いに行く。あまりこの味が好きな訳ではないが、年に1度ぐらいなら……みたいな感覚で飲んでいる。境内の中心から離れればこちらは敗北者や死体ばかりで、少し落ち着ける。
「参拝終わったら家に戻って、モンスターの調子を見たらそろそろランクマに向けてモンスターを合体させないとな」
甘酒を手に、ベンチに3人で並んで座る。境内に視線を向ければ閃光弾を投げて巫女に対抗しようとした人が未来を読むかのような巫女の動きに対応しきれずに沈められた。あれが伝説のスーパー駆間人なのかなぁ。
「見慣れた頃には合体で姿が変わるな」
「まあ、そういうシステムだからね。姿が変わらなくなるのはマスターの才能が頭打ちになるか、或いはSランクまで上がるか。どちらにせよまだCの俺はガンガンモンスターを合体させるよ」
図書館の騒動の後、館長から追憶の書と賢者の石を病院に送られた。これが欲しくて図書館に行ったのもあるので、病室に届けて貰えて正直安心した。これで魔女ルートを始める事が出来る。メリーの合体はまずこの賢者の石なしで始める事が出来ないからだ。
「Cランクからは攻撃魔法のバリエーションが増えるんだ。Dでも中位魔法は使えるんだけど運用は難しくてな、Cランクから色々と緩和されるんだ。だからC帯は言ってしまえば魔法優遇環境と言っても過言じゃない」
魔力と耐久力を上げた要塞の様なモンスターで蹂躙するのがCランクの基本だ。ちなみにこの世界の環境はかなりごちゃごちゃしているのでCランクは魔法環境化していない。単純に低ランク帯における研究がそこまで進んでいないのだ。
「やっと帰って来たのにもう次の戦いの事を考えているのか」
「考えなきゃいけないからねぇ」
■■■の登場、次元城の開示。状況は最悪だと言っても良い。東吾やアーサーを始めとしたSランクも動き出した……と言っても、連中では勝てないからどうしようもないのだが。
強く……強くならないとならない。負けない為に。守る為にはもっと強くならないといけない。あの最悪は簡単にあらゆる命を踏み躙ってしまう。人とは根本的に価値観が違うからだ。
あの後、図書館は完全にイギリスと協同する意志を見せた。今後禁書庫を始めとする戦闘エリアは高位マスター達の鍛錬の場として、書籍エリアも利用可能になった。
かつてそうだったように、再び図書館としての機能を取り戻して運営が始まった。
それによって色々と変わってくるところもあるだろう。
無論、俺もこのままではいられない。
「……」
「どうした」
「いや、改めてお前にこういう話をするのは人としてどうかと思って。ぶっちゃけ、俺の話解りづらいだろう」
俺の言葉に久遠は頷く。
「そうだな」
死ぬほど傷付いた。項垂れるとぽんぽんと妹に慰められた。
「だがバトルと育成の話をしてるときは楽しそうだからな。好きな事が出来ている人の顔だ。私は話の内容そのものよりもそっちを見てる」
「これからはもう少し控えるよ……」
「何故だ? 別にそのままでいいぞ。貴様が無理して変わろうとしたり、意識して変わろうとする必要はない。私は貴様を変えようとは思うがそれは別に苦痛を伴うべきものではない」
いいか、と続く。
「貴様のそれは悪癖ではなくただ好きな事を語るだけの年相応の男の子のものだ。だから否定する理由も、直す必要もない。そのままでいいのだ」
久遠から視線を外し、灯を見る。無言で妹がサムズアップしてくるので俺もアレ、俺の婚約者だぜ……と親指を向けた。
「正直、お兄ちゃんには勿体無いよね。お兄ちゃんさえいなければもっといい人生あったと思うよ」
「なんてことをいうのこいつ」
「だってお兄ちゃん存在するだけでリスクの塊だし」
「否定する言葉がないなぁ」
「否定しろ」
自己否定に繋がる発言をするとするり、と指を絡めるように手を結ばれる。まるで逃がす気はないぞ、と言わんばかりに。俺もそれが解ってて甘えている部分はあるのかもしれない。
「はあー……」
吐き出す息が白い。忙しいから忘れてたが、今は冬だ。境内は雪と襲撃者の死体に染まっている。久遠に握られる手が温かい、と思っていると逆の手を妹に取られた。
「お義姉ちゃん詰めて詰めて」
「こうか」
「狭い狭い」
「これで温かい」
「あらあら」
「ふふ、可愛いわね」
少し離れたところから様子を見守っている保護者組が死体の上からカメラをこっちに向けている。ああやっている姿を見ると慣れたんだなあ、と思える。
ぎゅうぎゅうに肩を寄せ合いながらベンチの上、冬の寒さに負けない暖かさを感じて息を吐く。
「帰ってきたなぁ」
ただいま、日本の無法地帯。