最強以外ありえない   作:てんぞー

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 トリガーイベントの発生が確認された。

 

 なら作業は一旦中止だ―――これが優先される。

 

 家へと戻り、上がろうとすると図体のでかくなったチビが寂しそうな顔をしている。すっかり俺よりもデカくなったこの小型犬だと思い込んでる魔獣に手で回り込めとサインを出すと、喜んで走って行く。

 

 だから家に上がり、リビングに向かい、外に繋がるガラス戸を開ける。そうすれば外からリビングにチビが上がって来る。お前もいい加減チビという名前を卒業しなくちゃならないのかもしれない。そんな思いを抱きつつ頭を撫でて、デカい暖炉の前に陣取らせる。

 

 そんな様子をウェンは追いかけつつ眺めている。これから読む物語が何なのかを、彼は理解しているから。

 

 暖炉の前で丸くなったチビがすっぽりと人が入れそうな隙間を作るので、そこに入り込むと、通りがかった灯が此方を見て走り寄って狭い隙間に体をねじ込んでくる。チビが2人分のスペースを作るように調整して、漸く落ち着く。

 

 今日は久遠はなしだからこれでフルメンバーかな? 他にも参加者がいないのを確認してから白紙の物語を開く。

 

 再生成された白紙の物語には新たに物語が描かれている。

 

 ―――それを、声に出して読み出す。

 

 本のページを捲ろう。

 

 その村は黄昏に染まった世界では有数のポーション生産地、質の良い薬草を育てる農園のある村だった。規模は大きくないが、霊薬エリクサーの原料を作ることができる数少ない場所である。黄昏が訪れたあとでは最後の地だった。

 

『だけどこの村は退屈っす』

 

 平凡で平和。穏やかな村の生活を少年は愛しても、退屈していた。

 

『世界が滅びるかもしれないっす。オイラは世界を見ることなくここで死ぬのかなぁ……?』

 

 誰もが言っている。世界は滅びるのだと。努力するだけ無駄だ。神は死んだ。世界が滅びるのだから何故頑張るのかと? 無駄なことはせずに受け入れろ。

 

『それはあまりにもつまらないだろ、ウェン』

 

『そうそう、滅びるからって腹が減らないわけじゃない。まだまだウチのポーション求めてるやつはいるんだ、しっかりと働け後継者』

 

『まあ、これが仕事だしな』

 

 だがココナ村の善き人々は終末が迫ろうと変わらなかった。彼らにとって終末は遠い存在であり、世界が滅びを迎えようとも日常は生きてる限り続くのだ。

 

『オイラ、絶対にここで終わりたくないっす』

 

 だから少年も諦めをしなかった。

 

『絶対にここを出てやるっすー!』

 

 少年は旅人に教えてもらった外の世界に興味を持ち、想いを馳せた。いつか自分もこの村を飛び出し、広い世界を見て回るのだと。

 

 無論、それは簡単なことじゃない。

 

『外に? 止めておけ、危険だぞ』

 

『そーそー。特に今は野盗とか増えたしねー』

 

『あっちこっち滅んでて難民も増えてるしな』

 

『うがー! 絶対に何時かは出て行ってやるっすよ!!!』

 

 現実は厳しい。少年は遠くへ行くだけの力も、才能も、経験もなかった。彼にできたのは日々を過ごし、少しでも備えるだけ。

 

『剣を学びたい? 止めておけ、剣は技術力を求められるからな。斧だ、コツを使えば威力の乗りやすい斧がお前にはいいぞ』

 

『ウェン、そろそろポーションの調合を覚えなさい。将来継ぐにせよ、旅立つにせよ、覚えてて損はないわ』

 

『未来が不安か? そうだな……だけど不安のままでは何もできないからな。自分にできることをするのさ』

 

 善き人々の薫陶を受ける、末世でありながらも少年は正しく成長する。もし世界に未来があれば、或いは何らかの快挙を成し遂げる器だったかもしれない。だがこの世界の滅びは既に確定している。未来なんてものはないのだ。世界は既に滅びが確定して、それへと向かって進んでいる。

 

 ウェン少年が大成する時は来ない。

 

 だが誰だって素敵な夢を見る権利は持つ。

 

『やるっす! やるっすよー! 頑張って強くなるっす!』

 

 少年は純真で無垢だった。世界の滅びは彼にとって遠い世界の出来事であり、彼にとっての真の敵は親に言いつけられた薬草園の世話だった。

 

 頑張って斧を握り、親の言いつけを守り、それでも未来に想いを馳せる姿は正しい少年としての在り方だった。問題があるとすればこの世界にそれほど救いがあるという訳ではないという事だろう。

 

 そう、悲劇はどこにでもある。

 

『―――最近野盗が多い』

 

『団長、野盗っすか?』

 

『あぁ、またどっかの街が滅んだのかもな……難民が暴徒化してどこもかしこも溢れてる。警戒しなくちゃな』

 

 善き人々がいるように、悪しき人々もまた存在する。この時代、多くの者は決して望んでそうなったわけではない。終末が訪れる世界、生きる為にやれることはする……その結果、世が乱れるというだけだ。滅びるのが早いか遅いか、という視点は人にはない。

 

 それは神の視点なのだから。

 

『近くでも最近野盗が出たらしいしな……そろそろ打って出るべきかもしれないな』

 

『助けられないんすか……?』

 

『無理だな。略奪の味を覚えた者はそう簡単に正道には戻れない。この時代、1度堕落すれば二度と這いあがれないだろうな……もう、それだけの時間も余裕もないからな』

 

 人は時間を与えれば悔い改める事も出来るだろう。だが黄昏が満ちた世界ではもはや更生するだけの時間さえ存在しない。人は苦しみの中、残されたものを奪い合いながら生きるしかない―――それでさえ時間制限付きなのだ。もはや英雄たちの、勇者たちの奮闘は無意味に等しい時代だった。

 

 それから少しして、賊の討伐が決まった。

 

 ココナ村の自警団たちは僅かな手合いを残し、村を出る。

 

『なるべく早く戻るが、俺達がいない間はお前が村を守るんだぞ?』

 

『無茶はするなよ、未来の団長』

 

『じゃあ、またね』

 

『皆がいない間は俺が頑張るっす! いってらっしゃい!』

 

 鼻息荒くした少年はすっかりその気になり、パトロールへと出た。

 

 それが本当に悲劇の種を見つけるとは思わずに。

 

『アレは……ゴブリンすか?』

 

 それは本当にたまたまだった。

 

 残された僅かな自警団は村の守護を担った。だから少年は任せろ、そう言って裏山のパトロールへと向かった。村人たちからも裏山は概ねそう危険な場所ではないと認知されていた。猟師が獲物を取りに良く入っている事もあって、そこまで警戒心はなかった。

 

 モンスターがいても大した相手じゃない。そんな油断があった。

 

 だが少年は発見してしまった、ゴブリンの一団を。

 

 それはこの世界の黄昏を受けて変異した個体。本来であればありえない進化は人間だけではない、モンスター達の生存本能を刺激していた。生まれる筈のない統率者が出現してしまった。人類だけではない、モンスター達も生きるのに必死なのだ。当然の進化でもあった。

 

 だが不幸な事に、その時、自警団たちは出払っていた。

 

 残された自警団では対処不能な強さを持つ統率者―――ゴブリンキング。

 

 そしてゴブリン達は既に襲う為の準備を終えていた。狡猾に、しかし慎重に、生き延びる為に息をひそめていたゴブリン達は漸く自警団が出払ったのを見て動き出す事を決めた。

 

 それを、ウェン少年だけが気づいていた。

 

『皆に、伝えないと……!』

 

 少年は思った、これを伝えて皆を逃がさないといけない。主力のいない状態では誰も勝てない。逃げるしかないのだ。だが同時に少年は足を止めるしかなかった。逃げて、助けを求めて……それでどうなる?

 

 村は助かるのか? 無理だ。皆、あのモンスターに殺されてしまう。今逃げてと伝えても直ぐに追いついてしまう。危険を伝えて、誰かが時間を稼がないとならない。そうしないと誰も逃げられない。既に動き出すゴブリン達の群れ。裏山を降りたら直ぐにでも村に到達し、蹂躙が始まるだろう。

 

 少年は勇気を振り絞って危機を伝える為の魔法を空へと放った。

 

 未熟な、火花が空に上がった。だけどそれは自警団たちの間で決めていた合図、何かがあった時にこれで危機を伝えようというもの。これが上がれば気づいてくれるだろう。誰かが来てくれるかもしれない。

 

 だけどその前にやるべき事がある。

 

『ま、待て! オイラが相手だ!』

 

 ゴブリン達の進路を塞ぐように少年は立った。手は震え、足も震え、でも斧を握る手はしっかりとしている。視線は真っすぐゴブリン達を睨んでいる。少しでも……少しで良い。

 

 時間を稼げば団長たちが帰って来る筈だ! 頼りになる兄貴分が、大人の皆が助けてくれる!

 

 その勇気を斧と共に掲げ、少年は飛び掛かった。

 

『うわああ―――!!』

 

 咆哮。人生で最高の一撃。これ以上ない最高の攻撃を繰り出して―――弾き飛ばされた。

 

『ぐべ』

 

 ゴブリンキングが放った虫を払う様な一撃。それだけで全身の骨が折れ、血反吐を吐き、斧は砕け、瀕死になった少年の姿が何度もバウンドし、地面を転がり、ゴブリン達の視界から消えた。

 

 少年は主役ではない。

 

 少年は英雄ではない。

 

 少年は……ありふれた、どこにでもいる様な一般人だった。

 

 ピンチになったら覚醒する事はない。苦難の中で成長する様な勇者でもない。これまで積み重ねた努力でしか戦う事の出来ない凡人。未来が待っていた筈のどこにでもいる様な少年でしかない。そのような悲劇の一つを積み上げて、神は言う。

 

『人に価値はあるわ。でもその価値を決めるのは己でしかないのよ。そして悲劇は……とても、とても解りやすく作りやすい物語だわ。ありふれていて、解りやすくて―――なんて、無価値。スナック感覚で観賞するのにも飽きて来たわね。そろそろ別の展開でも来ないかしら?』

 

 そう、無価値。

 

 悲劇なんてものはありふれている。特に今の時代、今の世界では。神がそうしてしまったから。人も、獣も、魔も、全てが生きるのに必死で、少年は山の中、誰にも見られないままゆっくりと死んでゆく。

 

 彼の眼からは村の様子が良く見えた。

 

 山の斜面を駆け下りて村に到達するゴブリン達が人を捕まえる訳でも、弄ぶわけでもなく。殺して、奪うだけの姿を。

 

 美しかった畑は踏み荒らされ、荒らされる。人は等しく殺されて行き、住処が奪われて行く。

 

『あ……ぁ……あぁぁ……』

 

 それを少年は呻きながら眺めるしかない。恨めしい、自分の無力さが。憎い、己の非力さが。だが呪った所で結末は変わらない。村が滅び、抵抗する僅かな自警団の人たちが少しでも抵抗しようとして……ゴブリンキングに蹂躙されて行く。

 

 崩壊する故郷を眺めながら―――ゆっくりと、少年は死に至った。

 

 文字の刻まれた最後のページをめくり、本を閉じる。

 

 読み終えた所でウェンがソファに座っていた。

 

「オイラ、そうやって死んじゃったんっすよ。どうすれば良かったんすかね? 力がなくて、考える脳もなくて、時間もなくて……結局、戦う事しかできなかったと思うんすよ」

 

 視線はガラス戸の外、牧場へと向けられる。

 

「あの時、村では最後のエリクサーが作られてたらしいっす。少しでも時間が稼げたら完成してたかもしれないっす。そうしたら……何か変わってたのかな?」

 

「お兄ちゃん」

 

 すっぽりとチビに包まれている灯がこっちを見て来るので、それに頭を振る。

 

「この話の結末は大筋正しいよ。俺に出来る事はその結末に僅かな救いを残す事ぐらい……かな」

 

 それがこの白紙の物語で始めるイベントだ。

 

 救いのない結末に救いを。世界を救った、名もなき英雄たちの記録。ロストヒーローズ。ここで活躍した人たちの物語は全て未来に、何らかの影響を与える。だが初期時点では全てがバッドエンドを迎えている。

 

 だから未練を果たすのだ。

 

 果たせばそれが物語に影響し、結末に僅かな光が差し込む。

 

 それが、最後の物語を救う事になる。

 

「その為にはまずゴブリンキング探しだな」

 

「やってくれるんすか……?」

 

「まあ、やらなきゃならない、ってのが正しいんだけど」

 

 苦笑しながら答えると、それでも、と拳を握ってウェンは続ける。

 

「あの時の後悔を……あの時の無力感が……どうにもできないものかどうか、もう一度確かめるチャンスなんっす! 宜しくお願いするっす!!」

 

 駆間市のモンスター協会でちょっと協力者を探せばゴブリンキングを使ってる奴は見つけられるし、そっちでやるか、ダンジョン産のを探すか……マスター産の方がランクマ調整されていて間違いなく強いから、そっちを探すか。

 

 エウプロイアの育成もあって、しばらくは育成に集中しなければならない。Cランク戦線に参加できるのは4月ぐらい……新年度を目標にする。それまではウェンの物語を完結させる事、そして白紙の物語、2人目のクリアを目標としよう。

 

 まずはゴブリンキングを持ってるマスターを探る為にも知り合いのマスターに連絡を入れてみる。

 

 それと合わせて……。

 

「ん? どうしたんすか大将」

 

「スキルをタイマン最強のハメ構成にするか……」

 

 プレイヤー相手だと抜けられるけどAI相手だと封殺できるコンボを久々に引っ張りだすかぁー。

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