それからタブレットを見たりアンナと話したり途中でサービスエリアで時間を潰したり、色んな事をして数時間の旅を終えると久方ぶりに東京に戻って来た。
ここまで来ると空気が明確に違うのを感じる。
人の密集具合が違う。どこにも人の姿があって、車も、物も多い。咄嗟にガスマスクに手が伸びてしまうも、ここにはダンジョンが出現しない。その違和感は駆間に馴染んでいる事の証拠だろう。
そして人。
人人人。
人人人 人人人 人人人 人人人 人人人 人人人―――人。
顔が。
一人も見えない顔ばかり。
少しばかり気持ち悪くなって窓の中へと視線を戻す。忘れていた。都会はこういう場所だったという事を。昔はそこまで人間的な情緒がなかったから全く問題がなかったが、今となってはある程度の人間性があるせいで気持ち悪さを覚える。
皆、顔がない。個性という個性がコピーペーストされた量産品の様に見える。顔を抜きにすれば誰もが何かをフォローしてつくられたキャラクターの様に見える。まるでマネキンが生きて、動いている様に見えてしまう。それが大量に歩き回っている。
そうだ、俺は駆間に来る前はこんな環境にいたんだっけ。
マネキンにしか見えない人間に囲まれて生きていたんだ。
イギリスは接触する人が少なくてまだ良かったが……こっちは人の多い所を突っ切る分、だいぶ気持ち悪いな。今考えるとこれをどうとも思わなかった精神性、本当に人から外れていた。ジジイが人間未満と呼ぶのもまあ、納得という話だ。
「尊? どうしたの?」
「いや……東京も久しぶりだなぁ、って思っただけ。この人の多さと静かさは変わらないな、って」
「静か? 煩いの間違いじゃない?」
「いや、静かだよ」
確かに音は煩いかもしれない。だけど突き出る者がない。誰もが平均的、同じラインから出ないように必死になっている。目立たないように、打たれる杭にならないように、必死になっている。だから皆似たり寄ったりになる。
個性の暴力とも言える駆間で過ごしているとほんと、静かになったと思う。
まあ、あっちはガスマスク必須環境だったしな。
「朝から隕石が落ちてこないし、毒ガス地帯もない。ダンジョン出現マップを確認しなくても良い……凄い静かだろ」
「それは騒がしいって言葉で表現できる範囲を超えてるわ」
呆れるアンナの顔を見て軽く微笑み、視線をタブレットに戻す。
「もうそろそろホテルに着くわ」
「あいよ」
それから数分、ホテルに到着した。
車から降りて見上げるホテルは俺でも知っている名前の超高級ホテル―――都内でも最高評価を得ているブルジョワにしか泊まれない様な奴だ。少し前、冬休みに似たようなホテルに泊まったなぁ、という記憶が蘇える。
「鴉羽様、お気になさらず。此方でお持ちします」
「あぁ、うん、ありがとう」
トランクを取り出そうとしたら黒服の兄さん方が運び、ホテルのベルボーイなんかが全部やってくれる。楽なのは良いけど手持無沙汰になる。さっさとホテルの中に入ればホテルの従業員や宿泊客、そして仕事に従事するモンスターの姿が見れる。
「へぇ、ここはモンスターも働けるんだ」
「特別な許可をいただき、ホテル内全域でモンスターの自由行動が許されています……勿論、戦闘行為等は禁止されていますが」
「せやろな」
でもモンスターがうろうろしているのは助かる。人間と違ってこいつらの顔ははっきりと見える。荷物を運んでいる機人ゴーレム型のモンスターに近づき、手を伸ばす。待機していたゴーレムは俺の手を受け入れて大人しくしている。
うん、戦闘じゃなくて仕事用に調整されている。
「尊、チェックイン終わったわよ。部屋に行きましょ」
「ん? あぁ、そうだな」
ホテルマンの先導に従ってエレベーターに乗り、最高級のスイートがあるフロアへと移動する。例の如くまた1フロア丸ごと部屋になっているタイプの奴だった。運ばれてきた荷物が部屋の中に置かれて行く。
「私は一つ上のフロアになるんだけど……尊、本当にモンスターは大丈夫なの?」
「今来るから大丈夫」
言葉と共に部屋の中に亀裂が走り、ダンジョンゲートが開く。一瞬で臨戦態勢に入った黒服がアンナを庇おうとして……俺がそれを手を振って止めさせる。
「大丈夫。出てきていいぞ」
「マスター! やっと逢えましたね!」
「わんっ!」
「にゃぁ……ここが外ですか? 凄く広いお部屋ですにゃ」
続々とモンスター達が図書館経由のゲートを抜けて不法侵入して来る。ついでに灯もゲートから顔を出して手を振ってからゲートの中へと戻って行った。その様子をホテルマンも黒服もアンナも呆然と眺め、それから一瞬で接近してきた。
「尊。なにこれ。ナニ。コレ」
「図書館の館長とはマブよ、マブ。この世界のダンジョン管理者だから世界のどこにでもゲート開いてくれるんだぜ。良いだろ」
「今、世界各国の安全保障が崩壊した事を告白してる自覚ある???」
「モンスターの移動に使うぐらいだから別に良いだろ」
「なにも良くないのよ……!」
「だ、ダンジョン……平気……コントロール……?」
「あ、ホテルマンが不定の狂気に」
「そりゃあそうよ!!」
ふっとシンクロを繋げて思考に介入してぬっとショックイメージを叩き込んで直近の記憶を吹き飛ばす。倒れ込んだホテルマンを見て良し、と指差し確認する。何も良くないとアンナはキレるが、これがモンスターの輸送で一番楽な手段なのでまあ、良いじゃないか。ゲートから現れたチビをもふもふしながら答える。
あぁ、癒される。
「あ、お兄ちゃん。お義姉ちゃん後で図書館に来るって」
「マジで? 後で顔を出さなきゃな」
「止めて―――!! 自由過ぎる振る舞い止めて―――!! ここは駆間じゃないのよ!? 法律が存在する文明圏なのよ!? もう少し人類に寄り添って!!」
「酷い事言いやがる」
助けを求めて黒服たちを見る。すっと視線を逸らされる。
「いやあ、もんすたーのゆそうはたいへんでしたね」
「そうですね。おかねはかかりますし、たいへんですね」
「すげぇ、プロだ」
「高い金出して育てた人材なんだから当然よ! いや、そうなんだけどそうじゃなくて……もうっ!」
ツッコミが追い付かない? 逆に考えればいいのだ、ツッコミは放棄すれば良いんだって。床にごろんとなって腹を見せるチビの腹にのしかかり喫る。見ていたアンナも乗って喫る。
数秒、チビのお日様の匂いで癒されてから復活する。
「良し、ホテル側には金を握らせて話を通しておきましょう。物事は大体金で解決するわ。良いわね、お金って。万国共通の言語だ」
「そだね」
問題解決。
漸く空気が何時もの空気に戻って来た感じがする。るんるん様子で部屋を歩き回るフラメア、興味深そうに窓の外を眺めるアーティ、部屋でごろごろするチビ、荷物を開けてパーソナルスペースを調節してくれるウェル、そして部屋に置いてあるピアノへと向かっている4本腕、タキシード姿で頭の代わりに黒い球体を浮かべる異形は今世代の歌系統モンスター、異形のピアニストであるエデだ。
エデは今世代、まだまだパワー不足なので出番が薄い。
その代わりにBランクへと上がるとほぼスタメンでずっと居座る事になるだろう。それまでは我慢だ。
あ、イーリュもゲートを抜けてやって来た。
「マスター、お母さまからパイを焼いたのでおやつにでもどうぞ、と」
「自由にも程があるでしょ」
「変にペースが乱れるよりは良いでしょ。母さんにありがとうって言っておいて。この感じなら基本的に図書館経由で牧場で過ごさせておけば―――」
「マスターのおそばにいます」
「わんっ!」
「にゃ、私もこの世界の都市が気になりますにゃ」
主張の激しいモンスター達は牧場に戻るよりもこっちに居座りたいらしい。エデも何時の間にかグランドピアノに座って楽しそうにプロ顔負けの演奏を始めている。顔がないから顔負けという表現は正しいか解らないけど。
「はあ……ホテルからはなるべく出ないで。欲しいものは何でも揃えるから。その代わりホテル内だったら自由に歩き回っても良いから。地下にはモンスター用の大きなスペースもあるし、購買もあるわ。欲しいものがあるなら……はい」
キャッシュカードを渡された。
「アンタ用だから、これで買える範囲のもので我慢して。3000万もあればスキルの調整にも苦労しないでしょ?」
「せやな」
叡智の書隠しておこ。
「後で私が用意したモンスターを見せるけど……それまでは自由にしてていいわ。取材とか、そういうのは一切アンタに関しては許可出してないから。気にしなくて良いわ。受け答えも全部私がやる。アンタはただ自分の力を発揮して全部踏みつぶすだけで良いから。些事は気にせずに暴れて……フィールド限定でね!!」
「解ってる、解ってる」
「解ってるなら良いけど……いや、本当に理解してる……?」
イギリスで発見されたばかり、Sランカーしか入れない筈のダンジョンのゲートが今、部屋の中に開いている。それを見て言いたい事、考えている事がだいぶ麻痺してるらしい。本人も脳味噌が混乱しているのが解っているのだろう、深呼吸を入れると背中を見せる。
「……ちょっと休憩入れて来るわ」
「おう、お疲れさん」
「では、失礼します」
「また後ほど」
ホテルマンを回収して黒服たちもアンナと一緒に去って行く。可愛そうに、柊家にさえ生まれなければもっと楽しい人生を送れただろう。従妹がエレベーターに乗って去って行くのを見ると、腕を掴まれた。
「マスター、こっちこっち」
「おぉっとぉ」
腕を引っ張られるとベッドまで引っ張られ、そのまま投げ飛ばされる。ごろん、ふわふわ、とベッドに寝転がるとフラメアも横に転がる。
「凄いよマスター、すっごいふわふわですよこのベッド」
「はしゃぐなぁ」
「こう見えて昔は各地を旅してましたから。色んな宿に泊まりましたけど……こっちの世界の宿は凄いですね! デカくて、広くて、こんなに高くて!」
はしゃぐフラメアから視線を逸らす。ベッドの上ではしゃぐのはいいが、そのせいでスカートがめくれてたりでちょっと目のやり場に困る。ふふ、と声が横から聞こえてくる中、ぬっとデカい影がやってきてフラメアを覆いつくした。
「あっ」
「わんっ」
チビがフラメアの上に乗っかった。チビの下でフラメアがじたばたしているが、我関せずという様子でチビがフラメアをもふもふ死させている。アーティが少し離れた所で油断も隙もありませんにゃ……とか戦慄した様子を見せているが、何のことだろう。
「それで、これからはどうするのですかにゃ? 大会は明日なのでしょう?」
「車の中は窮屈だったしちょっと体を伸ばしたいな」
地下にスペースがあるならそこでモンスター達を軽く動かすのも良いかもしれない。場合によっては同じ宿泊客のマスターがいるかもしれないし、フリマを挑むのも楽しいかもしれない。駆間から離れた新しい環境だ、新しい構築が見れるかも。
数秒、ベッドでごろごろしてから良し、と起き上がる。
「見て回るか」
「お供しますにゃ」
「もふふがわたふがふが」
「わうーん」
「ふむふむ……チビ様はどうやらここでゆっくりしているそうですにゃ」
フラメア下敷きにしたままなんだけどそれでええんか? チビは一向に構わないらしいのでまあ、いっか……。
ベッドから起き上がり黒服が置いて行った鍵を手に取りポケットに突っ込む。軽く背筋を伸ばして深呼吸をする。
「良し、行くか」
意気込んで、部屋を出る為にエレベーターに乗った。新たな出会いがあると良いなぁ、と思いながら。