黒歴史から逃げられない   作:小野芋子

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闇堕ち天才ムーブで近所のガキにサッカー教えてた

 俺はかつてJリーグの某クラブでユースながらプロ契約を結び、将来を嘱望されたMFだった。

 

 ところが何の前兆もなくサッカーを辞めたので、世間では「悲劇のファンタジスタ」と、尾ひれのついた異名で呼ばれていた。

 草。笑わせるな。俺は悲劇でも何でもない。俺がサッカーを辞めた理由は、ただ一つ。

 

——陽キャの巣窟に、耐えられなかった。

 

 スタジアムに集うチームメイトたちの隣には、例外なく彼女がいた。彼女だけならまだいい。ファンクラブ持ってるやつとかもいた。「〇〇、頑張って♡」とかいう黄色い声援が飛び交う中、俺の応援席にいたのは、心配そうな顔をした両親と、なぜか連れてこられた飼い犬のハチだけ。

 その瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。ああ、ここは俺の居場所じゃない。このキラキラした青春の輪の中に、俺みたいな根暗が混じってはいけなかったんだ。

 

 試合後、記者相手に俺が絞り出した言葉は、我ながら人生最大の黒歴史である。

 

「俺は生まれる国を間違えた」

 

 イタい。あまりにもイタすぎる。本音は「サッカーやってるやつ陽キャすぎて辛い」である。当時の俺は孤高のカリスマムーブにハマってた厨二病なので、素直にそれを口にできなかったのだ。

 

 幸運なことに、マスコミは俺の言葉を「日本サッカーのレベルの低さや馴れ合いの体質を見限った、孤高の天才の嘆き」だと解釈した。おかげで俺はコミュ障陰キャ黒歴史製造マシンでありながら、悲劇性をまとったカリスマへとジョブチェンジを果たしたまま、歴史に埋もれていたのだ。

 

……埋もれていたはずなのだが。

 

『俺は生まれる国を間違えた。それだけだ』

「ゴフッ!」

 

 深夜。啜っていたカップ麺の汁が気管に入った。テレビ画面の向こう、スペインのトップチーム『レ・アール』のロゴが入ったジャケットを着こなした日本の至宝——糸師冴が、涼しい顔で言い放っている。

 やめろ。お前という超弩級のインフルエンサーがその言葉を口にすることで、俺の黒歴史に再びスポットライトが当たるだろうが。

 

『それは、入間灯(いるまあかり)選手の言葉ですか!糸師選手は入間選手とどんな関係で!?』

 

 この記者!テメェ深掘りするな。

 頼む冴!いつも通り「あ?誰だそいつ。知らねーよカス」で記者のメンタルを折ってくれ!

 

『あの人は俺の師匠(マスター)だ』

「ドゥワァ!!」

 

 変な声が出た。何言ってんだお前は。マスターって何だ。

 

——お前、名前は?

——俺のことはマスターと呼べ……。

 

 待って俺言ったわ。数年前、河川敷で粋がってそんなことを抜かした過去の自分を殺したい。

 

 引退直後、見事にボッチ帰宅部高校生となった俺は闇堕ち天才ムーブで近所のガキにサッカーを教えることが趣味になっていた。普通の子供は言動のおかしい高校生などにも目もくれなかった。

 しかし1人だけ、頭サッカーボールでサッカーの上手さで他人を判断するヤバい少年がいた。

 後の日本の至宝、糸師冴である。

 

 当時の俺はコミュ障厨二病であった上に、サッカーは感覚でプレーしてた。だから冴にかける言葉はいつも、後から考えると悶絶するような特に意味のないポエムだったのだ。

 

 例えばある日の夕暮れ、冴が俺に尋ねてきた。

 

「マスター。シュートの決定力を上げたい。今の俺に足りないものは何だ?」

 

 俺は腕を組み、世界の真理を語るかのように静かに告げた。

 

「冴。お前はゴールを『結果』として捉えすぎている。幸運や偶然、キーパーのミス……そういった不確定な要素の末に生まれるのが『結果』だ。お前のシュートは、神に祈りを捧げているに等しい」

 

 そして、冴の胸に人差し指を突きつける。

 

「ゴールは結果ではない。俺という『原因』から生まれる、ただの必然だ」

 

 なんかカッコいい感じに言えたことに満足する俺。

 俺の痛いポエムを聞いた冴は、眉ひとつ動かさず、しかし何かを掴んだように頷いた。

 

「……なるほど。シュートを運任せにするな、と。俺自身のプレー、俺の選択、俺の意志……その『原因』が完璧であれば、ゴールという事象は揺らぐことのない『必然』として現れる。つまり、シュートを撃つ瞬間に、未来を確定させろということか」

「そうだ」

 

 正直、何言ってるか全然分からなかったが、自信満々に即答する俺。

 冴の纏う空気が変わった。それまでの迷いが霧散し、瞳にはゴールという一点のみを捉える絶対的な捕食者の光が宿る。放たれたボールは派手な音を立てるでもなく、まるで一本の光の矢のように空間を切り裂き、ゴールの右上隅へ突き刺さるように吸い込まれていった。  

 

(うお、スゲェー!俺、意外と指導者の才能あるのかも!)

 

 ねえよボケ、と今なら断定できる。

 あれが成立していたのは冴の才能と、目の前の高校生が厨二病だと気づかない中一ゆえの純粋さ、そしてお互いにサッカーバカすぎたという奇跡的な偶然だけだ。

 その奇妙な関係は冴がスペインに行くまで続いた。俺はスペインでの冴の活躍を見つけるたび、後方師匠ヅラで「やるな、冴」と腕組みながら満足していたものだ。

 

 しかし俺も引退してから一年経ったあたりで気づいたのだ。

 きっかけはインターネットで見つけた『幻の天才MF、入間灯の名言で打線組んでみたwwww』だったと思う。

 

──あれ、俺は世間で言う厨二病という奴なのでは?

 

 あの時の感情と言ったらもう言葉に表せない。

 俺はガチで一月ほど家に引きこもり、当時師匠ヅラしてた2番弟子(仮)との約束を全てほっぽり出し、普段ナメられてる飼い犬にすら慰められる始末だ。

 

「そうだ、サッカーやめよう」

 

 その結論に至るのも当然だった。

 

 数年後に再開した冴にも同じように伝えたら、助走をつけてぶん殴られたり。ドタキャンした2番弟子には伝える前にドロップキックされたが、とにかく俺は本気でサッカーをやめたのだ。

 

 俺たちは絶縁し、厨二病が生んだ黒歴史は、とっくに記憶の底に葬り去ったはずだった。

 

 

『マスター!?糸師選手の師匠、ですか!?一体どんな指導を……』

『全てだ。俺のサッカーはマスターがいなければ存在しなかった』

 

 頼むからマスター呼びやめて。お前が俺を持ち上げるたびに、過去の俺の痛い言動がブーメランとなって脳天に突き刺さるんだよ。

 

 インタビューもそろそろ終わりのようだ。アナウンサーが「最後に、糸師選手にとってサッカーとは?」と、ありきたりな質問で締めにかかる。

 冴は少しだけ目を伏せ、やがてカメラを真っ直ぐに見据えて、静かに、しかしはっきりと告げた。

 

『俺自身を愚かな世界に証明するための数式だ』

「何言ってんのこの人……?」

 

 それも俺が、河川敷でドヤ顔しながら言ったやつか?

 黒歴史ノートを脳内で高速検索……ヒットしない。これは俺のポエムじゃない!

 

 こいつ!俺の黒歴史を元に、オリジナルの黒歴史ポエムを生成しやがった!

 

 イッター!!!!なんだこいつ!痛い!痛すぎる!!

 俺の芸風を引き継いで、さらに痛々しくアレンジしてどうすんだ!お前が痛くなるだけならいいが、俺の黒歴史もドリルで掘り起こしまくるんじゃねえ!

 

『それも入間選手……いえ、マスターのお言葉ですか!?』

 

 記者の質問を無視し、言いたいことは言ったとばかりに席を立つ冴。

 待て、否定しろ。それも俺のポエムだと思われるだろうが。

 

 俺が一人で憤慨していると、未開封のまま置いていた日本フットボール連合からの手紙が目に入る。

 指で封を切って文面を追うと、思わず眉間に皺が寄る。

 

『糸師冴をU-20日本代表メンバーにするために、入間灯が必要だ』

 

 俺は22歳だ。もうU-20ではサッカーできない。

 だから監督として来てほしいと。

 

 正気か?ライセンスも持ってない奴だぞ?全員頭おかしく無いか?

 

 最近やけに日本フットボール連合から「U-20日本代表の臨時監督を!」なんていうしつこい電話がかかってきてたのは、全部お前のせいか。

 これ以上、糸師冴の偽造ポエムで俺の黒歴史をアップデートさせるわけにはいかない。あいつが新たな黒歴史を生み出す前に、あいつを殺……いや、その口を塞がなければ。

 

 U-20代表監督……陽キャの巣窟オブ巣窟だな。だがこれを断れば冴はまた別の機会に俺の偽造黒歴史を語り出すに違いない。あいつを止めるためには直接ケリをつけるしかないのだ。

 例え、『孤高の天才』キャラでいい感じにフェードアウトできてた俺の過去を汚すことになっても。

 

 これは俺の平穏な日常と、これ以上黒歴史を増やさないための戦いだ。

 

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 この決断が、俺の黒歴史をさらに塗り重ねる地獄の始まりだということを。

 俺の口はサッカーが関わるとポエムしか話せないこと。

 糸師冴だけでなく、他のチームメンバーまでもが俺のポエムを勝手に超解釈し、次々と覚醒していくこと。

 

 そして、地に落ちるはずだった「入間灯」の名がなぜか指導者として評価され、過去の栄光(笑)と共に掘り起こされた結果、『芝の哲学者』などという、死ぬほど不名誉な第二の異名を授けられることになる未来を。

 

 

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