黒歴史から逃げられない 作:小野芋子
俺の号令を元に厨二病という黒歴史の海へと漕ぎ出したU-20だが、とにかく備えるべきは2週間後のブルーロックという謎チームとの対戦である。どうやら負けると全員日本代表資格を失うようだ。失うものが大きすぎる。
ブルーロックは全国から集めた300人のFWを監禁して選抜した内のトップらしい。W杯優勝を目指すためにデスゲーム形式でストライカーを作るようだ……とんでもないよこの国。
アシスタントから受け取ったトップ選手の資料を見る。
えーっとナンバーワンが……
(アイエエエ!? リン!? リンナンデ!?)
冴の弟であり、俺の
思わず頭に手を当てる。
糸師凛。まごうことなき天才である。
闇堕ちムーブ全盛期、弟子を探す時はサッカーをガチでやっている上手いやつだけを狙っていた。何度か初日で逃げられた経験から、「一般のサッカー少年では俺の指導についてこられない」と本気で思っていたからだ。
考えれば、サッカーを教えると言って近づき、いきなり師匠ムーブを始める高校生がキモすぎて避けられていただけだが。
そんな中、寄ってきたのが凛だった。
『あ、サッカーの亡霊だ!』
『お前も力を求めるか……? 幼き獣よ』
『お前の視界は広すぎる。獣の瞳は獲物の首を獲るためだけにある』
……意味の分からないことを囁きながら、1on1をした覚えがある。
サッカーをしながら相手の耳元でポエムを囁く高校生だ。キモすぎる。思い出しただけで動悸がして思わず胸を抑えた。
元々中学で1位を取れるくらい優秀な選手だった。磨けばそりゃ全国一位になる。逆になぜ
直近の試合映像も確認する。
飛び蹴りされて以降、怖くて顔も合わせられなかったが、以前よりも遥かに強くなっている。
凛は当然として周りのメンバーもかなり強そうである。何この世界選抜って、カバソスもいるし……ロキもいる、え、このメンバーに点入れられたチームがメインなの?
冷や汗が出てきた。
ただでさえ初日でU-20の未来ある若者たちを厨二病感染させてしまったというのに、監督は言語化カスの俺である。現役時代はイキって監督をガン無視していたせいで実感がなかったが、一般的に監督がチームへ与える影響はとても大きい。
基礎能力でも優れたプレイヤーがいるのに、ゴミカス監督デバフが掛かっているU-20代表じゃ全然負けそうだ。
俺の古のMFゴーストが「こいつらと試合したら楽しそ〜」と囁くのは相当だ。
相手の監督はモニター室から出てこない引きこもりらしいが、やり手である。俺のコミュ力じゃあんなレジェンド達を集めて試合するとかできないし、相手監督との素地がもう違うというか……ねえやっぱ俺いない方が(以下略)
「チ……っ!」
唇を噛んで思考を無理やり止める。
ここに来た目的を思い出せ入間灯。
お前はこの青年たちを導くために来たわけでは無いだろう。黒歴史を今度こそ闇に葬るために来たんだ。
一生俺の黒歴史が掘り返されないために、情けないところを見せて冴に二度とマスター呼びをされないためだ。
でもやっぱ俺の黒歴史に巻き込んでしまうのは申し訳ないかも……!
こころがふたつある〜!!
「監督、ウォーミングアップ終わったぞ!」
資料を見ながら全く別のことに思考を飛ばしていたが、不意に声をかけられて顔を上げる。目が合ったのはキャプテンの愛空だ。
「今日は何するんだって?」
「俺を道標にするな」
「そう言うなよ。昨日の挨拶で俺たちはアンタに付いていくって決めたんだ」
すごい、勝手にしろの厨二訳が通じた。
「あんたは俺たちの自主性に任せるって言った。そして俺たちはあんたの指導を受けたい。教えてくれるべきだろ」
クゥ〜! 正論すぎて何も言えねぇ!!
指導力が皆無な俺に従って意味があるのか甚だ疑問だが、こう言う時の定番は——。
「敵も味方も捨てろ。己が何者か知りたいなら、同じ旗の下で牙を剥け」
「紅白戦か。分かった」
これも通じるのかよ。すげえよお前。
冴チームが勝つのは明確だが、いい練習になるんじゃない。知らんけど。
「待て」
冴が俺を静止する。
「1人足す。午後にしろ」
「今ある駒では、盤上を満たせないと?」
「せっかくあんたが見るんだ。ストライカーの無能を俺のパスで誤魔化すだけの試合なら時間の無駄だ」
しん、とピッチが静まり返った。誰を指しているのか、わざわざ聞く必要もない。
閃堂のこめかみに青筋が浮かぶ。その周囲でも、何人かが露骨に眉をひそめた。
「あ!? てめぇ、どういう意味だ!」
「言葉のままの意味だ。さっきから見ていたがあのゴミみてぇなシュートは何だ? 練習でも外しまくるヘボに俺のパスを預けるくらいなら自分で打ったほうがマシだ」
「何だと……!?」
閃堂が冴へ詰め寄る。
最悪だ。俺のせいで争っているような言い草である。
こういう時、監督はなんて言えばいいんだ。「まあまあ落ち着け」とか?
いや、もっと角が立たないように、双方の言い分を聞いてから——
「黙れ」
クソ分かりやすすぎる! 仕事しろ厨二翻訳!
さっきまであんなに頼んでもいない言葉をポエムにしていたくせに、なんでこういう時だけ直訳するんだよ!
「言葉で牙を立てるな。獣ならピッチで喰い殺せ」
閃堂が息を呑む。
「……おう」
おう、じゃないから。落ち着けって言いたいだけだから。あくまで比喩だから。
今度は冴へ向き直る。
よくよく考えてみれば、こいつの俺に対する尊敬はもはや盲信に近い。なら、まずはこいつから俺という存在を引き剥がすところから始めなければならない。
俺はカスでいいんだ、気にしなくていいんだ。
現在進行形で盛大に巻き込まんでくれていやがるが、切実にそう思ってるんだ。
つまりは俺なんか気にせずサッカーに励んでくれ。
「塵を見ながらボールを蹴るな。お前が見たい景色だけを追え。それだけだ」
冴がわずかに目を細めた。その視線が一度、俺の向こうにいる閃堂たちへ流れる。
なるほど、とでも言うように。
「……分かった」
今日はポエムの調子が良い。よく通じる。
「なら、なおさら必要だ。俺の見たい景色に、こいつらじゃ足りない」
あ、通じてねえわコレ!
「分かってんだろ、マスター」
冴はそれだけ言って踵を返した。
待て、どっか行くな。全然分かんないから。
通じてないことはもういい。
それよりお前がそこまで欲しがる奴って絶対ヤバいだろ。戦力としては役に立つだろうが、人間性に大きな不安がある。
冴はサッカーの強さを重視するあまり、人を見る目までサッカーに引っ張られる悪癖がある。俺とか俺とか。
そして経験上、サッカーが強い奴というのは大体どこかがおかしい。
感性が独特すぎたり、口を開けば人を煽ったり、自分より弱いやつを見下したり……。
一つどころではない。あらゆる方向で個性が飛び抜けているのだ。
すでにツーアウトの冴には「無闇に喧嘩を売るな」と伝えてあるため、これでも多少は大人しくなっている。
だが次に来る奴までそうとは限らない。
もう俺は、実力で全員黙らせれば何をしても許された現役選手ではないのだ。
今は監督である。
つまり問題児が増えたら、俺が面倒を見ることになる。それは嫌だ!
そんな俺の切実な願いも虚しく、午後。
「久々のコートだ! ありがとう糸師冴♪」
グラウンドに現れた男を見て、俺はすぐにそいつが冴の語る『もう1人』だと気づいた。
やばい、クマがピンクの金髪ギャルだ。駅で見かけたら10メートルは距離を取る。
「マスター、こいつがブルーロックから連れてきた士道龍聖だ」
「へぇー? あんたが……」
紹介すんな。怖いから。
金色の目が俺を捉えたかと思えば、興味は一秒でピッチへ移った。
「で? 俺、誰とヤればいーの? クソ絵心にオナ禁させられてイライラしてんだけど」
「紅白戦だ。好きに暴れろ」
そして数十分後、閃堂は地面に両手をつき、その後ろには死屍累々のU-20日本代表が転がっていた。
「エースくんは随分とよわっちいでちゅね〜」
「……テメェ」
「肩書きでゴール入んの? 入んねーなら意味なくね? 俺が勝ったんだから、今日から俺がこのチームのエースってことで♪」
感性がキモい。
口を開けば人を煽る。
負かしたやつへの当たりがクソ強い。
役満じゃねえか!
「……テメェ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。地面に手をついていた閃堂が勢いよく立ち上がり、そのまま士道の胸倉へ掴みかかる。
試合でボコボコにされた挙句、エースの座まで勝手に強奪されたのだ。むしろここまでよく我慢した方だと思う。俺だったら泣きながら帰っている。
「おっとぉ?」
胸倉を掴まれているというのに、士道はまるで動じなかった。それどころか金色の目を愉快そうに細め、口元にはますます楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「雑魚は黙って──」
その先を聞くより早く、士道の重心がわずかに沈んだ。
嫌な予感がした。
次の瞬間、その足が閃堂の顔面めがけて跳ね上がる。
「やめろ」
思わず声が出る。
閃堂の顔面へ向かっていた士道の足が、ぴたりと止まる。
「何でちゅか〜? 監督サマ」
不機嫌そうな金色の目がゆっくりこちらを向いた。
……しまった。いや、しまったじゃない。仕方ないだろ。流石に目の前で暴力沙汰が起ころうとしているのを見過ごすわけにはいかないし、少なくともこの場で一番歳上なのは俺だ。
「その牙を収めろ。ここは獲物を喰らう場所であって、仲間の血を流す場所じゃない」
足を下ろせ、と言いたいです。
こういう時くらい普通に喋れよ俺の口。
士道はしばらく俺の顔を眺めていたが、やがて興味を失ったように足を下ろすと、面倒くさそうに頭を掻いた。
「俺さぁ……監督ってあんま好きじゃねーんだよね。外からゴチャゴチャ言うだけで、自分じゃ何もできねぇじゃん?」
ウワァァァァ!!
その台詞。昔の俺も、ほとんど同じことを言っていた。
『ピッチに立てない奴がサッカーを語るな』『戦えないなら黙って見てろ』
あの頃の俺は、本気でそう信じていた。
ああ〜黒歴史が掘り起こされる〜!
今思うとそんな俺に付き合ってくれた監督いい人すぎて泣けてきた。すみません連絡ガン無視してて……。
「ああ、でもアンタはビンビンするんだよなァ♡」
何が?
説明してく、やっぱ怖いから説明いらないです。
士道は足元に転がっていたボールをつま先で拾い上げ、何度か軽く弾ませながら俺を見た。その視線はもう監督を見るものではなく、完全に新しい遊び相手を見つけた子供のそれだった。
「ヤろうぜ、監督♪ 俺に勝ったら練習出てやるよ」
なんでそうなる?
俺はお前に練習へ出ろとは一言も言っていない。ただ人を蹴るなと言っただけである。それがどういう経路を辿れば、俺とお前がサッカーで勝負する話になるんだ。
「それでいい。やれ、マスター」
『やれ、マスター!』じゃねえんだよ!
仮にも俺をマスターと敬うならもう少し謙虚さを持てよ!
士道がにやりと口角を吊り上げる。その目は、さっきまで閃堂へ向けていた殺気とは違う。面白い玩具を見つけた子供みたいな、純粋な笑みだった。
「俺にとっちゃ、ゴールは受精♡ あんたの爆発、見せてくれよ!」
その一言だけで、背筋を冷たいものが這い上がった。
忘れたくても忘れられない黒歴史が、脳内で勝手に再生される。
『ゴールとは生命の産声だ。その歓喜を受け止める揺り籠こそ、ゴールネットである』
…………。
五番じゃねぇか。
いや、落ち着け。偶然だ。偶然に決まっている。
士道龍聖が俺の黒歴史なんて知るわけがない。こんな直接的な表現してないし。
そもそも『入間灯の迷言で打線組んでみたw』なんていう、俺の人生最大のインターネット災害を、こいつがわざわざ読んでいる理由なんてどこにもない。
だが、『ゴールは受精♡』なんていう激キモ哲学が、俺と無関係なところで自然発生することなんてあるか?
あるかもしれない。
いや、あってたまるか。
そしてここには一人、俺の黒歴史ポエムを十年以上にわたってありがたく保存し、今なお人前で平然とマスター呼びしてくる黒歴史拡声器がいる。
冴。お前か。
お前、俺の
思わず睨みつけると、冴は俺の疑念など知る由もなく、早くやれと言わんばかりにこちらを見ていた。
チッ、冴め。俺の知らないところで勝手に
「お前のその流儀、闇に葬り去ろう」
「ハッ、いいねぇ!!」
士道が笑いながら、足元のボールをこちらへ蹴りつける。
考えるより先に足が動いた。
感想ありがとうございます!