灰色の雲が海を覆い、北風が冷たく吹き抜ける朝。
竜騎士マルコスは背に跨ったワイバーン「エルド」の鱗を撫でながら、水平線に目を凝らした。
哨戒任務は平穏のはずだったが、揺らめく影が視界に映る。
灰色の奇妙な形の船4隻。帆も櫂もなく、波を切り裂いて進む。
「何なんだ、あれは……」
マルコスは息を呑む。
即座に魔信で王都に報告する。
《王都よ、奇妙な形の船4隻、極めて高速で接近中。灰色、蛮族と思われます》
王都の魔導通信士が魔信を受信、即座に城内に召集される。
玉座の間で王は書類や魔導書を前に眉間を寄せる。
『蛮族か……我が領海を侵す者か。竜騎士団、直ちに迎撃せよ。火で示せ。我らの領海を犯す者に容赦はない』
竜騎士団の騎士たちは顔を引き締める。ワイバーンが翼を震わせ、喉に炎を宿す。
「全員、覚悟はいいか? 王命だ。行くぞ!」
マルコスの号令に、竜騎士団は隊列を組み、空に舞い上がる。
風が翼を切り裂き、海の匂いと冷気が体を包む。各ワイバーンは息を荒くし、羽ばたきで空気を揺らす。
隊列を整え、前方の灰色の4隻を監視する。
「……なんて船だ、見たこともない形状だ」
同僚の騎士が囁く。翼の振動が胸に響き、緊張が全身を締め付ける。
「攻撃開始!」
地中海だったはずの海域を進むフランス艦隊。
『レーダーに反応あり! 高速で接近中!』
E-3Fのオペレーターが叫んだ。
艦橋に緊張が走る。
「映像を回せ!」
モニターに映ったのは――翼を広げ、炎を抱く怪物。
伝説上の“ドラゴン”が編隊を組んで迫っていた。
「……ドラゴン? 冗談だろう」
若い水兵が声を失う。
「目標、火球らしき物を発射!距離4600!数8!」
レーダー管制員が大声で焦ったように報告する。
「いきなり撃ってきた!?」
副長が驚きの声を上げる。
そんな中、艦長が冷静に判断を下す。
「対空戦闘用意!目標火球!アスター15、1番から8番、発射用意……撃て!」
艦長の命令と同時に、前甲板のVLSのハッチが開き、轟音と共にアスター15が白煙を引いて飛び立つ。
轟音と閃光の中、火球は空中で粉砕される。
「火球、全弾撃墜!目標、依然接近中。距離3000」
攻撃を中止させようと通信を試みる。
「通信班、接触を試みろ! 言語は問わず、交渉手段を探せ」
「……反応なし!」
「新たな火球確認!左舷方向、距離2400、数6!」
距離が近いので対空ミサイルは間に合わない。
残る迎撃手段は一つしかない。
「近接対空戦闘用意!20mm F2攻撃始め!」
ラングドックとシュルクーフに搭載されている20mm機関砲 F2が火を吹く。
初速が1300m/秒を超える20mm砲弾が真っ直ぐに火球に向かう。
砲弾が貫通した火球はかき消されてゆく。
「火球、全弾撃墜!被害なし」
「司令部に報告、ドラゴンと思われる生物と交戦。被害無し、撤退する」
艦長は判断する。
「戦闘継続は危険。全艦、戦闘中止、撤退する」
艦内では緊張と安堵、混乱が入り混じる。
水兵たちは振動と警報音に包まれながら、冷静を保とうと手順を確認する。
竜騎士たちはそれ以上、追撃を行なって来なかった。
フランスEEZ内
異世界の人から見れば明らかに奇妙な形をした艦が六隻展開している。
「通信回線ダウン! 本国との連絡を急げ!」
修理班が必死にケーブルを確認し、端子を交換する。
「メイン回線復旧、安定性不明」
「ペンタゴン、ノーフォークの艦隊総軍司令部とも連絡が取れません!」
通信士が声を張り上げる。
報告を聞いた司令官が腕を組みながら考える。
「本国に連絡を取れる艦はいるか?『かが』はどうだ?」
「ダメです。日本も連絡が取れないみたいです」
「フランス艦艇から通信信号捕捉!」
ノイズ混じりの声がスピーカーに響く。
《司令部へ、ドラゴンと思われる生物と交戦。被害無し、安全確保のため撤退する》
「ドラゴン……?フランスの連中は夢でも見てるのか?」
「何を言っているんだ、フランス艦艇と連絡が取れるなら繋げ。一度フランスに戻るぞ」
「了解、『かが』『あきづき』に連絡、フランス艦艇と連絡が取れた。進路180度反転」
護衛艦かが・CIC
「群司令、『カール・ヴィンソン』より連絡、『フランスと連絡が取れた、進路180度反転。フランスに戻る』との事です」
「了解。CICから艦橋へ、進路180度反転。速度はアメリカに合わせろ」
柏原群司令は指示を出すと椅子に座り、ため息をついた。
「……まったく、何が起きているんだ?」
「わかりません。……ただ、本国と連絡が取れないとなると相当マズイ事態なのでは?」
「群司令、『カール・ヴィンソン』より通信です」
「繋げろ『やあ、柏原群司令。私だ、フォレスター少将だ』
スピーカーから少し陽気な男性の声が聞こえる。
「フォレスター少将、群司令の柏原です。どうかしましたか?」
『さっきパリの海軍参謀本部と連絡が取れたんだ。……フランスが島国になったらしい』
「……は?島国……?」
『そうだ国境を接するスペインやドイツがなくなったらしい。さらに各国との連絡も途絶えたらしい』
通信を聞いたCICにいる全員が絶句する。
日本が消えてしまったのだ。
『気持ちはよくわかる。しかし今はまずフランスに行くべきだ。そこで何が起きたか知ろう』
「……了解です」
通信が切れた。
CICに沈黙が流れる。
柏原は無線機を取ると艦内放送に変えた。
「群司令の柏原だ。……どうやら日本は消えてしまったらしい。だが奇跡的にフランスと連絡が取れた。訓練で寄港したばかりだが、これからの母港になるかもしれない。ここが別の世界なら敵対勢力がいるかもしれない。総員対潜、対空警戒を厳となせ」
フランス・パリ、エリゼ宮
「大統領、日米仏共同訓練に参加していた日米艦艇と連絡がつながりました」
「本当か!?」
一度休憩のため、簡易的な昼食をとっていたフランス共和国大統領のヴィクトル・シュヴァリエは情報担当官の報告に顔を上げる。
「おそらくEEZ内にいたため巻き込まれたと思われます」
「そうか、被害は?」
「通信機器が一時使用不能でしたが修理班が復旧させたとの事です」
「わかった。日米の大使館から大使を呼んでくれ」
シュヴァリエは情報担当官にそう言うと情報本部に歩いて行った。
ラングドック・艦橋
「艦長、ドラゴンがレーダーの範囲外に出ました」
レーダー管制員の報告に艦長はふぅ、と息を吐くと力が抜けたように椅子に座った。
「そうか、ひとまず安心だな。総員、領海に入るまで引き継ぎ警戒を続けろ」
「……それにしても警告もなしに撃ってきましたね」
「だが全て迎撃出来良かった」
「しかしドラゴンなんて……本当に私たちは異世界に来てしまったのですね」
副長が納得していないように話す。
艦長も苦笑いをする。
「ハハハ……外交とかやるんだったら、また俺たちが行くのか……」
「……きっとそうでしょうね」
「艦長、E-3Fから報告です。レーダー異常なし、前方からプロヴァンスが迎えに来ます」
「了解、やっと帰ってきたな」
EEZ内に入った事により艦橋にいる全員の顔に安堵の色が浮かぶ。
エリゼ宮、情報本部
偵察艦隊の報告はすぐに伝わった。
2人の情報担当官が机の上の写真を見ている。
「……すごいな、ドラゴンの上に人が乗ってるぞ」
「ああ、この写真を見るに練度もあるんじゃないか?」
2人が見ているのは艦隊の上を飛行していた航空宇宙軍のE-3Fが撮った写真だ。
ワイバーンを竜騎士が乗りこなしている、という情報はフランスが異世界に来てしまった証拠だ。
「しかし、外務省は警告も無しに攻撃してきた国に外交官を派遣するのか?」
「仕方ないだろう、さっきまで異世界移転はありえないと思っていたのに“この写真”を見た瞬間に異世界に来た事が確定したんだから」
そんな話をしていると情報本部室のドアが開く。
シュヴァリエが補佐官と入ってきた。
「例の国への外交官派遣はどうなっている?」
質問に外務省職員が立ちながら答える。
「向こうに着く時間も考え、明日の早朝に外交官を乗せた艦隊を派遣します」
「わかった。派遣する艦隊はどうする」
「艦隊については相手を刺激しないように今回の偵察艦隊より艦艇数を少なくします。また、米軍に協力を要請したところ駆逐艦『スタレット』が艦隊後方に展開するようにしてくれました」
「よし、では外交官派遣はそれで行こう」
シュヴァリエが頷くと情報本部に全員が仕事に戻る。
彼らはこの世界でもやっていける、と思っていた。
しかし彼らは知らなかった。
自分たちが外交官を向かわせる国が、他国を侵略する準備をしていた事を。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
移転に巻き込まれた日米艦は日米仏共同訓練(パシフィック・ステラー)に参加していた艦艇です。
訓練の一環でフランスに寄港していた最中に巻き込まれた設定です。
米海軍:
空母「カール・ヴィンソン」
巡洋艦「プリンストン」
駆逐艦「スタレット」「ウィリアム・P・ローレンス」
海上自衛隊:
護衛艦「かが」「あきづき」
評価、感想などよろしくお願いします。