どうにかこうにか生き残ることに成功しました、霧雨いろはです。死ぬかと思った。
ここは蝶屋敷。
胡蝶姉妹が常駐している屋敷の病室の中で、特別待遇で個室を賜った。そこで回復を待ちつつ、怒られない程度に身体を動かしてあの透き通る世界の再現を試みるも肉体がついていかない日々。
本当は今すぐにでも厳しい鍛錬に復帰したいけど、肉体が許してくれない。何かに酩酊しているように、身体が言うことを聞かないのだ。仕方ないので上弦の弐についての報告は隠二人がかりで支えてもらいながら行ったほど。
胡蝶カナエは傷が深く柱を引退することと相なった。次代は胡蝶しのぶかなあと思うが、柱になるまでには多少かかるだろうか。
悶々と考えていると、からりと戸が開けられた。
「失礼する」
「失礼するなら帰って」
「む、失礼しました」
「待て!冨岡、見舞いはまだ終わってないぞ!」
「無口なのと騒がしいのが同時に来た」
冨岡義勇と煉獄杏寿郎が一緒に来た。盆と正月か?とりあえず出入り口で喋っている二人を手招いて中に入れた。そこで屯してたら色んな人に迷惑になる。
「ご無事でなによりです、霧さん」
「どうもね。義勇にはまた負担かけちゃうかな」
「貴方と一緒にするな」
通夜みたいな顔に磨きがかかっているのは気のせいではあるまい。数日前に焦った顔で駆けつけてきたのを覚えている。横目でしか見れなかったが、へなへなと安堵した表情も。
よく見れば、案外、感情豊かなんだけどね。
ちなみに喋っている間はずっと横になっている。目眩がひどいんだよ。
「ご容態は!」
「そこそこ。復帰までもう少しもらおうかな。お館様に上弦の弐についての情報は奏上したしね。流石に立てるまでは……」
「ならば俺がいろは殿の業務を代わります!」
「要りません。杏寿郎くんはまずお父さんの業務引き継ぎをやりなさい」
柱の仕事の一部を継子(ではない)の杏寿郎くんに任せることを、槇さんは最初ひどく反対した。が、こちとら既に冨岡義勇で前例を作っているんだよ。更に言えば私が杏寿郎くんの稽古を見ている実質教え子のようなもの。しかも槇さんの普段の任務態度と私の態度、さらに可能な限り手紙のやり取りをして、それとなく杏寿郎くんと義勇の実力についても伝えてある。
結果、水柱と炎柱の対立した意見は私の意見が賛成多数で通った。
根回しの勝利。
「胡蝶カナエの穴埋めは君たち以外で叶いそう?」
「聞いたことがない」
「そっかー。あ、そこにお茶あるから飲んでいいよ。私が言うのもなんだけど、二人とも滅多にない休みなんだから寛いでいきなさい」
義勇が立ち上がってお茶を淹れ始めた。自分と、杏寿郎くんと、私の三人分。
それにしても、また、柱が欠けるか。
義勇は水柱の次代であるため、私からお館様に頼み込んで甲のまま置いてもらっている。
杏寿郎くんは、単純に柱への昇格条件を満たしていない。ただあと少しというところまで来ているし、もうそろそろ代替わりかな。
「いろは殿に見舞いの手紙が来ています!整理しておきました!」
「ありがと……待て待て待て何故に煉獄杏寿郎の元に私宛の手紙が届いている」
「俺のところにも来ている。稲荷の化身は恐れ多いと」
「狐小僧本人よりも弟子の方が手紙を出しやすいからです!」
「おいコラ弟子ども」
「父上が元気になったら顔を出すようにと言っていました!」
「槇さんは来ないんだ……」
「瑪瑙は」
「ごめんね、ちょっと待って。話題が立て続いてるから追っつかない」
「申し訳ありません!」
義勇は稲荷の化身派で杏寿郎くんは狐小僧派だったか。
稲荷の化身は百歩譲るとして、誰が小僧だ誰が。確かに胸はないが。絶壁だが。
杏寿郎くんがハキハキと現在の状況など知りたかったことを言ってくれるのを聞いていると時間はあっという間に過ぎていった。その間、義勇は無言で茶を飲んでいた。君はもっと喋りなさい。足して二で割れ。
結局、義勇は自分の茶を飲み終えて、二人分喋った杏寿郎の分も空っぽの湯呑みを片付けて、失礼していった。私の分も淹れてくれたお茶は、頼んでそのままにしてもらっている。立っていた湯気は随分と前に消えていた。
「……はー、誤魔化せたか」
下世話な話題にはなるのだが、二人とも系統は違えど顔が整っている、と、思う。
だからだろうか。上手く誤魔化せたようだ。
目眩の理由などとっくに分かっていた。
瞼を下ろせば、あの男の姿が思い浮かぶ。
白橡の髪の毛。
虹色の瞳。
二本一対の鉄扇。
肌を凍てつかせる冷気。
口元から覗く尖った歯。
猫のような瞳孔。
『上弦』『弍』の文字。
一目惚れにも似た衝動。あの日、透き通る世界に入ったことで逃れていた酩酊に、遅まきながら襲われている。
喰われたい、という欲求がこれ以上ないほどに膨れ上がって、肉体の欲求が理性を侵食している。
ここが鬼からよく離れた場所であるのが幸いだった。酩酊からはいずれ抜け出せる。
「……しかし、何故今さら?」
鬼は何度も狩った。下弦級を討伐したことだってある。
童磨だから、だろうか。元々、童磨のことは意図を持って探していた。
万世極楽教という組織。関係知識は三つ。遊郭に現れたこと、花柱と交戦したこと、嘴平伊之助の母を救ったことがあること。
これらの知識を元に、藤の家紋の家の者を中心に猪頭の野生児の噂を集めつつ、吉原遊郭という場所と花柱の警備地区に近しい、山の中の宗教施設の情報を精査していた。
これが結構難儀した。鬼、特に上弦の行動範囲ともなれば広く、山の中の宗教施設……寺や神社は私の知っている時代よりずっと多い。
なんとか絞り込んだ現時点においても候補の集団は二桁に及ぶ。行き詰まりになっていたところで、今回の遭遇だ。
花柱の救援に向かえたのはそういうカラクリだ。幸運はあったが、全てが偶然というわけでもない。
意図を持って一つ一つ地道に潰していけば上弦に接敵できることは、未来の宇髄天元が示していた。だからそうした。
結果として求めていた方法ではなかったが、上弦と接敵することができた。
「上弦の鬼と他の有象無象の鬼の違い」
……鬼舞辻無惨の血の濃さ。
強ければ強いほど、鬼舞辻無惨に近いということ。
「透き通る世界に入ったとき、私の思考は二つあった」
本来の思考ではない後付けの部分だったから、それをそのまま残したまま、本来の思考の部分だけで透き通る世界を見た。
喰われたいという叫びを残したまま。
異常だ。普通の人間が至る筈のない領域。
平時に戻った今は思考が一体化しているから、それらが混ざって酩酊しているのだろう。二つの思考を切り離さなければならない。
普通ではない肉体と思考に、心当たりがあった。
養父の血鬼術の正体は、未だにわからない。鬼はとっくの昔に頸を斬られて死んでしまった。身体能力という後遺症が、鬼殺隊の隊士という私の進路を保証している。
陽の光でも戻しきれないほど、十年という年月をかけて血鬼術で変質した肉体。
「
どうして私の身体は、こんなに鬼に喰われたいと願っているんだろう?