こんにちは、柱の退任準備をこっそり進めている霧雨いろはです。無事に退任できるかな?
本日は藤暈山の最終選別用の鬼を捕獲して送り届ける仕事をしました。鬼に家族をやられたような人たちは悪鬼滅殺の心が強すぎてこういう生け捕り任務でも殺してしまうことがままあるので、比較的冷静な者にこのような任務が回ってくる。
現柱の中だと霧雨いろは、宇髄天元あたり。
今回は珍しいことに鬼が群れている地域があったので、かなり厄介だった頭領役の頸を取り、統率が取れなくなった部下の鬼を数体捕獲した。
運搬は流石に隠に任せるけど、万が一暴れ出した時のために藤暈山までは隊士が護衛して、実際にあの中に解き放つまでがお役目。
藤暈山は相変わらず美しい花が咲き誇っている。幻想的とはこのような場所のことを言うのだろう。私はこのような任務のためたびたびここを訪れるが、最終選別を最後に二度と訪れなかった隊士の方が、きっとはるかに多い。
「運搬、ご苦労様です。あとはお任せあれ」
「よろしくお願い致します」
鬼の運搬という危険な任務に就いた隠を労う。
それにしても、何度ここに来ても見惚れるほど美しい。藤の香りに酔いそうだ。
数体の鬼を順番に解放していく。どの鬼も一目散に私から逃げていくが、一体だけその場に留まり続ける鬼がいた。
「ここどこぉ……?」
特段小柄な鬼だった。多分子供が変化したのだろう。頭領役の鬼と特段仲が良かった。
戦闘中にもしや、と思わなかったわけではない。
しばし周囲を探し回った子鬼は、私にトコトコ近づいてきた。狐面にも、刀にも臆さずに。
ここに連れてきたのが私だとも気付かないで。
「おっか、しらね」
「知っているよ。私が殺した」
子鬼がその言葉を理解するのに、幾らか時間がかかった。ざあっと風が吹いて藤花の花弁が舞う。この瞬間だけは、私が奪った者で鬼が奪われた者だった。
無論、それで刃を鈍らせるような在り方はしていない。この鬼だって理性を保っていられる程度には人を喰ってきた。
人を喰ったなら、頸を斬られるか、日光に焼き尽くされるか、鬼に共喰いされるかの結末しかない。私の養父だって頸を斬られて生を終えた。
我々は人間だ。鬼子母神を教え諭す釈迦にはなれないんだよ。
「人さえ喰わなければ、あるいは喰ったのが私なら、別の選択肢があったかもね」
ようやく、私が頭領を殺したことに思い至った鬼が襲いかかってきた。死んでもいいと思っているのか、実力差すら分かっていないのか。おそらく後者だ。
弱い鬼だ。鬼殺隊の目を掻い潜って生きているのが不思議なほど。
なんとなく刀を持っていない腕を差し出すと、噛みついてきた。牙を突き立てられるが、明らかに咬合力が弱い。
鬼が殺した死体の状態を思い起こした。まず腹が裂かれて、それから四肢等喰われていた死体。
いっとう柔らかい部分を誰に食べさせていたのか。
「我が子を育てるために人間の子を攫う。まさしく鬼子母神というわけね」
ぶつり、と腕の皮膚が牙によって喰い破られた。しかしそこまで。幾つもの技術を積み重ねて作られた隊服は、この鬼が食い破るには少々重荷が過ぎるようだ。
わずかな血液が染み出すだけで、腹は満たせない。
さて、そろそろ振り払おうか───
「……おっか」
鬼が自ら口を離した。珍しいこともあるものだ。
「しんじゃった……?」
「……は」
自己を取り戻した。
鬼が、自力で。
「おら、わるいことした……?おっか、おらのせいで、しんじゃった。おっか、みんな、ころした」
明らかに思考が人間のものに戻っている。
散々人を喰ってきた鬼が、それを当然だと思っていたのに、喰らうことが悪だと今更ながらに理解した。
瞳孔、牙、爪といった身体的特徴はそのまま。子鬼が鬼のまま狼狽している。
「そうだね」
刀を手にしたまま、膝を折って視線を合わせた。
かわいそうに。あまりに酷な現実を理解してしまっている。もとは利発な子供だったのだろう。
「聞きなさい、少年。鬼が人を殺し喰らうことを、人が受け入れることは……まず、ない。おっかあは自分のために、君のために人を殺して喰らった。君自身も人を喰った。悪いことだ、多くの人が、君のことを赦さないでしょう」
何人もの子供が行方をくらませた。
何人もの母親が、父親が、我が子を探していた。
何人もの兄弟が、姉妹が、泣いていた。
「それでも、君が大好きなおっかあのことは、君が否定してはいけないよ。受けた愛に理由をつけてはいけない。自分の思い出は、自分自身で大切にしなさい」
「おっかあ、すき」
「それを、忘れないでいるんだよ」
「……うん」
「聡い子だ」
大丈夫。私も一緒だ。
人を喰った鬼の愛をよすがにして、いいんだよ。
「おっか、あいたい。おっかあどこ?」
「……会わせてあげる。目を閉じて、静かに待っているんだよ」
子鬼が静かになった。どこかから視線を感じる。今回捕まえた鬼が一体、こちらの様子をじっと覗っていた。
「干天の慈雨」
刀を振るう。
子鬼は塵となって消えた。
視線はいつの間にかいなくなっていた。
ところ変わって蝶屋敷。大したものではないけど怪我をしたのでやって来た。
「怪我しちゃったので、お薬と包帯ください」
「はあい。ちょっと待っててね」
今は蝶屋敷の管理人をしている胡蝶カナエが対応してくれた。しのぶちゃんは任務で外に出ているのだという。当てが外れたかな。
「霧雨さんが来るなんて珍しいわね」
「しのぶちゃんが柱に内定したから、顔を見ようと思ってね。任務中なら仕方ないか」
「しのぶなら居ないけど、伊黒くんならいるわよ」
「……へっ?」
顔を合わせたくない相手がここにいるとは予想外だ。伊黒小芭内と霧雨いろは、お互いに鬼に喰われるために生かされた人間だが、それに対する思考が真逆と言ってもいい。
驚いている私を尻目に、カナエちゃんはパタパタと何処かに駆けていった。そして、縞模様の羽織を着た隊士を連れて戻って来た。
肩に蛇、口元に包帯、左右で色の違う目。
あー知ってる。前世という意味でも、今世の知識としても。
「伊黒小芭内だ」
「えっと……水柱霧雨いろは」
下手に口を開くとボロが出そうで、これ以上何を言えばいいのかわからない。
でもここで変な対応すると小芭内くんの立場的に宜しくないよなあ……柱最古参と新人内定柱だと発言力と信頼が違うのよ……ええいままよ!
「槇さんが助けた、八丈島のところの子だよね。まさか柱にまで上り詰めるとは……失礼ながら驚いてる。立派になったね」
「こちらも噂は聞いている、水柱。槇さんとは煉獄槇寿郎のことか」
「そう。それなりの付き合いでね」
お互いに過去に触れなければいけるか……?そのまま当たり障りのない話題に移行しようそうしよう。
「霧雨もまた鬼に喰われるために育てられたとは本当だろうか」
「、ええ、そうですよ。誰から聞きました」
「当時の炎柱から。鬼殺隊に入りたいと願ったときに、君と同じように喰われるために鬼に生かされた者がいると」
槇さんなにやってんだー!
いや当時は親切心だったかもしれないけど!完全に折れる前かそういえば!どう生きれば分からなかった彼に指針として話したのは……仕方ないか!
でもごめんね、私はどっちかというと喰われたい方なんだ。
というかむしろ、喰われた方が良いみたい。
「鬼も発想は似通うということかな。遠く離れていながら同じことを実行した鬼がいるとはね」
敢えて軽く肩をすくめる程度にとどめた。少なくとも、私の背負い方と伊黒小芭内の背負い方はまるで違う。
いや、この子の場合は一族全体が鬼に与していたという、血族の重荷も大きいのか。
自分のせいで血族は死んだ、血族もまた屑の一族だった。しかも、生まれた意味は食べられるため。
「まあ、あまり思い詰めなさんな。一つだけ助言をするとしたら、受けた愛に理由を付けてはいけないよ」
「そのようなもの、貰った覚えはない。それにそんな資格はない。なぜそのように言えるのか理解に苦しむ」
「見えていないだけかもしれない、未来でもらえるかもしれない。誰かを助けて生きているなら、その契機はいつか必ずやってくるよ。罪と罰と愛を混同しないこと」
それらを混ぜ合わせてしまったら、呼吸がしにくくて仕方なくなるよ。
先達の戯言として、頭の片隅にでも入れてもらえたら嬉しいかな。