その者と会えたのは彼岸の頃だった。
とある宿場近くの茶屋で団子と茶を頼んだ。傍らには一見してそうとは分からぬように布に巻いた日輪刀、着ている服は隊服ではなく袴。でもその上から黒字に青と紫の紫陽花柄の羽織を着ている。
時間を潰すことしばし、一見幸せそうな老人がやってきた。隣に座り、茶を啜っている。
この男は報告にあがっている。万世極楽教の宣教役の男だ。妻と娘と共に教団に加入して、自分は外で教祖様の指示のもと教えを広め、妻と娘は教祖様のお側でお支えしているのだとか。
妻と娘はすでに喰われているのだろう。直感だけどそう感じる。この宣教のお役目が終わったら教団に帰り妻と娘と共に本物の救済に至るのだという。
胡散臭い。
「貴女も教祖様に迎え入れられ、お勤めを果たせば救済される。現世の苦しみから解放されて楽しいことに心を浸して生きていけるのです」
「それは、素晴らしいことですね」
不可能であるということを除けばね。
それにしても、一応お勤めという概念はあるのね。まあそうでなければそもそも集団による生活が成り立たないか。
奴隷なんかを活用してないか調べたけど、そういう雰囲気でも無かったしな。
宣教はほんのわずかな人数が細々とやっているのみ。大部分は自らの意思で逃げ込んできた人々。おそらくは、疲れ切って思考もままならなくなった人がわずかな噂を頼りにたどり着く最後の楽園としての立場を確立している。
少しでも現実に居場所があるなら、そんな楽園など信じない。すぐに馬鹿らしい法螺話として忘却してしまう。
信者の数も常に調整している。増えすぎたら食べ、かつ、常に誰かが逃げ込んでくるように、減りすぎないようにしている。
「貴女もまた救済を求める者。教祖様は貴女のことを気にかけてくださっている。教祖様が崇める神もまた、貴女を救ってくださるでしょう」
「神様ですか。きっと、素晴らしい神様なのでしょうね」
万世極楽教の神様って誰なんだろ。童磨本人……って性格じゃなさそうだしな。童磨より目上といったら黒死牟か、鬼舞辻無惨。
二択なら鬼舞辻無惨だろうな。無惨は神様なんて信じていなさそうだけど。
鬼舞辻無惨が神様など片腹痛い。神様はもっと美しく残酷で慈悲深い、かたちのないものだ。
先導役に連れられ山道を歩く。たどり着いたのは万世極楽教候補の寺院の一つだった。ここだったか……という脱力感と言いようのない悔しさがないまぜになる。
死んだ後輩の顔が浮かんだ。最初から私が来ていたら死なせることはなかったのに。
万世極楽教については上手くいかないことだらけだ。相性が悪いと常々感じる。
だが喰われれば間違いなく状況は好転する。上手くいけば上弦である童磨を道連れに一対一で頸を獲れるし、もし失敗しても私を喰えば大幅な弱体化は免れない。要するに、胡蝶しのぶがやったことを一足先にやるのだ。違いは、分解が不可能なこと、不可逆な弱体化であること。
やがて、いっとう豪奢であることがわかる部屋の前にたどり着いた。細胞が泡立つような感覚、どろりとした欲求、緊張と興奮、それらが一体となって背筋を駆け巡る。
「失礼します、教祖様。例の者をお連れしました」
「失礼します」
悪鬼滅殺と刻まれた日輪刀は敢えて信者に預けて、一人だけで中に入った。袴の袖口には弾と小刀が仕込まれたままになっている。これで、童磨の頸を突く。私を喰って弱体化したならこれでかなりの傷になるはずだ。
童磨を前にして深く深くこうべを垂れる。首を斬ってもいいと示すように。相手は恭順の意を汲み取るだろう。
目の前には童磨がいた。視界にこの鬼が入った瞬間、全身を喜びが突き抜けた。上がる口角を敢えて隠すこともなく、顔を上げる。
口元から覗く鋭くなった牙、あれで皮膚を突き破られ血を啜られ肉を食いちぎられたのならば、どれほど幸福なことだろう!
「お久しぶりですね、童磨」
「やあ、やあ。これは驚いたなあ、まさか君の方から出向いてくれるなんて」
本当に驚いているのか、フリなのか、今時点で見抜くことはできなかった。だが、どちらでもいい。
水柱が、上弦を時間切れまで粘らせ退けるほどの強さを持つ柱最強格が、悪鬼滅殺の刀を自ら手放して、頸を差し出していることを、理解している。こいつは頭がいい。強い。
故に、慢心がある。
推測が確信に変わる。こいつは、私のことを喰らうだろう。
「それで、いろはちゃんは俺に何の用かな?」
「貴方に、私を
「……うん?食べてほしいの?」
「はい!それはそれはもう、食べてほしくて仕方ないのです。それも、とっても強い鬼に!」
目を見ろ。
身体の欲求に素直になれ。
事実だけを口にしろ。
「自分から食べてほしいって言ってきた子は初めてだなあ。救いがほしいの?」
「私は鬼の食物として育てられたのです。食べられることこそが本望、救いとなるのです!」
私を喰え。喰って、人間の、鬼殺隊の未来の足がかりとなれ。
私はお前を信頼している。数多の人間を虜としてきた万世極楽教の教祖であるお前の言葉に、救いを求める人間に対する一挙一動に期待している。
「どうぞ、私のことを召し上がってください!」
私の存在する意味を、生きている意味を読み取れ、童磨。
腐っても教祖だろう、鬼であっても万世極楽教の長であろう!
目の前の人間一人、
私のことを救ってみせろ!
「───いいよ」
私の言葉を全て聞いていた童磨が、そう言って手招きした。思惑を全て吹き飛ばして、自分自身の瞳に歓喜が宿ったのがわかった。
嬉しい、うれしい。
ようやく食べてもらえる!
「おいで、いろはちゃん。俺は優しいんだ、望みを叶えてあげよう」
手招きされるがままに立ち上がる。もちろん、日輪刀は持たずに、だ。
静かに童磨の元に近寄って、大きな腕の中に収まる。体格がまるで違う。鬼の体温を感じ取り思考がふわふわとしていく。腕の中に囲われてしまったから、もう逃げ出すことはできない。
丁寧に整えられた指先が頬を、首筋をなぞりあげた。そのまま喰べるのに邪魔な衣服を取り去るために、襟の部分に指がかけられた。
食物を検分する指先の動きに身体が震える。
「苦しかったんだね、こんなに弱い身体でよく俺と戦って生き延びたね、すごいよ」
「、んっ」
「大丈夫。俺が最後まで残さず食べてあげるから、安心して」
「光栄に、ございます」
目が合って、酩酊が脳を侵していく。
首筋から肩にかけて露出され、大きな手が後頭部を押さえつけた。
残ったわずかな理性が、手首のあたりに仕込んだ小刀と弾の存在を確認する。
ほうっと、吐息を吐き出す。かぱりと口が開けられて、真っ赤な舌と鋭い牙があらわになる。
そのまま、がぶりと、齧られる
はずだった。
「…………」
「童磨?」
童磨が口を開けたまま、止まった。
どうして、何故。
なんで食べてくれないの。
あとほんの少しで、牙が私の皮膚を突き破り骨を砕き肉を食いちぎってくれるのに。
童磨は喰らう寸前の私から距離を取ると、着物の襟を整えた。
「どうやら、あの方が君のことをお呼びのようだ」
「……!?」
確かに鬼舞辻無惨は全ての鬼を把握しているが、まさかここで私に目をつけただと!?
「あの方にお呼ばれするなんて、君は凄い子だねえ。さあ、一緒に行こう」
肩と腰に手を回され、先ほどまでの酩酊で立つことすらままならない身体を横抱きにされる。目眩はどうしようもないが、理性が少しずつ衝動を上回り、思考が回転して、現実の分析を始める。
ほんの瞬きの後。
私と童磨は、上下も左右もない立体迷路のような建物の中にいた。
それにしても、養父の人間としての尊厳だけに飽き足らず、私の救済すら取り上げるか。
やはり貴様は神には程遠い。
ふざけるなよ、鬼舞辻無惨!!!
Q.鬼舞辻無惨の介入がなかったら童磨のことを倒せた?
A.倒せた