霧雨いろはです。鬼殺隊に入隊してしばし経過しました。
時に東奔西走し、時に怪我を負いながらも任務に邁進する日々を送っている。柱は今の代は穴抜けしていて、知っている名前は煉獄さんしかいない。というか煉獄さんが煉獄顔すぎてちょっと怖い。なんなんだあの一族。
そんな日々を送る中、私の階級は甲まで上がった。討伐した鬼の数は48体。柱の階級に上がる条件である50体討伐まで残り二体となった。ちなみに、藤暈山の最終選別前に倒した鬼一体は数えてない数でこれである。
鬼も馬鹿ではない。襲いかかることもあれば、鬼殺隊相手に潜んでいることもある。夜の闇の中、鬼のホームグラウンドに踏み込んで50体を討伐できる人間は意外と少ないのだなあと思うばかりだ。
ひそひそと噂話が聞こえてくる中、お茶屋さんに入ってお団子とお茶をもらう。私は甘味類は芋羊羹とほうじ茶の組み合わせが好きだ。
「こんにちは、旅の人ですか?」
「ええまあ、そんなところです。ところで最近何かあったのですか?」
「実はね、お寺に住んでいた人が、子供たちを殺してしまったそうなのよ」
「あら、まあ」
「あんなに優しそうな人だったのに、見かけにはよらないわねえ」
なんか嫌な予感がするぞ。
鬼滅の刃の知識としての他に、鬼殺隊隊士としての嫌な予感がビシバシする。
間に合わなかった、という、隊士として何度も味わった無力感の気配がする。
その後、いろんな場所で噂話を聞いて、事件の現場だったというお寺に行った。
今はもう廃寺になっていた。カビた藤のお香の残り、茶碗や桶、書物、筆などなど。人が住んでいた気配がまだ色濃く残っている。その中で、床や壁が壊れた痕跡が気になった。
鬼は基本的に爪が鋭い。殴ったり平手打ちをしたら爪の跡が見つかることも多い。しかしこの痕跡は、まるで。
「人が鬼を殴り飛ばしたと言われた方が納得できるな」
集めた噂話を統合するに、この寺に住んでいた孤児が鬼に殺され、僧侶(仮)が鬼を殺したという辺りだろう。
うん、間違いなく後の岩柱・悲鳴嶼行冥だな。いや、悲鳴嶼行冥であることを除いても、様々な痕跡から鬼の仕業であることは疑いようもない。
どうやら私の仕事は、最初の想定とはだいぶ変わったものになりそうだ。
本当は良くないことだが、賄賂を渡して遠目から死刑囚その男を観察させてもらう。
とりあえず、鬼になってはいない。デカい。盲目。
寒くないよう、悲鳴嶼さんに大判の上着と襟巻きを匿名で差し入れして、藤の家紋の家に戻る。お館様に報告の手紙をしたため、判断を仰ぐことにした。私は今は誰の継子でもないので、裁量権が飛び抜けている訳ではないのだ。
この町では結局、どの鬼の首を落とすこともせず、「すでに鬼は死んでいる」という調査結果報告のみにとどまった。悲鳴嶼さんが鬼を殺しているので当然なのである。
私が50体目の鬼を狩り、現在の水柱と世代を交代する形で柱に就任したのは、それから約一月後まで時間を進めてからだった。
ただいま、次期水柱としてお館様と謁見中であるのだが。
わけえ。
お館様超若い。私より一つ下だというのになんだこの貫禄。
次の柱合会議で他の柱とは正式にお目見えする予定であるが、世代交代自体はこの謁見で執り行われる。
「いろは」
「はい、お館様」
お館様からいただく優しい声とは対照的に、私の声は淡々としている。いやだってこの人超えらい上司様であらせられるので……あと年下相手に父性を感じるのは私には難しかった。私の父は鬼の養父だけです。
「鬼に育てられたと聞いているよ。刀を取って、私たちと共に戦ってくれてありがとう」
「ありがとうございます。精一杯励みます」
私は鬼殺隊の隊士であるが、お館様から子供と呼ばれることはついぞなかった。
かけてほしい言葉がわかるというのは、こういうことも含まれるのだろう。まったく、よくできたお方である。
私にとって、産屋敷耀哉様が父を自称しているのはどうでもいい。ただ、命をかけるに値する上司であれば、それで良いのだ。
あと地味に、狐面つけっぱでも怒られないのは便利である。
「では、いろは。早速だけどお願いがある。君がまだ甲であった頃に、殺人の疑いがかかった盲目の僧侶について手紙をくれたね。その彼に会って、私たち鬼殺隊について、鬼について、話してきてほしい。彼は混乱しているだろうから、私と話をする前に、少しでも安心させてあげてくれないだろうか」
「御意」
断る理由もない。即座にこうべを垂れた。
それにしても、悲鳴嶼さんまだ柱どころか鬼殺隊にすら入ってなかったんかい。
そういえば、お館様があまね様と結婚なさったのは、私が悲鳴嶼さんの噂を聞いた頃だったな。
もしや、時系列的には竈門炭治郎世代よりだいぶ前だな?
お館様が手回ししてくださったので、役場的な諸々の手続きは完全スキップ。私は徒党を組んでいた道中の鬼を三匹くらいサクッと滅しつつ藤の家紋の家で待機してもらっていた悲鳴嶼行冥と出会うこととなった。
身体検査というか健康診断を予め受けておいてもらったので、その結果を読ませてもらう。
でけえ。
数字だけでわかる、日本人と思えないほどでけえ。二メートル超えてるのはやりすぎだろと思いつつ、不躾ながら健康状態を観察する。顔色は、良くはないが悪くもない。着ている衣服はこざっぱりとしていて、ここ数日の季節にしては肌寒い温度にきちんと合わせて上着を肩からかけている。
家紋の家の方と隠の人には元々、充分な衣食住を提供するように伝えてあったが、念のため健康状態についても詳しく聞く。
甲時代からいつもやってる事なので、割と手慣れたものだ。
「記録はこちらにあります」
「ありがとう」
何をどの程度取ったかを記録するように鎹烏を使って依頼していたので話が早くて助かる。食事内容、睡眠時間、衣服、怪我の具合、栄養状態その他諸々を報告書で頭に叩き込んでから、家紋の家の方に案内される形で引き戸を開けた。
元々悲鳴嶼さんも鬼殺隊が会いに来ることを知っていたからか、落ち着いた様子で正座している。
「お待たせして申し訳ありません。鬼殺隊水柱の霧雨いろはと申します」
「ご丁寧に……悲鳴嶼行冥です」
でけえ。
実物はさらにでけえ。
痩せてるのにこれなら筋肉ついたらどんだけデカくなるのよこの人。
そして、敬語だ。私の方が年下かつ相対的になかなかに小柄な方なので、少しばかりくすぐったい気持ちになる。しかし、柱となればこういう場面も加速度的に増えるのだろう。
悲鳴嶼さんに、鬼殺隊のことや鬼のことについて伝える。鬼の伝承が色濃く残っている地域で助かった。話が早い。
そして鬼殺隊に勧誘し、お館様との謁見の約束を取り付ける。お館様との細かいスケジュール調整については隠に一任し、岩の呼吸の育手さんに私の署名入りの紹介状を作った。
そんなことをしていたらあっという間に夕暮れが近づいてきた。私はこの後仮眠をとって、夜更け後に移動して真夜中あたりに鬼の捜索と討伐の任務が入っている。
柱忙しすぎない???甲以下はもうちょっと頑張ってくれよと思ってしまうのは無理もないはず。だかや悲鳴嶼さんが加入してくれるのは、直近の戦力増強という意味で大歓迎したい。
「おっと、かなり時間が経過していますね。何かご質問などはありますか?」
「南無……私に、上着を差し入れていただき、心より御礼を申し上げたい」
「なんの話ですかな……と、誤魔化すのも失礼ですね。ええ、そうですね。差し入れたのは私です。鬼の仕業であると裏付けを取るのに少々手間取ってしまい、その詫びとして受け取っていただければと」
間に合わなくてごめんなさい、とは敢えて言わない。そんな言葉を、この人は望んでいないだろう。
藤のお香を焚いていて、朝まで鬼を殴り続けたような、『あの時こうしていれば』という思考の余地を持ってしまえる状況と強さがあった。
「最終選抜がまだのため少々早い言葉にはなってしまいますが……悲鳴嶼行冥さん、貴方の入隊を、一人の先達として歓迎します。お互いまた、生きて会える日を願って」
こうして、悲鳴嶼行冥との顔合わせは終わった。
……私、悲鳴嶼さんの先輩なの?まじで?