藤襲山にいる、霧雨いろは改め月詠イナバです。
三日ほどで、五人を除く全員が棄権しました。しかたないね。
「それじゃ、今日の送迎に行ってきます。鬼に気をつけて!」
まあ、出ないと思うけどね。地面に転がる彼らは限界ギリギリの鍛錬によって全員地面に転がっている。その上に藤の花を布団代わりにこれでもかと山積みにしたので、弱い鬼は近づけない。
五人の稽古内容としては、カナヲは型の矯正、炭治郎、善逸、伊之助は常中の会得、そして玄弥はとにかく基礎鍛錬とした。七日間もあるし、七日間しかないとも言える。しかし鍛錬時間が少ないのは鬼殺隊永遠の課題なのだ。仕方ないので詰め込みます。ゆとりが恋しい。
「あ、あのー……イナバ」
「はい、炭治郎」
「さっきから鬼がこっちを見てるような気がして、大丈夫なのか?」
「あの鬼だけは大丈夫。この藤襲山で唯一の、人間の味方をしてくれる鬼だからね」
「そんな鬼、聞いたことない」
「誰も言いふらさないもの。じゃ、ゆっくり休んでね」
炭治郎の質問に答えてから、最後の棄権者を伴って下山に付き合う。藤花が見えてきたら、鍛錬に使うために刀を貰って、それで彼らの選別は終わりだ。無事に生きることはできても、もう二度と隊士になることはないだろう。
刀鍛冶や隠、鎹鴉の世話役、藤の家紋の家の運営など、鬼殺隊に貢献できることは山ほどある。そこでまた会えるといい。
「嘘つき」
「なにが?」
「人の味方の鬼なんて居るわけねえだろ」
「嘘じゃないよ。ほんとだよ」
睨まれた。彼もまた、鬼の被害者なんだろう。
鬼殺隊の隊士は大抵が鬼の被害者たちだ。原作における柱の中では悲鳴嶼行冥、冨岡義勇、不死川実弥、伊黒小芭内、時透無一郎、胡蝶しのぶという、実に三分の二が何かしら鬼によって被害を受けた。現在ではここに、父親を鬼に殺された煉獄杏寿郎も入ることになる。
五感組や同期組と呼ばれる彼らも、竈門炭治郎、嘴平伊之助、不死川玄弥の三人は家族を鬼に殺されている。私が偶然にも間に合ったから胡蝶カナエこそ生きているが、そうでなければ栗花落カナヲもまた、姉を喪っているはずだった。
「でもね、鬼に味方する人がいるなら、人に味方する鬼がいてもいいと思わない?」
「詭弁だ」
「……そうかもね」
鬼は人を喰う。人を喰ったことのない鬼など、どれほどいるものか。
私の養父だって、私を喰らうために生かしていたし、私の前にもたくさん人を喰ったはずだ。
それでも、私の味方だった。その思い出がどうしても抜けない。
「だいたい、鬼に味方する人間なんているのかよ」
「うん、いるよ。そんなもの、全ての時代にたくさんいる」
私だって立場だけで言えば、その一人だ。鬼殺隊に仇なすことを期待されてこの場に送り込まれた身だ。
藤花の咲き誇る場所が見えてきた。あとはもう、刀がなくても無事に山を降りられる。
「あいつらは、まだ残るんだな」
「そうみたい。私のことは好きにならなくて良いからさ、彼らのことは応援してあげてほしいな」
「……別に、意味わかんないだけで嫌いじゃない。俺にはできないことがあんたにはできるんだろ。鬼舞辻無惨、倒してくれよな」
刀を手渡される。彼はここで脱落する。
肉体が才能に恵まれなかった。それは苦しいことではあるかもしれないが、決して悪いことではない。
……さて、呼吸の才能はないが全く別の才能を持っている彼と、どう向き合うべきか。
「あいつらのこと、頼むよ」
「任されました。君に、幸運がありますように」
刀を手にして山を登ると、一人減っていた。竈門炭治郎の場所が空白になっている。
「炭治郎は?」
「人の味方の鬼に聞きたいことがあるって居なくなった」
「善逸、何話してるか分かる?」
「あー……人を鬼に戻す方法?を聞いてる。鬼は、ある人を喰べたら戻れるかもしれないって」
もはや泣き叫ぶ気力もない善逸が寝転がりながら答えた。ある人、ねえ。間違いなく霧雨いろはのことだな。
「なんか狐面?の女の人だって言ってる」
「権八郎が知ってるんじゃねえのか。あいつ狐つけてるだろ」
「知ってたら鬼に聞きに行かねえだろ」
なんか男子組仲良くなってんな。同じ釜の飯を食って、同じ鬼教官に扱かれてるからかな。
呑気に観察していると、がさがさと音を立てて炭治郎が戻ってきた。
「ただいま」
「……炭治郎、おかえり」
あっ、カナヲが喋った。そんなカナヲも地面に倒れ込んでいる人間の一人である。鍛える甲斐があってとても楽しいんだよね。でもまだ胡蝶カナエには及ばないので頑張ってほしい。目指せ柱の領域。
「おかえり、無事で何より。鬼に襲われなかった?」
「帰りに襲われた……」
「あらま。お疲れ様、まあ休みなよ、お水なら汲んであるよ」
バターンと倒れ込んだ炭治郎に、水筒に汲んだ水を手渡してやる。
藤襲山での鍛錬は、基礎の合間に息抜きとして実戦を組み込んである。そして、私のような圧倒的な上位者に対する戦いへの慣れも仕込む。どれだけ稽古が上手くても、実戦で使えないなら意味がない。
「ありがとう」
「うん、どういたしまして。鬼に聞きたいことは聞けた?」
「聞けなかった……あの、イナバは、鬼が人に戻る方法を知ってるのか?」
「なんだよ、話してたじゃねえか」
「聞こえてたんだな」
「善逸がね」
さーて、どう返答したものか。
困ったことに、この場には嘘を匂いや音で判別してくる者たちがいる。ここで嘘をつくのは至難の業だ。
「知ってるよ。なんでもね、鬼にもやっぱり人間に戻りたい個体がいて、その個体が作った、喰べたら人間に戻れる薬のような、そういう人間はいるそうだ」
「……そんな人間、いるのか?」
「うん。直接会ったことはないけどね」
張本人だから会ったことがないのは本当だ。
「稀血っていう、鬼にとって栄養になる人間がいるから、その逆もまた然りってことなのかもね」
「稀血?」
「そうそう。鬼殺隊だと現風柱の不死川実弥様が稀血であると聞いたことが……」
「兄貴だ!」
玄弥が全身の疲労もなんのその、跳ね起きたのでこっちもびっくりした。炭治郎といいカナヲといい、きょうだいに何かあったら飛び出さずにはいられないのか君たちは。
私の生まれた家はむしろきょうだい仲は悪かった。誰でもいいから売り飛ばされて私の糧となってくれないかという視線ばかりが向いていた気がする……とまあ、回想はおいといて。
「兄貴!?」
「柱……って、イナバが言ってた奴だな!?」
「おっ、よく覚えてたね。感心感心」
座学やっておいて良かった。
「そういえば苗字が同じだね」
「俺、兄貴に会いたくて、謝りたくて……それで鬼殺隊に入ったら会えるかなって」
「いやあ、どうだろうね。柱って相当多忙だし……」
「同じ柱になれば会えるだろ!?」
「まず、柱の枠は九つです。現在その枠は全て埋まっていますので、今のところは現実的じゃない目標だなあ。確実なのは、継子になることかな?」
「継子?」
「柱が直接育てている弟子のこと。次期柱候補って呼ばれることも多い」
「カナヲ、解説ありがとう」
この頃はまだ継子になってなかったんだっけ?見様見真似で習得して独断で最終選別参加ってなかなかすごいよね。
と、いうか。呼吸使えない玄弥、独断参加のカナヲ、殴り込み伊之助って例外多すぎるのよこの世代。さすが主人公世代。
「だから狙うのは、継子になることかな?次期柱候補なら、師匠の方から他の柱に継子のことを紹介する場面もあるからね」
私と義勇がそうだった。直接柱合会議に参加したことこそないものの、報告や答弁なんかで召喚したことはなんどもある。
「詳しいんだなアンタ」
「師匠がね、元鬼殺隊士だったからね。結構詳しく教えてもらった。昔実在したっていう珍しい隊士のこととか」
「……呼吸使えない隊士もいたのかよ」
「いたらしい、」
よ、と言い切る前に、軽く身体を捻って突進を避けた。そのまま重心を崩しかけた身体を軽く引っ張って転ばないようにしつつ、自分に伸びてきた手を取って動かせないように固定する。
「どうすれば良いんだよ!そいつみたいに、なんかあるんじゃねえのか!?方法が!」
「……あるよ。教えてもいいけど、一日考えてから実行するか判断してね」
「呼吸無しってあり得るの?」
「適性の有無にはよるけどね」
玄弥を離す。温度差はありつつも五つの視線を感じながら、人差し指を突き出した。
「鬼喰い、という。長所と欠点も含めて、ご飯を食べながら解説しよう」
悪いね、実弥くん。
私は彼の鬼喰いを、戦力として数えたいんだ。