「鬼喰いをしてえ」
そう玄弥に言われたのは、鬼喰いについての講義をしてから半日後のことだった。
「それをしたら、二度と風柱様に会えなくなるかもしれないよ」
「分かってるよ……それでも、兄貴が俺の知らないところで死んじまうよりマシだ」
「そうか」
正直、戦力としてはかなり助かる。自動回復機能が付いている遠距離戦闘能力は、童磨や黒死牟の討伐において重要な役割を果たすだろう。
猗窩座と会ったことはないが、上弦の中でも更に上位層に位置するアレらは、通常のやり方では到底敵わない。通常ではないやり方は幾つあっても困らないというのが、二年ほど上弦の鬼と交流して得た結論だ。
幸いにも私の体質上、玄弥が鬼へと変化した場合でも元に戻すことが可能だ。責任を取るアテがあるから提案することができたと思えば、この体質も悪くない。
「じゃあ、まずは試してみよう。この間も言ったとおり、君に鬼喰いの才能があるかは分からないからね。例の、人間の味方をしてくれる鬼に会いに行こうか」
「分かった」
原作では追い詰められて、やぶれかぶれで鬼を喰って能力に気づいたんだっけ?
……柱経験者として思うが、マジで怖すぎる。行さんが玄弥を手元に置いたのもむべなるかな。鬼喰いの危険性を本人が認識しており、非常時に確実に制圧できる者の監視下で、かつ周りに一般人がおらず藤花で鬼の下山が不可、さらに食べる対象となる鬼が人間に協力的、くらい条件を整えてようやく試せる事案だ。
どうせ鬼喰いに至るなら初回は条件整った場面でやろう。色んな意味で怖いから。
玄弥を連れてくるりと山を歩くことしばし、老翁が顔を覗かせた。ここの鬼はだいぶ狩り尽くしてしまっているので、呑気に歩いていても実はそんなに危なくない。
「なんじゃ、お主ら二人とは珍しい」
「どうも、お邪魔してます。ほら玄弥、自分のことなんだから自分で説明」
「うす。えっと……」
玄弥が鬼喰いについて説明する。説明を聞いた老翁がうむうむと頷いた。
「世界は広いの。そんなことができるとは思わなんだ。鬼が人を喰うなら、人も鬼を喰うんじゃなあ。ま、鬼狩りの為ならワシが反対する理由もあるまいて。少し待っとれ」
老翁が杖をかん、とつくと、杖の先からぽろぽろと丸くて小さなものがこぼれ落ちた。玄弥が慌てて拾い上げる。私も拾ってみると、つるりとしていて丸い、硬質な物体だった。まるで硝子。
「蜻蛉玉のようですね」
二年前、私は硝子玉のことをびいどろと表現した。同じ言葉を使ったら同一人物とバレかねない。蜻蛉玉は比較的、人口に膾炙した表現だ。そちらを使う。
「ワシの血鬼術じゃよ。試すにはこれがええじゃろ」
「……いただきます」
バキ、ガリ、ゴキュ、べキャ
……とても咀嚼音とは思えない。よく食べれるな。というか飲み込むじゃなくてちゃんと咀嚼したんだ。小さな丸い硝子玉だからそのまま丸呑みっていう選択肢もあった筈なんだけど……育てた人がちゃんと教えたんだろうなあ……。
「……鬼狩り様は血鬼術も食えるんか」
「いや、流石に初めて見ました……」
老翁が引いている。流石に鬼としてもこれは想像の埒外なのか。鬼にとって人間って食物であって立場逆転とか考えもしないんだろうね。
でも人間も鬼を喰うとか基本的に考えないからお互い様か。
「……あ」
消化、できたのか。
徐々に異形へと変化していく身体。原作通り、適応できたらしい。即座に玄弥に駆け寄り、両手首を掴んで上半身の攻撃を抑え込みつつ話しかける。
「目は見える?」
「見える」
「聞こえるね。嗅覚は?」
「わかる」
「目の前にいるのは?」
「月詠イナバ」
「気分は良いか悪いか」
「悪くねえ」
「私は美味しそう?」
「わかんねえ」
ふむ、正気だな。手を離してみると、玄弥の手首に私が掴んだ跡が真っ赤に浮かび上がっている。が、それもみるみるうちに消えていった。内出血も治癒の範囲内か。
「いやー……話だけは聞いていたけど初めて見た、鬼喰い。じゃあ軽く動いてみようか。どれくらいの強化になるかは、試してみないとわからないからね」
「おう」
どれほどのものになるのかな、老翁の血鬼術の強化倍率は。
「思ったより高い、いや、強い?あなた何かやりましたか?」
「手を沢山喰うたわい」
「……手」
…………もしや手鬼か!?私が狐面を道中出会った人に渡したおかげで邂逅を逃れた、原作で炭治郎が討伐したあれを!?
喰った!?
「あれもな、哀れな鬼じゃった。鬼舞辻無惨さえ居らねばのう」
「そうでしたか……」
そう語る老翁の目に、凄まじい執念を見た。
家族を殺され鬼にされた一人の老人の、怒りと憎悪がそこにあった。
鬼殺隊の隊士や隠たちの目に宿る光と同じだ。
「なあ、あの子は鬼を喰って戦うんじゃなあ。ワシにできることはないか」
「その蜻蛉玉、もらえる限り頂いても?そして、定期的に補充したいのですが」
「構わん。じゃがワシも腹が減る。鬼か、そうでなければ血だけでええ。貰えぬか」
「輸血、という手段があります。私のような下っ端が頼んで貰えるかはわかりませんが、合格の暁には意見陳情させていただきます」
多分、手配はできる、と思う。
月詠イナバと霧雨いろはについては、お館様は仔細全てをご存じだ。お館様に対しては、他の柱と同等の発言力がある。
「なんで補充するんだ?」
「鬼喰いの弱点の一つに、呼吸と違って、『鬼の一部を喰う』という一工程が入ることがある。そして、その工程に必要なものは目の前の鬼から貰わなければならない。自分一人で強化が完結する呼吸と違って、強化を得られないまま一度敵に攻撃を当てる必要がある。その弱点の補強のためだね。
自身を強化するのに、敵対する鬼を必要としないために、予め鬼の一部を持ち歩くのは弱点補強として有効だ」
その点、この硝子玉は素晴らしい。布で二重三重くらいに巻いて日光を遮れば持ち運びは容易く、家の中などで見られても余計な問題を引き起こさずに済む。軽くて食べやすく、それでいて強化倍率も高い。
「玄弥の助けになってくれてありがとう」
「ええさ。孫が一人増えたと思えば、どうってことないでの」
さて、そろそろ七日間の選別試験が終わる。
常中は仕込んだし、炭治郎とカナヲの型の鍛錬も終わった。善逸と伊之助もたっぷりしごいた。
あとはそうだな……時間いっぱいまで追い込むか。ちょうど、鬼喰いの実験も成功で終わり、協力者も得たことだし。
「玄弥、一度戻ろう。みんな待ってるよ」
「うす。あの、ありがとうございました。これからお世話になります」
「気いつけてな。元気でやるんじゃよ」
そして、鎹鴉による最終選別終了の合図が終わった頃。地面には合計五人が指先一つも動かせずに倒れていた。もちろん死んでないよ。後日死ぬほどの筋肉痛に苛まれてるかもしれないけど。
「このままじゃ降りられないなあ……仕方ない」
まず、カナヲを背負う。縛り上げて背中に固定する。それから両脇に炭治郎と善逸を抱え込む。最後に玄弥と伊之助の首根っこを引っ掴む。足元が引きずられてるのは体格の問題だからちょっと我慢してね。
そのまま五人を、最初に説明を受けた場所まで、鎹鴉の先導で運び上げた。
「ただいま戻りました。途中棄権なしに生き延びたのは五人です。屍のようですが生きています」
「……はい」
あ、ちょっとご子息とご令嬢に引かれてる。とりあえず五人とも地面に転がした。あっ呻いてる。まあ取り敢えず最終選別を前提にした実力から七日という短期間で実力引き上げされたら筋肉痛と疲労で死にかけもするか。
でも、回復したら確実に強くなってるよ。私がお墨付きを与えよう。ただの新人一般隊士だけど。
「起きてー。試験終わったよー」
約二時間後、なんとか起き上がった彼らは疲れ切った顔をしながら玉鋼を選び、鎹鴉を付けられ、それから身体を引きずるようにしてなんとか帰路についた。
そうそう、私に付けられた鎹鴉なんだけど。
「宜シク頼ム、新人」
「ええ、よろしくお願い致します───音羽」
まさかの再会だ。霧雨いろはが月詠イナバとなったことを、音羽は知っているのか知らないのか。
知らないふりだとしても、それはそれで有難いので乗っからせてもらおう。
それにしても、霧雨いろは付きで、当時は煉獄槇寿郎に貸し出していた私の鎹鴉、瑪瑙。
彼女が私付きになると予想していたから、少し意外だ。
彼女は今、どこでどのような仕事をしているのだろう?