取りあえずお世話になっている藤の家紋の家に戻ってきた。刀ができるまで概ね二週間か。瞑想や鍛錬で過ごしてても良いよなあ。
でも、会いに行かないと。
お館様に現時点での報告書をしたためる。内容は鬼喰いを発現した不死川玄弥について、不死川実弥を除く柱の玄弥への監督依頼、栗花落カナヲの柱候補への推薦、竈門炭治郎の身に付けていた耳飾りと継国縁壱の耳飾りの同一性。
あー、獪岳どうしよ……今の所は何もやってないんだけど、将来的にものすごい不安。私が形式的に鬼側に寝返って鱗滝左近次と冨岡義勇が無事なのは、お館様への報告と了承によるもの。あと鬼になった訳ではないからだ。
「すみません、紙をもう一枚いただけますか」
「かしこまりました」
仕方ないので、確定事項と推測・懸念事項は紙ごと分けて送ろう。あくまで個人の視点であることを念押しして、判断はお館様へと一任する。
「音羽、お館様にこれを届けて」
「承知」
ばさり、と音羽が飛び立った。通常、最終選別が終わったばかりの下っ端に、お館様へ直接手紙を送る権利など存在しない。
それが叶ったということは、確実に音羽は事態を把握している。そうでないと困るから非常に助かる。まあ、音羽も瑪瑙も柱付きとなるほど優秀なのだから、どちらも私のややこしい事態にも着いてこれるだろうが。
……いや、義勇の寛三郎は駄目だな。あのお爺ちゃんは色々やらかしそうだから間違いなく外される。
瑪瑙も、なにかやらかしたのかな?直前に槇さんに着いていくよう頼んだせいで、とんと判断がつかない。
音羽が見えなくなってから、少し経った。さて、あとは鬼側への接触かあ……行きたくねえ……風呂入って時間稼ぎでもしようかな。
「あの、すみません。しばらく出掛けます。刀が出来上がるまでには戻りますので」
……うん?
サボろうとして近場の銭湯について聞こうとしたのに、全く別の言葉が出た。
「かしこまりました」
「お世話になりました」
なるほど、これが命令を下す能力か。便宜上の呼び名……『肉の芽』でいいか。
通常の思考が明瞭なのがタチ悪いなこれ。
仕方がないので言われた場所、郊外の小さな温泉街に足を運ぶ。確か温泉街の中でも外れにある、長期滞在用の小さな離れに連絡役を逗留させてあると言っていたはずだ。
血鬼術の性質を鑑みるに、おそらくは、人間。どんな人間を雇用したのやら。
「失礼、月詠イナバです。螳琊奼の遣いのものがここに居る、と……聞いて……きた、の、だが」
「そうか。お前が月詠イナバか」
……いやいやいや、嘘だろ。
「随分と動揺しているようだな」
「そりゃあ、ほんの二年ほど前まで、君と瓜二つの顔の持ち主と同じ地位で仕事をしておりましたのでね。驚くのは不可抗力だ」
とんでもない展開だ。確定事項と推測事項を分けて報告することを決めていて正解だった。自分の中でのみ原作知識を活用するなら兎も角、これを他者と共有するには、あまりに不確定事項が多くなってしまった。
「それで、私は君の姓のみを知っているのだけれど……“宇髄殿”以外に、君を呼び表す名前を教えてはくれないのかな?」
「名前をそれ以上知る理由はあるのか?宇髄殿で構わない、そう呼べ」
容姿だけは宇髄天元とよく似ている。……否、透き通る世界に入って骨格や筋肉、血流を確認したら、細かな傾向が宇髄天元と似通っていた。螳琊奼の肉体改造は音の呼吸に対応していなかったはず。
他人の空似や語りじゃない、間違いなく宇髄天元の弟だ。
「忍者とはね……間諜との連絡役としては最適な人選だ」
「主人からお前への命令は俺を通して行うことになる」
「その命令の正当性はどう担保するんだ?君の独断による言葉と螳琊奼様の命令を、私が聞き分けられるはずも無し。故に君の言葉は全て『宇髄殿からの命令』と受け取る。当然拒否もできる」
「主人からの命令は文書で行う。お前なら見分けられるだろう」
チッ。
その辺も対処済みか。
「最終選別を突破したな?」
「無論、容易い」
「柱になるには十二鬼月を倒す必要がある。誰でも良いから首を取れ」
「知っている。……だが現状、柱の地位は全て埋まっている。首を取ったところで空席はない」
「空席は用意する。現在、主人が盤面を整えているところだ、命令があるまでは任務をこなし信頼を得ろ」
「……地道な成果ほど盤石な信頼もないからね。その辺りの理解はあるようで安心したよ」
いや、忍者なら当然か。
前世におけるオタクの離乳食と呼ばれた某忍者漫画作品群のお陰で、忍者については多少なりとも知識がある。忍者はどんな手段を使ってでも成果を出さなければならない。
細かな成果の大切さは身に沁みて理解している、ということか。思えば宇髄天元も根本にはそういう部分があった。
「兄に似ているな。さすがは兄弟といったところか?」
「口を慎め、二度はない。アレと俺を兄弟だと?血の繋がりがあるだけだ」
「客観的な感想として似ているんだから仕方ないでしょう」
「妻となった女にうつつを抜かし、里を逃げ出した軟弱者に見えるか、俺が」
「……そういえば、宇髄天元には妻が三人いた。生まれが同じなら君に存在してもおかしくない。君の妻はどこに行ったんだ」
「狂った。故に餌となった。なんの役にも立たないなら主人の血肉となる方が幾分かマシだ」
「狂った……もしや“アレ”をやらせたのか!?君は耐え切ったというのか、アレに!?」
数十日、場合によっては百を超える間もの間、陽の光を浴びることも許されず、飢餓に苛まれ、身を這う言いようのない不快感と恐怖に耐え切れる人間はそうはいない。私だって狂ってしまいたいと誘惑に駆られたことは両手の指では数えきれないほどある。
「俺からすればお前こそおかしい。何故、忍者としての教育を受けてもいないお前が耐え切った?」
「さあね。こちらからすれば、妻を三人とも螳琊奼に喰わせてなんともない君の方が理解できない」
互いに、理解できない生物に対する視線を向けている。しばしの睨み合いののち、同時に目を逸らした。
「あくまで仕事仲間、互いの相互理解など不要。この件については不可触で行こうじゃないか」
「同感だ」
「一つ確認しておきたい。下っ端故に柱と比べて任務も少なく、休暇も多い。休暇を利用してここに通うことになるが、私は周囲に対してどのような名目を並べ立てればいい?ある程度関係性の設定を煮詰めておいた方が、立ち回りが楽なんだ」
「それについては命令が出ている」
「は?命令?」
どこからともなく取り出された封書を渡された。そこから命令書を取り出して読んでいくとあの女の字で私への命令が書いてあった。
「……温泉街に逗留している情夫の元に通う、と。それはいいが、何故実際に抱かれる必要があるのかな」
「『面白そうだから』だ」
「ほんっと、私への嫌がらせに事欠かないな……」
「何をやらかした?」
「嫉妬ですよ、嫉妬。女の情念は時に大蛇となり人を焼き殺すまでに至るのでね」
普通に嫌だ。女としては嫁ぎおくれの年齢だが経験がないんだよこっちは。
しかし、宇髄天元の妻の三人が遊郭に潜入して客を取りつつ情報を集めていたであろうことを思うと、仕方ないのか。潜入しているものな。
血が流れ人が死ぬことに比べれば、安いものか。
「ではさっさと終わらせましょう?」
「大人しいな。もっと抵抗されるかと思ったが」
「それが出来ないのが血鬼術の効果であると知っているでしょう?よろしくお願いしますね」
「……安産型か」
「うるさいな」
やっぱ兄弟だよ、あんたら。