どうも、情夫ができた霧雨いろは改め月詠イナバです。
まさか鬼殺隊士を引退前にそういう相手ができるとは、人生なにが起こるかわからないね。
くわあ、と欠伸をしながら逗留している藤の家紋の家に戻ってきたのは昼過ぎだった。慣れないことはするものじゃないや。
ただ、肉眼で例の人間に命令を下す……仮称『肉の芽』を観察できたのは良かった。同じく『肉の芽』を植え付けられた相手と閨を共にしない限り、まず観察の機会は訪れない。
螳琊奼の奴、私への妬み嫉み憎悪が行きすぎて一周回って塩を送ってるんじゃないだろうか。
あと、私の仮面を外した奥にある焼け爛れた顔を見てなお萎えなかった宇髄弟もある意味すごいと思う。房中術だっけ?その辺も仕込まれているのかねえと下世話な興味が宇髄長男の方に向いた。嫁さん三人も満足させてると思うとあの男の甲斐性凄くないか。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ。隊服が届いております」
「ありがとうございます」
何だろう、何かを忘れているような、思い出したような。
そう思いながら隊服の入った包みを受け取り、開封する。上着を持ち上げた途端、昔の記憶が一気に蘇ってきて思わず笑ってしまった。
「前田……貴様まだ懲りていないか……」
露出が多い。私の年齢を考えろ!二十をとっくに過ぎて二十四間近なんだぞ!?黒死牟から痣が伝播したせいで片足を棺桶に突っ込んでるわ!そんな女が露出したとて見苦しいだけに決まっている。この隊服は却下だ却下。
年齢は置いといても、現状を踏まえると情事の痕跡が残りがちになるのに露出はダメだ。風紀的に。
「あの、すみません。油とマッチを買いたいのですが、お店はどちらにありますか。あと、筆と紙をいただきたいのですが」
速攻で油をかけて燃やした。
その後、抗議文をしたためた。
最終選別が終わってきっかり二週間後、刀鍛冶の里の人が刀を持ってやってきた。
声を聞いて驚いた。かつて霧雨いろは時代の私の刀を担当していた鉋さんだ。お館様はある程度、私のことを知っている者で周囲を固めるつもりらしい。鉋さんもまた水柱の刀を担当した者ゆえに、実力は確かだ。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
持ってきてもらった刀を手にすると、青色、ではなくて、綺麗な紫色となった。分かってはいたものの少し寂しい。かつて鱗滝先生と一緒に眺めた青色の刀にはもう出会えない。
自業自得とはいえ、寂寥はどうしても生まれてしまう。
刀と隊服、鎹鴉が揃った。顔の上半分を覆う白い仮面は、もう自分で作っている。昔は鱗滝先生に掘ってもらっていたなと懐かしくなりながら、自分で作った仮面を眺めた。あまり良い出来には思えないな。
水柱時代にあつらえた小刀と弾は、童磨討伐用に持参した分だけそのまま懐に入っている。これは使い所が難しいかもしれないが、無いよりはマシだ。
これに、月の呼吸の師匠である黒死牟から貰ったススキと月と白兎の羽織に袖を通せば、全ての準備が整った。
「任務ダ。方角ハ北東!」
「了解」
さて、十年以上ぶりの癸の任務だ。
すっかり忘れているような気もするが、どんな任務だったっけ。
一度大きく頭を下げて感謝を示す。切火を背に受けながら、音羽を伴って外へと駆け出した。鮮やかな夕焼けが町中を染め上げる、そんな日のことだった。
先導に従い軽やかに走り出した。
そうして任務を終えること数回。得た結論。
「楽だ」
そして給料もかなり少ない。いや世間一般の水準から見たらかなり高い。危険手当も込みだからだと思うけど隠の給料よりもだいぶ高いらしいとは世間話の一環で聞いた。
一応配慮されてるんだなあ癸の任務って……確かに鬼と戦う以上死傷率は高いけどね。柱はそれ以上に使い倒してなんぼみたいな雰囲気あるからね……。
その分給料にも差がある。私の柱時代は隠の使用人に支給するだけのお金と屋敷の維持費、その他に申請したら全額もらえる諸経費、それらに加えて純粋なお給料、さらには休み返上の際には救援手当その他諸々が支給されていた。
今の私は一律諸経費と給料のみ。
これが、下っ端……!ちょっと感動……!
「音羽さん、音羽さんや。お給料で欲しいものある?」
「ナイ」
「つれないなあ」
瑪瑙はお給料が入るたびに私に色々買ってもらっていたが、音羽はそうでもないらしい。ちょっと残念。
私といえば、家もないから本も買えず、お酒も飲む気になれず、使い道がない。
そういえばそこそこ置いてあった本たちの処分を義勇に一任してしまった……何でもかんでも買い漁っていた訳ではないが、おおよそ七年から八年程度勤めていれば、ある程度の量にはなる。
せめて良い値段で売れていたらいいのだが。いや、柱の給料からすれば微々たるものだけれど。
「金色夜叉も吾輩は猫であるも舞姫も読めないのはつらいね」
「隠スツモリガナイノカ」
「何の話かな?私はただの小説好きだよ?」
そんな日々が淡々と続き、とある任務が課せられた。現地に行ってみると、見覚えのある顔が幾つか。
「あ、炭治郎に善逸じゃん!」
「ぎゃっ!?イナバ!?」
「イナバじゃないか!同じ任務だったんだな!」
「みんな下っ端だからね〜大変そうな鬼だから複数人で当たれってことじゃないかな?」
実力はともかく、ここの三人……あっ遠くに伊之助もいるから四人か。この四人は全員下っ端の平隊士であるために複数でコトに当たるよう指示されたのだろう。
あとは、同期の竈門炭治郎・我妻善逸・嘴平伊之助と一緒に任務に当たりたいですという要望をお館様に送っておいたのもある。というか原因は多分これ。
理由はもちろんある。さりげなさを装って、炭治郎の背中に目を向けた。
「ねえねえ、炭治郎、その背中の箱ってなにが入っているの?最終選別の時は持ってなかったよね」
「妹が入ってるんだ」
「妹が?」
おやおや、随分と素直なことだ。
あれだけ鍛えて親身に身の上相談に乗ったらそうもなるか。彼らの力になりたいと思ったのは本心であることを、彼の嗅覚は見抜いている。だからこそ、ここまで気を抜いて妹を紹介しようとは。
まだ柱の承認を得る前だけどなあ。今の私だと後援できる立場がないから、どうしたものか。
炭治郎が箱を下ろして、日の当たらない影まで持ち運んだ。私はそこについて行く。善逸と、ちょっと離れた場所にいる伊之助はすでに知っているらしい。
「禰豆子、おいで。俺のことを助けてくれた月詠イナバさんだ」
「むー……」
ひょこっと顔を出したのは幼い顔立ちの、桃色の着物を着た、可愛らしい女の子。
鬼だーーー!!!
いややっぱ駄目だ、事前知識あっても衝撃は全然和らがない。
鬼だよ!?知識として知っててもえっでもやっぱり鬼を連れ歩いてる!?やってること本当にヤバいってこの竈門炭治郎。胆力がすごい。さすが主人公。
「鬼……炭治郎、大丈夫なの?首切らなくて。私はすっごく心配なんだけど」
「禰豆子は人を食べない鬼なんです!」
いや、そう言い切られてもね。信じられるかは別の話なんですよ竈門炭治郎。
仕方ない試すか。
指を軽く歯で傷つけて、指先から血を流す。それを禰豆子の前に持ってきてみた。
「禰豆子ちゃん、お食べー」
「なにやってんだアンタはァ!?」
「む、むぅ……」
ザッと善逸が禰豆子と箱を一緒くたに抱えて私から距離を取った。さすが速さを極めた男、行動が早い。
禰豆子はしばらく私の指先から流れる血を見ていたが、やがてふいっと首を背けた。
……やべえ。今の私はとんでもないものを目の当たりにしている。これ現実?そんなことある?
竈門家ってすげえ。私はそう思った。
「ほ、本当に食べないとは……」
「そうなんだ!俺はお爺さんと約束したんだ。禰豆子に人を食べさせることはしないって」
「……例の、喰ったら人に戻れるって話かな。食べたらあの子は人間になれるのに、そうしないの?」
「お爺さんと話したんです。禰豆子がその人を食い殺して人間に戻ったら、禰豆子は一生、その罪に苦しみながら人間として生きるって」
「まあ、そうなるだろうね」
あの老翁も、それで苦しんだ。原作だと珠世が苦しんでいたはず。
一度鬼になってしまったら、鬼のまま死ねることこそが幸福であるのかもしれない。
悪鬼となっていない鬼だけが、人に戻った後の幸福を感受できる。
「だから、別の方法を探します」
「うん……そうだね、そっちの方がいい」
炭治郎の決断にしみじみと頷いていたら、遠くから何かを察知した伊之助が走ってきて、そのままドロップキックを仕掛けてきた。
いやいやいや、危ないな。私じゃなかったら避けるのちょっと大変だったよ。
「子分をいじめんじゃねえ!」
「いじめてない!」
体を軽く捻って避けつつ、手首を掴み、そのまま腕を取って一本背負い。どたーん!といい音が鳴った。
「くそーイガイガに勝てねえ!もう一回だ!」
「イナバ。月詠イナバだよ。じゃ、任務行こっか」
この外の大騒ぎで、向こうのナワバリ意識が刺激されたらしい。これで積極的に出張ってきてくれるだろう。
余談だが、今回の任務は爆速で終わった。私は出る幕もなかった。
流石に戦力過多でした、お館様。
イナバ「給料安いな」
あの世の槇寿郎「霧雨いろは名義でえげつない危険手当ついてるぞ」