柱就任に合わせて、鉋さんに依頼して刀を打ち直してもらった。水の呼吸は一般的な打刀を使うので刀の形状を変える必要はないのだが、単に成長期を迎えて体躯が変わったのでその関係だ。
悪鬼滅殺の文字が刻まれた刀を眺めて、先代水柱からもらった水屋敷の、私室に使っている八畳間、その板間に置いた刀置きに古い刀を乗せる。まだまだ使うことはできるので、いずれ出番も来るであろう。
それから、羽織を仕立てることにした。隊服の上から羽織を着ている人は結構多いし、やったたらいけないというルールもないので、この辺は結構自由だ。しかし、一般隊士の中に他ならぬ柱が紛れ込んでわかりにくいというのも良くないだろう。
一般隊士にとって柱とは、心の支えとなりうる存在であり、上司でもある。そのような人が一目で見分けられないのも問題だろう。主に一般隊士の精神衛生的に。
「という訳で羽織を仕立てたんですが、そういう意味では槇さんは便利ですよね。羽織は先祖代々の柄がありますし、何より顔が煉獄顔なので」
「言いたいことはわかった」
水柱と炎柱の二人で合同任務として、汽車で遠方に赴くこととなった。今は汽車を待っている間、弁当を買いおわったところだ。
私は弁当一つに饅頭の組み合わせなのに対して、槇さんは複数個買っている。健啖家なのは知っているが、よくもまあ食べられるものだ。この頃の煉獄槇寿郎(私はマキさんと呼んでいる)はまだ酒に浸っていない、前向きな頃の人だ。
「それで紫陽花柄にしたのか」
「紫陽花好きなんですよ。というか雨の日が好きだったんですよね。養父が毎日昼間から外に出てくれるので、梅雨は結構待ち遠しい季節でした」
む、と槇さんが黙った。うむ、これは少々繊細な話題であったかもしれない。
私が鬼に育てられた子供であるというのは、大っぴらにしてはいないが、隠してもいない。だから時折こうやって、ぽろりと口から出てくるのだ。
「お前の父は、どのような人だった」
「マタギの真似事をしてましたね。ただ、他のマタギのように刈った獣に敬意を払う様子は見たことがあります。人を喰らう時はどうだか知りませんが」
だから、鬼殺隊に狩られるのは道理でもあったのだ。私が気にしているのは食べてもらえなかったことであって、養父が狩られたことではない。これは全力で主張させていただきたい。
「まあ……食べる前提で育てられてた割には、普通の父娘関係だったのではないでしょうか」
「どうしてそう思う?」
「ただ生かすだけなら、軍鶏鍋の味なんて覚えさせませんよ。年に二回、必ず食べさせてくれたんです、軍鶏」
「まあ……確かに旨いな、軍鶏鍋」
「でしょう」
軍鶏鍋が好きだ。鶏小屋が二つあって、ひとつは普通の卵を取る鶏、もう一つは軍鶏の小屋だった。一日中曇天の日は、たまに養父が鶏を合わせに行って賭け事をしていた。
戦えなくなった軍鶏はバラして、季節の野菜と一緒に濃い醤油の割下で煮込む。これがなんとも旨い。
「養父は肉より芹の方が好きだから、とか言って、軍鶏をたくさん食べさせてくれまして。考えてみれば、鬼である養父が、軍鶏を嫌いなはずはなかったんですが」
かつての自分は、よくもまあ、その言い分を信じたものだ。
どこにでもある、ありきたりな、思い出話である。
でも空気がクソ重くなってしまった。仕方ない、別の話でこの空気を吹き飛ばそう。
「ああ、あとは嫌いなものがありましたね」
「それはなんだ?」
「鬼舞辻無惨」
「……鬼だろう、その男は」
「なんか、すごい嫌ってましたよ。嫌われてるらしいですアイツ」
「そうか、嫌われているのか……嫌っている頭領のために苦労しているか、鬼が」
「我々、お館様で良かったですよね」
「まったくだ」
そんな話をしていたら汽車の時間になった。
我々は汽車に乗り、歩き、とある温泉地で鬼を斬って、一泊して帰った。
いい湯だった。飯もうまかった……というか軍鶏鍋が出た。
槇さんが肉を私にくれようとしたが丁重にお断りした。なぜなら、私が満足するくらいの量を始めから提供されたのであった。
最高だなここの温泉宿。
さて、任務から帰ってきて一日の休息を得た。これは任務が与えられていない日という意味であって、例えば鍛錬だとか、例えば鬼殺隊内部の情報収集だとか、そういうのは考慮されない。あと救援要請は普通に入る。
多忙すぎてぺんぺん草一本も生えない。
さて、十分な睡眠をとって起床する。服を着替えて簡素な朝食を終わらせたら、まずやるのは手紙の整理だ。私とて同期こそいないものの、友人はいる。特に煉獄瑠火さんは、男とばかり交流のあった私に女性としての様々な知識などを授けてくれた第二の先生であり、頭が上がらぬ人なのだ。あまね様も私の入隊時はまだ産屋敷家に嫁入りする前だったしなあ。
「背景、煉獄瑠火様。初夏の日差しが差し込むこの頃、いかがお過ごしでしょうか───」
ここ最近、瑠火さんは体の調子が良くないとは聞いていた。そのため返事がなくとも構わない文体を心がけているのだが、返信が届く。負担になるなら手紙をやめてしまおうかとも思ったが、病床の身の数少ない楽しみなのだと言われたらやめられない。
さて、今回私が書くのは槇さんとの任務の話だ。要約すると「あなたの旦那様と二人で温泉宿に行きましたが後ろ暗いところは何もありません」という弁明である。お互い清廉潔白であるが、病床の身である瑠火さんの心労は可能な限り減らしたい。
私は!浮気をする趣味はない!
ということです。
瑠火さんと、先生、悲鳴嶼さん(烏に読み上げてもらっているらしい)に手紙をしたため送り出したら、午前の鍛錬である。今の所継子はいないが、そろそろ取ってもいいかな。
早く柱を増やして楽したいよお。
午後は自由時間なので、昼食にうどんを食べに出かけ、お酒を買った後に帰って来て小説を読む。最近読んでいるのは尾崎紅葉の金色夜叉。
キリのいいところまで読み進めたら二時間ほど仮眠を取り、夕方の鍛錬。水屋敷の使用人(元隠らしい)に質素めの夕食を作ってもらい、食べ終わったら風呂。柔軟体操をこなして、酒の時間じゃ。
え?未成年飲酒?この時代にそんな法律はない。
「やべえ、今日何もしてない」
眠る前、日々残している日記に書く内容が何もない。
何もしなかったのは休息という意味では良いことなのだが、日記に書く内容が何もないのは困る。とはいえ、日記のほとんどはどんな鬼がどこにいたとか、どんな血鬼術を使ったとか、そういう話ばっかりなんですが。
変わり映えしないなあ。あ、でも読書の記録はある。泉鏡花の新作とかいう大正時代にしかあり得ない記述が載っているのは、なんか好きだ。
結局、酒が美味かったという内容に落ち着いた。