数日動くだけでお館様への報告が山と積み上がっていく、霧雨いろは改め月詠イナバです。
竈門炭治郎の妹、鬼である禰豆子についてお館様に報告をしたためてからわずか一日後。音羽ではなく、お館様直属の鎹鴉が手紙を運んできた。
「おや、珍しい。どうぞ羽を休めて行かれては」
「お構いなく」
手紙を渡して、颯爽と去っていく後ろ姿を眺めた。あの鎹鴉も忙しいのだろう。引き止めるべきではなかったな。
手紙を開封。数枚の便箋。筆跡から推測するに、お館様の言葉をあまね様が代筆したものだろう。ザッと読み進める。内容は余計な修飾を全て省いた簡素なものだった。一つ目は竈門禰豆子について。端的に言い表すと、柱相手に庇い立てする許可が降りた。
産屋敷耀哉が許可を出したということは、つまり、それに付随して何かしらの意図があるということ。それまでは見通せていないが、あちらも私の判断に利用価値を見出しているならそれでいい。
二つ目に、那田蜘蛛山における任務について。
「来たか、十二鬼月案件」
任務自体は複数名で行う、か。十二鬼月の可能性が高いならおかしな話でもない。もっとも私の実力の高さは隠していないから、他の、言い方は悪いが実力の低い隊士と足並みを揃えさせるのは、強みを殺しているような……。
いや、これは私の足を引っ張らせるのが狙いか。周囲に目を配らせ鬼殺隊士の生存率を上げつつ私の足止めを行い、それと同時に十二鬼月の配下に目を光らせ、柱あるいは同期たちに頸を取らせる。
「……鍛えていいかなぁ」
あの七日間が本当に有意義だったんだよ……おかげであの子達めちゃくちゃ強くなったので、後は経験を積ませるのみとなった。
柱稽古って本当に有意義。その時間が取れないのだけが難点。
うだうだ考えつつ読み進める。さらに、柱をこれまた複数名投入する可能性が高い。これは原作通りでも変化があっても、どちらでもよし。
ある程度動き方を考えたら、複数枚ある手紙のうち一枚を残して後は焼き捨てた。
そして、その日のうちに例の温泉宿を訪れた。螳琊奼はおらず、宇髄弟殿だけがいた。
「……と、いう訳。明日の夜、日の入りを待って複数で徒党を組み、十二鬼月が一角、下弦の伍が支配するナワバリに複数名で踏み込みます」
一枚だけ残した命令書を手渡しつつ、口頭でも説明する。
宇髄弟はずっとここにいる訳ではなく、私と会わない日はなにかしら動いているらしい。何かを企んでいることは明白だが、その先を調べるだけの余裕は私にはない。
「首を取れ」
「……まあ、善処はします。が、足を引っ張られた場合は難しいかな。周囲を見捨てて首を取っても柱候補から遠ざかるだけだからね、今の次代柱は豊作のようだし」
そう言いつつ、お金の入った袋を宇髄弟に手渡した。宇髄弟殿の逗留費用だ。
なぜ私が逗留に宇髄弟殿のかかる費用を負担してるかだって?宇髄弟殿は人間だから飯を食うにも金がかかる。螳琊奼が彼の運用に必要な金品を奪うために、人を殺さないよう気を遣った結果だ。
おかげで給与は最低限を残して彼に渡ることになった。こりゃ金欠との戦いにもなるなあ……あまりやりすぎたら師匠から苦言を呈されるだろうから、ほどほどにするけどさ。
「それで、君はなにに熱をあげてるのかな。互いの目的が衝突するようなことがあったら目も当てられない」
「お前がうつつを抜かす案件ではない。無駄なことを考える暇があれば任務先の鬼の頸を取れ。無惨様の気に入りであろうと容赦は不要だ」
「贔屓であろうと目的のためならお構いなしか……と、いうか。よく分かったね、下弦の伍の鬼が無惨様の贔屓だと」
「鬼となってからの年月、分け与えられた血の推定量を踏まえれば大したことではない。むしろ何故理解できない?」
「調査能力は確かなようだね……さすが忍者といったところか」
あああ不安だ。こいつ何考えてる?螳琊奼は何をやらせているんだ?
表情が読み取れない。こちらも読み取らせないことに必死だ。産屋敷家との内通と二重間諜、バレてないよな?
二つ三つ必要事項を交わして、そのまま布団の上に雪崩れ込んだ。
私のように抱いた女を、こいつは狂わせた上に鬼に食わせたんだよなとふと思う。
何がそこまで、この男のことを駆り立てたのだろうか。
あの女、そこまでこの男にとって得難い存在だったのか?
翌日の夜、那田蜘蛛山に早めに向かうと、そこには私の先輩である男が指揮を取っていた。ふむ、那田蜘蛛山は原作においてたくさんの名前付きの登場人物が出てきた場所、という印象だったが、それは極めて失礼な思考であったことを認めよう。
名前を持たない鬼殺隊士などいない。かませと呼ばれる者であっても、モブと呼ばれる者であっても。
正しく名前を持たない者は、ころりと名前を変えてのうのうとここにいる私くらいのものだ。
「よお、新人。お前もこの任務か、うまい具合に鬼を弱らせておけよ?」
「善処します」
……いやしかしながら、その態度はどうかと思うよ?なんだっけ、原作読者からサイコロステーキ先輩と呼ばれていたような人だ。安全に稼ぎたいなら隠に行きなさい。こんな危険な職業で安全に稼げる訳ないでしょう、おばか。
「君が今年の新人か。厳しい任務になると思うけどよろしく頼む!」
「初めまして、階級癸の月詠イナバと申します。よろしくお願いします、えっと……」
「村田だ」
「村田さん」
義勇の同期だ知ってる。いやー、無事で今も鬼殺隊士やってるのを見るとなんか嬉しいね。
この中で一番階級が高い隊士が何人かずつ名指しして組を作っていくが……様子を観察していて確信した。崩壊するだろうな。
一応、十二鬼月と呼ばれる鬼たちの中で上弦にも下弦にも会ったことがある。強さを下弦の陸程度と低めに見積もったとしても、彼らは“減る”だろう。
言いたかないが、質の低下があるな……柱はあんなに黄金世代なのに……。
「あの、すみません。私は強いので単独行動させてください」
「駄目だ。ここは鬼の縄張りだから危険な場所だ。複数で固まろう」
まあ……間違いではない。鬼は生命体として人間より強固だから囲んで叩くのは鉄則だ。原作の無限城の対上弦の戦いを踏まえると分かりやすい。
つまり、この場の隊士の練度が低いということに……言ってて悲しくなってきた。育てたら伸びそうな子はいっぱいいるのに勿体無い。
「君が強いのは分かるけど大口叩いたな……」
「私は鬼殺隊で一番強いですよ」
「あはは、柱を見ればそんな言葉も出なくなるよ」
数箇所の獣道から山へと分け入る……と同時に、木の幹を盛大に蹴って裾野をぐるりと回るように走り出した。「イナバ!?」と村田さんが私の背中に呼びかけるが、それどころじゃないんだよなあコレが。
なにせ人数が多い。十人か。多分、先行した隊士がもう少しいるかな?列車のように人ところに固まっている訳でもなく動き回る。鬼の強さは藤襲山の比ではない。
ほら、すでに同士討ちが始まりかけている。外でうだうだやってる間に待ち伏せ準備を整えられたか。
「月の呼吸───」
一息で型を放ち、そのまま先輩隊士を救出しては外に投げ出す。待機命令出せないのが痛い!
ごめん邪魔!
せめて一人か二人か、もしくは四人くらい使える隊士が来ないものか!
「イナバ!すまない遅くなった!」
「イガイガ、何やったんだ!」
「ぎゃああああ何コレなんで隊士が山積みになってんの!?」
「とんとん拍子だなあ!でも助かる!」
この前会ったばかりの救援、かまぼこ隊と呼ばれる強い隊士が来た。原作よりいくらか早い到着なようで助かった。しかもみんな元気。鍛えた甲斐があったね。
他のみんなが生きて実力不足に打ちのめされるならそれで良し!鬼殺隊士すぐ死ぬのはちょっとどうかと思うので!
「この中で、那田蜘蛛山に入山した隊士の顔と人数と名前を覚えているのは私だけだから、このまま救助に専念しようと思います。という訳で、鬼倒すのはよろしく。多分十二鬼月くらいの強さだけど全然大丈夫だと思うから!」
「十二鬼月……!腹が減るぜ!」
「腕が鳴るぞだろ……ええ!?本当に行くの俺すごく怖いんだけど」
「私より怖い相手がそうそういてたまるか!行ってこい!」
善逸の首根っこを引っ掴んで、そのまま山の中にぶん投げた。おお、なかなかいい軌道を描いて飛んだものだ。
一連の大騒ぎを、あとから追いついた村田さんが見ていた。山の中が騒がしくて笑いそうになる。任務中だから笑い事じゃないんだけど、強いって安心感が違う。荷が軽い。
「えっと……君、何者?」
「入隊したばかりの下っ端新人です。階級・癸」
「嘘だろ絶対」
「失礼な、嘘じゃありません。階級を示せ」
手の甲に階級が浮かび上がった。文字は癸と書いてある。
元柱なだけで癸は嘘じゃあないからね。
「……新人でも、君が強いのは本当みたいだ。俺はここで他の隊士を守るから、他の人の救助に行ってくれないか」
「やはり先行した隊士が?」
「ここに集まったのは俺と君を含めて十人。それより先に犠牲者が出ている」
「成程……了解しました、先輩」
はてさて、わざわざかまぼこ隊と離れる必要はあったのかと首を傾げたくなるような気になりつつ、遅れること数分。私もまた那田蜘蛛山に足を踏み入れた。