エッサホイサと運ばれている間、暇なので熟睡した霧雨いろは改め月詠イナバです。いやだって、どうせ目も耳も塞いでるなら寝るくらいしかやることないじゃん。
そうして運ばれた先、砂利の上に膝をついて座る。あくまで参考人扱いのため縛られたりはしていないが、横に転がされた炭治郎は意識を刈り取られていた。
流石に許されなかったか。周囲を見渡したら近くに箱が一つ。ちゃんと禰 豆子もいるようだ。
「おい」
「はい」
呼びかけられたので座ったまま頭を下げた。
いる、柱がめちゃくちゃいる。当たり前だけど本当にいる。今話しかけてるのは伊黒小芭内。
バレないかな?大丈夫かな?
「今期の新人だな?」
「はい!月詠イナバと申します!」
顔を上げて名乗る。バレないか結構緊張しているので、あえてそれを全面に押し出す。
冨岡義勇と煉獄杏寿郎は私の指導により透き通る世界を会得済みだ。それによって私の不自然なまでの演技を見咎められるよりは、ありのまま緊張してその原因を誤認させた方がいい。
肉体を観測できても心を読めるわけではない。心を読めたら、我が師匠は存在していない。
「お前の育手の名は」
「聞いたことがありません!」
「は?」
キレられた。しかしこれも事実。黒死牟の名前は聞いていても、人間時代の継国巌勝の名前を聞いたことはない。
正々堂々本当のことを答える。
「行く宛がありませんでした。剣を学び鬼殺隊に入ることができれば生きていけるため、剣を学びました。師匠は私を最終戦別に送り出した後、今どこにいるのか分かりません」
鬼殺隊に入った理由は、霧雨いろは時代のものをそのまま流用。同じ理由の者はこの時代いくらでもいる。
そもそも私の世代は、鬼殺隊以外に行く場所もない我妻善逸、育手がそもそも存在しない嘴平伊之助がいる。実例を交えれば、多少の嘘も信憑生が増す。
「そうか……育手についてはまあいい。良くないが今はいい」
「鬼殺隊士が鬼を庇うのは重罪だ!何故庇った?」
「鬼、竈門禰豆子が人を襲わないという竈門炭治郎の主張を、信じるだけのものを見ました。それに、竈門炭治郎があまりに堂々と鬼を連れ歩いていましたから、てっきり柱の方々もご存知で、許可が降りているものかと思いました」
途端、その場にいる柱の視線が一斉に義勇の方を向いた。うん、当時の動き的に間違いなく“知ってる”側だもんね、君。
「南無……そうか……」
「……へえ」
怖い。
岩柱と音柱が怖い。
「まずはその仮面を外せ、顔を見せろ、派手にな」
「はい、音柱様」
何かを疑っている天元くんの命令に従って、頭の後ろで結んでいる紐を解き、仮面を取る。
薬品によって醜く焼け爛れ見る影もない顔の上半分が晒された。正直、産屋敷耀哉の呪いを見ている柱にとっては見るに耐えないほどではなくても、多少の驚きと納得をもたらすには十分だったようだ。
「こうして焼け爛れている故、隠しておりました。柱の前でも外さぬ不敬、お許しくださいませ」
「いい、隠せ」
「ありがとうございます、蛇柱様」
同じく顔に醜い傷を持つ小芭内くんが、隠していいと許可をくれた。礼を言ってもう一度仮面をつける。
「君が鬼を庇った理由は理解した!しかし隊律違反であることに変わりはない!」
「竈門炭治郎君の裁判後、改めて貴女に処分を下します。よろしいですね、月詠イナバさん」
「はい、炎柱様、蟲柱様」
さて、私への詰問は一旦終わった。次の問題は鬼を連れ歩いていた張本人、竈門炭治郎へと移る。
私へ向いていた意識が全て炭治郎に向いた。起こせ、と天元くんが告げ、それを聞いた隠が炭治郎を叩き起こした。
「いつまで寝てんださっさと起きねえか!柱の前だぞ!」
ようやく起きた炭治郎が、くるりと周囲を見渡した。まずは私と視線が合ったので、ニコッと微笑み返す。
それから、ここはどこだとくるりと周囲を見渡して状況判断しようとする。その様子を見たしのぶちゃんが話しかけた。
「ここは鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ、竈門炭治郎君」
「裁判……柱?柱だって!?」
驚いた炭治郎が跳ね起きようとして、時透無一郎に即座に取り押さえられた。おお、速い。この若さにしてこれほどまでの強さとは……流石、師匠の子孫。
柱についてはすでに、藤襲山の七日間で叩き込んでいるので今更混乱はしないだろう、と、思っていたのだけれど。
炭治郎の視線はキョロキョロと周囲を探すようにした後、杏寿郎くんの姿を捉えて止まった。
「槇さん!」
……ん?
「マキさん?」
「なんでその呼び方」
「炭治郎!この方は炎柱の煉獄杏寿郎様!」
「俺は槇さんではないな!そう呼ばれていたのは俺の父の、煉獄槇寿郎のことだ!」
ちょっと待て。なんで炭治郎が
というか煉獄顔を見たことがあるのか?そうでなければ杏寿郎くんと槇さんを間違えたりはしないか。
「失礼しました!槇さんはどちらに……」
「父上ならすでに鬼と戦い討死している」
「そんな……あ、あの、それでは」
炭治郎の視線が、もう一度、今度は柱全体をぐるりと見渡した。何かに縋るように、訴えかける。
「この中に、霧雨いろはさんを知っている人はいらっしゃいませんか!」
……はい?
「貴様、どこでその名前を……!」
「落ち着いてください。霧雨いろはは仮にも、長きにわたって鬼殺隊の水柱として貢献されていた実績を持っています。過去にその名を聞いている可能性は十分にあります」
「あの、霧雨いろはの名前はどこで聞いたのかしら?」
「槇さん……えっと、煉獄槇寿郎さんから聞きました。もしも今後、“鬼”と関わる機会があったなら、霧雨いろはを頼るといいって……多忙だから滅多に会えないけど、かつて水柱という地位に付いていた人だ、柱であれば誰かしら繋いでくれるだろう、と」
「……霧さんは」
うわ、義勇が喋った。
「先代の水柱だ。二年ほど前に……行方をくらませた」
「行方をくらませた、だと?あの女は鬼に与したと正しく言え」
「鬼に、与した?」
「そうだ。霧雨いろはは水柱でありながら鬼殺隊を離反し鬼の側についた裏切り者だ。過去に実績を積み上げたことは事実故に今回ばかりは目を瞑るが、二度とその名を口にするな、不愉快だ」
「そういうことだ!故に、霧雨いろははここにはいない!」
すいません、ここにいます。
「あの人、霧雨の件は知ってたのか」
「知っていた可能性は低いな。俺の元に父上の首が届く方が、霧雨いろは殿の鬼殺隊離反の報よりも早かった」
「首が……!?」
確かに、槇さんの首を見た後に音羽と接触した。それまでは一応、上弦の弍討伐のための特例単独行動として扱われていたはずだ。
生首の話に衝撃を受けている炭治郎はとりあえず置いといて思考を回す。もちろん、周囲を伺うことも忘れない。
「南無……煉獄槇寿郎殿よりその名を聞いたか。もしや……」
「どちらにせよ、裁判の内容に変わりはありません」
「ねえ、いつまで抑えてればいい?」
「斬首で構わないだろう」
「いや、その前に聞きたいことが」
「でも、お館様はこのことをご存知ではないかしら?勝手な判断をするのも……」
あ〜柱の間で意見が割れている。私は立場は下っ端なので口を閉じて成り行きを見守ることにした。
でもまあ、そうですね。お館様の判断を仰ぐことになるだろうね。
それでも、あの、ちょっと言わせてもらいたいのですが。
槇さん、アンタ、何やったんだ───!
イナバ(槇さん、アンタ、何やったんだ!)
あの世の槇寿郎「こっちの台詞だ!」