ここを超えたら一つ達成感があります
久しぶりに月詠イナバを演じていない、霧雨いろはです。もっとも、念のため呼ばれ方は月詠イナバのままだけど。
「まずは、霧雨いろはの育手である鱗滝左近次の自刃を防いでいただいたこと、心より感謝申し上げます」
「当然のことです」
私が頭を下げたら、実際に説得に当たったのだろうあまね様もまた頭を下げた。その横でお館様が意味深長な笑みを浮かべていた。
これは相当苦労したなと内心で苦笑する。でもそれをせずに鱗滝先生が腹を切ってたら炭治郎と禰豆子の行く場所が無くなってたので、ここはここでかなり危うい橋を渡っていた。
鱗滝先生、気に病んでいないといいが……。
「では、イナバ。鬼舞辻無惨について改めて教えてくれるかな」
「はい。それでは───」
鬼舞辻無惨と接触して戻ってこれた鬼殺隊士はなかなかいない。ましてや根城である無限城など。既に書面にて報告していたものではあるが、改めてそれらについて知る限りを語り、待機時間に描いた人相書きを提出した。ご息女が必死に書き留めている。
「───以上となります。正直なところ、鬼舞辻無惨について得た情報は少ないと言わざるを得ません。長い間を共に過ごした黒死牟、螳琊奼。一時的に接触した童磨、玉壺。およそ四名が無惨についてこれ以上の情報を口にすることはありませんでした」
「十分だよ。これほど鬼舞辻についての情報が集まったのは鬼殺隊有史以来、初めてだろうね」
一度言葉を止めて、部屋全体を見渡す。質問が来ないのを確認してから、次の話題に移る。
「黒死牟、童磨については報告書にて仔細をお伝えしておりますゆえ、省略とさせていただきたく存じます」
「他の上弦の情報があるのかな」
「上弦の伍、玉壺について。この者はお耳に入れたい特異事項がございます。まずはこちらをご覧ください」
もう一枚の紙を取り出した。人相書きと同じく、待機時間に描いた絵だ。目が見えないお館様に代わってあまね様が受け取り、覗き込む。
「何が描いてあるのかな」
「壺の絵です。こちらが何か?」
「上弦の伍、玉壺の作品にございます。血鬼術ではなく、鬼自らが土を手に取り作り上げた芸術作品です。噂によれば、人間相手にも売れているのだとか。私自身その作品を手にしましたが、確かに通常の陶器でした」
「現物は」
「残念ながら」
首を横に振る。向こうも大きな割れ物である壺を持ち出せるとは思っていなかったようで、確認を終えたら続きを促された。
「ふと気が向きまして、その壺の中に、悪口を吹き込んでみたことがありました。結果、怒り狂った玉壺が壺から出現、一時的な交戦に至りました」
「つまり、人間に流通している壺を介して周囲を把握できる、と?」
「その通りです。万が一、壺の周辺で鬼殺隊の情報が交わされた場合、それらの情報は玉壺、ひいては鬼舞辻無惨の元へ筒抜けになるでしょう」
「…………!」
輝利哉様が驚愕に目を見開いた。
問題は、壺自体は通常のものであるということ。売買される商品の中に含まれた場合、そう簡単に違和感を感じることはできない。
「太陽で焼き殺すことは?」
「仕組みとしては、私の体内に埋め込まれている『肉の芽』と同様でしょう。壺はその形状から、太陽の元に晒しても陽の光が当たらない場所が一部存在します。そこに鬼の肉片が張り付いていた場合、割らない限りどうしようもありません」
「そして、壺はわざわざ自分から割ることはない……」
「わかった。まずは鬼殺隊全体に、新たな壺の購入を禁じよう。それから、この壺の取り扱い商社の特定を行う。くいな」
「はい」
「お待ちください。壺に関しては確かに危険ですが、使い方次第ではこちらに有利に働きます。おそらく壺にまつわる今後の動向にも影響があると思われますので、くいな様にも傾聴いただきたく存じます」
くいな様が命を受け退室しようとしたので、慌てて止めた。壺について本格的に動くなら今後についても詰めてからの方がいい。
「イナバは、うまく使えると?」
「はい。玉壺は壺を介して鬼殺隊の情報を求めています。逆に言えば、壺を特定してうまく使えば、こちら側が万全の備えを行った場面に、十二鬼月を引き寄せることが可能です。それが重大な情報であれば……おそらくは、二体」
「十二鬼月を複数、誘い出せるということですか?」
「それも上弦を。そうですね、こちらは私個人の意見となりますが、刀鍛冶の里に誘き寄せるのがよろしいでしょう」
頭に思い浮かべるのは原作の刀鍛冶の里編。鬼舞辻無惨にとっても重要な場所であり、上弦を投入するに相応しく、柱がそこに逗留する理由があり、継国縁壱の刀が眠っている。
「これは不確定情報ですが……私は先に述べた通り、鬼舞辻無惨の根城である無限城に僅かながら立ち入りました。それを踏まえた、あくまで私自身の意見となりますが」
一度言葉を切り、お館様を見る。頷かれたのを確認してから言葉を続けた。これから語るのは原作知識を踏まえた意見であり、今世で私が直接見聞きした情報ではない。故に、あくまで不確定情報であることを念押ししてから告げる。
「おそらく、無限城における対無惨の決戦においてもっとも厄介な鬼は、上弦の壱でも、弐でも、参でもなく、肆です。決戦前になんとしてでも、この鬼だけは頸を斬らねばなりません」
「刀鍛冶の里であれば、上弦の肆を誘き寄せられるということかな」
「上弦の弍と陸は固定の縄張りを持っています。遠征の可能性は低い。伍を除けば、残るは壱、参、肆ですが、この中で壱と参は傾向として、強者を求める性質があります。しかし対照的に、肆は弱い者いじめを好む卑怯者です」
「刀鍛冶の里のような後衛を襲うとすれば、卑怯な性質の者が出てくる可能性が高いということですね」
「はい」
あまね様の言葉に頷く。上弦の肆及び伍の討伐に積極的になってくれそうで良かった。
これで、刀鍛冶の里編の開戦の主導権はこちらで握った。これに関してはお館様に任せれば、全て手筈を整えてくれるだろう。
……というか無限城で半天狗の本体探しとかやってられるか!あの馬鹿みたいな空間で手のひらくらいの大きさの鬼の捜索とか無理に決まってる!
「それら全てを踏まえた上でお願い申し上げます。私に、壺を売る許可をいただきたいのです」
「今後、イナバに上弦の伍の作った壺を広める命令が出るということだね。構わない。ただし、隊士に売ってはいけない。あくまで藤の家紋の家、刀鍛冶、隠に留めるように。これら全てに私の名前で壺の購入禁止令を出す。刀鍛冶の里の移転準備及び迎撃準備が整った段階で、信頼のおける者に、イナバを介して壺を買わせよう」
「ありがとうございます」
お願い一つでここまで理解してもらえるとは、流石お館様。今後の計画まで大雑把に決まったところで、改めてお館様がくいな様に命を下した。くいな様が一礼して先に退出する。
人が一人減ったところで、話題は別のものへと移った。
「先ほど仰っていた肉の芽とはどのようなものでしょう」
「百聞は一見にしかずと申します、この場でお見せしても」
「うん、見せてもらえるかな」
「はっ」
許可を得てから着物をはだける。背中側、首の付け根から肩甲骨の辺りにかけて、三つほど僅かに膨らんだ肉の塊がある。
「一つの『肉の芽』につき命令一つ。私の場合、三つの命令が下されています。一つに鬼舞辻無惨に危害を加えないこと、二つに螳琊奼の命令に従うこと、三つに、」
はく、と言葉が唐突に止まった。どれだけ喉を振るわせようとしても声が出ない。命令の内容を思い出して内心で舌打ちをした。
なるほど、とお館様が頷いた。
「その三つ目の命令には鬼殺隊に露見しないことまで含まれているんだね」
「申し訳ございません」
「構わない」
あの臆病者め。
青い彼岸花の捜索はそれほどまでに秘匿したいか。
ため息を堪え着物を着直す。
「……この通り、『肉の芽』を埋め込まれた私は鬼の命に従うより他にありません。現時点ですらご存知の通り、『柱となって産屋敷家当主の首を獲ること』という命令が下されております。抗えているのは『柱となる』という部分を重視して、一般隊士であるが故に命令を無視しているからに他なりません」
解釈の余地があればどうにかなる。
だがもっと解釈の余地がないほどの単純明快な命令が下されたなら、無理だ。
その瞬間に私は二重間諜ではなく、鬼殺隊の敵、鬼の尖兵へと成り下がる。
「その肉の芽の除去は可能かな」
「それを私に試された瞬間、全力全霊で抵抗するでしょう。私以外の被害者であった場合、外部からの切開、外科手術にて取り出せる可能性はあります。
ただ問題が一つ。お館様におかれましては、『透き通る世界』について耳にされているかと存じますが」
お館様が頷いた。元々痣のように寿命が縮むといった欠点はなく、秘匿されるようなものでもない。冨岡義勇、煉獄杏寿郎の二名に伝授しているから、話は通っていると思って聞いてみたら大当たりだ。
「透き通る世界を使用した場合、この『肉の芽』は視認が不可能です。これについては、私以外の『肉の芽』保有者に対して肉眼、及び透き通る世界の両方で観測して確認済みとなります。つまり服で隠れる場所に『肉の芽』を埋め込まれた場合、その存在に気付くこと自体が相当な困難を極めます」
恐らくは、あの女が継国縁壱及び継国巌勝と同じ時代を生きたことが原因だ。透き通る世界について知っていた螳琊奼は、その世界に入門しても肉の芽の存在がバレないように擬態性を極限まで高めたのだろう。
発想としては、継国縁壱が死ぬまで徹底して逃げ隠れた鬼舞辻無惨と同類だ。
「その、肉の芽を埋め込まれた者は」
「名を宇髄。下の名は分かりません。恐らくは宇髄天元の弟。私の連絡役を務めている忍者にして、人間です。忍者としての腕前はおそらく宇髄天元を超えます」
言い切ると、空気が重たくなった。彼の実力は誰もが知るところだ。忍者としての腕前という鬼殺とは別の領域とはいえ、あの宇髄天元以上であるという脅威が敵にいる。
「何やら企んでいることは明白ですが、目的を突き止めることは困難を極めるかと。ただ少なくとも、鬼殺隊の情報を探っているという訳ではなさそうです。こちらとしても動向を注視します」
「わかった。その忍者のことはイナバに一任していいかな」
「はい。然し乍ら、螳琊奼の命令次第では、その忍者とともに私自身が鬼殺隊の敵となる可能性は十分存在します。その時は遠慮なく、私の頸を落としてください」
「よろしいのですか」
輝利哉様が気遣わしげに問いかけた。鬼の懐に潜り込み、この数時間で相当量の有益な情報を提供した、それに応えたいというのが産屋敷としての思考なのだろう。
しかし、心配には及ばない。本心で、輝利哉様に返事をした。
「ご安心ください。鬼に喰われて死ぬことが叶わぬならば、鬼殺隊に大罪人として頸を落とされようと、老衰で畳の上で死のうと、私にとってはどちらも大きな違いはございませんので」
無惨「『鬼舞辻無惨に危害を加えない』と命令させれば私に不利益な行動は取らないだろう」
イナバ「直接危害を加えたわけではないのでノーカン(情報流出)」