ミノタウロスの皿、あるいはテセウスの船   作:サブレ.

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懸念

那田蜘蛛山や竈門兄妹に関するあれそれが終わって一息つく間もなく、私は例の温泉宿を訪れていた。

長期客向けに作られた離れは、すなわち『金払いがいい代わりに訳ありの客』が利用する場所でもあったらしい。

つまり、そこでどんな悲鳴が従業員の耳に入っても、死体さえ出なければよし、知らぬ存ぜぬというわけだ。ふざけんなよ。

 

 

「カハッ……」

 

離れに足を踏み入れた瞬間、天井から伸びてきた触手に首を絡め取られ、そのまま宙吊りにされた。咄嗟に片手は触手に、もう片方は刀に伸びる。いきなり呼吸を奪われても型一つくらいなら放てるように鍛錬を積んでいる、のだが。

 

「『抵抗するな』」

「……っ!」

 

女の声で命じられた瞬間、指先が動かなくなった。おいおい、なんでご本人様がこちらにいらっしゃるのかしら。

不機嫌極まりないと言わんばかりの女が、首を吊られた私を見上げていた。しばらくもがき苦しむ姿を鑑賞していたと思うと、突然解放した。空気が流れ込んできて思わず咳き込む私を冷たい目で見下ろして、呟く。

 

「何様のつもりかしら、頭が高いことね」

 

やったのは貴様だろうが!

 

「なぜあの日、累の首をとらなかったのかしら?どうせあの子が死んでしまうなら、自らの手で倒して手柄とすべきではなかったかしら」

「先輩隊士の目があった、迂闊な、けほっ、行動を、取れば、柱の目についた。その旨は、私の連絡役にも、伝えている、筈ですが」

 

やっぱりこの件について詰問だったか。大体、あの時期はコツコツと小さな信頼を積み重ねていく場面だった。強い鬼を目前にして多くの目の前で隊士を見捨てて、どうなるというのか。

 

「大体、柱を減らし私の地位を上げる盤面はそちらが整えるのではなかったか」

「ええ、随分と骨を折りましたわ。最初はそこの忍びを向かわせたのですが、彼の子、卑怯者や毒を使う者は嫌いだと言って中々首を縦に振りませんでしたの」

 

螳琊奼が視線を向けた先には、私と主人のやりとりを無表情で黙って見ていた宇髄弟殿がいる。

それにしても卑怯者と毒と弱い者を嫌う、柱を倒せるほどの鬼ね……猗窩座のことだろうか。

頼む、普通の猗窩座であってくれ。

これ以上の原作乖離異常自体は私の手に余る。

ただでさえ槇さん死んでるのに。いやそれを言ったらカナエちゃん生きてるのも私が存在してるのも宇髄弟殿がここにいるのも全部異常自体か……。

 

「お伝えしましょう。十二鬼月のうち約半数、下弦は解体されましたわ」

「……そう」

 

やはり、累の死によって下弦は解体の憂き目にあったか。

少しでも鬼が減ってくれるのは万々歳だ。これに関しては心から言える。

ありがとう鬼舞辻無惨。めっちゃ朗報。

 

「しかしただ一人のみ、無惨様のお気に召した鬼がいたようです。その鬼は現在血を与えられ、人を喰い、力をつけておりますわ。いずれ多くの人間が消えれば鬼殺隊が呼び寄せられるでしょう。そこに、柱と共に乗り込みなさい」

「仔細は」

「追ってあの者に伝えさせますわ」

 

魘夢、だよな……?とりあえず具体的な策は追って考えるしかないか。

柱と共に乗り込みなさい、というふわふわしてぼやけた命令だが、実際に私は柱相当の実力があり、竈門兄妹のゴタゴタで名前と顔を覚えられた。生半可な隊士では対応できないとされた案件なら、柱と共に任務が与えられる可能性は十分すぎるほどにある。

それは、長年柱をしていたから分かる。

地面に伏せながら今後のことについて頭を回していたら、唐突に髪の毛を掴まれた。思考が強制的に中断される。

 

「……いった」

「それにしても、本当に腹立たしいこと。その呼吸をしているのがお前であることが本当に腹立たしい。よりにもよって何故お前が」

「私が、何かしただろうか?」

「生きている。呼吸をしている。心臓を動かしている。手足が動いている。ええ、ええ、私はあの方の弟子となり月の呼吸を継承したお前の全てが妬ましい」

「……違うでしょう?」

 

よりにもよって、とこの女は言った。

月の呼吸関係なく、私自身のことが気に食わない筈なのだ。

どうせこの後、鬼殺隊の任務に支障のない程度に酷い目に遭わされるのだ。煽っても煽らなくても程度が変わらないなら煽らせてもらおうか。

 

「貴様は私が憎らしい。たとえ私が鬼に喰われたいという狂おしいまでの欲求を胸に無惨様の元へ飛び込まずとも、貴様は私のことを蛇蝎の如く忌み嫌ったはず」

「……何が言いたくて?」

「懐に蛇蝎を入れて殺すことすらままならず笑っていられるとは随分と猫をかぶるのがお上手だこと。貴様が鬼になるほどに望んで手に入らなかった月の呼吸の後継者の座、猫にも劣る泥棒蛇に掻っ攫われたのは、どんな気持ち?」

 

がん!と大きな音がして、頭が床に叩きつけられたことを察した。額から血が流れ、頭がガンガンと痛む。

横目で見ると、宇髄弟殿が若干引いていた。君けっこう感情あるな。

 

「桶を用意しなさい、早く!」

 

感情を波立たせて叫ぶ。この女がここまで声を荒らげたのは初めてだな。

はー、始まるか。

頑張って耐えましょう。

 

 

 

翌朝、フラフラになって一度蝶屋敷に戻ってきた。あの女癇癪起こしやがって……起こさせたのは私だが。収穫あったから良いんだけどさ。

 

「失礼しまーす。隊士の月詠イナバです。竈門炭治郎くんはいますか」

「はい、こちらに」

 

今日はきよちゃんが案内してくれた。後で空いてたら仮眠スペース借りよう。流石に疲れた……と思いながら部屋の一角を覗き込む。

炭治郎と禰豆子の二人は、原作通り蝶屋敷の預かりとなった。今は禰豆子の身体検査のため一時的に逗留しているが、検査の終了次第、任務に復帰するとのこと。

 

「おはよう、炭治郎」

「イナバ!……もしかして疲れてるのか?」

「ちょーっと夜通し色々ありまして、顔見たら物置とかでも良いから仮眠取る……」

 

主に水責めがね。

柱級の肺活量を正確に把握できてなかった宇髄弟殿が私の水責めをやりつつ「えっまだ余裕あるの?」みたいな感じで手探りで頭を水に沈める時間を調整してたのはなんか面白かった。

あ、やべ。思い出し笑いが。

顔を背けて笑いを堪えていたら、その空気を察した炭治郎が疑問符を浮かべながら頭を横に倒した。

 

「イナバ?」

「お、イナバもいるじゃねえか」

「ここに来てたんだ」

「あれ、伊之助が私の名前覚えてる」

「ふん!俺様がいつまでもお前の名前を言えねえと思ったか!」

 

おや、続々と同期たちが。順番に善逸、伊之助、カナヲだ。一仕事終えた後であるらしい。私もある意味一仕事終わった後だから、みんな自然と気が緩んでいる。

そして、ここまで揃ったなら、あとはもう一人。

 

「なんだよ、全員いるのか」

「玄弥!」

「あ、玄弥。診察は終わったの?」

「すげえ怒られたけどな。あとは悲鳴嶼さん待ってねえと」

「悲鳴嶼さんって岩柱の?」

「おう。俺はどう変化するか分かんねえから、柱預かりだってよ」

 

お、早速手配してくれたか。

お館様に鬼喰いに関する報告と共に柱の中の誰かから監督者を出してほしいと頼んでいた。行さんなら安心だ。

 

「そうだ玄弥、風柱様の顔は見た?」

「見えた!遠くからだったけど……」

「良かったじゃん!」

「私と炭治郎は直接会ってるもんね。元気だったよ」

「玄弥には悪いけど禰豆子を刺したから、俺はあの人のことを認めない!」

「兄貴そんなことしたのか!?」

「ブスブス刺してた。針山でも作る気だったのかな」

「こっっっわ!」

「でも私も禰豆子のこと斬ろうとした……」

 

わーわー話していたら、スパァン!と派手に引き戸が開かれた。そこに立っていたのは胡蝶しのぶ。いつもの笑顔を浮かべつつ、額に青筋を浮かばせていた。

 

「お静かに」

 

私を含めて全員その場に静かに正座した。

カナヲも正座した。

しばしのお説教ののち、自然と解散。私はカナヲに頼んで端っこの方の空き部屋を使わせてもらうことになった。寝台の上に遠慮なく横になる。

 

「はぁ……」

「入っても宜しいですか?」

 

疲れた。天井を見上げつつぼんやりしていると、扉越しに声をかけられた。慌てて体を起こしてどうぞ、と告げる。入ってきたのは胡蝶しのぶだった。薬箱を抱えている。

 

「お疲れのようですね」

「先ほどは失礼いたしました。どのようなご用件でしょうか」

「もしよければ、仮面を外していただいても?柱合裁判の際に気になったものですから」

 

しのぶちゃんの瞳は、純粋な心配を宿していた。特に断る理由もないので、仮面を外す。

顔の上半分が醜く焼け爛れている。決して見ていて気持ちいいものではないだろう。それでもしのぶちゃんは、慣れた様子で診察していく。

 

「酷いですね。鬼にやられたものですか?」

 

はい、と答えても嘘にはならない。ならないが……。

少しの思案の末に回答を決める。これに関してはもう少し誤魔化してみよう。

 

「嫉妬に狂った女に少しばかり。血鬼術ではありません。視界は機能しているので、問題ないと思います」

「それは……」

 

全て本当のことだ、嘘ではない。しのぶちゃんが盛大に眉を顰めた。

鬼と同じくらい酷い人間なんて山のようにいる。栗花落カナヲの実家を見ていれば分かる筈だ。

しのぶちゃんは診察を終えて、私に軟膏を手渡した。

 

「今はこれしか渡せませんが、毎日寝る前に使ってください。無くなる前に、蝶屋敷で補充を。私がいなくても薬をもらえるように引き継ぎをしておきます」

「……はい、ありがとうございます。蟲柱様」

「カナヲが随分と貴女のことを話していたので、私も貴女と話してみたかった。でも、それは貴女がもう少し休んでからにしましょう。酷い顔色をしていますよ」

 

酷い顔色か。

まあ、確かに、昨夜はとても長かった。

 

「お心遣い、痛み入ります」

「おやすみなさい」

 

からり、としのぶちゃんが退室して一人になった。

……考えることは山ほどあるけど、とりあえず、寝るか。

幸いにも無限列車編まで時間がある。

落ち着いて対応を考えよう。

 

 




次話は「霧雨いろはが水柱を続けていた場合の柱合会議if」の投稿となります
9月2日から無限列車編を開始します
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