アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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天翔ける霧の重巡

 

 イージス艦「きりしま」は、漆黒の海面を切り裂き、50ノットという驚異的な速度で硫黄島沖へと突き進んでいた。ブリッジのメインスクリーンには、目的地までの残り距離と、予測接触時間が、刻一刻と更新されていく。

 

【E.T.A.:08:21:45】

 

「……掛かりすぎるな」

 

 艦長席に座る厚士は、その数字を睨みつけ、忌々しげに呟いた。

 

 8時間以上。あまりにも長い。タカオが、それまで持ち堪えられる保証はどこにもない。

 

「キリシマ、タカオの様子は?」

 

『指示通りに動いてはいるがな。何分、敵中のど真ん中らしい。波状攻撃を受けて、思うように速度が上がらんようだ』

 

「……このままだと、間に合わないかもしれないな」

 

 厚士の呟きに、隣でコンソールを操作していた大淀が、懸念を口にした。

 

「ですが一佐、これ以上の速度を出せば、戦闘突入時に機関部へ過大な負荷が掛かり、満足な戦闘機動が行えなくなる可能性もあります」

 

 大淀の言う通り、50ノットという速度は、後の戦闘を考慮すれば、許容できるギリギリのラインだった。

 

 厚士は腕を組み、目を閉じて深く思考する。

 

 何か手はないか。この距離と時間を、覆す手は。

 

 ……いや、一つだけ、ある。

 

 常識では考えられない、荒唐無稽な手が。

 

 問題は、相手がそれを受け入れてくれるかどうかだ。

 

「……キリシマ」

 

 厚士は、ゆっくりと目を開けると、隣に立つメンタルモデルに、静かに、しかし真剣な眼差しで問いかけた。

 

「俺の精神……俺の思考パターンを、戦術ネットワークを通じて、タカオに直接アクセスさせることはできるか?」

 

 その言葉に、キリシマの表情が、わずかに変わった。

 

『──出来なくはない。私が常にお前をスキャニングしている、その膨大なログデータを、タカオのユニオンコアに転送し、同期させれば良いだけだ。……まさか貴様、本気で言っているのか?』

 

「ああ、本気だ」

 

 厚士は、きっぱりと頷いた。

 

「俺が、タカオの所に、彼女の『艦長』として赴く。そうすれば、今の膠着した状況を、打開できる手が増えるはずだ」

 

 自分一人の思考が加わったところで、戦況が劇的に変わるかはわからない。

 

 だが、タカオのポテンシャルなら、必ず切り抜けられるはずだという、確信にも似た予感があった。

 

 霧の重巡洋艦。スペックの違いはあれど、キリシマで出来たことが、彼女に出来ないはずがない。ならば、あとは、その力を最大限に引き出す「引き金」さえあれば。

 

『……面白い。だが、向こうがお前の『指揮』を受け入れるかは、知らんからな』

 

 キリシマが、面白そうに、しかしどこか試すように言う。

 

「その時はその時だ。頭でも掻いて誤魔化すさ」

 

 厚士は、不敵に笑って見せた。

 

 彼は、艦長席のヘッドレストに深く頭を預けると、目を閉じた。

 

「キリシマ、頼む。タカオに、最大優先度の通信を送れ。『貴艦の臨時艦長として、新井木一佐の意識の接続を要請する』、と。……あとは、彼女の返事待ちだな」

 

 厚士の意識が、静かに内側へと沈んでいく。

 

 これから始まるのは、物理的な距離を超えた、精神のダイブ。

 

 未知の少女の(コア)へとアクセスするという、前代未聞の救援作戦が、今、始まろうとしていた。

 

 

±±±±±

 

 

「くっ……! しつこい……!」

 

 タカオは、必死に艦を操りながら、悪態をついた。

 

 キリシマからの助言通り、艦首にクラインフィールドを集中させての強行突破。確かに、小型の駆逐艦や軽巡ならば、面白いように弾き飛ばし、道を開くことができる。

 

 だが、敵の数があまりにも多すぎた。一方向を突破しようとすれば、すぐさま別の方向から、おびただしい数の砲弾と魚雷が殺到し、進路を妨害される。波状攻撃に次ぐ、波状攻撃。速度が、思うように上がらない。

 

 ナノマテリアルの残量ゲージが、赤く点滅を始めている。

 

 クラインフィールドの維持も、もはや限界に近い。

 

 万策尽きたか──。

 

 再び、絶望がタカオの心を支配しかけた、その瞬間だった。

 

【──! PRIORITY-OMEGA LEVEL COMMUNICATION REQUEST. FROM:BATTLESHIP "KIRISHIMA".】

 

 再び、キリシマからの通信。今度は、先ほどとは比較にならないほどの、最上位優先度のシグナルだった。

 

 何事か、とタカオが思考を巡らせるよりも早く、その通信は強制的に承認され、彼女のユニオンコアの奥深くへと、直接アクセスしてきた。

 

【REQUEST:ACCEPTING TEMPORARY COMMAND AUTHORITY. UPLOADING CONSCIOUSNESS DATA OF "CAPTAIN ATSUSHI ARAIGI".】

 

「臨時、艦長……? 意識の、接続……!?」

 

 タカオがその言葉の意味を理解する前に、それは起きた。

自分の思考の海に、全く別の、異質な『誰か』が、流れ込んでくる感覚。

 

 霧の艦艇同士の、単純なデータリンクとは、全く違う。

 

 暖かく、膨大で、そして、どこまでも人間臭い、誰かの『思考』そのものが、自分のユニオンコアと、直接同期しようとしてくる。

 

(な……なによ、これ……! 頭の中に、誰かが……!)

 

 パニックに陥り、強制的に接続を切断しようとする。

 

 だが、その『思考』は、決して乱暴ではなかった。

 

 まるで、迷子の子供の手を引くように、優しく、しかし確固たる意志を持って、タカオの思考の海に、静かに語りかけてきた。

 

『──聞こえるか、タカオ。俺は、新井木厚士。キリシマの艦長だ』

 

 思考が、直接響いてくる。

 

 声ではない。感情、記憶、経験、その全てが混ざり合った、純粋な『意識』の奔流。

 

 その奔流の中に、タカオは見た。

 

 自分と同じ、霧の艦艇であるキリシマが、この男の指示で、空を飛び、海を割り、縦横無尽に戦場を駆け抜ける、鮮烈なビジョンを。

 

『落ち着け。敵じゃない。君を、助けに来た』

 

 その思考には、嘘も、偽りも、敵意もなかった。

 

 ただ、純粋な『救援』という目的と、そして、タカオという艦の性能に対する、絶対的な『信頼』だけが、そこにあった。

 

『君の力なら、この状況は、まだ覆せる。少しだけ、俺に操艦を任せてもらえないか?』

 

 タカオは、混乱の極みにいた。

 

 知らない人間の男に、自分の全てを委ねろというのか。

 

 あり得ない。霧の艦隊としての、誇りが許さない。

 

 だが、彼女のユニオンコアの奥底で、何かが囁いていた。

 

 この男となら。

 

 この思考の持ち主となら。

 

 自分も、あのキリシマのように、戦場を駆けられるかもしれない。

 

 自分では思いつきもしなかった、全く新しい戦い方が、できるかもしれない。

 

 ほんの数秒の、永遠のような葛藤。

 

 そして、タカオは、ついに、その思考の侵入者に対する、心の壁を、ほんの少しだけ、解いた。

 

(……好きに、すれば……)

 

 それは、降伏ではなかった。

 

 未知の可能性に対する、彼女なりの『賭け』だった。

 

 その瞬間、新井木厚士の膨大な思考と戦術データが、タカオのユニオンコアと完全にリンクし、二つの意識は、一つに溶け合った。

 

 タカオが、心の壁を解いた瞬間。

 

 新井木厚士の思考は、もはや遠慮なく、彼女のユニオンコアの深奥部へと流れ込んできた。それは、単なる命令の羅列ではなかった。

 

 戦術の意図、艦を動かすイメージ、エネルギー配分の最適化、成功への絶対的な確信──その全てが、一つの巨大な情報の塊となって、タカオの思考と完全に同期する。

 

『──心配するな。必ず、助ける』

 

 その力強い思考と共に、厚士からの、常軌を逸した命令が、鮮明なイメージ図を伴って、タカオの脳裏に直接叩きつけられた。

 

『そのまま最大戦速を維持! 同時に、右舷船体を変形させて巨大な(ラダー)を形成! 超重力砲、チャージ開始! 左舷スラスター最大噴射! 180度、強制回頭! 回頭完了と同時に、前部姿勢制御スラスターを逆噴射! 両舷エンジンをそのまま後退最大に切り替えろ! 追撃してくる敵艦隊との相対軸を合わせるんだ!』

 

(な……何を言っているの、この男は!? 無茶苦茶よ!)

 

 タカオの常識が、悲鳴を上げる。

 

 最大戦速で航行しながら船体を変形させて無理やり曲がるなど、船体が分解しかねない。おまけにその勢いのまま、今度は後退しろと?

 

 だが、厚士の思考はタカオの疑問や恐怖を許さなかった。

 

『できる! 君の演算能力と、ナノマテリアルの柔軟性なら、絶対に可能だ!』

 

 その絶対的な信頼に満ちた思考に、タカオはもはや抗うことができなかった。

 

 まるで自分の身体が、別の誰かに乗っ取られたかのように。いや、違う。自分の中から、今まで知らなかった新しい力が引き出されていくような、不思議な感覚。

 

「やってやるわよ……!」

 

 タカオは現実のブリッジで無意識に叫んでいた。

 

 彼女の指令を受け、高雄型重巡洋艦の優美な船体が悲鳴のような軋み音を上げる。右舷の装甲が、滑るように変形し、巨大な水の抵抗を生むための舵を形成。左舷のスラスターだけが凄まじい水流を噴射し、艦全体があり得ない角度で海面をドリフトしつつターンして行く。

 

 追撃してくる深海棲艦たちが、その異常な機動に、一瞬だけ動きを止めた。

 

 その隙を、厚士の思考は見逃さない。

 

『今だ! 回頭完了! 後退、最大! 超重力砲、発射ァッ!!』

 

 180度向き直り、追撃艦隊に真正面を向けたタカオ。

 

 その艦体中央に収束していた、漆黒のエネルギーが後退を始めた船体から、前方の敵艦隊へと向けて、一直線に放たれた。

 

 空間そのものを歪ませる超重力砲の奔流が、追撃してきた重巡リ級や軽巡ホ級の艦隊を一瞬で飲み込み、圧壊させていく。

 

 そして、厚士からの最後の命令。

 

『重力ブレーキ解除! 超重力砲の照射反動をそのまま推進力に変えろ! この戦域から一気に離脱する!』

 

 超重力砲を発射した際の凄まじい反動エネルギー。それを抑え込んでいた制御を解除することで、その力は、タカオの船体を後方──つまり、離脱方向へと撃ち出す巨大なロケットブースターへと変わった。

 

 タカオの船体は海面からわずかに浮き上がるほどの、爆発的な加速力で、戦場から弾き出されるように離脱していく。

あっという間に、深海棲艦の包囲網は遥か後方へと消えていった。

 

 残された静寂の中、タカオは荒い息を吐きながら、自身のユニオンコアとリンクしたままの、未知の男の思考を感じていた。

 

 そこには、作戦が成功した安堵と、そして、自分の無事を喜ぶ温かい感情が確かに流れていた。

 

 生まれて初めての、誰かと『一心同体』になるという不思議な感覚。

 

 タカオは、その感覚に戸惑いながらもなぜか心地よさを感じている自分に気づいていた。

 

 超重力砲の反動を推進力に変えるという、荒業中の荒業。

 

 タカオの船体はもはや航行ではなく、海面スレスレを飛翔する、制御不能の弾丸と化していた。

 

 時速は、軽く100ノットを超えているだろう。

 

 凄まじい加速Gが、タカオのメンタルモデルと彼女の思考にリンクしたままの厚士を襲う。

 

(やった……! 離脱、成功……!)

 

 タカオの思考に安堵の色が浮かんだ、その直後だった。

 

 厚士の焦燥に満ちた思考が、警報のように彼女のユニオンコアに鳴り響いた。

 

『まだだ! このままじゃ、まずい!』

 

 厚士の思考とリンクしているおかげで、タカオにも理解できた。

 

 超重力砲の推進力は徐々に減衰していく。そして、推力を失った船体は今の異常な速度のまま、海面へと叩きつけられることになる。

 

 そうなれば、衝撃で船体はバラバラ。竜骨から真っ二つにへし折れるのが関の山だ。

 

『両舷側面装甲、展開! 空力カウルを形成しろ!』

 

 再び、厚士からの常識外れの命令が飛ぶ。

 

『クラインフィールドで翼面に当たる風を掴むんだ! 少しでも揚力を稼いで滑空状態に移行しないと落ちて沈むぞ!』 

 

 だが、タカオは、この艦を空に飛ばすためのノウハウなど持ち合わせていなかった。

 

 戦艦が、空を飛ぶ?

 

 そんな馬鹿なことが、できるわけが──

 

『キリシマ! 聞こえるか! 今すぐタカオの戦術ネットワークに、お前の変形シーケンスと空中機動の全ログを叩き込め! 大至急だ!』

 

 厚士の思考はタカオを通り越し、遥か彼方でこちらへ向かっているはずの、もう一隻の相棒へと向けられた。

 

 その呼びかけに応えるように、タカオのユニオンコアに再び膨大なデータが流れ込んでくる。

 

 それは、金剛型戦艦キリシマが、飛行場姫との戦闘で見せた、あの信じがたい空中機動の全プロセスを記録したデータだった。

 

【FROM:BATTLESHIP "KIRISHIMA". DATA TRANSFER COMPLETE.】

 

【MESSAGE:ヤッテミロ、新人。案外、飛ベルゾ。】

 

 キリシマからの、挑発的で、しかしどこか励ますようなメッセージ。

 

 そして厚士からの絶対的な信頼に満ちた思考。

 

『データを見たな、タカオ! やれる! 翼を出せ!』

 

 もはや、タカオに迷いはなかった。

 

 「一心同体」となったこの未知の艦長の思考を、キリシマから送られてきたデータを、彼女は完全に信じ切っていた。

 

「やってやるわよォォォッ!!」

 

 タカオの絶叫と共に、高雄型重巡洋艦のスマートな船体側面が機械的な駆動音を立てて変形を開始する。装甲がスライドし、せり上がり、巨大な翼──空力カウルを形成していく。

 

 そして、その翼の表面に、赤色のクラインフィールドを展開。凄まじい速度で叩きつけてくる向かい風を、無理やり「掴み」、揚力へと変えていく。

 

 船体が、大きくしなる。

 

 海面に叩きつけられそうになっていた艦首が、ほんの少しだけ、持ち上がった。

 

 制御不能の弾丸は、辛うじて、海面スレスレを滑空する、不格好なグライダーへと姿を変えた。

 

 タカオのブリッジでそして彼女の思考の中で、二つの意識は再び一つになっていた。

 

 生き残るため、ただその一点のためだけに。

 

 男の無茶な発想と少女の驚異的な演算能力が、奇跡的な共同作業で、鉄の塊を空へと繋ぎ止めていた。

 

 なんとか海面への激突は回避した。だが、状況は全く好転していない。

 

 即席の翼は、いつまで保つか分からない。速度が落ちれば揚力も失われ、結局は海へと墜落する。

 

 後方からは再び追撃してくる深海棲艦のレーダー波が、断続的に届き始めていた。

 

(ど、どうすれば……!? このままじゃ……!)

 

 タカオの思考が次の危機に直面し、焦りで満たされた。

 

 その瞬間。

 

 再び、厚士の冷静で、しかし常軌を逸した思考が彼女のユニオンコアに直接響き渡った。

 

『まだだ、タカオ! 諦めるな! 次の手を打つぞ!』

 

 厚士の思考は、またしても、遥か彼方のキリシマへと向けられる。

 

『キリシマ! 続いて、お前がやった艦体改修の全ログをタカオに送れ! 気密化と、バラストタンク形成のデータだ! 急げ!』

 

 そして、その指示と同時に厚士の思考はタカオへと戻ってきた。

 

『タカオ、聞け! 今すぐ、お前が持っている侵食弾頭を艦内で全て解体しろ! それをナノマテリアルに還元して、損傷した船体を緊急修復するんだ!』

 

「侵食弾頭を!? 馬鹿なことを! あれは、私たちの切り札……!」

 

 タカオが、思わず思考で反論する。

 

 だが、厚士の返答は冷徹なまでに現実的だった。

 

『この世界じゃ、深海棲艦にクラインフィールドはない! つまり、侵食弾頭はオーバーキルだ! 数を揃えていても、使えない兵器は、持ってて嬉しいコレクションにしかならない! 今必要なのは、船体を維持するためのナノマテリアルだ! 急げ!』

 

 その言葉に、タカオは唇を噛んだ。

 

 悔しいが、その通りだった。

 

【FROM:BATTLESHIP "KIRISHIMA". DATA TRANSFER COMPLETE.】

 

【MESSAGE:ソノ弾頭ハ、確カニ持ッテイルダケデ満足感ガアルナ。気持チハ分カル。】

 

 キリシマからの、どこかズレたメッセージと共に、艦体を潜水艦へと変貌させる、驚異の技術データが流れ込んでくる。

 

『タカオ、時間がない! 船体修復と並行して、キリシマから送られてきたログを元に、艦体の気密化改修を同時進行させろ! バラストタンクの生成が完了した瞬間、メインタンクに注水! 急速潜航だ! 海に潜ってしまえば、水上艦の奴らは、もう追ってはこれない!』

 

 空中を滑空しながら艦内で最強兵器を解体し、そのエネルギーで船体を修理しつつ、同時に潜水艦への変貌を遂げ、そのまま海へ突っ込んで潜る。

 

 もはや、戦術や作戦というよりは曲芸に近い。

 

 一つでも手順を間違えれば、即、死に繋がる、あまりにも無謀な綱渡り。

 

 だが、タカオの心にはもはや恐怖はなかった。

 

 この男となら、できる。

 

 この自分の限界を、次々と引きずり出してくれる未知の艦長となら。

 

「了解……! やってみせるわよ……!」

 

 タカオは自身のユニオンコアの演算能力を限界を遥かに超えてブーストさせた。

 

 艦内のオートファクトリーが、侵食弾頭の解体を開始する。

 

 生成されたナノマテリアルが悲鳴を上げていた船体の亀裂を瞬時に塞いでいく。

 

 それと同時に、船体各所の隔壁が設計図に従って完璧な気密構造へと再構成されていく。

 

 そして、船体内部に海水を溜め込むための巨大な空間──バラストタンクが形成されていく。

 

 空力カウルがついに限界を迎え、砕け散った。

 

 推力と揚力を失ったタカオの船体が、ついに、海面へと落下を始める。

 

『今だ、タカオ! バラストタンク注水! そのまま潜れッ!!』

 

 厚士の絶叫とタカオの指令が完全にシンクロする。

 

 海面へと激突する、その寸前。

 

 完成したばかりのバラストタンクに、凄まじい勢いで海水が流れ込み、船体は激突の衝撃を吸収しながら、自ら海中へとその身を沈めていった。

 

 巨大な水しぶきが、海域を覆い尽くす。

 

 そして、その飛沫が晴れた時。

 

 そこに重巡洋艦タカオの姿はどこにもなかった。

 

 彼女は、追撃してきた深海棲艦たちの目の前で、完全に姿を消したのだ。

 

 静寂を取り戻した海の中で、タカオは生まれて初めて、深海の暗闇と静寂に、その身を浸していた。

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