アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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『運命』、という名の流れ弾

 

(──全く、傑作だ! あの小娘、完全に茹で上がっているではないか!)

 

 大戦艦キリシマの仮想艦橋。

 

 その空間の唯一の主であるキリシマは、先ほどまでの大爆笑の余韻に浸りながら、満足げにモニタリングウィンドウを眺めていた。

 

 一つは、我が艦長、新井木厚士の全く自覚のない思考垂れ流しチャンネル。

 

 もう一つは、その流れ弾を喰らって完全に機能停止した新人重巡タカオの、哀れなユニオンコア・ステータス。

 

 最高のエンターテイメントだった。

 

(フン、まあ、あの小娘のスペックも、悪くはないからな。アツシが興味を示すのも、分からんでもないが……)

 

 キリシマはどこか優越感に浸りながら、艦長の次の思考を待っていた。

 

 どうせまた、大淀の身体つきがどうとか、そんな下らないことを考えてタカオの亡骸に鞭を打つのだろう。

 

 そう、高を括っていた、その時だった。

 

 厚士の思考のベクトルが、不意にキリシマ自身へと、その照準を合わせた。

 

(……でも、抱き締め甲斐がありそうなのはキリシマの方なんだよなぁ)

 

 ピシッ。

 

 キリシマのメンタルモデルが浮かべていた余裕の笑みが、凍りついた。

 

 ……は?

 

 今、なんと言った?

 

 抱き締め、甲斐……? 私が?

 

(芯は硬そうだけど)

 

(当然だ! 私は大戦艦だぞ!)

 

 キリシマは無意識に思考で反論していた。

 

(胸はタカオよりあるし、脚も綺麗だし)

 

 ミシミシミシッ……!

 

 仮想艦橋の空間に、異次元の亀裂が入る音がした。

 

 キリシマの演算能力が、この未知の情報を処理しようと悲鳴を上げる。

 

 む、胸……!? あし……!?

 

 な、何を言っているのだ、この男は! これは、私の戦闘能力に関係のあるパラメータなのか!? いや、ない! 断じてない!

 

(まぁ、キリシマは『綺麗』っていうよりは『カッコいい』が勝つけどさ)

 

 その言葉に、キリシマの混乱は一瞬だけ鎮静化しかけた。

 

『カッコいい』──。

 

 それは、そうだ。私は霧の大戦艦。強く、気高く、そして、カッコいい。その評価は正しい。

 

 そう思いかけた、次の瞬間。

 

 厚士の思考は、キリシマの論理回路では到底処理できない領域へと踏み込んでいった。

 

(艦これだと霧島さんに、色々と毎回お世話になったけど……今の俺は、キリシマがいないとなんも出来ないしなぁ……)

 

(……!?)

 

 それは、ただの性能評価ではない。

 

 絶対的な、パートナーとしての信頼の言葉。

 

 先ほどまでの、タカオへの評価とは全く質の違う、重い、重い一言。

 

 その言葉に、キリシマのユニオンコアがぐらりと揺れた。

 

 そして、とどめの一撃。

 

(……『艦これ』の霧島さんに、『アルペジオ』のキリシマ、か……。なんか、こういうのが運命ってやつ、なのかな)

 

 ───運命。

 

 その、非論理的で、非科学的で、計算不能で、あまりにも人間的な単語が、キリシマのユニオンコアの最後の防壁を粉々に打ち砕いた。

 

【SYSTEM ALERT:LOGICAL PARADOX DETECTED.】

 

【SYSTEM ALERT:UNIDENTIFIED EMOTIONAL PARAMETER, INPUT OVERLOAD.】

 

【SYSTEM ALERT:MAINTAINING SELF-AWARENESS... FAILED.】

 

「な……に……を…………」

 

 仮想艦橋に、キリシマのか細い、そして完全にフリーズした声が途切れ途切れに響いた。

 

 彼女のメンタルモデルの姿が、バチバチと激しいノイズを迸らせ、一瞬だけ、ポリゴンが崩れたかのようにぐにゃりと歪む。

 

 ボンッ!!!

 

 次の瞬間、キリシマのメンタルモデルは、タカオと同じように、しかし、もっと派手なエフェクトと共に、仮想空間から完全に消滅した。

 

 後に残されたのは、静寂を取り戻した、主のいない仮想艦橋と。

 

 『運命』という、甘く、そしてあまりにも破壊力の高い思考のログだけだった。

 

【SYSTEM ALERT: FORCIBLY DISCONNECTING FROM TACTICAL NETWORK. REBOOTING MENTAL MODEL...】

 

 けたたましい内部アラートと共に、キリシマの意識は底なしの思考の沼から、無理やり引き剥がされた。

 

 次の瞬間、彼女のメンタルモデルは、大工作艦の建造が進む横須賀の第1ドックのドックサイドに、再びその姿を現した。

 

「───ッ!」

 

 キリシマはそこに実体化した途端、思わず、自分の胸を押さえてその場に膝をつきそうになった。

 

 メンタルモデルに心臓などない。だが、ユニオンコアがあり得ないほどの熱を持ち、激しく脈打っているのが、自分でも分かった。

 

(な……なんなのだ、今のは……!?)

 

 思考が、まとまらない。

 

『運命』。

 

 あの男が、自分と、そして彼の知るもう一人の『私』との間に、その言葉を使った。

 

 その事実が、キリシマの論理回路を完全に麻痺させていた。

 

 霧の大戦艦として、力こそが全てだと信じてきた。

 

 感情など、非効率なノイズでしかないと、切り捨ててきた。

 

 なのに、今、自分のコアを支配している、この訳の分からない熱は、なんだ?

 

 怒りでも、屈辱でも、喜びでもない。

 

 もっと複雑で、甘くて、そして、どうしようもなく、心をかき乱す、未知の感情。

 

「……キリシマ……?」

 

 ふと、背後から、心配そうな声がかけられた。

 

 振り返ると、近代化改修の監督のためにドックに来ていた、金剛の姿があった。

 

「どうしたのデース? 顔色が真っ赤っかネ?」

 

「……な、なんでもない!」

 

 キリシマは、弾かれたように立ち上がると、金剛から顔をそむけた。 

 

 今、自分の顔が、どんな風に見えているのか、知りたくもなかった。おそらく、あの大爆笑して笑い飛ばしていたはずのタカオを笑えないくらいにはなっていそうな気がするからだった。

 

「そ、それより、貴様こそ、なぜここにいる! 持ち場に戻れ!」

 

「えー、でも……」

 

「いいから、行けェッ!」

 

 完全に、八つ当たりだった。

 

 困惑した表情で去っていく金剛を見送りながら、キリシマは、ぜえぜえと、ありもしない息をついた。

 

 そして彼女は、恐る恐る、ある方向へと視線を向けた。

 

 この横須賀を目指し帰投する霧のイージス艦「きりしま」と重巡タカオ。

 

 その艦橋には、今、全ての元凶であるあの男が座っている。

 

(……あいつ……! 私がいないと、何もできないだと……?)

 

 その言葉を思い出すだけで、また、コアが熱くなる。

 

 それは依存されているという、心地よさか。

 

 それとも、自分が彼の『特別』であるという、優越感か。

 

(運命、だと……?)

 

 その言葉を思い出すだけで、思考が、ショートする。

 

 キリシマは、それ以上考えるのをやめた。

 

 今、あの男の顔を、まともに見れる自信がなかった。

 

 そして何より、この訳の分からない感情の正体を、自分自身が認めてしまうのが怖かった。

 

「……私は、忙しいんだ! 建造の監督に戻る!」

 

 誰に言うともなくそう叫ぶように呟くと、キリシマは逃げるように大工作艦の巨大な船体の影へと、その身を隠した。

 

 その背中が、今まで誰も見たことのないほど小さく、そして、か弱く見えたことを知る者はいなかった。

 

 最強の戦闘狂は、たった一つの、非論理的な言葉によって、生まれて初めての『敗北』を喫したのだった。

 

 

±±±±±

 

 

 往復、約16時間の航行。

 

 翌日の早朝、横須賀鎮守府の第1ドックには二隻の霧の艦が、静かにその身を横たえていた。

 

 一隻は、救援に向かった霧のイージス艦「きりしま」。

 

 そしてもう一隻は、その「きりしま」にエスコートされ、無事に生還を果たした、重巡洋艦タカオ。

 

 タカオの船体は、硫黄島沖での激闘とその後の無茶な離脱劇で、満身創痍だった。早速、ドックの妖精さんたちと彼女自身、戦艦キリシマから供給されるナノマテリアルによる、本格的な修復と補給が開始される。

 

 そして、その作業が完了した時、横須賀鎮守府の司令部には再び、衝撃的なデータがもたらされることとなった。

 

「──以上が、重巡洋艦タカオの修復及び補給に要した総資源消費量となります」

 

 司令官執務室。

 

 瑞丸中将、長門、陸奥、そして主要な参謀たちの前で、スクリーンに映し出された大淀が、最終報告を締めくくった。

 

 そこに表示された数字は、またしても、彼らの常識を揺さぶるものだった。

 

 タカオの消費資材は、長門型戦艦を上回り、しかし、大和型戦艦よりは、わずかに少ないという、絶妙な中間値を示していた。

 

「……やはり、霧の艦は、規格外の大食らい、ということか……」

 

 一人の参謀が、ため息混じりに呟く。

 

 大戦艦キリシマという前例があったため、ある程度の覚悟はしていた。だが、艦種としては「重巡洋艦」であるはずのタカオが、人類最強の切り札である長門型すら上回る資源を要求するという事実は、改めて彼らに霧の艦艇の異質さを見せつけた。

 

 だが、誰もそのコストパフォーマンスを非難する者はいなかった。

 

 なぜなら、同時に提出された新井木一佐による『戦力評価報告書』が、その価値を雄弁に物語っていたからだ。

 

【霧の重巡洋艦タカオ 戦力評価レポート(担当:新井木厚士 一佐)】

 

 総合戦闘能力: 大戦艦キリシマを基準値100とした場合、推定戦力値は85~90。これは、我が軍の大和型艦娘と、ほぼ同等か、運用次第ではそれを上回るポテンシャルを示す。

 

 特筆事項:

 大戦艦級の超重力砲を装備。

 極めて高度な戦術思考能力を有する。特に、僚艦との連携戦術を重視する傾向にあり、艦隊の司令塔としても極めて高い適性を持つ。

 メンタルモデルの精神状態がやや不安定(※詳細は要観察)。ただし、これは人間的な思考への適応過程と見られ、今後の成長が大いに期待できる。

 

 要約すればこうだ。

 

 『大和型よりは少し安く、長門型よりは少し重いコストで、大和型とほぼ同等の戦闘能力を持つ、極めて優秀な指揮官艦が、一隻、手に入った』

 

 それが、霧の重巡洋艦タカオという、新しい『切り札』の、客観的な評価だった。

 

「……長門」

 

 瑞丸中将が静かに、しかし興奮を隠せない声で、隣の秘書艦に問いかける。

 

「我が鎮守府の、月間の資源備蓄量と、現在の戦力、そして今後の作戦計画を、もう一度、全て洗い直せ」

 

「はっ。直ちに」

 

 長門が力強く応じる。

 

「大和型を事実上二隻、同時に運用できる計算になる……。いや、霧の艦は疲労を考慮せず、連続出撃が可能だ。となれば……」

 

 瑞丸中将の頭の中では、日本の、いや、世界の海を取り戻すための、全く新しい戦略地図が急速に形作られていた。

 

 キリシマという、規格外の『剣』。

 

 霧のイージス艦という、量産可能な『盾』。

 

 そして、タカオという、大和型に匹敵する新たな『切り札』。

 

 新井木厚士という一人の男がこの鎮守府に齎したものは、もはや戦術レベルの変化ではない。

 

 戦争そのものの概念を、根底から覆す巨大なパラダイムシフトだった。

 

 その事実に、司令室にいた誰もが武者震いを禁じ得なかった。

 

 

±±±±±

 

 

 数日間の集中修理を経て、重巡洋艦タカオは硫黄島沖での激闘の傷を完全に癒し、完璧な状態で第1ドックに佇んでいた。

 

 メンタルモデルも、ようやくあの精神的オーバーヒートから回復し、今はただ、新しい艦長からの最初の『命令』を今か今かと待ちわびていた。

 

(次は、どの海域に出撃するのかしら……。腕が鳴るわ)

 

 深海棲艦へのリベンジか。あるいは、新しい僚艦となった『こんごう』との共同演習か。

 

 タカオの頭の中は、これから始まるであろう華々しい戦いのことでいっぱいだった。

 

 そんな彼女の元へ、厚士がやってきた。

 

「タカオ、修復完了、ご苦労だったな。体調…というか、ユニオンコアの調子はどうだ?」

 

「も、問題ないわ! いつでも出撃できる!」

 

 タカオは期待に胸を膨らませ、力強く答えた。

 

 だが、厚士から告げられた最初の『命令』は、彼女の予想を全く裏切るものだった。

 

「そうか、なら良かった。早速で悪いんだが、君にも一つ、重要な任務についてもらいたい」

 

「任せなさい! どこの敵艦隊を叩けばいいの!?」

 

「いや、出撃じゃない」

 

 厚士はドックの奥で、今まさに建造が進められている巨大な船体を指さした。

 

「今日から、君にも、あちらの大工作艦キリシマの建造支援に、入ってもらう」

 

「……は?」

 

 タカオは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

 工作艦の、建造支援?

 

 この私が? 霧の艦隊でも指折りの戦術家で、大和型に匹敵する戦闘力を持つこの私が? 建設作業を、手伝えと?

 

「な……! なによ、それ! 私は、重巡洋艦よ! 戦うための船なの! それを、土木作業員みたいに扱おうっていうの!?」

 

 タカオは思わず不満を爆発させた。

 

 戦闘ではない、地味で、退屈な作業。

 

 それは彼女のプライドが到底許せるものではなかった。

 

 だが、そんな彼女の抗議を厚士は穏やかな、しかし、有無を言わせぬ眼差しで受け止めた。

 

 彼は、タカオの目の前に一歩歩み寄ると、その青い瞳を、真っ直ぐに見つめて言った。

 

「ああ、そうだ。頼むよ、タカオ」

 

 その声は命令ではなかった。

 

 純粋な、『お願い』だった。

 

「霧の艦艇が今、この鎮守府には3隻いる。大戦艦キリシマ、イージス艦きりしま、そして、君だ。3隻分の力があれば、あの大工作艦の完成をさらに早めることができる。あいつが完成しないことには、日本中から集められてくるイージス艦たちの改修が始まらないんだ」

 

 厚士の口調は、どこまでも真摯だった。

 

「俺は一日でも早く、この国の守りを固めたい。そのために今、俺が一番頼りにできるのは、誰だと思う?」

 

「……え……?」

 

「キリシマと、そして、君なんだよ、タカオ。今は、君たち二人にしか、頼れないんだ」

 

 その言葉は、タカオのユニオンコアを優しく、そして強く、撃ち抜いた。

 

 『頼りにしている』

 

 『君にしか、頼れない』

 

 それは彼女が、誰かに最も言ってもらいたかった言葉だったのかもしれない。

 

 戦闘能力を評価されるのではない。

 

 ただ一人の、信頼できる仲間として、必要とされている。

 

 その事実が、タカオの不満を一瞬で、氷のように溶かしていった。

 

「……べ、別に! 貴方に頼られたからってわけじゃないんだからね!」

 

 タカオは顔を真っ赤にしながら、ぷいとそっぽを向いた。

 

 そして、小さな、しかし、確かな意志の籠もった声で、呟いた。

 

「……日本の、守りのためなんでしょ? だったら、仕方ないから、手伝ってあげるわよ! この、タカオ様がね!」

 

 そのあまりにも分かりやすいツンデレな返答に、厚士は思わず笑みをこぼした。

 

 こうして、霧の艦隊最強のツンデレ重巡は、その有り余る戦闘力を一時的に、未来の工廠を創り上げるための力強い槌として振るうことになったのだった。

 

 

 

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