アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く 作:おかーちゃんサーナイト
第一洋上プラント『海神』の建設は完成間近になったある日のこと。
タカオの艦長席で厚士は珍しく、難しい顔で腕を組み唸っていた。
議題は今後の全国の鎮守府への支援体制について。
特に常にカツカツな艦娘たちの補給体制を、どう改善するか、だった。
(『富嶽計画』で日本のエネルギー問題は解決する。でも、それはあくまで人間社会の話。艦娘たちが戦い続けるためには、燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト……あの四種類の資源が必要不可欠。こればかりは、天然ガスじゃ代替できない……。国内生産も僅かばかりはあるけども、結局海外からの輸入に頼り続けるしかない? いや、それだと根本的な解決にならない……)
思考が袋小路に入りかけたその時だった。
発想というものは、いつも本当に、唐突に思いつくものである。
「……ん?」
厚士の頭の中に、一つの、あまりにもシンプルで、しかし、今まで何故考えつかなかったのだろう等式が浮かび上がった。
【前提1】 艦娘の資材 → ナノマテリアルへの変換は可能。
【前提2】 天然ガス → ナノマテリアルへの変換も可能。
「……ということは?」
【仮説】 ならばその逆もまた然りでは……?
天然ガス → ナノマテリアル → 艦娘の資材
「…………………………………………………………………………………………」
厚士の動きが、ぴたり、と、止まった。
脳内で何かが、スパークする音がした。
まるで何かに取り憑かれたかのように。
彼の指がカタカタカタと、勝手に動き出し、目の前の電子キーボードを猛烈な勢いでタイピングし始める。
洋上プラントのナノマテリアル精製システムのプログラムを書き換えていく。
逆変換のための新しいロジックを組み上げていく。
その妄想が本当に実証できるのかどうか。
もはや彼の頭の中には、それしかなかった。
そして──。
ッターン!!
渾身の力で、エンターキーを弾き飛ばす。
プラントの制御モニターに表示されていたナノマテリアルの備蓄ゲージがぐんと減る。
そして、その隣に新しく表示された四つのゲージ。
【燃料】
【弾薬】
【鋼材】
【ボーキサイト】
その全てのゲージが、ぐんぐんぐんぐんッ!と、凄まじい勢いで増えていく。
精製プラントは何事もなかったかのように、ナノマテリアルから艦娘用の四種類の資源を完璧に『錬成』してしまったのだ。
「…………………………………………………………………………………………」
厚士はそのモニターの数字を、食い入るように見つめていた。
その表情が、驚愕から、信じられないという困惑へ。
そして徐々に、徐々に、歓喜の色へと変わっていく。
「……クハ……」
乾いた笑いが漏れる。
「……クハハ……アハハハ……」
それはやがて、抑えきれない大爆笑へと変わった。
「アッハッハッハッハッハッハ!! ハーーーッハッハッハッハッハッハ!!」
ブリッジ中に響き渡る狂ったような高笑い。
彼は椅子から立ち上がると、身をぐっと丸めてから天を仰ぎ、そして、勝利の雄叫びを、ガッツポーズと共に上げた。
「ッッッ、ィやったァァァァァァァァァァッッ!!!!」
もはや言葉はいらなかった。
この瞬間に全てが変わったのだ。
島根沖の、天然ガスとこれから手に入れる富山沖のメタンハイドレート、それに続く能登半島沖のメタンハイドレートまで。
それらが日本の人間社会のエネルギーを賄うだけでなく。
日本の全ての艦娘たちのための資源をも、無限に生み出す永遠の泉となったのだ。
資源の枯渇を恐れる必要はない。
海外からの輸入に頭を下げる必要もない。
日本の海に眠る膨大なエネルギーが、この国の全ての守り手たちを永遠に支え続ける。
本当の意味での『資源大国・日本』が誕生した歴史的な瞬間だった。
±±±±±
その一本の極秘通信が横須賀鎮守府司令部の空気を一変させたのは、厚士があの狂喜乱舞の雄叫びを上げてから、わずか数分後のことだった。
発信者は、新井木厚士。
受信者は、瑞丸中将。
そのあまりにも簡潔で、しかし、あまりにも衝撃的な報告書に目を通した瑞丸中将は、手にしていた湯呑みを危うく取り落としそうになった。
「……ば、馬鹿な……」
彼の口から漏れたのは驚愕と、そして、信じられないという呟き。
隣に控えていた長門と、陸奥が、ただならぬ気配を察し、その報告書を覗き込む。
そして、彼女たちもまた絶句した。
そこに記されていたのは、およそ、現実のものとは思えない奇跡の方程式。
【報告:ナノマテリアルを介した化石燃料から、艦娘用特殊資材への相互変換技術の確立について】
「天然ガスから、燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトが……?」
長門が震える声呟く。
「錬金術……。いえ、それ以上ですわ……。これは、我が国の全ての前提を覆す……」
陸奥が言葉を失う。
その事実が、どれほどの意味を持つのか。
彼らは瞬時に理解した。
今まで常に、鎮守府の頭を悩ませてきた資源問題。
大規模作戦を行えば備蓄は底を突き。
新しい艦娘を迎えればその分、消費は増えていく。
常に海外からの輸入と、危険な敵地からの採掘に依存し、僅かばかりの自国生産では賄いきれず、その自転車操業の中で、なんとか戦線を維持してきた。
その全ての苦労が。
その全ての制約が。
今日、この瞬間、完全に過去のものとなったのだ。
瑞丸中将はすぐさま、日本の地質調査データを開き直した。
厚士の報告書に添付されていた補足資料。
鳥取県沖、新潟県沖、秋田県沖。
そして、富山湾、隠岐諸島周辺海域。
そこに眠る、膨大なメタンハイドレートの埋蔵量。
それらの全てが『艦娘用の資源』へと変換可能となった今。
────向こう、500年。
日本の艦娘たちは、資源の心配など一切することなく、戦い続けることができる。
その圧倒的な事実。
それは、日本のエネルギー事情と艦娘たちの戦線維持能力を、根本から完全に覆す、歴史上最大級の大発見だった。
「……長門」
瑞丸中将が、震える声で秘書艦の名を呼んだ。
「……は、はい」
「……祝杯だ。酒を、持ってきてくれ。一番、良いやつを、だ」
「……しかし、まだ昼間ですが」
「構わんッ!」
瑞丸中将が声を張り上げた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「今日だ! 今日こそが、我々人類が、この長い、長い、戦争に勝利する、その本当の始まりの日だ! 祝わずしてどうする!」
その魂からの叫びに、長門も陸奥も、そして、その報告を伝え聞いた鎮守府の全ての者たちが、込み上げてくる熱い感情を、抑えることはできなかった。
絶望の淵にいたこの国にもたらされた、あまりにも大きすぎる希望。
それはまさしく、黄金時代の幕開けを告げるファンファーレ。
そしてその全てをもたらした一人の男の名を、彼らは改めて、その胸に深く、深く、刻み込むのだった。
新井木厚士。
その名を。
±±±±±
世紀の『錬金術』の発見。
その報は厚士に一切の躊躇を捨てさせた。
彼はすぐさま、瑞丸中将及び日本政府へ、『富嶽計画・第一次補正上申書』と題された、次なる計画書を叩きつけた。
その内容はもはや、常識的な軍事作戦の範疇を完全に逸脱した、一つの国家を丸ごと作り変えるような、壮大なグランドデザインだった。
【富嶽計画・第一次補正上申書】
前文:
先般の報告通り、化石燃料から艦娘用特殊資材への相互変換技術が確立された。これにより、我が国は事実上『無限の資源』をその掌中に収めた。
この歴史的転換点を受け、現行の『富嶽計画』をさらに加速・拡大し、我が国の百年、いや、五百年の計として、日本海を絶対的な聖域とするための新計画を、ここに上申するものである。
一.作戦の即時並列展開:
1.現在、島根沖にて完成間近の第一プラント『海神』の完成を待たず。横須賀に、待機中の、大工作艦『霧熊』を新生『第一機動護衛艦群』による、完全な護衛の下、直ちに富山沖へと派遣する。
2.そして第二プラント『竜宮』の建設を先行して開始する。
二.自己増殖工法の全面展開:
1.『海神』にて現在行われている量産型工作艦、及び、海防艦の自己増殖生産を富山沖の『竜宮』建設現場においても全く同様に開始する。
2.東西、二つの拠点から同時に生産と建設を進めることで、工期を劇的に短縮。同時に日本海全域の深海棲艦を掃討し、制圧する。
三.日本海プラント群、同時建設:
1.増殖させた無人工作艦船団をさらに分割派遣。
2.鳥取県沖、新潟県沖、秋田県沖、そして、隠岐諸島周辺海域においても、メタンハイドレート採掘のための、中~小型プラントの建設を、完全に、同時並行で開始する。
四.『日本海絶対防衛圏』の構築:
1.上記、プラント群を結ぶラインに、量産した霧の海防艦を無数に配置。
2.これにより、日本海そのものを、一つの巨大な海上要塞と化し、我が国の絶対的な制海権下に置く。これこそが、日本の五百年の安泰を約束する真の国防である。
五.艦娘部隊の役割分担:
1.この作戦期間中、全国の艦娘部隊は鎮守府近海の哨戒任務に専念。
2.特に、太平洋側から、津軽海峡や対馬海峡を抜けて日本海側へと流入しようとする深海棲艦の増援を、水際で阻止することを最重要任務とする。
六.後方支援体制の拡充:
1.日本海側の各プラント建設予定地の近隣港(舞鶴、新潟、秋田など)において、大規模な港湾拡張工事を直ちに開始することを申請する。
2.これは、陸路による物資の円滑な納入と、将来的にプラントから産出される膨大な資源の陸揚げを見越した、先行投資である。
3.また、各地域の地元漁業組合へも、島根沖と同様の、潮流制御システムによる漁獲量増加と観光資源化という恩恵を約束し、全面的な協力を取り付ける。
結び:
もはや我々は、資源の制約に縛られる必要はない。この、日本海を我が国の絶対的なエネルギー供給地帯として確立し、いかなる外部からの干渉も工作も断固として阻止する。
そして、この計画を完遂させることこそが、この国の本当の意味での『夜明け』であると、確信する。
東洋方面第一巡航艦隊 司令長官 新井木 厚士
そのあまりにも壮大で、そして、一切の迷いもない計画書。
それはもはや、一人の提督からの『上申』ではなかった。
未来を見通す一人の男による、この国への『神託』。
そしてその神託を受け取った瑞丸中将を始めとした、日本の指導者たちは、それに従う以外の選択肢を持ち合わせてはいなかった。
日本の全てを賭けた、史上最大の国家改造計画が、今、その最終段階へと移行しようとしていた。