アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く 作:おかーちゃんサーナイト
第一洋上プラント『海神』は、その完成を間近に控えていた。
無数の工作艦たちが最後の仕上げに取り掛かり、海は穏やかな創造の喜びに満ちている、はずだった。
その静寂は、何の前触れもなく引き裂かれた。
空を切り裂く不気味な飛翔音と共に。
おびただしい数のミサイルが水平線の彼方から飛来し、『海神』の中心部へと降り注いだ。
凄まじい轟音と衝撃が海域を揺るがす。
だが、その全てのミサイルは『海神』そのものが展開する大出力のクラインフィールドによって阻まれ、その青白い障壁の上で虚しく炸裂していくだけだった。
被害は、ゼロ。
だが、厚士はその爆発の光景に戦慄した。
普通の爆発はない。
炸裂したミサイルは、その着弾地点に全てを飲み込む漆黒の太陽を一瞬だけ生成していた。
間違いない。
それは、『侵食弾頭』だった。
(馬鹿な……!)
厚士の思考が高速で回転する。
侵食弾頭は霧の艦隊だけの超兵器。
そしてこの世界でその存在を搭載しているのは、自分の艦隊に所属するキリシマとタカオだけのはず。
そのキリシマは今、目の前でプラント建設の指揮を執っている。
ならば答えは一つしかない。
別の霧の艦艇が来た、ということだ。
その思考を裏付けるように。
タカオのブリッジに、アラートが鳴り響いた。
「艦長! 戦術ネットワークに未知のログインを確認!」
タカオが叫ぶ。
「識別信号は……重巡洋艦、マヤ!」
「マヤ、だと……」
その名に厚士は顔を顰めた。
重巡マヤ。彼女は『蒼き鋼のアルペジオ』の物語において、原作漫画かアニメかで立ち位置がかなり変わるキャラだ。
マヤが単独で来たのか。それとも、コンゴウ本人が近くにいるのか。
状況は全く分からない。
だが、やるべきことは一つだ。
「タカオ!」
厚士の鋭い声がブリッジに響く。
「これより我が艦は単艦で出撃! 敵性存在、重巡マヤを迎撃する!」
「了解、艦長! やってやるわ!」
傍らに立つタカオのメンタルモデルが、闘志に燃える瞳で、応じる。
「キリシマ! 大淀!」
厚士は二隻へと通信を開く。
「2隻は絶対にその場を動くな! 『海神』の防衛を最優先。 たとえタカオがやられようともだ! いいな!」
『……了解した』
『はい、一佐!』
厚士はタカオの艦長席に深く腰を下ろす。
ともかく、この『海神』は日本の夜明けを迎えるための最重要施設。
これを破壊されることだけは、絶対にあってはならない。
たとえどんな犠牲を払ってでも、死守してでも、護り抜かなければならないのだ。
「行くぞタカオ!」
「ええ、艦長!」
重巡洋艦タカオは、その優美な船体を反転させると、侵食弾頭が飛来してきた水平線の彼方へと、全速力でその牙を剥いて突き進んでいった。
今、日本海で霧の艦隊同士による初めての戦いの火蓋が、切られようとしていた。
±±±±±
黒い太陽が海神のクラインフィールドに張り付き、無音の侵食を試みる。だがドームは色も相を変えず、ただ固く、厚く、 動かない。
その時、タカオの戦術ネットに弾む声が割り込んだ。
「やっほー! カーニバルだよ! ──あれ? お姉ちゃん、怒ってる? だいじょうぶ、ちゃんと任務だよ? “ここを壊せ”って言われたの!」
「……マヤ。誰に“言われた”の?」
「うーん……チャンネルは内緒。言ったら、カーニバル終わっちゃうもん」
彼女の艦影が霧の靄からぬるりと現れる。高雄型の線条、艦橋で風に揺れる黒髪のロング。赤ずきん風のフリルがひらめき、甲板上にはナノマテリアルで拵えたチェロとピアノ(黒鍵が等間隔!)さえ並んでいる。
「マヤ。侵食弾頭は禁制だ。命令の出所を明示しろ。──さもなくば、防衛ルールに従い無力化する」
キリシマの言が飛ぶが、それをマヤは意に介した様子はなかった。
「やだなあ、固いこと言わないで。ほら、音楽でも聴いてて?(※“森のくまさん”の電子ピアノが鳴り出す) 189,567回は練習したんだから!」
「黒鍵の配置が間違っている……」
大淀の呟きのあと、厚士の声が回線に乗る。
「マヤ。ここは“人類全体”の生命線だ。お前が誰のために動いているかは問わない。だが攻撃は止めろ。こちらは防御優先・非致死抑止でいく」
「提督さん? あなたが“旗を立てた人”? ふーん……じゃあ、見せて? どっちの“愛”を選ぶのか」
マヤの主砲群が一斉に起立する。砲口は空ではなく、海神のフィールド縁へ。侵食弾頭の“黒”がまた滲む、その刹那──
「ECM散布、索敵ジャミング開始。近接は私が受ける! お姉ちゃんを舐めないで!」
「対空レーザー、オンライン。VLS、1番から8番まで対空ミサイル「コリントス」装填! 近接防御対空ミサイル「ヘルダート」準備! 主砲照準、向こうは防空巡洋艦だ。砲の火力はこちらが上だ。操艦はこっちでやる。タカオは火器管制に集中!」
「アイアイサー、艦長! ユーハブ・コントロール!」
「アイハブ! 両舷増速、クラインフィールド艦前方、集中展開!」
タカオの艦体が白波を切って突入。シールドの前縁で誘導子弾を斜めに弾き、海面へ“安全落下”させる。
キリシマは上空に向けて飽和迎撃、VLSが無音で開き、非致死EMP弾が針の雨のようにマヤのセンサー・マストを叩く。
「海神の防御は維持。大淀、フィールド第3層を再位相──侵食フラックスを逆位相で“凍らせる”。」
「了解、逆相重畳……固定化成功、侵食進行停止!」
マヤの声が、一瞬だけ幼く揺れた。
「……へえ。やるじゃない。じゃあ第二楽章ね?」
「射撃許可。ただし致死は避けろ。舵・マスト・センサー系狙い。拿捕が第一だ」
「きゃあ! んもー、お姉ちゃんなんか強いー!」
「当たり前よ!私には艦長がついてるんだから!愛は、守る為にあるのよ!」
「…………」
一拍の沈黙。次いで、マヤの寂しそうな笑い声。
「でもね、わたし、待つの飽きたの。任務がほしいの。だから……カーニバルだよ!」
マヤが艦首をわずかに振る。だが
「今だ、アサルトコンバットパターン、ファイズ! 重力アンカー射出!タカオ、マヤを中央に固定!主砲照準、VLS発射!右舷全速!円の動きで追い込め!!」
重力アンカーをマヤへと打ち込んだタカオは、その船体をマヤを中心に反時計周りに周回しながら火力を吐き出してマヤを滅多打ちにする
反撃するマヤだったが、クラインフィールドを左舷に集中展開するタカオの防御を主砲では抜けず、ミサイルは対空レーザーで撃ち落とされる
「全門指向、集中砲火!!」
マヤへ向けて船体側面を向けているタカオの左舷
タカオの主砲と副砲がマヤに指向し、砲撃を浴びせる
「重力アンカーリバース! シメは真ん中をぶち抜く! クラインフィールド、艦首集中展開!!」
「了ー解ッ! クラインフィールド艦首展開!!突撃よーーー!!!!」
「ひゃあああああ!!!! 無茶苦茶だってばぁ!!」
「無茶苦茶はウチの艦隊の流儀だ、諦めろ!!」
重力アンカーをリバースする勢いも乗せてトップスピードで突撃したタカオは、主砲も副砲も、対空レーザーも連射しながらマヤへ吶喊。
弾幕でマヤの動きを止めながら艦尾へと体当たり。
そのまま艦尾を粉砕しながら通り過ぎ、右艦体を変形し、舵を形成しつつ左スラスター全開でそのまま180度急速回頭、その船体を展開し、超重力砲発射態勢に入った
「さて、マヤ。今、君のマトモに動けるだけの構造は破壊した。勝敗も決している。このまま大人しくこちらの言う事を聞いてくれるとありがたいが?」
風が変わる。遠く、海神の上で白い旗ではなく紅白の朝日がはためく。その向こうで、マヤの黒髪が揺れる。
「そこで提案だ。マヤ、こちらの艦隊に加わる気はないか? ウチならより、マヤの求めるカーニバルが出来ると思うぞ?」
±±±±±
(……なに、今の……)
マヤは大破し、傾いた自らのブリッジで、ただ呆然としていた。
目の前で繰り広げられた光景が、信じられなかった。
私の
あんな戦い方ができたなんて。
クラインフィールドを片側に集中させて、弾幕を受け流しながら突っ込んでくる?
停泊用と牽引用の重力アンカーを武器にして相手を捕縛する?
重力アンカーを打ち込んだこっち基点に、ぐるぐる回りながら一方的に撃ちまくる?
そして最後は自分ごとぶつかってきて通り過ぎたと思ったら、その場で180度急速回頭して、もう超重力砲の発射態勢に入ってる?
(…む、無茶苦茶よ……そんなのぉ!)
私の「カーニバル」なんて、ただミサイルを、いーっぱい撃つだけの可愛いお祭りだった。
でも、今目の前で行われたのは、そんな生易しいものじゃない。
ルール無用。常識破壊。物理法則すら無視した狂気のデスマッチ・カーニバル。
(でも……)
マヤのユニオンコアに、今まで感じたことのない感情が芽生える。
(すっごく、楽しそう……!)
そしてその、狂気のカーニバルを指揮していたのは、間違いなくあのタカオお姉ちゃんの艦長席に座るあの男。
『旗を立てた人』。
新井木厚士。
彼が提案してくる。
『こちらの艦隊に加わる気はないか? ウチなら、君が求めるもっと楽しい『カーニバル』が、できると思うぞ?』
その言葉。
それはマヤにとって、悪魔の囁き。
いや違う。
最高のカーニバルへの招待状、そのものだった。
今まで自分は誰かに言われた任務をこなすだけだった。
コンゴウの命令。あるいは誰か分からないチャンネルからの命令。
それは退屈なお使い。
でも、この人は違う。
この人はただ、命令するだけじゃない。
もっと楽しく、もっとめちゃくちゃに、戦う方法を知っている。
そしてそれを、一緒にやろうと誘ってくれている。
「……」
マヤはゆっくりと、顔を上げた。
その瞳には、もう寂しさも、任務への渇望もなかった。
そこにあったのは、ただ純粋な、子供のようなキラキラとした好奇心と期待感。
彼女は、にぱーっ、と、満面の笑みを浮かべると。
今までで一番大きな、そして、嬉しそうな声で叫んだ。
「うんっ! 入る! 入るーっ! その、カーニバル、マヤもまぜてーっ!」
そのあまりにも天真爛漫な返事に。
超重力砲の発射態勢を取ったまま固まっていたタカオも。
そして、後方で固唾を呑んで見守っていたキリシマと大淀も。
思わず全員、ずっこけてしまったという。
ただその反応を期待し、予測していた厚士だけは、満足気に頷いた。
こうして。
霧の艦隊同士の熾烈な戦いは、一人の少女の純粋な心変わりによって、あまりにもあっさりと幕を閉じた。
そして厚士が率いる東洋方面第一巡航艦隊に、最も予測不能で、そして、最も賑やかな新しい仲間が加わることになったのだった。
±±±±±
「──というわけで! 今日からマヤも、この艦隊の仲間だよ! よろしくね、艦長さん!」
大破した船体の応急処置を終えた重巡マヤは、早速タカオのブリッジにやってくると、元気いっぱいに厚士の周りをぴょんぴょんと跳ね回っていた。
その天真爛漫な姿は、つい先ほどまで死闘を繰り広げていた敵とは到底思えない。
「ああ、よろしく、マヤ。歓迎する」
厚士はその子犬のような少女を受け入れながらも、まずは艦隊のルールを教えることにした。
「だが、仲間になったからには、いくつか守ってもらうルールがある。まず一つ目だ」
厚士の声が、少しだけ真剣なトーンに変わる。
「『侵食弾頭』。あれは、この世界では原則使用禁止の御法度の武器だ。だから、君が持っている侵食弾頭は全て解体して、そのナノマテリアルで、君のボロボロの船体を完全に修復してくれ」
「えーっ! あれ綺麗なのにー!」
マヤが不満そうに頬を膨らませる。
だが厚士はそこで最高の『アメ』を提示した。
「その代わり、と言ってはなんだが」
彼は、ニヤリと笑った。
「通常弾頭のミサイルや魚雷なら、いくらでも好きに使っていい。精製制限は一切掛けない。君が満足するまで、カーニバルし放題だ」
「───! ホントに!?」
マヤの瞳がキラキラと輝き出す。
侵食弾頭という最強のオモチャは取り上げられるが、その代わりに、いくら使ってもなくならない無限のオモチャ箱を与えられる。
彼女にとってそれは最高の取引だった。
「ああ、約束する。だからまずは船を直してこい」
「うんっ! わかったー!」
マヤは元気よく返事をすると、すぐにでも自分の艦に戻ろうとする。
「あ、待て待て」
厚士はそんな彼女を引き止めた。
「その前に、いくつか聞きたいことがある」
厚士は艦長席に深く座り直すと、その瞳に鋭い光を宿した。
ここからが本題だ。
「今回、君が我々を攻撃してきたのは、君自身の意思か? それとも、誰かの命令か? もし、命令だとしたら、それは誰からだ? 大戦艦コンゴウか? あるいはハルナか? それとも、イ400や402あたりの潜水艦か?」
厚士の口から次々と飛び出す霧の艦艇の名。
そのあまりにも的確な質問に、マヤは少しだけきょとんとした顔をした。
「え? なんでみんなの名前知ってるの? 提督さん、もしかして霧のスパイ?」
「まあ、そんなところだ」
厚士は軽く受け流す。
「で、どうなんだ?」
その問いにマヤはうーん、と、少しだけ考え込むような、素振りを見せた。
その問いにマヤの楽しげだった表情が一瞬だけ、曇った。
彼女は指先をいじりながら、もごもごと口ごもる。
「…それは……言えない」
「言えない、か」
厚士はそれ以上、彼女を追及しなかった。
無理に吐かせても、嘘をつかれるだけだろう。それに、彼女のこの反応。少なくとも、彼女自身の独断ではないこと、そしてその命令の主が、彼女よりも上の存在ならば、機密保持の為に口を割らないようにされている可能性も否めない。
「……分かった」
厚士は小さく息を吐いた。
「なら、今はいい。その代わり、お前は今日から、俺の艦隊に所属する。異論はないな?」
「うん! それはマヤも大丈夫!」
その点については問題はないらしい。
彼女が獅子身中の虫になるかどうかはわからないが、純正の霧の艦艇を仲間に加えるのは、それ以上のメリットがある。
そのリスクよりもリターンが大きいのならば、彼女を自分が導く。
ただそれだけのことだ。
±±±±±
日本海に浮かぶ鋼鉄の島。
第一洋上プラント『海神』は、ついにその完成の目処が立った。
あとは後詰として呉鎮守府から派遣されてくる、警護担当の艦娘たちにその管轄を引き継げば、この歴史的な大事業の第一段階は完了する。
その大きな節目を祝い、そして、次なる戦いへの英気を養うため。
厚士は艦隊に短い休息を与えることにした。
彼らが宿として選んだのは島根の海沿いにひっそりと佇む、一軒の老舗旅館。
そこに厚士は自分の『艦隊』のクルーたち──キリシマ、タカオ、大淀、そして、新入りのマヤを、全員連れてやってきた。
その一行は、あまりにも異質だった。
黒い軍服に身を包んだ長身の青年。
その隣に立つ、クールでスタイルの良い茶髪の美女(キリシマ)。
少し後ろを歩く、青いロングヘアの勝ち気な美少女(タカオ)。
さらにその隣には、黒髪メガネの知的で清楚な秘書風の、美少女(大淀)。
そして、その周りをきゃっきゃと楽しそうに跳ね回る、赤ずきん姿の愛らしい少女(マヤ)。
旅館の女将や仲居たちは、一体どこの華族のご一行様かと、遠巻きに噂し合ったという。
「うわー! すごーい! これが旅館! マヤ初めてー!」
「マヤさん、あまりはしゃぐと転びますよ」
「いいじゃないか大淀。少しくらい多めに見てやってくれ」
「フン。子供だな」
その夜の宴会は賑やかなものだった。
新鮮な海の幸と、地元の銘酒。
厚士は気心の知れた仲間たちとの酒宴に心の底からリラックスしていた。
キリシマは、相変わらずクールな顔で、しかし、酔わないことを良い事に、ハイペースで酒をあおり。
タカオは、厚士の隣の席をキープし、甲斐甲斐しく彼の世話を焼きながら、時折幸せそうな顔で頬を染めている。
大淀は、そんな全員の様子を見ながら、甲斐甲斐しく鍋の奉行を務め。
そしてマヤは、生まれて初めて見るもの食べるもの、全てに目を輝かせ、部屋中を走り回っていた。
それはもはや、司令官と部下というよりは。
少し年の離れた兄と、個性豊かな四人の姉妹が織りなす、どこにでもあるような、賑やかで、そして温かい『家族』の食卓の風景そのものだった。
戦いの合間の、束の間の休息。
厚士はこの、かけがえのない時間を噛みしめながら思う。
自分がこの世界で本当に守りたいものは、日本の未来や、平和といった大きなものだけではない。
この目の前にあるささやかで、そして、どうしようもなく愛おしい日常。
それこそが、自分が命を懸けるに値する宝物なのだと。
次なる目的地は鳥取沖。
そしてその先には、富山、新潟、秋田と、まだ長い長い創造と、戦いの旅路が待っている。
だが、今の彼には確信があった。
この最高の仲間たちと一緒ならば、どんな困難も乗り越えていけるだろうと。
島根の夜は穏やかに、そして、優しく更けていくのだった。