アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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ヲタクによる、ヲタクのための指導

 

 横須賀鎮守府には、新たなる熱気が渦巻いていた。

 

 『特殊戦技教導大隊』。

 

 その発足の報は、大淀ネットワークを通じて瞬時に全国の鎮守府へと行き渡った。

 

 そして、合同大演習に参加した他鎮守府の候補生たちの間では、その新しい部隊に対する畏怖と、そして、少しばかりの誤解に満ちた噂が飛び交っていた。

 

「……聞いたか? あの横須賀の変態集団が、正式に教官になるらしいぞ」

 

「変態言うなよ……。まあ、分からんでもないが。あいつら、なんか駆逐艦相手に、謎のスキンシップ術を極めた結果、わけのわからんくらい強くなったっていう認識で合ってるか?」

 

「大体合ってる。…ロリコンに目覚めた代償に、強さを手に入れた戦闘民族って話だ」

 

 だが、彼らが実際に目の当たりにした光景は、その斜め下の予想をさらに裏切るものだった。

 

 合同大演習の後、各鎮守府から選抜された10名ずつ、合計40名の代表候補生たちが第一回目の教導を受けるため、横須賀へと集められた。

 

 彼らを出迎えたのは、昨日までただの同期だったはずの横須賀第一期生。

 

 今や彼らは『教官』として、そこに立っていた。

 

 最初の講義と演習で、他鎮守府の候補生たちは度肝を抜かれることになる。

 

 横須賀の教官たちは、軽巡洋艦、重巡洋艦、果ては空母や戦艦といった大型艦の指揮を執らせても、驚くほどそつなくこなしてみせたのだ。

 

 水上機母艦や潜水艦といった特殊な艦種でさえも、その特性を的確に理解し、指揮してみせる。

 

 彼らはもはや、ただの新人ではない。そのまま正規軍のベテラン提督の艦隊に組み込んでも、即戦力として通用するだけのオールラウンドな実力を身につけた、猛者揃いだったのだ。

 

「な、なんだよ、こいつら……。駆逐艦専門じゃなかったのかよ……」

 

「……俺たちと同じカリキュラムを受けていたはずなのに、なぜここまで差が」

 

 だが。

 

 その万能ぶりに感心したのも束の間。

 

 演習の後半。

 

 彼らが自分たちのパートナーである駆逐艦を中心とした水雷戦隊の指揮を執り始めた、その瞬間。

 

 他鎮守府の候補生たちは、本当の絶望を味わうことになる。

 

 動きが全く違う。

 

 練度の次元が違う。

 

 駆逐艦たちが、まるで手足のように海の上を舞い、教科書には載っていない無茶苦茶な連携で敵を翻弄し、そして粉砕していく。

 

 彼らは確かに、オールラウンダーだった。

 

 だが、その本領が駆逐艦を中心とした水雷戦隊の指揮にある時、その真価は何倍にも跳ね上がり、べらぼうに強い。

 

 その言い訳のしようのない事実を目の当たりにして、他鎮守府の候補生たちはようやく悟った。

 

 彼らが手に入れたのは、ただの新しい戦術ではない。

 

 『駆逐艦』という、最も小さく、そして、最も基本的な艦種を極限まで使いこなし、その可能性を引き出すことで大型艦とも互角以上に渡り合えるという、全く新しい戦闘思想そのものなのだと。

 

 そして、その異端の思想を彼らに植え付けた張本人が今もどこかで、さらにとんでもないことを、考えているかもしれないということを。

 

 彼らはまだ、知る由もなかった。

 

 横須賀から始まった小さな革命の波は、こうしてゆっくりと、しかし、確実に、全国の鎮守府へと広がっていくのだった。

 

 

±±±±±

 

 

 『特殊戦技教導大隊』。

 

 その物々しい名前から、他鎮守府の候補生たちが想像していたのは、鬼のように厳しく、そして、エリート然とした教官たちの姿だった。

 

 だが、彼らが実際に目の当たりにしたのは、その予想を180度裏切る光景だった。

 

 横須賀の教官たちは、決して鬼軍曹ではなかった。

 

 むしろその逆。

 

「はい、そこの呉の人ー。今の陣形転換ラグすぎー。そんなんじゃ嫁に愛想尽かされるぞーwww」

 

「舞鶴のそこのあんた! 索敵甘い! 画面の中の2D美少女じゃなくて、目の前の3Dのパートナーをちゃんと見ろよボケ!」

 

 指導は的確で、そしてどこまでも親切丁寧。

 

 だが、その言葉の端々にはどうしても2ちゃんねる掲示板のような独特の煽り文句と、ネットスラングが混じってしまう。

 

 なにせ彼らもまた、同じ穴のムジナ。ネットの海で育ってきたヲタクたちなのだから。

 

 そして、彼ら教導隊は戦闘技術の指導以上に、ある分野において絶大な手腕を発揮した。

 

 それは、悩める同期たちの『恋の悩み相談』だった。

 

「……あの、横須賀の狭霧教官……。僕、時雨とどう接すればいいか分からなくて……」

 

 ある夜、意を決して相談に来た呉の候補生。

 

 その切実な悩みに、横須賀の教官は、にやり、と笑うと、こう言った。

 

「……お前、『電車男』って知ってるか?」

 

「え? あ、はい。ドラマで少し……」

 

「違う。ドラマじゃない。あの、伝説の『祭り』の方だ」

 

 その言葉。

 

 それは、彼らの間でだけ通じる、魔法の合言葉だった。

 

 偶然の出会いから始まった、一人の冴えないオタクの恋を、ネットの名もなき住人たちが、総力を挙げて応援し、そして成就させた、あの奇跡の物語。

 

 ドラマでしか知らない若い世代もいた。

 

 だが、候補生たちの過半数は、あの時あのスレッドをリアルタイムでROMっていたり、あるいは実際に書き込んで、祭りに参加していた『同志』たちだったのだ。

 

「いいか。俺たちも同じだ。お前は一人じゃない。俺たちがいる」

 

 横須賀の教官は、その悩める後輩の肩を力強く叩いた。

 

 彼は、ニヤリと笑った。

 

「明日の朝、ちゃんと目を見て、『おはよう』って言うことからだ。それができたら、次のステップはマッサージだな。いいか、いきなり脚とか触るなよ? まずは肩からだ。そして絶対に、下心は見せるな。あくまで『日頃の感謝』という大義名分を忘れるなよ!」

 

 そこから始まる、あまりにも具体的で、そして、涙ぐましいほどのお節介。

 

 どうすれば自然に会話が弾むか。

 

 どうすれば彼女が喜ぶプレゼントを選べるか。

 

 そして、いかにして、その心の壁を乗り越えるか。

 

 それはもはや、軍事教練ではなかった。

 

 非モテの同志を救うための、恋愛工学セミナーだった。

 

 もちろん、既に大型艦に鼻の下を伸ばし、パートナーとの信頼関係に致命傷を負わせてしまった救いようのないアホはカバーしきれない。

 

 だが、まだ間に合う者たち。

 

 出会って4ヶ月が過ぎても、まだぎこちない関係から一歩も踏み出せないでいる、ヘタレでチキンな同志たちのケツを、彼らは全力で蹴り上げた。

 

「頑張れよ」

 

「俺は応援してるぜ」

 

「何かあったら、いつでも聞けよな」

 

 その不器用で、しかし、どこまでも温かいエール。

 

 それはかつて、ネットの片隅で見ず知らずの誰かの恋を応援した、あの日の熱狂と全く同じものだった。

 

 特殊戦技教導大隊。

 

 彼らはただ、強いだけのエリート部隊ではなかった。

 

 同じ痛みを知るが故に、誰よりも人の心に寄り添える、日本で最もお節介で、そして、最も優しい教官たちの集まりでもあったのだ。

 

 

±±±±±

 

 

【微光】うちの、新人提督、ワンチャンある? Part.18【希望】

 

401:呉の時雨

……あの。

ちょっと、報告してもいいかな……?

 

402:佐世保の五月雨

時雨ちゃん!? どうしたの、改まって。

 

403:舞鶴の霞

何かあったの?

またあんたのところの朴念仁が何かやらかしたとか?

 

404:呉の時雨

ううん、違うんだ。逆なんだよ。

……昨日、演習の後にね。

うちの提督が、「疲れただろう?」って……。

肩、揉んでくれたんだ……。

 

405:名無しの駆逐艦

……

 

406:佐世保の五月雨

……え?

 

407:舞鶴の霞

……は?

 

408:大湊の曙

……マジで?

 

409:呉の時雨

うん……。

すっごくぎこちなくて、手も震えてたけど……。

でも、すごく一生懸命で……。

……ちょっとだけ、嬉しかった、かな。

 

410:佐世保の五月雨

ま、待って!

うちも! うちの司令官も、昨日!

「髪、綺麗だね」って、初めて褒めてくれたんです……!

それで、「良かったら、梳かせてくれないか」って……!

 

411:舞鶴の霞

なっ……!?

こっちのクズもよ!

急に「今まですまなかった」とか謝ってきて!

「これからは君のことだけを見るように努力する」なんて言い出して!

……まあ、当然よ! クズなんだから! (でも、ちょっとだけ、ドキッとしたのは内緒……)

 

412:大湊の曙

……うちのクソ提督も。

夜、寝る前に「おやすみ」って、初めて言ってくれたわ……。

それだけだけど。

……まあ、進歩、よね。

 

413:名無しの駆逐艦

え、え、え?

何、この流れ……?

どうしたのみんな!?

うちの提督は、まだ何もないんだけど!?

 

414:呉の時雨

>>413

多分、あれだよ。

横須賀の教官の人たち。

なんか、うちの提督、昨日あの人たちに呼び出されて、何か話してたみたいだから……。

 

415:佐世保の五月雨

>>414

ああ!

うちの司令官も言ってました!

「横須賀の人たちに男を見せろって、ハッパかけられた」って……!

 

416:名無しの駆逐艦

……あの、変態集団……。

いや、神々……!

戦闘だけじゃなくて、そういう方面の指導もしてくれてるんだ……!

 

417:舞鶴の霞

……まあ、まだまだ、横須賀の連中みたいにはいかないでしょうけどね。

あそこの霞なんて、もう完全にママだし。

曙なんて、もう完全に雌だし。

 

418:名無しの駆逐艦

>>417

言い方www

でも、羨ましいよね……。

 

419:呉の時雨

うん……。

でも、少しだけ、希望、見えてきたかも。

僕たちの鎮守府も、いつか、横須賀みたいになれるのかな……。

 

420:佐世保の五月雨

なれますよ、きっと!

私たちも頑張らないと!

 

421:大湊の曙

……まあ、期待しないで待っててあげるわ。

あのクソ提督が、どこまでやれるのか見ものね。

 

 

 その日。

 

 絶望の淵に沈んでいた艦娘専用掲示板に、久しぶりに一条の光が差し込んだ。

 

 それはまだ小さく、そして、頼りない光かもしれない。

 

 だが、それは確かに、彼女たちの冷え切った心に、再び温かい希望の灯を、ともし始めていた。

 

 横須賀から始まった小さな革命の波紋。

 

 それは戦闘教義だけでなく、提督と艦娘の『心』のあり方までも、ゆっくりと、しかし、確実に変えていこうとしていた。

 

 全ての艦娘が、そのパートナーと幸せになれる未来。

 

 その実現のために、今日もどこかでお節介なヲタク教官たちの熱い指導が続けられていることを、彼女たちはまだ知らない。

 

 

±±±±±

 

 

 恋の伝道師は何も、お節介なヲタク教官たちだけではなかった。

 

 いや、むしろ、本当の意味での『伝道師』は、彼女たちだったのかもしれない。

 

 その夜も、横須賀鎮守府の女子寮の一室には、深刻な顔つきの駆逐艦たちが集まっていた。

 

 教導隊の指導によって、少しずつ関係が改善し始めたとはいえ、まだまだ問題は山積み。

 

 特に、一度大型艦に現を抜かし、パートナーとの信頼関係に深い傷を負わせてしまった提督たちの艦娘たち。

 

 その悩みは、切実だった。

 

「……どうすれば、いいんでしょうか」

 

 ぽつり、と、呉から来た、一人の綾波が呟いた。

 

「司令官は謝ってはくれました。でもやっぱり、どこかぎこちなくて……。毎日、顔を合わせるのが辛い、です……」

 

 その痛ましい告白に、部屋の空気が重くなる。

 

 そんな彼女たちの前に座っているのは、横須賀第一期生のパートナーを務める駆逐艦たち。

 

 もはやこの合同教練において、恋愛マスターとして崇められつつある彼女たちだ。

 

「……なるほどね」

 

 腕を組み、話を聞いていた横須賀の叢雲が、静かに口を開いた。

 

 彼女はもはや、ただのプライド高い少女ではない。自分のパートナーを完全に手綱で操る、『姉さん女房』としての風格すら漂わせていた。

 

「ハッキリ言うわ。あんたも悪い」

 

「え……!?」

 

「あんたの提督が、他の女に目を奪われたのは、100%あんたの努力不足よ。自分の男一人夢中にさせられないで、何が駆逐艦よ」

 

 そのあまりにも辛辣で、しかし、的を射た言葉に、相談者の、綾波がぐうの音も出なくなる。

 

 だがそこですかさず、横須賀の吹雪が、優しくフォローに入った。

 

「ま、まあまあ、叢雲ちゃん! 言い方! でもつまり、まだやれることがあるってことだよ!」

 

「そうそう!」

 

 と、横須賀の白露が、元気よく続く。

 

「要は、こっちを向かせてやればいいんでしょ? あの、デカいだけの女たちより、私たちの方が、いっちばーん魅力的だって分からせてやれば!」

 

 彼女たちはただの恋愛初心者ではなかった。

 

 あのヘタレでチキンだった元・ヲタクたちを、完全に自分に惚れさせ、そして今やその身も心も手に入れた(あるいは、その寸前まで来ている)、百戦錬磨の恋の戦乙女なのだ。(※ただし、厚士によって最初にふにゃふにゃにされてしまった浜風は例外として、ニコニコしながらお茶を淹れている)

 

「いい? よく聞きなさい」

 

 叢雲がまるで、作戦ブリーフィングでもするかのように、具体的な戦術を授け始める。

 

「まず『ギャップ』よ。普段見せない一面を見せるの。例えばあんた、料理はできる?」

 

「い、いえ、まだあまり……」

 

「なら練習しなさい。そして何気なく手作りのお弁当でも差し入れてみる。胃袋を掴むのは基本中の基本よ」

 

「あとは『特別感』ね!」

 

 白露が目を輝かせる。

 

「『他の人には内緒だよ』って言って、二人だけの秘密を共有するの! 男ってのはそういうのに、いっちばーん弱いのよ!」

 

「そ、それから、やっぱりスキンシップ、です……!」

 

 潮が顔を真っ赤にしながらも、小さな声で助言する。

 

「演習の後とかに『疲れましたね』って、言って、さりげなく肩を揉んであげたり……。そ、そうすれば、きっと、提督さんも……」

 

 次々と繰り出される、あまりにも具体的で、そして、効果てきめん間違いなしの恋愛テクニック。

 

 それは彼女たちが、この数ヶ月で自分たちのパートナーを攻略するために、実際に試し、そして、成功させてきた生きた戦術だった。

 

 相談に来た駆逐艦の少女たちの目に、だんだんと光が戻ってくる。

 

 そうだ。

 

 まだ、諦めるのは早い。

 

 自分はまだ何もしていなかった。

 

「……あの、私、頑張ります!」

 

 綾波が力強く宣言した。

 

 その決意を見て、横須賀の戦乙女たちは満足げに頷き合った。

 

 自分たちが掴んだこの幸せを、他の姉妹たちにもお裾分けしてあげる。

 

 それもまた、先に進んだ者としての務め。

 

 そして何よりも、自分たちの愛する司令官たちが、他の女に、うつつを抜かすことなく、自分だけを見てくれるようにするための、巧妙な布石でもあったりなかったり。

 

 こうして夜な夜な開かれる秘密の女子会は、ただの愚痴の言い合いの場から、傷ついた乙女たちを救済し、そして再起させるための『恋愛戦略会議』へと、その様相を変えていくのだった。

 

 

 

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