アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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平成維新の革命児

 

 新井木厚士が『富嶽計画』を提唱してから、僅か数ヶ月。

 

 日本海はその様相を完全に変えていた。

 

 富山湾沖。

 

 そこに浮かぶのはもはや船ではなかった。

 

 全長66km、幅35km。島根沖の『海神』と寸分違わぬもう一つの巨大な人工島。

 

 日本の未来、五百年を支えるエネルギーの心臓部。

 

 第二洋上プラント『竜宮』が、ついに完成したのだ。

 

 それだけではない。

 

 鳥取沖、新潟沖、秋田沖。日本海沿岸に点在する複数のメタンハイドレート鉱床の上には自己増殖した工作艦たちによって建設された、中・小規模の掘削プラントが林立していた。

 

 それらは全て、海底パイプラインで結ばれ、一つの巨大なエネルギー供給ネットワークを形成していた。

 

 そしてその創造と並行して行われた『大掃除』。

 

 厚士が率いる東洋方面第一巡航艦隊を最強の『剣』とし。

 

 横須賀で生まれた新生『第一機動護衛艦群』を鉄壁の『盾』とし。

 

 無数に量産された霧の海防艦艦隊を、最も厄介な『番犬』とし。

 

 そして後方支援と遊撃を担う全国の艦娘たち。

 

 日本の持てる全ての海洋戦力が、日本海に集結し、解き放たれた。

 

 それはもはや、戦闘ではなかった。

 

 一方的な『駆除』だった。

 

 深海棲艦の艦隊は発見され次第、跡形もなく殲滅され、焼き払われた。

 

 そしてついに、その日は来た。

 

 津軽海峡、及び、対馬海峡を完全封鎖。

 

 これを絶対防衛線と設定する。

 

 厚士の名で発せられた、その宣言と共に。

 

 人類は、対深海棲艦戦争が始まって以来初めて。

 

 深海棲艦の脅威から完全に解放された海を、その手に取り戻したのだ。

 

 それは世界の広大な海から見れば、あまりにも小さな水たまりのような海域だったかもしれない。

 

 だが、その『日本海』という、安全な聖域の誕生は、世界に計り知れないほどの衝撃と、影響を与えることになる。

 

 まず日本のエネルギー事情は完全に変わった。

 

 『海神』と『竜宮』、そして、無数のプラント群から産出される膨大な天然ガスとメタンハイドレート。

 

 それは国内のエネルギー需要を賄って、なお、余りある量だった。

 

 資源の乏しかった島国日本は、一夜にして中東の産油国すら羨む、世界有数のエネルギー資源大国へと変貌を遂げたのだ。

 

 その力は外交のテーブルにおいて、何よりも強力なカードとなった。

 

 そして、もう一つ。

 

 日本海から深海棲艦がいなくなったということは。

 

 日本が再び、大陸との安全な交易路をその手にした、ということを意味していた。

 

 ロシア、そして、中国や韓国でさえも。

 

 この安全な航路を使わせてもらうためには、日本の機嫌を伺うしかなくなった。

 

 力は秩序を生む。

 

 新井木厚士という、たった一人の男がもたらした、圧倒的な『力』。

 

 それはこの極東の海域に、日本を中心とした全く新しい、そして揺るぎない新しい秩序をもたらしたのだった。

 

 日本の本当の夜明け。

 

 その眩い光は、今まさに、昇り始めたばかりだった。

 

 

±±±±±

 

 

 日本海が絶対聖域と化した後。

 

 第二洋上プラント『竜宮』の防衛任務は、当初の予定から変更された。

 

 厚士が率いる東洋方面第一巡航艦隊が、そこに常駐するまでもない。

 

 霧の海防艦をさらに増産し、日本海全域を24時間365日絶え間なく駆け回る、無数の『番犬』を配置する。

 

 それだけで、防衛としては十分すぎると判断されたからだ。

 

 そして その決定によって身軽になった厚士は、すぐさま『富嶽計画』の第二段階へと駒を進めた。

 

 横須賀鎮守府、司令官執務室。

 

 厚士は瑞丸中将の前に、一枚の報告書ではなく、ただの、一冊の文庫本を、そっと置いた。

 

 その表紙には、こう記されていた。

 

 『高機動幻想 ガンパレード・マーチK2 北海道独立』。

 

「……新井木君。これは……?」

 

 瑞丸中将が怪訝な顔で、その文庫本を手に取る。

 

「私のいた世界の物語…ゲームのノベライズです。こちらの世界でも存在しておりましたので、参考資料として用意させていただきました」

 

 厚士は静かに、語り始めた。

 

「その物語の世界では、人類は『幻獣』という敵性生物によって滅亡の危機に瀕しています。ユーラシア大陸はほぼ陥落。大陸を渡ってきた幻獣に対し、日本の九州熊本を防衛拠点として、学生兵たちが必死に抵抗を続ける。…そんな物語です」

 

「……我々の状況と、よく似ているな」

 

 瑞丸中将が呟く。

 

「はい。そしてその絶望的な状況の中で、物語の中の日本政府は、一つの大きな決断をします」

 

 厚士は文庫本を指さした。

 

「北海道を大規模に再開墾し、日本列島の全ての食料を賄う巨大な食糧生産基地へと大改造したのです」

 

「……!」

 

「閣下。我々が直面している問題も同じです」

 

 厚士の声が熱を帯びる。

 

「『富嶽計画』によって、エネルギー資源の自給は達成できます。ですが、もう一つの生命線である食料はどうでしょうか。この世界の日本の食料自給率も、私のいた世界と同じく極めて低い。有事になれば、海外からの輸入は止まり、国民は飢えることになる」

 

「……」

 

「ならば、答えは一つです。我々も、この『ガンパレード・マーチ』の世界と同じように、北海道の広大な土地を再開発し、日本の食料を全て自給自足できるだけの巨大な、食糧生産地へと生まれ変わらせるのです」

 

 それは国家規模の食糧生産革命。

 

 厚士はそこで一度言葉を切ると、窓の外の青い空を見上げた。

 

「日本の夜明けを謳うのであれば。それはかつて、明治維新の理想に燃えた坂本龍馬が夢見た国の姿であるべきだ、と、私は思います。エネルギーと、食料。その二つを完全に自給自足できてこそ、この国は初めて、誰にも依存しない真の独立国家となる。それこそが、霊峰『富嶽』の名を冠するに値する、本計画の最終到達点であると、私は強く信じます」

 

 そのあまりにも壮大で雄大、そして、どこまでもこの国の未来を見据えた提言。

 

 瑞丸中将は、その姿に現代の勝海舟や西郷隆盛、そして坂本龍馬という明治の英雄たちの姿を厚士に見た。

 

 彼はただ静かに、手の中の文庫本を見つめる。

 

 その紙の中に、自分たちの国の新しい未来の形が記されているような、不思議な感覚に包まれながら。

 

 新井木厚士という男は常に、自分たちの想像の遥か上空を飛んでいる。

 

 その事実を、改めて痛感させられる瞬間だった。

 

 

±±±±±

 

 

 静まり返った司令官執務室。

 

 厚士の魂からの叫びだけが、その空間に木霊していた。

 

 瑞丸中将は、ただ黙って、目の前の青年を見つめていた。

 

 その黒い軍服に身を包んだ若者の姿が、彼の目にはただの30代の若者には見えていなかった。

 

 彼の後ろに、まるで陽炎のようにいくつもの偉大な先人たちの影が重なって見えていたのだ。

 

 最初に浮かんだのは、幕末の混沌の中、たった一人で百年先の日本の海軍の未来を見据え、神戸に海軍操練所を創設した、あの勝海舟の姿。

 

 奇抜な発想。

 

 旧来の常識に囚われない、柔軟な思考。

 

 そして、国家の未来のためならば、己の毀誉褒貶など一切顧みないあの覚悟。

 

 今、目の前で霧の超技術を操り、国家の百年の計を説くこの青年の姿は、まさしく在りし日の、勝先生そのものではないか。

 

 次に浮かんだのは、その無骨な風貌とは裏腹に、誰よりも情に厚く、そして一度事を決すれば、テコでも動かぬあの薩摩の巨星、西郷隆盛の姿。

 

 彼は嘱託提督制度を提案した。

 

 それはただの人員確保策ではない。

 

 今まで虐げられてきた名もなき民(ヲタク)たちに力を与え、国の中核を担わせようとする、壮大な革命。

 

 その根底に流れるのは、どこまでも民を愛し、民と共に歩もうとする、あの『敬天愛人』の精神そのものではないか。

 

 最後に浮かんだのは、あの風のように現れ、そして、風のように去っていった、稀代の風雲児。

 

 坂本龍馬の姿。

 

 藩という小さな枠組みを飛び越え、『日本』という大きな船の未来を誰よりも案じ、そして夢見たあの男。

 

 『エネルギーと食糧。その二つを自給自足できてこそ、真の日本の夜明けとなる』

 

 今、厚士が語ったその言葉は、かつて龍馬が神戸の海で世界の海図を広げながら、仲間たちに語ったであろう日本の新しい未来の夢と、寸分違わぬものではないか。

 

 瑞丸中将は、ゆっくりと、目を閉じた。

 

 そして、目頭が熱くなるのを感じた。

 

(……なんという、男だ……君は、本気で維新を起こそうと言うのか)

 

 この青年は一人ではない。

 

 彼のその身の中には、かつてこの日本という国を憂い、愛し、そして、命を懸けて変えようとした、全ての英雄たちの魂が宿っているかのようだ。

 

 勝海舟の先見の明。

 

 西郷隆盛の民への愛。

 

そして、坂本龍馬の壮大な夢。

 

 その全てを併せ持つ、奇跡のような存在。

 

 それが、新井木厚士という男なのだ。

 

「……分かった」

 

 瑞丸中将は目を開くと、深く、どこまでも、深く、頷いた。

 

 その声は、もはやただの上官のものではなかった。

 

 一人の歴史の目撃者としての、そして、同じ日本を愛する一人の男としての、魂からの同意だった。

 

「君の言う通りだ。それこそが、真の『富嶽計画』に相応しい。…やろう。この瑞丸も、この身、粉にして、その新しい日本の夜明けを実現させるための礎となろう」

 

 その言葉に、厚士は深く、敬礼を返す。

 

 二人の提督の心は今、完全に一つになった。

 

 時代を超え、立場を超え、ただ一つの日本の未来という大きな夢のために。

 

 歴史の歯車は再び大きく、そして力強く、回り始めたのだった。

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