アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く 作:おかーちゃんサーナイト
【観測終了】日本海はもう、我々の知る海ではなくなった【諦観】 Part.1
1:マンセー名無しさん
……終わったな。
2:マンセー名無しさん
ああ……終わった。
3:マンセー名無しさん
何が、とは、もう言うまい。
ただ静かに受け入れよう。
我々の東の海は、今日、死んだのだと。
4. マンセー名無しさん
この、4ヶ月、何だったんだろうな……。
最初は笑っていた。
次に怒り狂った。
そして恐怖に震えた。
……で、今はもう、何も感じない。
ただ虚しい。
5:マンセー名無しさん
さっき軍の関係者のリーク情報が出回ってたぞ。
日本の新しい防衛ライン。
津軽海峡と対馬海峡を完全に封鎖。
日本海は完全に彼らの『内海』になった、と。
一匹の深海棲艦も存在しない、安全な海だとさ。
6:マンセー名無しさん
……天国じゃないか。
7:マンセー名無しさん
>>6
ああ、チョッパリどもだけの、な。
8:マンセー名無しさん
独島も完全に要塞化されたらしいな。
もう誰も近づけない。
あの小さい警備艇みたいなのが、常に100隻以上うろついてるって。
9:マンセー名無しさん
>>8
あれはもう、神の軍勢だろ……。
10:マンセー名無しさん
……なあ。
俺もう、日本を非難するのやめようと思う。
11:マンセー名無しさん
>>10
どうした、兄さん。
ついに頭がおかしくなったか?
12:マンセー名無しさん
>>10
いや、分かるぞその気持ち。
だってもう、次元が違うんだ。
我々が蟻だとしたら、彼らは人間。
いや違う。
神だ。
神が自分の庭を作っているのを見て、蟻が文句を言っても仕方がないだろう?
13:マンセー名無しさん
……神。
あの、『青のあつこちゃん』か……。
14:マンセー名無しさん
ああ。
考えてみればおかしかったんだ。
たった数ヶ月で国のエネルギー問題を解決し。
海の上に半島を作り。
そして、神の軍勢を無限に生み出す。
あんなの人間業じゃない。
15:マンセー名無しさん
……俺たちの大統領や将軍たちが裸で土下座しても、許してもらえないだろうな……。
16:マンセー名無しさん
むしろこれからは、積極的に日本に媚びを売っていくべきじゃないか?
あの、安全な航路を使わせてもらうだけでも、我が国の経済は息を吹き返すぞ。
17:マンセー名無しさん
>>16
正気か!?
プライドはどうした!
18:マンセー名無しさん
>>17
プライドで飯が食えるか?
深海棲艦に怯えながら暮らすより、神の慈悲にすがって生きていく方がよっぽどマシだ。
19:マンセー名無しさん
もうだめだこの国……。
完全に骨抜きにされてしまった……。
20:マンセー名無しさん
だが、それも仕方ない。
我々は見てしまったのだから。
本当の『力』というものを。
21:マンセー名無しさん
ああ……。
これからは東を向いて祈りを捧げるか。
偉大なる海の神、アライギ様……と。
22:マンセー名無しさん
>>21
やめろwww
不謹慎だが少し笑ってしまったwww
23:マンセー名無しさん
だが、もう本当にそうでも思わないとやってられない。
ホルホルもファビョるエネルギーも残ってない。
ただ圧倒的な現実がそこにあるだけだ……。
その日。
隣国の匿名掲示板は、一つの時代の終わりを、静かに受け入れていた。
怒りも憎しみも恐怖すらも、全て通り越し。
後に残ったのは、あまりにも巨大すぎる存在に対する、一種の宗教的な諦観だった。
彼らはもはや、日本と張り合おうとすら思わない。
ただ、自分たちの理解を超えた上位存在として、その動向を静かに見守るしかないのだと。
それはある意味で最も健全で、そして、最も悲しい、国際関係の始まりでもあった。
±±±±±
北京。
最高幹部たちが集うその会議室は、まるで時間が止まったかのような、重い沈黙に支配されていた。
誰一人、言葉を発しない。
ただ正面の巨大なスクリーンに映し出された一枚の衛星写真だけが、全ての議論の無意味さを物語っていた。
それは日本の西の海を映し出した写真。
だがそれは、彼らが知っていた日本海の姿では、もはやなかった。
島根の沖合には一つの巨大な島が生まれ。
富山湾にはそれと対をなす、もう一つの島が、その威容を誇っている。
そしてその二つを結ぶように、無数の小さな光点が規則正しく点滅し網の目のように張り巡らされている。
霧の海防艦による絶対防衛ラインだ。
「……」
長い、長い、沈黙を破ったのは、最高指導者のかすれた声だった。
「……これが、現実、か」
その一言は問いかけではなかった。
ただ、目の前の信じがたい事実を、自分自身に言い聞かせるための呟き。
人民解放軍海軍の司令官が、震える声で報告する。
「……はっ。我が国の全ての諜報衛星、及び、潜水艦からの情報を統合分析した結果……間違いありません。日本海は現在、深海棲艦の活動が完全に、ゼロの状態にあります。そして、彼らが『絶対防衛線』と呼称する、津軽、対馬の両海峡は、物理的に完全に封鎖されています。もはや我々が、許可なく一隻の船も通すことは不可能かと」
「……『新井木厚士』の排除計画は、どうなっている」
指導者が静かに問う。
国家安全部の長官が、滝のような汗を流しながら答えた。
「……完全に、頓挫しております。先の竹島での失敗以降、いかなる諜報活動も、事前に察知されてしまう状況です。…正直に申し上げて、物理的な手段での排除は不可能かと……」
再び、沈黙が落ちる。
打つ手がない。
軍事力でも、情報戦でも、そして、経済力(資源)でも。
全ての分野において、日本は自分たちの手の届かない、遥か彼方へと行ってしまった。
あの、たった一人の、男の出現によって。
「……韓国が泣きついてきたぞ」
外務大臣が、苦々しい表情で言った。
「日本の安全な航路を利用するための仲介をしてくれ、と。…もちろん、それには莫大な対価(資源)を、日本に支払わなければならないが」
「……我々もいずれ、同じ道を辿ることになるかもしれんな」
指導者が、ぽつり、と呟いた。
深海棲艦の脅威が存在する限り、この安全な海のルートは、あまりにも魅力的すぎる。
プライドを捨ててでも、手に入れなければならない生命線だ。
会議室に、絶望的な空気が漂う。
その時だった。
「……一つ、よろしいでしょうか、主席」
今まで黙っていた一人の若い参謀が、意を決したように、口を開いた。
「……言ってみろ」
「……発想を、変えるべきです」
その参謀の目には恐怖ではなく、冷静な光が宿っていた。
「我々は今まで、『新井木厚士』と日本を『敵』として、認識してきました。ですがそれは、もはや不可能です。ならば、これからは彼らを『利用すべき最強の取引相手』として、認識し直すべきではないでしょうか」
「……続けろ」
「彼は圧倒的な力を持っています。ですが、その力の行使は、今のところ日本の防衛と、資源確保に限定されています。彼が我々に対して、明確な侵略の意図を見せていない、今こそが好機です。我々が彼らに提供できるものは何か。それは、大陸における情報と、そして、『共通の敵』に対する共同戦線です。我々が頭を下げ、協力の姿勢を見せれば、彼は、あるいはその矛先を我々ではなく、太平洋の向こう側……アメリカに向けるかもしれない」
それはあまりにも狡猾で、そして、中国らしい打算に満ちた提案だった。
敵わないならば味方のフリをしろ。
そして、その力を利用し、自分の本当の敵を討たせろ。
会議室の空気がわずかに変わった。
絶望から、冷徹な打算へと。
指導者は目を閉じたまま、長く、長く、考え込んでいた。
そして彼は、一言だけ呟いた。
「……検討しよう」
それは中国という巨龍が、その歴史の中で何度も繰り返してきた、現実的な生存戦略への舵切りを意味していた。
正面からの衝突を避け、相手を懐柔し、利用し、そして、いずれその全てを飲み込む。
彼らは決して、諦めてはいなかった。
ただ、戦いのステージを、武力闘争からより長く、そして、より陰湿な『外交』という名の戦場へと、移しただけだった。
龍の沈黙は、決して敗北を意味しない。
次なる機会を、ただ静かに、そして狡猾に、待ち構えている、その証なのだった。
±±±±±
(……なるほどな。敵わぬと見るや、今度は尻尾を振って、懐柔しようというわけか。実に合理的で、そして反吐が出るほど狡猾だな)
東洋方面第一巡航艦隊、キリシマの艦長席。
厚士はリアルタイムで転送されてくる、中南海の極秘会議の内容を冷たい目で見つめながら吐き捨てた。
龍は決して、諦めてはいない。
ただ戦いのやり方を変えただけ。
その事実は、厚士に一切の油断を許さなかった。
(……だが甘い、な)
厚士の口元に、氷のような笑みが浮かんだ。
(お前たちが俺を『取引相手』として認識し直すというのなら。こちらもお前たちを『交渉のテーブルに引きずり出すべき敵』として、認識させてもらうまでだ)
彼は一切の躊躇をしなかった。
相手がその牙を隠した今こそが、その喉元を完全に噛み砕く絶好の機会なのだから。
厚士はすぐさま大淀へ、指示を出した。
そして数時間後。
国連の安全保障理事会は、緊急で招集されることになった。
議題は、『中華人民共和国による、国際平和に対する重大な脅威案件について』。
議場が固唾を呑んで見守る中。
日本の国連大使が、静かに立ち上がった。
そして彼は、一つの電子ファイルを、全加盟国のモニターへと転送した。
そのファイルに目を通した各国の代表たちは、先日の韓国の比ではない戦慄に襲われた。
【中華人民共和国による、対日敵対工作、及び、国際秩序への挑戦に関する証拠報告書】(情報提供:東洋方面第一巡航艦隊 司令長官 新井木 厚士)
そこに記されていたのは本来、決して世に出るはずのなかった中国の最も暗い部分だった。
証拠1:竹島狙撃事件の全容
先日、竹島で新井木厚士のダミー人形を狙撃し、拿捕された中国人民解放軍、特殊作戦群、所属工作員の完璧な供述調書。
証拠2:『最優先排除対象』指定の証拠
その、狙撃事件の前、中南海で開かれた最高幹部会議において、中国共産党が極秘裏に『新井木厚士』を、最優先の暗殺対象として指定したという事実。
その会議の、完璧な音声記録と議事録の全文。
結論、及び、日本からの最終通告:
上記の、中国の一連の行いは、単に日本への敵対行為に留まらない。
現在、世界で唯一、深海棲艦の存在しない日本海の安全保障を著しく脅かし、ひいては全人類の共通の敵である深海棲艦との戦いを妨害する、全人類に対する重大な背信行為である。
よって我が国は、この中国の暴挙に対し、過去最大の遺憾の意を表明すると共に、国際社会に対し、中国への厳しい対応を、強く、要求するものである。
議場は死んだように静まり返った。
中国の大使は、顔面蒼白でワナワナと震えている。
言い逃れなど、できるはずもない。
自分たちの最高機密であるはずの会議の内容が、完全に盗聴され、そして全世界の前に晒されているのだ。
厚士はやったのだ。
龍がその腹の中で何を考えているのかを、完全に暴き立て、そしてその喉元に、抜き身の刃を突き立ててみせた。
『──さあ、どうする?』
その報告書は無言で、しかし、何よりも雄弁に、中国に、そして、世界に問いかけていた。
『この期に及んで、まだ小賢しい真似を続けるのか? それとも、全ての罪を認めひれ伏すのか? 選べ』、と。
龍の沈黙は続いた。
しかしその無言すらも、自らの喉元に突き立てられた、冷たい刃の感触に、ただ、喘ぐ断末魔の悲鳴に他ならなかった。
±±±±±
首相官邸地下、危機管理センター。
そこに集っていたのは、総理大臣を筆頭に、日本の政治を司る最高首脳部の面々だった。
だが、その会議室の空気は、いつものような重苦しいものではなく、どこか浮足立った、そして現実感を失ったような、奇妙な高揚感に包まれていた。
正面の巨大なモニターには、国連で完全に沈黙する、中国大使の無様な姿が映し出されている。
「……信じられん」
外務大臣が、まるで夢でも見ているかのように呟いた。
「あの傲岸不遜な中国が……。手も足も出せずにいるとは……」
「手も足も出ないどころの騒ぎではありませんな」
防衛大臣が興奮を隠しきれない様子で続く。
「『新井木提督』は、彼らの喉元に刃を突き立てたまま、『さあ、どうする?』と、問いかけている。これはもはや外交ではない。完全な、調伏だ」
財務大臣が、笑いが止まらないといった顔で報告する。
「先ほど入った情報によりますと、国際金融市場では中国の信用格付けが暴落。逆に、日本の円は安全資産として、空前の買いが集まっている、とのことです! 『富嶽計画』の成功と相まって、我が国の経済はまさに、神武以来の好景気に沸いておりますぞ!」
会議室が楽観的なムードに包まれる。
無理もない。
ここ数ヶ月で、この国は劇的に変わったのだ。
富嶽計画によって、五百年は尽きることのないエネルギー資源を手に入れ、世界有数の資源大国へと変貌し。
その第二段階として、北海道を一大食糧生産基地へと改造するという、壮大な未来図まで示された。
そして外交面では。
今まで煮え湯を飲まされ続けてきた韓国と中国を、国際社会の前で完璧にフルボッコにするという、痛快を通り越し、もはや爽快ですらある離れ業。
その全てを成し遂げたのは、たった一人の男。
新井木厚士。
だが。
その熱狂の中でただ一人。
総理大臣だけが腕を組み、厳しい表情で黙り込んでいた。
「……総理? 何か、ご懸念でも?」
官房長官が訝しげに問いかける。
総理は、ゆっくりと顔を上げた。
その目には喜びではなく、深い、深い、憂慮の色が浮かんでいた。
「……諸君はまだ、分かっていないのかね」
「……は?」
「我々が手にしたこの『勝利』が、どれほど危ういバランスの上に成り立っているのかを」
総理は静かに言った。
「新井木提督は劇薬だ。それも、あまりにも強力すぎる劇薬だ。彼は確かに、我が国を蝕んでいた病を取り除いてくれた。だが、そのあまりの強さ故に、我々は今、完全にその劇薬に『依存』してしまっている」
「……」
「彼の情報戦能力。彼の霧の艦隊。そして、彼の未来の知識。そのどれか一つでも失われれば、この奇跡のような好景気も、外交的な勝利も、全てが砂上の楼閣のように崩れ去る。…違うかね?」
会議室が水を打ったように静まり返る。
誰もが、そのあまりにも当然の事実に、今更ながら気づかされたのだ。
「我々はもはや、彼なしではこの国を動かせなくなっている。国防も、経済も、外交も、その全てを、たった一人の青年の双肩に委ねてしまっている。…この異常な状態を、諸君はどう考える?」
それは誰もが目を背けてきた、不都合な真実だった。
新井木厚士という存在は、日本にとって最高の救世主であると同時に、国家の機能を麻痺させかねない、最大のリスクでもあったのだ。
「……我々は彼を、どう扱うべきなのか」
総理のその呟きは、誰に向けるでもなく、虚空に消えた。
彼を神として崇め、全てを委ねるのか。
それともいつか来る、彼がいなくなった未来のために、少しずつその『依存』から脱却する道を模索し始めるのか。
日本の指導者たちは、深海棲艦とはまた別の、あまりにも大きく、そしてあまりにも厄介な問題を突きつけられていた。
『新井木厚士』という劇薬の副作用と、どう向き合っていくのか。
その答えを見つけ出すための、彼らの本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。