アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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第二次スラバヤ沖海戦

 

 『富嶽計画』第二段階──北海道、大食糧生産基地化計画の準備が着々と進められていたある日のこと。

 

 横須賀鎮守府の作戦司令室に、けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「──緊急警報! スラバヤ沖にて大規模な深海棲艦の集結を確認!」

 

「その数、数百! 付近を航行中の輸送船団が次々と襲撃を受けています!」

 

 その報告に司令部の空気が一瞬で凍りつく。

 

 だが、その緊張を打ち破ったのは、その場に居合わせた新井木厚士の、どこまでも冷静な一言だった。

 

「──来たか」

 

 彼はまるでその時が来るのを、ずっと待っていたかのように静かに呟いた。

 

 スラバヤ沖。

 

 その地名は厚士がかねてより、『深海棲艦の次なる大規模攻勢の可能性が極めて高い』として、瑞丸中将に極秘の警戒網を敷くよう提言していた場所そのものだった。

 

 彼の脳内に刻まれた記憶。

 

 2014年春の期間限定海域イベント『索敵機、発艦始め!』。

 

 その作戦海域と、今回の敵の集結ポイントは、完全に一致していた。

 

 それは厚士が持つ『向こう10年の艦これ知識』──すなわち、深海棲艦がどの海域で、どのような大規模作戦を仕掛けてくるのかという未来の情報が、完全に信頼に足る最高の戦略兵器であるという、何よりの証左となった瞬間だった。

 

「……君の言う通りだったな、新井木君」

 

 瑞丸中将が、厳しい、しかし、どこか安堵したような表情で頷く。

 

 もはや躊躇う必要はない。

 

 日本全国の各鎮守府は一斉に最高レベルの臨戦態勢へと移行。

 

 そして、横須賀鎮守府は即座に南西方面への大規模な艦隊派遣を決定した。

 

 その陣容は、日本の、いや、人類の歴史上類を見ない最強の布陣だった。

 

 第一艦隊:東洋方面第一巡航艦隊

 司令長官:新井木厚士

 旗艦:大戦艦キリシマ

 随伴艦:重巡洋艦タカオ、マヤ

 連合艦隊総旗艦:イージス艦 おおよど(副官:大淀)

 

 第二艦隊:新生『第一機動護衛艦群』

 司令長官:瑞丸中将

 航空戦力:空母ひゅうが、いせ

 護衛戦力:イージス艦こんごう、きりしま、みょうこう、ちょうかい、あたご、あしがら

 

 第三艦隊:横須賀鎮守府・精鋭艦娘部隊

 大和、武蔵、長門、陸奥、金剛型姉妹、最強の戦艦群。

 赤城、加賀、飛龍、蒼龍を始めとする、正規空母部隊。

 そして、それらを支援する全ての艦娘たち。もちろん、彼女たちを率いるベテラン提督たち

 

 そして日本の守りは新井木厚士の薫陶を受けた『特殊戦技教導大隊』の精鋭たちも自らの『提督用艤装』を身につけ日本近海の防備に努める。

 

 『富嶽計画』によってもたらされた、事実上無限の資源。

 

 その圧倒的な物量を背景として、初めて可能となった国家の総力を挙げた、超大規模作戦・遠征攻略艦隊。

 

 横須賀の港を埋め尽くす鋼鉄の大船団。

 

 その光景は圧巻だった。

 

 瑞丸中将は自らが座乗する護衛空母ひゅうがのブリッジから、その光景を見渡し、静かに、そして、力強く号令を下した。

 

「全艦、出撃! 目標、スラバヤ沖! これより我々は、守りから攻勢へと転じる。人類の反撃の狼煙を上げるぞ!」

 

 その声と共に、日本の新たなる力が、その牙を剥き、世界の海を取り戻すための第一歩を力強く踏み出した。

 

 歴史の教科書に後に『第二次スラバヤ沖海戦』として記されることになる、戦いの火蓋が今、切って落とされた。

 

 

±±±±±

 

 

 スラバヤ沖の海は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 

 だが、その水面下では、人類と深海棲艦双方のレーダーとソナーが火花を散らし、互いの位置を探り合っていた。

 

 そしてついに、その静寂は破られた。

 

 日本の大連合艦隊の前衛が捉えた敵の陣容。

 

 その報告は、司令部に緊張を走らせた。

 

 敵もまた、この決戦に相応しい精強揃いだったのだ。

 

 敵・最前衛:

 軽巡ヘ級flagshipを、旗艦とする、強力な水雷戦隊。

 

 敵・前線後衛:

 軽母ヌ級flagshipと、潜水カ級flagshipを含む、潜水艦混じりの遊撃部隊。

 

 敵・主力艦隊:

 二隻の、軽母ヌ級flagshipを擁する、空母機動護衛部隊と、戦艦タ級elite、雷巡チ級flagship二隻を含む、強力な水上打撃部隊。

 

 そして、この海域のボス:

 『重巡リ級改flagship』を旗艦とする、精鋭の重水雷戦隊。

 

「……凄まじい数だな」

 

 護衛空母『ひゅうが』のCIC。

 

 この大連合艦隊の総司令官を務める瑞丸中将が、呻くように呟いた。

 

「しかも、これでまだ、敵全体の五分の一にも満たない前線部隊だと……?」

 

 だがその声に恐怖の色はなかった。

 

 むしろ、その瞳には武者震いにも似た、闘志の炎が宿っていた。

 

 なぜなら、自分たちの手の中には今、この絶望的な物量を覆すだけの『力』があるのだから。

 

「──新井木君。君の艦隊は予定通り、『遊撃部隊』として動いてもらう。敵の最も硬い部分を、君の剣でこじ開けてほしい」

 

『了解しました、閣下』

 

 通信の向こうから、落ち着き払った厚士の声が返ってくる。

 

 この歴史的な決戦において、厚士はあえて、艦隊全体の指揮権を瑞丸中将に委ねていた。

 

 そして自らが座乗する旗艦も、いつもの『おおよど』や『タカオ』ではなかった。

 

 彼が座っているのは、大戦艦キリシマの艦長席。

 

 通常海域ならば、他の艦で十分。

 

 だが、これほどの大規模作戦となれば、この艦隊の象徴であり最強の、『矛』であるキリシマの艦橋から直接指揮を執ることが、全体の士気を最高潮にまで高めることを、彼は知っていた。

 

 瑞丸中将は、目の前の巨大な戦術モニターを見据えた。

 

 この戦いは、一つの試金石だ。

 

 我々人類が、自らの手で創り上げたこの新生『第一機動護衛艦群』が深海棲艦の大規模作戦に対し、どこまでの戦闘能力を発揮できるのか。

 

 そしてその力が本当に人類を勝利へと導くことができるのか。

 

 その全てが、この一戦にかかっていた。

 

「──全艦に通達!」

 

 瑞丸中将の力強い号令が、連合艦隊の隅々まで響き渡る。

 

「これより我々は、スラバヤ沖に集結した敵艦隊を、完全に殲滅する! 目標、敵旗艦、重巡リ級改! 第二次スラバヤ沖海戦、戦闘開始! 始めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 その号令と共に。

 

 日本の、そして、人類の持てる全ての力が今、一つの巨大な拳となって、深海棲艦の大艦隊へと叩きつけられた。

 

 歴史の潮目を変える壮絶な戦いの火蓋が今、切って落とされた。

 

 

±±±±±

 

 

 ───戦闘開始!

 

 瑞丸中将の号令が全てだった。

 

 その一言と同時に『第一機動護衛艦群』の六隻のイージス艦──こんごう、きりしま、みょうこう、ちょうかい、あたご、あしがら。

 

 その全てのVLSハッチが一斉に開き、長距離対艦ミサイルが白煙の尾を引きながら、空を覆い尽くした。

 

 人類による先制飽和攻撃。

 

 そのミサイルの雨は、敵の最前衛に布陣していた強力な水雷戦隊へと、正確に降り注いだ。

 

 eliteクラスの駆逐級はその衝撃に耐えきれず、一瞬で轟沈していく。

 

 だが、流石はflagship。ヘ級やホ級の上位個体は、その装甲で辛うじて耐えきり、健在だった。

 

 だが深海棲艦たちが安堵の息を吐く暇はなかった。

 

 ミサイル着弾の爆炎を突き破り、次なる死の群れが襲いかかる。

 

 護衛空母『ひゅうが』と『いせ』の甲板から発艦した数十機にも及ぶ万能哨戒攻撃ヘリの大編隊だ。

 

 彼女たちはまるで、獰猛な蜂の群れのように低空を駆け抜け、生き残った前衛艦隊へと中距離誘導ミサイルを叩き込む。

 

 flagshipの装甲も至近距離からの連続着弾には耐えられない。次々と火柱を上げて沈んでいく。

 

 さらにヘリ部隊は、その後方に控えていた軽母ヌ級の艦隊へと突入。

 

 ヌ級が放った艦載機をガトリング砲で蹴散らしながら、その懐へと潜り込むと、ロケット弾と短距離誘導魚雷の攻撃でヌ級と、そしてその護衛の潜水艦カ級までも海の藻屑へと変えていった。

 

 人類の新しい『盾』と新しい『翼』が見せた、完璧な連携攻撃だった。

 

 その最中。

 

 戦場のもう一つの側面では、全く次元の違う戦いが繰り広げられていた。

 

 厚士が率いる遊撃部隊『東洋方面第一巡航艦隊』は、前線を迂回し、敵の主力である二つの大艦隊──空母機動護衛部隊と水上打撃部隊の真正面に、たった四隻で対峙していた。

 

「さてと。景気付けに、いっちょ派手にいくか」

 

 大戦艦キリシマの艦長席で、厚士が不敵に笑う。

 

「キリシマ! 開幕初手超重力砲だ! ど真ん中にぶち込んでやれ!」

 

「了解した艦長! 待ちわびたぞ、この時を!」

 

 キリシマの歓喜の咆哮と共に、戦場に漆黒の太陽が生まれる。

 

 それは二つの敵主力艦隊のちょうど中間地点へと寸分の狂いもなく着弾。

 

 空間そのものを圧壊させるその絶対的な力の奔流は、二つの艦隊の陣形をめちゃくちゃに引き裂き、その半数近くを一撃の下に消滅させた。

 

 敵艦隊が混乱に陥る。だが、厚士に慈悲などない。

 

「マヤ! 後は任せた! ミサイルカーニバルだ!」

 

「カーニバルだよーーーーーっ!」

 

 マヤの歓喜の絶叫と共に、彼女の船体から数百発のミサイルが乱れ飛ぶ。

 

 それはもはや飽和攻撃というよりは暴力の化身。

 

 生き残っていた駆逐艦や重巡、雷巡たちが、その圧倒的な物量の前に次々と撃沈されていく。

 

 敵の艦載機が反撃しようと近づいてくる。

 

「対空レーザーオンライン! さあ、何処からでも掛かってらっしゃい!」

 

 だが、それよりも早く、タカオの対空レーザーとCIWSが完璧な防空網を展開。

 

 敵機は一機たりとも霧の艦隊に近づくことすらできず、空の藻屑となって消えていった。

 

 純正の『霧の艦隊』。

 

 その面目躍如たる一方的な蹂躙劇。

 

 厚士が率いるこの最強の『剣』は、瑞丸中将が率いる『第一機動護衛艦群』が敵の本丸へとたどり着くための最高の『花道』を、その圧倒的な火力で作り上げていたのだ。

 

 

±±±±±

 

 

 東洋方面第一巡航艦隊による圧倒的な露払い。

 

 それによって敵の前衛主力艦隊は完全に壊滅し、本隊の主力艦隊の元へと至る道は大きく開かれた。

 

「──全艦、突撃!」

 

 護衛空母『ひゅうが』のブリッジから、瑞丸中将の力強い号令が飛ぶ。

 

 『第一機動護衛艦群』は、その持てる力の全てを解放し、残存する敵の最後の砦へと雪崩れ込んで行った。

 

 その光景を、少し離れた海域で静かに見守る大戦艦キリシマ。

 

 そのブリッジで、キリシマが少しだけ、不満そうに隣の艦長席に座る厚士に話しかけた。

 

「……アツシ。我々は後に続かなくて良いのか? あの程度の相手なら、私とタカオ、マヤだけで十分だろう」

 

 その彼女らしい言葉に、厚士は穏やかに首を横に振った。

 

「いいや。今回はこれで十分だ」

 

 彼はスクリーンに映る、奮戦する護衛艦群の姿を見つめながら言った。

 

「この戦いは、あの新しい護衛艦群の性能を限界まで測るための、絶好の機会なんだ。俺たちが全部片付けたら意味がない。俺たちの仕事は、彼らが全力で戦える舞台を整えてやることだけさ」

 

 その言葉通り。

 

 『第一機動護衛艦群』は、その火力と航空戦力を遺憾なく発揮した。

 

 六隻のイージス艦から放たれるビームとミサイルの弾幕。

 

 二隻の空母から発艦し、空を制圧する万能哨戒攻撃ヘリの大群。

 

 スラバヤ沖のボスとして君臨していた、重巡リ級改flagshipを中心とする、精強な重水雷戦隊は、その圧倒的な物量の前に、為す術もなく次々と撃破され、海の底へと沈んでいった。

 

『──敵旗艦、撃沈! スラバヤ沖海域の敵戦力の完全な無力化を確認!』

 

 勝利を告げる通信が、全艦隊に響き渡る。

 

 その瞬間、全ての艦のブリッジから割れんばかりの歓声が、上がった。

 

 それはただの、一海戦の勝利ではなかった。

 

 人類が艦娘という特異な力だけに頼らずとも。自分たちの技術と意志で創り上げた力だけで、深海棲艦の強力な艦隊と真正面から殴り合い、そして、完璧な勝利をその手に掴むことができる。

 

 その揺るぎない事実を全世界に証明した、歴史的な瞬間だったのだ。

 

 厚士はその歓喜の光景を、静かに見守っていた。

 

 だが彼の心の中は、決して手放しの喜びだけではなかった。

 

(……見事だ。本当に。だが……)

 

 彼の脳裏には、冷徹なゲームの記憶が蘇る。

 

(……これでようやく、E1を突破しただけに過ぎない。今回のイベント、『索敵機、発艦始め!』に該当するステージ数は確か、E5まであったはず)

 

 そうだ。

 

 まだあと、四つの地獄がこの先に待ち構えている。

 

 その冷厳な事実を、今この勝利の美酒に酔いしれている彼らに告げるのは、あまりにも野暮というものだろう。

 

 厚士はその不都合な真実を、心の奥底にそっと仕舞い込んだ。

 

 そして彼は一人、静かに次なる戦場──バタビア沖の海図へと、その思考を馳せる。

 

 今はただ、この束の間の勝利を共に祝い、そして次なる戦いに備える。

 

 攻略作戦はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

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