アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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鋼鉄の方舟、静かなる帰路

 

 空中に浮かぶ、鋼鉄の巨艦。

 

 その光景は、戦場の誰もが息を呑むほどに幻想的だったが、当事者である厚士とキリシマに、余韻に浸る余裕はなかった。

 

「ガタが来てるぞ、アツシ! 即席の変形で、いつまでも飛んでいられると思うな!」

 

 CICでキリシマが叫ぶ。彼女の言葉通り、無理矢理形成された空力カウルがミシミシと軋み、艦体はゆっくりと高度を落とし始めていた。

 

 だが、空へと舞い上がったことで得られたものは、あまりにも大きい。

 

 眼下に広がる鉄底海峡の戦況は、今や完全に丸裸だった。

 

 飛行場姫がいた陸地のさらに奥。そこに、全ての元凶がいた。

 

 黒い髪をなびかせ、巨大な化け物の様な艤装を従えた、禍々しくも美しい人型の深海棲艦。その圧倒的な存在感は、他の深海棲艦とは明らかに一線を画していた。

 

「……いたな、大ボスが」

 

 厚士はスクリーンに映るその姿を睨みつけ、呟いた。

 

 鉄底海峡の主、戦艦棲姫。彼女を倒さなければ、この戦いは終わらない。

 

「キリシマ、最後の仕事だ! 侵食弾頭、発射準備!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、キリシマの表情が凍りついた。

 

「……侵食弾頭、だと? アツシ、貴様……どこまで知っている……!」

 

 驚愕の声を上げるキリシマ。それもそのはずだ。

 

 侵食弾頭──それは、炸裂した周囲の空間を重力波で侵蝕し、物質の構成因子そのものを活動停止させ崩壊させるという、霧の艦隊だけが持ち得る切り札中の切り札。人類には製造不可能な超兵器である。クラインフィールドで中和されることもあるが、直撃させれば霧の艦艇すら葬り去る最終兵器。

 

 そんなものを、ただの人間に過ぎないはずの厚士が、なぜ知っているのか。

 

 だが、厚士はキリシマの問いには答えず、ただスクリーンの中の宿敵を指さした。

 

「目標、敵中枢、深海棲艦旗艦、戦艦棲姫! 最大船殻浸食率で放つぞ!」

 

 厚士の気迫に押され、キリシマは一瞬ためらった後、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 もはや、この人間の言うことに驚くのはやめた。彼の知識の源泉が何であれ、今この瞬間、最も有効な手を提示していることは事実だった。

 

「了解した! やってやろうじゃないか、最後の花火とやらを!」

 

 キリシマの指令を受け、艦首のVLSハッチの一つが、ひときわ大きく開く。その奥からせり上がってきたのは、他のミサイルとは明らかに形状が異なる、禍々しい紋様が刻まれた黒い弾頭だった。

 

 ゆっくりと高度を落としながら、空飛ぶ戦艦は、最後の狙いを定める。

 

 眼下では、飛行場姫を失った深海棲艦たちが混乱し、艦娘たちが反撃に転じている。

 

 だが、その全ての喧騒の中心で、戦艦棲姫だけが、空に浮かぶ異質な存在──キリシマを、静かに、そして敵意に満ちた瞳で見上げていた。

 

 空中で最後の狙いを定めたキリシマの艦首から、一本の黒い槍が放たれた。

 

 音もなく、しかし絶対的な指向性を持って、侵食弾頭は戦艦棲姫へと突き進んでいく。

 

 その発射と同時に、キリシマは最後の浮力を失い、重力に従って落下を始めた。

 

「衝撃に備えろ!」

 

 厚士の叫びと共に、キリシマは着水地点にいた数隻の駆逐ロ級を巨大な質量で押し潰しながら、派手な水飛沫を上げて海面へと着水した。

 

 だが、厚士とキリシマの目は、遥か彼方に釘付けになっていた。

 

 侵食弾頭が、戦艦棲姫の頭上に到達する。

 

 次の瞬間、世界から音が消えた。

 

 戦艦棲姫がいた場所を中心に、漆黒の太陽が出現する。それは光を放つのではなく、周囲の光も音も、あらゆる存在を飲み込んでいく、絶対的な無の球体だった。

 

 重力波が空間を歪ませ、黒い太陽の周囲にいた深海棲艦たちは、悲鳴を上げる間もなく、その構成因子を分解され、塵となって消滅していく。

 

 そして、ほんの数秒の永遠のような静寂の後、黒い太陽はゆっくりと収縮し、跡形もなく消え去った。

 

 後には何も残らなかった。

 

 鉄底海峡の主であった戦艦棲姫も、彼女が率いていた精鋭の艦隊も、全てが文字通り「消滅」していた。

 

 司令塔を失ったことで、統制を失った残存の深海棲艦たちは、生存本能に突き動かされるように、蜘蛛の子を散らすようにして敗走を開始した。

 

 先ほどまでの地獄のような戦いが、嘘だったかのように。

 

「……終わった、のか……?」

 

 一人の艦娘が、呆然と呟いた。

 

 その声に、誰もが我に返る。

 

 空には、いつの間にか黒煙を突き抜け、夜明けの光が差し込み始めていた。

 

 歓声が上がる。

 

 泣き崩れる者、抱き合って喜ぶ者、空に向かって雄叫びを上げる者。

 

 地獄の鉄底海峡に、ついに勝利の夜明けが訪れたのだ。

 

 その歓喜の輪の中心から少し離れた場所で、キリシマは静かに浮かんでいた。

 

 CICの艦長席で、厚士は大きく息を吐き出し、そのまま床にへたり込んだ。

 

 全身の力が抜け、指一本動かせないほどの疲労感に襲われていた。

 

「……ハッ。とんでもない花火だったな、アツシ」

 

 隣で、同じようにコンソールに寄りかかったキリシマが、疲れ切った、しかし満足げな笑みを浮かべていた。

 

「ああ……まったくだ」

 

 厚士も、笑うしかなかった。

 

 こうして、二人の異世界からの来訪者は、この世界の歴史が大きく動く戦いを、自分たちの手で終わらせてしまったのだった。

 

 これからどうなるのか、まだ何もわからない。

 

 だが今は、ただこの勝利の余韻と、訪れた静けさに身を委ねていた。

 

 勝利の歓声が落ち着き始めた頃、CICの中でへたり込んでいた厚士は、ゆっくりと身を起こした。疲労困憊の身体に鞭を打ち、最後の仕上げに取り掛かる。

 

「お色直しだ、キリシマ」

 

 厚士の言葉に、キリシマがナノマテリアルによる自己修復を続けながら応じる。

 

「今度はなんだ? パーティでも開く気か?」

 

「そんなところだ。交渉という名のパーティだよ。……服を頼む。黒の常装冬服。階級は一佐。軍帽も忘れるな」

 

 厚士の脳内知識にある、旧日本海軍の第一種軍装をイメージする。白の常装第三種夏服よりも、漆黒の詰襟の方が、威厳と重厚感がある。こういうのは何事も、第一印象(ファーストインプレッション)が物を言うのだ。謎の艦の、謎の男。その正体不明さに、権威という名の鎧を着せる必要があった。

 

「フン、形から入るタイプか。良いだろう」

 

 キリシマが応じると、厚士の身体の周りに淡い光の粒子が集まり始める。あっという間に光は黒い軍服の形を取り、彼の身体にぴったりとフィットした。肩には一佐を示す階級章が輝き、手には軍帽が握らされていた。

 

 完全に修復を終え、新造艦のように静かに海面に浮かぶキリシマの元へ、損傷した艦娘たちが集まり始める。

 

 彼女たちは、自分たちを救った謎の戦艦と、その「艦長」を名乗る人物に、畏怖と緊張、そしてわずかな期待を抱きながら、タラップを上がって広大な甲板へと足を踏み入れた。

 

 そこで彼女たちを待っていたのは、想像していたような、ただの「普通の青年」ではなかった。

 

 艦橋構造物から続くハッチが静かに開き、逆光の中から一人の男が姿を現す。

 

 夜明けの低い朝日を背に受けたその人影は、黒い軍服に身を包んでいた。金の階級章、純白の手袋、そして深く被った軍帽。その姿は、歳不相応なほどの威厳と、歴戦の指揮官だけが持つ独特の空気を纏っていた。

 

 甲板に降り立った艦娘たちが、息を呑んでその姿を見つめる。誰一人、言葉を発することができない。

 

 やがて、男──新井木厚士はゆっくりと軍帽を脱ぎ、それを脇に抱えると、先ほどまでの戦いが嘘のような、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ようこそ、大戦艦キリシマへ。私は艦長の新井木だ」

 

 その声は、通信で聞いた凛としたものと同じでありながら、どこか親しみやすさを感じさせた。

 

「君たちの奮闘は見事だった。だが、今は戦いのことを忘れ、まずはゆっくりと休んでくれ。話は、それからだ」

 

 威厳と優しさが同居したその佇まいに、艦娘たちはただ、敬礼を返すことしかできなかった。

 

 食料、燃料、そして未来。

 

 それらを手に入れるための交渉のテーブルに、厚士は最高の形で着席したのだった。

 

 異世界から来たオタク青年は、その知識を鎧とし、ハッタリを戦術に変えて、今、この世界の歴史の表舞台へと、その第一歩を踏み出した。

 

 

±±±±±

 

 

 

 黒衣の艦長、新井木厚士の言葉通り、キリシマの内部には負傷した艦娘たちが次々と収容されていった。

 

 艦内に急遽ナノマテリアルで形成された病室は、最新鋭の病院と工廠を合わせたような、彼女たちにとって夢のような設備を備えていた。

 

 治療と修復が進む中、厚士はある事実に気づく。

 

「……それにしても、広いねこりゃ」

 

 CICのモニターで艦内の様子を確認しながら、厚士は独りごちた。

 

 史実における金剛型戦艦は、改装を重ねた最終時で約1221名もの乗組員を乗せていたという。霧の艦艇であるキリシマは、メンタルモデルである彼女一人でその全てを運用しているため、本来乗員が使用するはずだった居住区画や各種スペースが、丸々空いている状態だった。

 

 大破、中破した艦娘たちを100人単位で収容しても、艦内はガランとしており、スペースは有り余っていた。

 

 厚士は再び艦娘たちのデータベースにアクセスし、今回の鉄底海峡攻略作戦に参加した艦娘の総数を割り出す。横須賀、呉、佐世保、舞鶴の主力鎮守府、そして大湊警備府からの派遣艦隊。その総数は、およそ750隻前後。

 

「……全員、乗れるな」

 

 厚士の口から、とんでもない言葉が漏れた。

 

「キリシマ、もう一度全艦に通信だ」

 

「今度はなんだ? さすがの私も少し休みたいぞ」

 

「これが最後だ。……『小破以下の損傷、及び健在の艦も、全員本艦に乗艦されたし』と伝えろ。疲労困憊のまま、危険な海域を帰投させるのは忍びない、とな」

 

 その提案に、キリシマは一瞬呆れた顔をしたが、すぐにその意図を察してニヤリと笑った。

 

「フン、恩を売るなら、徹底的に、か。良いだろう、その方が私の性に合っている」

 

『──繰り返す。小破以下の損傷、及び健在の艦も、全員本艦に乗艦されたし。長時間の戦闘による諸君らの疲労は司令部も把握している。安全な帰投のため、本艦を母艦として利用することを許可する』

 

 新井木一佐を名乗る男からの、あまりにも規格外な申し出に、艦娘たちは今度こそ完全に度肝を抜かれた。

 

 一つの艦隊、それも方面軍クラスの連合艦隊全てを、たった一隻の戦艦に収容するなど、前代未聞どころか、お伽噺ですらない。

 

 だが、彼女たちは見てしまったのだ。この戦艦が空を飛び、たった一隻で戦況を覆す、神話のような光景を。

 

 もはや、常識でこの艦を測ること自体が無意味だった。

 

 生存していた艦娘たちは、互いに顔を見合わせた後、誰からともなくキリシマへと向かい始めた。

 

 タラップが降ろされ、広大な艦内へと案内された彼女たちは、その内部の、そこに次々とナノマテリアルで形成されていく休憩施設や浴場を見て言葉を失った。

 

 こうして、鉄底海峡攻略作戦に参加したほぼ全ての艦娘、約750隻が、たった一隻の戦艦の中に収容された。

 

 それはもはや、戦艦ではなかった。

 

 傷ついた英雄たちを故郷へ送り届ける、巨大な鋼鉄の方舟だった。

 

 そして、その方舟の主である黒衣の艦長は、艦娘たちの畏怖と尊敬、そして絶大な信頼を、その一身に集めることになったのである。

 

 

±±±±±

 

 

 鋼鉄の方舟と化したキリシマの艦内で、続々と収容される艦娘たちの姿をモニター越しに見ながら、厚士はふと、ある違和感に気づいた。

 

 今回の作戦に参加していた艦娘たちの中には、確かに金剛型や扶桑型、伊勢型といったお馴染みの戦艦の姿があった。しかし、本来ならこの地獄のような戦況を打開するために投入されて然るべき、切り札となるべき艦の姿がどこにも見当たらないのだ。

 

(長門も、陸奥も、そして大和もいない……?)

 

 厚士の記憶が正しければ、鉄底海峡はそれほどの戦力を投入してもおかしくない、いや、投入すべき最重要海域だったはずだ。自分たちが介入する前、彼女たちは明らかに火力不足で押し込まれていた。だというのに、なぜ最強のカードを切らなかったのか。

 

 その疑問は、先ほどから断片的に傍受している艦娘たちの通信を聞いて、ある種の確信に変わった。通信の向こう側、遥か日本の鎮守府から、作戦全体の指揮を執っているであろう、凛とした声。あれは間違いなく、戦艦「長門」の声だ。

彼女は、前線にはいなかった。後方で、艦隊の帰りを待っていたのだ。

 

(火力不足で苦戦していたのに、長門や陸奥を温存? んなアホな……)

 

 そう思った瞬間、厚士の脳裏に、10年以上前の、遠い記憶が蘇った。

 

 まだ艦娘の総数が200隻にも満たなかった、ゲームのサービス初期。あの頃の自分たちプレイヤーのプレイスタイルが、まさにそうだったのだ。

 

(そうか……そういう時代か、今は)

 

 厚士がいた未来の『艦これ』では、艦娘の数は300隻を超え、海外艦の層も厚く、戦術の幅は比べ物にならないほどに広がっていた。

 

 消費が重い戦艦も、イベントとなれば惜しげもなく投入する。

 

 イタリアのリットリオやローマ、英国のウォースパイトにネルソン、フランスのリシュリュー、米国のアイオワやサウスダコタ、ドイツのビスマルクにソ連のガングート……数え上げれば、日本艦の倍近い強力な戦艦が、いつでも出撃できた。最終海域で、最も燃費の悪い改大和型を何度も出撃させることすら、当たり前の光景だった。

 

 だが、この2013年という時代は違う。

 

 海外艦など実装されておらず、頼れる日本の戦艦は、わずか12隻。その中でも長門型、そしてまだ実装されているかも怪しい大和型は、まさに虎の子中の虎の子。その凄まじい資源消費量は、プレイヤー(提督)たちの判断を鈍らせるには十分すぎるほどの重圧だったのだ。

 

 近年の深海棲艦の理不尽なまでの強化に慣らされた未来の感覚からすれば甘っちょろい話だが、この時代の提督たちは、まだ「資源を湯水のように溶かして勝利を掴む」という、物量に物を言わせた米帝プレイの戦い方に慣れていない。

 

 一つの勝利のために、虎の子を投入して資源を枯渇させることを、極端に恐れていた時代。

 

「……なるほどな」

 

 厚士は一人、静かに納得した。

 

 彼女たちが弱かったわけではない。ただ、戦術思想が、時代が、違ったのだ。

 

 そして、その古い常識を破壊するために、自分たちという規格外の存在が現れた。

 

 モニターの中で、仲間と合流し安堵の表情を浮かべる艦娘たちを見ながら、厚士は静かに思う。

 

 自分たちがもたらしたものは、単なる戦術的な勝利だけではないのかもしれない。この世界の戦争のあり方そのものを、根底から変えてしまう、危険な劇薬なのかもしれない、と。

 

 

±±±±±

 

 

 キリシマの艦内に、鉄底海峡から生還した全ての艦娘たちが収容された。ナノマテリアルによる応急処置と修理を受け、動けなかった少女たちも、ようやく一息つける状態になっていた。その様子をCICのモニターで確認し終えた厚士は、傍らで艦の制御を続けていたキリシマに向き直った。

 

「よし、帰るか」

 

 厚士は静かに、しかし確かな力強さで告げた。

 

「メインタンク注水、潜航よーい! 下げ舵5度、微速前進。沈降と同時にソノブイを射出して、警戒を怠るな」

 

「了解した。……で、どこへ向かうんだ? 貴様の言う鎮守府とかいう場所か?」

 

 キリシマが問い返す。その声には、さすがに隠しきれない疲労の色が滲んでいた。考えてみれば、この世界に来てからというもの、彼女はずっと動きっぱなしだった。改装、戦闘、そして数百隻もの艦娘の収容と、その処置。メンタルモデルとはいえ、その精神的な負荷は計り知れない。

 

 その様子を見て、厚士は少しだけ優しい声色で言った。

 

「キリシマもお疲れさま。本当に、よくやってくれた。……あとはこっちで面倒見るから、艦の制御システムを、この艦長席からも操作できるように設定して欲しい。そうすれば、キリシマも休めるだろ?」

 

「……なんだ、私を気遣っているのか?」

 

 キリシマが意外そうな顔で厚士を見る。

 

「当たり前だろ、相棒なんだから」

 

 厚士は、それが当然であるかのように答えた。

 

 働かせ通しだった彼女を、少しでも休ませてやりたい。航行システムから火器管制まで、艦長席のコンソールから各種機能へアクセスできるようにしてもらえれば、あとは自分が艦の状況を監視していればいい。

 

 メンタルモデルに休息が必要なのか。

 

 その問いに対して、厚士は「必要だ」と確信していた。

その存在が、精神をモデルとしたアバターであるならば、その精神(こころ)を休ませる時間は、肉体を持つ人間と同じか、それ以上に重要なはずだ。それは、心を持つがゆえに傷つき、疲弊する艦娘たちと、何ら変わりはないだろうと。

 

 厚士の真剣な眼差しを受け、キリシマは一瞬、言葉を失った。そして、フッと、まるで照れ隠しのように顔をそむけると、ぶっきらぼうに言った。

 

「……フン。貴様に言われずとも、そのつもりだった。この艦のシステムは、私自身だ。貴様の席に、一部の制御権限を委譲する」

 

 彼女がコンソールを操作すると、厚士の目の前にある艦長席のディスプレイに、航行データやソナー反応、艦内状況を示す様々なウィンドウが立ち上がった。

 

「これでいいだろう。……少し、休ませてもらう」

 

 そう言い残すと、キリシマのメンタルモデルの姿が、ふっと光の粒子となって掻き消えた。彼女の意識が、艦の深奥部にあるコアへと戻り、休息状態に入ったのだ。

 

 静寂が戻ったCIC。

 

 厚士は一人、艦長席に深く腰を下ろし、眼前に広がる無数のデータを睨んだ。

 

 750隻もの英雄たちを乗せた鋼鉄の方舟は、誰に知られることもなく、静かに深海へとその身を沈めていく。

 

「さてと……」

 

 厚士は操縦桿を軽く握りしめた。

 

 これから始まる、人類との交渉という名の「戦い」に向けて。

 

 今はただ、大切な相棒と、傷ついた英雄たちの眠りを守る、静かな航海が始まった。

 

 

 

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