アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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抜錨、霧の盾

 

 横須賀鎮守府、司令官執務室。

 

 瑞丸中将は、執務机の上で一枚の電子書類に目を通していた。それは、先ほど大淀を通じて提出されたばかりの、新井木一佐からの資材使用申請書だった。

 

 彼の背後には、同じくその内容を食い入るように見つめる、長門と陸奥の姿があった。

 

「……ふむ」

 

 申請書の最後まで目を通した瑞丸中将は、短く唸ると、椅子に深く背中をもたせ、天井を仰いだ。

 

「長門、陸奥。君たちは、これをどう見る?」

 

 問いかけられた長門は、腕を組んだまま、厳しい表情で答えた。

 

「正直に申し上げて、にわかには信じがたい、としか。霧の艦艇を、我々の資材で『建造』する、ですか。前代未聞です」

 

「ええ。ですが、あの新井木一佐が、ただの戯言でこのような申請を出すとも思えませんわ。鉄底海峡で見せた、あの常識外れの戦術と戦闘能力。彼ならば、本当にやりかねない……そう思わせる何かがあります」

 

 陸奥が、長門の言葉を補足するように、冷静に分析する。

 

「うむ。ワシも同感だ」

 

 瑞丸中将は頷くと、申請書に添付された、より詳細な仕様書に再び目を落とした。

 

建造に際して: 大戦艦キリシマの船体を工作艦として利用するため、鎮守府工廠への負担は皆無。

 

艦の仕様:分類は駆逐艦。クラインフィールドを搭載。

 

侵食弾頭、超重力砲などの戦略級特殊兵装は非搭載。

 

人員配置:全兵装をユニオンコアが一括制御するため、人間の乗組員は不要。

 

監視員を配置する場合、脱出時の安全確保の観点から、引き続き艦娘を推奨。

 

補給・整備:母艦であるキリシマへ艦娘用資材を投入。

 

キリシマ艦内でナノマテリアルへ変換後、新型駆逐艦へ供給。

 

これにより、鎮守府側の補給・整備に関する負担も最小限に抑えられる予定。

 

 そこに書かれていたのは、あまりにも虫の良い、鎮守府側にとって都合が良すぎる話だった。

 

 工廠の負担はなく、乗組員も不要。補給や整備の手間も最小限。それでいて、クラインフィールドを持つ、明らかに既存の駆逐艦とは一線を画す高性能な戦闘艦が、一隻増える。失うものは、重巡一隻分という、決して安くはないが、その見返りを考えれば破格とも言える初期投資の資材だけ。

 

「……まるで、錬金術だな」

 

 瑞丸中将が、呆れたように、しかしどこか面白そうに呟いた。

 

「リスクが、あまりにも少ない。いや、こちらの懐事情から見れば、リスクがないに等しい。それでいて、リターンは計り知れないほどに大きい……」

 

 長門が、その提案の持つ異常なまでのコストパフォーマンスに、唸る。

 

「彼は、我々の懸念を全て先読みしているようですわね。特殊兵装は積まず、監視員も受け入れる。我々が最も警戒するであろう『力の暴走』というリスクを、最初から排除してきている」

 

 陸奥が指摘する。

 

 瑞丸中将は、しばらくの間、目を閉じて考え込んでいた。

 

 この提案は、あまりにも魅力的すぎる。だが、それゆえに、何か裏があるのではないかという疑念も、軍人としての本能が警鐘を鳴らす。

 

 しかし、彼は最終的に、一つの結論に達した。

 

「……許可しよう」

 

 その決断に、長門と陸奥が顔を上げる。

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。彼が言っていたな。『価値は、勝利という結果で測ってほしい』と。ならば、見せてもらおうじゃないか。彼が、我々の資材を使って、一体どんな『勝利』をもたらしてくれるのかをな」

 

 瑞丸中将の目には、未知の技術への警戒心よりも、それを手にした未来への、強い好奇心と期待の色が浮かんでいた。

 

「それに、だ」

 

 彼は、人の良い笑みを浮かべた。

 

「彼が言う通り、あのキリシマを毎回動かされるよりは、鎮守府の財政的にも、遥かに助かるからな」

 

 そのあまりにも現実的な最後の言葉に、長門と陸奥は顔を見合わせ、小さく苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 こうして、未来の技術とこの世界の資源が融合する、前代未聞の建造計画は、鎮守府司令部の全面的な承認のもと、正式に許可が下りたのだった。

 

 

±±±±±

 

 

 瑞丸中将の許可が下り、横須賀鎮守府の一角にあるドックは、前代未聞の光景に包まれた。

 

 横須賀鎮守府、第1ドック。その中央に鎮座する大戦艦キリシマの周囲に、多くの鎮守府関係者や艦娘たちが、固唾を呑んで集まっていた。前代未聞の「霧の駆逐艦」の建造を、その目で確かめるためだ。

 

 キリシマのメンタルモデルが、ドック脇に立つ新井木厚士に告げた。

 

「準備はいいな、アツシ」

 

「ああ、いつでも頼む」

 

 大戦艦キリシマの船体の一部が、まるで巨大な花が開くかのように展開し、内部から無数のアームが伸びる。彼女自身が、一つの巨大な工作艦、あるいは超巨大な自律型造船所と化したのだ。

 

 その中央の空間に、光の粒子が集まって、新しい艦の竜骨を形成していく。そこへ、液体金属のようなナノマテリアルが幾重にも注がれ、固着し、層を成していく。

 

 その光景は、まさしく人類が夢想した三次元の物体を創り出す機械──3Dプリンターそのものだった。

 

「すごい……」

 

「本当に、船が『生まれて』くるみたいだ……」

 

 その様子を固唾をのんで見守っていた艦娘や鎮守府関係者たちは、誰もがその艦の姿を、吹雪型や白露型、陽炎型といった、第二次世界大戦期の駆逐艦になるものと信じて疑わなかった。

 

 しかし、その予想は、船体が形を成していくにつれて、驚きと混乱へと変わっていく。

 

 誰もが、第二次世界大戦期の、クラシックな駆逐艦の姿が出来上がるものだと想像していた。

 

 だが、ナノマテリアルが形作った船体は、その予想を、良い意味で、そして衝撃的な形で裏切ることになる。

 

 流麗なステルスフォルム。艦橋に埋め込まれた、八角形のフェーズドアレイレーダー。備えられたVLS(垂直発射システム)。

 

 それは、誰もが見知った姿だった。

 

「……嘘だろ」

 

 誰かが、呆然と呟いた。

 

「あれは……海自の……」

 

 船体のラインが、自分たちの知るどの駆逐艦とも違う。鋭く切り立った艦首、ステルス性を考慮した平面的な艦橋構造物、そして甲板に並ぶVLSのハッチ。

 

 その姿に、特に海上自衛隊出身の鎮守府関係者たちは、見覚えがあった。

 

 深海棲艦の出現により、通常兵器では歯が立たない在来艦はその価値を失い、今や港の奥で死蔵されているはずの、あの艦の姿に。

 

 そして、建造の最終工程。

 

 艦首の側面に、ナノマテリアルが三桁の数字を鮮やかに刻み込んだ瞬間、その場の誰もが確信した。

 

 「 1 7 4 」

 

 その数字が持つ意味を、海上自衛隊からそのまま海軍組織へと移行した、この鎮守府の関係者で知らない者はいなかった。

 

 こんごう型護衛艦の二番艦。その名は──。

 

「DDG-174……『きりしま』……」

 

 瑞丸中将が、感嘆と、そしてわずかな畏怖の念を込めて、その名を口にした。

 

 厚士が要求したのは、「霧の駆逐艦」。

 

 だが、彼が作り上げたのは、現代最強のイージス艦の船体に、霧の超技術を詰め込んだ、全く新しい概念の戦闘艦だった。

 

 未来の技術を持つ大戦艦キリシマが、現代のイージス艦きりしまを建造する。そのあまりにも皮肉で、そして圧倒的な技術力の誇示を前に、鎮守府の誰もが言葉を失っていた。

 

「紹介致します。今日から鎮守府近海の警備を担当する、我が隊の新しい仲間。──霧のイージス駆逐艦、『きりしま』。以後、お見知りおきを」

 

 その瞳は、イタズラが成功した子供のようだった。

 

 完成した霧のイージス艦「きりしま」を前に、鎮守府の面々が言葉を失っている中、瑞丸中将が我に返ったように、隣に立つ厚士へと問いかけた。

 

「……新井木一佐。見事なものだ。だが、一つ聞きたい。なぜ、わざわざイージス艦の姿を選んだのだ? 貴官の知識があれば、いくらでも強力な駆逐艦の設計図を引けたであろうに」

 

 その問いは、その場にいた誰もが抱いた疑問だった。

 

 厚士は、完成したばかりの愛艦を誇らしげに見やりながら、静かに、しかし理路整然と、その理由を説明し始めた。

 

「理由は、大きく三つあります」

 

 厚士は、人差し指を一本立てた。

 

「第一に、あらゆる状況への対応能力です。鎮守府近海の警邏任務とはいえ、相手は深海棲艦。いつ、いかなる規模の敵が出現するか予測がつきません。対水上、対空、対潜、さらには電子戦能力まで、あらゆる戦闘状況に単艦で対応できるイージスシステムは、この任務において最適解であると判断しました」

 

 次に、厚士は二本目の指を立てる。

 

「第二に、運用上の利便性です。今後、我々が横須賀だけでなく、呉や佐世保といった他の鎮守府へ寄港する可能性も考慮せねばなりません。その際、わざわざ第二次世界大戦期の旧式な軍艦よりも、つい最近まで現役で稼働していたイージス艦の方が、港湾設備の受け入れ体制に馴染みがある。埠頭の整備や補給ラインの確保など、余計な手間をかけることなく、スムーズに接舷が可能となります」

 

 そのあまりにも現実的で、兵站まで考慮された視点に、瑞丸中将や長門は深く頷いた。彼は、ただ戦うことだけでなく、その後の「運用」までを完全に見据えていた。

 

 そして最後に、厚士は隣に立つキリシマのメンタルモデルへと、穏やかな視線を向けた。

 

「そして第三の理由。これは、個人的なものですが……この新しい艦は、私の『足』であると同時に、大戦艦キリシマの『分身』でもあります。ならば、その器として、彼女の誇りに相応しい艦を用意するのが、艦長としての礼儀だと、私は考えました」

 

 その言葉に、それまで腕を組んで澄まし顔で聞いていたキリシマの表情が、わずかに揺らいだ。

 

「大日本帝国海軍が建造した戦艦にして、最強の金剛型四番艦『霧島』。そして、現代の海上自衛隊が誇る、最強のイージス艦『きりしま』。時代は違えど、同じ名を持ち、それぞれの時代で最強を謳われた艦。彼女の新たな手足となるのに、これ以上の艦はない。──そうは思いませんか?」

 

 厚士のその言葉は、単なる兵器の性能解説ではなかった。

 

 艦が持つ歴史と、その名に込められた誇りに対する、深い敬意の表れだった。

 

 その思いは、艦の魂を持つ艦娘たちに、そして何よりも、隣に立つキリシマ本人に、痛いほど伝わっていた。

 

「……フン。貴様も、たまには殊勝なことを言うじゃないか」

 

 キリシマは、ぷいとそっぽを向きながら、そう呟いた。その横顔が、少しだけ赤らんでいるように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

 

 戦術、兵站、そして信義。

 

 提示された理由は、あまりにも合理的で、そして艦への深い敬意に満ちていた。

 

 瑞丸中将は、目の前の若き指揮官の、その底知れない思考に舌を巻くと、やがて腹の底から豪快に笑い出した。

 

「はっはっは! 礼儀、か! 気に入った! 艦を預かる者、それくらいの気概がなくてはな! よろしい、その理由、見事だ! 許可しよう!」

 

 瑞丸中将は、その光景を、満足げな、そして実に楽しげな笑みを浮かべて見つめていた。

 

 

±±±±±

 

 

 完成から数日後、各種調整を終えた霧のイージス駆逐艦「きりしま」の、記念すべき初の試験航行の日がやってきた。

 

 そのブリッジ──現代艦が備えるCIC(戦闘情報センター)兼艦橋には、艦長席に座る新井木厚士、その隣に立つキリシマのメンタルモデル、そして連絡員として各種データの記録を行う大淀の三人がいた。

 

 ガラス張りの窓から見える横須賀の港には、多くの艦娘たちが見送りに集まっている。

 

 そして、艦の後部に備えられた広大なヘリコプター発着甲板には、もう一隊の乗員がいた。

 

 この試験航行を兼ねて、本日付の鎮守府近海警備任務に出撃予定だった、駆逐艦「吹雪」を旗艦とする駆逐隊の面々──叢雲、電、漣、五月雨の四隻だ。彼女たちは、この新型艦の性能をその目で確かめる、最初の証人となる栄誉を与えられていた。

 

「すごい……本当にヘリポートがあるんですね……」

 

「これが、未来の駆逐艦……」

 

 初めて乗る現代艦の甲板に、吹雪たちは興奮と緊張を隠せないでいた。

 

 艦橋で、厚士は全ての計器が正常に作動していることを確認すると、静かに、しかし力強く、最初の号令を下した。

 

「機関、始動!」

 

 その声に、大淀が復唱し、コンソールを操作する。すると、艦全体がごくわずかに振動し、生命が宿ったかのように計器類のランプが一斉に点灯した。

 

「もやいを解け!」

 

 岸壁で待機していた妖精たちが、巨大な係留ロープを埠頭から手際よく外していく。

 

「水流ジェット、オンライン。微速前進。港湾を出次第、規定速度まで増速。ソナー、水上レーダーは中近距離索敵モード。対空監視は厳とせよ」

 

 厚士の淀みない命令が、静かな艦橋に響く。それは、本物のイージス艦にて幾度となく繰り返してきたであろう、熟練の艦長が持つ風格を漂わせていた。

 

 最後に、厚士はメインコンソールにあるマイクのスイッチを入れた。その声は、艦内だけでなく、見送りに来た鎮守府全体にもスピーカーを通じて響き渡る。

 

「──霧のイージス駆逐艦『きりしま』。これより、試験航行及び、鎮守府近海警備任務を開始する。発進!」

 

 その宣言と共に、霧のDDG-174「きりしま」は、静かに、そして滑るように埠頭を離れた。

 

 それは、旧時代の艦艇とは全く異なる、未来の船の静かなる船出だった。

 

 艦娘たちが振るたくさんの手に見送られながら、鋼鉄の船体はゆっくりと港湾を抜け、外洋へとその艦首を向ける。

 

 鎮守府の新たな守り手として、そして、この世界の常識を塗り替える最初の尖兵として、霧の盾は、今、静かにその航海を開始した。

 

 

±±±±±

 

 

 鎮守府を取り囲む穏やかな内海を抜け、外洋へと出た途端、空気は張り詰めたものに変わった。ここからは、深海棲艦の勢力圏だ。

 

 艦尾のヘリポートでは、吹雪たち第六駆逐隊の面々が、手すりを握りしめながら、緊張した面持ちで周囲の海域を警戒していた。

 

 その静寂を、艦橋に響く大淀の冷静な声が破った。

 

「新井木一佐。索敵内に感あり、数2。スキャン結果から艦種は駆逐艦の模様。11時の方向、距離6000」

 

 ブリッジのメインスクリーンに、二つの赤い光点が明滅する。

 

 初めての実戦報告にもかかわらず、大淀の声には一切の乱れがなかった。そのプロフェッショナルな姿に、厚士は内心で感心する。

 

「早速お出ましか。兵装テストには丁度良いな」

 

 厚士は、艦長席で不敵に笑うと、落ち着き払った声で号令をかけた。

 

 その声は、隣に立つキリシマのメンタルモデルと、コンソールに向かう大淀、そして艦尾にいる吹雪たちにも、艦内通信を通じてクリアに届く。

 

「両舷減速、相対速度合わせ! 面舵20度、艦首主砲照準! 敵深海棲艦駆逐艦、撃ちー方、始め!」

 

「了解した」

 

 キリシマの短い応答と共に、きりしまの船体が、ほとんど揺れを感じさせることなく、滑らかに右へと旋回を始める。

 

 その号令に、ヘリポートにいた吹雪たちが「えっ!?」と声を上げる。距離6000。駆逐艦の主砲ではまだ有効射程外。戦艦なら届く距離だが、この艦は駆逐艦の代替のはず。それに、いくらなんでも早すぎる。

 

 艦尾甲板にいた吹雪たちは、思わず身構えた。

 

 これから始まるのだ。砲撃戦が。轟音、衝撃、飛び散る海水。彼女たちの知る海戦は、常にそれらと共にある。

 

 だが、彼女たちの予想は、完全に裏切られた。

 

 きりしまの艦首に備えられた、現代的な127mm単装速射砲。その砲塔が、滑らかに動き、恐るべき速度と精度で旋回し、目標を捉える。

 

 そして、発射の瞬間。

 

 轟音は、なかった。

 

「────ッ!」

 

 閃光。

 

 砲口から放たれたのは、砲弾ではなく、淡い若葉色に輝く一本の光条だった。空気を切り裂く鋭い音だけを残し、ビームは一瞬で6000メートルの距離を駆け抜け、深海棲艦の駆逐イ級の一隻に寸分の狂いもなく着弾する。

 

 次の瞬間、駆逐イ級は爆発する暇もなく、その存在が内側から崩壊するように、眩い光の粒子となって霧散した。

 

「え……?」

 

 漣が、呆然と声を漏らす。

 

 間髪入れず、主砲がすぐさまもう一隻の目標に照準を合わせ、第二射を放つ。

 

 再びの閃光。

 

 そして、二隻目の駆逐イ級も、一隻目と全く同じように、跡形もなく消滅した。

 

 敵影をレーダーが捉えてから、わずか数十秒。

 

 砲声も、衝撃も、水柱すらもほとんど上がらない、あまりにも静かで、あまりにも一方的な戦闘。

 

 後には、静かな海面と、呆然と立ち尽くす吹雪たちだけが残されていた。

 

「て、敵影、2隻、轟沈を確認しました……」

 

 艦橋で、大淀がわずかに上ずった声で報告する。彼女の眼鏡の奥の瞳も、信じられないものを見たように、大きく見開かれていた。

 

 これが、霧の技術。

 

 これが、未来の駆逐艦。

 

 その圧倒的な力の差を、彼女たちは身をもって、そしてあまりにも鮮烈な形で、理解させられたのだった。

 

 

±±±±±

 

 

 最初の戦闘は、あまりにも一方的な形で幕を閉じた。

 

 静寂を取り戻した海を、イージス艦きりしまは、何事もなかったかのように進み続ける。艦尾甲板の吹雪たちは、先ほどの光景がまだ信じられないといった様子で、ざわついていた。

 

 その平穏は、長くは続かなかった。

 

 再び、艦橋に大淀の報告が響く。

 

「レーダーに感あり! 数5! 軽巡を旗艦とする、敵水雷戦隊です!」

 

 メインスクリーンに、今度は5つの赤い光点が現れる。先ほどとは違い、明らかに組織だった艦隊行動を取っている。この海域を担当する、主力部隊だろう。

 

「敵は5隻……! 吹雪、行きます!」

 

 その報告を聞き、艦尾甲板で待機していた吹雪が、即座に反応した。彼女だけでなく、叢雲や電たちも、いつでも海に飛び出せるように、身構えている。自分たちの警備海域だ。黙って見ているわけにはいかない。

 

 だが、その彼女たちの動きを、艦内通信から流れる厚士の静かな声が制した。

 

『待て、吹雪。君たちの出番じゃない』

 

「しかし、一佐! 敵は5隻です! この艦だけでは……!」

 

『心配するな。これは、この新しい「きりしま」が、どこまでの敵を、単艦で相手取れるのかを試すための、良い試金石だ。君たちは、特等席で見学していてくれ』

 

 そのあまりにも自信に満ちた言葉に、吹雪たちは動きを止めるしかなかった。

 

 艦橋で、厚士はスクリーンに映る敵艦隊を冷静に見据え、次の命令を下す。

 

「VLS、ハッチ開け!」

 

 その号令に、きりしまの艦首甲板に埋め込まれた、幾何学的に配置された発射管のハッチが、音もなくスライドして開いていく。

 

「照準、主力敵水雷戦隊。ロングレンジミサイル、2発の目標は、旗艦の軽巡ホ級! 続けて、マイクロミサイル、連続発射! 随伴の駆逐艦を一隻ずつ確実に沈めろ!」

 

「了解。ミサイル、発射シークエンス、開始」

 

 キリシマの無機質な声が応じる。

 

 次の瞬間、VLSから白煙の尾を引き、2発のミサイルが空へと撃ち出された。それらは一度、天高く舞い上がると、アーチを描いて遥か前方の軽巡ホ級へと吸い込まれていく。

 

 さらに、間髪入れず、他のVLSセルから、小型のマイクロミサイルが、蜂の群れのように、しかし極めて精密な弾道を描いて、次々と発射されていく。その数は、駆逐艦の数を遥かに上回っていた。

 

 艦尾でその光景を見上げていた吹雪たちは、息を呑んだ。

自分たちの知る海戦とは、あまりにもかけ離れた光景。まるで、SF映画のワンシーンだった。

 

 遥か前方の水平線で、閃光が連続して瞬く。

 

 まず、2発のミサイルが軽巡ホ級に寸分の狂いもなく直撃し、巨大な水柱と爆炎を上げる。

 

 そして、時間差で着弾した無数のマイクロミサイルが、回避運動を取る暇も与えず、護衛の駆逐艦たちに次々と突き刺さっていった。

 

 数秒後。

 

 メインスクリーンに映し出されていた5つの赤い光点が、全て、同時に消滅した。

 

「て、敵水雷戦隊、全滅……」

 

 大淀が、信じられないといった声で報告する。

 

 砲撃戦は、一切なかった。

 

 敵の姿を、一度も目視することなく、戦闘は終わった。

 

 アウトレンジからの、一方的なミサイル飽和攻撃。

 

 吹雪たちは、ただ呆然と、水平線の彼方で今もくすぶる黒煙を見つめることしかできなかった。

 

 これが、未来の戦い。

 

 そして、自分たちがこれから共に戦っていく、新しい仲間の力。

 

 その事実は、彼女たちの心に、畏怖と、そしてこれ以上ないほどの頼もしさを、深く刻み付けた。

 

 

 

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