アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く   作:おかーちゃんサーナイト

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霧の盾の力

 

 鎮守府正面海域での小手調べを終えたイージス艦きりしまは、針路を南西へ。艦娘たちにとってはお馴染みの、しかし油断のならない南西諸島沖の海域へと進んでいた。

 

 試験航行は、まだ終わっていない。厚士の目的は、単に敵を倒すことだけではなかったからだ。

 

「──レーダーに感あり。数3。艦種は駆逐艦です」

 

 艦橋に、再び大淀の報告が響く。メインスクリーンに新たな敵影が映し出された。

 

 艦尾甲板にいる吹雪たちは、もはや先ほどのような緊張はなく、むしろ「次はどんな戦いを見せてくれるのだろう」という、期待に満ちた眼差しでブリッジの方向を見つめていた。

 

 厚士は、スクリーンに映る3隻の駆逐艦を冷静に確認すると、隣に立つキリシマに、新たな指示を出した。

 

「キリシマ、次は横須賀から実験用に積んできた『通常弾頭』を使う。VLSから、トマホーク巡航ミサイルを発射。一隻目の目標には、純粋な通常弾頭だ」

 

「通常弾頭? 威力が低すぎる。面倒だ」

 

 キリシマが、心底つまらなそうに呟く。

 

「いいからやれ。これはテストだ。続けて二隻目には、ナノマテリアルを30%だけ混ぜ込んだハイブリッド弾頭。そして最後の三隻目には、ナノマテリアルを50%含んだトマホークを撃ち込んでくれ。ナノマテリアルの含有率によって、威力がどれだけ変わるのか、そのデータを取りたい」

 

 その言葉に、キリシマは少しだけ興味を示したようだった。

 

「……なるほど。実験か。それなら付き合ってやらんこともない」

 

 厚士の指示通り、VLSから三発のトマホーク巡航ミサイルが、時間差を置いて発射される。それらは低空を這うように飛行し、それぞれの目標へと吸い込まれていった。

 

 最初に、純粋な通常弾頭が着弾する。

 

 水平線の彼方で、大きな爆発と水柱が上がった。駆逐イ級の船体損傷は軽微、艦娘が現れる前、人類の通常兵器が非力だった時によく見た光景だ。

 

 次に、ナノマテリアルを30%含んだハイブリッド弾頭が着弾。

 

 爆発の規模は、通常弾頭とさほど変わらない。しかし、着弾した瞬間、駆逐ロ級の船体の一部が、まるで内側から侵食されるように、青白い光と共に崩壊していくのが見えた。轟沈。通常弾頭とは明らかに威力の質が違う。

 

 そして最後に、ナノマテリアルを50%含んだトマホークが、最後の駆逐ハ級に命中した。

 

 その瞬間、音はなかった。

 

 ただ、閃光だけが走った。

 

 着弾と同時に、駆逐ハ級の存在そのものが、先ほどのビーム攻撃のように、光の粒子となって完全に消滅したのだ。

 

「……すごいのです」

 

 艦尾で見ていた電が、小さな声で呟いた。

 

 艦橋では、大淀が手元の端末に高速でデータを打ち込んでいる。

 

「データ、記録完了しました。ナノマテリアルの含有率が上がるにつれ、破壊効果が爆発的に増大。50%の含有で、対象の完全消滅を確認……」

 

 厚士はその報告に満足げに頷いた。

 

「よし。これで、状況に応じた弾頭の使い分けが可能になるな。確実に仕留める場合はハイブリッド。そして、姫級などの重要目標には、純粋な侵食弾頭、と」

 

 その言葉は、これから始まる戦いが、単なる力押しだけではない、極めて高度な戦術と思考に基づいたものになることを、そこにいる全員に予感させた。

 

 厚士にとって、戦闘とは、常に次の戦いのためのデータを収集する、冷徹な実験の場でもあったのだ。

 

 メインスクリーンに表示された、三者三様の破壊データを冷静に分析しながら、厚士は誰に言うともなく呟いた。

 

 その声には、確かな手応えと、ある種の安堵が滲んでいた。

 

「深海棲艦に対して、ナノマテリアルがわずか30%含まれているだけで、艦娘たちの主砲と同等か、それ以上の有効打になる。……このデータは、思った以上に大きい」

 

 大淀が、その言葉の意図を測りかねて、不思議そうに厚士を見る。

 

 厚士は、彼女と、そして隣に立つキリシマに向けて、その思考を口にした。

 

「つまりだ。これで、日本全国の自衛隊基地や弾薬庫で、大量に死蔵されている通常弾頭ミサイルの、有効な使い道ができたということだ」

 

 深海棲艦の出現により、人類が保有する通常兵器の大半は、その防御力、或いは不可思議な障壁の前に無力化された。

 

 トマホーク、ハープーン、アスロック……かつて国の守りの要であった、それら精密誘導兵器の膨大な備蓄は、今やただ場所を取るだけの「負の遺産」と化している。

 

「だが、俺たちにはキリシマがいる。彼女のナノマテリアルさえあれば、既存の通常弾頭に、後から『魂』を吹き込むことができる」

 

 厚士の目は、遥か先の未来を見据えていた。

 

「弾頭を分解し、炸薬の一部をナノマテリアルに置き換えて再構成する。そうすれば、死蔵されている数千、数万発のミサイルが、全て『深海棲艦特効兵器』として生まれ変わる」

 

 そのあまりにも画期的で、そして現実的なアイデアに、大淀は息を呑んだ。

 

 それは、人類側の戦力を、既存のインフラを最大限に活用しつつ、爆発的に増大させることを意味していた。

 

 厚士は、どこか皮肉な笑みを浮かべた。

 

「死蔵されっぱなし、というのも、考え物だからな。この世には、古い弾を定期的に消費して、新しい弾の予算を確保しなければ、困ってしまう人々も大勢いるんだ。防衛産業とかな」

 

 その言葉は、純粋な軍事的な視点だけでなく、政治や経済といった、より大きな枠組みで物事を捉えていることを示唆していた。

 

 彼が未来から来た、というのは、伊達ではない。

 

「これで、鎮守府に対する、また一つ大きな貸しが作れる。いや、貸しじゃないな。これは、俺たちがこの世界で生き残っていくための、必要不可欠な『事業』だ」

 

 ただ戦うだけではない。

 

 未来の知識と、この世界の資源を組み合わせ、新たな価値を創造する。

 

 厚士の頭の中では、深海棲艦との戦争の、さらにその先にある、新たな世界の秩序すら、既に見え始めているのかもしれなかった。

 

 試験航行とデータ収集を兼ねた航海は、いつしか鎮守府近海を遠く離れ、艦娘たちにとっての主戦場の一つ、南西諸島防衛線海域へと達していた。

 

 厚士が、あえてこの激戦区まで足を延ばしたのには、理由があった。

 

 駆逐艦や軽巡といった小物ではない。戦艦ル級、空母ヲ級といった、深海棲艦の中核をなす大型艦のデータを、どうしても取っておきたかったからだ。

 

 その時、艦橋の空気が変わった。

 

「レーダーに感あり! 3時の方向より、敵の航空機編隊が急速接近中!」

 

 大淀の鋭い声が響く。メインスクリーンに、無数の赤い点が、蝿の群れのように表示された。その数、数十機。間違いなく、空母ヲ級が放った艦載機だ。

 

「来たな。やっと本命のお出ましだ」

 

 厚士の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。彼は待っていたのだ、この瞬間を。

 

「対空戦闘、用意! 主砲照準、高性能20mm機関砲(CIWS)起動! VLS、1番から6番セルは、ナノマテリアルを充填した対空榴散弾頭に切り替えろ! マイクロミサイルも、いつでも撃てるようにスタンバイしておけ!」

 

 立て板に水のごとく、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。

 

「同時に、長距離レーダーをアクティブモードに切り替え! この艦載機を飛ばしてきた、大本の空母がいるはずだ! 捕捉次第、諸元入力を開始! ロングレンジミサイルで、挨拶がわりに吹き飛ばしてやれ!」

 

 そして、厚士は最後の号令を叫んだ。

 

「主砲、対空戦闘! 連続射撃、始め!」

 

 その号令は、一方的な迎撃ショーの始まりを告げた。

 

 きりしまの主砲が、信じられないほどの速度で旋回し、空の目標へと砲口を向ける。そして放たれたビームが、一直線に空を薙ぎ払い、その軌道上にいた数機の艦載機を、一瞬で蒸発させた。

 

 同時に、艦橋の左右に備えられたCIWSが、凄まじい発射速度で回転しながら火を噴く。無数の曳光弾が空に弾幕を張り、突っ込んでくる敵機を次々と蜂の巣にしていく。

 

 さらに、VLSから撃ち出された6発の対空榴散弾頭が、敵編隊のど真ん中で炸裂。内部に充填されていたナノマテリアルの破片が、広範囲に散布され、それに触れた艦載機が、まるでウィルスに侵されたかのように、次々と自己崩壊を起こしていった。

 

 それはもはや、戦闘ではなかった。

 

 システム化された、完璧な「蝿叩き」だった。

 

 艦尾でその光景を見ていた吹雪たちは、もはや驚きを通り越して、唖然とするしかなかった。自分たちが、あれほど苦労して撃ち落としていた深海棲艦載機が、まるで的当てゲームの的のように、次々と堕とされていく。

 

 そして、その迎撃の喧騒の裏で、きりしまの中枢システムは、冷静に、そして着実に、もう一つのタスクを遂行していた。

 

「……敵空母、捕捉。距離40キロ。諸元入力、完了」

 

 大淀が、淡々と報告する。

 

「よし」

 

 厚士は、短く応じた。

 

「ロングレンジミサイル、2発、発射。……ご苦労さん」

 

 VLSから、2発の大型ミサイルが、再び静かに発射される。

 

 対空戦闘の弾幕を縫うように、それらは遥か水平線の彼方へと消えていった。

 

 数分後。

 

 あれほど執拗だった敵機編隊の波が、ぴたりと止んだ。

 

 そして、レーダー上から、40キロ先にいた母艦の反応も、静かに消滅した。

 

 大物狩りは、迎撃のついでに、終わっていた。

 

 

±±±±±

 

 

 空母ヲ級を、その姿を見ることすらないまま水平線の彼方に葬り去ったきりしまは、静かにその舵を反転させ、一路、横須賀鎮守府へと向かった。

 

 目的の一つであった戦艦ル級の捕捉は叶わなかったが、日没の時間も迫っている。試験航行としては、十分すぎるほどのデータが取れた。この辺りが潮時だろう。

 

 しかし、しばらく進んだところで、艦尾甲板にいた吹雪たちは、きりしまの航路が、単純な帰路とは少し違うことに気づいた。そして、艦内通信から、厚士の新たな指示が彼女たちに届く。

 

『吹雪、聞こえるか。君たちも、これより戦闘訓練に参加してもらう。きりしまを旗艦として、周囲に単横陣を形成。対潜警戒態勢で、前進せよ』

 

「は、はい! 了解しました!」

 

 突然の命令に、吹雪は一瞬戸惑いながらも、即座に応じる。彼女たち駆逐隊の面々は、互いに顔を見合わせ、頷き合うと、次々と海へと飛び出していった。

 

 特等席での見学は終わりだ。今度は、自分たちがこの未来の艦と共に戦う番だった。

 

 きりしまを中心とした、変則的な対潜陣形が、速やかに形成される。

 

 そして、その陣形が整って間もなくだった。

 

「ソナーに感あり! 敵の潜水艦を発見!」

 

 陣形の先頭を進んでいた漣が、いち早く敵の気配を捉え、叫んだ。

 

 その報告は、即座にきりしまの艦橋にも届く。

 

 レーダーと並んで水中の音が艦橋に伝播する。モニターに波形が跳ね、複数の音響反射が断続的に点灯する。深度、方位、相対速度──大淀が数字を読み上げる。

 

「了解。艦隊陣形はこのまま、単横陣継続。ソナー保持・追尾継続。VLSはアスロック設定、マイクロミサイルは随伴対処用にスタンバイ。各艦、魚雷回避運動の準備。対潜処理は迅速に、だが無駄撃ちはするな──標的を確実に屠れ!」

 

 厚士の声が、艦隊全体に響き渡る。

 

 きりしまは水中受動ソナーと能動探査を切り替え、可変深度ソナーを投入する。海面下の静かな世界に、人工の波形が送り込まれ、反響が再び舞い戻る。敵の潜航深度は中層、航跡は直線的で回避行動の様子が見えない──つまり、こちらをまだ完全に察知していない可能性が高い。

 

「捕捉、目標深度120メートル、方位09時、相対速度6ノット。反転動作無し。音響指紋は複数の推進器反射を示す。……潜水艦型、活動性あり」

 

 大淀が冷静に整理して報告する。

 

 厚士は艦橋の大径モニターの前に一歩進み、低い声で命じる。

 

「ならば正確に。VLS、アスロック一発目、投棄軌道合わせ。随伴駆逐は回避距離を保て。アスロック発射!」

 

 垂直発射管が鋼鉄の吐息を上げ、短距離の対潜ロケットが轟音とともに水面を蹴る。弾道は滑らかに描かれ、指定海域へ向かって沈み、音速より遅いが確実に深度を取って目標へ向かう。着水と同時、艦載の補助機構がロケット弾頭を切り離し、深度制御で目標海域に突入する。

 

「着弾、爆発反応。音響センサが大きく乱れています!」

 

 モニターに波紋が広がり、周辺の反射が断続的に消えたり戻ったりする。深海の静寂が瞬時に破られる。

 

 だが、敵も生き残りを賭していた。爆発の直後、海面下から高エネルギーの衝撃波が返り、艦体が微かに震える。数秒後、艦の側面を掠めるように黒い流れが走り、魚雷のブイが水面に小さな白い輪を作る。

 

「魚雷反応、起点09時方向! 反撃来ます!」

 

「回避、全速トルク! 左舷フル! デコイ射出!」

 

 厚士の指示が無駄なく通る。きりしまは即座に左舷流しをかけ、推力ベクトルを変えて艦首を押し込み、魚雷の正面を切り裂く。防御デコイが海中へと放たれ、擬似的な音響信号と磁性ノイズを撒き散らして魚雷を誘導する。

 

「よし、吹雪、叢雲! 前に出ろ! 爆雷で、残りの敵を炙り出せ!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

 厚士の的確な指示を受け、吹雪と叢雲が加速。ベテランの連携で、巧みに敵潜水艦を追い詰めていく。

 

 吹雪が補助ソナーの結果を送ってくる。

 

「目標の位置補正、送信! 右舷後方100メートル、深度110メートル、航向変換確認!」

 

「了解、アスロック二発目、投入! 今回も精密誘導。マイクロミサイルは随伴処理を優先!」

 

 二発目のアスロックが静かに海面を裂き、指定深度へ潜行していく。爆発が再び深淵を揺らし、次いで長い消音が艦内のスピーカーに低く伝わる。やがて音響反応が途切れ、モニターの波形は再び静かになった。

 

 大淀が淡々と報告する。

 

「音響反応消失。熱源消失。残骸反応あり、浮遊物確認。生存反応は無し──ただし、破片に類する有機物の反応が微量検出」

 

 大淀が、最終的な戦果を報告する。

 

 艦橋で、厚士は満足げに頷いた。

 

 単艦での戦闘能力は確認できた。そして今、艦娘たちとの連携戦闘も、問題なく機能することを証明できた。

 

「全艦、よくやってくれた」

 

 厚士は、艦隊全員に労いの言葉をかけた。

 

「これより、完全に鎮守府への帰路につく。陣形を解き、きりしまの艦上へ戻ってくれ。あとは、温かいお茶でも飲みながら、ゆっくり帰ろうじゃないか」

 

 その優しい言葉に、初の実戦共同訓練を終えた吹雪たちは、緊張の糸を解き、ほっとした笑顔で互いを見合わせるのだった。

 

 

±±±±±

 

 

 横須賀鎮守府、司令官執務室。

 

 瑞丸中将、長門、陸奥、そして作戦部の主要な参謀たちが、大型スクリーンに映し出された大淀の姿を、固唾を呑んで見守っていた。

 

 彼女は、たった今終了した、霧のイージス駆逐艦「きりしま」の試験航行の結果を、淡々と、しかし正確に報告しているところだった。

 

「──以上をもちまして、試験航行中の全戦闘記録となります。交戦した深海棲艦は、駆逐艦7隻、軽巡洋艦1隻、空母ヲ級1隻、潜水艦3隻。これら全てを、共同演習に参加した第六駆逐隊を除き、ほぼ『きりしま』単艦の火力にて、これを殲滅。当方、被害は皆無であります」

 

 その圧倒的な戦果報告に、参謀たちの間から、抑えたどよめきが漏れる。単艦で、それもイージス艦1隻で、空母ヲ級を含む艦隊を一方的に蹂躙する。常識では考えられない戦果だった。

 

 しかもこの場に居る者達は、イージス艦を含めて人類の通常兵器が全く役に立たなかった苦い記憶に新しい者ばかりだ。

 

 だが、本当に司令部を震撼させたのは、その次に続いた報告だった。

 

「……最後に、本試験航行における、全行程の資源消費量について、ご報告します」

 

 大淀は一度、言葉を切ると、手元の端末から最終データをスクリーンに転送した。そこに表示された数字を見て、作戦室にいた誰もが、我が目を疑った。

 

「な……」

 

 一人の参謀が、絶句する。

 

「これは、何かの間違いではないのかね、大淀君!?」

 

 別の参謀が、思わず声を荒らげた。

 

 そこに表示されていた消費資材の総量は、彼女たちの艦隊でも主力として活躍する、重巡洋艦娘「妙高」型が、一度の全力出撃で消費する量より、ほんのわずかに多い程度でしかなかったのだ。

 

「報告に間違いはありません」

 

 大淀は、きっぱりと答えた。

 

「今回の戦闘では、ビーム主砲及びマイクロミサイルが主兵装であり、大型の対艦ミサイルは使用しておりません。また、トマホーク巡航ミサイルに関しましては、事前に鎮守府より支給された通常弾頭をベースとしたハイブリッド弾頭を使用。クラインフィールドも、本格的な防御機動に移行しなかったため、エネルギー消費を最小限に抑えられたと、新井木一佐の見解です」

 

 作戦室が、水を打ったように静まり返った。

 

 誰もが、頭の中で計算していた。

 

 もし、今の戦果を、自分たちの艦娘だけで達成しようとしたら?

 

 空母ヲ級を含む艦隊を殲滅するには、最低でも戦艦と正規空母を中核とした、大規模な艦隊を編成する必要がある。その出撃と、戦闘後の補給にかかる資材は、今回の消費量の、数十倍では済まないだろう。

 

 そして、無傷で帰還できる保証など、どこにもない。

 

「……彼は、言っていたな」

 

 沈黙を破ったのは、瑞丸中将だった。その声には、抑えきれない興奮と、畏怖の色が混じっていた。

 

「『長い目で見れば、その方が鎮守府全体の資材効率も格段に上がるはずだ』、と」

 

「まさか、これほどとは……」

 

 長門が、唸るように呟く。彼女の表情からも、驚愕の色は隠せない。

 

「我々が『大食らい』と評した母艦の消費を、この一隻で、お釣りが来るほどに補って余りある……。彼の戦術眼は、我々の遥か先を見ているようですわね」

 

 陸奥が、冷静に、しかしその声はわずかに震えていた。

 

 瑞丸中将は、スクリーンに映る最終報告書を、満足げに頷きながら承認した。

 

 もはや、参謀たちの中から、キリシマの燃費について不平を言う者は、誰一人としていなかった。

 

 彼らは、ようやく本当の意味で理解したのだ。

 

 未来からの来訪者、新井木厚士がもたらしたものが、単なる強力な戦闘艦一隻ではなかったことを。

 

 それは、自分たちの戦争の常識、艦隊運用の思想そのものを、根底から覆してしまう、あまりにも巨大な「革命」の始まりなのだということを。

 

 

±±±±±

 

 

 イージス駆徒逐艦「きりしま」の試験航行報告書が、横須賀鎮守府の全部署を駆け巡った翌日。

 

 瑞丸中将は、作戦部の主要メンバーと、長門、陸奥を伴い、自ら第1ドックへと足を運んでいた。そこには、補給を終えて静かに佇む「きりしま」と、その傍らで大淀と打ち合わせをしている新井木厚士の姿があった。

 

「新井木一佐、少し時間をもらえるかな」

 

 穏やかだが、有無を言わせぬ響きを持つ瑞丸中将の声に、厚士は振り返り、敬礼した。

 

「これは、中将閣下。いかがなさいましたか」

 

「うむ。単刀直入に言おう」

 

 瑞丸中将は、目の前の小さなイージス艦と、その背後にいる巨大な戦艦を交互に見やり、そして、決然とした表情で告げた。

 

「もう一隻、この霧のイージス艦を、鎮守府から君に『発注』したい」

 

 その言葉に、厚士は少し驚いた表情を見せたが、すぐさまその真意を読み取ろうと、相手の目を見つめ返した。

 

「『発注』、でありますか?」

 

「そうだ。お願いではない、正式な業務としての『発注』だ。建造費用は、全てこちらで持つ。資材も、君が要求する分を最大限、融通しよう」

 

 瑞丸中将の背後で、長門が言葉を継いだ。

 

「昨日、君が提出した報告書は、我々の常識を覆した。あの費用対効果は、もはや戦略兵器レベルだ。我々人類が、この戦いを有利に進める上で、君たちの技術は不可欠だと判断した」

 

 瑞丸中将は、さらに踏み込んだ要求を口にする。

 

「ただし、今度の艦は、少し仕様を変えてもらいたい。君が乗る『きりしま』は、君と大戦艦キリシマの専用艦だ。だが、次に造る艦は、我々、横須賀鎮守府の艦娘たちが、直接運用できる艦として建造してもらいたいのだ」

 

 それは、単なる戦力増強の依頼ではなかった。

 

 未来の技術のブラックボックスを、少しでも自分たちの手に引き寄せたいという、人類側のしたたかな戦略だった。艦橋のインターフェース、火器管制システム、航行システム。それらを、艦娘が扱えるようにカスタマイズして欲しい、という要求だ。

 

 厚士は、その提案の裏にある意図を完全に理解した上で、静かに、しかしはっきりと答えた。

 

「……なるほど。いわば、『量産試作機』の建造、というわけですね」

 

「話が早くて助かる」

 

「承知いたしました。そのご依頼、謹んでお受けいたします。我々の技術が、人類の未来に貢献できるのであれば、これに勝る誉れはありません」

 

 厚士は、少しも逡巡することなく、その国家レベルのプロジェクトを快諾した。

 

 彼にとっても、この提案は渡りに船だった。自分たちがいなくても運用できる艦を作ることは、この世界に霧の技術を根付かせ、自分たちの立場をより盤石なものにすることに繋がるからだ。

 

「ただし」と厚士は付け加えた。

 

「ユニオンコアの基礎部分と、ナノマテリアルの生成システムだけは、申し訳ありませんがブラックボックスとさせていただきます。これは、技術の暴走を防ぐための、最低限の安全装置とお考えください」

 

「無論だ。そこまで求めているわけではない」

 

 瑞丸中将は、満足げに頷いた。

 

 こうして、横須賀鎮守府の全資材を投入した、人類初の「対深海棲艦用・量産型霧のイージス艦」の建造計画が、正式に始動した。

 

 それは、未来からの来訪者が、この世界の戦争の形を、そして未来そのものを、本格的に書き換え始める、歴史的な瞬間だった。

 

 

 

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