「ハァッ…ハァッ…」
『グオォォォォ!!!』
浮遊する小さな明かりを頼りに、魔法使いの少女は洞窟を走り続ける。真っ黒なポニーテールが左右に揺れ、何度も躓いたことで服がボロボロになりながら。そんな彼女の背中に、洞窟を震わすほどの凄まじい咆哮が叩きつけられる。
足が痛い。肺も痛い。心臓が痛いくらいに高鳴って、恐怖で頭が回らない。それでも、それでも少女は止まるわけにはいかない。
(……ッ!来るッ!)
後ろから発される、強大な邪気を感じとり後ろを振り返る。
そこには、緑色の鱗に身を包んだ、巨大なドラゴンがいた。その鋭い眼光は少女を捉え、決して逃がさないよう追いかけている。
幸い、ドラゴンの足は決して早くはない。ピオラをかけさせすれば、少しずつとはいえ距離を取ることは可能だった。
(……あのドラゴン、血がついてない。よかった、皆は逃げきれたのかな)
自分の命が狙われてるのにも関わらず、少女はあのドラゴンの姿から自身の仲間が襲われていないことを確信し、安堵していた。
ノースブルという国にある冒険者学校。その卒業試験として難易度の低いダンジョン攻略に生徒達だけで向かうことになった。
彼女は所謂陰キャだった。前髪で顔を隠してるせいで雰囲気は暗いし、180近くある身長も猫背のせいで目立たないし、人見知りでそもそも話しかけることも難しいし、学園の友達は少なかった。
今回のダンジョン攻略もメンバーに友達はおらず、むしろ自分以外のメンバーは仲良し組で……あからさまに自分を無視し、ハブられているのを感じていた。
メンバーの皆は浮かれていた。卒業したら冒険者としてこんなことをする、こんな夢を追う、そんな雑談をして、調子に乗って。仲間はずれの彼女だけが、真剣にダンジョン攻略に取り組んでいた。
だから気付くことが出来た。このダンジョンの魔物とは比べ物にならない、桁違いの魔法力に。迫ってくる凄まじい邪気に。
突如として現れたドラゴンを前に、油断していたメンバーが対抗できるわけもなく、パニックに陥っていた。そんな中、唯一動けたのが彼女だった。
彼女はドラゴンに攻撃を仕掛けて自身に注意を向けさせると、メンバー達から離れるように逃走。メンバーがダンジョンから脱出するまでの時間稼ぎをすることを決意したのだ。
別に友達だった訳じゃない。ただの同級生ってだけで、むしろ自分を無視するような嫌な人達だった。
でも、それでも見殺しにはしたくなかった。見捨てたくなかった。助けたかったのだ。
「……ッ!」
走り続ける少女の前方には巨大な壁が見えてくる。一応上に道は続いていそうだが……魔法使いであり非力な彼女の身体能力では、ピオラ込みでも登りきるには相当の時間がかかるだろう。
振り返ると、ドラゴンも少しずつ迫ってきている。ドラゴンは鋭い牙を見せつけており、追い詰めた獲物を前にまるで笑っているようだった。
もう、逃げることは出来ない。目の前に絶望が迫り来る。だが、それでも少女は震える手で杖を強く握りしめ、ドラゴンへと構えた。
「……まだ……まだ死にたくない。だから諦めない!逃げられないのなら……精一杯抗うんだから!」
少女はドラゴンを睨み付けると、杖に魔法力を集中させる。
ドラゴンは口を大きく開くと、そこから火炎の息を吐く。凄まじい熱量を持った炎のブレスが彼女に迫った。
「ハァァァァ!!!ベギラマ!」
対する彼女は、杖から輝く光線を放つ。閃光と火炎は激しくぶつかり合い、衝撃波で洞窟が揺れる。
「く、うぅ……!負け……ない!」
歯を食い縛り、魔法力を全力で放出する。最初は拮抗していたが、勢いを増した彼女のベギラマが火炎を押し返し始めた。
そして、閃光が火炎を貫く。高熱の閃光がドラゴンの顔面へと直撃した。
「や、やった……!……え」
ベキラマが命中し、少女は喜びの表情を浮かべる。しかし……その笑みは一瞬で消えることとなった。
ドラゴンがまともにダメージを受けた様子がなく、平然とその場に立っていたからだ。
「そ、そんな……く、うぅ……」
少女は怯えながらも、諦めまいと杖を再度握りしめ、魔法を放とうとする。しかし、先程のベキラマを放つ際に一気に魔法力を放出しすぎた影響で身体に負担が大きく、耐えきれずにその場に膝をついてしまう。
杖によりかかるような形で倒れるまではいかないが、度重なる疲労や恐怖から身体が動かない。
(……あ、これ……もう無理だ……。ごめんなさい、お父様、お母様……。私は……ラディアはここまでのようです)
動けなくなった少女にドラゴンが近付いてくる。彼女はただ、大口を開け、こちらに食らいつこうとするドラゴンの姿を見ていることしか出来なかった。
その時だった。
「オレ流奥義、地穿拳!」
ドゴォォォン!!!
少年の声が響いたかと思うと、凄まじい轟音と共に、少女の目の前に突如として砂煙が巻き起こる。
訳も分からず、少女は目の前の状況をポカンと見つめていると、砂煙が少しずつ晴れてきた。
「……え?」
少女は思わず、声を漏らしていた。先程まで命を狙ってきていたドラゴンが地に伏しており、ピクリとも動かなくなっていたからだ。そして、そんなドラゴンの頭上に乗るように、1人の少年がこちらを見下ろしている。
ツンツンと尖らせた赤髪と、橙色の大きな瞳がまず目に入った。そして次に、彼の整った顔とはあまりにも不似合いな装備に目が向く。
彼の装備は皮の腰巻きだけ。それ以外には何も身に付けておらず上裸である。なんなら靴すら履いていない。よくみると、身体中に傷のようなものが見えた。
「……」
「あの……な、なんですか……?」
少年はドラゴンから飛び降りると、無言で少女に近付き、ジーッと観察し始める。
少女は怯えながらも、抵抗せずにいると、唐突に少年がニカッ!と笑って話しかけてきた。
「おまえ、人間!しかも魔法使いだな!さっきの戦いみたぞ!キラキラしてドカーン!凄かったぞ!」
「……え、あ、えーっと……ど、どうも……?」
突然褒められ、訳も分からないまま少女はお礼を返す。
恐らく、この少年が、ドラゴンを倒したのであろうことは、少女にも予想がついた。しかし、今目の前で快活に笑い、飛び跳ねている少年からはそんなイメージがまるでわかない。
「あの……あなたはいったい……?冒険者じゃないですよね……?」
冒険者、ダンジョン攻略やギルドに来た依頼をこなすことを生業とする人達。だが、そういった冒険者達はきちんとした装備に身を包み、ある程度のメンバーで行動するのが基本だ。ソロで、しかも装備は皮の腰巻きだけでダンジョンに籠る冒険者なんているわけがない。
また、勿論彼のような人物を冒険者学校で見かけたこともない。彼女は少年の正体がまるで分からなかった。
彼女の問いかけに対し、少年はキョトンと首をかしげた後、「あー」と勝手になにか納得した様子で口を開く。
「そうだった。人間ってのは会ったらまずは自己紹介をするんだよな。人間に会うのは初めてだから、うっかりしてたぞ」
「人間に会うのが初めて……?」
少女の疑問に対して、彼はニカッ!と笑って答えた。
「オレはショウ!ダンジョン育ちの武闘家だぞ!」
ダンジョン
人間界に現れる空間の裂け目から入ることが出来る、魔物の巣窟となっている別世界。
そんなダンジョンで育った謎の少年ショウと、魔法使いのラディアが今、ここに出会った。
この時はまだ誰も知らなかった。
この出会いが、世界の命運を変えることになると。