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エマが話してくれている内容を、私は頭に入れることができなかった。それくらいに戸惑いというものを覚えていたのかもしれない。彼女とはもうすれ違わない、そう思っていたからこそ、思いがけぬところで出くわしてしまったという事実が、頭の冴えを悪くしているような気がした。
「……すまない。今日は早くいかなければいいけない用事があるんだ」
実際には早く行く用事なんてなかった。それでも彼女との間に発生しているように感じてしまう気まずさから逃げ出したくて、私はエマにそう声をかけた。
「う、うん。そうだよね。ヒロちゃんが早く外に出ているんだもん、用事はあるよね、……ごめん」
私の言葉にエマは頷きながらも、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていく。別にエマは何一つとして悪くはないはずなのに。
「別に謝る必要はないんじゃないかな。今日はたまたま用事があっただけ、それだけだから気にする必要はない。……だから──」
彼女の表情に罪悪感を覚えて、それから私はその先に呟く言葉を一瞬頭の中で考えた。その選択が正しいのかはわからないけれど、それでもエマの悲しそうな表情が心に引っかかってしまうからこそ、自分が向き合いたくない、というエゴだけで無碍にすることはできそうになかった。
「──だから、また明日だ。明日、また話そう」
私の言葉に、エマはその表情をぱっと明るくさせた。
◇
それからというもの、本当に毎日彼女と出くわすことになった。何度かそれでも道を変えようとしたことはあるものの、あの時に焼き付いたエマの表情が心の中で引っ掛かりになってしまい、結局道を変えても戻って、いつも通りの道を歩くことにした。
エマと朝に出会って、数分間他愛のない雑談を繰り返す。牢屋敷から帰ってきた少女たちと今度お茶会をしよう、とか、牢屋敷に残っている少女たちにも会いに行こう、とか、そういった話も交えていく。
だんだんとエマからだけではなく、私からも話題を振ることが多くなった。
「……寝ぐせ、できているじゃないか」
「えっ?! 本当!?」
「本当だ」
そう言いながら、私は彼女の寝ぐせへと触れていこうとする。でも、安易に人の髪に触るなんて正しいことなのだろうか。けれど、それでも結局彼女の髪に触れて、その寝ぐせを正そうとしてしまう。
「うぅ」とエマは声を漏らした。どことなく、しつけのなっていないが飼い主に怒られている様に似ているな、と思ってしまう。そして、そんなことをしている自分もどこか可笑しい。
「……身だしなみはきちんとしなければいけない。正しくないからな」
「そ、そうかな……? それは別に大丈夫だと思うけど──」
「──うるさい。正しくないったら正しくないんだ」
誤魔化すように私は声を出した。少し大きめな声になってしまったのか、エマは『はい』と犬の鳴き声のような『きゃんっ』を混ざたような「きゃいっ!」と返してくる。やはり少し犬っぽいな、と思ってしまう。
「……これで、よし」
私はそんなエマの様子を面白く思いながらも、彼女の寝ぐせを正していった。それでも少し髪の盛り上がりを見せている部分はあるけれど、普段の彼女の髪型と比較すれば妥協できる範囲内だと思った。
「あ、ありがとうヒロちゃん」
「……べ、別に」
エマの感謝の言葉。素直に言葉を紡いでくれる彼女に、私はそっぽを向きながら、結局それ以上に言葉を返すことはしなかった。
心の中にぼうっとある、消えない罪悪感。
エマと過ごす時間は楽しい。エマと話すことができてうれしい。いつかに失ってしまった彼女とのかけがえのない時間。私の誤りから見捨ててしまったすべてのこと。それを取り戻すように彼女と過ごすことができているこの朝の時間。それは確かに心地がいいものだ。
──でも、私は許されていいのだろうか。
エマはきっと気にしていない。私のことなど、本当に気にしていないのだろう。でも、私自身が過去のすべてを許すことができていない。許されたいとも思っていない。
誤り続けていた私が、今さらこんなに心地がいい感情を覚えることは、許されるのだろうか。
許されないことをした。エマに対して、幼馴染に対して、親友に対して。
そんな私が、彼女と距離を近づけることは正しいのだろうか。
いつまでも、その問いに解は見つからなかった。