◇
「……ふぅ」
何もすることを許されないまま、長時間の移動を過ごしたせいか、普通に過ごした時よりも疲労が重なっているような気がする。
何かしら時間を潰すために勉強なり読書なりに励むことができれば、それが一番いいのではあるが、移動中はそれさえも許されない。
……いや、きっと、それ以外にもため息をつくたくなってしまう要素はいくつもあるのだろうけれど。
「……」
今の牢屋敷に瘴気といわれるようなものや、魔法に関連する作用はどこにもない(……正直、瘴気というのはナノカから聞いた話で、当時の私が感じられたものではないのだが)。
それでもこうして牢屋敷を目の前にすると、どうしても色々なことを思い出してしまうからこそ、適切に前を向くことが難しい。
すべては終わったこと。
そして、なかったこと。
魔法を使える少女たちの殺し合いは、私たちの時には存在しない。それは私が死に戻りをしたからこそ達成できたものであり、それ以上も以下もない。
それでも、たまに脳裏に過ぎる。なかったことになったのだから、忘れて仕舞えばいいのに、それでも思い出してしまうのだ━━。
「──わぁー! ヒロちゃんだぁ!」
そんな考え事に耽っていると、聞き馴染みのある声が目の前から聞こえてくる。
その声の主は今の今まで牢屋敷の入り口側に待機していて、ドアの付近に何やらペンキを塗っていた様子だ。……以前聞いた通り、七色の欠片がそこには描かれている。
「……ノア、君は本当に虹色に染め上げるつもりなのか」
そうして私は駆け寄ってくる彼女、城ケ崎ノアに向けて呆れたような表情を向けると「うん、だって約束だもん!」とにこやかに微笑んでくる。
死に戻りをする前の彼女だったら、きっと私に叱られることを覚悟して、ドギマギとしたような表情を浮かべるのだろうけれど、今のところノアからそういった表情が浮かべられることはない。それもこれも、互いに自分自身という人間性を知っているからかもしれない。
……まあ、正しくはないけれど、別にいいか、という気持ちになる。
「……来たのか」
そして、とぼとぼ、と言った感じでノアの後ろからついてくる少女の影がひとつ。それは夏目アンアンの姿だった。
彼女も彼女でドア付近に色を塗っていたようで、ノアとは反対側の方に黒いペンキを塗っていたらしい。彼女の手にはいくつか黒いシミがあった。
「君もノアと同じで塗装していたのか」
「……うむ。ノアが吾輩の言うことを聞かないからな。対抗して、私も反対側に暗黒城を作ることにした」
「……」
……べ、別に気にする必要はない、と心の中で思っていても、それを否定したくなる正しさの衝動が頭の中に這い寄ってくる。
というか、右が虹色で、そして左が黒色って、対極にもほどがあるだろう。せめてカラーリングを同じにしてくれれば納得はできたのかもしれないが、……正しくない、正しくない。
でも、そんな心の中の声を掻き消すようにする。彼女らに正しさを強いても意味はないし、もとより言って聞くような子たちでもない。
私はあからさますぎる溜め息を吐いて、それから目の前にいる二人の頭へとぽんと触れてみる。
「久しぶりだな」
そうできた自分自身の振る舞いに、これこそが正しいな、と思いながら、私は牢屋敷の中に入って行った。
◇
「……正しく、ない」
そうして入った牢屋敷ではあるが、以前見た姿よりも一層汚れていたり、散らかったりしていた。
私が牢屋敷を出る直前、一応これを見越して清掃を行なったはずなのだが、その甲斐がまるでないかのように、カーペットは不自然にシワを作っているし、食べかすのようなもの、もしくはペンキのようなものが床に落ちている。
「あ、あ、え、えーと、その、ね? あ、アンアンちゃんが──」
「な、なんだとっ! あのシミはノアがやったものだろう!」
「違うよぉ! だってノアが使ってるペンキは虹色で──」
「──いや、言い訳は大丈夫だ」
彼女らのそんなやりとりを制止して、私はそう返してみる。
「私以外に牢屋敷にもう来ているものはいるのか?」
「あ、えっとね。マーゴちゃんとナノカちゃんとぉ……」
「……いや、牢屋敷で暮らしているものじゃなくてだな」
「じゃあそれなら、今のところヒロちゃんとレイアちゃんだね」
「……ふむ、レイアか」
とりあえず頭の中に過ったこととしては、他の少女がやってくる前に掃除をしておくこと。
でも、レイアがいるならレイアに一言挨拶をするくらいしてから掃除をしてもいいか……。
……いや、彼女なら掃除している時にタイミングを合わせてやってくるだろう。
だから、掃除から始めるか。
「そうか。ありがとう。とりあえず私はこの牢屋敷の掃除に取り組むことにしよう」
「うんっ、わかった!」
子供みたいな声をノアは返す。それから彼女は……。
「……ノアも、手伝おうかな?」
困り顔、というか、こちらに気をつかうような表情を浮かべて聞いてくる。
その発言にアンアンは少しぎょっとしたが「わ、わがはいも、手伝う……」と声を漏らす。
……まあ、彼女らの厚意を無碍にするのは正しくないだろう。
「じゃあ、お願いしようかな」
私は二人にそう返して、それぞれの分担を考えてみる。
とりあえず、他の少女たちがやってくる前にこの惨状を片付けなければ……。
そうして私は箒を握って、二人と一緒に掃除を始めた。