外の吹雪は唸りが風穴を通り抜け、低い音で唸っている。その振動が、ルナの胸の鼓動と重なって響いてくる。
リュウジは、すべてを語り終えると、長い呼吸を吐き、静かに俯いた。燃え尽きたかのように、肩は小刻みに震えている。それは寒さのせいではなかった。彼が吐き出したのは、自分の過去を呪う言葉と、誰にも届かない真実だった。
ルナはその場で膝を抱えたまま、動けなかった。
彼が抱えている闇の深さ――想像を絶するものだった。これまでの短い旅の中で、何度かリュウジの表情に影を見たことはあった。それでも、彼がここまでの地獄を背負っていたとは、夢にも思わなかった。
そして何よりルナの心を揺らしていたのは混乱だった。
リュウジの語った話が真実ならば――今まで自分が聞いてきた「悲劇のフライト」とはまるで違う。教科書やニュース、周囲の大人たちが口にしてきたのは「無謀な少年パイロットが操縦を誤り、大勢を死なせた」という物語だった。だが今、彼自身の口から語られたのは、全く別の真実だった。
「……操縦士ナッシュの件、宇宙ジャックの件は、すべて隠されている。ドルトムント財閥の手によってな」
低く押し殺した声でリュウジは言った。その唇は、まるで血が滲むほどに噛みしめられている。
「ど、どうして……」
ルナは小さな声を上げた。声は掠れ、岩壁に吸い込まれるように消えた。
リュウジは答えるように顔を上げることなく、ただ淡々と口を開いた。
「御曹司の不始末や、財閥が用意した旅客機に犯罪者集団が乗り込んでいたことを公表すれば……信頼は地に落ち、財閥は解体される。だから俺一人にすべての責任を押し付けて……それで済ませたんだ」
彼の声音は、氷のように冷たい。だがその冷たさは、怒りでも憎しみでもなく、諦念に近かった。幾度となく自分に言い聞かせ、何度もその事実に打ちのめされ、もう痛みを感じないふりをするしかなくなった人間の声だった。
「そ、そんな……」
呻き声のように漏れたルナの言葉は、ほとんど自分自身に向けられていた。信じてきた歴史が嘘だという衝撃。何より、リュウジの人生が一方的に奪われ、汚されてきた現実。その両方に胸が軋んだ。
唇を噛み締めながら、ルナは叫ぶように問いかけた。
「どうして……どうしてリュウジは真実を話さないの?」
岩窪みに灯された小さなランプの光が、リュウジの頬を照らす。彼は僅かに顔を上げ、虚ろな眼差しでその光を見つめた。
「話す?……話したところで、誰が俺のことを信じる?」
声は乾いていた。
「財閥が握るメディアは全部、俺を吊し上げる記事を流した。ニュースはコロニー中を駆け巡り、俺は”悪魔”になった。……それに、生存者の中にリョクやナッシュもいた。俺が目を覚ました頃にはすでに根回しは終わっていて……俺一人が生贄にされる構図は完成していた」
リュウジは膝に置いた手を握りしめた。その拳の震えが、彼の中にまだ消えていない怒りと悔しさを雄弁に物語っていた。だが、それを吐き出す場所も相手も、今まで彼にはいなかった。
ルナは静かに震えていた。
「どうして……どうして、リュウジは仲間や乗客を守るために死力を尽くしたのに……どうして、そんな目に遭わなきゃいけないの……?」
思わず涙が頬を伝った。
彼がどれほど必死に闘い、どれだけ人を守ろうとしたのか。ルナは想像するだけで胸が潰れそうだった。彼がどれだけ孤独にその責めを背負ってきたのか。考えれば考えるほど、怒りと悲しみが混ざり合って胸を焼いた。
リュウジは淡々と続けた。
「力を持つということは、そういうことだ。最初は望まれ、求められたとしても……やがて罪人と呼ばれる。俺は死ぬべきだった。……だが死ねなかった。俺が生き残ったこと自体が罪だからだ。……死ぬことさえ許されないんだ」
その言葉は、まるで鉄の塊のようにルナの胸に突き刺さった。
ルナは胸が痛むのを堪えきれず、震える手をそっと彼の手に重ねた。
「……リュウジ」
その声はかすれ、涙で震えていた。
「あなたは罪人じゃない」
ルナの瞳は、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「生きるべくして、生き残ったのよ。それは……それは責められることじゃない。生きることは……罪じゃない」
彼女の声は震えていたが、その震えには確かな熱が宿っていた。自分の小さな体から出ているとは思えないほど、強い、必死な響きだった。
岩の窪みの中に、重く深い沈黙が落ちていた。
吹雪の遠い唸り声だけが耳に届き、時折、岩壁が軋むような低い音が響いた。息苦しいほどに狭い空間で、二人は向き合っていた。
リュウジは、ルナの言葉を聞いた瞬間、鼻で短く笑った。
乾いた音だった。感情など含まれず、ただ自分を嘲るかのように吐き捨てられた空気。
「……お前は生きることが罪じゃないと言うがな。俺にはあの時、救えなかった命がある。背負っていかなきゃならないんだ」
声は静かだったが、言葉の端々には重い鉄の塊のような響きが宿っていた。
ルナは強く首を振った。
「あなた一人が背負う必要なんてないわ! あなたも“悲劇のフライト”の被害者なのよ!」
「被害者」――その響きにリュウジは思わず眉をひそめた。
今までの人生で、その言葉を向けられたことなど一度もなかった。人々が口にしたのは、いつだって「罪人」「加害者」「悪魔」。それが世間の定めた彼の役割だった。だが今、ルナははっきりと「被害者」と言った。
リュウジの胸の奥で、錆びついた何かがきしみを上げる。
「……最後に操縦桿を握ったのは俺だ。たとえ犯罪集団やナッシュが関わっていたとしても、機体を墜落させた責任は俺にある」
今度の声には力が込められていた。彼が必死に築いてきた“自分への罰”を守ろうとするかのように。
ルナは首を横に振り続けた。その瞳には涙が光っている。
「……もういい加減に、自分を許してあげて」
その言葉は、囁きのように小さく、それでいて奇妙なほど力強く、リュウジの胸に響いた。誰にも届かないと思っていた心の奥底に、ゆっくりと沁み込んでくる。
「一人でできないことがあるから……それを補うために仲間がいるのよ」
ルナは続けた。小さな声だったが、決意に満ちていた。
「リュウジ……あなたは、一人じゃない」
だがリュウジは顔を背け、低く吐き捨てた。
「仲間……そんな言葉、聞き飽きた」
それでもルナは怯まなかった。
「信じなくてもいい。……でも私はあなたを見捨てないわ。リュウジが過去にどれだけ傷ついても、私はここにいる。仲間も、ここにいる」
言葉は柔らかかったが、その芯は鋼のように揺るぎなかった。
しばらく沈黙が流れた。
リュウジは目を閉じ、額に手を当てる。窪みの中を流れる空気の音さえ遠ざかる。
そして重く口を開いた。
「……俺に関わるな」
その声音は、苦しみと恐怖を必死に隠すような、押し殺した響きだった。
「俺に関われば……お前らに刃が向くことだってある。俺とお前らは違うんだ。俺は……乗客の八割を殺したんだ」
その瞬間、ルナはそっと彼の両手を包み込んだ。
彼の指は硬く、荒れていて、今もなお過去の重さを刻んでいる。だがルナの掌は温かかった。
「リュウジは殺したんじゃない。……乗客の二割を救ったのよ」
静かな声が、空間を震わせた。
ルナの瞳は真剣で、そこに偽りは一切なかった。
あの事故が恐ろしい惨劇だったことは、ルナも理解している。だが、もし操縦桿を握っていたのがリュウジではなかったら――もっと最悪の結果になっていたのではないか。
なぜ誰も、その当たり前のことに気付かないのだろう。
ルナは優しく微笑んだ。
「あなたの手は……人を殺した手じゃない。救った手なのよ」
その囁きが耳に触れた瞬間、リュウジの胸に堰き止めていたものが揺らいだ。
今まで、こんなことを言ってくれた人がいただろうか?
誰も彼を信じず、彼の名を口にすれば罵倒と非難だけが返ってきた。そんな中で――なぜ、この少女はここまでしてくれるのか。
「……どうして……どうして、そこまで俺に関わろうとする……」
リュウジの声は震えていた。長い年月、誰にも見せたことのない脆さが滲み出ていた。
ルナは彼の手を握ったまま、穏やかに答えた。
「リュウジが苦しんだり、無茶しているのを見ると……私も痛いのよ。胸の奥が締め付けられるみたいに、心が痛むの」
言葉は優しく、そして真実だった。
――もう、涙は枯れたはずだった。
――もう、何も感じることはないと思っていた。
それなのに、なぜ。
頬を伝って落ちるものがあった。熱く、しょっぱい雫。
それは、リュウジが初めて他人の前で流した涙だった。
窪みの中、外の吹雪が嘘のように遠のいた。
二人の間にあるものは、過去の罪や烙印ではなく、ただ確かな温もりだけだった。
⬜︎
リュウジの頬を伝う涙は、途切れることなく流れ続けていた。彼自身が涙を流していることに気づいたのは、ほんの数瞬前だった。
「……なぜだ……もう、涙なんて出ないと思っていたのに……」
声はかすれ、嗚咽とともに途切れ途切れになった。
ルナは何も言わず、そっと両腕を伸ばした。抗う間もなく、リュウジはその胸元へと引き寄せられる。抵抗する力は、もはや残っていなかった。彼の額がルナの肩に触れた瞬間、押し殺していたものが堰を切ったように溢れ出す。
「くっ……う……っ……!」
幼子のような嗚咽が、暗い窪みに響き渡る。
ルナはただ黙って、その背中を撫で続けた。鋭く尖っていたはずのリュウジが、今は驚くほど頼りなく、弱々しい。硬く張り詰めていた筋肉が、次第にその手のひらの下で解けていくのが分かった。
やがて、嗚咽は細い呼吸へと変わり、涙の熱だけがルナの服を濡らして残った。
「……ルナ……」
掠れた声で自分の名を呼ぶリュウジに、ルナは静かに「大丈夫だよ」と答える。
その言葉を最後に、リュウジの体から力が抜け落ちた。彼は泣き疲れたのだろう。ルナの胸に顔を埋めたまま、穏やかな寝息を立て始めていた。
ルナはしばらくその寝顔を見つめた。強さの仮面をかぶり続け、孤独を背負い込んできた彼。しかし、今そこにあるのは、眠りに落ちた十四歳の少年の姿だった。
長いまつげに縁取られた瞼。濡れた頬にかかる髪の束。険しい表情を脱ぎ捨てたその顔は、驚くほど幼く、無防備で、彼女と同じ年相応の少年にしか見えなかった。
「……本当は、こんな顔をしていたんだね……」
ルナは小さく囁いた。
胸の奥が締めつけられる。守りたいという衝動が、熱を帯びて溢れてくる。
彼は罪人でも、冷酷な生き残りでもない。ただ――傷つき、泣き疲れ、ようやく眠ることのできた同じ十四歳の仲間なのだ。
ルナは彼の乱れた髪を指で整え、濡れた頬に触れぬようそっと撫でた。
「……大丈夫。私がいるから」
そう呟きながら、ルナは彼の寝顔を見守り続けた。
⬜︎
――目の前に広がっているのは、かつて自分が「最後に見た光景」だった。
エアポートの滑走路に押し寄せる炎。夜の闇を焼き尽くすように立ち昇る赤い炎柱。轟音を伴って次々に炸裂する燃料タンク。破裂音が耳をつんざき、鼓膜を震わせるたび、空気全体が揺れた。裂け散る機体の断片が宙を舞い、折れた翼が地面に叩きつけられては、火花を散らしながら転がる。垂直尾翼の残骸だけが、まだ風に揺れながら辛うじて「飛行機だったもの」の影をとどめていた。
焦げた繊維とねじれた金属片が地面に散乱し、そこかしこから滴り落ちる燃料は、黒く濁った川のように地表を這っていく。その川はやがて火の手に触れ、一瞬で赤く燃え広がり、周囲をさらに焼き尽くしていく。鉄の匂いと焦げた肉の匂いが混じり合い、息を吸うたびに肺の奥まで焼けつく感覚が広がった。喉が痛み、胸の奥で心臓が軋む。呼吸するだけで、死に近づいていくような苦しみ。
――どこからか、血が滴る。
断末魔の叫び。
自分を呼ぶ声。
助けを求める声。
誰かが泣いている。
耳の奥に、混ざり合った悲鳴がこびりついて離れない。目を閉じても、その地獄は消えない。むしろ、まぶたの裏のほうが鮮明にその光景を映し出してくる。
足元で、誰かの手が自分の足首を掴んだ。引きずり込もうとする力は生々しく、焦げて剥がれた皮膚の感触と、まだ温かさを残す体温がぬるりとまとわりつく。焼けただれた指先が離れず、爪が皮膚に食い込む。まるで、この地獄の底へと自分を引きずり落とすために、亡霊たちが群がっているかのようだった。
「やめろ……!俺を引くな……!」
必死に振り払おうとするが、腕は動かない。足も重く沈み込むようで、炎の底へと身体が傾いていく。ここに呑まれれば、死ぬ――そう直感的に理解できた。
いつもなら、この時点で夢は途切れていた。だが今夜は違う。
地獄は終わらない。
闇が、さらに深く、自分を呑み込もうと口を開けていた。
死を悟ったその瞬間だった。
――空の向こうから、強烈な光が落ちてきた。
まるで太陽を凝縮したかのような、神々しいまでの白い光。
その光は地獄を裂き、燃えさかる闇を押し返していく。胸の奥を、腰の奥を、ぎゅう、と押すようにして突き抜け、全身を震わせた。眩しさのあまり目が焼けそうだった。それでも視線を逸らすことができない。
光は一本の腕のように伸び、同時に羽根のように広がり、彼を包もうとしていた。
――それが一体なんなのか、リュウジには分からない。
しかし、本能は告げていた。
あれを掴まなければ、自分はもう二度と戻れない、と。
差し出された、その光の「手」を、今度こそリュウジは掴んだ。
ぬくもりを感じる。冷たさではなく、確かな温かさを。
それに引き上げられるようにして、リュウジは闇の底から浮かび上がっていった。
瞼を閉じ、そしてゆっくりと開く。
目の前に浮かんだのは――
「……お前だったのか」
リュウジの口から、震えるような笑みが零れた。
光の正体は、ルナだった。
優しく微笑むルナの顔が、そこにあった。
その背後には、シンゴやチャコ、メノリ、ハワード、ベル、カオル、アダム……仲間たちの姿も重なっていく。みな、不安げでありながらも、確かに彼を見つめていた。拒絶ではなく、非難でもなく。――ただ、そこに「共にいる」という意志を宿して。
焼けつく闇に閉ざされていた心の奥が、少しずつほどけていく。
長い間、誰にも触れられなかった氷が、じわじわと溶かされていく。
重く固まっていた闇が、光に押し流されていく。
「……俺は……」
掠れた声が、自然に零れた。
「……一人じゃ、ない……」
炎に焼かれた光景は、まだ心に刻まれている。亡霊たちの声も、きっと消えることはない。
だが――その闇を晴らす光が、確かに存在している。
こうしてリュウジの闇は、ほんのわずかずつ、だが確かに晴れていった。
⬜︎
静かな寝息が、私の胸に規則正しく伝わってくる。
リュウジの体温がまだ腕の中に残っていて、まるでこの場所だけ時間が止まったかのように思えた。ついさっきまで、彼は子どものように泣いていた。胸を濡らした涙の跡が、まだ温かい。
顔を少し覗き込む。眠っているリュウジの横顔は、いつも見せている強がりも、冷たさも、そこにはなかった。
――ただの十四歳の少年の顔。
私と同じ年の、あどけない寝顔だった。
長い睫毛が影を作り、額にかかる髪が少し乱れている。呼吸に合わせて肩がわずかに上下する。こんなにも無防備に、誰かに身を預ける姿を、私は初めて見た。
胸の奥が、ぎゅう、と切なくなる。
気づいてしまう。
彼の笑顔に救われたこと。冷たい言葉に傷ついたこと。守ろうとして無茶をする姿に腹を立てたこと。……その全部が、私にとって他の誰とも違う重みを持っている。
どうして、こんなに心が揺れるのだろう。
どうして、彼のことばかり気になるのだろう。
眠るリュウジの頬に、そっと自分の指先が伸びそうになって、慌てて止める。触れてしまったら、もう戻れなくなる気がした。
⬜︎
夜の吹雪は明け、岩陰の窪みに差し込む光が、ゆっくりと二人を包んでいった。
ルナが眠っている間に、リュウジは先に目を覚ました。昨夜は泣き疲れて眠りに落ちたせいか、あれほど重くまとわりついていた闇の気配が少しだけ薄らいでいる。
――こんなに眠れたのは、本当に久しぶりだ。
リュウジは胸の奥でそう呟いた。夢の中でもあの炎の地獄はまだ彼を追いかけてくる。だが、その夢の淵から手を差し伸べてくれた存在がいた。光の中で彼を救い上げたのは、他でもないルナだった。そのことが心に残っている。
静かに息を吐くと、ふと視線を横に移した。そこに眠るルナの横顔。安らぎを帯びたその寝顔は、昨夜までの涙の影をどこかへ追いやり、柔らかな光をまとっていた。リュウジの胸の奥に小さな熱が広がり、自然と唇がほころぶ。
「……ありがとう」
声に出すつもりはなかった。ただ吐息のように零れた言葉だった。それは眠るルナに向けられたものなのか、ここまで生き延びた自分に向けられたものなのかは分からない。ただ確かに、その一言は彼の胸の奥を温かくした。
しばらくして、ルナのまぶたが震え、小さく目を開ける。寝ぼけたような瞳でこちらを見て、すぐに柔らかな笑みが浮かんだ。
「おはよう、リュウジ」
「ああ……おはよう」
返ってきたリュウジの声は、驚くほど自然だった。押し殺したような硬さがなく、どこか明るささえ滲んでいる。その表情を見て、ルナの胸は温かく震えた。思わず微笑みが深くなる。
「今なら吹雪も収まってる。今のうちにスターホールに戻ろう」
リュウジは壁に手をつき、慎重に立ち上がった。まだ足に力を込めると鈍い痛みが走るが、動けないほどではない。
「リュウジ、足は大丈夫なの?」
ルナも立ち上がり、心配そうに傍へ寄った。
「まだ痛みはあるが……大丈夫だろう」
「もう!また無茶する」
わざとらしく怒ったフリをするルナの声に、リュウジは思わず面食らい、慌てて手を振った。
「べ、別に無茶をしているわけじゃ……」
必死に宥めようとする彼の様子がおかしくて、ルナはとうとう吹き出した。笑いがこみ上げ、声を上げて笑った。
「ごめん、ごめん」
そう謝りながらリュウジの横に並ぶと、肩を差し出すように言った。
「肩貸すわね」
「いや……落ちてたそこの木でいい」
リュウジは近くに転がっていた、腰ほどの高さまで伸びる木を拾い上げ、杖代わりにした。頼るよりも自分の足で歩きたい、という意地がまだ残っている。ルナは苦笑しつつも何も言わなかった。
二人は外へ出た。まばゆいほどの銀世界が広がり、雪に反射する光に目を細める。空は雲を纏いながらも明るく、吹雪の気配は遠のいていた。
視線を上げると、切り立った崖が岩肌を晒し、聳えている。
「あそこから落ちたのか」
リュウジが呟くように言った。
「……あの時は暗くて、よく分からなかったけど……すごい高さだね」
ルナも崖を見上げ、息を呑んだ。自分が必死に探し、駆け下りたその場所が、改めて恐ろしい高さであることを知り、背筋が寒くなる。
「あそこから行くか」
リュウジは雪崩で崩れ、崖上まで続くスロープを指さした。雪の壁がなだらかに伸びており、登ることができそうだ。
二人は時間をかけて登っていった。途中、足元の雪がずり落ちるたびに緊張が走るが、互いに声を掛け合いながら進む。ようやく崖上に立つと、雪に覆われた森が広がっていた。
木々の前に立ったとき、ルナはふと思い出したようにリュックを下ろした。中を探り、ひとつの物を取り出す。
「はい、これ」
差し出したのは、リュウジが愛用していた黒曜石のナイフだった。
「……なんだ、持っていたのか」
リュウジは驚いたようにそれを受け取った。てっきり失くしたと思っていたのだ。
「ありがとう」
小さくそう言ったリュウジの声に、ルナの胸は熱く広がった。
「どういたしまして」
笑顔で返すルナ。そのやり取りの一つ一つが、リュウジの変化を確かに感じさせた。ルナにとって、それは何よりも嬉しいことだった。
「森を抜ければ、あと少しだ」
「ええ、行きましょう」
二人は頷き合い、森を抜ける。やがて開けた雪原に出たとき、冷たい空気の中で大きく息を吐いた。
その視線の先――雪原の向こうに仲間たちの姿が見えた。
「ルナー!」
「リュウジ!」
チャコとアダムが声を上げ、手を振りながら駆け寄ってくる。
「みんな!!」
ルナも思わず声を張り上げ、手を振り返した。胸が熱くなり、視界が滲む。
次の瞬間、チャコはルナに、アダムはリュウジに飛びつくように抱きついた。
「心配したんだよ!」
シンゴがホッと息を吐き、シャアラは優しい声で言った。
「無事でよかった」
仲間たちが次々に声をかけ、二人を囲む。メノリが冷静に言葉を紡いだ。
「二人とも無事でよかった。とりあえず話は後にして、スターホールに戻ろう」
「足を怪我したのか?」
カオルがリュウジの杖代わりの木を見て問いかける。
「チャコ、スターホールに着いたら見てあげて。すごい腫れているから」
ルナが心配そうに告げると、チャコは力強く頷いた。
「よっしゃ、任せとき!」
「肩を貸すよ」
ベルが申し出ると、リュウジは小さく「悪いな」と言い、杖を捨ててベルの肩に手を回した。
その自然なやり取りに、誰も違和感を抱かなかった。だが、ただ一人、ハワードだけが首を傾げた。
「……今、“悪いな”って言った?」
その言葉にルナを除いた全員が驚き、目を大きく見開いてリュウジへ視線を向けた。いつもなら感謝も謝罪もない男が、自然に言った一言。その変化に息を呑む。
リュウジは彼らの反応に気づきながらも、正面を向いたまま小さく呟いた。
「……うるさい」
その声は少し照れたように聞こえた。
カオルはその横顔に、かつて見た少年の表情を重ねた。口元が僅かに緩み、心の中で呟いた。
(……お前も、ようやく長いトンネルから抜けたんだな)
白銀の雪原を、仲間たちは肩を寄せ合いながら進んでいく。
吹雪の中で孤独に沈んでいた心が、今ようやく温かな光を帯びはじめていた。
⬜︎
スターホールの入り口が見えたとき、ルナは心底ほっとした。雪を踏みしめるたびに身体の熱が奪われていくこの場所で、仲間たちの拠点が灯火のように揺らめいているのは、それだけで胸に温かな安堵を呼び込む。
ベルの肩を借りながら歩くリュウジも、ほんの僅かに口元が緩んでいた。以前なら絶対に表に出さなかった仕草だと、ルナはすぐに気づく。
「ただいま!」
ルナが先に声を張り上げると、仲間たちから声があがる。
「ルナ!」「リュウジ!」
皆の表情には、心配と安堵とが入り混じっていた。
「本当に戻ってきてくれてよかった……!」
メノリが胸を押さえながら駆け寄り、二人を見渡す。その目は涙を浮かべている。
「ごめんね、心配かけて」ルナが少し照れくさそうに笑うと、メノリは強く抱きしめた。
その横でリュウジは、ベルの肩を借りたまま黙って仲間たちの反応を受け止めていた。以前の彼なら、こんな状況で「放っとけ」や「大げさだ」と冷たく言い放っていただろう。しかし今は違う。強く視線を逸らすこともなく、ただ少し居心地悪そうにしながらも皆の想いを受け止めている。
それに気づいたルナの胸は、不思議なざわめきで満たされていった。――ああ、やっぱり変わってきている。あの夜から、少しずつ。
「足、ちょっと見せてもらうで」
チャコがリュウジに近寄り、軽く手を叩くように合図した。
「……頼む」
短い言葉だったが、その声はどこか柔らかく、チャコも一瞬ぽかんとした顔をした。
「おいおい、今“頼む”って言った?」
ハワードがからかうように口を挟む。
その場にいた全員が同時にリュウジを見た。
「……うるさい」
リュウジは小さく呟いて顔を背けた。頬に僅かな赤みがさしているのを、ルナは見逃さなかった。
その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられたように熱くなる。これまでなら絶対に見せなかった彼の人間らしい照れ。それを目にできたのは、自分が隣にいたから――そんな思い込みにも似た確信が、ルナの胸を波立たせる。
スターホールの中に入ると、すぐに皆が動き出した。
カオルとアダムは火を強め、冷え切った二人の身体を温める準備をし、シャアラとメノリは毛布を持ってきてくれる。チャコはリュウジを座らせると、手際よく足の具合を診始めた。
「ひどい腫れやな。歩けるのが不思議なくらいや」
「大丈夫だ」
「リュウジはすぐそれ言うからな」チャコは呆れつつも優しい声で返した。「しばらくは休んどき。ルナ、しっかり見張っといてや」
「うん、分かった」
ルナは頷き、自然にリュウジの隣へ腰を下ろした。
ふと視線を感じて横を見ると、リュウジがこちらを見ていた。目が合った瞬間、彼は小さく口元を動かした。声にはならなかったが、確かに「ありがとう」と言ったのが分かる。
――まただ。昨日から、何度も。
ルナの胸は再び温かく膨らんだ。
やがて全員が集まり、焚き火の周りで小さな宴のようなひとときが始まった。
「ほんと、帰ってきてくれてよかったよ!」とシンゴが言えば、「無事でなにより」とメノリが涙声で笑う。
ハワードは冗談を飛ばし、ベルはリュウジの足を気にして何度も「痛まないか」と尋ねた。
その度にリュウジは短く答える。「平気だ」「気にするな」。
けれどその声色には以前の棘がなく、仲間を拒絶する影もない。
――やっぱり、変わった。
ルナは火の揺らめきの中で、彼の横顔をじっと見つめた。
笑っているわけではない。けれど、硬く閉ざされた扉の隙間から、ようやく光が差し込んできているように思える。
そして、その小さな変化に気づいているのは、きっと今は自分だけだ。
そう思った瞬間、ルナの胸は高鳴った。恋と呼ぶにはまだ幼い、けれど確かに心を揺さぶるざわめきが、彼女を包み込んでいった。
「ルナ?」
不意にリュウジの声がして、我に返る。
「えっ、なに?」
「……疲れてるんだろ。顔が赤い」
「そ、そうかな?」
慌てて笑って誤魔化す。けれど心臓の音はますます早くなっていた。
――ありがとう、リュウジ。あなたが少しずつ変わっていく姿を、私だけが見ていられるなんて。
火の温もりの中、ルナはそっと胸に手を当てた。
⬜︎
スターホールの大広間に朝の光が差し込んでいた。昨夜は久々に皆で眠れたせいか、顔色はどこか明るい。
「食料も少ない、今日も集めに行こう」メノリの言葉に、仲間たちはうなずき、それぞれ準備を始めた。
「ルナ、リュウジ、二人は今日は休んでるといい」
メノリが指示を出すと、ルナは「ええ」と頷いた。リュウジの足の怪我を考えれば、動かすのは得策ではない。
こうして、スターホールに残ったのは二人だけとなった。
外からは雪解け水の音と、遠くの鳥の鳴き声だけが届いている。
「……みんな、元気ね」
ルナがぽつりと呟くと、リュウジは火のそばで木を削りながら短く返す。
「ああ。動いている時が一番気が楽なんだろう」
その横顔を見ながら、ルナの胸にふと、懐かしい記憶がよみがえる。
――あの日。寒い夜にみんなで焚き火を囲んで、即席の焼き芋を食べたこと。ほんの小さな出来事だったけど、心まで温まるような味だった。
「ねえ、リュウジ」
ルナは自分の両手を吐息で温めながら、ぽつりと口にした。
「前に食べた……あの焼き芋。もう一度食べたいな」
彼女の声は、まるで寒さをしのぐために甘い夢を探すように、どこか切実だった。
焚き火の熱だけでは心も体も満たされない。けれど、あのとき口にした焼き芋の甘みを思い出すと、不思議と胸があたたかくなる。
リュウジは振り返り、ルナをじっと見た。
「こんな寒さの中で……物好きだな」
そう言いながらも、口調には以前のような冷たさはなく、どこか柔らかさが混じっていた。
「でも、悪くない」
彼は立ち上がり、雪を踏みしめる音を響かせながら外へ出ていった。
ルナは驚いたように瞬きをした。冗談で言ったつもりだったのに、リュウジが動き出したのだ。
しばらくして戻ってきた彼の腕には、雪を払い落とした枯れ枝の束と、土に埋まっていた小さな芋のような塊があった。
「……まだ残ってたか」
そう呟き、リュウジは焚き火の火を整えると、手に入れた芋を灰に包んで慎重に火の中へと埋めた。
パチパチと音を立てて薪が燃える。
寒風の中で、炎がゆらめきながら芋を温めていく。
ルナは焚き火の前に腰を下ろし、両手を伸ばして炎にかざした。
「リュウジって、なんでもできるんだね」
「そんなことはない」
短く返す彼の横顔には、ふっと笑みの影が浮かんでいた。
しばらくすると、焦げた香りと甘い匂いが雪の冷気を押しのけて広がっていった。
ルナは思わず顔をほころばせる。
「……いい匂い」
リュウジは枝で芋を掘り出し、手際よく割った。
中から立ちのぼる湯気に、黄金色の実が顔を覗かせる。
「ほら」
差し出された半分を、ルナは両手で受け取った。熱さに顔をしかめながらも、ひと口かじる。
「……あったかい……」
その声は震えていたけれど、寒さではなく、心がほぐれていく感覚からだった。
リュウジももう一方を口にした。
二人だけの静かな時間。
雪が舞い、風が唸る中で、焚き火の周りだけが温もりに包まれていた。
ルナは焚き火の炎に照らされたリュウジの横顔を盗み見て、胸の奥に小さなざわめきを覚えた。
それは寒さの中で芽吹く芽のように、まだ形を持たないけれど確かに存在しているものだった。
⬜︎
焚き火のぱちぱちという音だけが、凍える森に響いていた。
雪はしんしんと降り続けているのに、焚き火の周囲だけはまるで小さな世界のように切り離され、二人を包み込んでいた。
ルナは手の中の焼き芋を、少しずつかじっていた。
甘みが舌に広がるたびに、胸の奥まで温められていくようで――知らず知らず、隣に座るリュウジの存在まで同じ熱を持つように感じられた。
リュウジは黙って芋を食べていたが、ふと火の揺らぎに照らされた彼の横顔が、やけに穏やかに見えた。
普段は鋭い眼差しで周囲を拒むようにしていた彼が、今はほんの少しだけ、無防備な表情をしている。
「……おいしかった」
ルナは思わず、ぽつりと声を漏らした。
「そうか」
リュウジは短く返したが、その声色には淡い笑みが混じっていた。
ルナは唇をかすかに噛んで、胸の奥のざわめきを押し隠した。
――どうしてだろう。
同じ焼き芋を食べているだけなのに、こんなにも心があたたかくなる。
寒さの中で、彼とこうして並んでいる時間が、ただそれだけで特別に思えてしまう。
風が一際強く吹き、雪が舞い込んだ。焚き火の火が一瞬小さくなり、二人の肩にひやりとした雪片が落ちる。
ルナは慌てて手で払ったが、その仕草にリュウジが小さく笑った。
「……何?」
むっとしたように問い返すと、彼は首を振った。
「いや、ただ……そんな顔もするんだなって」
ルナは一瞬、返す言葉を失った。
その言葉の意味を考えるほどに、胸の中がじんわりと熱を帯びていく。
しばらくして、芋を食べ終えた二人は、焚き火の前で黙って座り続けた。
言葉はなくても、不思議と心が満ちていくような時間。
雪は降り止まず、風は冷たい。
けれど、その小さな焚き火の輪の中で――二人だけが、確かに互いの存在であたたまっていた。
⬜︎
ルナが胸の奥に広がる熱をまだ言葉にできずにいると、遠くから雪を踏みしめる足音が近づいてきた。
やがて、冷たい空気を裂くように賑やかな声が響いた。
「うわっ、なんやこの匂い! めっちゃええ匂いしてるやん!」
先頭を駆けてきたチャコが、鼻をひくひくさせながら焚き火へと飛び込んでくる。
「え? ほんとだ! 甘い匂い……これ、まさか焼き芋?」
シンゴが目を丸くしてルナとリュウジの手元を覗き込み、次の瞬間には「ずるい!」と声を上げた。
「ちょ、ちょっと! 二人だけで食べてたの!?」
シャアラも目を潤ませながら訴え、ベルまでもが「俺も食いたい……」と半ば呟くように肩を落とした。
「おいおい、俺たちが雪の中を苦労して食料探してたってのに……」
ハワードが腕を組んで大げさに嘆いてみせると、アダムが小首をかしげて素直に言った。
「でも、いい匂い。僕も食べたい」
「みんな……落ち着け」
メノリが呆れたように制止しつつも、その視線は焚き火から立ち上る香ばしい匂いに引き寄せられていた。
「……ああ、やっぱりな」
最後にカオルがぽつりと呟くように言った。
「焚き火を見てたら、どうにも食い物の匂いがしてると思った」
仲間たちが一斉に押し寄せてくる光景に、ルナは思わず吹き出してしまった。
「ご、ごめん! ちょっと休んでたら、お芋見つけちゃって……」
「まったく……」
リュウジは肩を竦めたが、その口元は僅かに笑っていた。
「少しなら、まだ残ってる」
「ほんまか!? ウチにも一本ちょうだい!」
チャコが真っ先に手を伸ばす。シンゴも「僕も!」と負けじと割り込む。
わいわいと焚き火の周りに人だかりができ、あっという間に騒がしい輪ができあがった。
ルナはその賑やかさを眺めながら、胸の奥にまだ残っている温かさを感じていた。
――さっきまで二人だけの静けさがあった。
けれど、こうして皆と一緒に笑い合うのもまた、大切なものだ。
ふと視線を横にやると、リュウジもまた仲間たちの喧騒を見つめて、わずかに目を細めていた。
その表情に、ルナの心はまた小さく揺さぶられる。
⬜︎
焼き芋を巡って、仲間たちの笑い声が焚き火の周囲に溢れていく。
雪原の静けさを打ち破るように、チャコとシンゴが取り合いを始め、ベルが「落ち着けって」と仲裁に入る。その後ろで、ハワードが「僕の分は一番大きいやつね」とちゃっかり宣言し、メノリが「子供みたいなことを言うな」と呆れる。シャアラとアダムも、焚き火に顔を近づけては、甘い匂いに目を細めていた。
そんな喧噪を眺めながら、ルナは胸の奥に残る感覚をそっと抱きしめる。
――ほんの少し前まで、二人だけの時間だった。
雪の静寂の中、リュウジが焼いてくれた芋を一緒に食べて、あの時だけは仲間でも家族でもない、「私とリュウジ」だけの小さな世界があった。
それは、たとえ一瞬でも心に強く刻みつけられるような時間で。
仲間たちの声を聞きながらも、ルナの胸の奥にはその余韻がまだ淡く響いている。
隣に立つリュウジに視線を移すと、彼は珍しく柔らかい表情をしていた。
仲間のはしゃぎぶりを黙って見守る顔は、以前の冷たい仮面のようなものではない。
その変化にルナの心は小さく波打った。
(……やっぱり、変わった)
リュウジは確かにまだ傷を抱えている。闇に縛られる夜もある。
けれど、それでも――こうして仲間と笑う姿を見せるようになった。
ルナは気づかれぬように小さく息を吐き、火の熱でほんのり赤くなった頬を隠すようにうつむいた。
胸の奥で、名前のつかないざわめきがまた広がっていく。
それは恋だと言い切るにはまだ早い。けれど、確かにただの友情とは違うもの。
一方、リュウジもまた心の奥で小さな感覚を覚えていた。
賑やかな笑い声の輪に自分が自然と混じれること――それがこんなにも心を軽くするのかと、驚いていた。
だがそれ以上に、不思議と意識が向いてしまうのは、仲間ではなく隣に立つルナだった。
焚き火の明かりに照らされた横顔は、仲間たちに微笑む時とは少し違って見える。
その頬の赤みを火のせいだと分かっていても、ふと胸の奥が温かくなる。
(……あの時、助けてくれたのも。俺の闇を少し晴らしてくれたのも)
思い返すと、言葉にならない感謝が胸の奥に広がった。
リュウジは小さく唇を結び、視線を火へと戻す。
今はまだ、それを言葉にするのは早すぎる気がした。
けれど、心のどこかで「ありがとう」と再び呟きたくなる。
その瞬間、ルナとリュウジの視線がふと交わった。
仲間たちの賑やかな声に溶けて、誰も気づかない。
二人の間だけに流れる、静かな余韻がそこにあった。
⬜︎
食事が落ち着くと、チャコがリュウジの足をもう一度診ようと言い出した。
「ちょっと見せてみぃ。……ふむふむ、腫れはまだ残っとるけど、骨まではいっとらん。二、三日ゆっくりすれば歩けるようになるやろな」
ロボットの金属の指で器用に触診されると、リュウジは眉をひそめながらも黙って受け入れた。
「そうか……」と彼は短く返し、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
そのままリュウジはベットに横たわる。夜の冷気が肌を刺すが、仲間たちのざわめきが遠くで聞こえるだけで、妙に心が安らぐ。
彼はまぶたを閉じると、あっという間に規則正しい寝息を立て始めた。
その姿を見て、ルナは胸の奥が温かくなった。――あんなに張り詰めていた彼が、安心して眠っている。ほんのそれだけのことが、何よりも嬉しかった。
リュウジが深く息を整え、すやすやと眠りについてからしばらく。スターホールの中には薪の爆ぜる音だけが響いていた。ルナは彼の静かな寝顔を横目に見ながら、まだ胸の奥がくすぐったいようなざわめきに支配されていた。頬に熱がこもり、先ほどまでの出来事を思い出すたび、視線を落とさざるを得なかった。
その時――。
「おーおー、ええ雰囲気やったんやなぁ?」
唐突に茶化す声が響き、ルナは肩をびくりと跳ねさせた。振り返ると、いつの間にか焚き火のそばに腰を下ろしたチャコが、にやりと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ちょ、ちょっとチャコ! なんなの?」
「……二人してえらい静かな夜を過ごしとったんやな? どんな話してたん?」
ルナは慌てて首を横に振る。
「な、何も! ただ……その、足のこととか、これからのことを――」
「ふーん? ほな二人きりで、ええムードの中で“これからのこと”を語り合う、ってわけか」
チャコはわざとらしく腕を組み、片目を細めて見せる。
そこへさらに、追い打ちをかけるように別の声がした。
「おっと、面白い話をしてるみたいだな」
ひょいと顔を出したのはハワードだった。彼は肩をすくめながらも、口元には悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「……ハワードまで! 聞かれてたの?」
「そりゃあ、焚き火を囲んでりゃ耳に入るさ。で? ルナとリュウジが二人きりで一晩……ほぉ、それはそれは」
「だからっ! 本当に何もないってば!」
必死に否定するルナをよそに、チャコが笑いながらハワードに肘でつついた。
「なぁなぁ、ほな想像してみ? 二人して狭い岩んとこで身寄せ合って――」
「しっ! しーっ! もうやめて!」
ルナの声は裏返り、耳まで真っ赤に染まっていく。
だが二人の茶化しは止まらない。
「ま、でもルナの顔見てりゃ分かるぜ。ほら、今も真っ赤だし。あんまり無理するなよ? “夜の営み”は体力使うからなぁ」
ハワードはわざとらしく咳払いをし、わざと低い声で付け足した。
「よ、夜の……っ!」
ルナの頭の中で火花が散ったように熱が広がる。
チャコも負けじと身を乗り出して、にやにや笑う。
「おぉおぉ、ルナ。ほなリュウジ、案外おとなしく見えて……隠しとるんちゃうかぁ? せやけどなぁ、あんたらまだ十四やで? 二、三日は足の診断や言うたけど……別の意味で寝込むんやないやろなぁ?」
「も、もうっ! 二人とも最低っ!」
ルナは顔を覆い、どうにかして真っ赤な頬を隠そうとする。
その時、寝息を立てているはずのリュウジが小さく寝返りを打った。ルナは心臓が跳ね上がるのを感じ、慌てて口元を押さえた。彼が目を覚ましてしまえば、すべてが台無しになってしまう――そして何より、彼が背負っている秘密を、こんな軽口で勝手に晒すわけにはいかないのだ。
(絶対に……リュウジのことは私の口から言っちゃいけない。あの涙も、あの言葉も……全部、彼の大事なものだから)
強く心に言い聞かせる。だが同時に、胸の奥に生まれた甘く苦しいざわめきが、先ほどの二人のからかいで余計に大きくなってしまっていた。
――ルナはまだ、それが何なのか言葉にすることはできなかった。
◇◇◇
翌日
冬の冷気は、スターホールの壁を通して容赦なく忍び込んでくる。
吐いた息はすぐに白く染まり、焚き火の赤だけがその寒さを押し返していた。
ルナは火のそばに座り、毛布を肩にかけていた。
隣ではリュウジが寝台に横たわり、足を厚く包帯で巻かれている。
彼の表情はまだ硬いが、以前のような孤独な険しさは薄れ、少し穏やかに見えた。
「……足、まだ痛む?」
「いや、少しなら歩ける」
「ダメ。無理したら治りが遅れるよ」
ルナが眉を寄せると、リュウジは小さく笑った。
それは昨日までの彼にはなかった温かさだった。
――あの夜から、彼は確かに変わった。
岩の窪みで聞いた「悲劇のフライト」の真実。
あの声も、涙を堪えた横顔も、ルナの胸に深く刻まれていた。
扉が大きく軋み、冷気と共に仲間たちが帰ってきた。
ベル扉を開け、後ろからシンゴとチャコが袋を引きずっている。
ハワードは鼻を真っ赤にして大げさに震え、メノリは冷静に雪のような霜を払っていた。
シャアラとアダムは息を切らしながら小走りで入り、最後にカオルが肩で息をつきながら扉を閉める。
「さっむ〜! もう指先が凍りそうや!」チャコが声を張る。
「ほんとよ……顔まで痛い」シャアラが息を吐く。
「収穫はなかった」ベルが袋を置き、悔しそうな表情を浮かべた。
「やっぱり僕が本気を出せばよかったよ」ハワードは威張るが、シンゴに「それは違うよ」と冷静に突っ込まれる。
メノリは荷を整理しながら、寝台のリュウジに視線を向け、ルナに尋ねた。
「リュウジ、具合は?」
「休んでる。少し熱があるみたい」
「そうか。今は安静が一番だ」
そのやり取りを皮切りに、仲間たちの視線が自然とルナに集まっていく。
最初に口を開いたのはシンゴだった。
「ねぇルナ。昨日の夜……一体何があったの?」
チャコも小さくうなずく。
「リュウジ、なんか変わった気ぃすんねん。雰囲気が柔らかくなったっちゅうか」
ベルが真剣な顔で続ける。
「確かに。前みたいな尖った感じが薄れた」
メノリの瞳は鋭い。
「二人で夜を過ごしたのだろう?」
シャアラは不安そうにルナの腕を掴んだ。
「ルナ……私たちに隠してること、あるんじゃない?」
ハワードがわざとらしくため息をつく。
「まさか本当にロマンスでも始まったんじゃないの?」
「そ、そんなわけないでしょ!」ルナは慌てて否定する。
しかし、アダムは小首を傾げて、ルナを真っ直ぐに見つめた。
「でも……ルナとリュウジの心の色、前と違うよ。あたたかい」
その無邪気な言葉に、場の空気が一瞬止まる。
カオルが腕を組み、低い声で言った。
「リュウジが変わったのは事実だ。何があったのか、俺たちに言うべきじゃないか?」
次々と問い詰められる中で、ルナは作り笑いを浮かべた。
「……ほんとに、たいしたことじゃないよ。リュウジが怪我して動けなかったから、岩の窪みで休んだだけ。それだけ」
だがベルが鋭く言う。
「本当にそれだけか?」
「……そうだってば」
ルナの声はわずかに震え、やがて彼女は小さくため息を零した。
その音を拾ったのは、焚き火の向こうで体を起こしたリュウジだった。
「……どうした?」
低く、穏やかな声。
ルナはみんなの視線に追い詰められながら答えた。
「……みんなに、あの夜のことを聞かれるの。どう答えていいかわからなくて……」
リュウジは黙って彼女を見つめ、やがて口を開いた。
「……隠す必要はない」
ルナは驚いて顔を上げた。
リュウジの瞳は真っ直ぐで、決意を帯びていた。
「何を話したかを知られたって構わない」
焚き火が弾ける音が響く。
ルナの胸は熱くなり、頬が赤く染まる。
みんなは息を呑み、誰も言葉を続けなかった。
冬の夜の冷たさの中で、焚き火の温もりが強く感じられた。
その静けさの中で、仲間たちは互いの存在の意味を改めて胸に刻んでいた。
ルナはゆっくりと立ち上がり、皆の視線を集めた。焚き火の光が彼女の頬を揺らす。雪の冷たさを閉じ込めた空気が、静かに息を詰めている。
「……リュウジが、話してくれたことを、私から聞いてほしい。」
声は震えていない。だけど、言葉の端に確かな重さがあった。
ルナは彼の言葉を、一つずつ丁寧に紡いでいく。昨夜、岩の窪みで聞いた――あの日のこと。
ナッシュやリョクというドルトムント財閥のこと。宇宙ジャックが起こり、宇宙船の設備が破壊され、リュウジが命懸けで修理したこと。燃料が底を尽きそうな中でダストチューブを躱したこと。そしてエアポートに突っ込んだこと。
ルナの声が小さく震え、言葉がそこで切れる。皆の目が、ルナの顔に寄る。彼女の瞳には昨夜見たものと同じ光がある。リュウジはただ静かにルナを見つめていた。肩越しに、火の光が揺れている。
「世間は、全ての事実を捻じ曲げて、表向きは“事故”とだけ報じた。リュウジの名誉は、汚され、真実は葬られた。操縦していた者として罵声を浴び、罪人として一方的に扱った、リュウジは真実を知るがゆえに苦しんだ。責められること、非難されること、全部——リュウジが一人で背負い込んでしまったの。」
言い終えると、静寂が押し寄せた。誰もが、胸に手を当てるように黙っている。アダムの瞳が潤むのがわかる。シャアラは顔に手を当て、声を出せずにいる。メノリの唇がわずかに震え、普段の気丈さが薄紙のように破れる。シンゴは目を伏せ、子供の顔から大人の表情に変わっていた。
ハワードの口元が震え、その次に堪えきれずに崩れるようにリュウジへ駆け寄った。彼は言葉を待たず、リュウジを抱きしめる。
「リュウジ……そんなことが……そんなことがあったなんて……っ!」
ハワードの体温が、厚い布越しに伝わる。リュウジは驚いて体を小さくよじらせる。足の包帯がぎゅっと締まるのが見えた。
「やめろ、ハワード! 足が痛い!」
リュウジが悶えるのを見て、ルナが慌てて二人を引き離そうと手を伸ばす。だがハワードは振りほどかれるどころか、さらに力を込めて涙を流す。
「お前は……お前はハワード財閥が守ってやるからな! ドルトムント財閥なんて、解体してやる! ナッシュ? 覚えてろ! 覚えてろ、絶対に許さない!」
その言葉は荒々しく、嗚咽まじりだった。場内に笑いはない。涙と怒りが混ざり合う。誰もが胸の中の何かが揺さぶられたのを感じていた。ハワードは泣きながらリュウジの肩を抱きしめ、まるで自分の家族を守るかのように震えている。
「コロニーに帰る理由が、もう一つできたね……」
低く囁く声が、火の音の中でだけはっきりと聞こえた。ベルだ。彼の視線は遠くを見つめるように鋭く、しかしその言葉には妙な、確かな温度が含まれていた。
「え……?」
ルナは思わず声を漏らす。皆の視線が一斉にベルに向いた。ベルは唇だけを動かしている——言葉は続けない。だが、皆には意味が伝わった。ナッシュという“悪”に対する復讐心が、ただの憤りを超えて、行動の理由へと変じたことを。
メノリが前に出て、目をぎらつかせる。普段のしとやかさは影を潜め、拳が固まる。
「――そのナッシュってやつを一発、殴らなければ気が済まない」
言葉は短く、それでも怒りがこもっていた。
「メノリ、それは物騒よ」ルナが慌てて制する。けれどメノリの頬には火が灯っている。
「ぶん殴るだけでいいのか?」カオルが淡々と言うと、その声に、どこか楽しげな残酷さが混ざる。
チャコがそれを聞くと、にやりと顔をほころばせて前へ出る。
「せやせや、ウチがひっかいたるわ! ナッシュの服のボタンとか、顔とか、目ぇとか、ひっかいたる!」
チャコの関西弁が場を一瞬和らげる。シンゴは思わず苦笑いを漏らすが、目は真剣だ。
「もう……」ルナは両手で顔の前に小さく吐息をこぼす。呆れ、そして少しだけ安堵するような声音で言った。皆の怒りは怖いほど真剣で、彼らが本気でリュウジを想っていることの証だと感じたからだ。
リュウジは静かにそれを見ていた。誰かが自分の代わりに怒りを向けてくれる──その事実だけで、胸の端がぎゅっと温かくなった。彼の目から、ひとすじの涙が落ちる。火の光で赤く染まる頬が、皆の視線で満ちていく。
アダムが小さく呟いた。
「ナッシュって、許せないね……」
場はしばし黙する。外の風が壁を叩き、焚き火が小さくはぜる。けれどその静けさは、もはや冷たくはなかった。皆の胸には、行くべき方向と守るべき誰かができた。
ルナは静かに手を伸ばし、リュウジの手をぎゅっと握った。声は小さく、でも揺るがない。
「私たち、あなたと一緒に行く。どこへでも。」
リュウジはその手を見下ろし、短く頷いた。ハワードはまだ肩を震わせ、メノリは拳を握り直し、チャコは目をキラキラさせながら「よっしゃ!」と小さくガッツポーズをする。カオルは口元を緩めずにいるが、わずかに肩が下がったのが見えた。ベルもシャアラも頷いた。
冬の夜は深いが、スターホールの中は熱を帯びていた。真実を知った悲しみは、いつしか仲間を結びつける力へと変わっていく――固く、燻るように、しかし確かに。
◇◇◇
それから数日が経った。
リュウジの足は順調に回復し、今では問題なく歩けるほどになっていた。だが喜ぶ暇もなく、外の世界は容赦ない吹雪に閉ざされていた。
二週間近く、雪と風はやむことなくスターホールを叩き続け、仲間たちは洞窟から一歩も出られない日々を送っていた。
食料は底を尽きかけ、苛立ちと焦燥がみんなの中で募っていた。そんな中、チャコは持ち帰っていた遺跡のサンプルを前に、器用に手を動かし続けていた。
「……わかったでぇ!」
甲高い声が洞窟に響く。チャコの目が爛々と輝いていた。
「ついに分かったんや、このキラキラ光る物質の正体!」
「本当!?」とルナが立ち上がる。
「赤外線反射物質や!」
チャコは胸を張り、鼻を鳴らした。
「赤外線反射物質?」ルナが首を傾げる。
「間違いあらへん!」チャコが自信満々に答えると、シンゴがぽんと手を打った。
「そうか! だからどんどん寒くなっていたんだ!」
「どういうことだよ……」ハワードは混乱した顔を浮かべる。
「つまりやな、この物質は太陽の光――とくに赤外線を反射しとるんや。ちょっとやったら問題あらへん。でもな、あの遺跡からはずっとこの物質が噴き出してる。結果として、この島全体が日差しを遮ってもうてるんや」
リュウジが一歩前に出て言葉を補った。
「簡単に言えば……この島は巨大な傘をさしているようなものだ」
ハワードはようやくイメージが浮かんだらしく、何度もコクリと頷いた。
「でもどうして遺跡はそんなものを?」ベルが不思議そうに尋ねる。
「そこがウチにもまだ分からへん。中を調べてみいひんことにはなぁ……」チャコは呟きながら、傍らの机に置いた一枚のカードを取り上げた。
「シンゴ、アダム、ちょっと手伝おて!」
そう言って、遺跡から持ち帰ったカードの解析を始める。
その間、ハワードは待ちきれずに洞窟の中をぐるぐる歩き回っていた。
「もう耐えられん! 外に出られないってこんなに退屈だとは思わなかった!」
「少しはじっとしていられないのか!」メノリが鋭い声を飛ばす。
「お前を見てると、こっちまでイライラする!」
「なんだと!? そっちこそだ! しかめっ面ばっかしやがって! その顔見てる方が気が滅入るんだよ!」
二人は立ち上がり、今にも掴みかかりそうに睨み合った。
「ちょっと! やめなさいよ二人とも!」ルナの声が響く。
その言葉に、二人の視線が同時に彼女へ向かう。
「イライラするのは分かるけど、喧嘩しててもしょうがないでしょう!」
ルナの叱責に、メノリとハワードは同時に「フン!」と顔を背けた。
「飽きない奴らだな」スターホールの入口で吹雪を見張っていたカオルが呟く。
ベルとシャアラは黙って二人を見つめていたが、仲裁はせず、ただため息を漏らすだけだった。
その時、ルナが声を上げる。
「チャコ! そっちはどう?」
返事をしたのはシンゴだった。
「分かってきたよ! このカードにはバイオメトリクス認証システムが組み込まれているみたいなんだ!」
「ばいお……?」ハワードは難しい単語に眉をひそめる。
リュウジが淡々と補足した。
「なるほど……アダムの身体に反応して作動するってわけか」
「せや! ほんでな、その情報をシンゴが作った無線機に読み込ませて電波で飛ばせたら……なんとかなるかもしれへん!」チャコは身振り手振りで説明した。
「なんでそんな面倒くさいことを? アダムを遺跡に連れて行けば早いじゃないか!」ハワードは不満げに言い返す。
「こんな吹雪の中でアダムを連れて行けるわけないだろ!」シンゴが即座に反論した。
「それ、いつぐらいにできそう?」ルナが尋ねる。
「今日中にはなんとかなると思うで!」チャコが胸を張った。
「なら、俺が明日行ってくる」リュウジの一言に、全員の視線が集まる。
「ちょっと!」ルナは思わず彼の服を掴んだ。
「このままにしておくわけにもいかないだろ。食料がいつまで持つか分からない」
リュウジの声は冷静だった。
「それもそうだけど……遺跡まで無事にたどり着けるかどうか」メノリは顎に手を当て、考え込む。
「問題ない。少しは体を動かさないと鈍ってしまう」リュウジが言い切った。
「僕たちも一緒に行くよ!」シンゴが強く言う。
「せや、リュウジ一人に任せられへんやろ!」チャコも続いた。
「なら、私も行く!」ルナが即座に声を上げる。
「この吹雪の中を!?」シャアラは心配そうに目を丸くする。
「大丈夫よ。危険だと思ったらすぐに戻ってくるから」ルナが宥める。
「僕も行く!」アダムがルナの袖を掴んだ。
「ダメよ、アダムはここにいて」ルナが制する。
「僕も行きたいんだ。絶対に迷惑かけないから!」必死の声に、ルナは言葉を失った。
「アダム……」
その時、リュウジが口を開いた。
「アダム、俺から離れるなよ」
「リュウジ……」ルナは困惑を隠せない。
「アダムがいた方が助かることもある」リュウジの目は真剣だった。
ルナは一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。
「……分かったわ。一緒に行きましょう」
アダムの顔がぱっと輝いた。外ではまだ吹雪が荒れ狂っている。だが、その中で仲間たちは新たな決意を固めつつあった。