サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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反省

 フライトは、結果として何事もなく終わった。

 

 大きなトラブルもなく、急病人も出ず、荷物の落下も混乱もなく、最後の乗客が降りるまで、宇宙船内の空気は保たれた。

 ただそれだけのことだ。

 けれど、その“ただそれだけ”を維持することがどれほど難しいのかを、クミコ、ハズキ、ミドリ、サリー、マユの五人は、この短いフライトの中で骨身にしみて思い知っていた。

 

 乗客を見送る最後の瞬間まで、五人は気を張りつめていた。

 

「ありがとうございました」

「お気をつけて」

「お忘れ物ございませんように」

 

 声をかける。

 視線を向ける。

 姿勢を整える。

 相手の歩幅を見る。

 通路の空き具合を見る。

 前方と後方の流れを感じる。

 座席上の荷物入れが半開きになっていないかを見る。

 

 たったそれだけのことを、最後まで続ける。

 最後の一人がエアロックを抜けていき、宇宙船内に一瞬の静けさが落ちた時、五人はようやく“終わった”のだと理解した。

 

 だが、安堵はすぐには来なかった。

 

 先に来たのは、重い疲労でも、達成感でもなかった。

 胸の奥にじわじわ広がってくるのは、別の感情だった。

 

 やってしまった。

 

 誰も声に出さなかったが、五人全員が同じことを思っていた。

 

 シュミレーション通りには、やれたと思う。

 いや、少なくとも、自分たちなりにはやった。

 パニックになって立ち尽くすこともなかったし、投げ出すこともなかった。

 互いにフォローするという約束も、完全ではなくても、ちゃんと意識していた。

 

 それでも。

 

 実際の空気の中に入った瞬間、訓練の時には見えていたものが見えなくなる場面があった。

 焦りで一瞬、視野が狭くなった。

 声をかける順番を迷った。

 荷物対応の手が半拍遅れた。

 相手の返事を待たずに動きかけた。

 “できた”と思った直後に、別の場所の流れを見失った。

 

 大きな失敗ではない。

 けれど、小さなミスは確かにあった。

 

 それが五人の胸に、ずしりと残っていた。

 

 乗客を見送り終えたあと、エリンとペルシアが先に歩き出す。

 五人は、その後ろをついていくしかなかった。

 

 足が重い。

 疲れているはずなのに、身体の感覚はどこか遠い。

 ブリーフィングルームまでの通路が妙に長く感じられた。

 

 部屋に入ると、定期便側の乗務員たちもそれぞれ席に着いていく。

 エリンは自然な動きで所定の位置に座り、ペルシアは椅子を引きながら「ふぅ」と小さく息を吐いた。五人も、それぞれ椅子に腰を下ろす。

 

 その瞬間、どっと疲れが来る――かと思ったが、違った。

 

 疲れが身体へ落ちるよりも先に、頭の中でフライト中の細かな場面が一斉に蘇ってきたのだ。

 

 あの時、もう少し早く声をかけられたんじゃないか。

 あの荷物、向きを変える時に迷った。

 あの乗客の表情、ちゃんと拾えていたか。

 あの時サリーに振ったタイミング、遅くなかったか。

 ハズキの声、少し上ずっていなかったか。

 マユの動き、途中で止まりかけていなかったか。

 クミコの先導、前に出すぎたところがあった。

 ミドリは判断に一拍遅れた。

 サリーは気を配りすぎて、自分の位置に戻るのが遅れた。

 マユは後半こそ良くなったけれど、前半は顔に緊張が出ていた。

 ハズキは途中で気持ちが先に走った。

 クミコは、最初の乗り入れで肩が上がっていた。

 

 次々と、自分の反省点ばかりが浮かぶ。

 

 そこへ、定期便側のチーフパーサーが入ってきた。

 

 背筋の伸びた、変わらぬ落ち着き。

 全員の前へ立ち、簡潔にフライト全体の反省を述べ始める。

 

「本日の便は全体として大きな乱れなく終えられました。ご協力ありがとうございました。搭乗時、後方列で一時的に通路が詰まりかけた場面はありましたが、すぐに解消しています。着席確認も概ね良好でした。荷物対応については――」

 

 声は聞こえている。

 耳には入っている。

 だが、内容が頭に入ってこない。

 

 クミコは、言葉がまるで水の上を滑っていくみたいに感じていた。

 ハズキは、反省を言われるたび、自分のどのミスのことだろうと勝手に心臓が跳ねる。

 ミドリは聞き逃すまいと集中しようとするが、逆に緊張で意味が散る。

 サリーは、自分が支えきれなかった場面を思い返していた。

 マユは、ペンを握ったまま何も書けずにいた。

 

 チーフパーサーの言葉は正確で、簡潔で、必要なことだけを置いていく。

 でも、今の五人には、それを受け取る余裕がなかった。

 

 やがて総括が終わり、最後に次の便についての確認が入る。

 

「次は二時間後のフライトになります」

 

 その一言で、五人の頭がようやく現実に引き戻された。

 

 二時間後。

 

 つまり、これは終わりではない。

 休んで終わるのではなく、すぐに次が来る。

 

 クミコは、思わず喉を鳴らした。

 ハズキは「に、二時間……」と心の中で繰り返す。

 ミドリは反射的に時間を逆算し始めた。休憩、確認、次の準備。

 サリーは自分の足が急に重くなった気がした。

 マユは、緊張がほどける暇もないのだと理解して、逆に少しだけ冷静になった。

 

 チーフパーサーが退室し、定期便側の乗務員たちもそれぞれ次の準備へ散っていく。

 ブリーフィングルームには、スペースホープ組だけが残された。

 

 静かだった。

 

 その静けさが余計に怖い。

 

 エリンは椅子に腰掛けたまま、ゆっくりと五人へ視線を向けた。

 その目は冷たくない。

 けれど、逃げられない静けさがあった。

 

 クミコたちは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 今から何を言われるのだろう。

 どこまで出来ていて、どこが駄目だったのか。

 叱られるのか。

 落とされるのか。

 次の便に乗せてもらえないのか。

 

 そんな思いが一斉に頭を駆け巡る。

 

 その時だった。

 

 ペルシアが、突然ぱんっと両手を合わせた。

 

「ごめん」

 

 あまりにも自然に放たれたその一言に、五人は一瞬、思考が止まった。

 

 ペルシアはエリンへ向かって言う。

 

「ちょっと気がはやっちゃった」

 

 その言葉に、エリンは一拍だけ考えるように目を細めたあと、淡く笑った。

 

「久々だしね」

 

 そのやり取りの意味を、五人はすぐには飲み込めなかった。

 ペルシアが謝る?

 何に?

 しかも、エリンもそれを自然に受け取っている。

 

 ペルシアは頭を掻きながら続ける。

 

「前半、二回ほど先に拾いすぎたわ。あれ、本当はクミコかサリーに回すべきだったのに、私が動いちゃった」

 

 その瞬間、クミコとサリーの目が大きく開く。

 

 あの場面だ。

 クミコが前方通路で乗客対応に少し詰まりかけた時。

 サリーが中ほどで流れを拾おうとしていた時。

 気づけばペルシアが先回りしていて、結果として空気は崩れなかった。

 あれは“助けてもらった”としか思っていなかった。

 だが、ペルシアにしてみれば、本来なら自分が前へ出るべきではなかった場面なのだ。

 

 エリンは小さく頷いた。

 

「そうね。私も連携に詰まりがあったわね」

 

 今度はエリンが、自分の反省を口にした。

 

「後方列で荷物の確認に入った時、本来ならミドリへ先に視線を渡してから入るべきだったのに、それをしないで自分で収めた場面があった。あれは、ミドリに考える余地を潰した」

 

 ミドリは息を止めた。

 

 そんなふうに見ていたのか。

 そんなふうに、自分たちに任せるべき場面まで考えていたのか。

 

「あと」

 

 エリンは続ける。

 

「中盤、ハズキの声が少し速くなった時、私は一言で戻したけど、本当はその前に呼吸の崩れを見て、もっと早く位置を整えるべきだった」

 

 ハズキの胸が熱くなる。

 指摘されているのに、不思議と責められている感じがしない。

 むしろ、“そこまで見てくれていたんだ”という驚きの方が大きかった。

 

 ペルシアも肩をすくめる。

 

「マユの後半の入り方、あれ私が一回余計にフォローしたでしょ? あれもね、本当は一回見守るべきだったのよ。マユ、自分で戻れた場面だったもの」

 

 マユは目を瞬かせる。

 あの時、自分では完全に支えられたと思っていた。

 でも、違った。

 支えられたけれど、自分でも戻れる力はあったのだ。

 

 クミコ達五人は、ただ呆然としていた。

 

 この二人でも、反省することがあるんだ。

 

 しかも、反省の質が違う。

 “うまくできなかった”ではない。

 “どこで自分が前に出すぎたか”“どこで後ろに下がりきれなかったか”“どこで新人の成長を止めたか”。

 そういう観点で反省している。

 

 それは、五人が考えていた“ミス”とは全く別次元のものだった。

 

 クミコは、その瞬間、少しだけ救われた気がした。

 

 完璧に見える人たちも反省する。

 しかも、自分のことだけではなく、周囲との流れや育て方まで含めて振り返る。

 なら、自分たちが反省するのも当然だ。

 そして、反省すること自体が悪いわけではないのだと分かる。

 

 エリンは、そこでようやく五人へ視線をまっすぐ向けた。

 

 そして、ふっと笑顔を浮かべる。

 

「よくやったわね」

 

 その言葉は、思っていた以上に優しかった。

 

 五人の胸に、その一言が静かに落ちる。

 誰もすぐには返事ができなかった。

 ただ、じわじわと染み込んでくる。

 

 よくやった。

 

 それを、エリンが言った。

 最初の便を終えた今、このタイミングで。

 

 ハズキの喉が、ひくりと動いた。

 サリーは視線を落としたまま、唇を噛みそうになるのを堪える。

 マユは、自分でも気づかないうちに背筋を伸ばし直していた。

 クミコは拳を握りそうになるのをやめ、指先をゆっくり開いた。

 ミドリは、その言葉を一度心の中で反芻してから、ようやく息を吐いた。

 

 エリンはそこで、続ける。

 

「それでも反省するところはしましょう」

 

 言い方は柔らかい。

 でも、逃がさない。

 そこがエリンだった。

 

 五人は一斉にメモ帳を開いた。

 ペン先を紙に置く音が、かすかに重なる。

 

「クミコ」

 

「はい」

 

「最初の乗り入れ、案内そのものは良かった。前に出すぎそうになったのも、途中で自分で戻せたのは評価していい」

 

 クミコは必死に書き留める。

 評価していい。

 その言葉があるだけで、反省点も受け止められる。

 

「でも、急いでいる乗客に引っ張られかけた場面が二回あった。相手のテンポに飲まれそうになると、自分の歩幅が乱れる。これは次の便でも出ると思っておきなさい」

 

「はい」

 

「対策は?」

 

 いきなり問われ、クミコは一瞬詰まった。

 だが、すぐにエリンの意図が分かる。

 反省を“聞く”だけでは足りない。

 自分で次を考えなければ意味がない。

 

「……自分の歩幅を先に決めて、相手に合わせすぎないこと、だと思います」

 

「そう。あと、急いでいる人ほど“急がせない声”が必要」

 

 エリンは短く言う。

 

「“すぐご案内します”の一言で相手の気持ちは少し落ちる。それを先に置きなさい」

 

 クミコは、何度も頷きながらメモを取った。

 

「ハズキ」

 

「はいっ」

 

 返事が少し大きすぎる。

 それに気づいて、ハズキが少しだけ肩をすくめる。

 

 だがエリンは責めることなく続けた。

 

「声の明るさはいい。あれは長所よ」

 

 ハズキの目が少し丸くなる。

 

「ただ、緊張すると速度が全部上がる。声も、歩きも、手も。今日は中盤から少し戻せていたけど、最初の十分はかなり危なかった」

 

「……はい」

 

「悪い意味で“元気”に見えると、お客様は安心しない。楽しそうなのと、落ち着いているのは別」

 

 ハズキは必死で書く。

 分かっていた。

 でも、こうして言葉にされると、自分の癖の輪郭がはっきり見える。

 

「次の便では、最初の五分だけでもいいから、“一歩遅く動く”くらいの意識でいなさい」

 

「はい」

 

「ミドリ」

 

「はい」

 

「今日のあなたは、迷った場面で抱え込まなかったのが良かった」

 

 その言葉に、ミドリの視線が上がる。

 

「サリーに振ったタイミングも悪くない。自分の慎重さを“止まる理由”じゃなくて、“確認する力”に変えられた」

 

 褒められている。

 そう理解するまでに一瞬かかった。

 

「でも、判断を外に出す時の声が小さい」

 

「……はい」

 

「自分の中では決めていても、相手に届かなければ意味がない。次の便は“判断したら、もう半歩前に声を出す”」

 

「分かりました」

 

 ミドリの返事は、さっきよりも芯があった。

 

「サリー」

 

「はい」

 

「全体を見る力は五人の中で一番ある」

 

 サリーの指が止まる。

 

「流れの詰まりを見つけるのも早いし、人の息が乱れた瞬間にも気づけてる。そこは強みだから、自信を持ちなさい」

 

「……はい」

 

「ただし、気づくだけで終わる場面がある。今日は二回、“見ていたのに動きが遅れた”ところがあった」

 

 サリーは、思い当たる場面に胸が痛んだ。

 

「人を見るのは得意でも、自分が入る覚悟が半拍遅い。次はそこを詰めましょう」

 

「はい」

 

「マユ」

 

「……はい」

 

「後半、良かったわ」

 

 その言葉に、マユの手が止まった。

 

「前半は顔に緊張が出ていたし、動きも固かった。でも途中から、“見られている自分”じゃなくて、“自分が見る側”に意識が切り替わった」

 

 マユは、自分でも気づいていた。

 後半、少しだけ世界の見え方が変わったのだ。

 

「そこからの安定は悪くなかった。ただ、切り替わるまでに時間がかかった。次の便では、最初からそこへ入れるよう意識しなさい」

 

「はい」

 

「方法は?」

 

 また問われる。

 

 マユは少し考えてから答えた。

 

「……最初に、自分が何を見るかを決めてから立つこと、だと思います」

 

 エリンは頷いた。

 

「そう。見られる前に、自分が見る」

 

 その一言を、マユは何度も頭の中で繰り返した。

 

 反省点は、そこで終わらなかった。

 

 エリンは五人全体へ視線を向ける。

 

「五人とも、最初の乗り入れで“自分がちゃんとやらなきゃ”が前に出すぎていた」

 

 誰も反論できない。

 

「でも、それは初便なら当然。でも次は、そこから一歩進みなさい」

 

「一歩……」

 

 クミコが小さく呟く。

 

「そう。“ちゃんとやる”の次に、“どうすれば相手が楽か”を考える。自分の正しさじゃなくて、相手の安心を見る」

 

 その言葉を、五人は黙って書き留める。

 

 エリンはそこで、少しだけ目元を緩めた。

 

「ただし、今言った反省点は、“出来ていなかった”から言っているわけじゃない」

 

 五人が顔を上げる。

 

「今日の便で、それぞれの長所も、次に伸ばすべきところも見えた。だから言えるの。何も見えてなかったら、そもそも細かく指摘しないわ」

 

 その言い方があまりにもエリンらしくて、ペルシアが思わず笑った。

 

「ほんと、不器用な褒め方ねぇ」

 

「うるさい」

 

「でも、そういうとこ嫌いじゃないわよ」

 

 エリンは小さくため息を吐く。

 けれど、言い返さなかった。

 

 五人は、メモ帳にペンを走らせながら思っていた。

 

 これが、現場を終えたあとの反省なのだ。

 

 単に駄目だったところを責めるのではない。

 良かったところも見て、そこから“次にどう変えるか”まで言葉にする。

 しかも、自分たちだけでなく、エリンもペルシアも同じように反省を口にする。

 

 その在り方自体が、五人には新しかった。

 

 クミコは、胸の中の重さが少し違うものに変わっているのを感じていた。

 “やってしまった”だけではなく、“次はこうしよう”に変わっている。

 

 ハズキは、自分の速さを直す方法が見えたことが嬉しかった。

 ミドリは、慎重さを欠点で終わらせなくていいのだと分かった。

 サリーは、人を見る力を自分の強みだと言われたのが初めてで、まだ信じきれないほどだった。

 マユは、前半の失敗だけで自分を決めなくていいのだと、少しだけ思えた。

 

 エリンは最後に、メモを取る手元を見ながら言う。

 

「次の便まで二時間。休めるうちに少し休んで、今の反省を一度頭の中で整理しておきなさい。無理に全部覚えようとしなくていい。一つか二つ、必ず次の便で直すことを決めて」

 

「はい」

 

 今度の返事は、最初よりずっと落ち着いていた。

 

 ペルシアがそこで、両手をぱんと叩く。

 

「よーし、じゃあ一回解散。新人五人組、今のうちに水飲んで、顔洗ってきなさい。顔、みんないい感じに死んでるから」

 

 その雑な励ましに、五人の口元が少し緩む。

 

「死んではないです……」

 

 ハズキが小さく抗議すると、ペルシアが笑う。

 

「似たようなもんよ」

 

「ひどい」

 

「でも、ちゃんと生きて帰ってきたでしょ?」

 

 その言葉に、五人は一瞬だけ言葉を失って、それから小さく笑った。

 

 そうだ。

 ちゃんと帰ってきた。

 

 初便を終えて。

 ミスもした。

 反省も山ほどある。

 それでも、崩れずに、投げ出さずに、帰ってきた。

 

 それは、たしかな事実だった。

 

 ブリーフィングルームの空気は、フライト前とはもう違っていた。

 緊張だけではない。

 疲労だけでもない。

 ちゃんと現場に立った者だけが持つ、少し重くて、でも確かな手応えがそこに生まれていた。

 

 そして五人は、それぞれメモ帳を閉じながら、心の中で同じように思っていた。

 

 次の便は、もう少しだけ、ちゃんとやれるかもしれない。

 

 

ーーーー

 

 

 二便目が始まる頃には、五人の身体の中にあった緊張の質が、少しだけ変わっていた。

 

 一便目の前は、何もかもが未知だった。

 目に入るもの全部が重く、足の置き場ひとつさえ正しいかどうか分からず、ただ「失敗したくない」という気持ちだけが前に出ていた。

 

 けれど、一度本物のフライトを経験した今は違う。

 

 怖さが消えたわけではない。

 むしろ、本物を知ったからこそ、何が怖いのかがはっきりしたとも言える。

 

 乗客の歩幅は思っていたよりまちまちで、

 荷物は想像より重く、

 声をかけるべきか迷う場面は何度もあり、

 そして、空気は止まって見えても、実際は一瞬たりとも止まらない。

 

 そのことを、一便目で嫌というほど知った。

 

 だから、二便目の五人は、同じように緊張していても、ただ固くなるだけではなかった。

 

 ブリーフィングルームを出る前、クミコは一便目の反省を頭の中で繰り返していた。

 

 急いでいる乗客に引っ張られない。

 相手のテンポではなく、自分が作る“安心できる速度”を先に置く。

 歩幅は先に決める。

 急いでいる人ほど、先にひと言を置く。

 

 ハズキは、自分の喉の奥に意識を向けていた。

 

 緊張すると声が高くなる。

 速くなる。

 それを防ぐには、最初の五分だけでも意識して一拍遅く動くこと。

 息を吐いてから、声を出すこと。

 

 ミドリは、抱え込まないことを一番に置いていた。

 慎重であることは悪くない。

 でも、判断を自分の中だけで止めない。

 迷ったら、早めに振る。

 その時、相手に届く声で出す。

 

 サリーは、“見ているだけで終わらない”ことを意識していた。

 流れの詰まりを見つける。

 人の呼吸の乱れに気づく。

 そこまではできる。

 問題は、そのあと自分がどう入るかだ。

 今日は、気づいたら一歩前へ出る。

 

 マユは、“見られている自分”ではなく、“自分が見る側”に最初から入ることだけを考えていた。

 前半のぎこちなさを引きずらない。

 視線を外へ向ける。

 見るべきものを先に決めて立つ。

 

 エリンは、そんな五人の顔を見ながら何も言わなかった。

 言葉にしなくても分かる。

 全員が、一便目の反省をちゃんと持っている。

 持った上で、二便目へ向かおうとしている。

 

 それだけで十分だった。

 

 宇宙船内の一フロアへ再び入ると、今度は最初の時ほど空間に呑まれなかった。

 

 同じ通路。

 同じ座席列。

 同じ荷物入れ。

 同じ機内音。

 

 たった一便経験しただけなのに、景色の輪郭が少し変わって見える。

 “知らない場所”ではなく、“さっきまでいた場所”になっている。

 その差は大きかった。

 

 もちろん、まだ余裕などない。

 だが、完全な未知ではないというだけで、身体の動きは驚くほど違った。

 

 搭乗が始まる。

 

 クミコは、最初の乗客を迎える声を一便目より少しだけ深く置いた。

 

「いらっしゃいませ。本日はご搭乗ありがとうございます」

 

 声が前に飛びすぎない。

 自分でも分かった。

 言った瞬間、相手の目がこちらを一度見て、すっと緩む。

 その反応を見て、クミコの中にも微かな落ち着きが生まれた。

 

 急ぎ足で入ってきた乗客にも、今度はすぐに飲まれなかった。

 

「お座席までご案内します。こちらでございます」

 

 先に言葉を置く。

 それから歩く。

 相手の早さではなく、こちらの作る安心の速さで。

 それを意識するだけで、通路の空気まで違って感じた。

 

 ハズキは、最初の数人の対応だけ徹底的に“遅く”入った。

 

 遅くといっても、実際には普通だ。

 ただ、彼女にとっては少し物足りないくらいの速度で動く。

 そのおかげで、声の高さも、歩幅も、一便目よりずっと安定した。

 

 明るさは失っていない。

 でも、浮ついてもいない。

 

 年配の乗客に「ありがとう」と言われた時、ハズキはその一言が一便目よりもずっと自然に胸へ入ってくるのを感じた。

 

 ミドリは、一便目では“迷ってから振る”だったのが、二便目では“迷いそうなら先に繋ぐ”へ変わっていた。

 

「サリー、後ろお願いします」

「はい」

 

「ハズキ、こちら一人流します」

「分かった」

 

 短いやり取り。

 それだけで、通路の詰まり方が変わる。

 自分一人で全部正しく判断しなくていい。その代わり、繋ぐ責任を持つ。

 そこへ少し踏み込めたことで、ミドリの慎重さはむしろ強みに変わり始めていた。

 

 サリーもまた、一便目より明らかに前へ出られていた。

 

 流れを見る。

 空気を読む。

 誰が少し焦っているかを見る。

 そして、“今なら入れる”と判断した瞬間に、躊躇しない。

 

 ある乗客が自分の座席位置を勘違いしていた時も、サリーはすぐに近づき、相手の恥にならない言葉を選んだ。

 

「確認いたしますね。こちら、もう少し奥のお席でございます。ご一緒します」

 

 丁寧だが、細すぎない。

 寄り添うが、曖昧ではない。

 

 マユは、自分でも驚くほど最初から外を見られていた。

 

 見られていることは、まだ怖い。

 でも、その怖さに捕まる前に、相手の表情を見る。

 通路の混み具合を見る。

 荷物入れの状態を見る。

 

 すると、不思議と“自分”の輪郭が薄くなった。

 消えるのではなく、仕事の中に溶けるような感覚だった。

 

 その変化を、エリンはすぐに察していた。

 

 二便目も、大きな事故はなかった。

 

 それは五人が一便目より良くなったことももちろん大きい。

 だが、それだけではない。

 やはりエリンとペルシアの存在は大きかった。

 

 エリンは相変わらず前に出すぎない。

 けれど、必要な時には必ずそこにいた。

 荷物の僅かなずれを直し、声をかける順番を整え、五人が気づかないところで通路の空気を平らにしていく。

 彼女が大きく何かをする場面は少ない。

 だが、エリンがいるだけでフロアの流れが乱れない。

 そのことが、二便目では一便目以上にはっきり見えた。

 

 ペルシアは、五人が少しだけ余裕を持てたこともあって、一便目よりさらに先回りの精度を上げていた。

 起こる前の違和感を拾い、言葉になる前の要望を整え、子ども連れや高齢の乗客の“ちょっと困るかもしれない場面”を先に消していく。

 

 しかも今回は、ただ自分が動くのではなく、五人の誰をその場に入れるかまで見ていた。

 

 クミコに振る。

 ハズキに拾わせる。

 ミドリに判断させる。

 サリーに繋がせる。

 マユに確認させる。

 

 自分が全部やってしまえば早い。

 でもそれをしない。

 他社のフライトで迷惑をかけないギリギリのところで、五人へ仕事を見せ、やらせる。

 そのさじ加減の絶妙さに、五人は改めて舌を巻いた。

 

 フライトが終わったあとのブリーフィングルームでは、一便目の時ほど、五人は沈み込まなかった。

 

 もちろん反省はある。

 完璧ではない。

 でも、一便目より確実に良かった。

 それを自分たちでも感じていたし、エリンの目を見れば、それが間違っていないことも分かった。

 

 エリンは二便目の反省で、五人それぞれの改善点を手短に伝えた。

 

「クミコ、良かった。急ぐ人に引っ張られなくなってる」

「はい」

 

「ハズキ、声が安定してた。最初の五分、ちゃんと落として入れたわね」

「……はい」

 

「ミドリ、繋ぎ方が早くなった。今度は声量、あと半歩だけ前へ」

「分かりました」

 

「サリー、自分が入る判断が良くなった。ただ、後半で一度だけ遠慮が出た」

「はい」

 

「マユ、最初から外を見られてた。それは今日一番の進歩」

「ありがとうございます」

 

 短い。

 だが、一便目の反省を踏まえた上での言葉だったから、全員に深く入った。

 

 そして、少しの休憩と確認を挟んで、三便目が始まった。

 

 

 三便目の頃には、身体の疲労が確かに出ていた。

 

 脚の裏は少し重い。

 表情筋も、笑顔を作ろうとすると微妙に引っかかる。

 頭も完全には冴えていない。

 

 だが、その状態でどう立つかもまた、現場なのだと五人は知り始めていた。

 

 一便目は未知との戦い。

 二便目は反省を踏まえた修正。

 そして三便目は、“疲れた状態でも崩れないか”の確認だった。

 

 ここで、五人は初めて少しだけ“便の流れ”を掴み始めた。

 

 搭乗時の波。

 座席が埋まる速度。

 荷物対応の集中するタイミング。

 小さな不安が顔に出る瞬間。

 乗客同士がぶつからないように言葉を置く場所。

 

 全部が一つの便の中で起きている。

 そして、その流れの中で自分がどこにいれば良いかを、ようやく考えられるようになってきた。

 

 エリンとペルシアは、三便目ではさらに一歩だけ後ろへ下がった。

 

 本来なら前に出たくなかった。

 でも、他社のフライトで迷惑はかけられないから、一便目も二便目も、必要以上に前へ出ていた。

 それでも三便目では、“五人に見せる”だけでなく、“五人にやらせる”比重を少し増やした。

 

 それが出来ると判断したからだ。

 

 クミコは、前方の流れを少しずつ自分の足で作れるようになっていた。

 ハズキは、明るさと落ち着きの境目を掴み始めている。

 ミドリは、慎重さを“立ち止まる理由”ではなく“見極める力”にできている。

 サリーは、気づいたことを自分の中に止めず、流れへ還元し始めている。

 マユは、見られることよりも見ることへ、最初から入れるようになっていた。

 

 三便目も、大きな事故はなかった。

 

 そしてブリーフィングルームへ戻った時、五人の顔は疲れてはいたが、最初とはまるで違っていた。

 沈んでいるのではない。

 終わったことを受け止めながら、それでもどこか前を見ている顔だった。

 

 定期便側のチーフパーサーが総括を終え、次便の確認をして部屋を出る。

 残されたのは、スペースホープ組だけだった。

 

 エリンは椅子に腰掛けたまま、五人を見た。

 ペルシアは隣で腕を組み、珍しくすぐには口を挟まない。

 

 少しの沈黙のあと、エリンが言った。

 

「三便目、お疲れさま」

 

 五人がそろって背筋を伸ばす。

 

「今日一日で、それぞれかなり変わったわ」

 

 その言葉に、誰もすぐには反応できなかった。

 嬉しい。

 でも、同時に、反省もまだあると分かっているからだ。

 

 エリンはそこで、意外なことを言った。

 

「最後は、五人でそれぞれ良かったことや反省を共有しなさい」

 

 五人が目を瞬かせる。

 

 エリンは続けた。

 

「私たちが言う反省は、私たちから見えたもの。でも、本当に次へ繋がるのは、自分たちで見たことを自分たちの言葉にした時よ」

 

 ペルシアも、そこでようやく口を開いた。

 

「そ。私たちが全部まとめちゃったら、あんたたちの便にならないでしょ」

 

 いつもの軽い調子だが、言っていることは真っ直ぐだった。

 

「だから、ちゃんと話しなさい。誰が何を見てたのか、どこで助かったのか、どこでやばかったのか」

 

 エリンは静かに立ち上がる。

 

「私たちは少し外すから」

 

 ペルシアも同じように椅子を引いた。

 

「泣いてもいいけど、喧嘩はしないようにね」

 

「しません!」

 

 ハズキが反射的に言い返すと、ペルシアがくすっと笑う。

 

「元気よろしい」

 

 そしてエリンとペルシアは、そのままブリーフィングルームを出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 部屋に残されたのは、クミコ、ハズキ、ミドリ、サリー、マユの五人だけだった。

 

 

 最初の数秒、誰も何も言わなかった。

 

 静かだった。

 

 フライト前の沈黙とは違う。

 疲れと、達成感と、反省と、少しの気まずさが混ざった静けさだ。

 

 最初に口を開いたのは、やはりクミコだった。

 

「……どうしよう」

 

 その一言に、四人の口元が緩む。

 

「何から話す?」

 

 サリーが優しく返す。

 

「良かったことと反省、って言われたけど……」

 

 クミコはメモ帳を開いたまま、少し困ったように言う。

 

 するとハズキが、椅子の背にもたれながら大きく息を吐いた。

 

「じゃあさ、順番にいこうよ」

 

「順番?」

 

「うん。自分の良かったことと反省、あと、他の人に助かったこと」

 

 その提案に、ミドリが小さく頷く。

 

「それがいいかも」

 

「じゃあ、クミコから」

 

 マユが言うと、クミコは「えぇ……」と情けない顔をした。

 だが、誰も譲る気はなさそうだった。

 

「……分かった」

 

 クミコは深呼吸を一つして、口を開いた。

 

「えっと……良かったところは」

 

 言いながら、自分の中で言葉を探す。

 

「一便目の時より、急いでる乗客に引っ張られなくなったこと、かな」

 

 ハズキがすぐに頷く。

 

「うん、それ思った。二便目から全然違った」

 

「ありがとう」

 

 クミコは少し照れくさそうに言う。

 

「反省は……前に出すぎる癖、まだ残ってる。三便目でも一回、席までの距離が近くなりすぎた気がした」

 

「してた」

 

 ミドリが即答する。

 

「でも、自分で途中で戻してた」

 

「うん。戻せたのは前より良かった」

 

 サリーも言う。

 

 クミコは、それを聞いて少しだけほっとしたように笑った。

 

「あと、助かったのは……ミドリかな」

 

「私?」

 

「うん。二便目で、私が前方でちょっと詰まりそうになった時、先に後ろを流してくれたでしょ」

 

「ああ……」

 

「私、あれでかなり助かった」

 

 ミドリは目を伏せて、少しだけ考えるような顔をした。

 

「私も、クミコが前をちゃんと作ってくれてたから後ろが見えたんだと思う」

 

 それは、誰かが誰かを支えたというより、ちゃんと便の中で繋がっていた証拠みたいで、クミコは妙に嬉しかった。

 

 次はハズキだった。

 

「えっと……良かったところは、二便目から声が少し落ち着いたこと、かな」

 

「少しどころじゃなく、かなり」

 

 サリーが言う。

 

「最初の五分、ちゃんと意識してたでしょ」

 

「してた」

 

 ハズキは真顔で頷く。

 

「ずっと“遅く、遅く”って思ってた」

 

 四人が笑う。

 

「反省は、やっぱり焦ると全部速くなること。三便目の最初、ちょっとまた出た」

 

「出てたね」

 

 マユが素直に言う。

 

「でも、途中で自分で戻してた」

 

「うん」

 

 ハズキは苦笑いする。

 

「あと、助かったのはサリーかな。私、三便目で入口のところで少し詰まりそうになった時、サリーが一人引き取ってくれたでしょ」

 

「うん」

 

「私、あれで頭真っ白にならずに済んだ」

 

 サリーは少しだけ目を丸くして、それから優しく笑った。

 

「私も、ハズキが明るくいてくれると入口の空気が硬くならないから助かってる」

 

 ハズキは、珍しく何も言い返さなかった。

 ただ、へへ、と少しだけ照れたように笑った。

 

 ミドリの番になる。

 

 彼女は少しだけ姿勢を正してから話し始めた。

 

「良かったところは……抱え込まないで振れたこと、だと思う」

 

「うん」

 

 クミコが強く頷く。

 

「一便目の後より、全然早くなってた」

 

「反省は、まだ声が小さいこと」

 

 それは自分でも分かっていたらしい。

 言ったあとで少しだけ顔をしかめる。

 

「あと、判断はしてるのに、それを出すのが半拍遅い時がある」

 

「でもミドリの慎重さ、すごく助かったよ」

 

 マユが言う。

 

「私、三便目で座席番号を勘違いしてる人に気づけたの、ミドリが先に全体見てくれてたからだと思う」

 

 ミドリは少し驚いたようにマユを見る。

 

「そう?」

 

「うん。私一人だったら、たぶん声掛け遅れてた」

 

 ミドリは、少しだけ頬を緩めた。

 

「じゃあ、良かったことにそれも入れとく」

 

「自分で追加しないで」

 

 ハズキが笑う。

 

 サリーの番になると、彼女は少しだけ考え込んでから話し始めた。

 

「良かったところは……前より“入る”判断ができたこと、かな」

 

 その言葉に、四人が頷く。

 

「一便目のあと、エリンさんに言われたこと、ずっと頭にあったから」

 

「見てるだけで終わらない、だよね」

 

 クミコが言うと、サリーは「うん」と頷いた。

 

「反省は、三便目の後半、一回遠慮したこと」

 

「ああ、あそこね」

 

 ミドリがすぐに分かったように言う。

 

「私も見てた」

 

「やっぱり分かるよね」

 

 サリーは苦笑した。

 

「“今、入れる”って分かってたのに、一瞬待っちゃった」

 

「でも、そのあとちゃんと入ったじゃん」

 

 ハズキが言う。

 

「遅れたけどね」

 

「遅れても入ったのは大きいと思う」

 

 マユが静かに言った。

 

 サリーはその言葉に、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

 

「助かったのは……マユかな」

 

「私?」

 

「うん。二便目で、私が中ほどで一回流れを見失いそうになった時、後ろの空き状況を先に見てくれてた」

 

 マユは目を丸くした。

 

「私、そんなすごいことしたかな」

 

「してたよ」

 

 サリーははっきり言った。

 

「マユって、自分が思ってるより、ちゃんと全体見えてる」

 

 その一言を、マユは少し黙って受け取っていた。

 

 そして最後に、そのマユの番になった。

 

「良かったところは……二便目の途中から、外を見られるようになったこと」

 

「うん」

 

 今度は四人全員が頷く。

 

「一便目は、ほんとに自分のことしか見えてなかった。でも、二便目の後半と三便目は、最初から“何を見るか”を決めて入れた」

 

「それ、すごい大事だと思う」

 

 ミドリが言う。

 

「反省は……まだ、最初の入りで固くなること」

 

 マユは正直に言った。

 

「あと、見られてるって思うと、ちょっと表情が止まる」

 

「でも三便目、全然マシだったよ」

 

 ハズキが即座に言う。

 

「一便目の時と別人だった」

 

「別人は言いすぎ」

 

「でもほんとに」

 

 ハズキは真剣だった。

 

「助かったのは……クミコかな」

 

「私?」

 

「うん。前をちゃんと作ってくれるから、私たち後ろが動きやすかった」

 

 クミコは思わず目を瞬かせた。

 自分では“前に出すぎる”反省ばかり気にしていたが、そうやって見てくれていた人もいるのだ。

 

 五人の話は、そこで終わらなかった。

 

 誰かが喋るたびに、別の誰かが補足し、気づいていなかった良さを指摘し、反省点を共有する。途中からは、もう“順番に一人ずつ”という形ではなくなっていた。

 

「クミコって、焦っても声はちゃんと届くよね」

「ハズキはやっぱり入口の空気が明るくなる」

「ミドリの慎重さって、ただ遅いんじゃなくてちゃんと見てるってことだよね」

「サリーは人の呼吸を拾うのが早い」

「マユは後半に入るとすごく安定する」

 

 そんな言葉が次々に出てくる。

 

 そして、気づけば反省ももっと具体的になっていた。

 

「私、相手が急いでると“急がせない声”が抜ける」

「私、笑顔を作ろうとすると逆に力む」

「私は迷う前に、何を見てるか言葉にした方がいいかも」

「私は気づいた時に、自分が入るか人に振るかをもっと早く決めたい」

「私は最初に“見る対象”を二つくらいに絞った方がいい」

 

 それを言葉にすることで、反省がただの落ち込みではなく、次にやることへ変わっていく。

 

 クミコは途中で、ふと笑った。

 

「なんかさ」

 

「なに?」

 

 ハズキが聞く。

 

「一便目の後って、正直もう終わったと思ってた」

 

 その言葉に、四人とも吹き出した。

 

「分かる!」

「私も!」

「もう駄目だって思った」

「耳に全然ブリーフィング入ってこなかったもん」

 

 笑いながら、でも誰も否定しなかった。

 本当にそうだったからだ。

 

「でも、今は」

 

 クミコは少しだけ真面目な顔に戻る。

 

「まだ全然駄目なところあるけど、次もやれる気がする」

 

 それは、五人全員の気持ちをそのまま言葉にしたようだった。

 

 ハズキが、頷きながら言う。

 

「うん。怖いけど、もう最初みたいな怖さじゃない」

 

 ミドリも言う。

 

「何が見えてなかったのか、少し分かったからかも」

 

 サリーは静かに笑った。

 

「あと、一人じゃないのが大きい」

 

 マユが、最後にぽつりと言った。

 

「エリンさんとペルシアさん、すごかったけど……」

 

 四人が見る。

 

「私たち五人も、ちゃんと便の中にいた気がした」

 

 その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わった。

 

 すごい人たちの後ろに隠れていたのではない。

 守られてはいた。

 見せてもらってもいた。

 でも、それだけじゃなくて、自分たちも確かに便の中で動いていた。

 

 その実感が、五人の中にようやく根を下ろし始めていた。

 

 その時、ブリーフィングルームの扉の外で気配がした。

 

 開いた扉から、エリンとペルシアが戻ってくる。

 

「終わった?」

 

 ペルシアが聞く。

 

 五人は自然と顔を見合わせた。

 それから、クミコが代表するように言った。

 

「はい」

 

「ちゃんと話した?」

 

 エリンの声は静かだった。

 

「はい」

 

 今度は五人の声が、かなり揃っていた。

 

 エリンはその返事を聞いて、小さく頷いた。

 

「そう」

 

 それだけ。

 でも、その一言に満足が滲んでいるのが分かった。

 

 ペルシアは五人の顔を順番に見て、にやっと笑う。

 

「顔つき変わったじゃない」

 

「そうですか?」

 

 ハズキが聞く。

 

「うん。最初よりはずっとマシ」

 

「褒めてるのか分からないです」

 

「褒めてるわよ」

 

 そう言ってから、ペルシアはエリンを見る。

 

「ね?」

 

「ええ」

 

 エリンは短く答えた。

 

「これからも、今の話をそのまま持って行きなさい」

 

 その言葉に、五人は強く頷いた。

 

 初便の後よりも、心が少し軽い。

 疲れているのに、不思議と前を向ける。

 それは、自分たちの中で“共有できた”からだと、五人はもう分かっていた。

 

 反省を一人で抱えると、ただ重い。

 でも、言葉にして、返してもらって、互いの良かったところも聞くと、それは次へ進むためのものになる。

 

 エリンが、ほんの少しだけ目元を和らげる。

 

「じゃあ、帰る準備をしましょう」

 

「はい!」

 

 今度の返事には、最初の便の時にはなかった芯があった。

 

 三便を終えた。

 まだ完璧ではない。

 でも、確かに前へ進んでいる。

 

 ブリーフィングルームの中には、疲労と一緒に、少しだけ誇らしい空気も生まれていた。

 それは、今日一日を飛び切った者にしか持てない、静かな手応えの匂いだった。

 

 

ーーーー

 

 

 ブリーフィングルームにクミコたち五人を残し、エリンとペルシアは部屋を後にした。

 

 扉が静かに閉まる。

 その向こうでは、まだ少し硬さの残る、けれど最初の頃よりずっと芯のある声が重なり始めているはずだった。良かったところ。反省点。助かった場面。危なかった瞬間。自分の言葉でそれを口にすることは、現場に立つ人間にとって思っている以上に大きい。エリンはそれを知っているからこそ、最後はあえて自分もペルシアも席を外したのだ。

 

 通路へ出ると、宇宙船を降りた後の施設特有の静けさがあった。

 人の気配はある。遠くで係員の足音もする。何かの案内アナウンスがこもった音で流れている。けれど、ブリーフィングルームの中の張り詰めた空気に比べれば、そこはずっと緩やかだった。

 

 壁際に設置された自販機の前まで歩く間、二人ともすぐには口を開かなかった。

 

 ペルシアは制服の襟元を少し緩めるように指先で触れ、片方の肩を軽く回した。さすがに三便続けて乗れば身体のあちこちに張りが出る。エリンも同じだった。足はまだ動ける。頭も回る。けれど、ふと力を抜けば、どれだけ神経を使っていたかが分かる程度には疲れていた。

 

 自販機の前でペルシアが立ち止まる。

 

「私はビール……は、ないか」

 

 自販機を見上げて、少しだけ不満そうに呟く。

 そこに並んでいるのはコーヒー、紅茶、炭酸水、スポーツドリンク、栄養飲料。仕事終わりの身体にはどれも悪くないが、彼女が求めるものはそこにはない。

 

「当たり前でしょ」

 

 エリンが淡々と返す。

 

「乗務員通路にアルコール置いてあったら逆に問題よ」

 

「分かってるわよ。ただ言ってみただけ」

 

 ペルシアは肩をすくめ、結局、微糖の缶コーヒーのボタンを押した。

 エリンは少し考えてから、砂糖の入っていない温かい紅茶を選ぶ。缶が落ちる音が二つ、妙に乾いて響いた。

 

 ペルシアが先に缶を開け、一口飲んでから、缶の冷たさを頬に当てる。

 

「はぁー……」

 

 間の抜けたような、でも心底ほっとしたような息が漏れた。

 

 それから、視線だけエリンへ向ける。

 

「それで、エリンはどう思うの?」

 

 エリンは缶を開けながら首を傾げる。

 

「どうって?」

 

「あの五人のフライトのことよ」

 

 その問いは軽く聞こえたが、軽いものではなかった。

 ペルシアは冗談めかした声色をよく使う。けれど、本当に知りたいことを聞く時ほど、彼女は少しだけその明るさを抑える。今の声は、まさにその温度だった。

 

 エリンは一口、紅茶を飲んだ。

 温かさが喉を通る。ようやく少しだけ、自分の中の緊張もほどけていく気がした。

 

「そうね……」

 

 すぐには答えず、言葉を選ぶ。

 

「良かったところは、想像していた以上に五人とも“自分の反省を次の便に持っていけた”こと」

 

 ペルシアが小さく頷く。

 

「一便目で終わってたら、正直、かなり危うかったと思う。でも二便目で修正して、三便目でさらに崩れにくくなった。あれは大きいわ」

 

「うん、それは私も思った」

 

 ペルシアが缶を揺らしながら言う。

 

「特にクミコね。あの子、一便目は前に出すぎてた。良く言えば責任感が強いんだけど、悪く言うと“自分が何とかしなきゃ”が強すぎた。でも二便目からは、ちゃんと速度を置けるようになった」

 

 エリンも頷く。

 

「クミコは空気を整える素質があるわ。声が届くし、案内の線が綺麗。だからこそ、今後は“引き算”を覚えればもっと良くなる」

 

「うん。あの子は前を走るタイプじゃなくて、“空気を整える”方に向いてるわね」

 

 ペルシアらしい言い方だった。

 だが、本質を突いている。

 

「ハズキは?」

 

 今度はエリンが聞く。

 

「ハズキはいいわよ」

 

 ペルシアはすぐに答えた。

 

「明るさがちゃんと武器になってる。あれは教えても簡単には手に入らないものだから。ただし、緊張すると全部速くなる。声も手も足も。今日は三便目でかなり抑えられてたけど、疲れが出た時にまた出ると思う」

 

「そうね。あの子は“空気を軽くする”力があるから、それを“落ち着きを削る明るさ”にしないことが今後の課題」

 

「でも、伸びるわよ」

 

 ペルシアが言う。

 それは願望ではなく、確信のある声だった。

 

「ええ、伸びると思う」

 

 エリンも迷わず答える。

 

 少しの間を置いて、ミドリの名が上がる。

 

「ミドリは慎重ね」

 

「うん。でも今日、一番“仕事の意味”を早く飲み込んだのはミドリかもしれない」

 

 ペルシアが言うと、エリンは少しだけ目を細めた。

 

「同感。慎重さがあるから最初は遅れるけど、そのぶん一度理解したら安定する。判断を外へ出す速度が上がれば、かなり強い」

 

「あと、あの子、見てるわよね」

 

「見てる」

 

 そこは二人の声が重なった。

 

 乗客の手元。

 荷物の収まり方。

 通路の空き具合。

 誰が少し困りそうか。

 全部を見る目がある。まだそれを自分の手に変換するのが遅いだけだ。

 

「サリーは?」

 

 ペルシアが問い返す。

 

 エリンは、少しだけ口元を和らげた。

 

「サリーもいいわよ。あの子は人の呼吸を拾うのが早い」

 

「ああ、分かる」

 

 ペルシアが笑う。

 

「“困ってる人”じゃなくて、“困りそうな人”を見つける目がある。あれは乗務員としてすごく大きい」

 

「ただ、遠慮が出る」

 

「そうねぇ。あの子、自分が入ることをまだためらうのよね」

 

「でも、今日は二便目より三便目の方がよかった。気づいた瞬間に身体が出る回数が増えた」

 

「うん。あれは本物の現場に出たからこそ変わったと思う」

 

 ペルシアがそう言ってから、少しだけ真面目な顔になった。

 

「サリーみたいな子って、シュミレーションだけだと変わりにくいのよ。だって頭では分かってても、“今入る”の怖さって、本物の空気の中じゃないと実感しにくいから」

 

 エリンは、缶の表面に視線を落として頷いた。

 

「……そうね」

 

 そして最後に、マユの名前が出た。

 

「マユは一便目、かなり固かったわね」

 

 ペルシアが苦笑する。

 

「最初、顔に全部出てたもの」

 

「ええ。でも二便目の後半から、明らかに変わった」

 

「うん」

 

「“見られてる自分”から“自分が見る側”へ切り替わったのよね」

 

 その言葉に、ペルシアが感心したように「へぇ」と小さく声を出す。

 

「やっぱりそこ、見えてたんだ」

 

「見えてたわよ」

 

 エリンは当然のように答える。

 

「マユは、技術というより意識の置き場所が問題だった。だから一度そこが変わると、驚くほど動きが安定する」

 

「確かに。後半、別人みたいだった」

 

 ペルシアは缶コーヒーをもう一口飲む。

 

「ま、五人とも、まだまだ粗いけどね」

 

「粗いわね」

 

「でも」

 

 ペルシアがそこで少し笑った。

 

「これからまだまだ伸びるわよ、あの子たち」

 

 その言葉に、エリンはすぐに頷いた。

 

「ええ。私もそう思う」

 

 それは希望ではなく、ほとんど確信に近かった。

 

 経験は足りない。

 判断も遅い。

 まだ“教えられたことをやる”段階を抜け切れてはいない。

 けれど、現場に出て、反省を持ち帰って、次の便に修正していく力はもう見え始めている。

 それは、単純な器用さよりもずっと大きい。

 

 ペルシアが壁にもたれるようにして言う。

 

「それにしても、就任して一〜二ヵ月足らずで、よくもあれだけ仕上げたものね」

 

 そこには本心からの感嘆があった。

 彼女は冗談めかして褒めることも多いが、今の言い方には軽さがない。純粋に舌を巻いているのだ。

 

 エリンは、すぐに首を振った。

 

「別に、私が特別な事をしたわけじゃないわ」

 

「ご謙遜を」

 

 ペルシアは呆れたように言う。

 

「何が“特別な事をしたわけじゃない”よ。あの状態の旅行事業部をここまで持ってきたの、どう見てもエリンでしょ」

 

「違うわよ」

 

 エリンは静かに言う。

 

「ただ、最初からスペースホープの子たちには素質があったのは、確かよ」

 

 ペルシアが片眉を上げる。

 

「なるほどね」

 

 その相槌には納得と、少しの茶化しが混じっていた。

 

「でも圧倒的に経験が足りないでしょ?」

 

「ええ」

 

 そこはエリンも即答した。

 

「今回はたまたま定期便を任されたけど、今後はどうなるか分からない」

 

 その言葉に、通路の空気が少しだけ冷える。

 

 現実だった。

 

 今回の四日間は、エリンが頼み込んでようやく得た機会だ。

 知り合いの会社が一フロアだけ任せてくれた。

 それはありがたい。

 けれど、恒常的に続く保証はどこにもない。

 

 ペルシアもそこは軽く流さなかった。

 

「正直、シュミレーションだけだと賄えない部分もあるからね」

 

「ええ」

 

 エリンは缶を持つ指先に少し力を入れた。

 

「それに、定期便と旅行フライトだと対応も異なるからね」

 

 旅行フライトは“旅”を楽しみに来る人が多い。

 定期便は“移動”を目的に乗る人が多い。

 求められる空気、優先順位、サービスの温度も変わる。どちらも乗務員の仕事だが、同じではない。

 

「正直、今のままだと時間が圧倒的に足りない」

 

 エリンは、とうとうそこまで言った。

 

 育つ。

 伸びる。

 素質もある。

 

 けれど、それと“間に合うか”は別問題だ。

 

 ペルシアはしばらく黙ってエリンを見ていた。

 その視線は茶化していない。

 ただ、相手の言葉の奥を測っている目だった。

 

「最悪のケースも考えてる?」

 

 ぽつりと、そう聞く。

 

 エリンはすぐには答えなかった。

 

 最悪のケース。

 

 それが何を指すのか、二人とも言葉にしなくても分かっていた。

 スペースホープが、立て直す前に破綻してしまう未来。

 体制を整える前に、信用も資金も尽きる未来。

 育てた乗務員たちが、働く場そのものを失う未来。

 

 エリンは視線を少しだけ落とし、紅茶の缶を見つめた。

 

「……今はまだ考えないようにしてる」

 

 その答えは、逃げでも嘘でもなかった。

 考えていないわけではない。

 ただ、今そこに意識を持っていきすぎると、手元が狂う。

 まだやれることがあるうちに、先に絶望へ目を向けるのは違うと思っているだけだ。

 

 ペルシアは「ふーん」と短く声を漏らした。

 

 それから、少しだけ肩をすくめる。

 

「まぁ、いいんじゃない」

 

 その言い方はあっけらかんとしていたが、雑ではなかった。

 

「そうならないように、私やフレイ達が特別講師として来てるしね」

 

 エリンが顔を上げる。

 

 ペルシアは缶を軽く掲げるようにして続けた。

 

「マユミは総務を回してるし、フレデリックは広報を立て直してるし、フレイは数字の締め方を叩き込んでる。リュウジはパイロットの目を覚まさせてる。ガーネットはちゃんと乗務員の芯を整えてる」

 

 そこで、少し笑った。

 

「私だって、ただ飲んで騒いでるだけじゃないんだから」

 

「分かってるわよ」

 

 エリンが言う。

 

「でも、たまに本当にただ飲んで騒いでる時あるでしょ」

 

「失礼ね。大体ちゃんと働いてるわよ」

 

「大体なのね」

 

 その小さなやり取りで、少しだけ空気が和む。

 

 ペルシアは壁から背を離し、エリンの正面に立った。

 

「エリン」

 

「なに」

 

「今は“足りない足りない”って思ってていいわよ」

 

 唐突な言い方だった。

 けれど、言葉の置き方が妙にペルシアらしかった。

 

「でも、それを一人で抱え込むのはなし」

 

 エリンは何も言わない。

 

「最悪のケースを今は考えないのも、別にいい。考えたところで明日の便が良くなるわけじゃないし」

 

 ペルシアは続ける。

 

「ただ、いざそういう話をしなきゃいけない時に、一人で全部抱えて“私がどうにかする”って顔したら、ぶっ飛ばすから」

 

 その言い方に、エリンは少しだけ目を見開いた。

 それから、ふっと息を漏らす。

 

「何その脅し」

 

「脅しじゃないわよ。予告」

 

「物騒ね」

 

「そう?」

 

 ペルシアは悪びれずに笑う。

 

「でも、そういうのは私の役目」

 

「……役目?」

 

「そ。あんたが真面目に抱え込みすぎた時に、横から蹴飛ばして現実に戻すの」

 

 それは冗談のようでいて、半分は本気だった。

 たぶん、いや、きっと本気だ。

 

 エリンはしばらく黙ったあと、小さく言った。

 

「ありがと」

 

 その声は、思っていたよりずっと静かだった。

 

 ペルシアは一瞬きょとんとした顔をして、それから「どういたしまして」と、わざと軽く返す。

 

 少しの沈黙が落ちる。

 

 遠くで誰かの足音が響き、自販機のモーター音が低く唸る。

 施設の空調が一定の風を流し続ける。

 そんな機械的な音の中で、二人はそれぞれ飲み物を口にした。

 

 やがてエリンが、ぽつりと言う。

 

「でも、本当に……あの五人、まだ伸びるわね」

 

「伸びるわよ」

 

 ペルシアは即答した。

 

「今の時点であれだけ反省を次へ持っていけるなら、伸びない方がおかしい」

 

「ええ」

 

「だから、今のうちにいっぱい見せときなさい」

 

 ペルシアの視線は、ブリーフィングルームの扉の方へ向いた。

 

「あんたと私がどう動くか。ガーネットがどう教えるか。リュウジがパイロットに何を見るか。全部。見せられるうちに見せた方がいい」

 

 エリンもその扉を見る。

 

 向こうでは今も、クミコたち五人が自分たちの言葉で今日の便を振り返っているはずだった。

 それは、きっと彼女たちにとって大きな時間になる。

 

「そうね」

 

 エリンは小さく頷いた。

 

「まだ時間が足りないなら、なおさら今ある時間で詰めるしかないわね」

 

「そういうこと」

 

 ペルシアは缶コーヒーを飲み干し、空き缶を軽く振った。

 

「よし。じゃあ、そろそろ戻る?」

 

 エリンも自分の缶を見下ろした。半分以上はもう飲んでいる。

 休憩としては短い。

 けれど、十分だった。

 

「ええ」

 

 そう言って、二人は並んで歩き出す。

 

 ブリーフィングルームの扉の前に立つと、エリンは一度だけ小さく息を整えた。

 その横で、ペルシアは何も言わずに笑う。

 

 まだ終わっていない。

 あと一便ある。

 そして、この四日間が終わっても、スペースホープの立て直しは続く。

 

 それでも今は、とりあえず次へ進むしかない。

 そう思いながら、エリンは扉へ手をかけた。

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