サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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探索シュミレーション

 

 宇宙管理局が行う探索用のシミュレーション。

 

 それは単なる訓練ではなかった。

 今後の未探索領域の調査に向けた人材育成。

 そして、宇宙管理局だけでなく、宇宙事業を扱う各企業に対しても、“どこまで自力で探索チームを組めるのか”を問うような意味合いを持っていた。

 

 役割は六つ。

 

 操縦士。

 副操縦士。

 システムエンジニア。

 医療従事者。

 メカニック。

 コックピットコンディション。

 

 加えて、補助要員を一名だけ追加することができる。

 

 つまり七名一組。

 

 操縦技術だけでは足りない。

 知識だけでも駄目だ。

 閉鎖空間で、限られた人員と役割の中、何が起きても前へ進めるか。

 その総合力を見られるシミュレーションだった。

 

 

 ハワード財閥の旅行会社にも、その案内は当然のように届いていた。

 

 社内ではすでに「何チーム出すのか」「どの部署から人を出すのか」「訓練扱いか業務扱いか」といった話が飛び交っている。

 宇宙事業部も例外ではなく、朝からあちこちでその話題が上がっていた。

 

 そして、カオルにも声がかかった。

 

「参加するだろう?」

 

 運航統括にそう言われた時、カオルは迷わなかった。

 

「もちろんです」

 

 即答だった。

 

 統括は「だろうな」とだけ言って、書類を差し出した。

 

「チームは何組か会社として出す。で、お前のところは、お前がメンバーをある程度選んでいいと上が言ってる」

 

 それを聞いた瞬間、カオルの頭の中には、一人だけすぐに顔が浮かんだ。

 

 コックピットコンディション。

 

 そこは、カイエだ。

 

 理由は明確だった。

 

 客室を見る目。

 フライト全体を俯瞰する癖。

 パイロットに対する距離感。

 必要以上に踏み込まず、けれど必要な時には遠慮なく踏み込める強さ。

 

 そして何より、カオルはこの会社に来てから何度も思っていた。

 カイエが近くにいると、自分は変に気負わずに済む。

 

 それが信頼なのか、単に相性がいいのか、まだうまく言葉には出来なかったが、とにかく最初に頼むならカイエだった。

 

 

 昼休憩を少し外した時間帯。

 

 宇宙事業部の休憩スペースは比較的静かだった。

 数人の乗務員が端の席で雑談している程度で、中央のテーブルはだいぶ空いている。

 

 カオルは先に缶コーヒーを買い、窓際の丸テーブルに座っていた。

 

 そこへ、カイエがやって来る。

 

 制服のまま。

 手にはブラックコーヒー。

 歩き方に無駄がなく、相変わらず背筋が綺麗だ。

 

「で?」

 

 向かいに座るなり、カイエが言った。

 

「“話がある”って何」

 

 カオルは、缶をテーブルに置いてから答える。

 

「宇宙管理局の探索用シミュレーションだ」

 

「ああ」

 カイエが頷く。

「案内来てたわね。うちも何チームか出すって」

 

「俺にも声がかかった」

 

「そりゃそうでしょ」

 カイエが言う。

「今のカオル、かなり目立ってるし」

 

「嬉しくない言い方だな」

 

「褒めてるのよ」

 カイエが肩をすくめる。

「で? そのメンバーを決めるから、私に声かけたってこと?」

 

「ああ」

 

「何で私?」

 

 カイエの問いは軽く聞こえたが、ちゃんと核心を突いていた。

 カオルは、そこで変に遠回しにするのはやめた。

 

「コックピットコンディションを頼みたい」

 

 真っ直ぐ言う。

 

 カイエは一瞬だけ黙った。

 紙カップの縁に指を添えたまま、カオルを見る。

 

「私が?」

 

「そうだ」

 

「へぇ」

 

 カイエは少しだけ目を細めた。

 

「そこ、私なんだ」

 

「他にいない」

 

「即答ね」

 

「客室を見る目がある。長時間のフライトでも空気を崩さない、パイロットとの距離感も分かってる。探索用なら、なおさら必要だと思った」

 

 カオルがそう言うと、カイエはわずかに口元をゆるめた。

 

「ちゃんと見てるんだ」

 

「一緒に飛んでるんだから当然だろ」

 

「……そうね」

 

 ほんの少しだけ間を置いてから、カイエは頷いた。

 

「分かった。やるわ」

 

 その返事はあっさりしていた。

 

 カオルは、小さく息を吐く。

 

「助かる」

 

「まだ早い」

 カイエがすぐに言った。

「残りのメンバー決めないと話にならないでしょ」

 

「それも考えてる」

 

「へぇ」

 カイエが少し身を乗り出す。

「もう候補あるんだ」

 

「ああ」

 カオルは頷いた。

「副操縦士とメカニックは頼みたい奴がいる」

 

「聞いていい?」

 

「副操縦士はユアン」

 

 カイエが一度だけ瞬いた。

 

「ユアン?B級の?」

 

「ああ」

 

「へぇ……」

 カイエは少し考える顔になる。

「あの子、腕は悪くないけど、ちょっと張り合うわよ?」

 

「知ってる」

 カオルが言う。

 

「根は優しいけど、カオル相手だと余計にプライド刺激されそう」

 

「それも分かってる」

 

「じゃあ、何でユアン?」

 

 カオルは、少しだけ視線を落としてから答えた。

 

「張り合うからだ」

 

「は?」

 

「俺に遠慮しない。隣で黙って縮こまる奴よりいい、少々張り合うくらいの方が、副操縦士としては必要だと思う」

 

 カイエは、その答えを聞いて少しだけ眉を上げた。

 

「意外、私はてっきり、もっと素直に従うタイプを選ぶと思った」

 

「それだと、たぶん俺が見落とす」

 カオルは言う。

「ユアンなら、気に入らない時は顔に出る。それに、根は優しいから、本当にまずい時は変な意地を張らない」

 

 カイエは、そこまで聞いてからゆっくり頷いた。

 

「なるほどね、確かに、あの子、普段はちょっとムッとしてても。本当に危ない時はちゃんと引くわ」

 

「だからだ」

 

「でも、カオルとぶつかるわよ」

 

「ぶつかるだろうな」

 

「平気なの?」

 

「そのためのシミュレーションだろ」

 

 その返しに、カイエは思わず少し笑った。

 

「そういう意味では、相性まで含めて見られるってことね」

 

「ああ」

 

「分かった。ユアンは納得」

 

 カオルは、少しだけ缶コーヒーを回してから次の名前を出す。

 

「メカニックはシンゴだ」

 

 その瞬間、カイエの表情が少しだけ変わった。

 

「シンゴ……」

 

「ああ」

 

「サヴァイヴで一緒だった、あのシンゴ?」

 

「そうだ」

 カオルが答える。

「今はメカニックについて勉強してる」

 

 カイエは、しばらく言葉を選ぶように黙っていた。

 

「……久しぶりに名前聞いた」

 

「俺も、こういう場じゃなきゃ出してない」

 

「今、会社にいるの?」

 カイエが聞く。

 

「正確には、これから恒星間輸送船のメカニックとして働く」

 

「そうなんだ……」

 カイエが小さく息を吐く。

「なんか不思議ね」

 

「何がだ」

 

「サヴァイヴで一緒だった奴と、今、こういう形でまたチーム組む話してるの」

 

 その言葉に、カオルもほんの少しだけ黙った。

 

 サヴァイヴ。

 あの星で一緒に生き抜いた時間は、今でも簡単に口に出せるような記憶ではない。

 けれど、だからこそシンゴという名前を出すことには、別の重みがあった。

 

「シンゴなら」

 カオルが言う。

「知識はまだ発展途上でも、投げ出さない。知らないことを知ったふりしない。分からないなら分からないって言える。それが今回のメカニックには必要だと思った」

 

 カイエは、ゆっくり頷いた。

 

「たしかに、変に見栄を張らないのは大事ね。探索用ならなおさら、“今の自分に何ができるか”を正確に言える人の方が強い」

 

「そうだ」

 

「でも、シンゴはまだ学生なんでしょ?そこは大丈夫?」

 

「完璧な奴なんていない」

 カオルは言った。

「それなら、“足りない自分”を分かった上で動ける奴の方がいい。少なくとも俺はそう思う」

 

 カイエは、その答えに少しだけ目を細めた。

 

「……あんた、前よりちゃんと“人で選ぶ”ようになったわね」

 

「悪いか」

 

「悪くない」

 カイエが言う。

「むしろ、その方がいい。探索用のシミュレーションって、たぶん“役職”より“人間性”の方が先に出るから」

 

 その言葉に、カオルは小さく頷いた。

 

 

「じゃあ」

 カイエが紙カップを置きながら言う。

「今のところ確定は、操縦士、カオル。副操縦士、ユアン。メカニック、シンゴ。コックピットコンディション、私。ここまでは決まりね」

 

「ああ」

 

「で、残りが、医療従事者とシステムエンジニア」

 

 カオルは、それについては少しだけ表情を変えた。

 

「そこは頼みたい。俺には心当たりがない」

 

「正直に言うわね」

 

「知らないものは知らない」

 

「うん、それはいいこと」

 カイエが頷く。

「変に分かったふりされるよりずっといい」

 

 そして、少しだけ眉を寄せる。

 

「ただ……そこは私も、すぐに“この人”って名前が出るわけじゃないのよね」

 

 カオルが顔を上げる。

 

「いないのか?」

 

「いないわけじゃない」

 カイエが言う。

「でも、探索用シミュレーションってなると話が変わる。ただ資格があるだけじゃ駄目だし、ただ知識があるだけでも足りない。閉鎖空間で長時間、パニックにならずに、必要な言葉を必要なタイミングで返せる人じゃないと困る」

 

「……難しいな」

 

「難しいわよ」

 カイエはあっさり言った。

「医療従事者も、システムエンジニアも、普段の業務の中では優秀な人はいる。でも、“探索”ってついた瞬間、適性が変わる」

 

 カオルは、腕を組んで少しだけ考えた。

 

「時間はあるのか」

 

「締切までは少しある」

 カイエが端末を確認しながら言う。

「でも、そんなに余裕があるわけじゃない。だから今日中に何人か候補に当たってみる」

 

「頼む」

 

「うん」

 カイエが頷く。

「なんとか探してみる」

 

 その言い方に、カオルは少しだけ眉を動かした。

 

「探してみる、か」

 

「何よ」

 

「珍しいな」

 カオルが言う。

「お前にしては歯切れが悪い」

 

 カイエは、ふっと小さく笑った。

 

「そりゃそうでしょ。今回のチーム、下手に空いてるところを雑に埋めたくないもの」

 

「……」

 

「せっかく、カオルがちゃんと考えてユアンとシンゴを出してきたんだから、私もそこは適当にしたくないの」

 

 その一言が、カオルには思ったより重く響いた。

 

「じゃあ、俺も一緒に考える」

 

「そうして」

 カイエが言う。

「医療従事者って言っても、救急の強い人なのか、長時間管理に強い人なのかで変わるし、システムエンジニアも、コックピット寄りなのか、船内環境の制御寄りなのかで全然違う」

 

「探索用なら、どっち寄りだと思う」

 

「両方いるのが理想」

 カイエが即答した。

「でも一人しか置けないなら、最終的には“カオルが今一番どこで詰まるか”で決めることになる」

 

 カオルは少しだけ目を細める。

 

「俺?」

 

「そう」

 カイエが言う。

「チームの中心は操縦士なんだから。その操縦士が何を苦手として、どこを補いたいか、それを軸にした方がいい」

 

「……」

 

「カオル、自分では何が足りないと思ってるの?」

 

 その問いに、カオルはすぐには答えなかった。

 

 自分の中で、思い当たるものはいくつもある。

 

 操縦はできる。

 技術的な対応も嫌いじゃない。

 だが、信頼。

 人に預けること。

 自分が全部背負わないこと。

 そういう部分は、まだ確かに弱い。

 

「多分」

 カオルがゆっくり言う。

「俺は、前を見すぎる」

 

 カイエは、その答えに小さく頷いた。

 

「うん。それは知ってる」

 

「だろうな」

 

「だから」

 カイエが言う。

「今回の医療とシステムは、“情報を持ってきて終わり”の人じゃなくて、カオルを一回止められる人の方がいい」

 

「止める?」

 

「そう」

 カイエが言う。

「“今それをやるより先に確認しろ”とか、“今の判断、もう一回言葉にしろ”とか、そういうのを言える人」

 

「嫌な役だな」

 

「必要な役よ」

 カイエが言う。

「あと、たぶんユアンとも張り合う」

 

「だろうな」

 

「だから、副操縦士とシステムエンジニアが両方プライド高いタイプだと、コックピットがうるさくなる。そこも見ないといけない」

 

「面倒だな」

 

「面倒よ」

 カイエが笑う。

「でも、そういう面倒くささを整理するのがチーム編成でしょ」

 

 

 少しの間、二人とも黙った。

 

 窓の向こうでは、小型船が一機ゆっくり滑走路へ向かっている。

 白い人工光に照らされた船体は静かだ。

 発着エリアの整備員達が、小さく忙しく動いているのが見える。

 

 カイエが、コーヒーを一口飲んでから言った。

 

「ねえ、カオル」

 

「何だ」

 

「ユアン、選んだのって、“張り合うから”だけじゃないでしょ」

 

 カオルは少しだけ視線をずらした。

 

「……何が言いたい」

 

「自分と似たところがある奴、嫌いじゃないでしょ」

 

「似てるか?」

 

「少なくとも」

 カイエが言う。

「プライドがあるのに、根っこが優しいところは似てる」

 

 カオルは、それをすぐには否定しなかった。

 

 否定できなかったと言った方が近い。

 

「シンゴを選んだのも」

 カイエが続ける。

「“足りない自分を知ってる”ってところを見たんでしょ」

 

「ああ」

 

「それって」

 カイエが少しだけ目を細める。

「今のカオルが、一番必要だと思ってるものでもあるんじゃないの」

 

 カオルは、缶コーヒーを持つ手に少し力を入れた。

 

 自分と似た強さ。

 自分にない柔らかさ。

 自分が欲しいバランス。

 

 それを言葉にされると、妙にむず痒い。

 

「……うるさい」

 

「図星ね」

 カイエが小さく笑う。

 

「別に、そこまで深く考えてない」

 

「考えてる顔してるわよ」

 

「お前な」

 

「何よ」

 カイエが肩をすくめる。

「でも、悪くないと思う。お前が“この二人なら連れていきたい”って思ったなら、それは大事でしょ」

 

 カオルは、それには小さく頷いた。

 

「そうかもな」

 

「そうよ」

 

 カイエはそこで、ふっと少しだけ柔らかい顔になる。

 

「じゃあ、私もちゃんと探す。医療従事者とシステムエンジニア。なんとか引っ張ってくるわ」

 

「言い方がひどい」

 

「事実でしょ」

 

「……否定はしない」

 

「素直でよろしい」

 カイエが言った。

 

 

 そこから二人は、候補者の細かい条件をもう少し詰めた。

 

 医療従事者には、応急処置だけではなく、閉鎖空間での体調管理とメンタルの揺れも見られる人。

 システムエンジニアには、数字だけでなく“今の情報をどうコックピットへ返すか”を考えられる人。

 

 追加一名は保留。

 六人の顔が揃ってから決める。

 

「じゃ」

 カイエが立ち上がる。

「私は人探し、始めるわ」

 

「ああ」

 カオルも立つ。

 

「ユアンとシンゴには今日中に声かけるんでしょ?」

 

「そのつもりだ」

 

「断られたら?」

 

「断らせない」

 

「言い方」

 カイエが笑った。

「でも、そういう自信は嫌いじゃない」

 

「そっちも」

 カオルが言う。

「医療とシステム、頼む」

 

「任せて」

 カイエが答える。

「……なんとか探してみる」

 

 その言い方は、さっきと同じだった。

 

 断言ではない。

 でも、投げてもいない。

 

 カオルは、その少し曖昧な言葉の中にある責任感を、ちゃんと感じ取っていた。

 

「期待してる」

 

「うん」

 カイエが頷く。

「期待されとく」

 

 そう言って歩き出す背中は、やっぱり頼もしかった。

 

 探索用シミュレーションのチーム編成は、まだ途中だ。

 でも、少なくとも最初の軸はもう出来ている。

 

 操縦士、カオル。

 副操縦士、ユアン。

 メカニック、シンゴ。

 コックピットコンディション、カイエ。

 

 残る二つ。

 そして最後の一人。

 

 足りないものを探していく作業は、きっと面倒で、難しくて、何度も考え直すことになるだろう。

 それでもカオルは、不思議と前向きだった。

 

 操縦だけで終わらないチーム。

 未知へ向かうための編成。

 

 それはたぶん、今の自分に一番必要なものなのだと、少しずつ分かり始めていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 医療従事者とシステムエンジニアをなんとか探してみる――。

 

 そう口にした時のカイエは、たしかに表情ひとつ変えなかった。

 副パーサーとして部下の前で弱気を見せるつもりもなかったし、カオルに「無理かもしれない」などと先に言うのも違うと思っていたからだ。

 

 けれど、休憩スペースを離れてからのカイエは、珍しく本気で頭を悩ませていた。

 

 宇宙管理局の探索用シミュレーション。

 ただ人を揃えればいいだけなら、やりようはいくらでもある。

 資格を持っている者、知識がある者、手を挙げそうな者を探せばいい。

 

 だが、今回は違う。

 

 探索用。

 閉鎖空間。

 限られた人数。

 役割の重さ。

 そして何より、操縦士がカオルであること。

 

 カオルは、まだ若い。

 腕は確かだ。むしろ、同世代どころか社内で見ても抜きん出ている。

 けれど、そのまっすぐさは時に前のめりにもなる。

 だからこそ、周囲を固める人材は重要だった。

 

「……困った」

 

 誰もいない通路の角を曲がったところで、カイエは小さく呟いた。

 

 珍しく、ほんの少しだけ眉間に皺が寄る。

 

 医療従事者。

 システムエンジニア。

 

 この二つが難しい。

 

 医療なら資格持ちはいる。

 だが、探索用シミュレーションに向くかと問われれば別だ。

 システムエンジニアもそうだ。

 端末が扱える、監視ができる、エラーコードを読める――それだけでは足りない。

 コックピットにいる操縦士と副操縦士へ、どう情報を返すか。

 混乱を増やさず、必要なものだけ渡せるか。

 そこまで出来る者となると、一気に候補が絞られる。

 

 カイエは、廊下の窓に映る自分の顔をちらりと見た。

 

「こんな顔、久しぶりね」

 

 自分で言って、自分で苦笑する。

 

 その時だった。

 

「珍しく悩んでるのね」

 

 後ろから、少しやわらかい声が飛んできた。

 

 振り返ると、エマとククルが立っていた。

 

 エマは落ち着いた表情のまま、手に端末を持っている。

 ククルは相変わらず明るい顔で、でもカイエの様子をちゃんと見ていた。

 

「何してんの、こんな所で立ち止まって」

 ククルが言う。

「カイエが悩んでる顔、ちょっとレアじゃない?」

 

「うるさいわね」

 カイエが言う。

「悩む時くらいあるわよ」

 

「へぇー、あるんだ」

 ククルがわざとらしく言う。

 

「あるわよ」

 カイエは即答した。

「何だと思ってるの」

 

「何でも自分で片づける人」

 

「それはだいたい合ってる」

 

 エマが、そんな二人のやり取りを見ながら小さく笑った。

 

「それで、何に悩んでるの?」

 

 カイエは、一瞬だけ考えた。

 

 別に隠す話でもない。

 それに、こういう時は案外、外から見た方が名前が出ることもある。

 

「探索用シミュレーションのメンバー」

 カイエが言う。

「カオルのチームの」

 

「へぇ」

 ククルが目を少し丸くする。

「もうそんな話進んでるんだ」

 

「進んでるっていうか、進めないと締切に間に合わないのよ」

 カイエがため息混じりに言う。

「操縦士はカオル。副操縦士はユアン。メカニックはシンゴ。コックピットコンディションは私。そこまでは固まった」

 

 エマが、そこで少しだけ目を細めた。

 

「シンゴって、あのシンゴ?」

 

「そう」

 カイエが頷く。

「サヴァイヴで一緒だった、あのシンゴ。今はメカニックを勉強してるって」

 

「……そっか」

 エマが、少しだけ感慨深そうに呟く。

 

 ククルも「へぇ」と言いながら、興味深そうに続けた。

 

「なんかいいじゃん。そういうの、サヴァイヴで一緒だった子が、今はメカニックとして一緒にチーム組むって」

 

「まだ組めるかどうかは、本人の返事次第だけどね」

 カイエが言う。

 

「で、悩んでるのはそこじゃないんでしょ?」

 エマが本題へ戻す。

 

「そう」

 カイエが短く答えた。

「医療従事者とシステムエンジニア、そこが当てはない」

 

 ククルが、あー、と声を漏らした。

 

「そっか、そこ難しいね」

 

「難しいのよ」

 カイエが言う。

「ただ資格持ってるだけじゃ駄目だし、探索用ってなると、“未知のトラブルでも潰れない人”が欲しい、しかもカオルのチームでしょ。ちゃんと止められる人が必要なの」

 

「止められる人?」

 ククルが聞く。

 

「そう」

 カイエが頷く。

「前しか見なくなった時に、“一回戻れ”って言える人」

 

 その言い方に、エマは少しだけ頷いた。

 

「……ああ、それは必要そう」

 

「でしょ」

 カイエが言う。

「でも、医療とシステムって、そういう人を思い浮かべようとすると、急に難しくなるのよ」

 

 ククルは腕を組んだ。

 

「うーん……」

「医療ねぇ」

 

 エマも端末を見ながら考え込む。

 

「システムエンジニア……私達の周りだと、あんまり深く接点ないものね」

 

「そうなのよ」

 カイエが言う。

「せいぜい顔を知ってるくらい。それで探索用に引っ張るのは、ちょっと無責任でしょ」

 

「分かる」

 ククルが頷く。

「“知ってる人”と、“一緒に閉鎖空間に入って大丈夫な人”って全然違うもん」

 

「そう」

 カイエが言う。

「そこが一番面倒なのよ」

 

 ククルは、しばらく考えたあと、素直に言った。

 

「ごめん、私は心当たりないかも」

 

「私も」

 エマが続ける。

「医療従事者の知り合いはいるけど、探索用に向いてるかって聞かれると自信ない」

 

 カイエは、それを聞いても落胆はしなかった。

 むしろ予想通りだった。

 

「やっぱりそうよね」

 

「役に立てなくてごめん」

 エマが言う。

 

「別に謝らなくていいわよ」

 カイエが肩をすくめる。

「私も、自分で言ってて“難しいな”って思ってたもの」

 

 ククルが、そこでカイエの顔を覗き込む。

 

「どうするの?このまま社内総当たり?」

 

「……」

 カイエは少しだけ視線を落とした。

 

「それも考えたけど、時間がかかりすぎる」

 

「だよね」

 ククルが言う。

「じゃあ、誰かに聞くとか?」

 

「誰か、ねぇ……」

 

 その時、カイエの頭の中に、ふっと一人の顔が浮かんだ。

 

 顔というより、声とテンポかもしれない。

 

 軽い口調。

 妙に広い顔。

 図々しいくらいに人脈があって、しかも面倒な時ほど楽しそうに動く人。

 

「……仕方ない」

 

 カイエがそう呟くと、エマとククルが同時に顔を上げた。

 

「何か思いついた?」

 エマが聞く。

 

「思いついたっていうか」

 カイエは小さくため息を吐いた。

「頼れる相手が、一人だけいる」

 

「へぇ」

 ククルがにやっとする。

「その顔、絶対ちょっと面倒な相手だ」

 

「面倒よ」

 カイエが即答した。

「でも、こういう時に一番強い」

 

 そう言って、カイエは端末を取り出した。

 

 

 その“ある人物”に呼び出された場所は、コロニーロカA2のエアポート、ソーラ・デッラ・ルーナにある回転寿司だった。

 

 宇宙港の中にある回転寿司というのも妙な話だが、ソーラ・デッラ・ルーナはもともと商業色が強い。

 発着客や出張組、宇宙管理局の出入りも多く、空港施設内の飲食店はどこも妙に充実している。

 

 その中でもこの回転寿司は、価格帯のわりにネタが良くて、回転寿司なのに妙に落ち着くと評判だった。

 

 カイエが店の暖簾をくぐると、すぐに聞き慣れた声が飛んできた。

 

「こっちこっちー!」

 

 見ると、奥のボックス席にペルシアが座っていた。

 その向かいにはエリンもいる。

 テーブルの上にはすでに数皿の寿司皿と、湯呑み、あら汁、そしてペルシアの横にはなぜか枝豆の小皿まであった。

 

 カイエは、少しだけ肩の力を抜きながら近づく。

 

「お久しぶりです」

 

「久しぶりだね」

 ペルシアが笑う。

 

「久しぶり、カイエ」

 エリンも穏やかに言った。

 

 カイエは席に着きながら、二人を交互に見る。

 

「……なんでエリンさんも、ここにいるんですか」

 

「私は」

 エリンが湯呑みを置きながら言う。

「こないだの運航でお世話になった社長から、スペースホープでまた仕事をもらったの。その打ち合わせでこっちに来てたら、ペルシアに誘われてね」

 

「へぇ」

 カイエが言う。

「相変わらず忙しそうですね」

 

「人のこと言える?」

 ペルシアが笑う。

「で、何よ。“ちょっと相談したいことがある”なんて、カイエがわざわざ呼び出すなんて珍しいじゃない」

 

「そうね」

 エリンも頷く。

「カイエって、自分で何とかしちゃう印象があるもの」

 

 カイエは、その言葉に少しだけ苦笑した。

 

「そう出来るなら、そうしたかったんですけど」

 

「へぇー」

 ペルシアが面白そうに身を乗り出す。

「じゃあ本当に困ってるんだ」

 

「言い方」

 カイエが言う。

「まあ、困ってるのは事実です」

 

「何に?」

 エリンが聞く。

 

 カイエは、そこで探索用シミュレーションの話を最初から説明した。

 

 宇宙管理局が行う探索用のシミュレーション。

 役割構成。

 会社として何チームか出すこと。

 その中でカオルが一チームを任されること。

 そして今のところ決まっているメンバー。

 

「操縦士がカオル。副操縦士がユアン。メカニックがシンゴ。コックピットコンディションが私。そこまでは決まったんです」

 

 ペルシアが、そこで箸を止めた。

 

「シンゴ?サヴァイヴの?」

 

「そうです」

 カイエが頷く。

 

「へぇ……」

 エリンが少しだけ目を細める。

「それは、ちょっと見てみたい組み合わせね」

 

「ね!」

 ペルシアがすぐに言う。

「なんか面白そう。カオルとユアンが張り合って、シンゴが困って、カイエが止めるのかな」

 

「だいたい合ってる気がします」

 カイエが真顔で返した。

 

 その反応に、二人が揃って笑う。

 

「でも」

 カイエが続ける。

「医療従事者とシステムエンジニアが決まらないんです」

 

「なるほど」

 エリンが頷いた。

 

「探索用ってなると、ただ資格があるだけじゃ足りない。閉鎖空間で、未知のトラブルが起きても崩れない人がほしい。しかも、カオルをちゃんと止められる人」

 

「それは大事だね」

 ペルシアが言う。

 

「ええ」

 エリンも同意した。

「カオルって、前を見始めると一気に行きそうだもの」

 

「そうなんです」

 カイエが息を吐く。

「だから雑に決めたくないんですけど、社内だと心当たりも薄くて」

 

 ペルシアとエリンは、その話を聞いてそれぞれに小さく頷いた。

 

「なるほどね」

 ペルシアが言う。

 

「事情は分かったわ」

 エリンも言う。

 

 そして、エリンは少しだけ遠くを見るような目で言った。

 

「ちなみに、スペースホープは今回の探索用シミュレーション、見送ることにしたの」

 

「そうなんですか?」

 カイエが聞く。

 

「ええ」

 エリンが頷く。

「宇宙海賊の件もあったし、今はまず、運航体制と人員の方を詰める必要があるって判断になった」

 

「まあ、妥当ね」

 ペルシアが言う。

「今のスペースホープは、見せ場より土台でしょ」

 

「そういうこと」

 エリンが言う。

「だから今回は見送る。でも、ハワードの方は出せるなら出した方がいいと思う」

 

「ええ」

 カイエが頷く。

「だからこそ、ちゃんと揃えたくて」

 

 そこで、カイエはペルシアへ視線を向けた。

 

「それで……システムエンジニア、頼めませんか」

 

 その言葉に、ペルシアは目を瞬かせた。

 

「私に?」

 

「ええ」

 カイエが言う。

「正直、社内で当たりがないなら、こっちの方が早いかなって、宇宙管理局側で、実力があって、しかも探索用に向いてそうな人、知ってるでしょう?」

 

 ペルシアは、数秒だけ黙っていた。

 それから、口元をゆっくり持ち上げる。

 

「しょうがないなぁ」

 

「その顔、絶対嬉しいやつですね」

 カイエが言う。

 

「うるさい」

 ペルシアが笑う。

「でも、まあ、いいわ。ちょうど一人、顔が浮かんだし」

 

 そう言って、すぐに端末を取り出した。

 

「ナミ?」

 ペルシアが端末へ向かって言う。

「こっちに来れる?」

 

 その言い方はあまりにも唐突だった。

 

 カイエが思わず聞く。

 

「今からですか?」

 

「今からよ」

 ペルシアが言う。

「こういうのは勢い。それに、ナミならロカA2にいるし」

 

「ナミって、あのナミさんですか?」

 カイエが聞く。

 

「そう」

 ペルシアが頷く。

「宇宙管理局のナミ。システム寄りで頭いいし、現場も知ってるし、変に気負わない。今回の探索用にはちょうどいいと思うわ」

 

 端末の向こうで、何やら返事があったらしい。

 ペルシアは少しだけ口元を緩める。

 

「うん、そうそう。ちょっと相談。ソーラ・デッラ・ルーナの回転寿司。お寿司奢るから」

 

 その最後の一言で、カイエは思わず吹き出しそうになった。

 

「そこ、そうやって釣るんですね」

 

「釣るんじゃないの」

 ペルシアが言う。

「背中を押してあげてるだけ」

 

「便利な言葉ね」

 エリンが小さく笑った。

 

 

 それからしばらくして。

 

 回転寿司の店内に、少し急ぎ足の女性が入ってきた。

 

 宇宙管理局の制服に近いきっちりした格好。

 髪をまとめ、端末を片手に、状況を把握する前から若干“巻き込まれた”顔をしている。

 

「ナミ、こっち」

 

 ペルシアが手を上げる。

 

 ナミは、その声の方へ歩いてきたが、テーブルの顔ぶれを見た瞬間にほんの少しだけ目を細めた。

 

「……なんとなく嫌な予感はしてたんですけど」

 

「失礼ね」

 ペルシアが言う。

 

「だって、ペルシアさんから“今すぐ来れる?”って言われた時点で、ろくな話じゃないと思うじゃないですか」

 

「それは偏見」

 ペルシアが言う。

 

「経験則です」

 ナミは即答した。

 

 エリンが、向かいから小さく手を振る。

 

「久しぶりね、ナミ」

 

「お久しぶりです、エリンさん」

 ナミは少しだけ表情をやわらげた。

 

 それから、カイエの方を見て軽く会釈する。

 

「初めまして、ハワード財閥の旅行会社のカイエさんですよね」

 

「ええ、どうも」

 カイエも頭を下げる。

「急にすみません」

 

「話は?」

 ナミがペルシアを見る。

 

 ペルシアは、そこで満面の笑みを浮かべた。

 

「あんた参加しなさい」

 

「は?」

 

 ナミの表情が固まる。

 

「探索用シミュレーション」

 ペルシアが言う。

「カオルのチームに、システムエンジニアとして入って」

 

「いや、待ってください」

 ナミが言う。

「話が一気に飛びすぎてません?」

 

「飛んでないわよ」

 ペルシアが言う。

「カイエが困ってる、人が足りない、あんたは実力がある。経験にもなる。ほら、完璧」

 

「完璧じゃないです」

 ナミが即答した。

「私、宇宙管理局ですよ?」

 

「だからいいのよ」

 ペルシアが言う。

「管理局の人材育成も兼ねてるんだから」

 

「でも、企業側のチームですよね?」

 

「そうよ」

 ペルシアはまったく悪びれない。

「その方が面白いじゃない」

 

「最後の一言、本音ですよね?」

 

「もちろん」

 

 ナミは、額を押さえた。

 

「もー……」

 

 カイエは、そのやり取りを見ながら、少しだけ驚いていた。

 ペルシアが口の上手い人だとは知っていた。

 だが、ここまで真正面から“参加しなさい”と言い切るとは思っていなかった。

 

「ナミさん」

 カイエが、ここで口を挟む。

「もちろん、無理にとは言いません。ただ……探索用で、システムを見ながら現場の空気も分かる人が欲しいんです。それで、ペルシアさんに相談したら、真っ先に名前が出たのがナミさんでした」

 

 ナミは、その言葉に少しだけ黙った。

 

「真っ先に?」

 少しだけ声がやわらぐ。

 

「ええ」

 カイエが頷く。

「私達だけでは探せなくて、でも、雑に入れたくもなくて」

 

 ナミは、今度はエリンを見る。

 

 エリンは、いつもの穏やかな顔で言った。

 

「適任だと思うわよ。ナミなら、数字を読むだけじゃなくて、そこから先も返せるでしょう?」

 

 その言葉に、ナミの肩から少しだけ力が抜けた。

 

「……それ、断りにくいです」

 

「断ってもいいわよ?」

 ペルシアが言う。

「その代わり、私はしばらく“ナミって意外と守りに入るのねー”って言い続けるけど」

 

「言い方」

 ナミが呆れる。

 

「でも」

 ペルシアが続ける。

「経験にはなるわよ。管理局にいるだけじゃ見えないものもあるし、企業側の操縦士と組むの、結構面白いと思う」

 

 ナミは、それにはすぐには返事をしなかった。

 

 けれど、その沈黙は“嫌です”のものではない。

 ちゃんと考えている時の沈黙だ。

 

 そして数秒後、小さく息を吐く。

 

「……分かりました」

 

 カイエが、思わず少しだけ前のめりになる。

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 ナミが頷く。

「そこまで言われたら。ただ、正式な調整は必要ですよ。宇宙管理局側の許可も、ハワード側の登録も」

 

「そこは私がやる」

 ペルシアが即答した。

 

「やっぱりそこまでセットなんですね……」

 

「当然よ」

 ペルシアが胸を張る。

「私は出来る女だから」

 

「自分で言うんですね」

 カイエが少しだけ笑った。

 

 

 システムエンジニアは決まった。

 

 それだけで、カイエの胸のつかえがかなり軽くなる。

 

 だが、もう一つ残っている。

 

 医療従事者。

 

 そのことを口にしようとした時、エリンが先に言った。

 

「医療従事者ならね」

 

 カイエが顔を上げる。

 

「はい」

 

「タツヤ班長に聞いてみるといいよ」

 

「タツヤ班長?」

 カイエが少しだけ目を瞬かせる。

 

「ええ」

 エリンが頷く。

「班長、顔広いし、何より、現場で“誰がどういう時に潰れないか”を見るのが上手いの。医療資格を持ってる人そのものじゃなくても、そこへ繋げてくれると思う」

 

 ペルシアがすぐに補足する。

 

「それに、あの人、何だかんだで“探索”って響きに嫌いじゃない顔するわよ。表では面倒そうにしててもタツヤ班長って、人を選ぶ時の勘、かなり正確ですよね」

 

「そうなのよ」

 エリンが言う。

「だから“誰か知らない?”って聞くだけでも違うと思う」

 

 カイエは、その助言を聞いて静かに息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

「どう?」

 エリンが聞く。

 

「正直」

 カイエが小さく笑った。

「最初からここに来ればよかったです」

 

「でしょ?」

 ペルシアが言う。

「困った時は年上を頼りなさい」

 

「年上だからじゃなくて」

 エリンが言う。

「ペルシアだからでしょ」

 

「何よ、それ」

 ペルシアが少しだけ嬉しそうに言う。

 

 カイエは、その二人のやり取りを見ながら思った。

 

 やっぱり、顔が広いというのは強い。

 しかも、ただ広いだけじゃない。

 ちゃんと人の性質まで見た上で名前が出てくる。

 

「ありがとうございます」

 カイエが言った。

 

「まだ早いわよ」

 ペルシアが寿司をひとつ摘まみながら言う。

「タツヤ元班長が首を縦に振ってくれるかは別だし」

 

「でも方向は見えたでしょ」

 エリンが言う。

 

「はい」

 カイエは、今度ははっきり頷いた。

「かなり」

 

 ナミが、そこで少しだけ身を乗り出す。

 

「じゃあ、顔合わせはいつ頃になりそうですか?」

 

「それを今から詰めるつもり」

 カイエが答える。

「ユアンとシンゴにも正式に声をかけて、タツヤ班長にも当たって、そこで医療が見えたら、一気にまとめます」

 

「大変そう」

 ペルシアが言う。

 

「大変です」

 カイエが真顔で返した。

 

「でも、顔はさっきよりマシ」

 エリンが少し笑う。

 

 カイエは、その言葉に少しだけ口元をゆるめた。

 

「ええ、来た時よりは、だいぶ」

 

「よかった」

 エリンが言う。

 

 回転寿司の店内では、レーンを流れる皿が静かに回っていた。

 赤身。

 サーモン。

 玉子。

 いか。

 軍艦。

 その中で、カイエの胸の中の焦りだけが、少しずつ静まっていく。

 

 探索用シミュレーションは、まだ始まっていない。

 でも、チームの輪郭はもう見え始めている。

 

 カオル。

 ユアン。

 シンゴ。

 カイエ。

 ナミ。

 そして、これから探す医療従事者。

 最後の一人も、きっと見つかる。

 

 カイエは、そう思えた。

 

「じゃあ」

 ペルシアが湯呑みを持ち上げる。

「とりあえず、システムエンジニア確保祝い?」

 

「まだ確保された自覚ないんですけど」

 ナミが言う。

 

「今ついたわよ」

 ペルシアが笑う。

 

「強引だなぁ」

 ナミがため息を吐く。

 

 エリンがくすっと笑う。

 

「でも、頼りにしてるわよ」

 

 ナミは、その言葉に少しだけ肩をすくめた。

 

「……そう言われると、まあ、やるしかないですね」

 

 カイエは、そのやり取りを見ながら、小さく頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 ナミが返す。

 

 そしてカイエは、心の中で次にやることを整理した。

 

 タツヤ班長に連絡する。

 ユアンへ正式に声をかける。

 シンゴにも。

 六人が揃えば、次は追加一名。

 

 まだ忙しい。

 でも、さっきまでの“当てもない”感覚はもうなかった。

 

 仕方ない、と電話をかけた先にいたのは、やっぱり頼れる人達だったのだ。

 

 

ーーーー

 

 

 

 次の日。

 

 ハワード財閥の旅行会社、宇宙事業部の朝はいつも通りに始まっていたが、カイエの頭の中は探索用シミュレーションのことばかりだった。

 

 操縦士はカオル。

 副操縦士はユアン。

 メカニックはシンゴ。

 コックピットコンディションは自分。

 そして昨日、ペルシアの口車――もとい、人脈によってシステムエンジニアとして宇宙管理局のナミが参加してくれる流れになった。

 

 問題は、残り一人。

 

 医療従事者だ。

 

 医療資格を持っている人間は探せばいる。

 だが、探索用シミュレーションに必要なのは、ただ資格があるだけの人材ではない。

 閉鎖空間。

 長時間の拘束。

 未探索領域を想定した、いつ何が起きるか分からない状況。

 そんな中でも落ち着いていられて、必要ならば前にも出られる人間。

 

 昨日、エリンに言われた言葉を思い出す。

 

 ――医療従事者なら、タツヤ班長に聞いてみるといいよ。

 

「……そうだよね」

 

 カイエは小さく呟き、端末を取り出した。

 

 タツヤ班長。

 

 今はもうハワード財閥の旅行会社にも、宇宙管理局にもいない。

 宇宙を使った民間配送業に移って、荷物を運びながら気ままに働いていると聞いていた。

 それでも、顔は広い。

 現場を知っている。

 そして何より、“使える人材”を見抜く目に関しては、今でも信用していた。

 

 カイエは少しだけ息を吐いてから、連絡先を開いて発信した。

 

 数コール。

 

『はーい、もしもし〜?』

 

 気の抜けるような、それでいて耳に馴染んだ声だった。

 

「お久しぶりです、班長」

 

『カイエかぁ。久しぶりだねぇ』

 

 その声の向こうには、微かに車体の振動音のようなものが混じっていた。

 遠くで荷台が閉まるような金属音も聞こえる。

 

「今、お仕事中でしたか?」

 

『うん、まぁねぇ。ちょうど今、荷物下ろし終わったとこだよ。民間の配送業ってのも案外悪くないねぇ。気楽でいいよ』

 

「相変わらずですね」

 

『俺、わりと真面目に働いてるよ?』

 

「その口調で言われると説得力がないです」

 

『ひどいな。でも、まぁ、そうかもねぇ』

 

 電話の向こうで、タツヤがへらっと笑った気配がした。

 

『それで? カイエから電話なんて珍しいな。何かあったのか?』

 

「はい」

 カイエは、そこで声を少し改めた。

「宇宙管理局がやる探索用シミュレーションの件で」

 

『あぁ〜、あれか。なんか色んなとこに話回ってるみたいだね』

 

「ご存知なんですか?」

 

『そりゃあねぇ。今は民間配送やってるけど、顔見知りはまだそこらじゅうにいるからさ。“また面倒そうなこと始めるねぇ”って話は聞いたよ』

 

 その言い方に、カイエは少しだけ苦笑した。

 

「面倒そう、は合ってます」

 

『だろうね。で、カイエはそれに出るの?』

 

「はい。うちの会社から何チームか出すんですが、そのうちの一つで、操縦士はカオル、副操縦士はユアン、メカニックはシンゴ、コックピットコンディションは私、システムエンジニアは宇宙管理局のナミさんが参加してくれる流れです」

 

 そこまで一気に言うと、タツヤは一瞬だけ黙った。

 

『へぇ〜』

 

 軽い。

 だが、カイエには分かる。

 今の“へぇ〜”は、ちゃんと頭の中で並べている時の声だ。

 

『で、足りないのは?』

 

「医療従事者です」

 

 その瞬間、タツヤの声が少しだけ落ち着いた。

 

『あぁ、そこね』

 

「はい」

 カイエは、自然と背筋を伸ばしていた。

「ただ資格があるだけじゃなくて、探索用に向く人がほしいんです。未知のトラブルが起きても崩れないで、必要なら前にも出られる人材を」

 

『なるほどね。そういうことなら、いるにはいるけど』

 

 あまりにもあっさり言われて、カイエの方が一瞬止まった。

 

「……いるんですか?」

 

『元宇宙ハンターで、今は暇してるやつがいるんだよ』

 

「元宇宙ハンター?」

 

『そうそう。名前はキャット』

 

 カイエは、反射的に端末のメモ機能を開いた。

 

「キャット……」

 

『マイペースでね、ちょっと大人っぽい喋り方する子。落ち着いてるっていうか、何考えてるか分かりにくいっていうか、でも、腕はいい』

 

「医療資格を持ってるんですか?」

 

『持ってるよ。それだけじゃなくて、操縦もできる。現場慣れしてるから応急処置も早い、ただ……』

 

 タツヤは、そこで少しだけ声を引いた。

 

『扱いが難しいから、気をつけた方がいいかな』

 

「やっぱり何かあるんですね」

 

『そりゃあるさ。何でも出来るやつって、だいたいどっか変だもん』

 

「班長が言うと妙に説得力ありますね」

 

『だろ。いや、俺はそんなに変じゃないけどね』

 

「そういう話じゃありません」

 

 カイエがぴしゃりと返すと、タツヤはまた楽しそうに笑った。

 

『キャットはね、誰に対しても自分のペースが変わんないんだよ。急かされても急がないし、怒られても“そうかしら”って顔してるし、褒められてもあんまり浮かれない。だから、真面目な子ほど最初はちょっとイラッとするかもね』

 

 カイエは、その人物像を頭の中に描こうとした。

 

 マイペース。

 大人っぽい口調。

 操縦もできて、医療資格も持っている。

 元宇宙ハンター。

 そして扱いが難しい。

 

 なるほど、たしかに“癖は強そう”だ。

 

「でも、探索用には向いてるってことですか」

 

『向いてると思うよ。だって、周りがバタついてもあの子は勝手に落ち着いてるし、未知のことにもわりと強い。ハンターなんて、毎回“予定外”が前提みたいな仕事だからさ』

 

 その言葉に、カイエはゆっくり頷いた。

 

 たしかに、探索用シミュレーションで一番怖いのは、想定外が出た時に人が崩れることだ。

 そして今のチームは、優秀ではあるが、癖の強い面々も混じっている。

 

 カオルは前へ出る。

 ユアンは張り合う。

 シンゴは考え込みやすい。

 ナミは抱え込みそうだ。

 そこに、自分のペースを崩さない人間が一人入るのは、悪くない。

 

「その人、今どこに?」

 

『たぶん火星にいるよ。あの子、定期的に移動してるし』

 

「ふわっとしてますね、居場所が」

 

『あの子はそんなもん。でも連絡はつくと思うよ』

 

 タツヤは、少しだけ声を和らげた。

 

『カイエから声かけるといいんじゃない』

 

「私から?」

 

『うん。真面目に頼まれるの、あの子そんなに嫌いじゃないと思う。変に偉そうにされたり、便利屋みたいに扱われるのは嫌うけどね』

 

 その言い方に、カイエは少しだけ目を細めた。

 

「……なるほど」

 

『だから、最初から急かしたり、“ちゃんとして”って詰めたりしない方がいいよ。ちゃんと話して、ちゃんと頼む。そうすれば、わりと乗ると思う』

 

「分かりました」

 

『あとね。見た目とか口調に騙されないこと』

 

「どういう意味ですか」

 

『落ち着いて見えるけど、気分屋。でも本気で仕事すると強い。そういう子』

 

 カイエは、そこでようやく少し息を吐いた。

 

 癖は強い。

 でも、必要な人材ではある。

 少なくとも、今の自分にはそう思えた。

 

「ありがとうございます、班長。助かりました」

 

『いいよいいよ。たまには元上司らしいことしないとね』

 

「たまに、なんですね」

 

『いつもやってるつもりなんだけどな』

 

「そのつもりなのが一番怖いです」

 

 タツヤが、また電話の向こうで笑う。

 

『でも、これで一応、人数は見えたでしょ?』

 

「はい」

 カイエは頷いた。

「とりあえず、揃ったと思います」

 

『うんうん。面白いチームになりそうじゃないか』

 

「面白い、ですか」

 

『うん。探索用には、むしろそのくらいの方がいいよ』

 

 その見立てに、カイエは少しだけ安心した。

 

 タツヤ班長は、いつも口調は軽い。

 だが、人の組み合わせを見る時の勘は昔から鋭かった。

 

「連絡先、送ってもらえますか」

 

『もちろん、後で投げとくね』

 

「お願いします」

 

『それと』

 タツヤが、最後に少しだけ声を落とした。

 

『カイエ』

 

「はい」

 

『そのチーム、たぶん操縦の腕だけじゃ勝てないからね。空気、ちゃんと見ときなよ』

 

 その言葉に、カイエは一瞬だけ黙った。

 

 やっぱり、この人はふざけているだけじゃない。

 肝心なところだけは、ちゃんと真ん中を射抜いてくる。

 

「……はい」

 

『うん、それでいい。じゃ、俺も次の荷物あるから、そろそろ行くね』

 

「お仕事、頑張ってください」

 

『そっちもね。キャット、捕まえたらまた教えて』

 

「はい。ありがとうございました、班長」

 

『またね』

 

 通話が切れた。

 

 

 カイエは、しばらく端末を見たまま立っていた。

 

 昨日までは、医療従事者のところだけぽっかり穴が空いている感覚だった。

 それが今、ようやく形になり始めている。

 

 キャット。

 

 元宇宙ハンター。

 操縦もできる。

 医療資格も持っている。

 ただし扱いは難しい。

 

「……いかにも、探索用って感じね」

 

 カイエは小さく呟いた。

 

 その時、端末が短く震えた。

 タツヤからメッセージが届く。

 

 キャット・レーン

 

「どんな人だろう……」

 

 そう言いながらも、カイエの顔には少しだけ笑みがあった。

 

 とりあえず、人数は揃った。

 もちろん、キャット本人が受けるかどうかはまだこれからだ。

 だが、昨日までの“どうしようもない穴”はもうない。

 

 カオル。

 ユアン。

 シンゴ。

 ナミ。

 自分。

 そしてキャット。

 

 これで六人。

 

 追加一名は、顔が揃ってから考えればいい。

 

 カイエは、そこでようやく肩の力を抜いた。

 

「よし」

 

 短く呟いて、今度はキャットの連絡先を開く。

 

 ――はじめまして。ハワード財閥の旅行会社のカイエです。

 ――タツヤ班長に連絡先を伺いました。

 ――宇宙管理局の探索用シミュレーションの件で、一度お話ししたいです。

 

 送信。

 

 画面を閉じながら、カイエは小さく息を吐いた。

 

「……とりあえず、人数は揃ったわね」

 

 誰に言うでもなく呟いたその声は、昨日までよりずっと軽かった。

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