サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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第18話

朝の風が木々を揺らし、爽やかな香りを運んでくる。

 夜明け前の空は淡く、東の空がゆっくりと金色に染まり始めていた。

 

 ルナは“みんなの家”の外に出て、静かに深呼吸をした。

 まだ身体の節々に少し痛みが残るけれど、心の中は驚くほど澄み切っている。

 昨夜、みんなが大陸に渡ると決めた――その瞬間を思い返しながら、

 彼女の胸には、ほんの少しの不安と、大きな希望があった。

 

 「……起きてたのか」

 

 背後から声がした。

 振り返ると、リュウジが木陰から歩いてきた。

 まだ寝巻き姿のまま、頭をかきながら小さくあくびをしている。

 

 「おはよう、相変わらず早起きだね」

 ルナが笑うと、リュウジは肩をすくめた。

 「風の音で目が覚めただけだ。……それに、寝つけなかった」

 

 ルナは彼の隣に立ち、同じように空を見上げた。

 金色の光が海の端からゆっくりと差し込み、波が静かにきらめく。

 

 「みんな、変わったね」

 ルナの声は、少しだけ震えていた。

 「前は……あんなふうにバラバラだったのに」

 

 「お前が変えたんだ」

 リュウジは即座に言った。

 その声には、静かな確信がこもっている。

 「お前が信じたから、あいつらも信じた。……自分たちを、未来を」

 

 ルナは少しだけ笑い、足元の砂を見つめた。

 「私……怖かったんだよ。

  また誰かを失うんじゃないかって。

  だから動いた。考えるより先に」

 

 「分かるさ」

 リュウジは短く言って、朝日を見た。

 「俺もあの時――逃げられなかった。

  戦って、傷ついて……それでも動いたのは、多分同じ理由だ」

 

 ルナは彼を見つめた。

 その表情は真剣で、だけどどこか柔らかい。

 

 「ねえ、リュウジ」

 「ん?」

 「あなたは……もう苦しんでない?」

 

 リュウジは一瞬、言葉を詰まらせた。

 燃える遺跡、悲劇のフライト、ブリンドーとの戦い。

 それらの影が、ほんの一瞬、瞳の奥に揺らいだ。

 

 「……多分な」

 彼は小さく息を吐いた。

 「全部終わったわけじゃない。けど――

  今は、生きてる実感がある」

 

 ルナはそっと微笑んだ。

 「それでいいと思う。

  “生きてる”って思えるだけで、きっと前に進める」

 

 「そうだな」

 リュウジは少しだけ笑みを返す。

 風が二人の髪を揺らし、静寂が優しく包み込む。

 

 「なあ、ルナ」

 「なに?」

 「お前、また大変な道を選ぶな」

 

 ルナは少し首を傾げ、笑って答えた。

 「だって……みんなで帰るって、約束したから」

 

 「……そうか」

 リュウジの口元に、穏やかな笑みが浮かんだ。

 「なら、俺も行くしかないな」

 

 「無茶はしないでね」

 「ルナに言われたくないけどな」

 

 二人の笑い声が朝の空に溶けていく。

 それは、長い戦いを越えてようやく訪れた――穏やかな時間。

 

 ルナは立ち上がり、朝日を背に振り返った。

 「行こう、リュウジ。みんなのところへ」

 

 「ああ」

 リュウジも立ち上がり、歩き出す。

 

 彼らの背中を、朝の光が照らしていた。

 その光は、まるで“新しい旅立ち”を祝福するように輝いていた。

 

⬜︎

 

昼下がりの“みんなの家”に、穏やかな潮風が吹き込んでいた。

 ルナはポルトの部屋をそっと覗いた。

 壁際のベッドに腰を掛けたポルトは、まだ左腕に包帯を巻いていたが、

 それでもいつものように、工具や紙を広げて何かを書き込んでいた。

 

 「ポルトさん、少しいいですか?」

 ルナの声に、ポルトが顔を上げる。

 「おお、ルナか。もう具合はええのかの?」

 

 ルナはうなずいた。

 「はい、もう大丈夫です」

 そして、少しだけ息を整えながら言葉を続けた。

 「私たち……大陸に向かおうと思うんです」

 

 ポルトの手が止まった。

 小さな音を立てて、鉛筆が紙の上を転がる。

 

 「……なんと?」

 ゆっくりとした声だった。

 「本気で言うとるのか、ルナ」

 

 「はい」

 ルナは真っすぐにポルトを見た。

 「宇宙船を失っても、まだ“帰る道”はあるはずです。

  この星のどこかに、メインコンピュータが残っているなら……

  きっと、そこに何か手がかりがある」

 

 ポルトはしばらく黙っていた。

 その目はルナの決意を探るように細められ、

 やがて、穏やかな笑みが口元に浮かんだ。

 

 「……まったく、おぬしという子は……」

 「え?」

 「ほんとに、ルナは風のような娘じゃ。止まらん。

  たとえ嵐の中でも、前へ進む」

 

 ルナは少し恥ずかしそうに笑った。

 「でも、私は一人じゃありません。

  みんながいるから、進めるんです」

 

 ポルトは深く息を吐き、少し視線を落とした。

 「……大陸までは遠い。

  海流の向きも分からん、天候も読めん。

  下手をすれば、途中で命を落とす。

  それでも行くと言うのか?」

 

 ルナの瞳には、迷いの影が一切なかった。

 「行きます。

  このまま“待つだけ”じゃ、きっと誰も笑えないから」

 

 ポルトは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 「……分かった。止めはせん。

  おぬしらの決意、年寄りが水を差すわけにもいかんじゃろう」

 

 ルナの顔に光が戻った。

 「ありがとう、ポルトさん!」

 

 「ただし!」

 ポルトは指を立て、いつもの口調で言い放つ。

 「計画は慎重に進めるんじゃ。

  わしも船の設計を手伝う」

 

 「でも、ポルトさん……腕がまだ」

 ルナが心配そうに言うと、

 「心配いらん。図面くらい描ける」

 そう言って笑ったが、ペンを握る手はまだ震えていた。

 

 その時、部屋の入口から声がした。

 「それなら、僕が描くよ」

 

 シンゴだった。

 彼はすでにノートと定規を持って立っていた。

 「ポルトさんの設計を、僕が写す。

  工具の扱いも、前より慣れてきたし」

 

 ポルトは少し驚いたように目を細めた。

 「ほう……頼もしくなったもんじゃ」

 

 「ウチも手伝うで」

 チャコが尻尾を揺らしながら入ってくる。

 「シンゴだけやと心配やし、図面の清書くらいならウチもできるわ」

 

 ルナは思わず笑顔を見せた。

 「ありがとう、二人とも!」

 

 シンゴはノートを開きながら言う。

 「ルナが大陸へ行こうって言った時、正直怖かったけど……

  こうやって“何か作る”って思うと、ワクワクしてくるんだ」

 

 「ほな決まりやな!」

 チャコがニッと笑い、手を叩いた。

 「ウチらの“希望の船”、ここから作ったるで!」

 

 ポルトは満足そうに微笑んだ。

 「まったく……若いもんはええのう。

  ならば、わしは指導させてもらうとするかの」

 

 ルナは深く頭を下げた。

 「お願いします、ポルトさん。

  私たちの力で――必ず大陸へ行きます」

 

 窓の外では、風が穏やかに木々を揺らしていた。

 その音はまるで、彼らの新しい挑戦を後押しするかのように優しく響いていた。

 

⬜︎

 

朝の森は、露に濡れた草の香りが漂っていた。

 鳥の鳴き声が遠くで響き、木々の間を抜ける風が葉を揺らす。

 

 「ほんまに東の森まで行くん?」

 チャコはリュウジの肩に乗りながら言った。

 「パワードローダーを見に行くだけやろ? あんな重たいもん、よう直せると思うか?」

 

 リュウジは黙ったまま歩みを止めず、足元の地面を見つめていた。

 「使えるかどうかは見てみないと分からない。あれが動けば、船の素材を運ぶのに役立つ」

 

 「せやけど、パワードローダーやで? リュウジが脱出ん時に使ったアレ、まだ残っとるんやろか」

 

 「残ってるさ。あれだけ頑丈に作られてたんだ。少しは原型を留めてるはずだ」

 

 リュウジの声は静かだったが、その瞳は鋭く光っていた。

 森の奥へ進むほどに、足元の土は湿り、木々の根が絡み合っている。

 

 「しっかし、相変わらずよう動くわ。ウチ、肩に乗ってるだけやのに風がビュンビュンや」

 「落ちるなよ」

 「落ちへんけど……おおお、ちょ、ちょっと速い速いってば!」

 

 リュウジはその声を聞きながらもスピードを緩めなかった。

 身体が風を切り、葉が跳ね返るたびに、チャコは耳をピクピクさせる。

 

 森の奥に差し掛かった頃、チャコが叫んだ。

 「リュウジぃ、あかん、ウチもう目ぇ回るぅぅ!」

 

 「もうすぐ着く」

 「着くって言うてから三十分経っとる!」

 

 ようやく開けた場所に出ると、そこには黒焦げた地面と、

 崩れた岩の間に横たわるパワードローダーの姿があった。

 

 リュウジは足を止め、肩からチャコを降ろす。

 「着いたぞ」

 

 「……うぅぅ……もう地面がぐるぐるしてるぅ……」

 チャコは目を回して、その場にぺたんと座り込んだ。

 

 リュウジは無言で膝をつき、機体に触れる。

 装甲の一部は焦げ、油が乾いて黒く固まっていた。

 それでも、骨格や関節部分はほとんど無事だった。

 

 「……思ったより損傷は少ねぇな」

 そう呟きながら、リュウジは胸部のハッチを開けた。

 中の電源ケーブルが焼けてはいるが、メインユニットは intact。

 

 「チャコ、見ろ」

 「うぅ……まだ目が回っとるけど……なんやの?」

 

 「これ、動くかもしれない。電源ユニットは生きてる」

 

 チャコはその言葉にハッと目を開けた。

 「マジで!? そしたらウチら、あの重い鉄板とかも運べるんちゃう?」

 

 「ああ。

  ポルトさんが言ってた“船体の骨組み”は、これで運べる。

  ただし、動力は再接続が必要だ」

 

 リュウジは腰のポーチから工具を取り出し、配線の焦げた部分を点検し始めた。

 その横で、チャコがまだフラフラしながらも分析モードに切り替える。

 

 「ウチのセンサーによると、メインCPUも生きとるで。

  動力伝達系のラインが切れとるだけや」

 

 「なら修復は可能だな」

 リュウジは唇の端を上げた。

 

 「へぇ、なんか嬉しそうやな。まるで相棒に再会したみたいや」

 チャコの言葉に、リュウジは小さく息を吐いた。

 「……そうかもな」

 

 風が吹き抜け、焦げた金属の匂いが薄れていく。

 リュウジは手を止め、遠くの空を見上げた。

 「これが動けば――大陸への一歩が現実になる」

 

 チャコは小さく頷き、にゃっと笑う。

 「ほな決まりやな! ウチらでこのパワードローダー、甦らせたるで!」

 

 リュウジはその言葉に笑みを返し、再び機体に向き直った。

 その背中には、確かな“希望の輪郭”が灯り始めていた。

 

⬜︎

 

東の森の奥、焦げた鉄と湿った土の匂いが漂う中で、二人の影が動いていた。

 リュウジとチャコは、パワードローダーの傍らに広げた工具箱を囲み、黙々と作業を進めていた。

 

 「よっしゃ、制御ケーブルの束はこっちでまとめたで。あとは主動力ラインや」

 「こっちは冷却パイプを仮接続した。圧が抜けなければ動くはずだ」

 

 リュウジは汗をぬぐいながら、切断されたケーブルの皮膜を剥ぎ、チャコが渡す補強線を差し込む。

 指先は油で黒く汚れ、服の袖には焦げ跡がついていた。

 

 「チャコ、電源チェック」

 「ほいきた。いくで……3、2、1――スイッチオン!」

 

 小さなスパークが走り、機体の胸部パネルが淡く光る。

 その瞬間、周囲の空気が微かに震えた。

 

 「おおっ、反応ありや!」

 チャコの目が輝いた。

 

 「……メイン動力、生きてるな」

 リュウジは低く呟き、胸部のモニターを覗き込む。

 画面には、途切れ途切れながらも電流値が流れている。

 

 「けど、左脚は完全に動かへんな。右だけでバランス取るモードに切り替えよか」

 「頼む」

 

 チャコは胸部装甲の下に潜り込み、ケーブルを数本繋ぎ替える。

 「よし、再起動準備完了や!」

 

 リュウジは後退し、静かに呟いた。

 「……目を覚ませ」

 

 ボタンを押す。

 低い唸りとともに、機体が微かに震えた。

 右足のサーボが動き、油圧シリンダーが空気を吐き出すような音を立てる。

 

 「動いとる、動いとるで!」

 チャコが尻尾をブンブン振りながら喜びの声をあげた。

 

 「まだ試運転だ。制御が安定してるか確かめる」

 リュウジは腕のリモートコントローラーを操作し、パワードローダーの上半身をゆっくりと起こさせた。

 ギギギ……と金属が軋む。

 やがて巨体が陽の光を浴び、まるで眠りから覚めた獣のように身じろぎをした。

 

 「……やったな」

 リュウジが口元を緩めると、チャコが得意げに胸を張った。

 「ふふん! ウチのジャックインセンスもまだまだ現役や!」

 

 「これで木材や資材を運べるな。船の材料も何とかなる」

 リュウジがパワードローダーの脚を見上げる。

 左脚こそ折れていたが、右脚と上半身の機能は十分に稼働していた。

 

 「左脚は?」

 「完全に折れてる。応急処置で固定はできるが、補修は溶接機が必要だ」

 「……ほんなら、ポルトさんと相談やな」

 

 リュウジは静かに頷いた。

 「よし、引き上げるぞ。日が暮れる」

 

 チャコはケーブルをまとめ、肩に乗る。

 「ウチ、もう二回も目ぇ回してるから、今度はゆっくり頼むで」

 「考えとく」

 「“考えとく”って、絶対速いやつや!」

 

 リュウジが笑うのを見たのは久しぶりだった。

 チャコはそれを見て、少しだけ胸が熱くなった。

 

 

 夕暮れの赤い光が“みんなの家”を照らしていた。

 リュウジとチャコが帰ると、ルナたちが待っていた。

 

 「おかえり! どうだったの?」とルナが駆け寄る。

 「パワードローダー、生きてたわ!」とチャコが胸を張る。

 「左脚は折れてたが、上半身と動力は無事だ。使える」

 

 ポルトは驚きの表情を浮かべた。

 「なんと……あの爆発からよくぞ生き残ったもんじゃ」

 

 シンゴが目を輝かせる。

 「すごい! それなら、資材運搬に使えるよ!」

 

 ベルが穏やかに頷いた。

 「リュウジがいてくれて、本当に助かるな」

 

 メノリは腕を組み、少し微笑んだ。

 「だろう? こういう時、リュウジの冷静さは頼りになる」

 

 ルナはリュウジの方を見て、そっと言った。

 「ありがとう。危ないこと、してないでしょうね?」

 

 リュウジは視線を逸らしながら短く答えた。

 「さあな」

 

 「もう……」

 ルナは小さく息を吐いて、でもどこか嬉しそうに笑った。

 

 焚き火の明かりが灯り、仲間たちの輪に再び笑顔が戻る。

 パワードローダーの再起動は、失われた希望を再び灯す“最初の光”だった。

 

⬜︎

 

 夜の帳が降り、森を包む虫の音が静かに響く。

 「みんなの家」の前では焚き火が燃え、赤い光が仲間たちの顔を温かく照らしていた。

 それぞれが一日の作業を終え、今日見つけたものを前に並べている。

 

 ルナが手帳を開きながら声をかけた。

 「じゃあ、今日の報告をしよう。みんな、どんな成果があった?」

 

 

 まず、リュウジが立ち上がる。

 「俺とチャコは、東の森でパワードローダーの修理を続けていた。動力系と上半身の関節は再稼働。今の状態なら資材運搬に使える」

 

 チャコが尻尾をピンと立て、胸を張った。

 「ウチのセンサーがなかったら再起動できへんかったで! 右脚だけでバランス取るモードも、ウチが調整したんや!」

 

 「……そうだな」

 リュウジが苦笑を浮かべると、みんなの間に柔らかな笑いが広がった。

 

 ベルが腕を組みながら頷く。

 「すごいじゃないか。あの巨体がまた動くなんて」

 メノリも感心したように言った。

 「これで木材も運べる。大陸行きの準備が一歩進んだな」

 

 

 「俺の番か」

 カオルが立ち上がり、背中から金属ケースを下ろした。

 「オリオン号の落下コンテナの中を調べてたら、これを見つけたんだ」

 

 カチリと留め具を外すと、中には小型の溶接機と工具類が整然と並んでいた。

 「内部のバッテリーは死んでるが、接続すれば使える。

  骨組みや鉄板の接合、補強には最適だ」

 

 「おお、それはすごい!」とシンゴが目を輝かせる。

 「これでパワードローダーと組み合わせれば、本格的に造船ができるよ!」

 

 ポルトも感心したように頷いた。

 「ほほう……オリオン号の整備用か。よう見つけたのう」

 

 カオルは少しだけ笑みを浮かべ、

 「たまたま目についただけだ」

 と肩をすくめたが、その表情には確かな誇りがにじんでいた。

 

 

 「食料班はどうだった?」とルナが尋ねると、ベルとシャアラが立ち上がった。

 

 「果物をいくつか確保したわ」

 シャアラが籠を差し出すと、チャコが鼻をひくひくさせた。

 「おお~、ええ匂いや。今日の晩飯は豪華になりそうやな!」

 

 ベルも笑って言った。

 「魚もいくらか釣れた。明日は燻製を作って保存しておくつもりだ」

 

 「助かる」とメノリが頷く。

 「燃料や素材だけじゃなく、みんなが元気でいられる食料も大事だからな」

 

 

 焚き火がパチパチと音を立て、空へ火の粉を舞い上げる。

 ルナはその光を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。

 

 「……こうして少しずつでも、前に進めているのが嬉しい。

  パワードローダーも動いた。溶接機も見つかった。

  みんなの力があれば、きっと船を作れる」

 

 その言葉に、仲間たちの表情が少しずつ明るくなっていく。

 リュウジは焚き火越しにルナを見て、小さく頷いた。

 

 「……やるしかないな」

 「うん」とルナが笑う。

 

 火の明かりが揺れ、静かな夜の中に希望の影が伸びていった。

 

⬜︎

 

朝靄が森の奥から流れ込み、みんなの家の屋根を白く包み込んでいた。

 朝食を終えたばかりのテーブルの上で、仲間たちは焚き火の残り火を囲むように座っている。

 

 「みんな、聞いて!」

 シンゴが紙束を胸に抱えて、勢いよく駆け込んできた。

 「ポルトさんと一晩考えて、造船の図面をまとめたんだ!」

 

 ルナが驚きながら立ち上がる。

 「図面? 本当にもう書けたの?」

 

 「うん!」

 シンゴは床に紙を広げた。そこには緻密な線と注釈がびっしり描かれている。

 その中心には、“オリオン号の船首”――かつてブリンドーが突っ込み、

 遺跡に深く突き刺さったままの巨大な金属の塊が描かれていた。

 

 「船首部分をそのまま使うんだ。あれなら構造が強いし、推進パーツも再利用できる。

  遺跡に突き刺さってるけど、外殻を補強すれば船体の基礎にできると思う!」

 

 ポルトが感心したように図面を覗き込む。

 「確かに、強度的には申し分ないのう。もともと恒星間航行船じゃ、骨格は生半可ではない」

 

 リュウジが腕を組んだまま呟く。

 「ただ、あの位置だと作業がやりづらい。遺跡の壁と船体がめり込んでる」

 

 「確かに……」とカオルも頷く。

 「引き抜くのは危険だ。周囲を整備するしかないな」

 

 ルナは少し考え、表情を引き締めて口を開いた。

 「――だったら、遺跡の周りに仮の拠点を作ろう。

  “みんなの家”を中心にしながら、作業場を増設していけばいい。

  遺跡のすぐそばなら、船首にもすぐアクセスできるわ」

 

 チャコが尻尾を振りながら手を挙げた。

 「ウチもええと思うで。あっこなら地面もしっかりしとるし、風も弱い!」

 

 「ふむ、仮拠点か……」とメノリが腕を組む。

 「確かに、遺跡は遮蔽物として優れている。外敵からの防御にも使える」

 

 ベルが静かに言った。

 「作業中の拠点があれば、交代で見張りもできる。安全面でも悪くない」

 

 ポルトがニヤリと笑う。

 「お主ら、なかなか話が早いのう。わしが全体の構造を見ておく。

  ただし、設計図を清書するのは――」

 

 「僕がやるよ!」

 シンゴが元気に手を挙げた。

 「チャコにも手伝ってもらう!」

 

 チャコが誇らしげに胸を張る。

 「任しとき! 電子回路とデータ処理ならウチの得意分野や!」

 

 ルナは笑みを浮かべ、ゆっくり頷いた。

 「ありがとう。――それじゃあ、決まりね。

  “みんなの家”を拠点に、遺跡を中心にした作業場を作るわ」

 

 焚き火の赤い火が再び明るく燃え上がる。

 その炎に照らされた仲間たちの顔は、久しぶりに前を向いていた。

 

⬜︎

 

昼の日差しが、遺跡の金属片に反射して眩しい。

 その光の中、リュウジとカオルが先頭に立って作業を進めていた。

 

 「カオル、あのコンテナを右に寄せろ。傾いてる」

 「了解。――よし、支柱、押さえろ!」

 

 リュウジの声に反応して、カオルが手際よく縄で支柱を固定する。

 パワードローダーが低いモーター音を響かせながら、

 地面を踏みしめてゆっくりとコンテナを持ち上げていった。

 

 「……あの音、やっぱり頼りになるね」

 少し離れた場所で、ルナが額の汗を拭いながら呟く。

 

 「ほんまやなぁ。パワードローダーがあるだけで作業効率だいぶちゃうわ」

 チャコが脚を伸ばしながら、笑い声をあげる。

 

 「カオル、もう少し右!」

 リュウジが指を伸ばすと、カオルは慎重にパワードローダーを操作し、

 コンテナの底をぴたりと合わせた。

 ドスン、と重みのある音が響く。

 

 「これで固定できたな」

 リュウジは汗を拭いながら、腰に下げた工具を手に取る。

 「この角度なら風も当たらない。拠点としては十分だ」

 

 「次は溶接だろう?」

 カオルがそう言ってコンテナの中から溶接機を取り出す。

 それは、オリオン号の残骸の中から見つけた古い機材だった。

 

 「動くのか?」とリュウジが尋ねる。

 「試してみよう」

 カオルはスイッチを入れる。

 ブゥンという音と共に青白い光が走り、火花が散った。

 

 「おお、動いた!」とシンゴが歓声を上げる。

 「よかった」とルナも笑顔を見せる。

 

 リュウジは火花の光を見つめながら、

 「これで、船の骨組みを繋げることができるな」と小さく呟いた。

 

 メノリが後ろで記録ノートを手に取りながら言う。

 「進捗も悪くない。コンテナ三基を並べれば、

  整備室と倉庫、それに仮眠スペースも確保できそうだ」

 

 「なるほどな。じゃあ残りの二基は運搬しよう」

 ベルが立ち上がり、リュウジの横に並ぶ。

 「俺も手伝う。少しは力仕事で役に立たないと」

 

 「助かる」

 リュウジは短く答え、パワードローダーを再起動させた。

 

 轟音と共に、金属の腕が再び動き出す。

 コンテナの外装が軋み、砂埃が舞う。

 仲間たちはそれを見上げながら、

 誰もが心のどこかで“再び動き出した”ことを感じていた。

 

 「……こうして見ると、まるで新しい拠点の誕生ね」

 ルナの呟きに、チャコが笑って返す。

 「せやなぁ。『みんなの家2号』の誕生や!」

 

 笑い声が響く。

 それは、久しぶりに遺跡の周囲に満ちた、希望の音だった。

 

⬜︎

 

 夕焼けが遺跡の壁を赤く染めていた。

 組み上げられたばかりの仮拠点――コンテナ。

 オリオン号の船首の陰に寄り添うように並んでいる。

 

 「……これで、とりあえず完成だな」

 リュウジが工具を置き、額の汗を拭った。

 カオルは溶接跡を確認しながら、満足げにうなずく。

 「支柱の補強も問題ない。夜風くらいならびくともしない」

 

 「ふう……やっと終わったね」

 シャアラが両手を胸の前で組み、疲れ切った笑みを浮かべる。

 「でも、こうして見ると……ちょっとした村みたいだわ」

 

 「せやなぁ。ウチら、だいぶ職人みたいやんか」

 チャコが得意げに尾を振る。

 

 ベルが腰を伸ばしながら、夕空を見上げる。

 「こうして形になると、なんだか気持ちが落ち着くな……」

 

 「まさか、オリオン号の残骸を使って家を建てることになるとはな」

 ハワードが肩を回しながら笑う。

 「宇宙の残骸で地上生活、ってやつか」

 

 「悪くない」

 メノリが少し微笑みながら言う。

 「この遺跡といい、オリオン号といい、

  私たちが積み重ねてきた“記録”みたいなものだ」

 

 シンゴがその隣で図面を抱え、胸を張った。

 「みんなのおかげで、図面どおりにできたよ!

  これなら、船の作業も十分できる!」

 

 ポルトは少し離れた木箱に腰掛け、

 焚き火の赤い光に照らされながら、静かに頷いた。

 「ようやったのう……ここまで仕上げるとは思わなんだ。

  わしの手がなくても、お主らは立派なクルーじゃ」

 

 「まだポルトさんの知識が頼りです」

 ルナが笑顔でそう言って、仲間たちを見渡した。

 焚き火の火が彼女の頬を赤く染めている。

 

 しばしの沈黙。

 そして、ルナはゆっくりと口を開いた。

 

 「――ねぇ、みんな。

  明日から、この仮拠点で生活しよう」

 

 その声に、みんなの視線が集まった。

 

 「遺跡に刺さったオリオン号も、船を作るための材料も、全部ここにある。

  だったら、いっそこの場所を“新しい拠点”にした方が効率がいいと思うの」

 

 「なるほどな……」

 カオルが腕を組み、火の粉を見つめながら頷く。

 「船首の構造を確認するにも、この方が都合がいい」

 

 「ウチも賛成や。森の奥よりこっちの方が見晴らしもええしな」

 チャコが元気に尻尾を振る。

 

 「……僕も。夜空もきれいだし、ここなら“前に進んでる”気がする」

 シンゴが笑顔で言った。

 

 「いいんじゃないか」

 メノリも頷きながら、少し柔らかい声で言う。

 「ここなら、いつでも作業の確認ができるしな」

 

 ベルも静かに賛同する。

 「風も弱いし、水場も近い。悪くない場所だ」

 

 「じゃあ決まりね」

 ルナは微笑み、焚き火の炎に照らされながら言った。

 「明日から、ここが“私たちの家”」

 

 その言葉に、誰も反論しなかった。

 火の揺らめきが、全員の瞳に小さな決意の光を映していた。

 

 リュウジは少し離れた場所から、その光景を静かに眺めていた。

 「……悪くない選択だな」

 そう呟く声は、炎の音に溶けていった。

 

⬜︎

 

大いなる木の下で、焚き火の炎だけが柔らかく揺れていた。

 香ばしい木の実の匂いと、焚き火の爆ぜる音。

 それが、漂着した彼らにとってすっかり「日常」の一部になっていた。

 

 「ベル、それもうちょい火ぃ強めてや」

 「わかった。……これで大丈夫そう?」

 「バッチリや」

 チャコが満足そうに尾を揺らし、火のそばに座った。

 

 その時、ルナがふと顔を上げる。

 「ねぇ、チャコ。今日って……何日?」

 

 チャコは首を傾げ、しばらく計算するように唸った。

 「えーっとな……たしか、9月1日やで」

 

 「……9月1日?」

 ルナは呟いた。

 その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸の奥がざわめいた。

 

 「もう三ヶ月も経ったんだな」

 カオルが小さく言う。

 「時間の感覚、だんだん狂ってくるな」

 

 「そうだな…コロニーだったら新学期か」

 メノリが淡く微笑む。

 「私たちは“新しい惑星での二学期”ってところ」

 

 「ふふ、それ悪くないかも」

 シャアラが少し笑う。

 

 シンゴは焚き火に薪をくべながら言った。

 「僕たち、よくやってるよね。最初の頃なんて、火も起こさなかったのに」

 

 シンゴの言葉に皆んなが笑う。

 

 だがルナだけは笑わなかった。

 焚き火の光をじっと見つめ、何かを思い出そうとしていた。

 

 ――9月1日。

 なにか、大事なことがあったような……。

 

 「ルナ、どうしたの?」

 シャアラが覗き込む。

 

 ルナは小さく首を振った。

 「ううん……なんか、変なの。ただ、頭のどこかで引っかかってるの」

 

 「何が?」とシンゴ。

 「わからないの。何か……忘れちゃいけないこと、だったような気がして」

 

 ベルが腕を組む。

 「記念日とかじゃないのか?」

 

 「そうかもしれない。でも思い出せないの」

 ルナは唇を噛みしめた。

 

 「そんな日、あったか?」とハワードがスープをすすりながら首を傾げる。

 

 「分からないな」

 メノリがため息をつくように笑った。

 「けど、確かに……ルナがそう言うと気になる」

 

 「うーん……どっかで聞いたような気ぃたんかな」

 チャコも首を傾げて考える。

 

 静かに会話が途切れ、焚き火の音だけが響いた。

 夜風が吹き抜け、火の粉がひとつ、空に舞い上がる。

 

 ルナはその光を追いながら、小さく呟いた。

 「……思い出せない。でも、たぶん――何か、大切なことだった」

 

 その言葉に、誰も何も言えなかった。

 ただ炎の明かりが、ルナの横顔を照らしていた。

 

⬜︎

 

夕食が片づいても、ルナは火のそばに膝を抱えて座り込み、指先で床板の木目をなぞっていた。焚き火の赤が頬を染め、夜風が高みに組まれた“みんなの家”を撫でていく。笑い声はとっくに下火になり、各々が水を汲みに行ったり、寝床を整えたりしている。――けれど、胸の奥の「ひっかかり」だけが、まだ燻っていた。

 

「……ねえ、ちょっといい?」

 まずは一番近くにいたリュウジに声をかける。彼は鉄板の縁に腰をかけ、砥いだ黒曜石のナイフを布で拭っていた。

「どうした?」

「今日ね……日付、九月一日なんだって。なにか、覚えがない?」

「分からないな」

 穏やかで優しい声。目だけがこちらを一瞬だけ見て、また刃先へ戻る。

 

 次はシャアラ。寝具を整えていた手を止め、首を傾げる。

「九月一日……私、読んだ本の中にあった気もするけど……ごめん、はっきりしないの」

 おずおずと微笑む顔が、焚き火に揺れた。

 

 メノリは水袋を結び直しながら、真顔でこちらを見る。

「記録上の特記事項は思い当たらないな。明日、みんなの記録を照合してみるか?」

「うん、ありがとう」

 

 ベルは鍋を洗って戻ってきたところで、優しい目を細めた。

「俺は……ごめん、思い出せないな。気になってるなら、もう少し手掛かりを集めよう」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 

 アダムはルナの裾をちょん、と引く。

「ぼく、わからない。でも、ルナが気になるなら……いっしょに考える」

 素直でまっすぐな瞳に、ルナは思わず微笑んだ。

「ありがとう。頼りにしてるよ」

 

 シンゴは腰のポーチから手帳を出して、早口になる。

「僕のログにも“九・一”ってメモはないんだ。うーん……」

「ありがと、シンゴ」

 

 チャコは尾をぱたぱたさせながら顎に手。

「ウチの内蔵メモリにも、それっぽいフラグは立ってへん。なんや、喉の奥で引っかかる感じはあるねんけどなぁ」

 

 最後に――ハワードとカオル。

 ハワードは鉄板の縁にもたれ、伸びをしながらにやっと笑う。

「九月一日? もしかして僕の誕生日だったりして?」

「違うと思うわ」

 ルナが苦笑すると、すぐ隣で髪をかき上げていたカオルが、ぽつりと呟いた。

「……そういや、リュウジの誕生日は九月一日だったな」

 

 ――ぱん、と心の中で火の粉が弾けた。

「……え?」

 ルナは反射的に振り返る。目が合ったカオルは、いつもの無愛想な顔のまま続けた。

「養成学校の名簿で見た。忘れようとしても、訓練の組分けで何度も入力させられたからな」

 その一言で、胸のざわめきがたちまち形を持った。

(あの時、見た。――そう、あのカードに……)

 

 ルナは勢いよく立ち上がり、リュウジの前にしゃがみ込む。

「リュウジ、S級パイロット証、見せて」

「……は?」

「お願い、ちょっとだけ」

 

 無言のまま、リュウジは胸ポケットに手を入れた。厚みのある樹脂カードが、月明かりと焚き火の赤を受けて鈍く光る。角は使い込まれて丸く、表には微細なホログラム、裏には複層のマイクロプリント。彼がどれだけの修羅場をくぐってきたのか、触れるだけで伝わるような重みがあった。

 

 カードを受け取ると、ルナは指でなぞる。――そして、右下の小さな行に目を凝らした。

 生年月日。

 「……九月一日」

 喉の奥に詰まっていた霧が、するりと晴れていく。

「そうだ。私、これを見たんだ……前に、手当のとき、ポケットから少し覗いてて……」

 胸の奥のひっかかりが、音を立ててほどけた。ぱぁっと、顔に明かりが灯るのを自分で感じる。

 

 カードを大切に両手で返し、ルナはまっすぐに尋ねた。

「――ねえ。どうして言わないの?」

 リュウジはカードを受け取り、ポケットに戻すと、肩をすくめただけだった。

「誕生日だったのか、忘れてた」

「忘れてた、って……」

 

 

 その素っ気ない言い草に、周りが一斉にざわめく。

「おいおいリュウジ、忘れるなよ!」とハワード。

「言えば、乾杯くらいはできただろう」とメノリ。

「俺、月梨、もう一個取ってきたのに……渡せたのにな」ベルが困ったように笑う。

 チャコが目を細め、尾を揺らす。

「せやけど、よう思い出したなぁルナ。引っかかっとったんは、これやったんか」

 シンゴが手帳をぱたんと閉じる。

「ログに書いとく。“リュウジの誕生日、九・一”。来年は忘れない」

 アダムは小さな声で、けれど誇らしそうに言った。

「……おめでとう、リュウジ」

 

 リュウジはちらりとルナを見た。焚き火がゆらめき、その瞳に赤い光が宿る。

「……別に、騒ぐことじゃない」

「騒がないよ」ルナは首を横に振り、柔らかく笑った。「でも、知っていたかったの。ね、仲間なんだから」

 

 少しの沈黙。夜風が通り抜け、葉擦れの音が高みに広がる。

 やがて――

「……そうか」

 短く、低く。それは承認にも似た音だった。

 

 ルナはふっと息を吐き、肩の力を抜いた。長い夕食後の謎が解け、胸の緊張がほどけていく。

「よし、決まり。今日は“お祝い”はしないけど――」

「しないのか?」とハワード。

「魚の在庫、少ないからね」ルナは舌を出し、皆を見回す。「でも覚えた。九月一日。来年は、ちゃんと、ね」

 

 焚き火がぱちりと弾けた。

 いつもの夜に、ほんの少しだけ甘い色が差す。

 リュウジは黙って立ち上がり、火のそばから離れかけ――足を止めた。

「……ありがとな」

 背を向けたまま、ほとんど風に紛れるほどの声。

 それでも、ルナにははっきりと届いた。胸の奥が、静かに温かくなる。

 

 九月一日。

 ここではケーキもロウソクもないけれど――。

 みんなで同じ火を囲み、同じ夜を分け合う。

 それだけで、十分だと思えた。

 

⬜︎

 

朝霧がまだ薄く立ち込める遺跡の前。

 巨大な構造物の一部――オリオン号の船首が、遺跡の中に半ば埋もれていた。

 夜の雨で湿った土が靴にまとわりつく中、リュウジとカオルは無言でその前に立つ。

 

 「……これが、俺たちの“帰る道”か」

 リュウジが低く呟く。

 オリオン号の船首は、かつての栄光を失い、焦げた装甲と歪んだフレームだけが残っている。

 だが、その中にはまだ使える部品、未来へ繋ぐ“希望”が眠っていた。

 

 カオルは膝をついて装甲の継ぎ目を指でなぞる。

 「ここから溶接が外れてるな。……中のフレームは生きてる。やれそうだ」

 「パワードローダーを使う」

 リュウジは短く言い、肩越しにチャコへ声をかけた。

 「起動チェック、頼む」

 「りょーかい。今んとこ動作ログは良好や。油圧も問題なし」

 チャコの尾がぱたぱたと揺れ、パワードローダーの胸部ランプが青く灯る。

 

 リュウジが操縦席に乗り込むと、金属の唸りとともに巨体が動き出した。

 腕部クレーンを船首の接合部に向け、慎重に力を加える。

 「カオル、右側の支柱を抜くぞ」

 「待て、まだ左が引っかかってる」

 カオルはスパナを片手に、装甲の隙間に潜り込む。

 火花が散る。

 「――よし、抜けた。今だ!」

 「了解」

 リュウジはパワードローダーの腕を押し込み、船首の鉄骨をゆっくり持ち上げた。

 ミシミシと金属が悲鳴を上げる。だが、確実に動いていた。

 

 「やっぱり、息が合うな」

 リュウジが汗をぬぐいながら呟くと、カオルはわずかに笑った。

 「訓練の時から変わらない。お前が先に手を出して、俺が押し上げる」

 「お前が全部持ってくから、俺の努力が見えなくなるんだよ」

 「なら、今日ぐらいは半分ずつってことでいいだろ」

 ――軽口を交わしながらも、二人の息はぴたりと合っていた。

 

 チャコがパワードローダーの横を小走りで回り込み、状況をスキャンする。

 「よっしゃ、フレームの歪みは最小限や。溶接し直せば使えるで!」

 「助かる。あとは運搬だな」

 リュウジはパワードローダーの背面ハーネスを操作し、吊り上げ用のアームを展開した。

 カオルは周囲の瓦礫をどけながら誘導する。

 

 「右に五十センチ……そうだ、そこ」

 「了解。固定」

 パワードローダーが船首を少しずつ持ち上げていく。

 重力に抗うように、鉄骨が軋みながら地面を離れた。

 朝の陽光が差し込み、長く眠っていた金属に光が走る。

 

 その瞬間――チャコが感極まったように尾を振った。

 「やったな! これで新しい船が作れるで!」

 リュウジは小さく頷いた。

 「ここまで来たら、やり切るしかないな」

 その声は穏やかで、かつての無機質な冷たさはもうなかった。

 

 「お前、ほんと変わったな」

 カオルが横でぽつりと呟く。

 「前なら、“やるしかない”だけで終わってた」

 「……仲間がいるからな」

 リュウジは短くそう言って、照れくさそうに笑った。

 それを見たカオルも、ふっと口元を緩めた。

 「そうだな。お互い、悪くない変化だ」

 

 遺跡の外では、ルナたちが仮設拠点の準備を進めていた。

 遠くから見えるパワードローダーのシルエットに、ルナは思わず手を胸に当てる。

 「……よかった。動いてる」

 彼女の横で、ベルが頷いた。

 「リュウジとカオルなら、きっとやってくれるよ」

 

 陽はゆっくりと昇り、鉄と土の匂いの中で新しい一日が始まっていた。

 彼らの“帰るための船”は、ここから再び形を取り戻し始める。

 

⬜︎

 

朝の光が仮拠点を照らしていた。

 昨日まで瓦礫に埋もれていたオリオン号の船首が、今は平地に安定して固定され、周囲にはコンテナと作業台、溶接機、補強材が整然と並んでいる。

 その中心で、リュウジとカオルは黙々と作業に取りかかっていた。

 

 「推進装置はオリオン号のユニットを使う」

 カオルが手元の設計図を指しながら言う。

 「重力制御ユニットの一部を再利用できれば、簡易的なリパルサーと設置できる。動力効率は落ちるが、数キロ先までは進めるはずだ」

 「……それなら十分だ」

 リュウジは短く答え、スパナを回した。

 

 溶接の光が青白く瞬き、焦げた金属の匂いが漂う。

 チャコがパワードローダーの操作盤から声を上げた。

 「リュウジ、左のアーム、あと5センチ下げるで!」

 「了解」

 巨体が低く唸りを上げ、鉄骨がゆっくりと降りていく。

 

 その脇で、メノリが安全距離を取りながら記録端末を構えていた。

 「この部分、後で補強材を入れる必要がある。海流の圧力に耐えられないだろう」

 「了解。鋼板を貼る」

 カオルが即座に返す。

 シンゴがスケッチボードを見せながら補足した。

 「推進装置は右舷側に重心を取らないと傾く。だから左側のフレームを一段上げた方がいい」

 「なるほどな。お前、だんだん整備士みたいになってきたな」

 リュウジが笑みを浮かべると、シンゴは顔を赤らめて「そ、そうかな……」と呟いた。

 

 ベルとハワードは外で金属パイプを運んでいた。

 「これ、ずいぶん重いな……!」

 「踏ん張れハワード」

 「腰がもたないって……!」

 

 そのやりとりにアダムが小さく笑う。

 「みんな、頑張ってるね」

 「うん……」とルナは答えながら、リュウジの背中を見つめた。

 病み上がりのはずなのに、誰よりも率先して動いている。

 その姿に、ルナの胸はまた熱くなる。

 

 「……ルナ、手伝うならこっち」

 リュウジが振り返り、溶接面を上げた。

 「このケーブル、重力制御ユニットに繋ぐ。赤のマーキングが出たら知らせろ」

 「わかった」

 ルナは慎重に工具を手渡し、表示ランプが赤く点滅すると声を上げた。

 「出た!」

 「オーケー、接続完了」

 リュウジが満足げに頷き、カオルに向き直る。

 「動力系、試すぞ」

 「了解。全員、後ろに下がれ!」

 

 スイッチが押され、低い唸りが船体全体に響き渡る。

 オリオン号由来の重力制御ユニットが点灯し、船首下部の反重力プレートがわずかに浮き上がった。

 砂埃が舞い、船体がふわりとわずかに持ち上がる。

 

 「すごい……浮いてる!」

 シャアラが驚きの声を上げた。

 チャコが満足げに尻尾を振る。

 「よっしゃ、やったな! 重力ユニットはまだ死んでへん!」

 「推進試験は明日だ。今日はこれで十分」

 カオルが溶接面を外し、リュウジと視線を交わす。

 

 リュウジは静かに頷き、手袋を外した。

 「……生きてるな、この船」

 「そうだな。こいつはもう、俺たちの船だ」

 

 作業を終えた一同の間に、確かな手応えが広がる。

 “帰るための船”ではなく、“共に生き延びるための船”を造る。

 その意識が、皆の心を一つにしていった。

 

 ルナは少し離れた場所からその光景を見つめていた。

 焚き火の灯りに照らされるリュウジの横顔。

 その表情は、かつての冷たさをすっかり失い、仲間と共にいる“優しさ”で満ちていた。

 

⬜︎

 

夜風が優しく吹き抜け、火の粉が宙に舞った。

 仮拠点の奥では、皆がテントやコンテナの中で眠りにつき、辺りには静寂が広がっている。

 その中で、焚き火の前に二つの影があった。

 リュウジとカオル。

 一日の作業を終え、油と鉄の匂いがまだ身体に染みついたまま、二人は無言で炎を見つめていた。

 

 「……ようやく形になってきたな」

 カオルが小さく呟く。

 火の明かりが彼の横顔を照らし、額の汗が光っていた。

 リュウジは木の枝で火をつつきながら、短く返した。

 「ああ。推進ユニットが生きてたのは奇跡だ」

 

 火がぱちりと弾ける。

 しばし沈黙が続いた。

 

 やがて、カオルがゆっくりと口を開く。

 「……昔、訓練校の頃、夢を聞かれた時、お前、なんて答えてたっけ?」

 リュウジは一瞬目を細めて思い出す。

 「俺か? “誰かを守れるパイロットになりたい”……そんなこと言ってた気がする」

 「ふっ、変わらないな」

 カオルが笑う。

 「それでお前、誰かを守るために飛んで、結局、自分が全部背負ってた」

 

 リュウジは苦笑した。

 「……そうだな。背負うことしか知らなかった。けど、今は違う」

 「違う?」

 「みんながいる。誰かを守るんじゃなくて、みんなで生きる。……そんな当たり前のことを、この星でやっとわかった」

 

 カオルはしばらく黙って炎を見つめていたが、やがて柔らかく頷いた。

 「……ルイが聞いたら、きっと喜ぶな」

 その名を聞いて、リュウジの表情が少しだけ和らぐ。

 「夢の中で言われたよ。カオルには“宇宙飛行士になれ”って伝えてくれって」

 「……あいつらしいな」

 カオルは小さく笑い、目を伏せた。

 「俺はあの事故以来、ずっと自分を許せなかった。けど……今日、お前と一緒に船をいじってて思ったんだ。

  “これがルイの夢を繋ぐことなんだ”って」

 

 リュウジは火の揺らめく光の中で、カオルの横顔を静かに見た。

 「お前、ほんとに強くなったな」

 「強い? 俺が?」

 「前は責任を全部自分の中で処理しようとしてた。……でも今は、ちゃんと“仲間”に頼ってる」

 カオルは苦笑する。

 「お前がそれ言うか?」

 「お互い様だろ」

 リュウジは笑い、火に枝を投げ入れた。ぱちぱちと音が弾け、夜空へ火の粉が舞った。

 

 しばらく二人は何も言わなかった。

 虫の声が遠くから聞こえ、潮の匂いがほのかに漂う。

 

 やがて、カオルが口を開いた。

 「……なあ、リュウジ」

 「ん?」

 「お前、ルナのこと……どう思ってる?」

 唐突な質問に、リュウジは少し目を見開く。

 そして、困ったように息を吐いた。

 「どうって……仲間だよ」

 「そうか?」

 「……ああ」

 リュウジの声は静かだったが、焚き火の音に負けないほど確かな響きを持っていた。

 「まあ・・・俺が倒れた時も、あいつがいた。俺が何をしてきたかも知って、それでも信じてくれた」

 「……なるほどな」

 カオルは微笑み、火を見つめる。

 「なら、その想い、大事にしろよ。お前はいつも自分より他人を優先する。……たまには、自分の気持ちを優先してもいい」

 

 リュウジは小さく笑った。

 「お前に言われると、なんか照れるな」

 「だろうな」

 二人の間に静かな笑い声が広がる。

 

 焚き火の炎が少し小さくなり、夜風が木々を揺らした。

 リュウジが空を見上げると、満天の星々が広がっている。

 「……俺たち、いつかまた、あの星々の間を飛べるのかな」

 「飛べるさ」カオルははっきりと答えた。

 「ルイが言ってたろ。“夢は誰かに託せば、終わらない”って」

 

 リュウジは目を閉じ、静かに頷いた。

 「なら……その夢、もう一度繋ごう」

 

 夜は深く、焚き火は静かに燃え続けていた。

 それはまるで、二人の心に宿る“希望”そのもののようだった。

 

⬜︎

 

昼下がり、陽光が差し込む作業場に、紙とペンの音が響いていた。

 シンゴは汗を拭いながら描き上げた設計図をテーブルに広げ、得意げに言った。

 「どう? これで船体の構造は完成だよ!」

 

 周囲にいたルナやチャコ、メノリが覗き込む。

 船首を中心に組み上げられた滑らかな形状の船体図面。

 確かに見た目は完成度が高く、少年らしい柔軟な発想が光っていた。

 

 「ほぉ……なかなか見栄えはええやん」

 チャコが感心したように言う。

 ルナも微笑みながら頷いた。

 「本当にすごいよ、シンゴ!」

 

 だが、その声の後ろで――低い唸り声が響いた。

 「見栄えだけで飛べると思っとるんか?」

 

 声の主はポルトだった。

 設計図を片手で掴み、眉間に深い皺を刻んでいた。

 その険しい表情に、シンゴの笑顔が固まる。

 

 「ポルトさん……」

 「ふむ……。総重量に対する動力制御ユニットの燃料消費率の計算は?」

 「え……?」

 「え、じゃない。計算はしたのかと聞いとるんじゃ!」

 

 ポルトの怒声が響き、シンゴは肩をすくめた。

 「ま、まだですけど……おおよその見積もりなら」

 「“おおよそ”じゃと!馬鹿たれぇ!」

 

 鋭い叱責に、その場の空気が一気に張り詰めた。

 チャコは「うわぁ……」と小さく呟き、ルナが慌てて口を開く。

 「ま、待ってくださいポルトさん、シンゴは――」

 「甘やかすな、ルナ!」

 ポルトは一喝する。

 「こいつは技術者を名乗っとる。ならば現実を直視せんといかん!」

 

 シンゴは俯いたまま拳を握りしめた。

 「……ど、どうあまく見積もっても、途中で海に落ちる」

 ポルトは低く、冷静な声で言葉を続けた。

 「どう甘く見積もっても、重力制御ユニットの出力が足りん。浮かせることはできても、推進まではもたんのじゃ」

 

 メノリが不安げに問いかける。

 「つまり、今の構造じゃ大陸までは……?」

 「無理じゃ。途中で墜ちる」

 その断言に、誰もが息を呑んだ。

 

 「解決策は二つじゃ」

 ポルトは指を二本立てる。

 「一つは――もう一基、重力制御ユニットを見つけること。

  もう一つは――船そのものを軽くすることじゃ」

 

 「重力制御ユニット……そんな都合よく見つかるかな?」

 ルナが呟くと、ポルトは首を横に振る。

 「そう簡単にはいかん。だが今のままでは“沈む船”を造ることになる」

 

 チャコが顎をかきながら言った。

 「軽くするって言うても、船体削るしかあらへんやろ?」

 「そうじゃが、それも限度がある」

 

 リュウジが少し離れた場所で作業していたが、その会話を聞いて近づいてきた。

 「……ポルトさんの言う通りだな。

  推進装置の出力が足りなければ、浮いてもすぐ沈む。

  無理に動かせば爆発の危険もある」

 「じゃあ……どうすれば……?」とルナ。

 

 リュウジは図面を覗き込み、静かに言った。

 「二手に分かれるしかないな。

  一方は船の軽量化、もう一方は重力制御ユニットの探索。

  どちらかが成功すれば、船は完成する」

 

 「探索か……」

 カオルが腕を組んで火を見つめた。

 「山か、もしくはオリオン号の残骸のどこかに……まだあるかもしれない」

 「その可能性はあるのう」とポルトも頷く。

 「ただし危険じゃ。残骸は崩落の恐れもある」

 

 沈黙が落ちる中、シンゴが拳を握りしめた。

 「僕、もう一度ちゃんと計算する。

  燃料比も、推力も、全部やり直す!」

 その決意に、ルナが微笑む。

 「うん……お願い、シンゴ」

 

 ポルトは目を細め、厳しい声で言った。

 「二度と“おおよそ”なんて言葉、使うなよ。

  数字が仲間の命を守るんじゃ」

 シンゴは力強く頷いた。

 

 そして――火の粉が舞う中、彼らの“新しい挑戦”が再び動き出した。

 

⬜︎

 

翌朝。

 森のざわめきと潮の香りが、拠点にいる仲間たちを包み込んでいた。

 夜のうちに作戦は決まり、三つの班に分かれて動くことになった。

 

 カオル、ベル、シンゴ、メノリ、ハワード――彼らは遺跡の奥へ向かい、

 もう一基の「重力制御ユニット」を探索する。

 リュウジとチャコは、オリオン号の残骸と仮拠点を往復し、

 船の軽量化に取り組む。

 そして、ルナ、シャアラ、アダムは食料の確保と保存作業を担当する。

 

 「それじゃあ、みんな――無理はしないでね」

 ルナが声を上げると、全員が頷いた。

 カオルは背中の工具袋を締め直し、リュウジと視線を交わす。

 「重力制御ユニットが見つかれば、船は完成だな」

 「ああ。こっちも少しでも軽くしておく」

 「任せた」

 短い会話に、確かな信頼が滲んでいた。

 

 チャコはリュウジの肩に軽く飛び乗り、「ほな、いこか」と言う。

 アダムはルナのそばで「頑張ってね」と微笑んだ。

 それぞれの方向へ分かれていく仲間たち。

 朝の光の中に、その背中が小さくなっていった。

 

⬜︎

 

「ここ……前に来たときより崩れてるな」

 ハワードが肩の荷物を下ろして息をつく。

 「爆発の衝撃の影響かもね」とメノリ。

 ベルは周囲を慎重に見渡しながら言った。

 「足元に気をつけて。岩盤が脆くなってる」

 

 シンゴは図面を抱えながら、落ちている金属片を見つけて声を上げた。

 「これ……オリオン号の残骸だ!」

 

 「……駄目だ、これじゃ使えない」

 ベルが首を横に振る。

 「基板が完全に焼けてる。再利用は無理だろう」とメノリも分析した。

 

 シンゴは唇を噛んだ。

 「せっかくここまで来たのに……」

 その時だった。

 彼の視線の端で、ひらり――と何かが動いた。

 

 風が吹き抜け、崩れた天井の穴から差し込む光が揺れた。

 その中を、古びた白い布がふわりと浮かび上がる。

 遺跡の破片に引っかかっていた布が、風を受けて広がった。

 

 シンゴは反射的に手を伸ばすが、布は彼の指先をすり抜け、

 ゆっくりと空気に乗って舞い上がる。

 

 「……きれい」

 シャアラの声がどこからか響いた気がした。

 いや、それは錯覚かもしれない。

 だがシンゴの胸に、何かが“閃いた”。

 

 ――風。

 ――空気の力。

 

 「……待てよ」

 シンゴは布を見つめたまま、小さく呟いた。

 カオルが怪訝そうに振り向く。

 「どうした?」

 「この布……いや、風だよ!」

 「は?」

 「風の力を使えば……もしかして、推進できるかもしれない!」

 

 カオルとベルが目を見開く。

 「まさか……帆か?」

 「そう! 帆! 風を推進力に変えるんだ!」

 シンゴの声が興奮に震えていた。

 

 「でも、オリオン号は宇宙船だぞ。風なんかで――」

 ハワードが半ば呆れたように言う。

 だが、カオルは腕を組みながら考え込んだ。

 「……いや、理屈は悪くない。

  重力制御ユニットで浮力を維持できれば、風を利用して横方向に動かすことは可能だ」

 「それじゃあ!」とベルが頷く。

 「推進装置を無理に動かさずに済む。燃料の消費も抑えられる」

 

 シンゴは自分のノートを開き、鉛筆を走らせる。

 「帆の角度を調整できれば、風を“受け流し”にも使える。

  つまり、制御ユニットと連動させれば――!」

 「……海上航行が可能になる」

 カオルの口元に、久しぶりの笑みが浮かんだ。

 

 「やったな、シンゴ!」

 ハワードが笑う。

 「俺たち、また希望が見えてきたじゃないか!」

 「うん……!」

 シンゴの瞳が輝いていた。

 

 風に舞う布は、ゆっくりと落ち、彼の肩にそっとかかった。

 それはまるで、“風そのものが答えを導いた”ようだった。

 

⬜︎

 

夕陽が森の端に沈みかけ、オレンジ色の光が遺跡の壁を染めていた。

 その中を、リュウジとチャコが仮拠点へ戻ってきた。

 背中には黒い煤がつき、チャコの顔もどこか不満げだ。

 

 「……あかんな、どないやっても軽くならへん」

 チャコがぶつぶつと文句を言いながら、リュウジの肩から飛び降りた。

 

 リュウジは汗を拭いながら、整備用の布を腰にかける。

 「フレームを削っても強度が落ちるだけだ。

  パネルも限界まで外したが……やっぱり重量が下がらない」

 

 「燃料タンクも半分にしようか思たけど、そしたら途中で止まるしな」

 チャコが地面に座り込む。

 リュウジは空を見上げ、眉を寄せた。

 「どんなに削っても、構造そのものが重すぎる。

  ……俺の見立てが甘かったかもしれん」

 

 珍しく、リュウジの口から弱音に似た言葉が漏れた。

 チャコは耳を動かし、首を傾げる。

 「珍しいな、リュウジがそんなこと言うなんて」

 「……ただの事実だ」

 「まぁええわ、せやけど落ち込んでもしゃーないで。

  ウチらの班は失敗かもしれへんけど、他のみんなが何か掴んでるかもしれんやん」

 「そうだな」

 リュウジは静かに答え、工具を片付け始めた。

 

 

― 森の道・食料班 ―

 

 一方その頃、森の奥ではルナたちが軽やかな足取りで戻ってきていた。

 「シャアラ、見て! この実、甘いわ!」

 ルナが小さな籠を掲げると、シャアラは笑顔で頷いた。

 「ほんとね……! それに、あっちの林でも食べられる果実がたくさんあったわ!」

 「ふふ、今日は豊作だね!」とアダムも嬉しそうに声を上げる。

 

 背中の袋には、色とりどりの実や根菜。

 

 「これだけあれば、数日は心配いらないね」

 「ええ、きっとみんな喜ぶわ」

 シャアラが微笑む。

 アダムはその様子を見て、胸を張るように言った。

 「僕、ルナとシャアラのお手伝いできてうれしい!」

 「ありがと、アダム。あなたがいたおかげで助かったわ」

 ルナはそう言って、アダムの頭を優しく撫でた。

 

 小さな達成感が、彼女たちの胸に温かく灯っていた。

 ――せめて、明日へ繋がる何かを持ち帰れる。

 その想いが、森を抜ける足取りを軽くした。

 

 

― 夕暮れの合流 ―

 

 拠点の前に戻ると、既に探索班も帰還しており、

 リュウジとチャコの姿も見えた。

 

 ルナたちが持ち帰った籠を見て、チャコが驚きの声を上げた。

 「これ……全部、今日見つけたんか?」

 「うん!」とルナが胸を張る。

 「森の北側の沢沿いに行ったら、果樹がたくさんあって。

  それに根菜も育ってたの」

 「すごいやん!しばらくは食料に困らんな」

 チャコが嬉しそうに言うと、アダムも笑顔を浮かべた。

 

 その様子を見ていたリュウジは、静かに近づいた。

 「……大収穫だな」

 「ええ! リュウジ、見てこれ!」

 ルナは嬉しそうに籠を見せる。

 だがその笑顔の中に、ふとリュウジの表情の陰りを見て、問いかけた。

 「どうしたの? 軽量化の方は……?」

 

 リュウジは少しの沈黙の後、苦笑いを浮かべた。

 「……惨敗だ。削りすぎれば強度が落ちる。

  燃料を減らせば途中で墜ちる。

  どの道、まだ完成には程遠い」

 

 ルナは少し寂しそうに目を伏せたが、すぐに微笑んだ。

 「でも、こうして少しずつ前に進んでる。

  失敗もきっと、何かの“手がかり”になるはずよ」

 「……そうかもしれんな」

 リュウジはその言葉に、少し肩の力を抜いた。

 

⬜︎

 

焚き火がゆらめく夕刻。

 仮拠点の前でルナたちが食料の仕分けをしていると、森の奥から複数の足音が近づいてきた。

 

 「戻ったぞ!」

 先頭に立つカオルの声に、ルナが顔を上げる。

 シンゴ、メノリ、ベル、ハワードの姿が見えた。

 皆の背中は泥に汚れ、手には採取した部品らしき金属片が抱えられていた。

 

 「おかえり! どうだった?」

 ルナが駆け寄ると、ハワードが肩をすくめて笑った。

 「まあ、途中までは最悪だったけどさ――最後の最後で、シンゴがやってくれたんだ」

 「えっ?」

 ルナが首を傾げる。

 

 シンゴはその場で、森で拾った白い布切れを取り出し、嬉しそうに広げて見せた。

 「これを見て! 風に乗って舞ってたんだ!」

 

 「……布?」

 チャコが耳をぴくりと動かした。

 「何や、洗濯でも始めるんか?」

 リュウジは苦笑しながら腕を組んだ。

 「その布がどうした?」

 

 「風だよ!」

 シンゴの瞳が輝いていた。

 「風の力を使って船を進ませるんだ! 帆を張って、風を推進力にする!」

 

 その言葉に、空気が一瞬止まった。

 ルナが小さく息を呑み、カオルが前に出る。

 「重力制御ユニットで浮力を保ったまま、風を利用して進む。

  推進エンジンを使わずに航行ができる可能性がある」

 

 「なるほど……」

 リュウジは腕を組んだまま、低く呟いた。

 「風向きの制御さえできれば、理論上は燃料を最小限にできる。

  ――悪くない発想だ」

 

 ポルトが椅子に腰掛け、髭を撫でながら笑みを浮かべた。

 「上出来じゃな。

  風力推進――この惑星の気流を利用するとは、なかなかの発想じゃぞ」

 

 シンゴは照れたように笑った。

 「本当にできるかな……?」

 「できるかどうかは試してみんとわからん」

 ポルトは立ち上がり、杖代わりの椅子を軽く地面に突いた。

 「材料はまだ足りんが、設計はわしが監修してやる」

 

 「じゃあ!」

 ルナが勢いよく立ち上がる。

 「みんなで作ろう! 風で進む船を!」

 

 「おいおい、そんな簡単に――」

 ハワードが呆れ顔をするが、メノリが微笑んで彼の肩を軽く叩いた。

 「いいじゃないか、夢を見るのも悪くないだろう」

 

 ベルは腕を組みながら、ゆっくりと頷いた。

 「風はこの惑星に絶えず吹いている。

  もしそれを利用できるなら……きっと、渡れる」

 

 チャコはニヤリと笑って、リュウジの方を見上げた。

 「ほら、リュウジ。ウチらが失敗した軽量化、これで帳消しやな?」

 「……そうだな」

 リュウジは口元にわずかな笑みを浮かべた。

 「お前らしい、無茶な発想だ」

 

 その言葉に、シンゴは胸を張る。

 「無茶でも、やる価値はあるでしょ!」

 「まったく……」

 カオルが小さく息をつく。

 「だが、悪くないな」

 

⬜︎

 

 夜、焚き火がパチパチと音を立てていた。

 空を見上げると、星々が瞬き、穏やかな風が髪を撫でる。

 

 ルナは炎の向こうで微笑みながら言った。

 「今日、初めて“風”が希望に見えた」

 チャコがにゃっと笑い、隣のアダムが頷いた。

 「うん。風は怖くないね、もう」

 

 リュウジはそんな仲間たちを静かに見つめ、焚き火に照らされた顔に小さな笑みを浮かべた。

 あの風が、彼らを再び前へ進ませてくれる。

 ――今度こそ、全員で。

 

⬜︎

 

夜の冷気をまだ少し残した風が吹き抜け、朝靄が遺跡の石柱を淡く包んでいた。

 周囲には、昨日までの作業で運び込まれたコンテナと木材が並び、

 仮設拠点の中心ではポルトとシンゴが既に作業を始めている。

 

 ルナが寝癖の髪をまとめながら外に出ると、二人の真剣な声が聞こえてきた。

 「――だから、風をどう捕まえるかが肝なんだ。帆の角度を変えられれば……」

 「うむ。風向制御を手動にするか自動にするかで、構造がまるで違う。

  この図面をもう一度見直す必要があるのう」

 

 地面に広げられた図面には、オリオン号の船首を再利用した小型帆船が描かれていた。

 ルナが近づいて、そっと覗き込む。

 

 「おはようございます。……すごい、もうこんなに描いてるんですね」

 シンゴは嬉しそうに笑って振り返った。

 「おはよう、ルナ! まだ途中だけど、風の力を使う部分をどうするか考えてたんだ」

 「風……か。いい響きだな」

 背後から声がして振り向くと、リュウジが工具箱を片手に現れた。

 続いて、寝ぼけ顔のハワードが欠伸をしながらやってくる。

 

 「おいおい、もう朝っぱらから働いてるのか。まだ寝ててもいい時間だろ?」

 「寝ぼけた顔で言うな」

 メノリが呆れたように言って、ハワードの頭を軽く叩いた。

 「お前も少しは働け!」

 「わ、分かってるって! 反省してるから叩くなって!」

 

 チャコがそのやりとりを見て笑いながら言った。

 「ほんま、うるさい兄妹みたいやな。

  ほら、ウチらもそろそろ準備せな置いてかれるで?」

 

⬜︎

 

 ポルトが椅子に腰を下ろし、杖のように使っていたパイプで地面をトントンと叩いた。

 「おし、じゃあ皆、聞け。今日から本格的に“帆船計画”を始める。

  まず、役割を決めるぞ」

 

 全員が輪になって座る。朝日が遺跡の石壁に反射して、薄い金色の光を放っていた。

 

 「船体の再構築と溶接作業は、リュウジとカオルに任せる」

 「了解」

 カオルは短く答え、腕を組んだ。

 「昨日のうちにオリオン号の接合部を確認した。問題は強度と重量のバランスだ」

 「俺が支柱を再調整する」

 ベルが穏やかに微笑んで、木の棒を握った。

 

 「計器や制御系の再接続はウチがやるで」

 チャコが手を挙げる。

 「どうせウチしか出来へんやろしな。古い配線は全部ウチに任せとき」

 「助かるよ、チャコ」

 シンゴがにっこり笑った。

 

 「設計と監修はワシがやる。若いもんの発想はええが、暴走するからのう」

 ポルトが冗談めかして言うと、ルナが笑った。

 「でも、ポルトさんが見てくれてるなら安心ですね」

 

 「物資と食料の調達は私たちがやろう」

 メノリが静かに手を上げた。

 「ルナ、シャアラ、アダム、私で交代しながら拠点を支える。

  無理に焦る必要はない、確実にいこう」

 

 「俺は……船の内装担当ってことでどう?」

 ハワードが冗談めかして言うと、ポルトがピシャリと言い返す。

 「お前は荷物運びじゃ。文句言う暇があったら動け」

 「えぇ~!?」と情けない声を上げるハワードを見て、みんなの笑いがこぼれた。

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