『チーム甘党、準備完了を確認。これより探索用シュミレーションを開始する』
マリの声が、会場全体に響いた。
中央ホールの巨大モニターに、七人の姿が鮮明に映し出される。
ついさっきまで、チョコだの飲み物だのと妙に和やかな空気を作っていた面々だ。
だが、開始のアナウンスが流れた瞬間、その空気の芯だけがすっと研ぎ澄まされた。
リュウジは操縦席に座り、前方モニターへ視線を固定する。
左隣の補助席にはスリッピー。
システム席にはマユミ。
後方にはエマ、ミラ、アズサ、ハズキ。
七人の呼吸が、静かに揃った。
「始めるぞ」
リュウジの短い声。
「了解」
スリッピーが軽く言う。
「システム監視、入る」
マユミが端末を立ち上げる。
「後方、全体確認済みです」
ミラが言う。
「医療キット、展開確認したよ」
エマが続く。
「アズサ、補助導線確認済みです!」
「ハズキも確認終わってます」
元気な声と、静かな声。
けれど、そのどちらも今は浮いていない。
モニターの前で見ていたエリンが、ほんの少しだけ目を細めた。
「……いい入りね」
「ええ」
クリスタルが頷く。
「和やかだった空気をそのまま残してるのに、締めるところは締めてる」
「無理に“さあ本番です”って硬くしてないのがいいわ」
ペルシアが言う。
「リュウジらしいっちゃ、らしいけど」
最初の異常が入る。
システムエラー。
警告音が鋭く鳴り、メインスクリーンの右上に赤い表示が走る。
同時に、航路解析の補助ウィンドウが一つ消え、船内制御系の一部が遅延を起こした。
「システムエラー発生」
マユミが即座に言う。
「航路補助二系統、一時停止。環境値監視系に遅延あり、原因不明。再起動かけると他へ飛ぶ可能性ある」
「安易に触るな」
リュウジが言う。
「生きてる系統だけ先に繋げ、今使うのは航路直結と環境値だ」
「了解」
マユミが指を走らせる。
「必要系統だけ優先で拾う」
「スリッピー、今のエラー、機械側へ来てるか?」
「まだ」
スリッピーが軽い調子のまま答える。
「でも、いやな波形だね。深いところでどっか噛んでる、あと二手で広がるかも」
「広がる前提で構える」
リュウジ。
そのやり取りが、異様に自然だった。
言葉は短い。
だが、切っていない。
何を見て、何をまだ見ないかが、ちゃんと共有されている。
「ミラ」
エマが小さく声をかける。
「はい」
ミラがすぐに応じた。
「今の空気、少しだけ固くなった」
エマが言う。
「後ろから一回、呼吸戻して」
「了解です」
ミラは一歩前に出るでもなく、しかしブース内全員へ届く声量で言った。
「今はまだ大丈夫。必要系統は生きてる。焦って全部を拾わなくていいよ」
その一言で、アズサがほんの少し肩を下ろした。
ハズキの呼吸も、わずかに深くなる。
「……見て」
エリンが小さく言う。
「今のミラ。前に出すぎずに、でも全員に届く位置で戻してる」
「ええ」
ペルシアが頷く。
「リュウジの言葉が前を作って、ミラが後ろを整える。悪くないわ」
次の異常が重なる。
隕石群の襲来。
前方スクリーンへ、細かな光点が一気に流れ込む。
通常の単発障害ではない。
軌道が読みにくい不規則な小群だ。
しかも、さっきのシステムエラーで航路補助が一部死んでいる状態で来た。
警告音が一段高くなる。
「隕石群!」
スリッピーが叫ぶ。
「数多いよ、しかも散ってる!」
「見えてる」
リュウジは前方の映像から目を離さない。
「航路補助に頼らん。手動で抜ける」
「補助出す!」
マユミが言う。
「右上が死角、左下はまだ拾える!」
「十分だ」
リュウジが言う。
「生きてる情報だけ寄越せ」
機体が揺れる。
客席の巨大モニターでも、その揺れは視覚化されていた。
リュウジの操縦席側映像が一瞬だけ大きく抜かれ、手元の入力がほとんど無駄なく流れているのが見える。
「……速い」
ユウコが思わず漏らした。
「ええ」
シルヴィアが低く言う。
「でも、速いだけじゃないですね。全部自分で取ってるように見えて、スリッピーさんとマユミさんの情報はちゃんと受けてる」
「そこがリュウジの上手いところよ」
エリンが言う。
「自分で飛べる人って、逆に人の情報を切りやすいの。でもあの人は必要なものはちゃんと取る」
隕石群は、抜ける。
だが、抜けた瞬間に次の異常が重なる。
船内環境値低下。
ブース内の警告表示が赤から橙へ変わり、酸素濃度と気圧の警戒値が点滅する。
観客席のスクリーンにも、その変化がすぐ反映された。
ミラの表情が変わった。
「環境値低下」
ミラが即座に言う。
「ヘルメット着用!今すぐ!」
その声には迷いがなかった。
アズサとハズキがほぼ反射で動く。
エマも医療キット横から簡易ヘルメットを引き出す。
マユミはシステム席で環境ログを追いながら、短く言った。
「局所じゃない。全体に薄く落ちてる。どこか一か所の穴じゃない可能性高い」
「了解」
リュウジが言う。
「スリッピー、機体維持。マユミ、環境系の原因だけ絞れ」
「見る!」
その時だった。
システム席の右下補助ランプが激しく明滅し、マユミが短く息を呑んだ。
「っ――」
次の瞬間、マユミの前の席が小さく振動し、仮想破損の表示が走る。
システムエンジニア仮負傷。
客席のあちこちでざわめきが起きた。
「来たわね」
クリスタルが言う。
「ここからよ」
ペルシアが目を細める。
マユミが片腕を押さえるようにして姿勢を崩す。
もちろん仮想の負傷だ。
だが、ルール上は“その席の継続能力が著しく低下した”と見なされる。
「マユミさん、下がって」
エマがすぐに動いた。
「応急対応入る」
「ごめん」
マユミが舌打ち混じりに言う。
「今、ログ深いところまで見かけてた」
「あとで聞きます」
エマが静かに返す。
「今は呼吸だけ整えてください」
その声に余計な動揺はない。
エマはマユミの横へしゃがみ込み、仮想処置の手順に入る。
同時に、リュウジが一言だけ飛ばした。
「スリッピー、システムエンジニア兼任」
「了解」
スリッピーが即答する。
「操縦補助やりながらシステムも拾う。欲張るけど死なない程度にね」
「死ぬな」
リュウジが言う。
「善処する」
その軽いやり取りに、客席でホーネットがまた吹き出しそうになった。
「この人達、なんなのほんと」
「静かに」
ナツキが肘でつつく。
でも、自分も少し笑っていた。
ブースの中では、すでに新しい流れが作られていた。
「アズサ」
エマが声をかける。
「はい!」
「私の代わりに医療へ入って、マユミさんの状態管理と、後方の環境変化見て、処置は終わらせるから、その後は引き継ぐ」
「わ、分かりました!」
アズサが一歩前に出る。
客席でエリンが小さく頷く。
「いい。アズサ、迷わなかった」
「ええ」
ミラが見ていない今、その役目を客席側のランが担うように、エリン達が言葉を拾う。
「“私にできるかな”が先に出なかったです」
「前に出る人の強さね」
ペルシアが言う。
「こういう場面で助かるのよ」
だが、システム系をスリッピーが兼任したことで、今度は別の負荷が露骨に高まる。
機体側から警告が連続で入り始めた。
機械過負荷。
補助駆動と姿勢制御の同時運用負荷が跳ね上がり、メインパネルへ赤い文字列が並ぶ。
「来た来た」
スリッピーが前のめりになる。
「これ、さっきの隕石群回避の残り負荷と環境値低下の補正が喧嘩してる。嫌なやつ!」
「切れるか?」
リュウジが聞く。
「切りたい」
スリッピーが言う。
「けど、今は操縦補助もシステムも持ってる。正直、二本腕じゃ足りない!」
「なら増やす」
リュウジが即座に言う。
次の瞬間、リュウジは立ち上がった。
「スリッピー、操縦とシステムエンジニアを持て」
「は?」
スリッピーが振り返る。
「両方!?いや、できるけど、できるけど普通はやらないよ!?」
「今は普通じゃない」
リュウジが言う。
「ハズキ、来い」
「え、私ですか」
ハズキが一瞬だけ目を見開く。
「機械室行く」
リュウジは短く言った。
ハズキは、一拍だけ止まったあと、すぐに頷いた。
「……はい」
その反応を見て、クリスタルが客席で小さく息を漏らした。
「いいわね。怖がってるのに止まらない」
「ハズキって、ああいう時に強いのね」
エリンが言う。
「静かな子ほど、覚悟した後が速いことあるのよ」
ブース内では、流れが一気に再編される。
リュウジが機械室対応に出る。
ハズキが同行。
スリッピーが操縦とシステムエンジニアを同時に持つ。
エマはマユミへの応急対応を終えつつ後方全体を見る。
アズサが医療へ入る。
ミラがその全部の温度を見て、散りそうな意識を戻す。
「全員、聞いて」
ミラの声が入る。
「今、役割が変わった?でも焦らなくていい。スリッピーさんは二役持ってるけど、全部を一人で抱えるわけじゃない。必要なものだけ前に出す。私達はその隙間を埋める」
その言葉で、アズサの呼吸が戻る。
エマも視線だけでミラへ頷いた。
客席で、ペルシアが感心したように言う。
「ほらね、ミラ、今は完全に後ろを支えてる」
「ええ」
エリンが静かに頷く。
「前に出るだけじゃない。ちゃんと場全体へ“まだ大丈夫”を渡してる」
ホーネットが、思わず身を乗り出した。
「すごい。なんか、ほんとに全員ちゃんと役割変わってる」
「そうね」
クリスタルが言う。
「しかも、役割が変わっても空気が死んでない」
「そこが一番大きいわ」
エリンが言った。
「役割変更って、情報だけじゃなくて気持ちも揺れるもの。そこを死なせてない」
モニターの中で、リュウジとハズキが機械室仮想区画へ入る。
ハズキは緊張している。
けれど、その目は前を向いている。
「右上の補助盤見ろ」
リュウジが言う。
「はい」
ハズキが端末へ手を伸ばす。
「見えてるもの全部言わなくていい」
リュウジが続ける。
「今、変だと思うところだけでいい」
ハズキは呼吸を整え、表示を見る。
「……過負荷、局所じゃないです。再配分が偏ってる。左の補助系に戻る分まで、右へ寄ってる」
「それでいい」
リュウジが言う。
「そこだけ寄越せ」
客席のエリンが、小さく微笑んだ。
「ちゃんと見えてる」
「ええ」
ペルシアも笑う。
「ハズキ、拾う目は本物ね」
ステージ上では、スリッピーが操縦席とシステム席の間で信じられない速度で視線を動かしていた。
「うわ、忙しい!でも嫌いじゃない!」
スリッピーが半分笑いながら言う。
「マユミ、あとで褒めてよねこれ!」
「生き残ったら考える」
マユミが応急処置席から返した。
「冷たっ!」
そのやり取りに、客席の空気がまた少しだけ和む。
だが、笑って見ていられるほど簡単な状況ではない。
機械過負荷はまだ収束していないし、環境値低下も完全には戻っていない。
しかも、二重三重に役割が変わった状態だ。
「……ほんとにすごいですね」
クミコが呟いた。
「こんなに役割が変わってるのに、ちゃんと回ってる」
「回してるのよ」
エリンが言う。
「自然に回ってるんじゃない。一人ひとりが“今の自分の役割”を選び直してるから、止まらないの」
その言葉は、若い乗務員達の胸へ深く落ちた。
今、モニターの向こうで行われているのは、単なる技術の披露じゃない。
誰かが抜けた時に、誰が、どうやって、どこまで変わるのか。
その柔らかさと強さ、その両方だった。
そして、その中心には、甘いものを口にしながらでも緊張を緩め、必要な時には一気に芯を締められる、不思議なチームの温度が確かにあった。
ーーーー
機械過負荷の警告が鳴り続ける中でも、チーム甘党は止まらなかった。
いや、正確には――止まりそうな瞬間は何度もあった。
リュウジがハズキを連れて機械室へ向かい、操縦とシステムエンジニアの二役をスリッピーが持つ。エマは仮負傷したマユミの応急対応から全体支援へ回り、アズサが医療の補助へ入る。ミラは後方から全体の空気を支え続ける。
役割は次々と動く。
立場が変わるたびに、本来ならそこに小さな空白が生まれる。
戸惑い。
確認の遅れ。
遠慮。
あるいは、誰かが一人で抱え込みかける危うさ。
だが、その空白を埋めるように、エマの声が途切れずに流れていた。
「アズサ、大丈夫」
エマが言う。
「難しく考えなくていいよ。今は“マユミさんの状態を見る”“環境値の変化を拾う”、それだけでいいから」
「は、はい!」
アズサが返す。
けれど、返事の勢いのわりに肩はまだ硬い。
エマは、そんなアズサの声色を拾って、すぐに続けた。
「返事、ちゃんといいよ?だから次は、一個落として、“分かりました、今はそこを見ます”って、自分で言ってみて」
「……分かりました!」
アズサが一呼吸おいて言い直す。
「今は、マユミさんの状態と環境値を見ます!」
「うん、それでいい」
エマが笑う。
「今の方がずっといいよ」
客席のエリンが、そこで小さく目を細めた。
「いいわね」
エリンが静かに言う。
「ただ指示してるんじゃない。アズサに“自分の役割を自分の言葉で持たせてる”」
「へぇ〜」
ペルシアが感心したように言う。
「エマって、あんなに空気を渡す事が出来たんだ」
その声音には、本当に驚いたような色が混じっていた。
エリンは、視線をモニターから外さないまま答える。
「副パーサーになって、才能が開花してきてるわね。元々、その素質はあったけど、役職が人を育てるって、この事ね」
ペルシアが「なるほど」と頷く横で、クリスタルも小さく腕を組み直した。
「確かに、前のエマなら、ここまで自分から間へ入らなかったかも。今は、“自分が繋がないと流れが死ぬ”ってちゃんと分かってる」
「ええ」
エリンが言う。
「それに、エマはもともと人の呼吸を乱さずに入るのが上手いの。強く押し返すんじゃなくて、詰まってるところだけ柔らかくほどく、そこが今、役職と噛み合ってる」
ホーネットは、モニターに映るエマを見ながら目をぱちぱちさせた。
「なんかすごいね。エマって、もっとこう……優しいだけの人かと思ってた」
「優しいだけじゃ務まらないわよ」
エリンが言う。
「客室も、こういう場も」
その間にも、チーム甘党の中では役割が目まぐるしく動いていた。
機械室仮想区画では、リュウジが補助盤の一角を開き、ハズキへ短く言葉を飛ばしている。
「右側の負荷分散見ろ」
リュウジが言う。
「全部じゃなくていい、偏ってるところだけ拾え」
「はい」
ハズキは端末を睨むようにして操作する。
「……ここです」
「右舷補助系、戻すはずの負荷まで抱えてる。左に逃がす経路が、一回詰まってます」
「そのまま保持しろ」
リュウジが言う。
「今、前に飛ばす」
同時に、スリッピーが操縦席とシステム席の間で忙しなく視線を動かしながら叫ぶ。
「リュウジ、今のくれ!とにかく欲しい!」
「右舷が抱えすぎてる」
リュウジが即座に返す。
「左への戻し経路が一回詰まり、そこだけ通せ」
「了解!」
スリッピーが端末へ指を叩きつけるように走らせる。
「マユミがいたら二秒で済んだのに!でも僕もやれる! 多分!」
「多分はいらない」
エマが後ろから飛ばした。
「厳しい!」
スリッピーが言う。
「でも今のは効いた!」
客席で、ペルシアがまた吹き出しそうになった。
「何あれ、自由人しかいないじゃない」
「自由だけど、死んでない」
クリスタルが言う。
「そこが大きい」
「ええ」
エリンも頷いた。
「リュウジが前で土台を崩してないから、あの自由さが悪い方へ転がらないのよ」
ペルシアが横目でエリンを見る。
「どういう意味?」
エリンは、そこでようやく少しだけ息を吐いた。
「大前提は、リュウジが操縦しているってこと。信頼関係よ、エマはなんだかんだで、リュウジの操縦をよく見てたもの」
その言葉に、ホーネット達が少しだけ驚いたような顔になる。
「えっ」
ユウコが目を丸くする。
「そうなんですか?」
「そうよ」
エリンが言う。
「直接、横で組んでたわけじゃなくても、見てきた時間があるの。どういう時に余計なことを言わない人なのか。どういう時に情報を取り、どういう時に切るのか、その癖を知ってる」
エマは、今まさにその“知っている人間”の動きをしていた。
「スリッピーさん、今は前だけ見て」
エマが言う。
「細かいところは私とアズサで拾う。ミラ、今の環境値の戻り方、全体に一回言葉で流して」
「分かりました」
ミラがすぐに応じる。
「環境値は急降下じゃない。戻しのラインは見えてる。だから、慌てて全部を触らなくていい」
短い。
でも、その一言で後方の呼吸が揃う。
アズサも、最初の硬さが少しずつほどけていた。
「マユミさん、こっちは私が見ます」
アズサが言う。
「呼吸、今は安定してます。環境ログも拾えてます」
「うん、ありがとう」
エマが柔らかく返す。
「今の言い方、すごくいい。自分の持ってる情報がちゃんと伝わる」
アズサが、その言葉に少しだけ目を丸くする。
そして、ほんの少しだけ肩が下がる。
緊張は消えていない。
でも、“自分の声が役に立っている”と分かった時、人の身体は少しだけ前を向ける。
それを、エマは知っていた。
客席のシルヴィアが、モニターを見つめたまま小さく言った。
「エマさん、褒め方がうまいですね」
「そうね」
エリンが静かに頷く。
「ただ励ましてるんじゃなくて、“今のどこがよかったか”を返してる。だから次に繋がる」
「そういう人って、場が死ににくいんだよ」
ペルシアが言う。
「前で空気を作る人が一気に引っ張る時も大事だけど、こういうふうに後ろで一人ずつ噛み合わせる人がいると、崩れにくい」
「まさに副パーサー向き、って感じですね」
クミコが言う。
「ええ」
エリンが答える。
「前で華やかに引っ張るだけが上じゃない。場を死なせずに繋ぎ続けるのも、立派な資質よ」
その頃、シミュレーションルームでは、新たな揺れが入っていた。
環境値低下はやや戻りつつある。
だが、その補正過程でシステム負荷がまた一度波打つ。
「うわ、また来る」
スリッピーが呻いた。
「嫌いじゃないけど、今日は忙しすぎる!」
「泣き言はあと」
リュウジが機械室側から無線で言う。
「今、左へ返す」
「待ってる!」
ハズキが端末を見たまま口を開く。
「……戻ります。左の経路、今、開きました」
「よし」
リュウジが言う。
「スリッピー、今だ」
「了解!」
スリッピーの手が走る。
「通った! 通ったよ!機械過負荷、ピーク越えた!」
その声に、客席のあちこちから小さなざわめきが起きた。
一般客には、何がどれほどすごいのかまでは分からないかもしれない。
けれど、今のやり取りがひとつの山を越えたことだけは、モニター越しにも伝わったのだろう。
「いい連携」
クリスタルがぽつりと言う。
「ハズキ、情報を盛らない。必要なところだけちゃんと返してる」
「ええ」
エリンが頷く。
「言葉が少ないのに、薄くない。リュウジとの相性も悪くないわね」
ブース内では、エマが一度全体を見渡した。
スリッピーはまだ忙しい。
マユミは仮処置下で復帰待機。
アズサはもう医療席の空気に少し慣れてきた。
ミラは後方から全体を支えている。
リュウジとハズキは機械室で要を切っている。
なら、自分のやることは一つだ。
「みんな、聞いて」
エマが言う。
「今、ちゃんと回ってる。忙しいけど、止まってない。だから焦らなくていい。それぞれ、自分の今の役割だけ見て」
その声は、大きくない。
けれど、部屋全体へふわりと広がる。
ミラが、それを受けるように続けた。
「そう。一人で全部を見る必要はないよ。今は、それぞれが持ってる一つをちゃんと繋げばいい」
「了解!」
アズサが返す。
「了解」
スリッピーも軽く答える。
マユミは応急席から少しだけ口元を上げた。
「……いいわね。今の空気」
「でしょ?」
エマが振り返って笑う。
客席では、そのやり取りを見ながらペルシアが肩を揺らしていた。
ホーネットは、それを聞いて少しだけ真面目な顔になった。
「なんか……いいな、それ」
「何が?」
ユウコが聞く。
「“この人が前にいるなら、自分はここでいい”って分かるやつ」
ホーネットが言う。
「それって、めちゃくちゃ強くない?」
「強いわよ」
エリンが言った。
「一人で何でも出来るより、ずっとね」
ステージの上では、チーム甘党がなおも止まらず回り続けていた。
システムエラーから始まり、隕石群、環境値低下、仮負傷、機械過負荷。
普通ならどこかで息が切れてもおかしくない。
けれどこのチームは、崩れかけるたびに、誰かが一歩だけ温度を戻す。
そして、その“戻す”を、今いちばん柔らかく繋いでいるのがエマだった。
客席から見ている若い乗務員達にも、それはもうはっきり伝わっていた。
乗務員の仕事は、客室だけじゃない。
どんな時でも、自分ができることを差し出して、場を死なせないこと。
それが形を変えて、今、目の前で行われている。
エリンは、小さく息を吐いた。
「……いいわ。ちゃんと、乗務員してる」
その呟きは、まるで自分に言い聞かせるみたいでもあり、誇らしさを押し隠すみたいでもあった。
そしてモニターの中では、まだチーム甘党の流れが続いていた。
柔らかく。
どこか可笑しくて。
それでいて、ちゃんと強く。
ーーーー
機械過負荷の警告は、最後の最後まで完全には優しくならなかった。
けれど、チーム甘党は止まらなかった。
リュウジがハズキを連れて機械室へ入って以降も、スリッピーは操縦補助とシステムエンジニアの二役を抱えながら、信じられない速度で必要な情報だけを拾い続けた。マユミは仮処置下にありながらも、戻った瞬間に要点だけを置いていく。アズサは、最初のぎこちなさが嘘みたいに医療席へ根を張り始めていた。ミラは後方から全体の温度を見失わず、エマはその間を縫うように言葉を渡して、詰まりそうな瞬間の空気を柔らかくほどき続ける。
そして――最後の警告が落ち着いた時、ブース全体にほんの一瞬だけ静けさが訪れた。
張り詰めた静けさじゃない。
やり切った直後の、熱を含んだ静けさだった。
モニターの中で、リュウジがゆっくりとシートへ身体を預ける。
スリッピーが、はぁーっ、と大きく息を吐いて頭を椅子の背にもたせかけた。
マユミは片腕を振るようにして仮の負傷処理を終えたことを示し、アズサはまだ緊張の名残を残しながらも、しっかり前を向いている。ハズキは機械室から戻ってきたあとも静かだったが、耳まで少し赤い。ミラはようやく肩の力を抜き、エマはそんな皆を見渡して小さく笑っていた。
終了ブザーが鳴る。
客席から拍手が起こる。
最初はばらばらで、すぐに大きくなっていく。
一般客には、途中でどれだけ複雑に役割が動いたかの細部までは分からなくても、“最後まで止まらなかった”ことの強さはちゃんと伝わったのだろう。
中央ホールの天井近くにまで、その拍手が広がっていく。
チーム甘党のブースでは、短い沈黙のあと、リュウジが皆の方を振り返った。
「……よく頑張った」
その一言は、大きくもなければ、芝居がかってもいなかった。
でも、だからこそ真っ直ぐ届いた。
スリッピーが椅子の背にもたれたまま、くしゃっと笑う。
「いやぁ、頑張ったよ、ほんとに。今日の僕、働きすぎじゃない?」
「自分で言うですね」
マユミが呆れ半分で言う。
「でも、まぁ……」
一拍置いて、少しだけ口元を緩める。
「よく回したと思う」
「でしょ?」
スリッピーがすぐに食いつく。
「もっと褒めていいんだよ」
「調子乗るから嫌」
マユミは即答した。
エマが、そんな二人を見てふっと笑う。
「でも本当にすごかったですぬ。スリッピーさん、途中からほとんど二人分動いてたもん」
「うんうん」
スリッピーが嬉しそうに頷く。
「そういう感謝、大事」
アズサは、まだ少し夢から覚めきっていないような顔をしていた。
「……終わった」
ぽつりと、そう言う。
「なんか、まだ終わった感じしないです」
「分かる」
ハズキも静かに頷く。
「私も、さっきまで機械室にいたのが変な感じ。でも……」
少しだけ息を整えてから続ける。
「怖かったけど、止まらなくてよかった」
ミラは、二人の言葉を聞きながら優しく笑った。
「うん。二人ともちゃんと動けてたよ。途中から、見てるこっちの方が頼もしかった」
「え、ほんとですか?」
アズサが目を丸くする。
「ほんと」
エマも頷く。
「最初は緊張してたけど、途中からちゃんと自分の席を持ててた」
アズサは、そこでようやく少しだけ照れくさそうに笑った。
「……よかった」
ハズキは、まだ大きく笑うほどの余裕はなかったが、ほんの少しだけ肩の力が抜けていた。
「私、余計なこと言わないようにしすぎて、逆に固まるかと思いました。でも、リュウジさんが“変だと思うところだけでいい”って言ってくれたから……そこだけ見ればいいんだって思えました」
リュウジは、それを聞いて短く頷いた。
「それで十分だ。最初から全部やろうとしなくていい」
その言い方には、変な優しさも、無駄な大げささもない。
ただ、現場で必要なことだけを置いていく声だった。
エマは、それを聞きながらふと笑う。
「やっぱり、そういうところですよね」
「何が?」
スリッピーが聞く。
「リュウジさんって、必要な分だけ言うでしょう。だから、逆にこっちが落ち着く」
ミラも静かに頷いた。
「はい。変に励まされるより、ずっとやりやすいです。」
リュウジは少しだけ困ったように息を吐く。
「褒められてるのか、それは」
「褒めてますよ」
エマがにこりと言う。
「そうか」
その返しに、今度はアズサとハズキも少しだけ笑った。
客席では、そのやり取りを見ながらホーネットが小さく身を乗り出す。
「いいな、あの感じ。なんか、ちゃんと“終わった”って空気」
「ええ」
ランが小さく答える。
「締まりすぎてなくて、でもちゃんと芯はある。いい終わり方」
「副パーサーらしい顔してるわね、エマ」
エリンが静かに言った。
「してる」
ペルシアも頷く。
「最初から最後まで、ちゃんと“空気を渡す人”だった」
「ええ」
クリスタルが言う。
「途中で役割が何回も動いたのに、誰一人“今、自分が何を持ってるか分からない”顔にならなかった。それは大きい」
「リュウジが前をぶらさなかったのも大きいけど」
エリンが言う。
「後ろで、その前を信じて空気を繋いだ人がいたからこそよ」
その視線の先にいるのは、もちろんエマだった。
◇
その一方で――。
控え室の大型モニターでその一部始終を見ていたカオル達は、誰一人すぐには口を開けなかった。
シミュレーションが終わったのに、部屋の空気はまるで終わっていない。
むしろ、今まさに別の意味で張り詰めていた。
カオルの頬を、冷や汗が一筋伝う。
それは派手な動揺じゃない。
だが、確かに身体がこの“差”を理解してしまった時の汗だった。
ユアンも同じだった。
腕を組んだままモニターを見ていたが、顎のあたりに汗が滲んでいる。
ナミは端末を握りしめたまま、視線を画面へ固定していた。
シンゴは息を吐くタイミングを見失ったように黙り込み、カイエは膝の上で指先を軽く組んだまま、ただ画面を見つめていた。
キャットでさえ、今は茶化す気配がない。
ククルも、口を開いたまま止まっていた。
誰かが「すごかった」と言えば済む話じゃなかった。
そこにあったのは、単純な賞賛よりもっと重い感覚だった。
カオルが最初に、ようやく低く息を吐く。
「……怪物か」
それはリュウジに向けた言葉のようでもあり、チーム全体に向けたもののようでもあった。
ユアンが、それに遅れて口を開く。
「いや……リュウジだけじゃない。チームごと、だな」
ナミが、まだモニターを見たまま言う。
「途中で何回役割が変わったと思ってるの。システムエンジニア仮負傷、機械過負荷、環境値低下、そこに隕石群。しかも、途中から操縦とシステムをスリッピーが一人で持ってる。普通ならどこかで情報が詰まる」
「詰まってたよ、実際」
シンゴが小さく言う。
「でも、詰まり切る前に誰かが一個ずつ空けてた。それがずっと続いてた」
「うん」
カイエが静かに頷く。
「誰か一人のスーパープレイで押し切ったわけじゃない。もちろんリュウジさんの操縦はすごかった。でも、それだけじゃなかった」
ククルが、まだ信じられないものを見る顔のまま言う。
「エマ……すごかった」
「すごかったね」
シンゴがすぐに答える。
「僕、正直、最初は“医療従事で入るんだ”ってくらいにしか見てなかった。でも全然違った。ずっと空気を渡してた」
ナミが、端末を少しだけ下ろす。
「しかも、渡し方がいやらしくない。“ほら落ち着いて”でも、“大丈夫だから”でもない。今必要な幅だけ作ってた。それが一番厄介」
「厄介って言い方」
ククルが少しだけ眉を寄せる。
「褒めてる」
ナミはすぐに言う。
「相手をその気にさせずに、でもちゃんと戻してる。ああいうの、一番強い」
キャットが、そこでようやく小さく笑った。
「あのチーム、全体の温度が面白い。張り詰めすぎない。でも緩みきらない。普通、ああいうのってどっちかに転ぶのよ、真面目すぎて固くなるか、自由すぎて散るか。でも、あそこは散らない」
ユアンが、忌々しそうに舌打ちした。
「しかも、チーム名が甘党だぞ、なんなんだよ、あれ」
「そこ気にするんだ」
カイエが少しだけ笑う。
「気にするだろ」
ユアンが即答する。
「こっちは胃が痛くなるような気持ちで見てたのに、向こうはチョコ食って、飲み物何飲むって話してから始めてるんだぞ。なんであれで、あの精度が出るんだよ」
シンゴが、その言葉に苦笑いを浮かべる。
「でも、逆にあれだからなんじゃないかな。無理に緊張を作らなかったから、あのまま入れたっていうか」
カオルは、そこで初めて視線を少しだけ下げた。
頬の冷や汗を手の甲で拭う。
その動きさえ、どこかぎこちなかった。
「……分かってた。リュウジが出るって聞いた時点で、簡単じゃないのは………でも」
言葉が一瞬止まる。
「実際に見ると、想像よりずっときついな」
ククルが、そっとカオルを見る。
「カオル……」
「いや」
カオルは小さく首を振る。
「大丈夫だ……分かってる。今のままじゃ、正面からぶつかっても勝てない」
その言葉に、控え室の空気がまた少し重くなる。
だが、それは“諦め”の重さではない。
“現実を見た”重さだった。
ナミが、息を整えるように一度だけ目を閉じる。
「勝てない、で止まる?」
その問いは、自分にも向けたものみたいだった。
カオルは、静かにモニターへ視線を戻した。
「止まらない。ただ、見方を変える」
「どう変えるの?」
ユアンが聞く。
カオルは少し考えてから言った。
「今まで、リュウジの操縦に勝つって意識が強すぎた。でも、あれは操縦だけのチームじゃない。だったら、こっちも操縦だけで見ない。チームとして、どこで上を取れるかを考える」
ナミが、その言葉にゆっくり頷いた。
「そうね。少なくとも、向こうは“完成された正解”じゃない。明確に色がある。だから、その色に噛む方法はあるかもしれない」
「例えば?」
シンゴが聞く。
ナミは少しだけ画面を見ながら言った。
「前へ押し出す強さがある分、後ろの戻しにかなり依存してる。エマとミラが、あの二人分の呼吸を受けて支えてる。逆に言えば、そこへ想定外の多重圧がかかった時、まだ揺れる可能性はある」
キャットが口元を上げる。
「いいわね。やっとナミが“勝つための見方”してきた」
「最初からそのつもりよ」
ナミが言い返す。
「ただ、さっきまでは衝撃が勝ってただけ」
「分かるよ」
ククルが言う。
「私も最初、“うわぁ……”しか出なかった」
カイエは、モニターの中でまだチーム甘党の余韻が残るブースを見ながら、静かに言った。
「でも、今、ちゃんと分かったこともある」
「何が?」
シンゴが聞く。
「私達が目指したい形」
カイエが答える。
「全部は真似できないし、真似しなくていい。でも、“役割が変わっても空気を死なせない”っていう意味では、あれはすごく近い。たぶん、私達もそこをもっと磨かなきゃいけない」
ククルが、小さく頷いた。
「うん。私もそう思う。途中で誰かが変わっても、“今どうなってるか”をちゃんと渡せるようになりたい」
「僕も」
シンゴが言う。
「さっき見てて思った。情報が多いだけじゃ駄目なんだ。待てる形で出して、受けた側が次に動けるようにしないと、結局詰まる」
「副操縦士も同じだな」
ユアンが言った。
「俺、今まで“操縦を助ける”って意識が強かったけど、それだけじゃ足りない。操縦と、後ろの全体の間で、どこまで切って返せるか……そこがいる」
カオルは、その言葉を聞きながら一度深く息を吸った。
胸の奥にはまだ冷たいものが残っている。
汗も完全には引いていない。
だが、その冷たさの中に、逆に輪郭が出てきた感覚があった。
怖い。
強い。
厳しい。
でも、越えるなら、今見たものから目を逸らすわけにはいかない。
「……よく見とけ」
カオルが低く言う。
「うん」
ククルが頷く。
「全部、拾う」
ナミ。
「僕も」
シンゴ。
「当然」
ユアン。
「ようやく面白くなってきたわね」
キャットが笑った。
モニターの向こうでは、チーム甘党の面々がブースの中で互いに短く言葉を交わし終え、退出へ向かうところだった。
その背中を見ながら、カオル達はもう単なる観客ではいられなかった。
次は自分達だ。
その現実が、さっきまでよりずっと重く、ずっと鮮明に、控え室の空気へ落ちてきていた。
ーーーー
チーム甘党のシュミレーションが終わったあともしばらく、中央ホールの空気には熱が残っていた。
巨大モニターの映像は、ブース内の終了処理と簡単なリプレイへ切り替わっている。
さっきまで拍手を送っていた観客達も、それぞれに感想を交わし始めていた。
一般客は「すごかった」「最後の切り替えが速かった」と素直な驚きを口にし、企業関係者らしい人達は腕を組みながら、もっと低い声で技術や連携の話をしている。
そんなざわめきの中で、スペースホープの一角だけは、まだ少し浮ついた熱を抱えたままだった。
「……すごかったですね」
クミコが、まだモニターから目を離しきれないまま言う。
「うん」
ミドリも頷く。
「戻し方が、なんか綺麗だった。途中で役割めちゃくちゃ動いたのに、全然死ななかったし」
「しかも、エマさんがあんな感じで全体繋げるとは思わなかったです」
アズサの姿がまだモニターの中に残っているせいか、サリーもどこか夢を見ているみたいな顔をしていた。
「優しいだけじゃなくて、ちゃんと強かったです」
「“優しいだけ”じゃないのよ」
エリンが静かに言う。
「優しい人って、時々誤解されるけど、本当に場を支えられる人は、優しいだけじゃ務まらない。空気を読む力も、切り替える力も、渡す力もいるの」
その言葉に、ホーネットがぽつりと呟く。
「エマ、ちょっと見直したかも」
「ちょっとなの?」
ユウコが横から言う。
「だって、元から好きだし」
ホーネットが悪びれずに言う。
「そこに“すごい”が増えたって感じ」
「分かる」
ナツキも珍しく素直に頷いた。
「あとミラさんも。今までのミラさんって、もっと前で引っ張るイメージあったけど、今日は後ろで空気支えてる感じがすごく強かった」
「ええ」
エリンが小さく頷く。
「そこが成長ね」
その時だった。
通路の向こうから、見慣れた三人の姿が戻ってくるのが見えた。
ミラ。
アズサ。
ハズキ。
三人とも、ブースに入る前とは少し空気が違っていた。
大げさに誇らしげなわけではない。
けれど、自分の中で何か一つ越えてきた人間の顔をしている。
ミラはいつもより少しだけ表情がやわらかく、アズサは緊張の名残を残しながらも目がきらきらしていた。ハズキは相変わらず静かだったが、その静けさの質が少し変わっていた。
「ミラさん!」
クミコがほとんど立ち上がりかける。
「アズサ!」
マユも手を振った。
「ハズキ!」
ミドリが思わず前のめりになる。
「おかえり!」
ホーネットが一番大きい声を出した。
その一言をきっかけに、客席の空気が一気にほぐれる。
「おかえりなさい!」
「すごかったです!」
「見てました!」
「ほんとにすごかった!」
ユウコも、ナツキも、クミコも、ミドリも、サリーも、マユも、ハズキの席を空けるように少しずつ詰めて、三人を暖かく迎えた。
ミラはその勢いに少しだけ目を丸くしてから、やわらかく笑う。
「ただいま。そんなに大げさに迎えなくてもいいのに」
「いやいやいや!」
ホーネットが首をぶんぶん振る。
「大げさじゃないって!めちゃくちゃすごかったから!」
「ほんとです!」
ユウコが勢いよく続く。
「ミラさん、あんなに空気を支えられるんですね!見てて、ずっとすごいってなってました!」
ミラは、その言葉に少しだけ照れたように笑った。
「ありがとう。でも、私だけじゃないよ。今日はほんとに、みんなで回した感じだったから」
「それでもすごかった」
ナツキが言う。
「特に途中からの切り替え、役割変わってるのに、全然慌ててなかったです」
「慌ててはいたよ」
ミラが苦笑する。
「ただ、慌ててるって出しても意味ないから、そこは何とかしただけ」
その横で、アズサはもう完全に熱を持った顔で言葉を吐き出していた。
「聞いて!いや、見てたから聞いてじゃないんだけど!ほんとにすごかったの!最初は“え、私が医療!?”ってなってたのに、エマさんが“今はこれだけ見て”って言ってくれて、そしたら本当に“これだけでいいんだ”って思えて!」
「うんうん」
クミコが全力で頷く。
「そのへん、こっちから見てても分かった!最初、ちょっと声硬かったのに、途中からちゃんと自分の声で言ってた!」
「そう! それ!」
アズサがぱっとクミコを見る。
「最初、ほんとに声出るかなって感じだったんだけど途中から“私が見る”って言えるようになったのなんか……」
少しだけ胸へ手を当てる。
「変な感じなんだけど、すごく嬉しかった」
マユが、そんなアズサを見てやわらかく笑った。
「よかったね」
「うん!」
アズサが素直に頷く。
ハズキは、そんな二人の横で少しだけ静かに座っていたが、ユウコがすぐにその肩をつついた。
「ハズキも!機械室行ってたじゃん!めちゃくちゃ怖くなかった?」
ハズキは一瞬だけ考えてから、小さく答える。
「怖かったですでも、リュウジさんが“変だと思うところだけでいい”って言ってくれたから、全部見なきゃ、全部やらなきゃ、ってならなかったです」
「それであの情報の返し方できるの、普通にすごいよ」
ミドリが言う。
「言葉少なかったけど、ちゃんと要点だけだったし」
「そうかな」
ハズキは少しだけ首を傾げた。
「必死だったから、あんまり覚えてない」
「その“覚えてない”って人、大体ちゃんとやれてるんだよ」
ナツキが言う。
「それな」
ホーネットがすぐ乗る。
客席の一角には、明るい熱が戻っていた。
エリンは、そんな三人を見ながら静かに頷く。
「お疲れ様」
その一言は、大げさな称賛じゃなかった。
でも、三人にとってはそれで十分だった。
「はい」
ミラが素直に答える。
「ありがとうございます」
アズサも背筋を伸ばす。
「……はい」
ハズキも小さく返した。
エリンは、その返事を受けてほんの少しだけ表情をやわらげる。
「ちゃんと自分の役割を持ててた。それが何よりよ」
その時、ペルシアが通路の方をちらりと見た。
「あら」
「どうしたの?」
エリンが聞く。
「スリッピー、もういない」
ペルシアが言う。
皆もそちらへ目を向ける。
たしかに、さっきまで少し離れたところでスタッフらしい人間に捕まって何やら話していたスリッピーの姿が、今はもうない。代わりに、管理局側の職員と技術スタッフの一団が舞台裏側へ流れていくのが見えた。
「宇宙管理局と合流したんでしょうね」
クリスタルが言う。
「元々、今日はあっちの手伝いだったし」
「甘いもの食べて、そのまま技術班に回収されたのかも」
ホーネットが笑う。
「ありそう」
ユウコも頷く。
「それで、エマさんは?」
ランが辺りを見回す。
その問いに、サリーが小さく通路を指差した。
「あ……エマさんと、マユミさん、向こうにいます」
見ると、客席の外側、出店エリアへ続く通路の向こうに、エマとマユミの後ろ姿が見えた。二人とももうシミュレーションの緊張から離れた空気で歩いていて、エマは何かを指差しながら楽しそうにしている。
「……ほんとに甘いもの食べに行ったのね」
エリンが小さく苦笑した。
「さすがチーム甘党」
ホーネットが言う。
「名前に偽りなしですね」
ミドリも笑う。
そして、もう一人――。
「そういえば」
クミコが周囲を見回した。
「リュウジさんは?」
一瞬、客席の誰もがきょろりと視線を動かす。
いない。
ついさっきまで、たしかにそこにいた。
けれど気づけば、どこにも姿が見えなかった。
「……ほんとだ」
ユウコが言う。
「いない」
「気づいたら消えてるの、逆にすごいですね」
シルヴィアが小さく言う。
「リュウジらしいわね」
ペルシアが肩をすくめる。
「どうせどっかで静かにしてるんでしょ、あるいはもう次のこと考えてるか」
「それもありそう」
クリスタルが淡々と言った。
エリンは、その言葉に小さく頷きながらも、少しだけ遠くを見るような目をした。
「ええ。そういう人だもの」
それ以上、深くは言わなかった。
◇
一方その頃。
控え室では、チーム甘党の終了後もまだ緊張が完全には抜けていなかった。
大型モニターに映っていた映像が切り替わり、次のチームの準備が流れ始めても、カオル達の部屋にはしばらく誰も声を出さない時間があった。
リュウジ達の動きは、単純な“すごい”では片付けられなかった。
システムエラー。
隕石群。
環境値低下。
仮負傷。
機械過負荷。
そこへ役割変更が重なっても、あのチームは最後まで止まらなかった。
それを正面から見せつけられたのだ。
カオルは、頬に残る冷や汗を親指で拭った。
その動きに、カイエが気づく。
「カオル」
「大丈夫だ」
カオルはすぐに言った。
「……いや、大丈夫じゃないな」
少しだけ苦く笑う。
「でも、崩れてる場合じゃない」
ユアンが椅子へ深く腰を下ろし、天井を仰ぐ。
「きっつ、マジで、きっついな」
「同感」
ナミが短く言う。
「見たかったけど、見たくなかった類のやつ」
「でも、見なきゃ駄目なやつでもあった」
シンゴが静かに言う。
「今の、全部参考になる」
ククルは、自分の膝の上で手をぎゅっと握っていた。
「エマ、すごかった。あと、ミラも……アズサとハズキも」
「うん」
カイエが頷く。
「ちゃんと持ってた。自分の役割を、途中から“借り物”じゃなくて、自分のものとして持ててた」
キャットは、椅子の背にもたれたまま薄く笑う。
「いい刺激になったでしょ、正直、胃には悪いけど」
「悪いなんてもんじゃない」
ユアンが言った。
「でも、もう逃げ場ないな。ここまで見せられたら」
ナミが端末を閉じる。
「逃げないわよ。むしろ、こっちも整えるしかない」
カオルは、その言葉に小さく頷いた。
「準備するぞ」
その一言で、控え室の空気が変わった。
完全に楽になるわけじゃない。
緊張も、重さも、まだある。
でも、それを抱えたまま動き出す空気へ切り替わる。
カイエが最初に立ち上がった。
「うん。まず、さっきの甘党の流れを一回切る。すごかったのはすごかった。でも、今からやるのは私達」
「そうだね」
シンゴも頷いて立ち上がる。
「引きずるんじゃなくて、拾う。それだけにしよう」
「私は端末の最終確認する」
ナミが言う。
「さっき見てて、自分の返しが遅くなりそうなポイントも少し見えたし、そこだけ修正したい」
「じゃあ僕は補助盤と仮説順の再確認」
シンゴが言い直して、自分で少し眉を寄せる。
「……なんか緊張すると変なところで口が戻る」
「落ち着けって」
ユアンが苦笑する。
「でも分かる」
「ユアンは?」
ククルが聞く。
「俺?」
ユアンは少しだけ肩を回した。
「操縦直結ログの拾い方、もう一回頭に入れる。あと、ナミ。お前との受け渡し、さっきより早くする」
「うん」
ナミがすぐに頷く。
「私も、長くしない、必要なことだけ先に出す」
キャットは伸びをしながら言う。
「私は医療キットと導線の再確認。あと、必要なら途中で雑談でもしてあげる」
「雑談は時と場合でしょ」
カイエが言う。
「分かってるわよ」
キャットが笑う。
「でも、時々ああいうの効くんだから」
ククルは、そこで少しだけ深呼吸をした。
「私、さっきの見て思った。やっぱり、空気の詰まりって先に拾えると大きい。だから、今回はもっと遠慮しない。変だと思ったらすぐ言う」
「それでいい」
カオルが言った。
「迷うな」
ククルは、その言葉にしっかり頷いた。
「うん!」
カイエが最後にカオルを見る。
「カオル、今、頭の中どうなってる?」
それはただの確認ではなかった。
コックピットコンディションとして、操縦士の温度を掴みにいく問いだった。
カオルは、少しだけ目を閉じる。
リュウジ達の映像。
さっきの重さ。
冷や汗。
越えたい背中。
全部がまだ胸の中に残っている。
だが、その上で答える。
「怖いな。正直、かなり。でも、それでいい、今のあいつらを見た上で、それでも勝ちたいと思ってる」
その一言に、控え室の空気が静かに締まった。
カイエが小さく息を吐く。
「分かった。その言葉、ちゃんと持っといて」
「うん」
カオルが頷く。
部屋の外、通路の向こうから次の進行を告げるスタッフの声が聞こえる。
時間は止まってくれない。
チーム甘党の余韻がどれだけ強くても、次に進むしかない。
ナミが端末を持ち直し、シンゴが工具ケースを引き寄せる。
ユアンが椅子から立ち上がり、キャットが髪をひとつにまとめ直す。
ククルが頬をぺちんと軽く叩いて気合いを入れた。
そして、カイエが最後に小さく言う。
「行こう。私達の番まで、もうそんなにない」
その言葉に、全員が静かに頷いた。
控え室の空気は、まだ完全に軽くなったわけではない。
けれど今は、重さを抱えたままでもちゃんと前に進める温度になっていた。
カオル達は、それぞれの準備へ散っていく。
次に舞台へ上がる時、もう“見ていた側”ではいられない。
その現実を、一人ひとりが自分の形で飲み込み始めていた。