サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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地球②

 グレートフォックスは、日本列島上空をゆっくりと旋回していた。

 

 高高度から見下ろす日本は、ルナが過去映像や資料で見ていた“かつての国”とはまるで別物だった。

 

 海岸線は大きくえぐられ、海は濁り、山肌には痛々しいほど大きな裂け目が走っている。灰色と茶色の間のような色をした雲が低く垂れこめ、その隙間から見える大地もまた、崩れ、沈み、ひしゃげていた。かつて都市だった場所には、もう都市の輪郭はない。残っているのは、空へ向けて骨のように突き出た鉄骨や、崩落した構造物の影、そしてところどころ不自然に広がる濃い緑だけだった。

 

「……想像以上に酷いですね」

 ルナが小さく呟いた。

 

 資料で分かっていたつもりだった。

 記録映像も見てきた。

 でも、実際に自分の目で見ると、その“酷さ”は数字や文章よりずっと重かった。

 

「ほんまやな」

 チャコが窓に顔を近づける。

「うちも、もうちょい形は残っとるんかと思っとったわ。けど、これ……思ってたよりずっとアカンやん」

 

「ええ」

 ペルシアも窓の外を見つめながら言う。

「正直、ここまでとは思わなかった。映像で見るのと、実際に上から見るのじゃ全然違うわね」

 

 フォックスは操縦桿に手を置いたまま、低く言った。

 

「今見えてるのは、まだ上空からだ。降りればもっと分かる」

 

 その言葉は脅すようでもあり、現実を教えるようでもあった。

 

 スリッピーが補助モニターを操作しながら、次々に地表データを拾っていく。

 

「大気成分、場所によって差が大きいね。酸素濃度は死ぬほど低いってほどじゃないけど、そのまま吸える数字じゃない。粉塵濃度も高いし、酸性成分もまだ残ってる。あと、局所的な温度差がかなりあるなぁ。地表の割れ目から変な熱出てるところもある」

 

「降りれそうなポイントは?」

 ペルシアが聞く。

 

 スリッピーは少しだけ端末を寄せて言った。

 

「……今見えてる範囲だと、あんまりない。平らに見えても、下が空洞かもしれないし、着地出来ても、その後に立って活動できるかは別問題」

 

「降りれそうなポイントはなさそうね」

 ペルシアが小さく息を吐いた。

 

 ルナは、その言葉に反応するように身を乗り出した。

 

「まだ、旧都市圏は見てないですよね?資料だと、中央域の一部には比較的地盤の残ってる区画があるって」

 

「ある、にはある」

 スリッピーが言う。

「でも“比較的”だよ。今の地球で“比較的マシ”って、全然安心できる意味じゃない」

 

「それでも見たいです」

 ルナは言った。

「見ないと始まらないですし」

 

 ペルシアがルナを見る。

 

 その目は、昨日までの高揚を失っていなかった。

 むしろ、上空から今の地球を見たことで、その高揚は少し質を変えたように見えた。浮ついた楽しさではない。現実を見た上で、それでも前へ出ようとする強さになっている。

 

「……そうね」

 ペルシアが頷く。

「じゃあ、旧都市圏まで回ってみましょう」

 

 

 しばらくして、グレートフォックスは旧都市圏の上空へ差しかかった。

 

 かつて巨大な都市だったであろう一帯は、今や巨大な傷跡の集まりだった。

 

 無数のビル群が並んでいたはずの場所は、ほとんどが崩れ落ち、平らではなく段差だらけの瓦礫の海になっている。ところどころ、高層建築の残骸が奇妙な角度で立っていたり、逆に地下構造だけが露出して巨大な穴のようになっていたりする。道路だったはずの線は途中で断ち切れ、地面そのものが滑るようにずれている場所も多かった。

 

 その中で。

 

「……待て」

 フォックスが声を落とした。

 

 皆の視線が前方モニターへ集まる。

 

 崩壊した旧都市圏の一角。

 高層建築群から少し外れた、比較的低層の施設が集まっていた区域に、妙に平らな空間が残っていた。そこだけは、地殻変動の裂け目からも大きく外れ、上から見る限りでは瓦礫の密度も低い。

 

「ここ」

 ルナが思わず言う。

「ここなら……!」

 

「待て、まだ早い」

 フォックスが言った。

「上から見て平らに見えるだけかもしれん」

 

 スリッピーがすぐに補助スキャンを重ねる。

 

「地表硬度、周囲よりはマシ。下に空洞反応……あるけど、真下じゃなくて少し西寄り、降りるだけなら、たぶんいける。ただし“降りた後に安全”は保証しない」

 

「周囲の大気は?」

 ペルシアが聞く。

 

「悪い」

 スリッピーが即答する。

「でも、今見てきた中ではまだマシな方。活動するなら防護服と酸素は必須。粉塵もあるし、微量だけど有害ガス成分も混じってる」

 

 チャコが窓越しにその場所を覗き込む。

 

「ほんまに、マシってだけやな、住めそうって感じとは程遠いわ」

 

「ええ」

 ペルシアも同意した。

「でも、“降りて見られる”場所があるなら見ておくべきね。ルナちゃん、どうする?」

 

 ルナは迷わなかった。

 

「行きます。ここを見たいです」

 

 フォックスが短く頷く。

 

「なら降ろす。だが、長居はしない」

 

「はい」

 ルナは答えた。

 

 グレートフォックスはゆっくりと高度を下げ始めた。

 窓の外で、崩壊した建物の残骸がだんだん大きくなる。濁った空気の層が機体表面を撫でるように流れ、軽い振動が伝わってきた。

 

 高度が下がるにつれ、傷んだ大地の匂いまで伝わってきそうな錯覚がする。

 灰色の粉塵。

 錆びた鉄骨。

 ひしゃげた構造物。

 それでも、かろうじて“地面”と呼べる平面が残っている。

 

 やがて、グレートフォックスはその一角へ慎重に降り立った。

 

 

「地上活動、準備して」

 

 ペルシアの声で、機内の空気が切り替わる。

 

 ルナとフォックスとリュウジは、後方区画へ移動し、防護服の装着を始めた。

 

 防護服は厚手の複合素材で出来ており、外気の有害成分、粉塵、局所的な熱変化へ対応する仕様だ。首元まで閉じると、一気に身体が重くなったように感じる。そこへヘルメットを被り、酸素ラインを接続し、手袋をはめる。

 

 ルナは、少しだけぎこちない手つきで留め具を確認した。

 

「……やっぱり、着ると緊張するね」

 ルナが言う。

 

「そらそうやろ」

 チャコが横から覗き込む。

「地球の地上やで?むしろ緊張せん方が怖いわ」

 

 チャコは猫型ロボットのため、防護服は不要だった。外装そのものに耐性があり、ある程度の有害成分や粉塵なら問題なく活動できる。ただし、それでも長時間の露出は推奨されない。

 

「フォックスさん」

 ルナがヘルメットを固定しながら言う。

「この状態で普通に動けますか?」

 

「普通には動けん」

 フォックスが答えた。

「だからこそ、無駄な動きをするな。見る、歩く、確認する。余計な真似はするな」

 

「はい」

 

 スリッピーが、その横で小型の酸素供給ユニットを確認する。

 

「活動時間は一時間までね」

 ペルシアが言う。

「酸素供給は三時間しか持たないけど、だからって三時間使うつもりで動かないこと。一時間で戻る。いい?」

 

「はい、分かりました」

 ルナが答える。

 

「分かった」

 リュウジとフォックスも短く返す。

 

 スリッピーが、そこで小型のレーザー銃を二丁持ってきた。

 

「念のため、リュウジとフォックスはこれ持っていきな。何が出るか分かんないし」

 

「動物ですか?」

 ルナが思わず聞く。

 

「動物とも限らない」

 スリッピーが言う。

「崩れかけた設備の自動防衛システムかもしれないし、変な反応を見せる無人機の残骸かもしれないし、もっと単純に瓦礫の中の危険物を撃ち抜く必要があるかもしれない。使わないで済むのが一番だけどね」

 

 フォックスは無言で受け取る。

 リュウジも同じようにレーザー銃を腰へ固定した。

 

 ペルシアが最後にルナを見た。

 

「ルナちゃん。地上で焦らない。見たい気持ちは分かるけど、今日は“最初の確認”だけ。活動拠点に出来るかどうかの見極めが目的。何でもかんでも持ち帰ろうとしない」

 

「はい」

 ルナはしっかり頷いた。

 

 その目はまだ強く輝いている。

 でも、今はそれにちゃんと慎重さが混じっていた。

 

「よし」

 ペルシアが言う。

「行ってきなさい。私とスリッピーは船で待機。何かあったらすぐに戻ること、迷ったら戻る。危ないと思った時点で戻る。その三つ、忘れないで」

 

「はい」

 

 エアロックが開く。

 

 地球の空気が、機体の外側で低くうねっていた。

 

 

 地上へ降り立った瞬間、ルナは思わず息を止めそうになった。

 

 もちろん、ヘルメットの中は人工酸素だ。

 直接、地球の空気を吸っているわけではない。

 それでも“そこにある環境”は、全身へ重くのしかかってきた。

 

 空が、低い。

 

 上空から見た時よりも、さらにそう感じる。

 雲は濁り、色は灰色とも褐色ともつかない。太陽光は遮られ、昼なのにどこか夕方みたいに薄暗い。

 

 風が吹くたびに、細かい粉塵が舞い上がる。

 足元の地面は、一見すると固いが、よく見るとところどころ細かくひび割れていた。遠くには崩れたビル群の残骸が見える。鉄骨は茶色く錆び、コンクリートは黒く変色し、どこかの地下施設が露出して巨大な口を開けている。

 

「……すごい」

 ルナが、思わず呟いた。

 

 その声はヘルメット越しに通信へ流れ、すぐにペルシアの声が返ってきた。

 

『感想はいいけど、足元見なさい。一歩目で転んだら笑うわよ』

 

「笑わないでくださいよ」

 ルナが少しだけ頬を熱くしながら言う。

 

 チャコは、ぴょん、と軽く地面へ降りて周囲を見回した。

 

「うわ……上から見るんと、やっぱ全然ちゃうな。空気重たっ」

 

 フォックスは既に周囲の導線を確認している。

 

「ルナ、俺の後ろを歩け、リュウジ、右側を見ろ」

 

「分かった」

 リュウジが短く返す。

 

 こうして三人――いや、チャコを入れて四人は、グレートフォックスの近くに残った比較的平坦な地表を慎重に進み始めた。

 

 最初の目的は、着地点周辺の安全確認。

 次に、ここが活動拠点候補として最低限成立するかの見極め。

 そのために必要な観察を、一時間以内で出来るだけ多く集める。

 

「ルナ」

 フォックスが前を歩きながら言う。

「見ろ。建物の崩れ方と、地面の割れ方が一致してない」

 

 ルナはすぐに視線を巡らせた。

 

「……ほんとだ。建物はこっちへ倒れてるのに、地割れは別方向ですね」

 

「そう」

 フォックスが言う。

「一回の災害でこうなったわけじゃない。複数の地殻変動が何度も重なってる。だから“見た目が平ら”でも、下がどうなってるか分からん」

 

 リュウジは、右手側の崩落した建物の影へ視線を向けた。

 

「周囲、静かすぎるな」

 

『静かな方がいいでしょ』

 ペルシアの声が通信から返る。

 

「そういう意味じゃない」

 リュウジが言う。

「風以外の音がない。生物反応も薄い」

 

『センサー上も薄いよ』

 スリッピーが補足する。

『でも、ゼロじゃない。地下反応なのか、残留機器なのか、まだ切れない』

 

 チャコが先へ跳ねるように進みながら言った。

 

「ルナ、こっち見てみ、道路やったとこ、多分ここや」

 

 ルナがそちらへ近づく。

 

 かつて道路だったらしい幅のある帯が、瓦礫の間にかろうじて残っていた。だが、中央部分が沈み込み、ところどころ陥没している。地表に出ているのは舗装材の残骸と、変形したガードレールらしき金属片だけだ。

 

「これじゃ大型の搬入車両は無理ですね」

 ルナが言う。

「一時的に降りても、その先の輸送路が作れない」

 

「それだけじゃない」

 リュウジが足元を見ながら言う。

「この辺り、荷重をかけると沈む」

 

 試しに瓦礫の少ない箇所を靴先で押すと、表面の下が細かく崩れた。

 

「……思ったより脆い」

 ルナが呟く。

 

「地盤補強が前提になる」

 フォックスが言う。

「しかも範囲が広い」

 

 少し進むと、低層の建物が半分だけ原型を残していた。壁はひび割れ、窓はとうに砕けているが、外から見た限りでは完全崩壊まではしていない。

 

「中、見たいです」

 ルナが言う。

 

「五分」

 フォックスが即答した。

「入口から見て、危ないならやめる」

 

「はい」

 

 リュウジが先に入り口周辺を確認し、レーザー銃の安全装置を外したまま低い姿勢で中を覗く。

 フォックスが左側を、ルナが後ろから続く。チャコはすばしこく脇を抜けて内部の映像を外へ飛ばしていた。

 

 建物の中は、予想以上に荒れていた。

 

 天井は一部崩落し、床は盛り上がったり沈んだりして平らではない。壁には黒ずんだ染みが走り、配管のようなものが露出している。空気そのものはヘルメットが遮断しているはずなのに、視界越しに見えるだけで“吸いたくない”と思わせるような場所だった。

 

「……活動拠点にするには、まず除染からですね」

 ルナが言う。

 

「除染だけで済まない」

 リュウジが言った。

「構造補強、気密化、地下の空洞確認、周辺導線の再構築。全部いる」

 

 チャコが壁を軽く叩いて言う。

 

「しかも、これ一個だけ直してもアカンやろ。周りごと持たせんと意味ないで」

 

「ええ」

 ルナは頷いた。

「単独の建物を使うって発想じゃダメかも。区域ごと管理しないと……」

 

 その時、スリッピーの声が通信へ入った。

 

『ルナ、フォックス、リュウジ。建物内、二階以上はやめてね。さっきから熱源の偏り方が変。荷重かかったら上の方から崩れるかも』

 

「了解」

 フォックスが即答する。

「撤収する」

 

 外へ出る。

 

 建物から数歩離れたところで、ルナは改めてその周辺を見渡した。

 

 地上に降りる前は、まだどこかに“使える場所”があるかもしれないと思っていた。

 だが、こうして実際に立ってみると、その考えがどれだけ甘かったかが分かる。

 

 平らに見えても、脆い。

 建物が残っていても、危うい。

 空間があっても、その周囲の導線が死んでいる。

 

 そして何より――。

 

「……空が悪い」

 ルナが小さく言った。

 

 フォックスが振り向く。

 

「何が見えた」

 

 ルナは少しだけ空を見上げる。

 

「見えたというか……光が弱すぎます。このままじゃ、地上活動の時間帯がかなり限定される。植物利用の再生計画を組むにしても、まずは人工補光か、地下・半地下前提になるかも。それに、気流も不安定すぎる。居住区画の外へ出るたび、常に防護装備が必要になるなら、拠点維持コストが大きいです」

 

 フォックスは小さく頷いた。

 

「よく見てる」

 

 その一言に、ルナは少しだけ背筋を伸ばした。

 

 チャコが周囲をぐるりと回って戻ってくる。

 

「ルナ、向こうに穴空いとる。でっかい地下施設みたいなん見えるけど、入口が半分埋まっとるわ」

 

「見に行く」

 ルナが言った。

 

「時間見る」

 フォックスが先に言う。

「あと二十五分。行くならそこが最後だ」

 

『賛成』

 ペルシアの声が入る。

『今日は欲張らない。最後に一か所見たら戻ること』

 

「はい」

 ルナは素直に返した。

 

 

 地下施設らしき場所は、旧都市圏の外れ寄りにあった。

 

 地盤が大きく沈み、その一角だけがえぐれたように落ち込んでいる。かつては地下鉄駅か、避難施設か、あるいは地下型の物流拠点だったのかもしれない。入口にあたる部分の半分は瓦礫で塞がれているが、完全には埋まっておらず、人ひとりが入れる程度の隙間が残っていた。

 

 ルナはその縁へ立ち、下を覗き込んだ。

 

 暗い。

 奥はほとんど見えない。

 

「危ない」

 フォックスが言う。

「ここは外から見るだけだ」

 

「でも、地下施設が生きてるなら」

 ルナが言う。

「居住区としては地上より可能性があります。気密と酸素循環を整えられれば、外よりは――」

 

「その“整えられれば”が問題やろ」

 チャコが言う。

「入口半分埋まっとるし、下の構造も分からん。今ここを拠点候補にしたら、まず復旧だけで何年かかるか分からへんで」

 

 リュウジも周囲を見ながら言った。

 

「しかも、ここは周辺の建物が近すぎる。崩れた時の二次被害が大きい」

 

 スリッピーが通信で補足する。

 

『地下反応、深いところはまだ死んでないかも。でも上層部の歪みが激しい、中に入るなら、本格調査班と補強班を入れてからじゃないと危険すぎる』

 

 ルナは、その言葉を聞きながらも、目を離せなかった。

 

 ここに何かが残っているかもしれない。

 地下区画。

 気密空間。

 過去の設備。

 使えるもの。

 

 でも、それ以上に見えてしまう。

 今この時点では、“使える”より“危ない”が圧倒的に勝っていることが。

 

「……ダメだね」

 ルナが、ようやく小さく言った。

 

 チャコが少しだけ目を細める。

 

「ルナ」

 

「ううん、でも」

 ルナは首を振った。

「見てよかった。上から見ただけじゃ、ここまで分かんなかった。地上に降りたから分かった。今のまま活動拠点にするには、厳しい」

 

 その言葉を、ルナは自分でちゃんと噛み締めるように言った。

 

 悔しい。

 でも、嘘ではない。

 

 フォックスが頷く。

 

「そうだ。今日の下見は、それを見極めるためのものだ。使えない場所を“使えない”と判断出来るのも前進だ」

 

 リュウジが周囲を一瞥し、通信へ言う。

 

「ペルシア?戻る」

 

『そうして』

 ペルシアがすぐに答える。

『あと十五分あるからって延長しないこと、十分見たでしょ』

 

「分かってる」

 リュウジが言った。

 

 

 グレートフォックスへ戻る道のりで、ルナは何度も周囲を見た。

 

 瓦礫。

 崩れた建物。

 沈んだ道路。

 汚れた空。

 そして、不自然に生い茂る植物らしきもの。

 

 どこを見ても、“人が住む”には遠い。

 遠すぎる。

 

 それでも、不思議と絶望だけにはならなかった。

 

 現実は想像以上に厳しい。

 だが、厳しいことが分かったからこそ、やるべきことの輪郭も少し見えた。

 

 地上単独拠点では難しい。

 地下施設の再利用も簡単ではない。

 なら、最初は小規模の密閉型前進拠点からか。

 あるいは、もっと地盤の安定した別区域から見るべきか。

 補光設備と環境制御をセットにした限定居住圏から始める方がいいのか。

 

 頭の中に、次々と別の考えが浮かぶ。

 

 チャコがその横顔を見て言った。

 

「ルナ、落ち込んどるか思たら、また考えとるやろ」

 

「うん」

 ルナは正直に頷いた。

「だって、ここが無理なら、次どうするか考えないと」

 

「ええ顔しとるわ」

 チャコが笑う。

「その感じやったら、まだまだへこたれへんな」

 

「へこたれてる場合じゃないもん」

 ルナが言った。

「酷いのは分かった。でも、だから終わりじゃない。ここを見たから、次を考えられる」

 

 前を歩いていたフォックスが、少しだけ振り返った。

 

「その考え方は悪くない」

 

「ありがとうございます、フォックスさん」

 

「ただし」

 フォックスは続ける。

「次を考えるのは、船に戻ってからだ。帰り道で足元を疎かにするな」

 

「はい」

 ルナはすぐに答えた。

 

 グレートフォックスの機体が見えてくる。

 

 宇宙港で見た時より、ずっと頼もしく見えた。

 

 

 エアロックを抜け、船内へ戻った瞬間、ルナはようやく肩の力が抜けた。

 

 ヘルメットを外す。

 防護服の首元を緩める。

 人工酸素の乾いた空気ではなく、船内の管理された空気を吸った瞬間、身体がじんわりと“戻ってきた”と感じる。

 

「お疲れさま」

 ペルシアが言う。

「どうだった?」

 

 ルナは、防護服の手袋を外しながら答えた。

 

「……厳しいです。上から見た時点で分かってたつもりでしたけど、実際に地上へ降りると、想像よりずっと、活動拠点にするには厳しいです」

 

「そうでしょうね」

 ペルシアは頷いた。

「見てるこっちでも分かったもの」

 

 スリッピーが端末をひょいと持ち上げる。

 

「こっちのセンサーでも、周辺一帯の安定性は低いって出てる。降りることは出来ても、“住む”とか“活動拠点にする”とは全然別。今日見た場所は、候補から外していいと思うよ」

 

 ルナは悔しそうに唇を結んだが、すぐに頷いた。

 

「私もそう思います」

 

 フォックスがグローブを外しながら言う。

 

「悪い判断じゃない。見切るのが早いのは大事だ」

 

 リュウジも短く言った。

 

「可能性はゼロじゃない。でも、最初の拠点には向かない」

 

 その言い方が、ルナには妙に救いになった。

 

 完全な否定じゃない。

 ただ、“最初の足場には向かない”という現実的な判断。

 

「なら」

 ルナが顔を上げる。

「次、別の場所を見たいです」

 

 ペルシアが少しだけ笑う。

 

「それよ。その一言が出るなら大丈夫。今日はこのあと、上空から別の区域も見て回るわ。最初の一か所で終わりじゃないもの」

 

 チャコが、すでに通常モードへ戻った軽い声で言う。

 

「ルナ、ええやん。最初の候補はアカンかったけど、ほんまに始まっとる感じするわ」

 

「うん」

 ルナは頷いた。

「始まってる。しかも、思ってたよりずっと現実的に」

 

 ペルシアが、そんなルナを見てほんの少し目を細めた。

 

 上空で見た時の高揚感。

 地上で突きつけられた厳しい現実。

 そして、それでも次を見ようとする目。

 

 ルナはちゃんと、最初の一歩を踏み出している。

 

「じゃあ、次行くわよ」

 ペルシアが言う。

「今日はまだ終わらない。地球は広いんだから」

 

「はい!」

 ルナは、今度は昨日よりもっと強い声で答えた。

 

 最初の候補地は、活動拠点にするには厳しかった。

 それははっきりした。

 

 でも、それで終わりじゃない。

 

 むしろ、ここからだ。

 

 グレートフォックスは再び離陸の準備に入り、傷ついた日本の上空へゆっくりと浮かび上がっていく。ルナは窓の外の灰色の空と崩れた大地を見ながら、胸の奥に残る熱を確かめていた。

 

 想像以上に厳しい。

 でも、それでもやりたい。

 

 その気持ちは、地上を一度踏んだ今の方が、はっきりしていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 その日は、日本以外にも中国、アメリカの上空を確認した。

 

 だが、結果は厳しかった。

 

 中国では、広大な内陸部に比較的地盤が残っているように見える区域はいくつかあったものの、実際には地殻変動の爪痕が深く、着陸を試みるには危険すぎた。上空から見ても分かるほど大地が波打ち、土色の裂け目が何本も走り、ところどころから濁った蒸気のようなものが立ち上っている。平坦に見える場所ほど、逆に不気味だった。

 

 アメリカも同じだった。

 

 かつて広大な都市と平原を持っていたはずのその国は、今や断片の集合体に見えた。海岸線は大きく崩れ、内陸の一部は巨大な窪地に変わり、残された建造物も遠目から見て分かるほど不安定だった。風の流れも荒く、砂塵と粉塵が帯のようにうねり続け、グレートフォックスで低空へ入ることすら危ういとフォックスが判断した。

 

「……着陸できるポイントすら見つからへんな」

 チャコが、窓の外を見ながら珍しく低い声で言った。

 

「ええ」

 ペルシアも端末を見つめたまま頷く。

「上から見て“ここならいけるかも”と思う場所ほど、データが悪い。今日見た中だと、日本の旧都市圏がまだマシだったくらいね」

 

「マシであれだろ」

 フォックスが前を向いたまま言う。

「地球全体が思ってた以上に死んでる」

 

 ルナは返事ができなかった。

 

 今日一日で、胸の中の“やりたい”は消えていない。

 むしろ強くなっている。

 けれど、それと同じくらい、“簡単じゃない”という現実も深く刻まれていた。

 

 自分がやろうとしていることが、どれほど大きく、どれほど遠いのか。

 上空から見て、降りて見て、また別の大陸を見て、そのたびに突きつけられた。

 

 だからこそ、黙り込んでしまったのだろう。

 

 その様子を見ていたスリッピーが、少しだけ柔らかい声で言った。

 

「ルナ、黙るのは別に悪くないけどね。今日見たものを、頭の中でちゃんと整理する時間は必要だよ」

 

「……はい、スリッピーさん」

 ルナは小さく返す。

 

「でも、落ち込んでるだけならダメだよ」

 スリッピーは端末をぱちんと閉じた。

「今日見たのは、“何が無理か”を知るためでもあるから」

 

「うん」

 チャコが頷く。

「出来へん場所を出来へんって分かるんも、ちゃんと前進やしな」

 

 ルナは、そこでようやく小さく息を吐いた。

 

「……そうだね。うん、分かってる。分かってるけど……」

 一度言葉を切る。

「思ってたより、ずっと遠かった」

 

 前方で操縦していたリュウジが、少しだけ肩越しに振り向いた。

 

「遠いなら、近づける方法を考えるだけだ」

 

 短くて、当たり前のような言い方だった。

 でも、今のルナには、その言葉が妙に真っ直ぐに刺さった。

 

「……うん」

 ルナは頷いた。

「そうだね」

 

 

 その日の夜は、カナダの比較的安定している区域へ着陸して一夜を明かすことになった。

 

 地球全体が傷んでいる中でも、カナダ北部の一部にはまだ気象変動と地殻変動の影響が局所的に抑えられている地域が残っていた。もちろん“人が安全に住める”という意味ではまったくない。だが、グレートフォックスを一晩停め、外へ長時間出なければ問題ない程度には安定している。

 

 機体が静かに着陸し、夜の地球が窓の外へ広がる。

 

 日本や中国、アメリカで見た濁った空と比べれば、この場所の空はまだずっとましだった。低い雲はあるが、ところどころに暗い夜空が覗き、遠くに星らしき光も見える。風も、昼に見た他地域ほど荒れていない。

 

 それでも、地球の夜はどこか冷たかった。

 

 人の気配がないからだろうか。

 明かりがないからだろうか。

 

 星はある。大地もある。風も吹いている。

 なのに、そこに“暮らし”の温度がない。

 

 それが、妙に胸へ刺さった。

 

「今日はここで休憩ね」

 ペルシアがそう言って、端末をテーブルへ置いた。

「夜間に無理して移動しても意味ないし、明日の朝にまた動くわよ」

 

「了解」

 フォックスが短く返す。

 

「僕、お腹すいたー」

 スリッピーが椅子へ身体を投げるように座った。

「今日、ずっと画面見てたから、頭が糖分を要求してる」

 

「お前はいつも要求してるだろ」

 フォックスが言う。

 

「それはそう」

 スリッピーはまったく否定しなかった。

 

 チャコは機内をきょろきょろ見回す。

 

「ほな、夜の基地生活やな。なんかこう、変な感じやわ。地球におるのに、地球っぽい気せえへん」

 

「それは私も同じ」

 ペルシアが言った。

「とりあえず汗流したいわ」

 

 そう言いながら、ペルシアは奥の区画へ消えていった。

 

 

夜はそれぞれが動きだした。

ペルシアは奥の区画でシャワーを浴びている。

 

「ルナちゃん、シャワーどうぞ」

そう言いながら、ペルシアは奥の区画から戻ってきた。

 

「ペルシアさん!? その格好!?」

 ルナが思わず声を上げる。

 

 無理もない。

 

 ペルシアは、上に何も羽織らず、下着姿のままで平然と機内を歩いていたのだ。タオルを肩にかけ、濡れた髪を片手でかき上げながら、もう片方の手では冷蔵収納からビール缶を取り出している。

 

「なに?」

 ペルシアはきょとんとした顔をする。

「どこか変かしら?」

 

「下着姿でウロウロするな」

 リュウジがインスタント食品の容器を開けながら言う。

 

「いいでしょう、減るもんじゃないし」

 ペルシアが言い返す。

 

「減る減らないの話じゃない」

 リュウジは即座に返した。

 

 チャコがそのやり取りを見て、ぶっと吹き出す。

 

「なんやそれ、めっちゃ夫婦みたいやん」

 

「違う」

 リュウジが即答する。

 

「そういう反応が余計におもろいねん」

 チャコが笑う。

 

 ペルシアは、ビール缶を片手ににやにやしながらルナへ視線を戻した。

 

「なに、リュウジ見たいの?」

 ペルシアがわざとらしく言う。

 

「ペルシアさん!?」

 ルナがさらに声を上げる。

「そういう意味じゃないです!」

 

「冗談よ」

 ペルシアがけらけら笑う。

「ルナちゃんもシャワー浴びてきな。今日はさすがに埃っぽかったでしょ」

 

「は、はい……」

 ルナはまだ少し顔を赤くしながら頷いた。

 

 スリッピーが横からひょいと口を挟む。

 

「ペルシア、せめてタオルくらい巻いたら?ルナ困ってるし」

 

「スリッピーまで何よ」

 ペルシアが言う。

「そんなに見苦しい?」

 

「見苦しいっていうか」

 スリッピーは少しだけ考えてから言う。

「落ち着かない」

 

「同感だ」

 フォックスが低く言う。

 

「はいはい」

 ペルシアは肩をすくめた。

「じゃあ次からはもうちょっとだけ配慮するわよ」

 

「“だけ”なんですね」

 ルナが思わずぽつりと言ってしまう。

 

 ペルシアが目を細める。

 

「ルナちゃん、今ちょっと鋭かったわね」

 

「すみません……」

 ルナは慌てたが、チャコは横で腹を抱えて笑っていた。

 

「ルナ、今のめっちゃ良かったで!」

 

「チャコ!」

 ルナが振り向く。

 

 そんな賑やかさに紛れて、機内の張りつめた空気が少しずつ緩んでいく。

 

 

 ルナがシャワーを終えて戻ってくる頃には、機内の照明も少し落とされ、夜の休息モードへ近づいていた。

 

 髪を軽く乾かしながらラウンジへ顔を出すと、リュウジはさっきと同じ場所でインスタント食品を食べ終え、今度は温かい飲み物を飲んでいた。フォックスは端末で明日のルートを確認し、スリッピーは相変わらず甘いものを齧っている。チャコはソファへ寝転がるように座り、ペルシアは今度こそ薄手のシャツを羽織ってビールを飲んでいた。

 

「お、ルナちゃん戻った」

 ペルシアが言う。

「どうだった?」

 

「シャワーは普通でした」

 ルナが少しだけむっとして言う。

 

「何、その答え」

 ペルシアが笑う。

 

「だって、さっきのペルシアさんが衝撃的すぎて……」

 ルナが言うと、チャコがまた吹き出した。

 

「まだ引っ張るんかい」

 チャコが笑う。

 

「引っ張るでしょ」

 スリッピーも肩を揺らす。

「初手があれじゃ強すぎるって」

 

「もういいでしょ」

 ペルシアがビールを一口飲む。

「それより、夜のひと時よ。ルナちゃん、何か食べる?」

 

「はい、少し」

 ルナは頷いて、小さな軽食パックを手に取った。

 

 座る場所を探して、結局チャコの隣へ腰を下ろす。

 

 少しの沈黙。

 

 機内の外は静かだ。

 窓の外には、カナダの夜の地平が暗く広がっている。どこまでも人の明かりがなく、逆にその静けさが、今地球へ来ているのだという現実を強く感じさせた。

 

「……今日、すごかったなぁ」

 ルナが小さく言った。

 

「今さらやな」

 チャコが言う。

「でも、まぁ、ほんまに濃い一日やったな」

 

「うん」

 ルナは頷いた。

「日本も、中国も、アメリカも、思ってた以上に厳しかった。でも、だからこそ分かったこともある」

 

 フォックスが視線を上げる。

 

「例えば?」

 

 ルナは少し考えてから答えた。

 

「最初の活動拠点を、地上の“残っている建物”に頼る発想は危ないってことです。見た目が残っていても、周囲の地盤も、空気も、導線も死んでる。地下施設も可能性はあるけど、上層部が不安定すぎるし、そこへ至るまでの安全圏がない。だから、もし始めるなら」

 ルナは自分の手のひらを見ながら言葉を選ぶ。

「完全な新設か、もしくは上空・地下を組み合わせた限定的な前進拠点が必要かもしれないです」

 

「ふむ」

 スリッピーが甘い棒菓子を齧りながら言う。

「上空プラットフォームと地上観測班の組み合わせ、とか?」

 

「はい」

 ルナが頷く。

「地上に“住む”前に、まず“安全に居られる点”を作る。そこから少しずつ広げていく感じです」

 

「悪くない」

 フォックスが短く言った。

 

 それだけの言葉だった。

 でも、ルナには十分だった。

 

「あと」

 ルナは続ける。

「国単位で見るんじゃなくて、“気象安定域”と“地殻安定域”の重なる範囲で見る方が現実的だと思いました。今日は日本から見たけど、たぶん最初の拠点候補が日本になるとは限らない。日本は象徴としては大きいです。でも、象徴だけで決めると危ない」

 

「その切り分けが出来てるなら上出来や」

 チャコが言う。

「ルナ、ちゃんと現実見とるな」

 

「見たくないものも見えたけどね」

 ルナは少しだけ苦笑した。

 

 そこで、ペルシアが缶を揺らしながら言う。

 

「でも、見えたなら良かったじゃない。今日来た意味はそこよ」

 

「はい」

 ルナは頷く。

「上から見てるだけだったら、たぶんもっと夢見たままだったと思います。でも、実際に降りてみたら、全然違った。厳しいって分かった。それでも、やりたいって思えた」

 

 その言葉に、リュウジが静かに視線を上げた。

 

「なら、それで十分だ」

 

 ルナはその声に反応してリュウジを見る。

 

「十分かな?」

 

「ああ」

 リュウジは言う。

「現実を見て、やめたいじゃなくて、やりたいが残るなら、それは軽い気持ちじゃない」

 

 チャコが腕を組んで大きく頷く。

 

「せやな。今日のルナ、最初のワクワクだけやなくて、地上見てからもちゃんと前向いとる。それやったら、多分これからしんどくても進めるで」

 

 ルナは、軽食を持ったまま少しだけ俯いた。

 

 嬉しい。

 そう言ってもらえるのが、素直に嬉しかった。

 

「……ありがと」

 ルナは、リュウジとチャコの両方へ向けて言った。

 

 ペルシアが、その空気を少しだけ柔らかくするように笑う。

 

「じゃあ、ルナちゃんの地球活動の初日としては上出来ね。第一候補は却下。でも、方向性は見えた。それだけでも大きいわ」

 

「ああ」

 フォックスも言う。

「ゼロからじゃない。次はもっと絞れる」

 

 スリッピーが端末を掲げた。

 

「僕の方でも、今日の観測データまとめとくよ。日本の旧都市圏、中国の内陸部、アメリカ中部、それぞれの着陸不可要因を切っておけば、次の候補絞りが早い。あと、カナダのここは“宿営可能域”として暫定保存しとく。活動拠点じゃないけど、少なくとも一晩停められる場所としての価値はあるし」

 

「ありがとうございます、スリッピーさん」

 ルナが言う。

 

「いいってことよ」

 スリッピーは気楽に返した。

 

 ペルシアがそこで、ふとルナを見た。

 

「ルナちゃん。今日は疲れてるでしょ」

 

「疲れてます」

 ルナは正直に言った。

「でも、眠くはないです。頭がまだ動いてる感じで」

 

「分かる」

 ペルシアが笑う。

「こういう日は変に目が冴えるのよね」

 

「ペルシアは大体いつも冴えてるか、酔ってるかの二択じゃない?」

 スリッピーが言う。

 

「失礼ね」

 ペルシアが言い返す。

「今日はちゃんと“少し飲んでるだけ”よ」

 

「今、缶二本目だけど」

 チャコが言う。

 

「細かいことは気にしないの」

 ペルシアが言った。

 

 そのやり取りに、また小さく笑いが起こる。

 

 外の地球は冷たく、暗く、壊れていた。

 でも、グレートフォックスの中にはちゃんと人の気配がある。

 声があって、笑いがあって、少しだけ疲れた身体があって、それでも前の話をする熱がある。

 

 ルナは、その温かさを感じながら窓の外を見た。

 

 遠くに暗い地平が広がっている。

 その先に、今日見た傷ついた大地がある。

 日本も、中国も、アメリカも。

 簡単には人が戻れない場所。

 

 それでも。

 

 ルナは胸の中で思う。

 

 ――やっぱり、やりたい。

 

 今日一日でそれはもっと強くなった。

 綺麗ごとじゃない。

 大変なのも分かった。

 簡単じゃないのも痛いほど分かった。

 

 でも、それでも前へ進みたい。

 

「……明日はどこから見ます?」

 ルナが、もう次の話をした。

 

 フォックスが端末を閉じながら答える。

 

「朝一で北側へ回る。次は“地上拠点候補”じゃなく、“前進観測拠点候補”として見る。そこからまた絞る」

 

「はい」

 ルナは頷く。

「分かりました」

 

 ペルシアは、その返事を聞いて小さく満足そうに笑った。

 

「いいわね。その顔なら、まだまだ大丈夫そう」

 

「大丈夫です」

 ルナは言った。

「たぶん、これからが本番です」

 

「そうね」

 ペルシアが言う。

「今日やっと、入口に立っただけだもの」

 

 夜のひと時は、静かに更けていく。

 

 誰かが大きく騒ぐわけではない。

 でも、それぞれが今日見たものを胸の中で噛み締めながら、それでも次を考えている。

 

 壊れた地球の夜に浮かぶグレートフォックスの中で、ルナの高揚はまだ消えていなかった。

 

 それはもう、昨日までの“楽しみ”だけではない。

 

 現実を見たうえで、それでもやりたいと思う人間だけが持てる、静かで強い熱だった。

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