リリアが東の未探索領域調査における本部支援への限定復帰を決めてから、三日が経った。
宇宙管理局本部では、その三日間で計画の輪郭が急速に変わり始めていた。
シャオメイはネフェリス、アーウィン二機、本部を結ぶ通信系統を三重化し、主回線が失われた場合の切替時間を計測している。
ジェームズはチャコと共有するため、ネフェリスの重力制御、姿勢制御、神経応答制御に関する監視項目を洗い直していた。
イーナは局長側へ提出する権限委任案と、外部から任務変更を要求された場合の遮断手順を作成している。
フレイは本部側の指揮系統を組み直し、誰か一人が席を離れた場合でも、最低限の帰還支援を維持出来る勤務配置を作っていた。
そしてリリアは、休暇前まで使用していた一次情報受付の席へ戻るため、現行端末の再訓練へ入った。
宇宙警察、救難機関、周辺コロニー、航行中の船舶。
それぞれから入る情報を最初に受け、発信元、時刻、座標、観測方法、危険度を確認し、必要な担当へ渡す。
その仕事を知る者が戻ったことで、オペレーションルームの入口がようやく形になった。
だが、まだ一つ大きな問題が残っていた。
現地側。
ネフェリスの操縦席。
リュウジの隣へ、誰を置くのか。
ペルシアはその答えを出せないまま、三日目の朝を迎えていた。
◇
その日、リュウジとエリンは、ペルシアからの呼び出しを受けて宇宙管理局本部へ来ていた。
指定されたのは、統括官室ではなく、小規模な作戦会議室だった。
中央には細長い机が置かれ、正面のモニターには東の未探索領域外縁調査計画の最新版が表示されている。
以前より項目が増えていた。
現地側の編成。
本部側の配置。
ネフェリスの改修工程。
通信断絶時の手順。
撤退基準の策定担当。
参加者への説明計画。
どれも、エリンが示した七つの条件を、実際の作戦へ落とし込もうとしたものだった。
リュウジはモニターの前に立ち、変更点を一つずつ確認していた。
その隣では、エリンが本部配置表を見ている。
ペルシアは机の反対側に座り、二人が資料を読み終えるのを待っていた。
普段であれば、相手が読み終える前から説明を始める。
必要だと思ったことを、その場で次々に付け加える。
だが今日は何も言わなかった。
その静けさに、エリンは早い段階で気づいていた。
「ペルシア」
エリンがモニターから目を離す。
「何?」
「何か言いたいことがあるんでしょう」
「あるわよ」
「なら、先に言って」
「全部見てからの方がいいと思ったの」
「資料の説明じゃないわよね」
ペルシアは一瞬だけ黙った。
エリンには隠せない。
リュウジも資料を見る手を止め、ペルシアへ顔を向けた。
「本部側は、前よりかなり整っています」とリュウジが言う。「リリアが入ったことで、シャオメイとイーナの役割も分離されています。フレイの代行手順も追加されている」
「そうね」
「ネフェリスの検証項目も、チャコが挙げていた内容が反映されています」
「ジェームズと三日間、ずっと揉めてたわ」
「揉めたんだ」
「チャコが“この切替時間じゃ遅い”って言って、ジェームズが“機体構造上これ以上は無理だ”って言って、最後には二人とも別の方式を作り始めた」
「いつものことですね」
「そうなのよ」
ペルシアは軽く返したが、その声はどこか固かった。
エリンは椅子へ腰を下ろした。
「それで?」
「何が?」
「私達を呼んだ理由」
ペルシアは数秒、エリンを見た。
リュウジは何も言わない。
ただ、二人の間にある空気を静かに見ている。
ペルシアは机の上で手を組んだ。
「七つの条件は、全部確認した」
「うん」
「本部側も、現地側も、その条件を前提に組み直してる。まだ足りないところはあるけど、方向は決まった」
「それは見れば分かる」
「リリアも戻ってくれた。限定的だけどね。シャオメイ、ジェームズ、イーナ、フレイとの連携も一からじゃない。ナミとマリも、必要な資料は遠隔で確認してくれる」
「ええ」
「だから」
ペルシアは一度、呼吸を整えた。
「今回の件は、後は私の方で対応する」
エリンの表情が僅かに止まった。
リュウジも目を細める。
「どういう意味?」
「そのままよ。ここから先は宇宙管理局側で詰める。ネフェリスの検証、本部運用、現地編成、局長との最終調整。全部、私が責任を持つ」
「私が聞いてるのは、何をするかじゃない」
エリンの声が少し低くなる。
「どうして、今それを私に言うのかって聞いてるの」
ペルシアは視線を逸らさなかった。
「エリンは、もう十分やってくれたから」
短い言葉だった。
だが、エリンの眉がはっきりと寄った。
「十分って何?」
「条件を作った。リュウジと話した。計画の一番危ないところを全部出した。誰か一人に判断を集めないことも、全員帰還を成功条件にすることも、あんたが形にした」
「だから、終わり?」
「そう」
「勝手に決めないで」
エリンは即座に返した。
「私は確認だけして終わるつもりはない。本部運用にも関わるって言ったでしょう」
「考えるって言っただけで、正式に入るとは言ってない」
「言葉の問題じゃない」
「今は言葉の問題にして」
ペルシアの返事も早かった。
室内の空気が僅かに張る。
リュウジは二人の間へ口を挟まなかった。
今ここで必要なのは、仲裁ではない。
ペルシアが何を考えているのか、最後まで言わせることだと分かっていた。
「私は協力する」とエリンは言った。「帰還手順、乗員の負担、連絡の流れ。専門の人達だけで作った計画に、人の動きとして抜けているところがないかを見る。そう決めた」
「決めたのはあんた一人でしょ」
「ペルシア」
「駄目」
ペルシアははっきりと言った。
「今回は、あんたを入れない」
エリンが椅子から僅かに身を乗り出す。
「どうして?」
「もう十分やったから」
「同じことを繰り返さないで」
「同じことしか答えないわよ」
「私が納得すると思う?」
「しないでしょうね」
「なら、理由を言って」
ペルシアは黙った。
エリンも待った。
二人の間にあるものは、単なる役割分担ではない。
長く一緒に働いてきたからこそ、言わなくても分かる部分がある。
だが、今日のペルシアは、その分かるはずの部分を、あえて言葉にしなければならないと思っていた。
ペルシアは、机の上で組んでいた手へ僅かに力を込めた。
「悲劇のフライトの時」
その言葉が出た瞬間、リュウジの表情が固くなった。
エリンも何も言わなかった。
会議室の空気が、急に遠い過去へ引き戻される。
「あの時、エリンは十分やった」
ペルシアの声は静かだった。
「操縦室と客室の間を繋いで、混乱した乗客をまとめて、最後まで自分の持ち場を離れなかった。リュウジが操縦を続けられるように、船内を守った」
「それは私の仕事よ」
「仕事なら、どこまでやっても傷つかないわけじゃないでしょう」
エリンは口を閉じた。
悲劇のフライト。
制御を失った宇宙船。
倒れる乗客。
泣き叫ぶ声。
金属が裂ける音。
エリンは最後まで乗客へ声をかけ、動ける者へ指示を出し、操縦室との連絡を繋いだ。
そして、船体を貫いた破片によって大きな傷を負った。
腹部から胸元近くまで残る、今も消えない傷。
事故後、エリンの意識は戻らなかった。
一日でも、一週間でもない。
一年近く。
白い病室の中で、機械に繋がれたまま眠り続けた。
「悲劇のフライトの後、エリンはリュウジを支えてたんじゃない」
ペルシアは、自分の言葉を訂正するように言った。
「あんた自身が、生きるか死ぬかのところにいた」
エリンの指先が僅かに動いた。
「リュウジがどれだけ自分を責めてたかも知らないまま、あんたは眠ってた。リュウジだって、エリンが目を覚ますか分からないまま、自分だけ生き残ったと思ってた」
リュウジは視線を落とした。
あの一年を、言葉に出来たことはほとんどない。
エリンが眠っている病室。
規則的な機械音。
閉じたままの目。
医師から繰り返される、断言のない説明。
目を覚ます可能性はある。
しかし、いつになるかは分からない。
後遺症が残る可能性もある。
その姿を見るたび、リュウジは思った。
自分が操縦を誤ったからだ。
自分が全員を救えなかったからだ。
自分だけが動ける身体を残してしまったからだ。
「私は、何も出来なかった」
ペルシアは低く言った。
「エリンが眠ってる間も、リュウジが消えていくみたいに壊れていく間も、私は見てることしか出来なかった」
「ペルシアの責任じゃないわ」
「責任の話じゃない」
ペルシアはすぐに返した。
「出来なかったって話をしてるの」
エリンが目を覚ました時には、事故から一年近くが経っていた。
失った筋力。
思うように動かない身体。
残った傷。
空白になった時間。
そのうえ、リュウジは重力嵐に巻き込まれ、行方不明になっていた。
普通なら、自分の身体を戻すだけで精いっぱいだったはずだ。
それでもエリンはリハビリを始めた。
いつリュウジが戻ってきてもいいように。
自分でも探しに行けるように。
もう一度、自分の足で立てるように。
「目を覚ましてからも、あんたは自分のことだけ考えなかった」
ペルシアの声には、抑えきれない痛みが混じっていた。
「一年近く眠って、身体も思うように動かなくて、それでもリュウジを探す準備を始めた。戻ってきた後も、あの子がまた自分を捨てようとするたびに止めた」
「私がそうしたかったからよ」
「だから、もう十分なの」
ペルシアは、はっきりと言った。
「悲劇のフライトで、エリンは命を懸けた。大きな傷を負って、一年を失った。目を覚ました後だって、失った時間を取り戻すみたいに動き続けた」
「失ったとは思ってない」
「私は思ってる」
エリンの表情が僅かに揺れた。
「あんたが眠ってた一年を、なかったことには出来ない。エリンが何も知らないまま眠ってる間、何度も、代われるなら代わりたいと思った」
「ペルシア……」
「だから今回、またエリンに同じ場所を支えさせるわけにはいかない」
ペルシアはモニターに映る東の未探索領域へ視線を向けた。
「今回の調査が、どっちに転ぶかは私にも分からない。全員で準備しても、何が起きるか分からない。サヴァイヴが見つかるかもしれない。何も見つからないかもしれない。ネフェリスが壊れるかもしれない。誰かが負傷するかもしれない」
そこで一度、言葉を止める。
「リュウジが、また自分を捨てる方へ戻るかもしれない」
エリンは、迷わず言った。
「だから私も関わるの」
「違う」
「何が違うの」
「今度は私が隣にいる」
ペルシアはリュウジを見る。
「リュウジの声を聞く。判断が変わったら止める。チャコの報告も、護衛の状態も、全部受ける」
そして、エリンへ戻る。
「悲劇のフライトの時、私はあんた達を守れなかった。エリンが一年近く目を覚まさなかった時も、私には何も出来なかった」
「だからって、一人で背負うつもり?」
「今回は私の番なの」
「そんな決め方は認めない」
エリンの声が強くなる。
「私は悲劇のフライトの被害者だから、もう関わるなって言うの?」
「そうじゃない」
「同じよ。私が一年眠っていたことも、傷が残っていることも事実。でも、それを理由に私の選択を取り上げないで」
「また同じことになったらどうするの」
「同じにはしないために関わるの」
「エリン」
「私は現地へ行くと言ってるんじゃない。本部から、帰還手順と乗員の負担を見る。誰か一人に仕事が集中していないか、異常が起きた時に情報を受け取る人がいるかを確認する」
「それでも何か起きたら、あんたはまた自分を責めるでしょう」
「ペルシアだって同じでしょう」
ペルシアが黙った。
「私を守るために外して、自分だけ責任を持つつもりなら、それは私がリュウジに禁止したことと同じよ」
自己犠牲を前提にしない。
誰か一人へ判断を集めない。
仲間の選択を勝手に奪わない。
エリンが提示した条件は、リュウジだけへ向けたものではない。
計画へ関わる全員が守るべき基準だった。
「私は協力する」
エリンはもう一度言った。
「一年眠っていたからこそ、何も出来ない時間がどれだけ苦しいか知ってる。起きた時には全部終わっていた、なんて、もう嫌なの」
その声に、リュウジが僅かに顔を上げた。
「もし今回、何かが起きた時に、私は外されていたから何も出来ませんでしたって言われる方が耐えられない」
ペルシアは唇を結んだ。
エリンを守りたい。
また傷つかせたくない。
だが、その思いを理由に、エリンを何も出来ない場所へ置くこともまた、彼女を傷つける。
その時、会議室の扉が二度叩かれた。
「俺だよ」
穏やかな男性の声が聞こえた。
エリンはすぐに姿勢を正した。
「タツヤ班長?」
「入るよ」
扉が開き、タツヤ班長が姿を見せた。
片手には薄い資料端末を持っている。
表情はいつもと同じように柔らかい。
だが、目だけは真剣だった。
「タツヤ班長、どうしてここに?」
エリンが尋ねる。
「ペルシアから連絡をもらってね」
ペルシアが僅かに視線を逸らした。
「来てとは言ってないわ。話したいことがあるって送っただけ」
「それを呼んだって言うんだよ」
タツヤ班長は会議室へ入り、モニターの前で足を止めた。
現地編成表。
操縦士――リュウジ。
現地統括――ペルシア。
システムエンジニア――チャコ。
外周護衛――ファルコ、クリスタル。
副操縦士の欄だけが空白になっている。
「話は少し聞こえてたよ」
「申し訳ありません」
エリンが頭を下げる。
「謝らなくていいよ」
タツヤ班長はペルシアを見る。
「ペルシアがエリンを外したい理由も分かる」
「私は外したいわけじゃない」
「危険から離したいんでしょう」
「……そうよ」
「エリンが反対する理由も分かる」
エリンは静かに頷いた。
「悲劇のフライトの時、エリンは一年近く眠っていた」
タツヤ班長の声が少しだけ低くなる。
「事故の後、一番苦しい時期を、エリンとリュウジは一緒に支え合うことさえ出来なかった」
リュウジの目が僅かに伏せられた。
「リュウジはエリンが目を覚ますか分からないまま、自分を責め続けた。エリンは目を覚ました時、リュウジが行方不明になっていた」
あまりにもすれ違っていた。
互いが最も必要だった時間に、二人は別々の場所で苦しんでいた。
「俺とペルシアは、それを見ていた」
「タツヤ班長……」
ペルシアが小さく呼ぶ。
タツヤ班長は首を横に振った。
「責任の話じゃないよ。でも、悲劇のフライトの時、俺とペルシアは、結局見てることしか出来なかった」
エリンが何も言えずにタツヤ班長を見る。
「エリンが眠っている間も、リュウジが自分を追い詰めている間も、二人に代わってやることは出来なかった」
タツヤ班長はモニターへ視線を戻す。
「だから今回は、俺達の番ってこと」
ペルシアの瞳が僅かに揺れた。
「エリンを外すって意味じゃない」
タツヤ班長は続ける。
「エリン一人に、また背負わせないって意味だよ」
会議室の空気が変わった。
「エリンは本部から、人の動きと情報の流れを見る。ペルシアは現地でリュウジと調査全体を見る」
「でも、それでは操縦席の隣が空いたままです」
エリンが言う。
「うん」
タツヤ班長は空白の欄を見つめた。
「だから、俺が乗るよ」
エリンの表情が止まる。
リュウジも、はっきりと目を見開いた。
「タツヤ班長?」
ペルシアは黙ってタツヤ班長を見ていた。
タツヤ班長は、いつもの穏やかな口調のまま言った。
「俺も副操縦士として乗る」
「待ってください」
エリンはすぐに立ち上がった。
「タツヤ班長まで、何を仰っているんですか」
「そのままの意味だよ」
「東の未探索領域なんですよ」
「分かってる」
「ユイもいるでしょう」
「それも分かってる。預け先も含めて、きちんと話すつもりだよ」
「危険です」
「危険だから、リュウジ一人に操縦を任せないんでしょう」
エリンは言葉を失った。
リュウジが低い声で言う。
「タツヤ班長が乗る必要はありません」
「どうして?」
「危険だからです」
「それはリュウジも同じだよ」
「俺は、この調査を希望した本人です」
「だからって、全部一人で背負っていい理由にはならない」
「ですが――」
「リュウジ」
タツヤ班長は呼び捨てで、その名を静かに止めた。
「俺は、君を止めるためだけに乗るんじゃない」
リュウジが顔を上げる。
「一緒に帰るために乗るんだよ」
タツヤ班長は、副操縦士の空欄を指した。
「航路確認、計器監視、帰還エネルギーの管理。リュウジが操縦へ集中している間、俺が帰還条件を見る」
「……はい」
「疲労が限界へ近づいたら交代する。完全に同じ操縦は出来なくても、姿勢を維持して帰還航路へ乗せることは出来る」
「はい」
「それから、サヴァイヴの反応が出て、リュウジが前へ進もうとした時」
タツヤ班長の柔らかな目に、はっきりとした強さが宿る。
「必要なら、俺が操縦桿を戻す」
リュウジは反論しなかった。
「ペルシア一人に嫌われ役をさせない」
「嫌われても平気よ」
ペルシアが返す。
タツヤ班長は小さく笑った。
「知ってるよ。でも、ペルシア一人でやる必要もない」
「……タツヤ班長まで、エリンと同じこと言うのね」
「誰か一人に集めない。それが今回の条件でしょう」
ペルシアはしばらく黙った。
エリンを守ろうとして、計画から外そうとした。
今度は自分が支えると決めた。
だが、それでは結局、自分一人が支える側へ回る。
タツヤ班長の申し出は、その偏りまで埋めようとしていた。
「悲劇のフライトの時、俺とペルシアは見てるだけだった」
タツヤ班長は、もう一度言った。
「エリンは重傷を負って、一年近く目を覚まさなかった。リュウジはその間、自分を責め続けた」
エリンとリュウジを見る。
「だから、今度は俺達も一緒に背負う」
ペルシアへ視線を移す。
「ペルシアが現地をまとめる。俺が操縦席でリュウジを支える」
最後にエリンへ向き直る。
「エリンは本部で、俺達全員が帰れる形を見てほしい」
「……私も関わっていいんですか」
「もちろん」
タツヤ班長は迷わず答えた。
「外すんじゃない。場所を分けるんだよ」
エリンは目を伏せた。
自分が一年近く眠っていたこと。
目覚めた時には、リュウジがいなかったこと。
その時間を、今さら取り戻すことは出来ない。
だが、今回もまた何も知らないまま待つ必要はない。
「本部運用に口を出します」
「出して」
「人員配置に無理があれば止めます」
「止めて」
「現地側の手順も、乗員の負担が大きければ修正を求めます」
「必要なことだよ」
タツヤ班長は、すべて受け入れた。
ペルシアは小さく息を吐く。
「……分かった」
エリンが顔を上げる。
「私も入っていいの?」
「本部側の帰還運用と乗員負担の確認。正式な指揮権とは分けるけど、危険だと思ったことはフレイと局長に直接上げていい」
「ペルシアにも言うわよ」
「聞くわよ」
「無視しない?」
「内容による」
「ペルシア」
「分かった。無視しない」
エリンはまだ完全には納得していない顔だった。
だが、最初に計画から外されかけた時とは違う。
自分の役割が残った。
ペルシアも一人ではない。
タツヤ班長がリュウジの隣へ座る。
リュウジが、改めてタツヤ班長へ向き直った。
「タツヤ班長」
「何?」
「本当に、副操縦士として乗っていただけるんですか」
「うん」
「俺は、サヴァイヴの反応が出れば判断を誤る可能性があります」
「知ってる」
「操縦を渡さないと言うかもしれません」
「その時は取るよ」
「簡単には渡しません」
「なら、ペルシアと二人で取る」
ペルシアが横から口を挟む。
「私は操縦桿じゃなくて、リュウジを席から引きずり下ろすわ」
「飛行中にそれをされると危険です」
「じゃあ、タツヤ班長に操縦を取ってもらってから引きずる」
「順番の問題ではありません」
タツヤ班長が小さく笑った。
エリンも、ほんの僅かに口元を緩める。
リュウジは静かに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
タツヤ班長は穏やかに答えた。
「全員で帰ろう、リュウジ」
「はい」
ペルシアは端末を操作し、現地編成表を更新した。
操縦士――リュウジ。
副操縦士――タツヤ。
現地統括及びコックピットコンディション――ペルシア。
システムエンジニア――チャコ。
外周護衛――ファルコ、クリスタル。
空欄だった副操縦士の席が埋まる。
エリンはその名前を見つめ、静かに息を吐いた。
悲劇のフライトの後、彼女は一年近く眠っていた。
リュウジが一人で苦しんでいた時間を知らなかった。
ペルシアとタツヤ班長も、二人を救う方法を持てなかった。
だからこそ今回は、誰か一人を支える側に固定しない。
誰か一人を、何も出来ずに待つ側へ置かない。
過去をやり直すことは出来ない。
それでも、過去に出来なかったことを知っている者達が、今度はそれぞれの場所へ立つことは出来る。
「今回は、俺達の番なんだよ」
タツヤ班長の言葉が、静かに会議室へ残った。