グレートフォックスの食堂では、まだ笑い声が続いていた。
「じゃあ、家を作った時は誰が一番働いたんです?」
「それは皆ですよ」
「絶対、一人くらい途中でサボった人いたでしょう」
「えっと……」
ルナが微妙に視線を逸らす。
「いましたね?」
「名前は言いません」
「いたんだ」
作業員達の笑い声が広がる。
数日前までとは、まるで違う光景だった。
地球という、人が防護服なしでは歩くことすら出来ない場所。
外へ出るたび酸素残量を確認し、帰還すれば粉塵を落とし、シャワーを浴び、疲れた身体へ食事を入れる。
最初は、それだけで一日が終わっていた。
だが今では。
こうして一日の最後に、誰かの昔話を聞く余裕がある。
グレートフォックスの中が、少しずつ調査隊の生活の場になり始めていた。
その食堂の端。
フォックスは食事を終えると、静かに席を立った。
「フォックスさん?」
ルナが気づく。
「通信だ」
「宇宙管理局からですか?」
「ああ」
「何かあったんでしょうか」
「定期連絡だ」
ルナの顔に一瞬浮かんだ心配を見て、フォックスはそれだけ付け加えた。
「分かりました」
「話を続けてろ」
「はい」
フォックスは食堂を出る。
背後では、すぐに別の質問が始まった。
「ルナさん、ハワードってどんな人だったんです?」
「どうして皆さん、ハワードの話を聞きたがるんですか?」
「絶対面白い人でしょう」
「……否定出来ませんけど」
再び笑い声。
フォックスは一度だけ後ろを振り返った。
悪くない。
長期間の現場では、作業効率だけでは持たない。
食事。
睡眠。
休息。
そして、任務とは関係のない会話。
そういうものが崩れた時から、人間の判断も崩れていく。
フォックス自身、それを何度も見てきた。
今の地球調査隊は、ようやく「続けられる状態」になっている。
それを確認してから、通信区画へ入った。
◇
「ナウス」
『はい』
「回線を」
『宇宙管理局本部との暗号通信を接続します』
正面モニターが切り替わる。
数秒の通信待機。
やがて画面に、一人の女性が映し出された。
『フォックス』
「ペルシア」
宇宙管理局統括官。
ペルシアだった。
いつも通りの髪。
いつも通りの表情。
ただし、どこか疲れている。
背後には大量の資料が積まれており、机の端には飲みかけのコーヒー。
いつもの統括官室とは、少し違う。
フォックスは画面を見て、眉を僅かに動かした。
「そこはどこだ」
『いきなりそこ?』
「統括官室じゃない」
『よく分かったわね』
「見れば分かる」
『局長室よ』
フォックスは数秒黙った。
「何してる」
『仕事』
「何で局長室で」
『それは後で話す』
ペルシアは片手を振り、強引に話を切り替えた。
『先に地球』
「ああ」
フォックスは地球調査の定期報告を開いた。
「活動は順調だ」
『その言い方、順調じゃない時も順調って言う人の言い方ね』
「問題はある」
『ほら』
「だが、進んでる」
地形図を共有する。
緑。
黄色。
赤。
青。
調査によって意味を持ち始めた丘の地図。
「東側で支持層になる可能性のある岩盤を確認した」
『見たわ。六から八メートルくらいだったわね』
「追加ボーリングでも連続してる」
『じゃあ、本体基礎の候補にはなる?』
「可能性はある」
『可能性、ね』
「ああ」
ペルシアは少し笑う。
『ルナちゃん達に移ったわね、その言い方』
「必要な言い方だ」
『分かってる』
フォックスは中央部の青い区域を表示する。
「モンサンミッシェル推定区域は、建設区域から外した」
『ルナちゃんが決めたんでしょ』
「ああ」
『やっぱり』
ペルシアは即答した。
驚きはない。
『あの子ならそうすると思った』
「工事条件は悪くなる」
『でしょうね』
「輸送路も修正が必要だ」
『費用も増える』
「ああ」
『でも、使わない』
「ああ」
フォックスは短く返す。
ペルシアは椅子の背へ少し身体を預けた。
『ルナちゃん、迷った?』
「迷ってた」
『そう』
「だが、決める時は早かった」
ペルシアの目が少し柔らかくなる。
『それならいいわ』
「支援者向けの報告も自分で出した」
『読んだ』
「全部書いた」
『費用が増える可能性もね』
「ああ」
『あれは良かった』
ペルシアは真面目な声になった。
『支援金が入ってる以上、都合のいい結果だけ出したら駄目。分からないものは分からない。予定が変わったら変わった。それを出す方が、後でずっと強い』
「ルナもそう考えた」
『成長したわね』
「元からそういうところはあった」
『そうね』
ペルシアは笑う。
『でも昔のルナちゃんだったら、支援者が心配しないように、自分の不安まで全部飲み込んだかもしれない』
フォックスは何も否定しなかった。
『今は?』
「周りに言うようになった」
『へぇ』
「疲れた時も、前よりはな」
『前よりは、ね』
「ああ」
『完全じゃないのね』
「ルナだからな」
『なるほど』
ペルシアは楽しそうに笑った。
『で、チームの方は?』
「問題ない」
『揉めてない?』
「最初は担当同士で少しあった」
『今は?』
「夕食でサヴァイヴの話を聞いて笑ってる」
ペルシアが一瞬黙った。
『……何それ、見たい』
「見せ物じゃない」
『録画してない?』
「してない」
『ナウス』
『プライバシー上、無断記録は推奨されません』
『真面目ね』
「当たり前だ」
『でもいいわね』
ペルシアの声が少し柔らかくなる。
『現場って、そこまで行けば強いから』
「そうだな」
『誰がどう疲れるとか、誰が何に強いとか、説明しなくても分かるようになってくる。そうなれば、何かあった時も早い』
「今はそこまで来てる」
『なら、地球側は思ってたより良さそうね』
「ああ」
そこで。
フォックスは少し間を置いた。
「そっちは」
ペルシアの表情が止まる。
『何?』
「東側未探索領域」
さらに一拍。
「リュウジの魔のゾーンの調査はどうだった」
ペルシアは。
大きく。
深く。
ため息を吐いた。
『散々よ』
「そうか」
『もう少し驚いてくれてもよくない?』
「予想してた」
『腹立つわね』
ペルシアは机の上の資料を一枚持ち上げる。
そこには航路図が表示されていた。
ただし。
航路よりも、赤い印の方が多い。
「何だ、それは」
『隕石群』
ペルシアは即答する。
『この数日間で、嫌っていうほど見たわよ』
画面を切り替える。
一つ。
二つ。
三つ。
映像には、暗い宇宙を埋める大量の岩塊。
大小様々。
ゆっくり流れているもの。
猛烈な速度で交差するもの。
互いに衝突し、砕け、さらに小さな破片を撒き散らしているもの。
『入り口だけでこれ』
「密度は」
『場所による』
ペルシアは指で地図をなぞる。
『少ない時は、数百キロくらい何もないように見える』
「見える?」
『そう』
ペルシアの声が低くなる。
『それで安心して進もうとすると、奥から一気に流れてくる』
「周期は」
『まだ取れない』
「重力場との関係は」
『チャコが解析してる。でも単純な軌道運動じゃないみたい』
フォックスの目が細くなる。
『重力の歪みが変わると、隕石群の流れも変わる。しかも大きいのだけじゃない。細かい破片が厄介』
「レーダーに映りにくい」
『そういうこと』
ペルシアは別のデータを表示する。
『ファルコなんて、最初の日に「これ全部避けりゃいいんだろ」なんて言ってたけど、二日目には黙ったわ』
「そうか」
『クリスタルも、近づくほど空間が落ち着かないって言ってる』
「感覚でも?」
『ええ』
「進入出来たのか」
フォックスの問い。
ペルシアは再びため息を吐く。
『ほとんど出来なかった』
「ほとんど?」
『境界線を少し越えた程度』
「リュウジが操縦したのか」
『もちろん』
ペルシアは椅子へ深く座った。
『あそこをまともに飛べるの、今のところリュウジしかいないもの』
だが。
その後の声には、呆れが混じる。
『それでね』
「何だ」
『隕石群が多すぎて全然奥へ入れないでしょう?』
「ああ」
『リュウジ、少しでも中へ入ろうとしたのよ』
フォックスは黙った。
『ほら、その顔』
「止めたんだろ」
『止めた』
「誰が」
『全員』
即答。
『私も、タツヤ班長も、チャコも、ファルコも、クリスタルも』
「それで」
『一回は引いた』
「一回は?」
『次の日、また言い出した』
フォックスは目を閉じた。
「そういう奴だ」
『でしょう?』
ペルシアは机を指で軽く叩く。
『本人はね、「昨日より流れが薄い」「右側に抜ける空間がある」「あと少しだけなら進める」とか、全部理由つけてくるの』
「間違ってはいない」
『だから余計に面倒なのよ』
ペルシアは少し声を強くする。
『無茶を無茶の顔でやってくれた方が止めやすいわよ』
「あいつは合理的に無茶をする」
『そう!』
ペルシアが指を差す。
『そこなのよ!』
まるでフォックス本人が目の前にいるかのような勢いだった。
『本人の中では「危険を承知で突っ込む」じゃないの。「この条件なら帰れる確率がある」なのよ』
「ああ」
『しかも過去に一回帰ってるでしょう?』
「魔のゾーンの入り口からな」
『それが本人の中にあるから、余計に厄介』
ペルシアは眉間を押さえる。
『自分が出来たことを、出来ないとは考えないのよ』
「昔と条件は違う」
『言ったわよ』
「聞いたか」
『聞いた』
少し間。
『聞いただけ』
「だろうな」
『もうほんっと腹立つ』
ペルシアは椅子の背へ倒れ込んだ。
『それでさっきまで、こっぴどくエリンに怒られてたわ』
フォックスの目が僅かに動く。
「エリンに?」
『ええ』
「本部で?」
『そう』
ペルシアは少し楽しそうになる。
『帰ってきて報告したら、エリンがログを最初から全部見たのよ』
「それで」
『まず一言』
ペルシアはエリンの真似をするように、声を少し落とした。
『「何で撤退判断の後に、再進入案が出てるの?」』
フォックスは黙って聞く。
『リュウジが「隕石流が一時的に薄くなったから」って答えた』
「それで」
『「私が聞いてるのは、入れそうだった理由じゃない。撤退を決めた後に、何でまた入ろうと考えたのって聞いてるの」』
フォックスの口元が、ほんの僅かに動いた。
『リュウジ、黙る』
「そうなるな」
『そこからよ』
ペルシアは楽しそうに指を折り始める。
『連続操縦時間』
一つ。
『睡眠』
二つ。
『食事』
三つ。
『反応速度』
四つ。
『過去の遭難経験が判断に影響してなかったか』
五つ。
『全部』
手を広げる。
『一個ずつ聞かれてた』
「答えたのか」
『最初はね』
ペルシアは笑いを堪える。
『途中から「はい」しか言わなくなった』
「想像出来る」
『最後なんて、エリンが「帰るために調査してるんでしょう。奥へ入るために帰還条件を使わないで」って』
フォックスの表情が少しだけ真面目になる。
その言葉。
的確だった。
危険を計算するための条件。
撤退のための基準。
それを「ここまでなら行ける」という進入理由へ読み替えれば、どこまでも奥へ行けてしまう。
「エリンが正しい」
『でしょう?』
「リュウジは」
『反論しなかった』
「珍しいな」
『正しいって分かってる時は、あの子反論しないもの』
ペルシアは少し笑った。
『だから今、ものすごく大人しいわよ』
「いつまで持つ」
『明日まで』
「短いな」
『私もそう思う』
二人の間に、短い笑いが落ちた。
◇
そして。
ペルシアは、ふと何かを思い出したように姿勢を直した。
『そう、それでエリンなんだけど』
「何だ」
『あの子、統括官の才能あるみたい』
フォックスは無言。
『何、その反応』
「驚かない」
『少しは驚きなさいよ』
「前から人をまとめるのは上手い」
『そうなんだけどさ』
ペルシアは机の上を指す。
『私がネフェリスで出てる間、本部側をエリンにかなり任せてたのよ』
「正式な統括官代行か」
『正式じゃない』
ペルシアはそこは明確に否定した。
『最終決裁は局長と私。本部で現場情報をまとめて、必要な判断をこちらへ投げる役』
「実質のオペレーション責任者だな」
『まぁ、そう』
「それで」
『私より仕事出来るのよ』
「それは言いすぎだ」
『言いすぎじゃない!』
ペルシアは即座に反論する。
『朝来るでしょう?』
「ああ」
『まず夜間ログ全部読む』
「ああ」
『その間にフレイへ、今日の優先順位を出させる』
「ああ」
『ジェームズの整備側の懸念を聞いて、シャオメイの通信条件と重なるところだけ抜く』
「ああ」
『必要なところだけ私に送ってくる』
「ああ」
『しかも、短い』
「いいことだ」
『私が送ると長いみたいに言わないで』
「言ってない」
『顔が言ってる』
フォックスは表情を変えていない。
『それだけじゃないのよ』
ペルシアは身を乗り出す。
『ジェームズがちゃんと話を聞くの』
「ジェームズは必要な相手なら聞く」
『私の時は最初、毎回「面倒だ」から入るのよ』
「今も言うだろ」
『言うけど!』
少し声が大きくなる。
『エリンには、「その判断なら問題ない」って普通に言うのよ!』
「信頼されてるんだろ」
『フレイだってそう』
「フレイは誰にでも仕事はする」
『違うのよ』
ペルシアは首を振る。
『私に対しては「統括官、資料が三件残っています」「統括官、確認してください」「統括官、逃げないでください」なのよ』
「お前が逃げるからだ」
『逃げてない』
「逃げてる」
『たまに抜けるだけ』
「同じだ」
『違う』
一拍。
『でもエリンには』
ペルシアが少し不満そうに口を尖らせる。
『「エリンさん、この優先順位でよろしいですか」「こちらは処理しておきました」なのよ』
「普通だ」
『普通じゃない!』
ペルシアは机を軽く叩く。
『私の時と声の温度が違うの!』
「気のせいだ」
『絶対違う』
フォックスは黙る。
そこへペルシアが、とどめのように言った。
『シャオメイなんてね』
「何だ」
『この前、本部通信で普通に言ったのよ』
ペルシアはわざと間を置く。
『「エリン統括官、この回線優先でいいですか?」って』
フォックスは数秒黙った。
「間違えたのか」
『違う!』
ペルシアが即座に叫ぶ。
『わざとよ!』
「何で」
『皆がそういう空気だからよ!』
フォックスは僅かに眉を上げる。
『エリンも「私は統括官じゃないわよ」って言ってたわ』
「当然だ」
『そしたらシャオメイが、「でも今、この部屋で統括官みたいなことしてますよね」って』
「間違ってない」
『フォックスまで!』
ペルシアは本気で不満そうだった。
『そのうちジェームズまで笑うのよ』
「ジェームズが?」
『口元だけ』
「珍しいな」
『でしょう?』
ペルシアはそこで大きく息を吐く。
『もう私、居場所がない』
「あるだろ」
『ない』
「統括官室」
『エリンがいる』
「お前の部屋だ」
『入りづらいのよ』
「何で」
『全員ちゃんと仕事してるから』
「お前も仕事しろ」
『してるわよ!』
フォックスは真顔のままだ。
ペルシアは画面越しに睨む。
『だから今、局長室で仕事してるのよ』
「局長は」
『いる』
「同じ部屋に?」
『いる』
「迷惑だろ」
『「静かに仕事するなら好きにしろ」って』
「追い出されてないだけだ」
『局長は優しい』
「諦めてるだけだ」
『フォックス、今日ちょっと辛辣じゃない?』
「いつも通りだ」
ペルシアは不満そうに頬を膨らませた。
だが。
その表情は、本当に困っている人間のものではなかった。
むしろ。
嬉しそうだった。
フォックスはそれに気づいている。
「不満じゃないんだろ」
ペルシアの表情が、一瞬止まる。
『何が』
「エリンが評価されてることだ」
ペルシアは黙った。
数秒。
それから、小さく笑う。
『……まあね』
先ほどまでの大げさな不満が少しだけ消える。
『嬉しいわよ』
ペルシアは机の上の資料へ目を落とした。
『ジェームズも』
整備側の危険を誰より早く拾う男。
『フレイも』
ペルシアが集めた情報を、現実の仕事へ落としていく存在。
『シャオメイも』
若いが、必要なら遠慮なく危険を指摘出来る通信技師。
『皆、私が無理やり引っ張ってきたり、口説いたり、お願いしたりして集めた人達なのよ』
「知ってる」
『だから』
ペルシアは少しだけ笑った。
『私がいなくても、その人達がちゃんと動いてるのは嬉しい』
「ならいいだろ」
『でも』
「何だ」
『私よりエリンの方が人気なのは腹立つ』
「そこか」
『そこよ』
フォックスは小さく息を吐いた。
『しかもね』
ペルシアはまた調子を戻す。
『エリンって、別に統括官っぽく振る舞おうとしてないのよ』
「ああ」
『怒鳴らないし』
「ああ」
『偉そうにもしない』
「ああ」
『でも、ジェームズが危険って言えば止める。フレイが資料を出せばその場で決める。シャオメイが通信を止めろって言ったら理由を聞いて、必要なら本当に止める』
「それが仕事だ」
『そうなの』
ペルシアの声が少しだけ真面目になる。
『あの子、自分が一番詳しいふりをしないのよ』
フォックスは黙って聞く。
『分からないものは、分かる人に聞く』
『でも』
『最後に決める時は、自分で決める』
それは。
ペルシア自身が統括官という仕事の中で覚えてきたことでもある。
『……向いてるのよね』
「そうだな」
『即答するの、腹立つ』
「事実だ」
『でもさ』
ペルシアは少し笑う。
『昔からそうだったのかも』
「何が」
『エリンって、チーフパーサーだったでしょう』
「ああ」
『皆が動ける状態を作って、自分は全体を見る』
「そうだな」
『誰かが無理してたら止める』
「ああ」
『誰かが育ったら任せる』
「ああ」
『客室が崩れそうなら、必要なところだけ前に出る』
「それが統括官業務と似てると言いたいのか」
『規模が違うだけでね』
ペルシアは少し遠くを見るような目をした。
『私より向いてたりして』
「それは違う」
フォックスが即座に言った。
ペルシアの目が少し動く。
『珍しい。慰めてる?』
「違う」
『じゃあ何』
「お前とエリンは違う」
フォックスは淡々と続ける。
「お前は人を見つける」
『……』
「必要な奴を引っ張ってくる」
『うん』
「エリンは、集まった人間を動ける形にする」
ペルシアは黙る。
「役割が違う」
短い言葉。
だが、ペルシアには十分だった。
自分が集めた。
ジェームズ。
フレイ。
シャオメイ。
イーナ。
そして、フォックス達。
個性的で。
扱いづらくて。
でも必要な人達。
それを一つの場所へ集めたのはペルシアだ。
そして。
その集まった力を、エリンは自然に繋いでいる。
『……なるほどね』
「何だ」
『それなら、私の居場所あるわ』
「最初からある」
『でも統括官室には入りづらい』
「戻れ」
『嫌』
「仕事しろ」
『してるってば』
フォックスは小さく息を吐いた。
◇
通信の向こう。
ペルシアがふと時計を見る。
『そっちは、もう夜?』
「ああ」
『ルナちゃんは?』
「食堂」
『まだサヴァイヴの話してる?』
「多分な」
ちょうどその時。
通信室の扉越しに、微かな笑い声が聞こえた。
『聞こえる』
「ああ」
『楽しそうね』
「そうだな」
ペルシアは少し目を細める。
『ルナちゃん、大丈夫そうね』
「問題ない」
『ならよかった』
「そっちは」
『何?』
「リュウジを入れるなよ」
ペルシアの顔から、少し笑みが消える。
『分かってる』
「本人が行けると言ってもだ」
『分かってるわよ』
今度の声は、本当に真面目だった。
『エリンとも約束してる』
リュウジの操縦時間。
睡眠。
食事。
身体状態。
判断の偏り。
過去の遭難経験から来る心理的な影響。
全部を見る。
帰れる状態を崩したら、その時点で終わり。
『リュウジがどれだけ「行ける」って言っても』
ペルシアははっきり言った。
『帰れない可能性が上がるなら、私が止める』
「それでいい」
『嫌われてもね』
「嫌われない」
『そう?』
「あいつも分かってる」
ペルシアは少し笑った。
『そうね』
リュウジは反発するかもしれない。
黙るかもしれない。
もう少しだけ、と言うかもしれない。
それでも。
止める役を嫌っているわけではない。
むしろ。
自分が止まれなくなることを、本人も知っている。
『じゃあ、そっちも』
「何だ」
『ルナちゃんを無事に連れて帰って』
「言われなくても」
『作業員も全員』
「ああ」
『モンサンミッシェルも壊さない』
「ああ」
『フォックスも無茶しない』
「俺はしない」
『そういう人が一番怪しいのよ』
「お前に言われたくない」
『ひどい』
ペルシアが笑った。
『じゃあ、また明日』
「ああ」
『地球側のログ、引き続き送って』
「分かった」
『こっちも魔のゾーンのデータ送る』
「確認する」
『あと』
「何だ」
『エリン統括官には内緒ね』
「何を」
『私が局長室に避難してること』
「もう知ってるだろ」
『……知ってる』
「なら何で言った」
『一回言ってみたかっただけ』
「切るぞ」
『はーい』
通信が終了する。
モニターが暗くなった。
フォックスは数秒、その画面を見つめた。
地球。
魔のゾーン。
二つの調査は、全く違う場所で進んでいる。
一方は。
人類の過去が眠る地面を、一センチずつ確かめる仕事。
もう一方は。
千もの宇宙船を飲み込んだ宙域の境界を、一キロずつ確かめる仕事。
どちらも。
進むことだけが目的ではない。
帰ること。
残すこと。
次へ繋げること。
そのための調査だった。
◇
フォックスが食堂へ戻ると。
「それでハワードが――」
ルナの声が聞こえてきた。
作業員達が、完全に話へ引き込まれている。
「ちょっと待ってください、そんなこと本当に言ったんですか?」
「言いました」
「その状況で?」
「はい」
「すごい人だな……」
「いろんな意味で」
食堂に笑い声。
スリッピーがフォックスに気づく。
「おかえり」
「ああ」
「何かあった?」
「問題ない」
フォックスは短く答えた。
ルナもこちらを見る。
「ペルシアさんからでしたか?」
「ああ」
「皆さん、大丈夫ですか?」
その問い。
ペルシアではなく。
皆。
リュウジ。
タツヤ班長。
チャコ。
ファルコ。
クリスタル。
そして本部側にいるエリン達。
ルナらしい聞き方だった。
「大丈夫だ」
フォックスは答える。
「調査は?」
「進んでる」
「よかった」
ルナは安堵する。
フォックスは、それ以上は言わなかった。
隕石群。
再進入しようとしたリュウジ。
エリンの説教。
局長室へ逃げ込んだ統括官。
今この場で全部話す必要はない。
ただ。
「ルナ」
「はい?」
「明日も地上だ」
「あっ」
「もう終われ」
作業員達から不満の声が上がる。
「フォックスさん、いいところだったのに」
「まだハワードの話、途中ですよ」
「続きは明日だ」
「えぇー」
フォックスは気にしない。
ルナが苦笑する。
「すみません。続きはまた明日ということで」
「約束ですよ」
「はい」
「ハワード編の続き」
「編って何ですか?」
笑い声が続く。
フォックスはその光景を見ながら、先ほどのペルシアの言葉を思い出した。
――現場って、そこまで行けば強いから。
確かに。
地球側も。
宇宙側も。
強くなっている。
誰か一人が強いからではない。
無茶をする人間を止める者がいる。
疲れている人間へ休めと言う者がいる。
分からないことを分かる者へ渡せる。
そして。
一日の最後には、笑える。
それが出来る集団は、簡単には崩れない。
外には。
人間がまだ自由に呼吸することの出来ない地球が広がっている。
さらに遠い宇宙には。
隕石群に覆われた魔のゾーンがある。
どちらの前線も。
まだ入口に立ったばかりだった。