ワイルドフライト賞の発表は。
スペースホープの人間が思っていた以上に、大きなものだった。
発表翌日。
予約サイトへのアクセス数は通常時の十倍を超えた。
その翌日。
電話窓口へ入る問い合わせ件数が、これまでの一週間分を一日で上回った。
三日後には。
「すみません、少々お待ちください!」
「旅行事業部です。はい、ありがとうございます。ご希望日は――」
「団体利用ですね。人数を確認させてください」
「申し訳ございません、現在お問い合わせが集中しておりまして――」
旅行事業部の一角に設けられた予約窓口は。
朝から。
電話。
メール。
オンライン相談。
企業照会。
学校。
自治体。
個人旅行。
その全てに追われていた。
当初。
広報発表直後の一時的なものだと思っていた。
それなら。
他部署から応援を入れれば乗り切れる。
そう考え。
総務。
営業。
広報。
普段予約を扱わない職員にも、問い合わせ内容を振り分ける補助へ入ってもらった。
それでも。
追いつかなかった。
「エリンさん!」
予約担当の女性が。
端末を持ったまま、旅行事業部のフロアへ入ってくる。
「ちょっといいですか?」
「いいわよ」
エリンは。
ちょうどミラと翌週のシュミレーション日程を確認していたところだった。
「ミラ、少し待って」
「はい」
エリンは予約担当とともに。
フロア端の打ち合わせテーブルへ移動する。
「どうしたの?」
「予約状況です」
端末が置かれる。
そこには。
今後約二か月分の仮予約が。
色分けされて表示されていた。
エリンは。
一目見て。
「……増えたわね」
「増えました」
「昨日より?」
「はい」
「どれくらい?」
「新規で十五件です」
「十五?」
「問い合わせではありません」
予約担当が念を押す。
「日程と概算条件まで合意している仮予約です」
「……」
エリンの表情が少し変わった。
問い合わせなら。
まだ確定ではない。
だが。
仮予約まで進んでいる。
つまり。
相手側は。
本気でスペースホープへ旅行フライトを任せようとしている。
「内訳は?」
「学校関係が六」
「うん」
「企業の研修旅行が三」
「うん」
「一般団体旅行が四」
「残り二つは?」
「自治体主催の交流旅行です」
「……すごいわね」
思わず。
素直な感想が漏れた。
数か月前。
社長と二人で。
一件の仕事を取るため。
何社も回った。
頭を下げた。
話を聞いてもらえなかった。
スペースホープ。
その名前を出しただけで。
表情を曇らせる相手もいた。
それが。
今は。
こちらが仕事を選ばなければならないほど。
予約が入っている。
「嬉しいんですけど……」
予約担当が。
困った顔をする。
「問題は、ここです」
画面を拡大。
三つの仮予約。
ほぼ同一期間。
「三便?」
「はい」
「全部旅行フライト?」
「はい」
エリンの眉が。
僅かに寄る。
「一つ目が、学校の卒業旅行」
「うん」
「二つ目が、企業の福利厚生旅行」
「うん」
「三つ目が、コロニー間交流旅行です」
「日程変更は?」
「三団体とも難しいそうです」
「船は?」
「確保出来ます」
「パイロットは?」
「宇宙管理局・宇宙連邦連盟と調整すれば、三便分出せる見込みです」
「問題は客室ね」
「はい」
エリンは。
椅子へ少し深く座った。
画面を見る。
人数。
予定日数。
船型。
乗客属性。
必要な乗務員数。
経験値。
それを。
一つずつ。
頭の中で組み始める。
「一班目」
指で画面をなぞる。
「ミラ中心」
「はい」
「若手を四人」
「はい」
「二班目はラン」
「はい」
「シルヴィアをどっちへ回すか……」
少し止まる。
「ホーネットは経験値的には入れられる」
「はい」
「私も入る」
予約担当が。
エリンを見る。
「エリンさんも?」
「当然でしょう?」
「でもエリンさんは、全体管理もありますよね」
「そうだけど」
エリンは。
数字を見たまま。
「今は便を飛ばす方が先」
もう一度。
人数を組む。
ミラ。
ラン。
シルヴィア。
ホーネット。
ユウコ。
ナツキ。
クミコ。
アズサ。
サリー。
マユ。
ミドリ。
ハズキ。
そこに。
エリン。
「……駄目ね」
呟く。
予約担当も。
同じ結論。
「はい」
「二班なら?」
「組めます」
「余裕は?」
「ありません」
「でしょうね」
エリンが。
指を組む。
スペースホープには。
人数だけならいる。
だが。
旅行フライトは。
単純に頭数を揃えればいいものではない。
一便の中に。
全体を見られる乗務員。
判断出来る乗務員。
若手を支えられる乗務員。
それらを。
必ず混ぜなければならない。
経験の浅い乗務員だけを集めて。
「三班出来ました」
では。
意味がない。
「どんなに割いても」
エリンは。
小さく言う。
「二班が限界ね」
「はい」
「私が入っても」
一度。
画面を見る。
「圧倒的に人が足りない」
予約担当も。
困ったように頷いた。
「そうなると」
一つ。
赤い印を出す。
「どれかの予約を、キャンセルしないといけませんね」
「……そうね」
エリンの声が。
少し沈んだ。
仕事がない頃なら。
一件でも。
喉から手が出るほど欲しかった予約。
ようやく。
自分達を選んでくれた。
その相手へ。
こちらから。
受けられません。
と。
言わなければならない。
「せっかくご予約いただいたのに……」
エリンは。
画面を見る。
どれを断るか。
簡単に。
決めたくない。
学校。
企業。
交流旅行。
どれも。
それぞれの理由があって。
スペースホープを選んでいる。
「ガーネットさんに聞いてみます?」
予約担当が言う。
「ガーネット?」
「以前、応援で来てもらっていましたよね」
「そうね」
エリンは考える。
「ガーネット一人なら頼めば来てくれる可能性はある」
だが。
首を横に振る。
「でも一人じゃ足りない」
「そうですよね」
「問題は」
一拍。
「単純なマンパワーなのよ」
今必要なのは。
一人のスーパーエースではない。
三班目そのものを成立させる。
複数の経験者。
複数の乗務員。
しかも。
旅行フライトの実務を知っている人間。
「……」
エリンが。
数秒黙る。
そして。
「あ」
「何かあります?」
「駄目元だけど」
エリンは。
顔を上げた。
「ハワード財閥旅行会社に聞いてみましょうか」
「応援を?」
「ええ」
予約担当が。
少し驚く。
「出してもらえるでしょうか」
「分からない」
エリンは正直に答えた。
「前に相談した時は、向こうも繁忙期で難しかったもの」
実際。
以前。
経験者を一人でも貸してほしい。
そう頼んだ時。
ハワード財閥旅行会社側も。
定期便。
大型便。
観光便。
法人案件。
自分達の運航で手一杯だった。
簡単には出せない。
そう言われている。
「でも聞くだけ聞いてみる」
エリンは。
端末を取った。
◇
連絡先。
ハワード財閥旅行会社。
旅行事業部。
エリンにとって。
本来の所属先。
呼び出し。
二回。
三回。
『はい』
担当者の声。
「お疲れさまです。エリンです」
『エリンさん、お疲れさまです』
「今、少しいい?」
『はい。大丈夫です』
「お願いがあるの」
少しだけ。
言いにくそうに。
「スペースホープの予約が急に増えて」
『ワイルドフライト賞の影響ですね』
「ええ」
「三便同時に組まなきゃいけない仮予約が入ってる」
『なるほど』
「こっちだけだと」
一度。
言葉を止める。
「二班までしか安全に作れない」
『はい』
「だから」
エリンは。
覚悟を決めた。
「無理なのは分かってるんだけど、もし可能なら、数人、応援へ出してもらえない?」
返答は。
きっと。
難しい。
あるいは。
調整します。
時間をください。
そう来る。
エリンは。
そう思っていた。
だが。
『分かりました』
「……え?」
『人数と日程を送ってください』
「ちょっと待って」
『はい』
「いいの?」
『はい』
「まだ何人必要かも言ってないけど」
『必要人数を確認して、こちらで編成します』
「……」
エリンは。
少し。
眉を寄せた。
「本当に?」
『もちろんです』
「向こうのフライトは?」
『調整します』
「繁忙期でしょう?」
『問題ありません』
「……」
何か。
引っかかる。
以前は。
一人出すのも。
かなり難しいと言っていた。
それが。
今日は。
何人必要かも聞かず。
ほぼ即答。
「……そう」
『エリンさん?』
「いえ」
少し考え。
「じゃあ後で、必要人数と条件を送るわ」
『お願いします』
「ありがとう」
『こちらこそ』
通信終了。
エリンは。
しばらく。
端末を見る。
「……」
予約担当が。
横から。
「どうでした?」
「引き受けてくれた」
「本当ですか!?」
「ええ」
「よかった!」
予約担当の表情が。
一気に明るくなる。
エリンは。
まだ少し。
納得していない顔。
「どうかしました?」
「ううん」
「何か?」
「なんか……」
一拍。
「話が早すぎた気がする」
「いいことじゃないですか」
「まあ」
エリンは。
端末を置く。
「そうなんだけどね」
昨夜。
ハワード財閥旅行会社側で。
自分の行く末について。
クルーズ達がペルシアへ相談していたことなど。
当然。
知る由もない。
だから。
「まあ、いいか」
それ以上。
考えるのをやめた。
「三班目」
「はい!」
「応援人数が確定するまで仮編成を作っておいて」
「分かりました」
「ハワード財閥側だけで固めないでね」
「え?」
「応援に全部任せたら、スペースホープの便じゃなくなる」
「なるほど」
「必ずこっちの子と混ぜる」
「はい」
「若い子達にも経験積ませたいから」
「分かりました」
エリンは。
立ち上がる。
「あ」
「はい?」
「ごめんね」
「何がですか?」
「この後」
時計を見る。
「社長と取引先の企業へ打ち合わせに行かなきゃならないの」
「今からですか?」
「ええ」
「予約の件は?」
「電話なら繋がるから」
エリンは。
自分の端末を持つ。
「何かあったら連絡して」
「分かりました」
「必要人数が出たら、向こうへ送っておいて」
「はい」
「じゃあお願いね」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
エリンは。
足早に。
フロアを出ていった。
◇
その日の午後。
エリンがスペースホープの社長とともに訪れたのは。
火星コロニー内でも。
知らない者の方が少ないと言われる。
大手ファッション雑誌の発行企業だった。
エントランスから。
スペースホープとは。
まるで違う。
巨大な壁面モニター。
そこには。
今月号の表紙。
モデル。
俳優。
スポーツ選手。
企業経営者。
各コロニーの著名人。
次々に。
洗練された映像が流れている。
「……場違いじゃないですか?」
エリンが。
小声で社長へ言う。
「私もそう思う」
「社長が言わないでください」
「でも先方からの依頼だからね」
「そうですけど」
エリンは。
自分の服を見る。
今日は。
取引先との打ち合わせ。
そのため。
普段の乗務員制服ではない。
落ち着いた色のビジネススーツ。
髪も。
いつものように整えている。
それでも。
周囲には。
ファッション業界らしい。
個性的な服装の社員達。
撮影スタッフ。
大きな衣装ケース。
化粧品。
撮影機材。
「……落ち着かない」
社長が笑う。
「エリンでもそういう場所あるんだね」
「ありますよ」
エリンは。
社長には丁寧な口調だった。
「宇宙船の方がずっと楽です」
「それは職業病かな」
「たぶん」
受付を済ませ。
上階。
応接室へ。
◇
「本日はありがとうございます」
先方企業の社長が。
立ち上がって二人を迎えた。
「こちらこそ、お声掛けいただきありがとうございます」
スペースホープ社長。
エリンも。
丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
「どうぞ」
席へ。
テーブルには。
すでに企画書。
雑誌のバックナンバー。
簡単なイメージボード。
「今回」
先方社長が。
企画書を開く。
「我々が考えているのは」
一枚。
ページをめくる。
宇宙船。
乗務員。
パイロット。
整備員。
そして。
宇宙空間をイメージした衣服。
「宇宙事業とファッションを組み合わせた特集です」
エリンが。
企画書を見る。
「宇宙事業と?」
「ええ」
「単純に、宇宙船を背景にモデルを撮影するだけではありません」
先方社長は説明する。
「現在、宇宙旅行は特別なものから、多くの方にとって、現実的な旅行手段へ変わりつつあります。その中で働く人々の服装、機能性、動きやすさ、安全性。そして、仕事をする姿そのもの、それをファッション誌の視点から取り上げたい」
エリンは。
少し興味を持ったように。
資料をめくる。
「制服もですか?」
「もちろんです」
「乗務員制服には見た目だけではなく、動きやすさや安全性がありますから」
「そうですね」
この話なら。
エリンにも分かる。
制服は。
飾りではない。
袖。
丈。
靴。
ポケット。
緊急時。
狭い通路。
客室で動くため。
全てに意味がある。
「スペースホープさんが」
先方社長は続ける。
「先日ワイルドフライト賞を受賞されたこともあります」
「ありがとうございます」
「今」
「非常に注目度が高い。そこで御社の乗務員や宇宙事業に携わる社員の方々にも取材と撮影へご協力いただけないかと」
スペースホープ社長が頷く。
「非常にありがたいお話です」
エリンも。
「会社としても良い機会だと思います」
ただし。
「ただ」
少しだけ。
仕事の顔。
「実際の業務に支障が出ない範囲でお願い出来れば」
「もちろんです」
「安全装備を外した状態での撮影なども」
「業務区域では行いません」
「でしたら」
エリンは。
少し安心した。
「問題ないと思います」
◇
打ち合わせは。
思っていた以上に。
真面目だった。
ファッション誌。
そう聞いて。
エリンは。
もう少し。
見た目中心の話を想像していた。
だが。
担当者達は。
乗務員の靴のヒール高。
制服の可動域。
緊急時に髪をどうまとめるか。
アクセサリーの制限。
素材。
難燃性。
重量。
様々なことを尋ねてくる。
「なるほど……」
エリンが。
少し感心する。
「ちゃんと調べていらっしゃるんですね」
「もちろんです」
先方社長が笑う。
「見栄えだけなら本物の乗務員にお願いする意味がありませんから」
エリンも。
少し笑った。
「確かに」
その時。
応接室の扉が。
軽く叩かれた。
「失礼します」
若い男性。
先方社長が。
時計を見る。
「遅いぞ」
「すみません」
男性は。
少し息を整える。
「前の撮影が押しまして」
「こちら」
社長が紹介する。
「私の息子です。今回の企画にも関わっております」
「よろしくお願いします」
男性が頭を下げる。
まず。
スペースホープ社長。
そして。
隣。
エリン。
「……」
止まった。
ほんの。
二秒ほど。
だが。
明らかだった。
男性の目が。
エリンへ。
完全に止まっている。
「……?」
エリンが。
少しだけ首を傾げる。
男性は。
我に返る。
「あ、す、すみません」
慌てて。
頭を下げる。
「初めまして、エリンです」
エリンは。
いつものように。
普通に微笑んだ。
「本日はよろしくお願いします」
「……はい」
男性は。
また。
少しだけ止まる。
父親である社長が。
その様子を。
横目で見る。
スペースホープ社長も。
何となく察した。
本人だけ。
何も気づいていない。
「どうぞ」
席に着く。
だが。
男性は。
企画書を見る。
エリンを見る。
また企画書。
エリン。
どう見ても。
落ち着いていない。
◇
「それで」
企画説明を一通り聞いた後。
男性が。
初めて積極的に口を開いた。
「一つ」
「はい」
エリンが見る。
「追加でご提案したいことがあります」
「何でしょう?」
「今回の雑誌」
一度。
言葉を選ぶ。
「表紙を」
「はい」
「エリンさんにお願い出来ませんか?」
「……」
エリン。
一瞬。
理解が止まった。
「私?」
「はい」
「表紙?」
「はい」
スペースホープ社長が。
エリンを見る。
先方社長も。
「ほう」
少し面白そうな顔。
どうやら。
予定にはなかった提案らしい。
「いや」
エリンは。
苦笑した。
「さすがに、それは……」
「ぜひ」
「いえ」
「今回のテーマに非常に合うと思います」
「私はモデルじゃないですし」
「だからです」
「……?」
男性は。
明らかに。
先ほどより熱が入っていた。
「現役で宇宙船へ乗る乗務員。チーフパーサーとして後進を育てている。スペースホープの再建にも関わっている。それに――」
一瞬。
言葉に詰まる。
父親が。
僅かに眉を上げる。
息子は。
危うく。
そのまま。
「綺麗だから」
とでも言いそうになった。
だが。
ぎりぎり。
仕事へ戻す。
「今回の働く人の機能美というテーマにも非常に合うと思います」
「……」
エリンは。
少し困ったように笑った。
「ありがとうございます」
「では」
「でも」
止める。
「私一人で表紙は、ちょっと」
「どうしてですか?」
「どうしてって」
エリンは。
少し考える。
「今回、スペースホープが注目していただいているのは私一人の結果ではありませんから」
先方社長が。
少しだけ。
目を細める。
エリンは続ける。
「皆がいます。その特集で、私一人だけを表に出すのは」
苦笑する。
「少し違うかなと思います」
「ですが」
男性は。
なかなか諦めない。
「表紙は一人の方が印象も強くなります」
「そうなんでしょうけど」
「ぜひエリンさんに」
「……」
エリンが。
困る。
明らかに。
押されている。
乗客のクレーム。
緊急対応。
乗務員教育。
そのあたりなら。
いくらでも対応出来る。
だが。
「雑誌の表紙になってください」
は。
対応経験がない。
スペースホープ社長が。
隣で。
少し笑いを堪えている。
エリンが横目で見る。
「社長」
「何?」
「助けてください。私としては」
一拍。
「宣伝になるので、ありがたいかな」
「社長」
「会社のためだよ」
「ずるいです」
先方社長も。
思わず笑った。
場が。
少し柔らかくなる。
「ただ」
エリンは。
もう一度。
企画書を見る。
会社との関係。
今。
スペースホープは。
ワイルドフライト賞をきっかけに。
多くの人から注目されている。
この雑誌。
コロニーでも。
大きな影響力がある。
載れば。
スペースホープを知らない層にも。
届くだろう。
断る理由が。
自分が恥ずかしい。
それだけなら。
会社の代表としては。
少し弱い。
「……分かりました」
男性の顔が。
ぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「ただし」
「はい」
「条件があります」
「何でも」
「何でもはやめてください」
「すみません」
エリンは。
少し笑う。
そして。
「私一人なら」
一拍。
「お断りします」
男性の表情が。
一瞬で落ちる。
「でも」
エリンは続けた。
「皆と一緒なら」
「……皆?」
「スペースホープの乗務員達」
エリンは。
穏やかに言う。
「出来れば、皆で映れるなら」
一拍。
「お受けします」
男性が。
少し考える。
普通。
雑誌の表紙としては。
人数が増えるほど。
構成は難しくなる。
だが。
「分かりました」
返事は。
早かった。
「本当?」
エリンが。
少し驚く。
「はい」
「編集側は大丈夫なんですか?」
「僕が通します」
父親が。
横から。
「お前が決めることではない」
「あ」
「社内で検討してからだ」
「……はい」
男性が。
少しだけ。
恥ずかしそうに座り直す。
エリンが。
くすっと笑った。
「では、正式に決まりましたら、皆へ確認します」
「ありがとうございます!」
また。
返事だけは。
妙に元気だった。
◇
打ち合わせ終了。
エリンとスペースホープ社長が。
応接室を出る。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
頭を下げる。
エレベーターへ向かう。
扉が閉まる。
数秒。
社長が。
エリンを見る。
「……何ですか?」
「いや」
「何です?」
「気づいてないの?」
「何がですか?」
「向こうの息子さん」
「息子さん?」
「うん」
「すごく熱心でしたね」
「そうだね」
「今回の企画が好きなんでしょうね」
「……」
社長が。
少しだけ遠い目をする。
「まあ」
「そういうことにしておこうか」
「?」
エリンは。
本当に分かっていない。
「それより」
社長が話を変える。
「皆で表紙」
「はい」
「いいの?」
「私一人よりいいです」
「エリンらしいね」
「だって」
エリンは。
当たり前のように言う。
「ワイルドフライト賞だって」
「皆で取ったものですから」
エレベーターが下りていく。
その頃。
応接室では。
先方社長が。
息子を。
じっと見ていた。
「……何ですか」
「お前」
「はい」
「一目惚れしただろう」
「……」
一瞬。
完全に。
固まった。
「何を――」
「分かりやすすぎる」
「違います」
「表紙案は?」
「企画としてです」
「最初の予定になかったな」
「……」
「しかも」
父親は。
少し笑う。
「エリンさんしか見てなかった」
「見てましたよ」
「企画書を?」
「……」
「エリンさんを?」
「……」
答えない。
それが。
答えだった。
父親は。
小さく息を吐く。
「仕事に私情を持ち込むなよ」
「分かってます」
「本当に?」
「分かってます」
一拍。
「でも」
青年は。
エリン達が出ていった扉を見る。
「皆ででも」
「表紙を引き受けてもらえて」
少しだけ。
嬉しそうに笑う。
「よかったです」
「……先が思いやられるな」
父親の。
静かなため息。
◇
一方。
そんなことなど。
何も知らないエリンは。
スペースホープへ戻る途中。
端末を開いていた。
「社長」
「何?」
「予約担当から連絡来ました」
「何て?」
「ハワード財閥旅行会社」
一度。
画面を見る。
「応援人数、決まったみたいです」
「足りそう?」
「……」
エリンが。
少し目を見開く。
「どうした?」
「思ったより多い」
「何人?」
エリンは。
もう一度。
数字を確認する。
そして。
少しだけ。
首を傾げた。
「……本当に」
「どうしたの?」
「今回」
一拍。
「向こう、協力的すぎませんか?」
「いいことじゃない?」
「そうなんですけど」
エリンの中に。
また。
小さな引っかかり。
けれど。
理由までは。
分からない。
昨日。
ハワード財閥の幹部達が。
深夜に宇宙管理局を訪れ。
ペルシアから。
――心配する前に、エリンがしたことを褒めてあげなさい。
そう言われていたことも。
当然。
知らない。
「まあ」
エリンは。
端末を閉じた。
「助けてもらえるなら今はありがたくお願いしましょう」
今。
考えなければならないのは。
三便。
予約。
応援乗務員。
スペースホープ側との混成編成。
それに。
突然決まった。
ファッション誌の撮影。
「……皆に言ったら」
「何?」
「絶対騒ぐでしょうね」
「表紙?」
「はい」
「ホーネットは?」
「一番騒ぎます」
即答。
「クミコ達は?」
「その次くらいです」
「エリンは?」
「私は」
一拍。
「出来れば静かに終わってほしいです」
社長は。
笑った。
エリンだけが。
これからスペースホープのフロアで。
「エリンさんが雑誌の表紙!?」
という大騒ぎが待っていることを。
まだ。
それほど深刻には考えていなかった。
――――
地球詳細調査開始から、およそ一週間。
宇宙管理局の大型発着区画には、普段より多くの人間が集まっていた。
整備員。
地上管制担当。
調査資料の受領を担当する職員。
環境分析班。
地質・建設関係の受け入れ担当。
そして。
少し離れた場所には。
リュウジ。
タツヤ班長。
チャコ。
ペルシアの姿もあった。
正面。
巨大な格納扉の向こう。
一隻の船が。
ゆっくりと進入してくる。
「来たで!」
チャコが声を上げた。
グレートフォックス。
地球。
旧フランス領域。
テラフォーミング装置の建設候補地。
そこで約一週間。
ルナを中心とした調査隊を支えてきた船だ。
誘導灯に沿って。
巨体が静かに滑り込んでくる。
姿勢制御スラスター。
微かな噴射音。
機体下部。
着陸脚が展開。
『接地まで二メートル』
『一メートル』
『接地確認』
低い振動。
そして。
停止。
「無事帰ってきたな」
タツヤ班長が言う。
「ああ」
リュウジは短く答えた。
だが。
その視線は。
機体から。
一度も外れない。
◇
グレートフォックスの外部隔離処理。
船体表面の簡易除染。
大気外環境から持ち込まれた可能性のある微粒子の確認。
それらが一つずつ終了する。
やがて。
ハッチ。
開放。
最初に姿を見せたのは。
フォックスだった。
「フォックス!」
ペルシアが手を上げる。
「おかえり」
「ああ」
いつもの短い返事。
その後ろ。
スリッピー。
「ただいま~」
「お疲れ」
「いやぁ、今回は地面ばっかり見てた気がするよ」
「貴方、ほとんど船の中だったでしょう?」
「だから画面越しに地面ばっかり見てたの!」
ペルシアが少し笑う。
そして。
建設会社の技術者。
地質担当。
測量担当。
次々と。
調査隊が降りてくる。
皆。
少し疲れている。
それでも。
表情は悪くない。
無事に。
予定していた調査工程を終えた。
完全な結論には届いていない。
しかし。
支持層候補。
浅い弱層。
地下水反応。
人工構造物。
モンサンミッシェルと推定される保存区域。
輸送ルート。
危険区域。
建設可能性。
地球再生へ向けて。
「分からない」
だった場所へ。
一つずつ。
意味を与えてきた。
そして。
「ルナ!」
チャコの声。
最後の方から。
見慣れた少女が姿を見せた。
「チャコ!」
ルナだった。
少し大きめのバッグ。
調査資料を収めたケース。
肩からは。
父親の形見でもある。
あの鞄。
地球へ降りる時には。
安全上。
必要な機材へ持ち替えることも多かった。
それでも。
帰還時には。
ちゃんと肩に戻っている。
チャコは。
待ちきれなかったように。
「ルナー!」
走った。
「チャコ!」
ルナも。
ぱっと顔を明るくする。
「おかえり!」
「ただいま!」
そのまま。
チャコが。
勢いよくルナへ抱きつく。
「わっ!」
「無事やったなぁ!」
「ちょ、チャコ!」
「一週間も地球行っとったんやぞ!」
「うん、分かったから!」
「ほんまに無事でよかったわ!」
「ただいま!」
笑い声。
ルナも。
結局。
嬉しそうにチャコの背中へ腕を回した。
その光景を。
少し離れたところから。
タツヤ班長が見ている。
「若いっていいねぇ」
ぽつり。
ペルシアが横を見る。
「何、そのおじさんみたいな感想」
「いやぁ」
タツヤ班長は笑う。
「見てるだけで元気になるじゃん?」
「タツヤ班長も十分元気でしょ」
「そう?」
「元気な部類よ」
「それならよかった」
相変わらず。
軽い。
◇
チャコがようやくルナから離れた。
「で?」
「何?」
「どうやった?」
「いっぱいあるよ」
「モンサンミッシェルは?」
「後でちゃんと話す」
「えー」
「今から会議だから」
「ほんま真面目やなぁ」
「チャコが今聞いたんでしょ?」
「せやった」
ルナが笑う。
そして。
その視線が。
チャコの後ろへ向いた。
「……あ」
リュウジ。
目が合う。
ルナの顔が。
自然に。
少しだけ明るくなった。
「リュウジ」
「ああ」
リュウジが歩いてくる。
「おかえり」
「ただいま」
短い。
それだけ。
なのに。
ルナの顔は。
さっきより。
少し嬉しそうだった。
「どうだった?」
リュウジが聞く。
「地球?」
「ああ」
「大変だった」
「そうか」
「でも」
ルナは。
一度。
グレートフォックスを見る。
「ちゃんと進んだよ」
「そうか」
「支持層になりそうなところも見つかったし」
「ああ」
「輸送ルートも、完全じゃないけど案が出来てきた」
「ああ」
「あと」
少し表情が変わる。
「モンサンミッシェル」
「聞いた」
「ペルシアさんから?」
「ああ」
「たぶん、かなり可能性高い」
「まだ確定じゃないんだろ」
「うん」
その返し。
ルナは。
少し嬉しかった。
分かっている。
リュウジは。
「見つかった」
ではなく。
「確認した」
その違いを。
ちゃんと理解して聞いている。
「だから」
ルナは言う。
「中央区域は調査だけにして、建設には使わないことにした」
「そうか」
「うん」
「ルナが決めたのか」
「……皆で話したけど」
一拍。
「使わないって言ったのは、私」
リュウジは。
ルナを見る。
「それでいいんじゃないか」
ただ。
それだけ。
ルナは。
小さく笑った。
「うん」
◇
その時。
リュウジが。
何かに気づいた。
ルナの後ろ。
地質調査班。
建設技術者。
測量担当。
何人かが。
こちらを見ている。
「……」
リュウジを見る。
小声。
何かを言う。
また。
リュウジを見る。
若い測量技師など。
明らかに。
興味津々。
リュウジの眉が。
少し寄る。
「……何だ」
「え?」
ルナ。
「あの人達」
「……」
ルナが。
一瞬。
止まる。
「俺を見て何か話してる」
「……」
「何かあったのか?」
ルナは。
地質調査員達を見る。
向こう。
ぱっと。
視線を逸らす。
明らかに。
怪しい。
「……ルナ」
「な、何でもないよ~」
声。
あからさま。
リュウジの目が。
細くなる。
「何だ、その言い方」
「普通だよ?」
「普通じゃない」
「普通普通」
「ルナ」
「ほんと何でもないから」
笑顔。
だが。
少し引きつっている。
理由は。
この一週間。
夕食時。
調査員達が。
何度も。
ルナへサヴァイヴ時代の話を聞いたからだった。
家を作った話。
食べ物を探した話。
魚。
夜。
仲間。
帰ってこない人を待った時の怖さ。
そして。
自分のことより。
危険な方へ先に行ってしまう。
そんな仲間の話。
名前を出さなかった部分もある。
名前を出した部分もある。
その話を。
今。
目の前にいる。
伝説のS級パイロット。
リュウジと。
勝手に照らし合わせ始めている人間が。
何人もいた。
若い測量技師が。
隣の地質担当へ小声で。
「やっぱりあの人ですよね」
「たぶんな」
「ルナさんが言ってた」
「聞こえるぞ」
リュウジの声。
二人が。
びくっ。
「す、すみません!」
「何の話だ」
「いえ!」
「別に!」
さらに怪しい。
リュウジは。
ゆっくり。
ルナを見る。
ルナ。
目を逸らす。
「……ルナ」
「会議!」
「何?」
「私達、会議あるから!」
完全な逃げ。
「皆さん行きましょう!」
「あ、はい!」
調査隊。
都合よく。
一斉に移動を始める。
「おい」
「また後でね、リュウジ!」
「待て」
「行ってきます!」
「ルナ」
聞こえている。
絶対。
聞こえている。
でも。
ルナは。
笑顔のまま。
調査隊と一緒に。
宇宙管理局の会議区画へ向かっていった。
チャコが。
横で。
口元を押さえている。
「……」
「チャコ」
「何や?」
「知ってるな」
「知らんなぁ」
「目を見ろ」
「嫌や」
「知ってるだろ」
「ルナから聞きぃ」
「逃げるな」
タツヤ班長が。
少し離れたところで。
楽しそうに笑っていた。
「いいねぇ。帰って早々、元気そうで」
「タツヤ班長まで何なんですか」
「俺、何も言ってないよ?」
リュウジが。
小さく息を吐いた。
◇
「ルナちゃーん!」
その声が。
後ろから飛んできた。
ルナが振り返る。
「ペルシアさん!」
ペルシアが。
少し小走り。
統括官の制服姿で。
こちらへ来る。
ルナの顔が。
また。
ぱっと明るくなった。
「お疲れ様です!」
「お疲れ、ルナちゃん」
「ただいま戻りました」
「おかえり」
ペルシアは。
嬉しそうに。
ルナの肩を軽く叩く。
「一週間どうだった?」
「すごく勉強になりました」
「それ、楽しかったって顔ね」
「楽しかったですけど」
「ほら」
「でも大変でしたよ」
「はいはい」
ペルシアが笑う。
「報告は会議でちゃんと聞くわ」
「はい」
「フォックス達も?」
「ナウスと資料整理してから来るそうです。スリッピーさんも少し後から」
「了解」
ルナが。
にこにこと。
ペルシアを見る。
そして。
「……あれ?」
表情が。
少し変わった。
ペルシア。
「何?」
ルナは。
少しだけ。
顔を近づけるように見る。
「ペルシアさん」
「ん?」
「少し痩せました?」
「……」
ほんの一瞬。
ペルシアの笑顔が。
止まった。
リュウジの視線が。
そちらへ向く。
チャコも。
ペルシアを見る。
タツヤ班長も。
何気なく。
目を細めた。
「そう?」
ペルシアは。
すぐ。
いつもの笑顔。
「ダイエットよ」
「ダイエット?」
「ええ」
「ペルシアさんが?」
「何、その疑い方」
「いえ……」
ルナは。
少し困ったように笑う。
だが。
納得していない。
「ちゃんと食べてます?」
「食べてるわよ」
「ちゃんと寝てます?」
「寝てる寝てる」
チャコが。
ぼそり。
「二回言う時は怪しいな」
「チャコ!」
「何や?」
「余計なこと言わない」
「うちは何も知らんで?」
ペルシアは。
そのまま。
ルナの背中を軽く押した。
「ほら」
「え?」
「会議でしょ?」
「あ、はい」
「地球の話」
一拍。
「いっぱい聞かせて」
ルナの顔が。
また明るくなる。
「はい!」
「モンサンミッシェルもね」
「はい」
「ちゃんと保存区域にした理由も」
「もちろんです」
「じゃあ行ってらっしゃい」
「ペルシアさんは?」
「後で行くわ」
「分かりました」
ルナは。
まだ少し。
ペルシアの顔を見ていた。
「……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
即答。
笑顔。
ルナは。
何か言いたそうだった。
しかし。
調査隊が待っている。
「じゃあ」
一度。
小さく頭を下げる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ルナ達。
会議区画へ。
足音が。
少しずつ遠ざかる。
◇
その背中を。
ペルシアが。
少し嬉しそうに見送っている。
「ルナちゃん」
ぽつり。
「ちょっと大人になったわね」
「……」
リュウジは。
答えなかった。
ペルシアが。
横を見る。
「何?」
「……」
「何よ」
「ペルシア」
「うん」
「今日の調査」
「何?」
「中止だ」
「……」
ペルシア。
瞬き。
「何言ってるの?」
「魔のゾーン」
「うん」
「今日は行かない」
「いや」
ペルシアが。
笑おうとする。
「昨日もネフェリスのシステム見直しで――」
「チャコ」
「せやな」
リュウジが。
ペルシアを見たまま言う。
「今日の調査中止」
「了解」
チャコ。
即答。
「ちょっと!」
ペルシアが。
声を上げる。
「勝手に決めないでよ!」
「タツヤ班長」
リュウジが呼ぶ。
「ん?」
「今日は出ません」
「うん」
タツヤ班長。
あっさり。
「いいんじゃない?」
「タツヤ班長まで!」
「昨日までのログ整理もあるしね」
「それはあるけど!」
「機体も見直したいところあるし」
「でも私の――」
「ペルシア」
リュウジの声。
少しだけ。
低くなる。
ペルシアが。
止まった。
「今日は休め」
「……は?」
ペルシアの表情。
完全に。
不満。
「何で?」
「分かってるだろ」
「分からない」
「痩せた」
「ダイエットよ」
「違う」
「何が違うのよ」
「痩せ方が違う」
「……何、それ」
「頬」
一拍。
「目」
「……」
「顔色」
「……」
リュウジは。
淡々と。
一つずつ言う。
「寝てないだろ」
「寝てる」
「何時間」
「……」
「ペルシア」
「日によるわよ」
「昨日」
「……」
「何時間」
「二時間くらい」
チャコが。
「少なっ」
「チャコうるさい!」
「一昨日」
リュウジが続ける。
「覚えてない」
「その前」
「……三時間くらい?」
リュウジの顔から。
表情が消えた。
「今日は休め」
「だから」
ペルシアが。
少し強くなる。
「大丈夫だって!」
「大丈夫じゃない」
「倒れてないでしょう?」
「倒れてから休むのか?」
「……」
返せない。
リュウジは。
ペルシアへ。
一歩近づく。
「魔のゾーン」
「うん」
「通常業務」
「うん」
「夜まで統括官の仕事」
「……」
「フレイも残ってる」
「それはフレイの仕事だから」
「お前が帰らないからだろ」
「……」
ペルシアが。
僅かに。
視線を逸らす。
そこ。
図星。
「ローズにも任せてる」
「全部じゃない」
「当たり前でしょう。統括官なんだから」
「だから休まない理由にはならない」
「リュウジ」
「何だ」
「私」
一拍。
「統括官なの」
「知ってる」
「仕事あるの」
「知ってる」
「今日もルナちゃん達の報告会が――」
「出なくていい」
「はぁ!?」
ペルシアの声が。
発着区画へ響く。
近くの職員。
何人かが。
そっとこちらを見る。
「何言ってるのよ!」
「報告書は出る」
「そういう問題じゃないでしょう!」
「フォックスもいる」
「それでも!」
「地質担当もいる」
「いるけど!」
「お前がいなくても報告は出来る」
「……」
その言葉。
ペルシアの顔。
少しだけ。
変わった。
「何よ」
声が。
ほんの少し低くなる。
「私いなくてもいいってこと?」
「そういう意味じゃない」
「なら――」
「ペルシア」
リュウジは。
遮った。
「お前がいないと出来ないことを減らすために」
一拍。
「ローズを育てたんだろ」
「……」
「フレイもいる」
「……」
「宇宙管理局は」
静かな声。
「お前一人の組織じゃない」
ペルシアは。
黙った。
それは。
自分自身が。
ずっと言ってきたこと。
私の判断だけ待つな。
自分で考えろ。
私がいなくても。
動ける組織にする。
そう言って。
人を育てている。
「……それ」
ペルシアが。
少し嫌そうに。
「私が言ってることじゃない」
「ああ」
「自分の言葉で返さないでよ」
「都合が悪いのか」
「悪いわよ」
「なら休め」
「話飛んでる!」
「飛んでない」
チャコが。
横で。
小さく笑っている。
「何笑ってるの?」
「いや」
「何?」
「似たもん同士やなって」
「誰と誰が!」
「ペルシアとリュウジ」
「全然違う!」
「同じだ」
リュウジ。
即答。
「貴方まで認めないで!」
タツヤ班長が。
ゆっくり近づいてくる。
「まあ」
いつもの。
軽い口調。
「今日はいいんじゃない?」
「タツヤ班長」
「何?休めって言うの?」
「うん」
にこっと。
笑う。
「言うよ」
「……」
「ペルシア」
少しだけ。
声が柔らかくなる。
「ここ何日?」
「何が」
「まともに休んでないの」
「別に……」
「魔のゾーンへ行った日は夜に通常業務」
「……」
「出なかった日はネフェリスとローズの訓練」
「……」
「昨日も深夜まで仕事してたんでしょ?」
「誰から聞いたのよ」
「フレイ」
「フレイ!」
今。
ここにはいないのに。
ペルシア。
思わず叫ぶ。
タツヤ班長は笑う。
「ちゃんと心配してくれる人いるじゃん」
「告げ口でしょ」
「報告だよ」
「同じよ」
リュウジは。
そのやり取りを。
黙って聞いている。
しかし。
目だけは。
ペルシアから外さない。
「ペルシア」
「何」
「昨日」
「……何?」
「飯」
「食べた」
「何」
「どら焼き」
「……」
チャコ。
吹き出す。
「どら焼きは飯ちゃうやろ!」
「他にも食べたわよ!」
「何」
リュウジ。
容赦がない。
「……」
「何食べた」
「コーヒー」
「飲み物だ」
「……」
「ペルシア」
「分かったわよ!」
とうとう。
ペルシアが。
声を上げた。
「食べてないわよ!」
「だろ」
「忙しかったの!」
「だから休め」
「……」
完敗。
ペルシア。
唇を尖らせる。
「エリンみたい」
「何が」
「そういうところ」
「知らない」
「嫌なところだけ似るんだから」
リュウジは。
少しだけ。
表情を緩めた。
「エリンさんにも言われただろ」
「言われた」
「なら聞け」
「今いないじゃない」
「連絡するぞ」
「やめて!」
反応。
速い。
チャコ。
腹を抱える。
「弱点そこやったか!」
「違う!」
「エリンに言われんの嫌なんやろ」
「嫌じゃない!」
「ほな電話しよか?」
「チャコ!」
少し。
笑いが落ちた。
けれど。
リュウジは。
すぐに。
真面目な顔へ戻る。
「ペルシア」
「……何よ」
「本当に」
一拍。
「今日は休め」
今度は。
命令のような。
強い言い方ではなかった。
むしろ。
静かだった。
「お前」
「……」
「俺に」
「何」
「無理するなって言っただろ」
ペルシアが。
少し。
目を伏せる。
「魔のゾーンへ入ろうとした時」
「……」
「止めただろ」
「止めたわよ」
「帰れる状態を崩したら終わりだって」
「言った」
「同じだ」
「……」
「宇宙船だけじゃない」
リュウジは。
静かに言う。
「人間も壊れてから止めるんじゃ遅い」
その言葉。
ペルシアには。
痛いほど分かった。
現場で。
何度も見てきた。
疲労。
判断力低下。
焦り。
無理。
大丈夫。
まだ行ける。
その積み重ね。
事故になる前に。
止める。
自分は。
リュウジへ。
それを。
何度も言った。
「……リュウジ」
「何だ」
「私」
一度。
少し笑う。
「操縦しないわよ」
「知ってる」
「事故らない」
「統括官が判断を間違えたら」
一拍。
「もっと大きい」
ペルシア。
完全に。
黙った。
タツヤ班長の表情も。
少しだけ。
真面目になる。
「それはそうだね」
「……タツヤ班長まで」
「だって本当だし」
ペルシアは。
しばらく。
何も言わなかった。
遠く。
会議区画へ向かった。
ルナ達の姿。
もう。
見えない。
さっき。
ルナが言った。
――少し痩せました?
自分では。
そこまで。
気づいていなかった。
いや。
気づかないふりをしていた。
ベルト。
少し。
緩くなった。
制服。
前より。
僅かに余る。
食事。
後回し。
睡眠。
短い。
コーヒー。
増えた。
フレイにも。
何度も言われた。
クリスタルにも。
エリンにも。
そして今。
ルナ。
リュウジ。
タツヤ班長。
チャコ。
「……そんなに?」
ペルシアが。
小さく聞く。
「何が」
「私」
一拍。
「ひどい顔してる?」
リュウジは。
少し考える。
「ひどくはない」
「じゃあいいじゃない」
「疲れてる」
「……」
「それで十分だ」
ペルシアは。
ほんの少し。
困ったように笑った。
「そういうところ」
「何だ」
「変わらないわね」
「お前もな」
「私は変わったわよ」
「休まない」
「……」
「大丈夫って言う」
「……」
「飯抜く」
「……」
「変わってない」
「三つ並べないで」
チャコが。
にやにや。
「全部事実やな」
「チャコは黙って」
「はいはい」
◇
「で」
ペルシアは。
少しだけ。
観念した顔。
「今日」
「うん」
「本当に調査やらないの?」
「ああ」
「ネフェリスは?」
「システム確認だけ」
「リュウジは?」
「やる」
「貴方も休みなさいよ」
「俺は昨日寝た」
「何時間」
「七時間」
「……」
ペルシア。
敗北。
「ちゃんと食べた?」
「ああ」
「何」
「朝、飯。昼、麺。夜、定食」
「……」
隙がない。
「チャコ」
「うちも寝たで」
「聞いてない!」
「先に潰しとこ思て」
「タツヤ班長は?」
「俺も普通に寝てるよ」
「……」
完全包囲。
ペルシアが。
肩を落とす。
「何よ」
「何が」
「私だけ馬鹿みたいじゃない」
「そう言ってない」
「言ってるようなものよ」
リュウジは。
少しだけ。
笑った。
「じゃあ今日は」
「……」
「飯食って」
「……」
「寝ろ」
「命令?」
「頼んでる」
ペルシアは。
その言葉に。
少し。
目を瞬く。
リュウジが。
誰かへ。
こういう言葉を使う時。
軽くない。
「……」
一度。
大きく。
ため息。
「分かったわよ」
チャコ。
「おっ」
タツヤ班長。
「よかったね」
「でも!」
ペルシアが。
指を立てる。
「会議の最初だけ――」
「駄目だ」
リュウジ。
即答。
「まだ言い終わってない!」
「休め」
「報告だけ!」
「後で聞け」
「ルナちゃんの地球の話聞きたい!」
「明日聞け」
「モンサンミッシェル!」
「逃げない」
「支持層!」
「逃げない」
「フォックス!」
「いる」
「スリッピー!」
「いる」
「……」
何を言っても。
返ってくる。
「ほんっと」
ペルシアは。
頭を抱える。
「今日のリュウジ嫌い」
「ああ」
「そこは少し傷つきなさいよ」
「休んだら考える」
「何それ」
◇
それでも。
ペルシアは。
少しだけ。
笑っていた。
たぶん。
本当は。
誰かに。
止めてほしかったのかもしれない。
自分から。
「休む」
と言うと。
仕事を投げた気がする。
フレイを残した気がする。
ローズへ押しつけた気がする。
リュウジ達が危険な場所へ行く中。
自分だけ。
楽をしているような気がする。
だから。
止められれば。
少しだけ。
理由に出来る。
「リュウジに言われたから」
と。
ペルシア自身。
そこまで。
自覚していなかった。
けれど。
リュウジは。
少し。
分かっていた。
昔。
サヴァイヴで。
自分も。
食料を他の人へ渡して。
大丈夫だと言った。
ルナに。
嘘だと。
怒られたことがある。
強いから。
大丈夫。
出来るから。
任せる。
それを。
どこかで。
繰り返してはいけない。
「チャコ」
「何や?」
「フレイに連絡」
「了解」
「今日はペルシア帰すって」
「分かった」
「ちょっと!」
ペルシアが。
また声を上げる。
「勝手にフレイに言わないで!」
「言わないと」
リュウジ。
「お前、統括官室に戻るだろ」
「……」
「戻るつもりだったな」
「……資料一つだけ」
「駄目だ」
「一つ!」
「駄目」
「五分!」
「駄目」
「フレイに――」
「フレイなら喜ぶ」
「……」
それは。
ペルシアも。
否定出来ない。
「じゃあ」
タツヤ班長が。
軽く言う。
「俺達で送ってこうか?」
「子どもじゃない!」
「一人にしたら管理局戻りそうだし」
「戻らないわよ!」
チャコ。
「ほんまか?」
「本当!」
「目ぇ逸らしたで」
「逸らしてない!」
その時。
リュウジが。
ペルシアへ。
静かに言った。
「俺が送る」
ペルシアが。
少し止まる。
「……何でよ」
「見張り」
「最低」
「管理局に戻らないように」
「信用ないわね」
「ない」
「即答しないで」
それでも。
ペルシアは。
もう。
本気で抵抗しなかった。
「分かった」
小さく。
「今日は帰る」
リュウジが。
頷く。
「ああ」
「寝る」
「ああ」
「ご飯も食べる」
「ああ」
「満足?」
「まだ」
「何が?」
「明日の朝まで管理局来るな」
「……」
「ペルシア」
「厳しい!」
「休め」
「もう!」
でも。
その声。
さっきより。
ずっと。
軽かった。
◇
一方。
会議室。
大型モニターには。
地球。
旧フランス領域。
調査結果。
ルナが。
前へ立っていた。
「まず」
少し緊張。
でも。
声は。
しっかりしている。
「今回の調査で建設候補地を〝安全〟と確定することは出来ませんでした」
会議参加者。
少し。
空気が動く。
ルナは。
続ける。
「ただ支持層として使える可能性のある岩盤、地盤改良が必要な区域、避けるべき弱層、輸送ルート候補、人が安全に作業するための区域、それぞれを」
一つずつ。
「分けて考えられるところまでは進みました」
その声に。
迷いはない。
出来なかったこと。
分かったこと。
まだ分からないこと。
全部。
区別して話す。
そして。
「もう一つ」
画面。
青い区域。
「この区域は」
一拍。
「モンサンミッシェルである可能性が極めて高い人工構造物が地下に残っています」
報告。
始まる。
その頃。
会議室にいるはずだった。
宇宙管理局統括官は。
リュウジ達に囲まれ。
「だから一人で帰れるって言ってるでしょう!」
「戻るだろ」
「戻らない!」
「本当に?」
「……」
「ほら」
「一回くらい信用しなさいよ!」
と。
まだ発着区画で。
最後の抵抗を続けていた。
けれど。
今日は。
もう。
魔のゾーンへ向かう船は飛ばない。
ペルシアの机にも。
新しい資料は積ませない。
ルナが。
無事に地球から帰ってきた日。
今度は。
周りの人間が。
ペルシアを。
ちゃんと安全な場所へ帰す番だった。